いま、大きく問われる原発の耐震性
―志賀原発2号機の運転を差し止めた金沢地裁判決―
原発問題住民運動全国連絡センター事務局長 柳町秀一
日本列島の各地に立地している原発(軽水炉)は、本質的に、炉心溶融に至る苛酷事故(シビアアクシデント)発生の危険を排除できないことに加えて、その大半が、国が常時監視している「地震常習地帯」に立地される危険が重なっている。当然、万全な原発の耐震対策が求められるが、一九九五年一月、阪神淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震の岩盤上の地震動の記録は、日本の原発のなかではもっとも大きい地震に備えるとされる浜岡原発の設計値を超えた。このことは、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(原子力安全委員会一九八一年七月二十日決定。以下「耐震指針」)の基礎の崩壊を示したものであった。以来、私たちは、国と電力会社に対して、耐震指針の抜本的な見直しと原発の耐震新対策の確立の緊急要求にもとづく共同行動を展開してきた。金沢地裁(井戸謙一裁判長)は三月二十四日、志賀原発2号機(改良型沸騰水型軽水炉=ABWR、一三五・八万`h)の耐震設計に問題があり、「本件原子炉の運転により、周辺住民が許容限度を超える放射線被ばくする具体的な危険がある」として、北陸電力に対して同機を「運転してはならない」と判決を言い渡したが、今回の判決は、これまでの私たちの緊急要求が、司法判断として初めて認められたものであり、画期的な意味をもつものである。
○初めて運転差し止め請求を認めた金沢地裁判決
原発の運転を差し止める金沢地裁判決は、これまでの数多くの原発訴訟で初めてである。志賀2号機は三月十五日、営業運転を開始したばかりで、稼働中の原発では二番目の大型原発であるが、北陸電力は即時控訴した。
判決の第一のポイントは、志賀2号機の耐震設計に問題があり、これを運転すれば、周辺住民が許容限度を超えた放射線被ばくをする「具体的危険」があることを、司法として初めて認めたことである。原発の運転によって住民が抱く不安に正面から応えた判決として画期的である。しかも、志賀原発の周辺住民だけでなく、志賀原発から最も遠方(約七百`b)の熊本県に居住する原告を含む十六都府県の原告百三十五人(うち三人死亡)すべての請求を認めた。
原発から大量の放射性物質が環境に放出されたら、遠方にまで放射線被ばくの被害が広がる。チェルノブイリ原発事故(一九八六年)は、移住を要する高濃度汚染地域は半径二百`b以上、低濃度汚染地域は六百`以上に広がったが、今回判決は、約七百`離れた熊本の原告について、「許容限度である年間一_シーベルトをはるかに超える被ばく」の「具体的危険」があることを認定した。
志賀2号機の耐震設計の保障となるべき、「安全審査」の基準となる「耐震指針」に問題があるという指摘である。金沢地裁判決は、志賀2号機についてのものであるが、「耐震指針」に問題があるということは、日本のすべての原発について同じことが指摘されていることになる。今回判決は、日本のすべての原発の耐震対策が緊急課題だということを指摘している。
ところで、運転差し止め請求の根拠について、原告らが人格権または環境権にもとづくとしているのに対して、判決は、環境権にもとづくものは退けたが、人格権について認めたことは重要である。人格権について、「差止請求の根拠となる『絶対的権利』としての『人格権』は、名誉とプライバシーとを別にすれば、生命、身体及び健康を中核とする権利としてとらえるべきものと考える」とした。そして「本件原子炉の運転により原告らの生命、身体及び健康が侵害される具体的な危険があり、その侵害が受忍限度を超えて違法である場合には、人格権に対する侵害を予防するためその運転の差し止めができるという限度で採用できるが、その余は採用できない」としたのである。
第二のポイントは、判決が「具体的危険」の立証責任について、原告(住民)と被告(北陸電力)に公平に求めたことである。これまでの原発訴訟と違うところである。
「原告らにおいて、被告の安全設計や安全管理の方法に不備があり、本件原子炉の運転により原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることを相当程度立証した場合には、公平の観点から、被告において、原告らが指摘する『許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険』が存在しないことについて、具体的根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して反証を尽くすべきであり、これをしない場合には、上記『許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険』の存在を推認すべきである」として、原告らの本件原子炉における事故の危険性の主張と被告の反証について検討している。
「耐震指針」が正面から争われた
第三のポイントは、「耐震指針」が正面から訴因として争われたことである。この点が今回訴訟の最大の特徴である。
原告らは、@米スリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故など原発事故の蓋然性からみた危険性、A志賀1号機事故からみた危険性、B応力腐食割れ、配管減肉など最近の事故例からみる事故の危険性、C先行ABWRの異常事象からみた事故の危険性、DABWRの本質的危険性、E安全システムの虚構性などを主張したが、判決では、「許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることが相当程度立証されたと認めることはできない」などとして、ことごとく退けた。
しかし、「地震・耐震設計の不備の主張について」は章(第五章)を起こして検討したうえで、原告らの主張については「本件原子炉が運転されることによって本件原子炉周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性を相当程度立証した」と認定した。一方、北陸電力側については「被告の主張、立証を総合すると、原告らの立証に対する被告の反証は成功していないといわざるを得ない」と認定し、「よって、本件原子炉が運転されることによって、周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険が存在することを推認すべきことになる」と判決した。
これまでの原発訴訟でも、当該原発の耐震設計が訴因として争われたが、「耐震指針」自体は争われず、地震断層、断層成因や断層の長さの評価などについての「安全審査」の瑕疵をめぐる訴訟であった。いくつかの裁判では、「安全審査」の瑕疵が認められたが、当該原発の安全性全体には問題ないとされてきた。
今回は「耐震指針」自体の不備を認定したが、それゆえに、判決の影響は、日本のすべての原発に及ぶものとなる。
「耐震指針」とは
ところで、原発の現状の耐震設計の基準とされる「耐震指針」の内容はどういうものか。「耐震指針」では、原発は二つの大きい地震に備える設計とされている。一つは、将来起こりうる最強の地震に備える。これを設計用最強地震といい、その基準地震動を「S1」という。これには、「過去の地震」、「活断層から想定される地震」が考慮され、もっとも大きな影響を与えるとされる地震が選定される。二つは、その地域で、およそ現実的ではないと考えられる限界的な地震に備える。これを設計用限界地震といい、その基準地震動を「S2」という。これには、「活断層から想定される地震」「地震地体構造から想定される地震」「直下型地震(M六・五)」が考慮され、最大のものが選ばれる。重要施設は「S1」、最重要施設は「S2」の地震力に耐えるよう設計されるとされる。
この考え方自体に問題はない。これが工学的にそのまま反映されるのであれば、「耐震指針」は満たされることになるが、ことはそれほど簡単ではない。この二つの地震動―設計用最強地震の記録はない、まして設計用限界地震の地震動は記録しようもないものである。そこで、この二つの地震動の「最大震幅」、「周波数特性」、「地震動の継続時間及び震幅包絡線の経時的変化」などについて、経験式などにもとづき評価し、基準地震動を作成する。ここに恣意的なものが入り込む「隙間」がある。問題はこの評価が適切にできるかどうかである。
この基準地震動を想定する手法は「大崎の手法」といわれ、この手法の理論的支柱として「松田式」「金井式」「大崎スペクトル」などがある。
「耐震指針」の重要な柱の崩壊を認定
判決は、最新の知見を取り入れて、@活断層の長さだけから地震規模のマグニチュード(M)を推定する「松田式」には限界があり、地震規模を過小評価する危険がある、A「金井式」はその適用の限界は慎重に見定めるべきである、B「大崎スペクトル」はデータが限られていることによる限界もありうる、としてそれらの妥当性に疑惑を指摘した。
そのうえで、判決は、一九九五年の兵庫県南部地震時の原子力安全委員会の「耐震指針」の「妥当」報告を踏まえても、「大崎の方法」によって導き出される基準地震動が、現実の地震動よりも過小なのではないかとの疑問が払拭されたとは言い難いこと、昨年八月十六日の宮城県沖地震が女川原発の耐震設計値を超えたことは、「大崎の方法」による評価結果と実際の観測結果が整合しないことを示したとして、「耐震指針」の支柱の崩壊を認定したのである。
また、判決は、「耐震指針」が「S2」策定に当たって「直下型地震(M六・五)」の想定を求めているが、「M六・五」を超える震源断層が存在しないとまで断ずる合理的な根拠があるとは認めがたいこと、さらに、「指針」が考慮すべき活断層を五万年以降に活動したものに限定したこと自体の合理性も明らかでないこと、などを指摘し、「耐震指針」の重要な柱が崩壊していることを認定したのである。
さらに、「耐震指針」を前提としても、国の地震調査委員会がM七・六の地震が起きうるとした邑知潟断層帯が考慮されていないと指摘している。
この「耐震指針」にもとづいて設計された志賀2号機の耐震設計には不備があり、その基準地震動「S1」「S2」を超える地震動を受けたときの解析がないから、その場合、炉心溶融事故も、反応度事故の可能性もあると認定したのである。
○プレート型地震の震源域の直上にある浜岡巨大原発群
この金沢地裁判決を聞いて、すぐ思い出したことは、プレート型地震である東海地震の震源域の直上に立地する中部電力の浜岡巨大原発群(静岡県御前崎市)の存在であった。ここには、1号機(BWR、五四万`h、運転開始一九七六年三月)、2号機(同、八四万`h、同一九七八年十一月)、3号機(同、一一〇万`h、同一九八七年八月)、4号機(同、一一三・七万`h、同一九九三年九月)、5号機(ABWR、一三八万`h、同二〇〇五年一月)が立地している。
現在、日本列島各地で運転される原発五十五基の大半が、地震予知連絡会(予知連)が重点的に観測を強化する地域―「特定観測地域」「観測強化地域」という「地震常習地帯」に立地している。浜岡原発はその象徴的存在である。
日本列島は四つのプレートのせめぎ合いの中にある。東方からの北西へ移動する太平洋プレート、南東からは伊豆半島を載せ北西へ移動するフィリピン海プレート、アジア大陸から日本列島の南西部を載せて東向きに押すユーラシアプレート、日本列島の北東部と北海道を載せ、太平洋プレートとユーラシアプレートに押される北米プレートである。日本が世界でも有数の地震国といわれる所以である。東海地震は、フィリピン海プレートが駿河湾でユーラシアプレートの下方に潜り込む際のひずみの解放として起きるプレート型地震である。兵庫県南部地震など内陸部地震の断層型地震と比してエネルギー規模がはるかに大きい。原発立地など常識的にありえない。
金沢地裁判決は、「耐震指針」に不備があると認定したのであるが、「耐震指針」に不備があるからこそ、逆説的に、浜岡巨大原発群が東海地震の震源域の直上に出現することが可能になったともいえよう。1・2号機は「耐震指針」策定以前の立地であり、なおさら問題である。
地震学者・力武常次氏は、著書『総点検 日本列島』(一九七七年九月十五日初版発行)で「この地震(安政東海地震のこと―柳町注)が再来したらどうなるであろうか。新幹線、高速道路、東海メガロポリスといわれる工業地帯、浜岡の原子力発電所…ETCが壊滅的打撃も受けかねない」として、「まず原子力発電所であるが、設計上は当然予想される最高震度にも耐えうることになっていると思う。しかし、震度Yで揺れているとき、果たして制御棒がうまくはいるだろうか。またあんなに巨大地震の来襲が騒がれている御前崎地区でなぜ浜岡原子力発電所の建設がどんどんすすめられているのだろうか」と、警告している。当時、これは力武氏だけではなく、地震学者に概ね共通する考えであった。氏の指摘は2号機の建設時であるが、現在の5号機までの集中立地は、氏は想像だにされていなかったであろう。
この一文から原発と地震の関係について考える場合の大きなポイントを教えられた思いが強かった。一つは、一文には、「設計上は当然予想される最高震度にも耐えうることになっていると思う」と書いてあるが、地震学者の本性はこれを認めていない。二つは、地震という自然の力をリアルに認識する地震学者の警告が示されているということでる。つまり、ここには、浜岡原発の耐震設計をめぐる地震学者と設計工学者との間に、埋めがたい断絶があるということであろう。地震学者の警告に心を動かされる反面、設計工学者の安易な姿勢へ大きな不安を抱かざるを得ない。
地震学者・石橋克彦氏(現神戸大学教授。当時東大理学部助手)は一九七六年八月、想定東海地震(当時は駿河湾地震)が「明日起きても不思議ではない」と警告した。中部電力が浜岡3号機の増設申請中のことで、中部電力は、改めて、想定東海地震に備えるとして、1・2・3号機の申請書にはまったく記載されなかった敷地地盤の安全性をめぐる膨大な補正申請書を再提出した。
浜岡原発における「耐震指針」の破綻
「耐震指針」は、浜岡原発では、3号機の「安全審査」から適用・合格とされ、つづいて4・5号機まで合格とされたわけであるが、ここには、「耐震指針」の不備がいかに利用されたかを知る事例を見ることができる。
ところで、建築構造物はそれぞれ固有周期をもっており、地震動による揺れ方が違う。それぞれの固有周期の揺れの最大値をとったものが「応答スペクトル」である。
中部電力は、最強地震の基準地震動S1(最大加速度四五〇ガル)の応答スペクトル、限界地震の基準地震動S2(同六〇〇ガル)の応答スペクトルを作成した。限界地震による応答スペクトルは、最強地震の基準地震動S1による応答スペクトルより大きくなければならない。ところが、地震地体構造を考慮した断層モデルから作成した「S2」が最大であったが、「S1」の応答スペクトルよりも小さいものしかえられなかった。そのために、基準地震動S2の応答スペクトルは「基準地震動S1に適切な余裕を見込んで定め」るとした。
「耐震指針」は、科学的な装いをこらしているが、浜岡原発へ初めての適用時点で、すでに破綻を示していたのである。「耐震指針」策定以前に建設された1・2号機について、施設の主要個所にこの「S1」「S2」を入力した応答値は妥当だとして「安全」宣言した。
浜岡原発の敷地内の岩盤の四本の断層を不問に
補正申請書では、浜岡原発の敷地内の岩盤(相良層)に、東西方向に四本の断層(H断層系)が平行して走っていることが初めて明らかにされた。傾斜五七〜七〇度、落差七〜四八bの断層であるが、敷地内に限定された調査でしかなく、H断層系の規模はわからない。1号機の申請書では、ただ「この地域には原子力発電所の基礎として問題となるような規模の断層はまたは破砕体は見当たらない」として処理されてきたものである。このH断層系の活動性の評価は、敷地地盤の安全性を大きく左右する問題である。補正申請書は「地質学的な直接証拠としては,H断層系を覆う第四紀層との関連から少なくとも、ほぼ一万年以降活動していない」とした。さらに、敷地周辺の相良層に見られる断層露頭十三個所を観察し、いずれも上位の第四紀層に変異を与えていない、なかでも、御前崎白羽の露頭(露頭番号「36H01」)は「少なくとも御前崎礫層に変異を与えていない」として、「それと同じ基盤にある同様式のH断層系は…少なくとも第四紀後期における活動はなかったものと推定される」とした。「耐震指針」が審査の対象としている「五万年以降の活動層」には当たらないとして、審査の対象外としたのである。
しかし、重大なことは、十三個所の観察露頭のうち二個所(同「08T2507」「11K1201」)が明確に上位に変異を与えており、一個所(同「36K03」)は変異を与えている疑いがあることが住民の現地調査の結果、明らかになった。とくに、五万年以降の活動性を否定する根拠とされた白羽の断層露頭は、剪断破壊面も認められず、なぜH断層系と「同様式」なのか、その根拠が問われるものであったが、その後、静岡県が工業団地を造成する際に破壊された。「消された断層露頭」というわけである。なお、「11K1201」露頭について、その後、相良層の断層とされるものは断層ではないと指摘する地質学者がいたが、だとすれば、中部電力がこの露頭を観測露頭として挙げた根拠が問われることになる。
いずれにしろ、補正申請書と「安全審査」のずさんさとともに、ここにも、「耐震指針」がH断層系を不問に付す役割を果たしたことが示される。
東海地震時に液状化で苛酷事故に至る危険
補正申請書の敷地地盤問題でいまひとつ明るみに出たのは、1・2号機の機器冷却系海水導管(RCWS)が砂地盤上に支持され、東海地震時に液状化の危険があることであった。この系は、原子炉停止後、炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去するためのものである。地震時によしんば原子炉が停止しても、この系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失事故タイプの苛酷事故に至る危険がある。
この液状化問題がクローズアップされたのは、3号機増設の「安全審査」が、通産省(当時)の「安全審査」をパスして、原子力安全委員会のダブルチェックに回っていた一九八一年二月四日、衆議院予算委員会での日本共産党不破哲三書記局長(当時)の質問であった。このために、原子力安全委員会は、申請書に記載されていない敷地地盤の液状化問題について、中部電力から資料・データを取り寄せて審議、「地震時における液状化」については、「発生する可能性がある範囲は一部であり、これによる原子炉等施設への影響はないものと判断する」と独自の「安全」判断を示した(一九八一年十月)。原子力安全委員会が政治問題化したことを独自に審議したことは当然のことであるが、本来、申請書に記載されて公表されるてしかるべき液状化関連の資料・データは今日に至るも公開されていない。これは、原子力基本法が定める自主・民主・公開の原則に反する。
ところが、中部電力は、1・2号機のRCWS液状化対策として、3号機の増設時の一九八五年に、同機取水槽(沈砂池)から岩盤中にトンネルを掘り、2号機縦坑を経て1・2号機につなぐ連携トンネル工事を秘密裏に実施した。また、3号機のRCWS液状化対策として、1・2号機とは違って、導管を人工岩盤に直接支持する方式に設計変更した。これらは安全サイドの工事であり、住民監視の運動の大きな成果であるが、中部電力は今日に至るも液状化対策であることを認めていない。認められないのである。また、液状化しないというのなら、液状化しないことを示すデータを出せばすむ話であるが、これも提出していない。提出しえないのである。
これは、液状化対策だといえば、中部電力には、液状化しないと原子力安全委員会をミスリードした責任が、原子力安全委員会には、中部電力が提出した資料・データをいわれるままに追認した責任が問われることになる。また、機器冷却系海水導管を支持する砂地盤については、当然、中部電力が液状化判定を行った上で、連携トンネル工事を行ったわけであるから、液状化しないことを示す資料・データは基本的に存在しないのである。
ここにも、原子力安全委員会が中部電力のミスリードに踊らされた茶番劇が示されているが、両者にはこの問題のけじめをどう着けるのか、説明責任が問われる。
このように、東海地震時に、H断層系が動かない保障はない。砂地盤が液状化しない保障はない。H断層系を跨いだ原子炉建屋はないが、タービン建屋などは跨いで建設されている。H断層がわずか動いただけでも壊滅的な打撃を受けるだろう。
地震による震災に加えて、原発災害が重なる「原発震災」こそ、日本でもっとも恐れられる災害である。
阪神淡路大震災の直後、国と電力会社は、原発の「耐震安全」宣言のなかで、「徹底した調査を行って、地震の原因となる活断層を避けています」と主張したが、そうならば、プレート型地震の震源域の直上を「徹底した調査」のうえで選択したことになり、その「安全」感覚が根本から疑われよう。
想定東海地震をめぐって
ところで、当時、石橋氏が警告した想定東海地震について、「静岡新聞」(二〇〇六年三月二十七日付)が「東海地震説に『間違い』提唱から三〇年 石橋教授見解」として批判記事を掲載している。記事は石橋教授が、想定東海地震のメカニズムについて、当時、一九四四年の東南海地震の「割れ残り」とする解釈をしていたが、結果的に間違っていたとする考えを明らかにした、と報じた。これに対して、石橋教授は、大きな切迫感が間違っていただけで、「割れ残り」の発生メカニズムも含めてどこにも「間違い」はないとして、「誤報」と反論している。
この点で、若干付言したい。石橋氏が想定東海地震の切迫性を警告する契機となったのは、プレートのひずみの蓄積量であったが、この計算の基礎となったのは国土地理院が地震予知連絡会(予知連)へ提出したデータであった。このデータからの計算の結果は、確かに「明日起きても不思議ではない」状況であったということである。これが東海地震予知研究、地震防災対策、法整備の起点となった。しかし、実は、このデータに誤りがあったのである。三角測量地点四点のうち伊豆半島側の二地点のうち南側の地点の測量に当たって、測量器を三角点の中心に置くことができず、その補正が求められたが、その補正を逆方向にしたために、二倍の誤差が生じていたのである。石橋氏の警告後に、国土地理院の研究者らがこれを確認して、予知連に報告した経緯がある。これは、当時、国会質問(日本共産党栗田みどり衆院議員)で初めて公表され、予知連の情報にも国土地理院の訂正報告が掲載されている。この結果、想定東海地震が「明日起きても不思議ではない」という切迫性は一応なくなり、一定程度余裕があることが確認されたのであるが、東海地震の襲来は間違いないこととして、大規模地震対策特別措置法にもとづく防災対策の整備方向が再確認され、その後、想定震源域、地震防災対策強化地域、判定会招集・警戒宣言発令などが見直されてきた。
○近代構造物が大地震に見舞われる未曽有の国難
日本列島の地震の起こり方には、静穏期と活動期があるとされる。戦後の日本の復興と都市の発展は、地震の静穏期とたまたま重なって現在に至った。したがって、高層ビル、高速道路、橋梁、コンビナート、原発、新幹線などの建築構造物が建ち並ぶ日本の国土と社会は、幸いにして、これまで大地震の洗礼を受けたことがない。ところが、兵庫県南部地震を含めて、現在、日本列島はほぼ全域で大地震の活動期に入りつつある、と地震学者は共通して指摘している。石橋教授は「複雑高度に文明化された国土と社会が、いってみれば人類史上初めて大地震に襲われる、それも決して一つではない。何回か大地震に見舞われる」として、「これは大げさではなくて人類がまだ見たこともないような、体験したこともないような震災が生じる可能性が非常にある」(二〇〇五年二月二十三日、衆院予算委員会公聴会)と警告している。
石橋教授は、日本列島に迫りくる大地震の活動期は未曽有の国難として、これを懸命に乗り越えるには、地震対策という技術的対応ではなく、国土あるいは社会経済システムの根本的な変革が必要であると強調している。
“地震は自然の活動でいたしかたないが、震災は軽減しうるものである”というのは、濃尾大地震の直後、軍拡予算のさなかに、国に「震災予防調査会」の設置を提言し、これを実現させた、日本の物理学の開祖・田中舘愛橘の言である。この一環として、原発の耐震対策だけではなく、「原発震災」への取り組みが強く求められる。
また、兵庫県南部地震以来、「耐震指針」の基礎の崩壊が明らかになっている現在、その根本的見直しが緊急課題である事情に変わりはない。
阪神大震災直後に「耐震指針」を「妥当」とする報告
原子力安全委員会の大地震に対する構えはきわめて甘いというよりは、原発の運転が先にありきの姿勢が見られる。その典型が、阪神淡路大震災直後に、「平成七年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」を設けて「耐震指針」を検討して「妥当」報告を行ったことに示される。
「検討会」の「耐震指針」の妥当性を確認するシナリオが問題である。それは、岩盤上の地震動の記録がとれた神戸大学の地震計のある地点(神戸市六甲台)に、「耐震指針」にもとづく耐震設計を施した「神戸原発」(注―筆者命名)を立地するとして、それが現実の兵庫県南部地震の地震動に耐えられるか、を見るというものであった。「耐震指針」にもとづく「神戸原発」の設計用基準地震動(S1かS2か定かではないが)の応答スペクトルが作成され、これが、神戸大学で記録された岩盤上の応答スペクトルを基本的に上回っているとして「妥当」報告となったのである。
しかし、神戸大の応答スペクトルが、日本で最大の地震に備える浜岡原発のS1、S2の応答スペクトルを超えていたのだから妥当でないことは初めからわかっていたことである。なぜ、こんなややこしいシナリオを作ったのか、このシナリオが安全証明となりうるのか、さまざまな疑問が提起された。このシナリオには、「耐震指針」を「妥当」サイドに引き込む手があったのである。兵庫県南部地震は、知られるように複数の断層が動いたものであった。「神戸原発」の設計用基準地震動の応答スペクトルは、この事実通り、複数の断層が動いたものとして作成された。しかし、「耐震指針」で、複数の断層が同時に動くと想定されることはまずない。「神戸原発」の応答スペクトルは、「耐震指針」よりは大きく作成されたのである。それでも、長周期側では、兵庫県南部地震の応答スペクトルが上回ったのであるから、本来、「妥当」報告は成り立たない。それでも、「検討会」は、原発は「原則として剛な構造であり、固有周期は短周期側に集中」しているとか、神戸大学の地震計が設置されている「コンクリと床の直下に浅い埋戻土又は表層土」があり、地震動が増幅したとか、のいいわけをして、「妥当」報告を出したのである。金沢地裁判決は、この「妥当」報告自体に判断は示していないが、事実上、これを認めていない。
既設原発も対象に「新耐震指針」案を決定
「妥当」結論を出した「検討会」は、なにかうしろめたかったのか、報告書の最後部分に、耐震安全性に対する信頼性をいっそう向上させるための努力が引きつづき必要と書かざるをえなかった。
原子力安全委員会は、原子力安全基準・指針専門部会(現在)のもとに耐震指針検討分科会の設置をきめ(二〇〇一年七月三日)、同七月十日の第一回会合以来、二〇〇六年四月二十八日の第四十三回会合まで、五年にわたって、「耐震指針」の見直し検討がつづけられ、「新耐震指針」案が決定された。五月下旬開催予定の同専門部会に報告され、審議・意見公募などを実施して、この夏にも原子力安全委員会の指針として決定されると見られる。「新耐震指針」が決定されれば、新規原発だけではなく、既設原発すべてについて遡及適用されるとされる。
「新耐震指針」の特徴として、@基準地震動の策定方法の高度化、A原子炉施設の重要度分類の一部格上げ、B確率論的安全評価の導入に向けた課題への対応など、が挙げられている。確かに、地震学上、工学上の新たな知見の一定の反映が見られることは事実であろう。しかし、「耐震指針」策定当初の地震学者と設計工学者との大きな乖離が埋められたという実感はない。
分科会専門委員である石橋教授は、新聞社からの要請で書いたコメントが、デスクの手が入って行数を詰められ、意を尽くせない文章になったとして掲載を断った文章を「『耐震指針改定』に関する幻のコメント」と題して公表している。石橋教授は「改訂によって指針はある程度は高度化された。例えば耐震設計の基準となる地震動が従来の二つから一つに統合された。地震と工学の専門家の間で考え方が食い違うことが多いが、長い議論の中で双方の理解がすすんだ」「活断層の対象期間が五万年から十三万年に延びたのは評価できる」などと一定評価したうえで、「地震学からいえば、大地震の震源の直上に造るべきでない。そういう趣旨を明記するよう主張したが盛り込まれなかった」「活断層がない場合の規定があいまいで、直下型地震による地震動の策定に恣意性が入り込む余地がある」「大地震に続いて発生する大余震も問題だ。余震に耐えることも明記するように提案したが、見送られた。地震で基盤の隆起・沈降が生じて、敷地地盤が変形・破壊する恐れもあるが、これも盛り込まれなかった」などとコメントし、「地震研究は日進月歩だ」「今後は従来よりも頻繁に見直す必要がある」と語っている。
ところで、中部電力は二〇〇五年一月二十八日、突如、「浜岡原子力発電所の耐震裕度向上工事について」発表した。浜岡原発の現状の「耐震安全」を宣言しながら、「現行の基準地震動S2に対して耐震上の余裕を持たせた目標地震動を設定し、必要な工事を実施します」としている。その「目標地震動は、約一〇〇〇ガル(岩盤上における地震の揺れ)となり、中央防災会議による想定東海地震の地震動に対して二〜三倍になります」としている。
これは、前年十二月二十六日のスマトラ沖地震(M九・三)を受けての対応であることは容易に想像される。安全サイドの工事であることは事実であるが、問題は「耐震指針」との関係である。「耐震指針」でパスしているものが、なぜ「耐震補強工事」を実施しなければならないのか、ということである。一連の事実の経過からみれば、「補強工事」が「耐震指針」の欠陥を覆い隠すものではないのか、の疑惑が深まるばかりである。「新耐震指針」でも事情は同じである。
「新耐震指針」決定に当たっては、意見公募も行われることにされているから、大いに意見をのべることが求められる。