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| H15年5月中旬・下旬 きちんとした定点写真ではありませんが、左岸寄りの流れは後年と比べると川幅が広く、水量があったことは見てとれます。当時も水深は浅かった印象があります。 | |||
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| H17年9月下旬 小さな写真だと分かりにくいのですが、中洲が広くなっています。水量に乏しく、堰の部分ではところどころしか流れていません。これは渇水や季節的なものではありません。ネット上の新旧航空写真をくらべながら、記憶を呼び起こすと、多摩川のおおよその変化を推測できます。 ―関戸橋から大丸用水堰までは、流路がいくつかに分かれている。何年か前は、この左岸寄りの流路が多摩川本流だった。土砂の堆積などによって流れが湾曲し、岸をえぐるようになったので、読売新聞社前から下流にかけて低水護岸工事が行われた。その後、土砂の堆積が拡がって水が通りにくくなり、この流れは傍流になった。低水護岸工事によって、河道が左岸からやや離れたこともあり、この付近にはなおさら流れにくくなった。― 魚道の工事は、この年の11月頃に着工したようです。素人の推測ではありますが、このあたりは魚道工事以前から、流量が減る傾向にあったのです。 |
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| H19年5月中旬 この日は完全に止水。階段護岸の上流でチョロチョロ流れ込んでくるだけでした。一年以上経過して、何度か増水もあったはず。それでも河道の変動はなく、この状態です。<多摩川水系河川整備計画>によると、大丸用水堰を含む5ヶ所の堰については、土砂をさらうなどして本来の河道断面に戻すことになっていますので、そのうち工事が行われるのかもしれません。そのうち―。 いずれにしても、流路の自然な変動を待っていたのでは、この魚道は河原のオブジェのままのような気がします。 追記:魚道はとうぜん国交省が設置しているものだとばかり思っていました。しかし、農業用水堰の魚道の設置は、堰自体の改修をともなう場合は国交省の工事に含まれますが、単独で行う場合は東京都産業労働局農林水産部が実施しているようです。大丸用水堰は農業用水の取水堰であることから、この魚道も上記の東京都によって設置されています。この状況は、治水事業と魚道づくりの担い手が異なることに原因がありそうです。 問い合わせたところ、左岸に水が流れるようにするため、国交省と折衝中とのことでした。気長に待ちましょう。 |
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