あごら260号「憲法があぶない」特集号より
中国で学生に教えた「日本国憲法」
芦澤礼子
高度経済成長時代、東京オリンピックの前年に生まれた私にとって、日本国憲法は「もうすでにあるもの」だった。深く考えず、じっくり読んだこともなかった。
きちんと読んだのは、中国で日本語教師をしているときだった。あと少しで任期が終わるという頃、「日本社会」の授業の教材を作りながら、急に「日本人として中国に来たからには、日本国憲法のことを話さなければ」という気になった。この国を侵略し、大きな被害をもたらした日本は、今は「武力を持たない国」になったということを、戦後五十年の今、話しておこうと。もちろん全文では長すぎるので、前文と九条を抜き出してプリントをつくった。
やや難しい日本語かな……と思って、こわごわ授業を始めてみたが、案外きちんと理解してもらえた。「非武装」という考えは、台湾と対峙する中国からはわかりにくかったようだが、前文に、日本人だけでなく「全世界の国民が……平和のうちに生存する権利を有する」と書かれていることが共感を呼んだらしい。ただ「日本にも軍隊みたいなのがある」という学生もいて、それには思わず「自衛隊は実は憲法違反です」と断言(!)してしまった。峠三吉の「にんげんをかえせ」も、みんなで朗読したが、あとで「原爆で死んだ日本人も犠牲者ですね」と女の子が言いにきて、ああ、そう受け止めてくれたか……と思った。
帰国後、五年が経とうとしている。その間、留学や仕事で約十人ほどの教え子が来日した。先日、新しく来た留学生を歓迎して皆で食事をしたとき、石原都知事の「三国人」発言と森首相の「神の国」発言について聞いてみた。
石原発言に関しては「ああいう発言は日本人だ、中国人だ、という問題でなく、人間としておかしいと思う」「東京都の外国人議会に参加していたが辞めた。知事は本当は外国人が嫌いなんだから、外国人議会は形だけで無意味だと思う」と、厳しい。森首相に至っては「口が軽いんじゃない?」「あの人は馬鹿ですか(!)」。その一方「選挙があっても、どうせまた森首相になると思う。日本人ってそうだから」という醒めた見方もあった。彼らに「いつか必ず日本へいらっしゃい」と言ったのは私。スミマセン、せっかく来てくれたのに、こんな国で……。
でも彼ら、日本の全部が嫌いというわけでもない。「中国に帰ったら、中トロが食べられない。いやだなぁ」などと言うし、日本語のカラオケもバンバン歌う。私が「明日〈石原やめろ〉パレードに参加するんだよ」と言ったら「それ、知ってる」「すごーい」と、喜んでくれた。
六月九日の〈石原やめろ〉パラソルパレードには、風雨の強い中、平日の昼間だというのに三百五十人が参加した。いつになく外国人が多いデモで「二十か国の人がいた」という噂も流れた。この人たちは日本国憲法でも守られていない、立場の弱い人たちだ。辛淑玉さんは「石原の弱い者イジメ」と言ったが、まさにそうだ。どうせ憲法を論じるなら、在日外国人の人権をきちんと位置付けてはくれないだろうか……と、傘の列を見ながら、私の教え子たちの顔を思い浮かべて、ふと考えてしまった。
(あごら新宿)