悪夢のような出来事だった。
クロノス会の首魁「天海」を、あと一歩のところまで追いつめた花組が
一瞬にして全滅の憂き目をみようとは。
(みんな、私のせい。私があんなことをしなければ……。)
人一倍、責任感の強いさくらは強い自責の念にかられていた。
さくらは、冷たい石牢のなか、一人思いをはせる。
(みんな大丈夫かしら。酷いことされてなければいいけど……)
さくら達、花組のメンバーは、先の降魔大戦の最終決戦において敵クロノス会の卑劣な罠にかかり
全滅し、全員が捕虜となって別々の場所に監禁されているのだ。
負傷し身動き一つ出来なかったさくらが手当てを受け、この石牢に放り込まれてからすでに一月
近くが経過していた。
(少尉、アイリス、紅蘭、マリア、カンナ……すみれ、みんなどうか無事でいて!)
さくらは、石牢の格子のついた高窓から、朝のうちの僅かの間だけ挿し込む陽光に手を合わせ祈る。
灰色の牢着にその身を包んではいるが、歌劇団の新人女優として活躍していた頃の凛とした気品と
美しさは少しの陰りも見られない。

かえって、透明感あふれる白い肌と漆黒の黒髪はいっそうなまめかしさを増し、真剣に仲間の無事
を祈るその姿は一種の神々しさすら漂わせている。
まるで一枚の絵を見ているようだ。
ガン!ガン!ガン!
その静寂は、牢番が鉄格子を叩く音に破られた。
「よお!ねえちゃん!」「歌劇団の女優様よぉ!」
一目でチンピラとわかる三下が数人、捕らわれのさくらをひやかす。
さくらは、神聖な儀式を邪魔された巫女のように、形のよい眉をしかめ、黒目がちの大きな瞳で
品の無い陳入者どもを睨みつけた。
「なにを神様にお願いしてたんだぁ?」
「どうか、恋しい殿方に一目お会いできますよほに〜ってかぁ!」
男の一人が似合わない女の声色でさくらをからかう。
「もしもぉ〜お会いできましたならば〜、16年間守り通したさくらの操を〜操を〜っ!」
さらにさくらの声色をまねる。全然似ていない。
げらげらげら
ガン!ガン!ガン!
三下どもは、面白くもない男の冗談に腹を抱えて笑い手にした木刀で鉄格子をうちならす。
さくらは唇を噛みしめ、黙って男衆の言葉嬲りに耐えている。
こんなチンピラどもなど、束になってかかってきても、剣術の達人であるさくらの手にかかれば
一瞬にして倒すことなど造作もない。
しかし、別々の場所に捕らえられている仲間のことを思うと、さくらには無理はできない。
「逆らえば、仲間の一人を殺す。逃げたら残り全員を殺す。」と因果を含められているのだ。
笑いながら男達は、牢の鍵を開けた。
「ミロク様がお呼びだ、出ろ!」
牢から引きだされたさくらは、高手小手に縛り上げられ両手の自由を奪われた。
「これで御自慢の剣術もつかえねぇってわけだ」
顔の半面に大きな痣がある小男がそういってさくらの尻に手をのばす。
「ひぇっ」
手が尻に触れた瞬間に男は見えない力に弾き飛ばされた!
「なにをする!」
「私に触れるなっ下郎!」
さくらは、身を翻すと男を睨みつけた!
目が燗と輝き、青白い炎が灯る!

牢にいたさくらとは、別人のようだ。
さくらの「気」に押され、三下どもは後ずさりした。
所詮、格が違うのだ。
尻に触れた小男など、へたりこんで震えている。
「早く案内するがいい」
さくらはそう言うと、三下どもを残して歩き出す。
男達は、一瞬呆けたようにさくらの背中を眺め、慌ててさくらの後を追う。
さくらは、まだ知らない。
この後、自分の身に振りかかる過酷な運命を。