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解体される進徳丸

stk_bfre.jpg (8482 バイト) 商船大構内での保管中、この船はセミナー等の宿泊所として一般開放されました。写真は新たに設置された変電設備です。この他、水回りの改造も行われました。残念ながら平成元年頃より保守不足による劣化が激しくなり、いつの日からか幽霊屋敷と呼ばれはじめ、年々宿泊希望者は減ってゆきました。平成6年秋撮影。 stk_sikan.jpg (8837 バイト)
解体直前の進徳丸です。進徳丸は戦前、商船学校の練習帆船として建造されました。そして悲痛にも戦時中はマストを外されて徴用船として働きました。戦火を免れたこの船は戦後、練習汽船として復活し、昭和42年まで数々の船乗りを育ててゆきました。引退後、神戸商船大の敷地内で保管されていましたが老朽化が激しく、そのレストアには最低5千万円かかるとも言われていました。そのような最中に襲った平成7年の阪神大震災が決定的ダメージとなり、解体へと向かうのでした。平成7年春撮影。 stk_rouka.jpg (10612 バイト) 士官食堂です。当時の船にはエアコン設備がなかったため、夏場は士官といえども汗だくだったそうです。平成6年秋撮影。
stk_cabin.jpg (6665 バイト) 第1教室です。宿泊客らの集合場所として解体直前まで使われていましたが、撮影時は地下壕のような薄汚い印象を受けました。平成6年秋撮影。 stk_brg.jpg (10139 バイト)
実習生居住区です。空調設備以外は現在の練習帆船と大差ありません。平成6年秋撮影。構内保管中には一般に開放され、ボーイスカウト等を中心に使われました。 stk_kyosi.jpg (10476 バイト) 左舷側後方から船橋を撮影しました。ご覧のとおり劣化の激しさがわかります。上部甲坂の腐食により船内は雨漏りで悩ませられ、雨水の浸入は船内の劣化をも加速させてしまいました。また、船橋は見るも無惨に床が抜けており、立ち入るのが危険な状態でした。平成6年秋撮影。
stk_brk4.jpg (7242 バイト) 解体後に設立する記念館用に取り外されたマストや船名札です。右後方に見える船は、艇庫復旧のために一時保管されているカッターボートです。平成7年春撮影。 stk_brk3.jpg (9458 バイト)
大震災の復興風景が目に付く神戸の街、そして大学構内を横目に、進徳丸の解体が始まりました。まず、船名札等の永久保存する部分が取り外されました。その後、船内の木製部分が解体されて敷地内で焼却され、金属部分の解体が進められました。平成7年春撮影。 stk_brk2.jpg (9284 バイト) 解体は船首部分から始まりました。手前に見えるのは貯水槽で、引退後、宿泊施設として使われていたことを物語ります。平成7年春撮影。
stk_brk5.jpg (10792 バイト) 海上から見た風景です。平成7年春、深江丸より撮影。 stk_brk6.jpg (9268 バイト)
解体が進む進徳丸です。発生した廃棄物に木製部分が多いことから、昔の船には木が多用されていたことが伺えます。他施設と比較して、進徳丸の解体は予想以上に手こずっているように見えました。平成7年春撮影。 stk_brk1.jpg (7751 バイト) 保存品摘出のため、船腹に穴があけられました。写真は蒸気駆動のレシプロエンジンですが用途は不明です。現在、船上機器には電気モータや内燃機関が多用されますが、当時は蒸気駆動のものが一般的でした。平成7年春撮影。

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