備忘の都 2000 −MARCH 〜 APRIL−  ◆

赤ちゃんをおなかで育んで、それを世に生み出すということは、
この世に存在する至上の奇跡なのではないかと今は思っています。

本当に私は今、人生の最良、最高の時間を過ごしていると思います。

斉藤由貴「赤ちゃん あいしてる」


031.肉くさい032.シェ・モアにて
033.出産(1)034.出産(2)035.出生届

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 031.肉くさい

2000/03/29(We) 

度末は人事異動がつきものということで,今夜は職場の送別会。
場所は小倉「しゃぶ膳」,食べ放題呑み放題6000円のコースで血反吐が出るまで肉を食らう。
鹿児島黒豚に牛タン,牛ロースに野菜盛合せの皿がうずたかく積もり…はしなかったが,しかしよく食べた。胡麻だれにポン酢,紅葉おろしの鉢と小皿を4回も5回もとりかえたもの。明後日で職場を去る田中さんの北海道旨いもの巡りの話も実に愉しかったが(前任地,札幌に2年半おられたのだ。ひまわり畑の話,参考になりました),実際この夏に北海道旅行を計画しているYさんには,却って目移り舌移りだったかも(ちなみに僕は一玉200円の夕張メロンがいいです。クール宅急便で送ってくださいね)。
処で職場を離れる4人のうち,転職組がふたりいるというのが何とも。3つ後輩の「春から警察学校に行く」というのもかなり凄かったが,N先輩の「個人でインターネットビジネスをやる」というのはもはや怪しすぎ(笑)。

「ベンチャービジネスってことですか」
「いやァ,そんな大それたもんじゃないんだけどね」

兎に角,何をやるのかさっぱり教えてくれない。HPのコンテンツデザインをやるでもEコマースをやるでもなく,広告も打つつもりはないと云う。
もしかしてアダルトサイトですかと訊ねたら思いっ切り大笑いされた。という訳でN先輩の謎は尽きない。

都市高をぶっ飛ばして家に帰ると,奥さんに「肉くさい」と羨まれ罵られる。
よほど悔しかったのか,彼女はビーフ雑炊をこさえてようやく溜飲を下げた。おいおい。


カヤロー!スペシャル2(NTV系)」をつい観てしまう。
改変期の特番で,その起源は云わずと知れた森田芳光の同名オムニバス映画。エンディングに清志郎の「サントワマミー」を使ってる処まで全部いっしょ。で,結論から云ってしまうとこれがもう全然駄目。「バカヤロー!」シリーズは物語の基本フォーマットが必ず同じなので(虐げられた主人公が最後の最後に爆発して「バカヤロー」と魂の雄叫びをあげる),あとはヴァリエーションで見せるしかないんだが,オレ的には「もういいです」と10年思い続けております。一作目のタクシー運転手大地康雄のあの爽快感は2作目にしてとうに失せた。今回4話オムニバスで名だたるひとたちが主演をつとめていてキャスト的には過剰にゴーカだったのだけれど,それもこの際却って煩わしいというか。大原麗子斉藤由貴の嫁姑なんて前代未聞の組合せなのに(どんなにダイエットしても痩せないという由貴ちゃんの捨て身の熱演にも拘わらず)どうしてもドラマが弾けない。カタルシスが立ち上がってゆかないもの。いえ,ワタクシ決してマンネリズムを卑下するものではないし,お約束事でも面白いものは面白いという立場なのだけど。シチュエーションに工夫が無い訳でもなく,例えば細川俊之声で怒りを爆発させる犬とか,こうやって文字にしてみると面白そうなのに。問題は短い尺の中にどれほどテンションの高い物語を詰め込むかにあるのだが。


レホタイムは,IRCであめんさんに今度生まれてくる息子の名前と由来をとくとくと語って聞かせる。
あとはそうだな,映画「ティガ」擁護合戦とか。話のネタは電話と同じかもしんないな(笑)。あめんさん,聞き上手だし。やはりうっかりしてるとすぐに時間が経ってしまう。瀬戸口くんは軽い気持ちで入室して軽い気持ちで出ていけばいいとは云うけれど,やはり毎晩はきついかも。入室したばかりで呼び止める彼を振り切って戦線離脱。この思い切りのタイミングが難しい処。

そうそう,脚本家の井沢先生からHPを立ち上げたのでいらっしゃい」とのありがたいメールを頂いた。いつぞや,先生に「個人サイトを開設しようと思ってます」と教えていただいて以来,折に触れ,検索エンジンで探したりしてずっと気にしていたので「お待ちしていました」って感じ。
早速お伺いすると,愛犬ちょんきち(チワワ)をフィーチャーした愛らしいページで,BBSには薄井ゆうじさんも書き込みされていたりして何かと気後れするが,折角お呼びいただいたので,こそこそとファンレターを書かせてもらう。

有珠山での地震速報が続く。
北海道には沢山の眠れないひとが居る。




 032.シェ・モアにて

2000/04/03(Mo) 

えば,徴候は色々とあったような気もする。
やっさんから届いた,3月30日付の自筆の絵葉書。片目のだるまさんに「目は自分で入れて下さい」の文字。
元気な子供が生まれたあかつきには…という判じもの。友達の好意が勿体無くて,そんな,絵なんか完成させられないよ。


達の結婚式出席を兼ねて東京から2Wの長期帰郷を果たしているマダムEとのお食事会。
マダムEのたっての希望,「ミツコさんのお腹が見たい」。どうしても,ぴんと来ないのだという。何となく分からないでもない。
マダムEの最も都合の良い日は7日であったが,それでは出産予定日の翌日なので無理を云って今夜に変えてもらった。
もう少し早ければ門司の「ディ・マーレ」に連れて行ってあげたかったが,距離的に自信がなくなっていたので,水巻のフレンチ・レストラン「シェ・モア」を選ぶ。ポイントは次の3つ,即ち,比較的近場であること(マダムEの実家の近隣),未開拓であること,お値段がリーズナブルであること。
地理的に不案内なのが唯一の不安要素だったが,旨い具合にマダムEがお店に行ったことこそないもののお店自体の場所は知っていてくれたので助かった。川べりにあって,手書きの牛の看板にステーキハウスだとばかり思っていたのだそうだ。

子供が出来たらなかなか行けなくなるのだから,と云いつつ,2月は大橋の「ペシミニヨン」で豊前湾の生牡蠣とうずらのパイ包み焼きに舌鼓を打ったものだが,結局またフレンチレストランに顔を出しているあたりがカルマである(それを云えば,ほんの昨日だって「ポルタロマーナ」でゆったりとしたランチを楽しませてもらったわ)。

意外に道が混んでいなくて,予定の30分以上前に店に着く。テーブルは4席ほどで小さいけれど,シェフの手の行き届くのに丁度の広さ。先客が2組。平日である事を考えるとなかなか盛況である。門構えは川べりを睨み,裏手は田んぼが広がっている。水巻だからね。牧歌的というか,そう云えば以前,松平さんにご馳走していただいた犬山のフレンチレストラン周りのロケーションもこんな感じだった気がする。それはそうとマダムEが目印にしていた牛の看板がないばかりか,お店の内装も「探検!九州」と全然違う気がした。夜だから分かりにくいものの,店構えと云い,何処となく真新しかったし。

「お時間少々かかりますが,よろしいですか」
「全然OKですよ」と僕たち私たち。

3人とも無難な処で3600円のひまわりと名付けられた「サンフラワー」コースをオーダー。マダムEは食前酒にグラスワインの白。
前菜には,鮮度の高い鯛のカルパッチョ。
メニューになかった2皿めの前菜にダルマダイのサフランソース。ワカメと大根の程好いあたたかさと,魚の香ばしい焼き加減のアンサンブル。ソースはさっぱりめ。それはそれでしつこくなくて無駄のない甘さ。
ポタージュスープ。
メインディッシュは,僕とマダムEが牛フィレ肉のステーキで,奥さんが牛テール煮込みのキャベツ包み。ステーキには表面に焼き目をつけたポテトのピューレ,煮込みには目に鮮やかなブロッコリーのピューレが華を添える。
デザートはヨーグルトのムース。ムースにトッピングされた夏みかんと奥に閉じ込められた角切りリンゴ。脇に添えられた淡い透明なピンクのキューブは,てっきり桃のゼリーかと思ったら,妙にねばっこく糸をひくので此処の奥さんらしいマダムに尋ねたら,シェフよりさくらんぼのリキュールで漬けたアロエですとの説明があった。なかなか面白い味。
パンは焼きたてでおかわり自由。一皿毎に少し時間がかかるのは一品一品シェフが手間を惜しまないあらわれと見た。
何しろ,此処で出される野菜の殆どは自家栽培で賄っている。僕らの会話を弾ませるだけの起爆剤にもなってくれた。

僻地侮りがたし。この金額にこの内容は充分折り合っている。最後に厨房から出てきて頭を下げたシェフの表情がまたいい。
消費税は内税なのも,シェフの気概が感じられる。非常に感じが良い。

精算している時に「実は昨日まで2ヶ月間お休みをいただいていたんです」と云われる。

「えっ,そうだったんですか」
「丁度,お店を改装していましてね,新装開店の一日目が今日だったんです」

奥さんがお店に予約を入れたのは土曜のこと。幾ら何でもそりゃ出来過ぎだよ。
初めてお店に来た時の「探検!九州」の写真との違和感はこれだったか。牛の看板がなくなっていたことに初めて得心がいく。パチンコ屋や呑み屋と違い派手な花輪がある訳でなし,ちっとも気がつかなかった。お店にとっては記念すべき日に寄せてもらった,これも何かの縁。食事会の日にちを変えたのも無駄じゃなかったなどと皆んなして喜び合う。
マダムEに東京土産のポケモン人形焼をもらって,庭のチョビを可愛がってから,夏の再会を約束した,それが21:30頃。


りの車中,奥さんがやたら時間を気にし始めた。
話を聞くと20分置きくらいで定期的にお腹が痛くなっているらしい。これが子宮収縮だとしたら,プレ陣痛ではないか。
余りにも突然な話でアレだったが,今夜にも病院行きかもしれない。それにしても,母親の会食が終わるのを待つとは何とも親孝行な子ではある。

帰宅して,お風呂に入らせるが腹痛が止む気配を見せない。たまりかねた彼女が病院に電話,助産婦さんからは「痛みの間隔が10分を切るまで様子を見ましょう」と云われて一旦受話器を置いた処が,10分どころか5分と待たずに「痛タタタ…」を繰り返し始める。痛さの余り,助産婦さんに報告している最中に絶句してしまうほど。

「今度は本当に来たんだな」
「ううん,分かんない。痛い,痛いよう」

ココロの準備が出来ていないとうろたえる彼女をなだめすかして,病院に行く支度を始める。
軽い吐き気,寒気に腰痛の下部移動と,面白いくらいマニュアル通りに分娩準備期の症状が出る。こりゃ,本当にいよいよだわ。
午前零時を廻ってからようやく車を出す。彼女は時間が来るたびに「痛い痛い」とドアをたんたんたんたん叩いている。
陽気の良かったこの週末を挟んでから,街じゅういたる処に桜の花がたわわに枝垂れ咲いている。
「夜桜が綺麗ね」と陣痛の端境でふと奥さんが住宅展示場の桜の樹を指差した。

「痛たたたた」次に子宮収縮したのは3,4分という処だった。
そんなに時間はないかも。




 033.出産(1)

2000/04/04(Tu) 

00:40 産院に到着。社宅からの所要時間,10分少々。
夜間出入り口を抜けて,2Fの新生児室兼ナースステーションへ。ガラス越しに赤ちゃんの夜泣き声が聴こえる。ちなみに赤ちゃんの泣き声は一晩中途絶える事が無かった。奥さんが声をかけると,旨い具合に助産婦外来で診察してもらった入船さんが出て来る。当直の先生(此処の院長先生らしい。穏やかな目をしたロマンスグレーの紳士である)と共に診察室へ。所在無げに待つこと,10分。

「あ,おとうさんですか。(産道の開きが)今3cmですね」
「はあ(よく分かっていない)…で,生まれるのが何時になるなんていうのは」
「いやあ,それは分かりません」

奥さんは早速,出産専用の術着に着替えてから出産準備室へ移される。入船さんより「おかあさんの傍に居て差し上げてください」との指示。
部屋には3つベッドが並び,奥さんは真ん中に横たわっていた。右端のベッドには一足先に病院に来たおかあさんが横になっているようだったが,ピンク色のカーテンで仕切られていて中は見えない。ラマーズ法で呼吸する息遣いが聴こえてくるばかりだ。
ベッドの脇には,子宮収縮の間隔や赤ちゃんの心拍数をグラフに記録する分娩監視装置が置いてあって,奥さんの下腹部に装着されたセンサーへとコードが伸びていた。装置のスピーカーからは拡声された赤ちゃんの心音がどくどくどくどく早鐘を鳴らすのが聴こえてくる。お腹に力を入れると赤ちゃんも苦しくなるとは云え,定期的に襲ってくる痛みには堪えきれず,ラマーズ呼吸(マーチのリズムらしい)の合間にどうしても悲鳴をあげてしまう。男が無力なのはこういう時だ。手ェ握って背中さすっていかばかりの助けになるんだろう。彼女に握り締められた僕の手は紫色になっている。

「もう駄目,ゲロ吐きそう」

奥さんはとうとうギブアップしてナースコールした。入船さんが飛んでくる。激しい吐き気を訴える奥さん。
入船さんは暫し沈思黙考してから「そうね,それじゃもう一回診察してみましょう」と奥さんを抱き抱えた。「大丈夫,立てる?」


02:15 少ししてから,僕も分娩室に召喚される。まず廊下の入口で手を消毒させられる。
「奥さんの傍についていてあげてください」と入船さん。どうも今夜はお産が立てこんでいるらしい。
お産が始まるのかと思ったらそういう訳でもないらしく,分娩台は寝かされたままで,奥さんは出産準備室同様,ヒューレットパッカード社製の分娩監視装置に繋がれ,分娩台に横たわって陣痛に耐えていた。ラマーズを実践するのでも,兎に角お腹に力を入れないよう,息を吐き出すのに細心の注意を払っているのが見て取れる。彼女的にはいきんだ方がいっそ楽なのだろうな。

「もうそろそろなんですか」
「いえ,もうちょっとかかると思いますよ」と入船さん。

初産だと分娩第一期第二期あわせて15時間はざらだという。経産でも6時間はかかる。ましてや彼女の陣痛が本格化してからまだ2時間と経っていない。握った彼女の手のひらは脂汗をかいていた。体力的に持つんだろうか…。ふと見上げると,天井には鮮やかな薔薇のステンドグラス。壁際にはかすみ草が溢れそうな花籠が飾ってある。部屋全体の仄かなピンクの色調と云い,無味乾燥とした手術台からはおよそ程遠い。

「痛い,腰が痛いっ」奥さんが不意に叫ぶ。
「腰さすって,早くっ! 痛い痛い」
「そ,そんなこと云ったってだな…」僕の右手は彼女が痛いくらい握り締めている。そう安々とは引き剥がせそうにない。
「手握ってんのと腰さするのどっちがいい?」
「腰っ,腰っ。早くっ」

慌てて彼女の背中側に廻り,腰をさする。
いかん,彼女をさする手が彼女のお腹から分娩監視装置に伸びたコードに当たって,赤ちゃんの心音に余計なノイズを混ぜるみたいだ。

「構わないっ。構わないからっ」

痛みに我を忘れてなのか,事前に助産婦さんから説明を受けてなのかはともかく,奥さん,苦しげな息の中から大声で叫ぶ。
えーい,ままよ。苦しいんだったら,さするしかないでしょう。

「ちょっと診察してみましょうか」と入船さん。僕は一旦,分娩室の外へ。
ややあって呼び戻される。「今,8cmです」
「ということはもう朝方頃には」
「そうですね。…おかあさん,えらいですよ。赤ちゃんも上手に降りてきています」

話が違う。コトの進行がえらく早い。15時間はかかるんじゃなかったのか。

「このまま背中をさすっていても?」
「ええ,お願いします。(奥さんに)腰,痛いですか」

声にならず頷く奥さん。
赤ちゃんの頭(児頭という)がいよいよ下降してきて,直腸を圧迫することで「いきみたい」願望がいよいよ抑え切れなくなるらしい。
とにかく,さするべしさするべし。

ばしゃ。

え? 奥さんのお尻のあたりで,夜店のヨーヨーが弾けたような音。思わず入船さんと目を合わす。
「破水しちゃったかな」と入船さん。一瞬の逡巡の後,術着をめくってみると赤黒い水たまりが出来ている。
「やっぱり破水してますね」
他の看護婦さんが飛んでくる。一刻の猶予も無く,出産準備にとりかかるらしく,僕は再び分娩室の外へ。
時を置かずに当直の先生も分娩室入り。ドアの奥から,奥さんの「痛い痛い」と泣き叫ぶ声が続く。

時計の針は既に3時を廻っている。


03:30 再び僕が分娩室に招き入れられた時には,分娩台は起こされ,奥さんは既に両脚を大きく広げ出産姿勢に入っていた。
僕は奥さんの右側に寄り添い,彼女の右手を握った。そして左手で彼女の頭を包み込む。必死に深呼吸する奥さん。
「えらいぞ」「えらいなあ」「もうちょっとだからね」「頑張れ」と,先生や助産婦さんたちが口々に励ましてくれる。
奥さんは僕の顔を見て「えらい,えらい」と呻く。先生たちはそれを微笑ましげに眺めている。彼女は「(身体が)キツイ,しんどい」と僕に訴えているのだが,九州の人間には「ねえねえ,私ってエライ?」とご褒美をねだっているようにしか聞こえない。僕だって結婚して,奥さんの「えらい」の用法に馴れるまで随分時間がかかったものだ。所謂「嗚呼,勘違い」というヤツなのだが,此処でそれを解説するのは余りに場違いだ。

娩出期。入船さんの掛け声に合わせて,いきむ,休憩の繰り返し。
僕も脇で必死に奥さんの呼吸に伴走する。吸って吸って吐いて。吸って吸って吐いて。
ラマーズ法などよく知りもせずに暫く夢中になって奥さんの呼吸にお供するが,ふと「釣りバカ日誌」の鯉太郎出産シーンで,酸欠になって分娩室の外に引きずり出された浜ちゃんとスーさんの絵がよみがえって我に返る。あぶないあぶない,このままでは彼らの二の前ではないか。それからは呼吸のリズムだけ彼女に合わせて大きく息をしないように努める。

何度目かのいきみのあとで,赤ちゃんの頭が覗いた。

「このままだと赤ちゃんが出にくいので,少し会陰切開しますね」と先生。

元より我が子の頭がでかいのは重々承知している。頭がつかえる,つまり頭部への強い圧迫を回避するための外科処置が会陰切開である。児頭骨盤不均衡で帝王切開になるよりははるかにましだ。

そして,最後のひと波。「さあ,思い切っていきんで!」
看護婦さんのひとりがビデオカメラを肩に持ち直す。
顔をトマトのように真っ赤に膨らませて,奥さんが精一杯いきむ。

ずるんと,紫色に黒ずんだ赤ちゃんが,まさしく産まれ落ちた。何だかコーンヘッズみたいに後ろに細長い頭をしているのは産道による圧迫のせいなのだろう。赤ちゃんと奥さんを繋ぐ白々とした臍帯が襟巻きみたいに彼の首に巻きついている。この程度の臍帯巻絡(さいたいけんらく)は一般的らしく,先生はものともせずに赤ちゃんの口にゴム管を通した。ごぼごぼと羊水が吸い出されると,それまでぐったりとしていた赤ちゃんがにわかに打ち震え,むせ返るように全身全霊で産声を上げた。

「おめでとうございます」

思わず奥さんを見た。彼女は痛みと感動に顔をくしゃくしゃにして笑ってた。
時計の針は04:13を指していた。




 034.出産(2)

2000/04/04(Tu) 

とうさん,臍の緒,切られますか?」と入船さんが鋏を差し出した。
「いえいえ,結構です」思わずぷるんぷるんと首を振る。
「本当にいいですか」と先生。
「本当にいいです」と僕。

先生は残念そうな顔をして「じゃあ私が切りましょう」と臍の緒に鋏を入れた。
臍の緒ってこんなに白いものなのねとしげしげと眺める。看護婦さんがまだ血まみれの赤ちゃんを手早く拭いて白いアフガンで包んだ。

「じゃ,こちらで体重計ったりしますから,どうぞおとうさんもついていらしてください」

まだ分娩台に残る奥さんにさよならを云って,先生や看護婦さんと共に沐浴室へ入る。
ベッドにつける名札をこしらえる看護婦さんが,奥さんの名前を書き乍ら,

「もう赤ちゃんの名前はお決めになりましたか」
「はい,『はると』です」
「どういう字を書くんですか」
「悠久の『悠』に都はるみの『都』です」
「ゆうきゅうの…ゆ…すいません,こちらに書いてください(笑)」

先生がガーゼ様のもので,ずっと泣き続けている赤ちゃんの身体にこびり付いた血を軽く拭き取ってから,両手を握らせたり,胸元に聴診器を当てたりするのを脇からじぃっと眺める。羊水がまだ幾分残っているらしく,先生は赤子が泣くのも構わず,彼の口や鼻に容赦無くチューブを差し込んでいる。出産直後から比べるとだいぶ顔に赤みが差してきたみたいだ。手足,特に指先はおじいちゃんのように皺々である。萎びたとうがらしと云うか,まだ本来の内容量が入っていない容れ物といった感じ。爪のかたちは綺麗。両親共に呆れるくらい爪のかたちが悪いことを思えば,ひとまず爪だけは親を乗り越えている。

「それにしても…」と,僕は思わず口に出して呟いた。
「犬山のおとうさんに似てるなあ」

男の子が女親に似るのは世の常とは云え,其処を飛び越えてむしろ母方の祖父に生き写しである(あ,勿論,犬山のおとうさんはお元気である)。 目を閉じていると分からないが,ひとたび開けると大きくて黒目がちな二重まぶた,鼻筋,小さな口許と顎のかたち,そして顔の輪郭と何処を取り上げても犬山のおとうさんである。ううむと唸って,それからつい噴き出してしまう。この子だけは違うベッドに紛れ込んでも,必ず見つけ出す事が出来る。絶対に取り違えたりしない。取り違えよう筈が無い。嗚呼,是非早いうちに犬山のおとうさんにこの子を見せてあげたい。きっと諸手を上げて喜んでくださる筈。

体重は3296g,ま,標準サイズらしい。身長は高めで頭周りと足のサイズは大きめ。
「骨太でがっちりしたお子さんになられますよ。さあ,暫く抱っこされますか」
「え?いいんですか」
「いいですとも」

産着を着せられ,タオルで包まれた我が子を造作も無く手渡される。
こんな産まれたての赤ちゃんを抱くのは20数年程前の妹たち以来だったが,この手が覚えているというか,別に怖くは無かった。首ががくんと垂れないようにすることだけ気をつけて,自分の二の腕を枕に息子の頭を乗せる。3296gプラスアルファの身体が僕の両腕にずっしりとでも,ふわりとでもなくのしかかる。確かに赤ちゃん一個ぶんの重さをもって。
彼は僕の胸に預けられた途端,今まで火がついたように泣いていたのが嘘のようにぴたりと泣き止んだ。


浴室を出て,壁際の椅子に子供を抱いたまま腰掛ける。
分娩室はふたつ並んでいて,さっきまで空室だった手前の分娩室にもさっきお隣だったおかあさんが入っていく。ご主人と目があって会釈する。ご主人は生まれたてのウチの子を見て小さく微笑んだ。処で,隣の分娩室からは,出産前と変わらぬ奥さんの悲鳴が未だに響いてくる。

「おまえのおかあさん,まだ何処かが痛いらしいぞ」

勿論,生後1時間に満たない赤ちゃんが「そいつァ弱った」などと答える筈がない。
大きな目を見開いたまま,邪気の無い顔できょろきょろしているだけである。
時折,額に皺を寄せてあくびをするのだが,其処で思い切り犬山のおとうさんが復元される。いや,別に直接おとうさんがそうやってあくびをするのを目撃した訳ではないが,きっとこんなお顔であくびするのではないかと想像させるに足る説得力ある,あくび顔なのだ。それにしても,げに油断ならぬはヒトゲノムである。

いつまで経っても分娩室に入れてもらえないのと,奥さんの痛がりようがあんまり激しいのとで不安になり始めた頃,やっと赤ちゃんともども分娩室に通される。奥さんの頬にはまだ涙が光っていた。聞けば,産後の子宮収縮による痛みとのこと。赤ちゃんが生まれても,そうそう簡単には痛みからは解放されないものなのらしい。
隣のお産にスタッフが民族大移動して,若い看護婦さんが一回ビデオカメラで僕らの様子を撮りに来たのと,時折,ふたつの分娩室を仕切る壁から入船さんが様子を覗きに来る他は2時間ほど,親子3人捨て置かれる。深夜の出産ラッシュ。とは云え,出産はTPOを選ばないのだから仕方がない。それにそもそもほっとかれた処でたいして苦にもならない。
さすがに3296gを抱き続けて腕が痛くなってしまったが,そのまま彼を新生児室につれていくのも惜しい気がして,奥さんと色々な話をした。結局,正味3時間半,第三者的には呆れる程の安産だったようだ。彼女のおかあさんもそうだったというから血は争えない。僕なんか出てくるのに2日を要したそうだ(しかもなかなか出てこないので,山ほどの陣痛促進剤を投与された挙句,鉗子で引っ張り出された。生まれたばかりの僕の頭は包帯でぐるぐる巻きにされていて,それを見たウチの両親は生きた心地がしなかったらしい)。
隣のお産が落ち着いた頃に,赤ちゃんを新生児室に見送って,先ほど奥さんが横になっていた分娩準備室(今日の午前中までは病室に空きがないらしかった)に通される。左のベッドからは,陣痛に呻く別のおかあさんの声。話したいことは色々あったが,奥さんも疲れていたし,お隣に悪いので適当な処で切り上げて,僕ひとり部屋の外に出た。

かくて,あれよあれよという間に父親になってしまった。
実感はねえ…あるんだかないんだか。ただひたすら子供がいとおしい。
疲れた身体を,待合室のソファに横たえる。

吹き抜けのガラス張りの天井から見える空は,もう夜が白み始めていた。




 035.出生届

2000/04/05(We) 

偶者出産休暇の2日目。
昨日の朝早くPHSで「今日と明日は配偶者出産休ということで」と告げた僕に上司は「おまえ,2日も休んですることあんの?」と云った。
その時,二の句が告げられなかった自分が悔しかったのだが(会社の規定で子供の生まれた当日と翌日は指定休扱いなのだから,何もどぎまぎする必要はないのである),今日は朝から区役所に出向いて早々に出生届を出してくる。既に息子の名前は決めてあったし,役場に行けるのは当分僕しかいないし。ほら,このように出産休暇を有効に活用してるでしょ。

息子の名前は昨日も少し触れたが,「悠久」の「悠」に「都はるみ」の「都」と書いて「悠都(はると)」と名付けた。
昨夜,電話で親父と話した時には「悠」の字を,「藤木悠」の「悠」だと説明したのだが,即「余りにも一般的ではないから,とりわけ若いひとにその説明はよせ」と説諭された。やっぱり。

「悠」には「(時の流れが)ゆったりとした」「遥か遠い」といった意味がある。
「はるかなるみやこ」と書いて「悠都(はると)」。
此処より遠く,簡単には手の届かない距離にある理想郷をイメージした。
ひとによっては,其処はイーハトーブかもしれない。ニライカナイかもしれない。エルドラドかも,天竺かも,いやいやまほろばかもしれない。
何処だって構わない。はるかなる都は,それぞれの男の子の胸のうちにある。彼がずっと憧れ続け,いつか遠くまで歩けるようになってから身支度を始める目的地のようなものなのかもしれない。彼が何処を目指そうとするか今は分からないが,いや,本当を云えば,何処だっていいのだ。彼が本気で目指してくれる場所ならば。確かに,地に足の着かない名前ではあるけれど,やはり男はロマンを追い求めてこそ華でしょう。因みに女の子用に用意しておいた名前は思い切り,地に根を生やした名前である(今もまだ使う気があるから此処には書かない)。

さて,少年は幾多の苦難を乗り越え,果たしてどんな理想郷を目指してくれますか。
この名前が彼にとって約束の地でありますように。

処で,今回この名前を考えるにあたって画数は完全に無視したのだが,奥さんが姓名判断のサイトでしっかりチェックしていた。
まあ,ウチの親父なんか最后まで名前つけたがっていた(僕の名付けを祖父に奪われたのを根に持っているらしい)というのもあるし。

倉 田 悠 都
10 5  11 12

総運 38 ○/社会運 16 ○/人生運 22 △/伏運 39 ◎

(◎:大吉 ○:吉 △:小凶 ●:凶および大凶)

【総運の性格と運勢】
多少頭のかたいのが欠点だが,それだけに専門的な技術,研究に適し,着々と成果を上げていく。
女性は家庭と職業の両立をはかれば、よい人生を過ごせよう。

可も無く不可も無く,って気がしないでもないが,奥さんは「要するにオタクなのよ」と嘯いていた。
アタマの固いオタクって最悪じゃないか。そう云えば,やたら左向いて寝るんだよな。このままでは,左脳域に偏りが…(ばか)。

昨日は,平日にも拘らず仕事を放り出してハハと妹たちがそれぞれ押っ取り刀で駆けつけてくれたが,今日は親父が来てくれた。
犬山のおとうさん・おかあさんだって本当はとっとと孫の顔を見に駆けつけたい筈である。本当に申し訳ないです。
んで,例外なく皆,でれでれして,理性を失っている。妹たちはそれぞれ別の時間に来たが,ふたりとも異口同音に「今夜はあたしがつれて帰る」などとほざいていた。そんなにもこの子は待ち望まれていたのだなあ,と夫婦して改めて思い知る。
皆んなして,カステラだのケーキだの薄皮饅頭だの買ってきてくれたので,病室の専用冷蔵庫は一大甘味処となったくらいだ。これ,どうやってはかせばいいの。長妹なんか「16区」でお誕生おめでとうケーキをワンロールで買ってきてくれたし。

処で2月に痛風と診断されて食事制限を云い渡された親父はそれから見事に毎日ゆがいたブロッコリーとワカメを食べ続け(あー,ワタシにはそんなこと出来ません),先日医者から「改善の跡がある」と褒められたそうだ。大病を患って以来,いささか健康食品オタクのケがあるとは云え,あの,脂モノと麺類の大好きなひとがよく頑張っている。このひとのこういう処は諸手を上げて尊敬出来る。


院から帰宅して,一部の友人の間では話題騒然の「タイムボカン2000 怪盗きらめきマン」の初回を観る(おいおい)。
夜,この17年目の新作タイムボカンの出来についてIRCでは喧々諤々の議論になったが,オレ的には肯定派。始まる前は懐疑派だったんだけど(OVA「王道復古」の出来が余りにもひどかった),結局擁護派に廻っちゃいました。久々の純然たるタツノコ作品が帰ってきたというか。ロートルスタッフ・キャストによる同窓会ノスタルジーと云わば云え。このシリーズの最大の売りであった「偉大なるマンネリズム」が21世紀にも通用するかを,とくとごろうじろ。声こそ老けたものの,昔と変わらぬ三悪(もはや刑事トリオなんですが)のギャグの応酬,矢継ぎ早に連打するコクピットメカ,そしてフリスビー犬のオチなど,ばかばかしさのパワーは少なくともオレ的には落ちていなかった。脇キャラの甘さ(というかタイピカル過ぎて面白くない)やメカニックデザインのテンションの低さなど弱い部分も確かに見受けられるものの第一話,パイロットフィルムとしては上出来なのではないか。

瀬戸口くんは今の子供たちは3話で飽きると云ったが,僕は4話目以降にこそ期待を賭ける。



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