
| 自己紹介 | | | みんなスバリスト | | | ウェブ同窓会 | | | ぶらぶら日記 |
|
|
ホーム | | | 音楽館 | | | 幼少期 | | | 中学校 | | | 洋上セミナー | | | 大学1年 | | | 大学3年 | | | 阪神大震災と商船大 |
|
|
| | 小学校 | | | 高校 | | | 乗船実習科 | | | 大学2年 | | | 大学4年 | | | 解体される進徳丸 |
神戸商船大学1年 |
||
![]() |
入寮コンパ用の白鴎寮指定公式酒は薩摩焼酎<白波>でした。当日は酒屋の陳列台が白波一色となりますが、入寮コンパ後のビン捨て場も写真のように白波一色となります。 |
![]() |
| 大学生活の我が家となる白鴎寮南寮109号室の入寮直後の姿です。旧式の冷蔵庫、旧式のテレビ、旧式の部屋ルールと、何もかも旧タイプでした。当時は1年生から4年生、各一人づつの4人部屋が基本体制で、4つのスチール机と2つの2段ベッドという間取りでした。電気ブレーカは3〜4部屋共通、テレビアンテナは各部屋自前、そして電話は当直室の2台!で応対するという設備でした。家賃はドヤ街顔負け、タッタノ700円でした。 |
![]() |
六甲山麓の保久良神社にある登山集会所です。寮内の1年生は定期的実施される早朝訓練で芦屋川河川敷と保久良神社まで走ります。勾配のきつい神社までの道のりは寮生から敬遠されましたが眺めは最高でした。 |
![]() |
スバルの360ccトラックでけたたましい音とともに白鴎寮裏門へやってくる屋台がありました。味はそこそこで料金は格安でしたが、ナメクジが入っていたりと衛生状態はまさに学生寮スタンダードでした。昭和40年代から続いていたそうですが、付近住民の反対により平成6年の夏頃、突然来なくなりました。ところで「屋台の車は空を飛ぶ!」の寮内伝説を確かめるべく車で尾行しましたが、春日野道周辺でまかれてしまいました。ホントに空を飛ぶんですね。 |
![]() |
| 毎年5月、神戸フィッシュダンスホールにおいて女子大学と合同によるダンスパーティーが開催されました。1年生は参加必修行事であり、各部屋先輩は多種多様なノルマと結果を1年生に求めました。 |
![]() |
白鴎寮の全景です。北寮(昭和29年竣工)、中寮(昭和27年竣工)、南寮(昭和30年竣工)、新寮(昭和32年竣工)の4棟と食堂、大浴場、プールで構成されていました。当時、このプールは学内唯一のもので実技体育授業でも使われていましたが、寮外生の増加により平成6年に大学構内へ移されました。 |
![]() |
毎年12月、耐寒訓練として六甲登山が行われました。白鴎寮から有馬温泉までがルートで往路は登山、復路はバスでした。参加は任意でしたが1年生はもちろん必修でした。写真は六甲山の休憩所でのひとときです。 |
![]() |
| 教習所へ通う予算がなかったため、免許は飛び込みで取ることにしました。しかし道は険しく、仮免までに13回、本免までに2回の試験を重ねました。写真は警察関係法人が運営する本山交通公園での練習風景です。講習費は1時間3800円と割安で、警察OBの方が指導します。 |
![]() |
全寮制の廃止に伴い、寮外で下宿している同級生も数多くいました。下宿中の友人宅は寮生にとって同級生のみでくつろげる憩い場所でもありました。写真は下宿中の友人宅で宴会中です。 |
乗船実習・銀河丸 |
||
![]() |
航海船橋です。練習船ということで航海用の船橋と実習用の船橋が備えられおり、GPS、自動衝突予防装置付きレーダを備えるなど設備も充実しています。船橋は操舵室と海図室に大きく分けられます。操舵室には舵輪、レーダ、風力計、エンジン制御用リモコン(テレグラフ)、VHF電話、水深計が備わります。 |
![]() |
| 実習生居住区です。各部屋最大6名が寝起きできますが、便所、洗面所及び浴室は共同です。写真のように壁付きの寝床のことを船用語で「ボンク」と呼びます。 |
![]() |
1年次の乗船実習は銀河丸でした。この船は運輸省航海訓練所により運航管理されています。純練習船のため貨物輸送に従事することはありません。航海訓練所には2隻のディーゼル船、2隻の蒸気タービン船、2隻の帆船があり、銀河丸はディーゼル機関の教育を目的とした船です。大学は文部省管轄、練習船は運輸省管轄ということで、極めて日本的なシステムといえましょう。 |
![]() |
機関室に備わるメインエンジンです。自動車と違い、ロッカーアームが剥きだしなのがわかります。毎分150回転の6気筒2ストローク低速ディーゼル機関で、2基のインタークーラー付きターボチャージャーを装備しています。トランスミッションはなく、プロペラがクランク軸に直結しているため後進するときにはエンジンが逆回転します。 |
![]() |
| 写真は船橋後部に位置する海図室で、操舵室とカーテン1枚で隔てられています。士官用と実習生用が両舷にあります。夜間、暗順応による見張りへの影響を考慮して、海図室の照明はできる限り暗くされます。海図室の奥にはコースレコーダー、火災報知器、船速計、クロノメータ(時計)、GPSが備わります。 |
![]() |
プロムナードデッキで撮影しました。甲板は耐久性の高いチーク材が張られており、毎朝甲板流しを行います。甲板流しのことを船言葉で「タンツー(英語の“turn to/取りかかる”より)」と言います。 |
![]() |
船橋ウィングで撮影しました。写真の航海科作業服は戦前の海軍予科練時代から基本的に変更なく長い間使用されてきましたが、現在練習帆船を除いて使用されなくなりました。 |
![]() |
| 錨泊中での上陸にはエンジン付きの救命ボートを使用します。写真は鹿児島港での上陸風景で、背後でアンカーを降ろしているのが銀河丸です。 |
![]() |
間もなく沖縄港へ到着します。南国の潮風に潤うべく、デッキに集まりました。 |
![]() |
下船の前日、甲板上で喜びを分かち合う我が班員です。 |
![]() |
| 1年次の乗船実習は1月に行われたため、船上において成人式が行われました。写真は成人式終了後の記念撮影です。 |
![]() |
実習の一環として、運動を目的とした特別上陸「運動上陸」がカリキュラムに組み込まれていました。運動上陸では漕艇や登山などが実施されます。この日のトレーニングメニューは串本港沖に錨泊後、大島までのカッターボート漕艇、そして樫野崎までのジョギングでした。写真は樫野崎です。 |
幼少期・小学校・中学校・高校・洋上セミナー・大学1年・大学2年・大学3年・大学4年・乗船実習科・阪神大震災と商船大・解体される進徳丸・音楽館