国際アザラシデー

 

 

アザラシデーて?

みなさんは国際アザラシデー(=国際シールデー)という日があることを知っていますか?国際アザラシデーは、毎年3月になると水族館などがアザラシやアシカのことを知ろう、といろいろ催しをおこなう日です。この日にあわせて催しをする国は、アメリカをはじめ、カナダや日本、ウクライナなどたくさんあります。

ここでなんでアザラシにくわえてアシカがでてくるのかな?と首をかしげる人がいると思います。アシカがでてくるのは、アメリカでうまれた国際シールデーを日本では国際アザラシデーとしているからです。英語ではアザラシを意味するシール(=seal)は、アザラシだけでなくアシカやオットセイなどもさします。ですからアシカなどもはいるわけです。

この国際シールデーは、1983年にアメリカの議会が、3月1日をアザラシの日と宣言したことによりはじまりました。そして、この宣言に強く賛成したアメリカのワシントンD.Cにある国立動物園などが、3月1日にアザラシの保護をうったえるようになり、このうったえに共感したほかの国々の水族館や動物園がこの動きにあわせました。

こうして毎年3月ごろになると、国際シールデーの考えに賛成している水族館などが、独自にさまざまな方法でアザラシなどの保護をうったえるようになりました。日本では大阪の海遊館と、愛知の南知多ビーチランドが、それぞれ国際アザラシデーとして楽しみながらアザラシなどを知る催しを行なっています。

 

どうしてできたの?

国際シールデーは、カナダのタテゴトアザラシの漁(猟)を反対するためにもうけられました。カナダにすむタテゴトアザラシやズキンアザラシの赤ちゃんは、とても美しい毛皮をもっているために、1983年までたくさんとらえられていたのです。このためカナダのアザラシは、絶滅の危機をむかえました。

このことが新聞やテレビなどマスコミをつうじて伝えられると、世界中の人びとがアザラシを保護すべきだと考えるようになりました。その結果、1986年にカナダの議会は、赤ちゃんアザラシを毛皮をうるための目的で殺すことを禁止したのです。国際シールデーは、こうしたアザラシ漁の反対運動のなかでうまれたのでした。

しかしその一方で、アザラシの保護運動にはさまざまな反省すべきことがあげられます。たとえば、テレビなどのマスコミがアザラシ漁のやらせをおこなったり、毛皮だけでなく食料もえるためにアザラシ漁をおこなう漁師さんを一方的に悪者としたことなどがあげられます。私たちはそういうところも忘れてはなりません。

 

今日もどこかで

カナダのアザラシは、もはや絶滅する心配がなくなりました。しかし、世界をみわたすと海の動物のなかには、カナダのアザラシと同じように、むかし毛皮や肉などをとる目的でたくさんとらえられたために、今でも絶滅の危機にひんしている種類があります。

これは日本にもある問題です。かつての日本は、アザラシやニホンアシカ、トド、オットセイ、そしてラッコなど海にたくさんの動物がいました。しかし、ニホンアシカは絶滅したと考えられ、ラッコは一時その姿をけし、ゼニガタアザラシやトドなどは絶滅してしまうおそれがあります。

そのうえ海の動物は、人間の開発ですみかをうばわれたり、人間がだした毒物で体が汚染されて病気にかかったり、人間がだしたゴミで死んでしまったり、年々くらしにくくなる一方です。こうした環境破壊は、すぐに私たちにもふりかかってくるでしょう。なにしろ私たち人間と海の動物は、おなじ惑星にすんでいるのですから。

国際アザラシデーは、ふだんこうした問題を意識していない私たちに、どうしたらいいのか考えさせてくれる、とても大事な日であるといえますね。大阪の海遊館は、昨年(1998年)の12月におこないましたが、愛知の南知多ビーチランドは、3月の第1日曜日におこないます。さあいってみましょう。

 

 

 

参考文献

南知多ビーチランドの配布パンフレット   1993年  
  同上   1995年  
アザラシの赤ちゃんに出会う旅 小原玲 1996年 東京書籍
大阪海遊館の配布パンフレット   1998年  

 

 

 

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