マリアの百獣擬態 その弐
エリマキトカゲ〜6 - 1〜


このシリーズは、あらゆる惨めな珍芸を仕込まれ続ける
「マリア」の動物や昆虫の形態模写のみを厳選して
ご紹介するシリーズです。
クールで知的な男装の麗人のなれの果てをご笑覧下さいませ。

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罰ゲーム

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13.「半年前の或る風景」

話は半年前にさかのぼる。

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その日、帝国歌劇団花組の男役のトップスタァ、マリア・タチバナは
旧知の洋書店「露西亜堂」に足を進めていた。

ただでさえ忙しい公演の最中である。
ましてや、クロノス会の陰謀から帝都を守るという本来の仕事も佳境を迎え
マリアは休む暇もないほど忙しい毎日を過ごしていた。

しかし、どんなに忙しくとも、暇を見つけてはこの何の変哲もない洋書店に自然に足が向く。
マリアが「露西亜堂」で過ごすひとときは、彼女にとって特別な時間なのである。

彼女に家族はいない。

唯一、家族と呼べる存在であったレジスタンスのリーダーを戦火で失ってから
彼女の心は、大切な一片が抜け落ちたジグゾーパズルのようにぽっかり穴が開いていた。

歌劇団の仲間達がいる。

劇団のみんなも、支配人も、隊長も皆親切にしてくれるし、能力も認められている。

友情もある。

信頼も責任もやりがいもある。

しかし、何かが足りなかった・・

その足りない部分が、マリアの心の中にぽっかりと穴を開け
そこを、ひゅうひゅうと冷たい風が吹き抜けるのだ。

マリアは孤独だった、この店を知るまでは

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ガラガラガラ〜!

洋書店のガラス引き戸の戸車が鳴る。
息せき切って飛び込んできたのは金髪の大柄な女性!


「ズドゥストゥヴィーチェ!(こんにちは!)」


「おや、マリアちゃん!いらっしゃい!どうしたんだい?そんなに急いじゃって。」

人の良さそうな老紳士が満面に笑みを浮かべて客を迎えた。
露西亜堂の店主の楠(くすのき)である。
彼はロシアに在留経験もあるロシア文学の研究者であり、マリアの父親とも面識がある
日本でのマリアの後見人ともいうべき存在である。
最も、マリアとの出会いは偶然に偶然を積み重ねた奇跡とも呼べるもので
日本に来る前のマリアの行動や、マリアが帝都を守る華撃団員であるといったことは知るよしもない。


「あ、叔父様!ママはいる?」

顔をバラ色に染めて、嬉しそうに微笑む彼女の様子はまるで無邪気な子供のようだ!
歌劇団でのクールな男装の麗人、冷徹なスナイパーとは別の彼女がそこにいた!


「アンナに用事かい?おーい!アンナ〜!」

「聞こえてますよ!こんなに狭い店なんだから!」


奥の部屋から上品そうな婦人が顔を出した。
綺麗にまとめられた銀髪、ブルーの瞳、そう、彼女の名はアンナ・クスノキ。
楠とロシアで結婚し日本に嫁いできたロシア人女性なのだ。

アンナはマリアを見るなり、とろけるような笑みをこぼした!


「オー!マリア!私の可愛い娘よ!」

彼女は外国人特有のオーバーアクションで両手を大きく拡げマリアを抱きしめる。


「忙しいのに来てくれて嬉しいよ、マリア」

背の高いマリアの首を引き寄せ、その頬にキスをする。

マリアの顔が自然にほころぶ、この暖かさ、この心地よさこそ彼女が求めている物!


「うふふっ!ママ、くすぐったいよぉ!」

普段の彼女を知る者がこの光景を見たら驚くに違いない
あまりに無邪気な、警戒心のない心からの笑顔!

実は、楠夫妻は十年前に10才になる娘を病気のため失っている。
そのためアンナは、生きていれば同い年になるロシアと日本との混血児であるマリアを
まるで実の娘のように慈しみ、愛情を持って接してくれるのだ。

マリアとてそれは同じ事、異国の地で外敵と戦いつつ舞台女優として過ごす毎日は
たしかに充実してはいるが、それに伴うストレスは大変な物である。
両親を幼くして亡くし親の愛情を知らぬマリアが、この店に入り浸るのは
愛情によって心を癒されるのがどんなに心地よいものかを
生まれて初めて味わっているからなのである。

マリアはアンナをママと呼び、アンナは彼女を娘と呼ぶ。
それは、肉親を喪った者同士が傷を舐めあう「家族ごっこ」にすぎぬかもしれぬ
しかし、マリアと老夫婦の間には、血を分け合った家族以上の暖かい絆が
いつしか芽生え始めていたのである。


「ママ!ゆっくりしていたいけど時間がないんだ」


「え?そうなのかい」

マリアが沈んだ口調でアンナに告げる。


「とても大事な用事があるの、しばらくこの店にも来ることができなくなるかもしれない…」

アンナの顔がたちまち曇る。
しかし、マリアの悲しげな瞳に気付くと、にっこりと笑みを浮かべマリアに優しく語りかけた。


「女優のお仕事が忙しいんだもの!それはめでたいことじゃない!」


「マリアちゃんのお仕事が暇で、ここに入り浸ってる方のがママは悲しいわよ!」


「そうね、ママの言うとおりだわ!」

マリアの顔に笑顔が戻る!


「そうだ、ママにスカーフを買ってきたの!」


「えぇっ!嬉しいわ、見せて、見せて頂戴!」


「おいおい、儂には何もないのかい?」


「叔父様の分もあるわよ!えーと!……」

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洋書店「露西亜堂」に明るい笑い声が響く
しかし、老夫婦はマリアが今日この店に来た本当の理由を知らない
マリアはクロノス会の最終決戦を前に彼らに別れを告げに来たのだ!

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マリアはまだ知らない
数日後、決戦に敗れた彼女がどのような惨めな運命を辿るかを!
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そして、彼らはまだ知らぬ
これから訪れる、信じられぬほど陰惨な再会劇を!


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エリマキトカゲ 6-2に続く


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