備忘の都 2000 −SEPTEMBER−  ◆

君の歌に出てくる
ライオンには ほど遠いけれど
心が健康であるように 誇りを忘れないように
今日からは「八ヶ岳に立つ野ウサギ」と
自分で名乗ることにしたんだ

さだまさし「八ヶ岳に立つ野ウサギ」


066.病院見学へ067.愛のバザール068.7777
069.曼珠沙華の赤070.やおい超

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平さんがゆく!/ 右團治画報/ トップページ




 066.病院見学へ

2000/09/09(Sa) 

鮨詰め台風のせいで天候は不穏だが,会社に行く日よりも早い時間に起きて親父の病院へ向かう。
親父が入院している国立九州医療センターは九州での脳内科の権威ではあるが,メインは薬による治療であり,患者の容体が安定して次のステップ,リハビリに移る段階でリハビリ専門の病院を紹介するという段取りをとる。で,数ある病院の中から地理・設備的にもベストな福岡リハビリテーション病院を紹介してくれたのだが,転院の前に親父が実物を見学しておきたいというので今週半ばくらいにお供に駆り出された。
で,その約束の時間というのが朝の10時。
車椅子のひとを運ぶ介護専用のタクシーというのもあるらしいのだが(勿論,病院から付き添いのひとが来てくれる筈はない),コスト高という事で(て,幾らかかるか確認もしていなかったらしい>母親),何だかんだあって僕の車を使うことに。はっきり云ってこんな処にケチるべきではないということを後々痛い程思い知らされる。

福岡到着まではどうにか持ちこたえた空も,病院を出る段になってどしゃ降りになる。
スパシオの後部シートに親父を乗せるのはいいが,ワゴン車のようにドアが左右にスライドする訳ではなく,かと云ってドアがいっぱいいっぱい開く訳でもないので,後部座席の口に車椅子をぴたりつけると親父を抱きかかえるために僕の立ち入るスペースがない。しかも,入院して一ヶ月近くたったにも拘わらず親父は相変わらずデブである。また,右半身が麻痺しているのに,左のドアから乗せてしまったのも敗因のひとつだった。右足が利かないのを忘れてついぎゅうぎゅうと押し込む格好に。「えいえい」だって。かあさんはかあさんで何とか手助けしようとしているらしいのだが,あっちうろちょろこっちうろちょろとただ邪魔なだけである。
車が走り出してから親父が云った。「もうちょっとでおまえに殺されるかと思った」
その意見,全面的に賛成。

フロントが真っ白になるくらいのひどい雨。ワイパーを右往左往させ乍ら車を走らせる。
さっき先生に貰った地図を見る限りはだいたいの場所の見当はつくのだが,何しろ方向オンチには並々ならぬ自信があるので,つい慎重になる。土地カンのある親父が後ろからナビをしてくれるものの,幾ら親子とは云え,処々聞き取りにくい親父のコトバの100%を理解するのは難しく,おかーさんが通訳を買って出様とする気概(だけ)は嬉しいのだが,彼女の通訳してくれる部分は僕が100%理解出来てる箇処ばかりで,此処ぞという肝腎な処では何も無かったような顔をしてくれるから弱る。夫婦ったって,親子程度にしか以心伝心出来ていないらしい(そもそも,あのひとたちの会話のキャッチボールって暴投合戦に等しかったりする。双方共,相手のミット狙って投げてないんだもの)。少なくとも我が両親は。

意外にもウチの親戚の家のすぐ近くに目指す看板が見えたので,幸いにも定刻通りに病院へ到着する。
雨足は強くなる一方だったので,車中,院内を案内してくれる事になっているHさんに電話して助けを求めると,暫くして白衣の若い女性が出てきて車を誘導してくれた。名札にソーシャル・ワーカーとある。彼女は,僕がかけた時間の1/3程度で易々と親父を車椅子に移した。だから,こういうのはプロじゃなくちゃ駄目なんだってば(因みに僕の車で行く事を希望したのは他ならぬ親父自身である)。
それから30分くらいかけて院内を案内してもらう。
リハビリでの長期滞在を考えたゆったりとした空間,色調,充実した施設にひとまず文句らしきものは何も無い。車椅子についても一日50円で貸し出してくれるそうだし,転院時には車椅子のまま乗降出来る専用バスで今の病院まで迎えに来てくれるらしい。誠にいたれりつくせりで気になるのはコスト面くらいなものだが,これは必要な投資だし。それにHさんの口振りから彼女も最終的にウチの親父は車椅子が要らなくなると踏んでいる事が分かる。

相談室で転院までの大まかな説明を受けた後,Hさんが親父に幾つか簡単な質問をする。
名前,住所といった情報から,ひとりで服のボタンをとめられるかといった今後のリハビリ方針を睨んだ問診まで。
ややこしい話だが,親父の場合,宇佐の自宅と福岡の事務所と住居が二ヶ所あるので,自然と回答項目も多くなる。

「では,ご自宅の住所を教えてください」
「えー,大分市…」
「違う違う(正解は宇佐市)」と僕。
「あ,そっか」とあせる親父。はやる思いとは別に言葉が出てこないらしい。
「えーと,大字(おおあざ)」
「いやいやその前に宇佐市だろ」
「あー,そーだったか」

以前,名古屋章さんが脳梗塞にかかった折り,医者に動物の名前を訊ねられて,いつもならすらすら出てくる筈の名前がちっとも浮かばず口惜しい思いをしたという(名古屋章曰く「でも一時は絶望的なショックでしたよ。動物の名前を問われ、『ライオン』の次が出てこない。しばらくして、ようやく『ハイエナ』とか。なぜハイエナなのか?」)が,今の親父がまさにそれである。たとい言語中枢に疾患はなくとも,一時な情報の出し入れのたてつけが悪くなっているという事か。

「こちらのご住所は?」
「うーん」と唸っているので「区だよ,区」と助け船を出すと(別にゲームをやっている訳じゃないのだ)「えーと,福岡区」。
「いやいやそうじゃない,早良区だろ」
「そうだったそうだった」
「では,お電話は?」
「えーと…自分ちにかけたりしないからなあ(これはオレも昔そうだったから大きなことは云えない・笑)」

きっと親父当人は冷汗三斗の思いだったに相違ないが,これがつまり脳梗塞という病気なのだ。
間違いなく此処に決まりだな。と三人三様に思いつつ,降り止まぬ雨の中,帰途につく(いや,病院へなんだけど)。



親父を病院に降ろしたのが11時半。相変わらず雨は激しい。
「じゃオレ,今から映画行くから」と臆面も無く両親に告げて,呆れられ乍ら天神へ。
何を隠そう,今日はアジアフォーカス福岡映画祭2000の初日であった。
明らかに早起きがたたったか,映画を3本梯子したのだが(するな)各作品ともそれぞれ5分弱程度意識を失ってしまう。僕は寝不足の時にうたた寝をすると必ず偏頭痛におそわれる。悲しいことに今日も例外ではなかった(泣)。とは云え頭痛薬を服用したら眠気が増すし,尚且つ2時間は寝ないと薬が効かない性質(タチ)なので,この後一日中頭がんがんがん目ちかちかちか涙ぽろぽろぽろに悩まされる事になる。うぐぐう。

事実,3本目の「天馬茶房(1999・台)」を観たら,とっとと帰ろうと思っていたのだが,ゲストで来ていた主演女優・蕭淑慎(シャオ・シュウシェン)の色香に惑わされて(いや,だって,そのう,大きく背中の開いた衣裳が眩しくて。因みに大塚寧々を若くしたようなルックスで,笑っちゃうくらい顔が小さくて手足が長かった),さして聞きたくもないティーチインに全部つきあい,彼女と並んで写真を撮らせてもらおうと思ったものの,サインを求める人だかりが一向にひかず,とうとう頭痛の痛みが限界に達して敗退,サインを書いている彼女の真後ろに廻って白い背中のちょうど肩甲骨あたり,虫刺されを指で掻いたであろう爪跡だけしかと確認してホールを離れたという…わーん,オレの莫迦莫迦莫迦。
まさしく腹をくだして尚レストランに通う山本益博みたいなものである(いや,山本氏にそんな経験があるかどうかは知らない)。

今日観た映画:「ザ・カップ,夢のアンテナ(1999・ブータン豪)」「春香伝(2000・韓)」「天馬茶房(1999・台)」



 067.愛のバザール

2000/09/10(Su) 

今日もアジアフォーカスに行くかどうかで朝から迷う。
本日は「三文役者」の舞台挨拶で新藤兼人翁(87歳)が来る。これを逃すと果たして次のチャンスはあるのか…という部分で煩悶したのだが,英ちゃんに電話すると来週の日曜ならつきあうと云うので,監督の御尊顔を拝すのは今回は見送る(本当に見送ってよかったのか・笑)。まあ,来週は瀬戸口くんも来福している筈だし,実を云えば二日続けて福岡へ行くのに体力的な自信も無かったし。

という訳で,本日を急遽家族サービスデーに切り替える。
俄かに奥さんが嬉しそうな顔をするのが,かなり胸にこたえたりして(笑)。

高須へガソリンを入れに行ってから,久し振りに小倉へ向かう。目的地は小倉井筒屋。
奥さんが「此処のベビールームは一度押さえておきたかった」と云うもので。
車中,小倉在住の次妹に「会って茶ァでもしばかへんか」と電話すると,今日の午後から会社の研修で一週間程,壱岐へ行ってくると云う。でも悠都の顔が見たいので,会社に行く前に井筒屋に顔を出すとのこと。此処にも叔母バカがひとり。
14時半くらいに大手町の駐車場に着いたものの,折悪しく大渋滞。ドライブ好きはいいが,車窓が動かなくなるや否やと電光石火の早業で機嫌を損ねる息子に「奥さんが」手を焼く。どうにかこうにか車を駐め,デパートまでの連絡バスに乗ったはいいが,今度はもはや最前列のチャイルドシート席しか空いておらず,僕だけ後ろの補助椅子へ。運転手のおじさんに促されて奥さんがしぶしぶ息子を結わえつけると(後部シートだと抱いたまま座れる,というか座らざるをえない),きゃつはデパート到着まで火がついたように泣き通しで,ふたりして生きた心地がしなかった。挙句,ウチのPHSが突然「威風堂々」を流し始めるし(次妹から催促の電話だった)。またこういう時に限って信号待ちが多かったりする。
バスを降りた途端にぴたりと泣き止んだゲンキンな赤子を連れて本館新館連絡路で,次妹と暫しの邂逅。
成程,シルエットが少し細くなったかも。案の定,甥っ子の巨大さ加減に畏れ戦慄く(て,大喜びしてた)。

彼女と別れてから,件のベビールームで授乳を済ませ,本館8階祭事場「愛のバザール」へ。
名前だけは大層だが,何の事はない,ベビー服子供服のバーゲンセールだ。かねてより懸案中のベビーカーを冷やかした後(此処にあるのは「くらしの手帖」に喧嘩を挑んだアップリカ製品だけであった。奥さんの本当のお目当てはコンビの何とかいうタイプらしい),悠都の秋冬物を何だかんだと買い込む。服を選ぶ親の方はかなり盛り上がっていたが,当の本人は退屈したのか奥さんの懐ですっかり櫓を漕いでいる。

買い物も終えたし,赤子も寝てるし,折角此処まで来たのだからと「紫江’S」まで足を伸ばす事にする。
小倉リバーサイド・チャイナの名前に相応しく,紫川のほとりに地上2階地下1階の川に沿って縦に細長くそれはある。天気のせいと16時半という中途半端な時間帯のせいで丁度気持ちの良い空き具合。赤子を連れている身にはこれくらいが助かる。地階は紫川の断面を垣間見る事の出来る「水環境館」。入場料は100円。入ろうと思ってたのだが,すっかり忘れてた。
2階の「聘珍樓」から順番に眺めてくが,どうせならお茶にしようと,1階の上海酒家「凛凛」に入る。メニュー的には中華プラスカジュアルなフレンチとイタリアンがブレンドしてあるらしい。出迎えのおねーさんに「只今の時間はティータイムですが」と念を押されるが,こちとら赤子連れの様子見だから,その方がいっそ都合がいい。

細長い通路を通ってテーブル席へ。川に向かってガラス張りのテラス。夕間暮れの川面がきらきら光って良い風情。客は僕ら以外にカップルが二組と女友達が一組。奥の壁際には小さなステージが設えてあって,BOSEのスピーカーが2つとマイクスタンドとギターが立てかけてあった。夜にはちょっとしたショウタイムがあるのかもしれない。
頼んだのは「烏龍茶(350円)」と「凛凛風水餃子(500円)」と「杏仁豆腐(450円)」。
デザート系はかなり充実していて,創作系ティラミスだのタルトママンなどヴァラエティに富んでいたが,折角初めて来たのだから此処はまず中華の力量を知りたかった。ちなみに食事時はどうか知らないが,お茶ではなくお冷やが出た。但し,柑橘系の風味がする。レモンを絞っているのかな。
先に杏仁豆腐が来る。黄桃と白桃とさくらんぼが散らしてあるポピュラーなもの。最初,口に入れた時は「おや,味がない」と拍子抜けするが,二口三口と進むにつれ,口の中で淡白だった筈の杏仁豆腐が自己主張を始める。おお,確かに杏仁豆腐である。こういうのってなかなかいいかも。
凛凛風水餃子は鳥ガラスープに細かく刻んだ白葱の風味がいい感じ。スープが美味しい。ちょうど一口サイズの水餃子の皮も厚すぎず薄すぎず。こちらも我が家的にかなり好評。
席につくなり,悠都が目を覚ますが,少しも泣かなかった。こいつは時々思いやりがある。
味・サービス共に満足して連絡バスへ。今度はおかあさんに抱っこされていたので赤子も大人しくしてくれた。時々思うのだが,子供が泣いてでもチャイルドシートに縛るというのは総合的に見て本当に安全と云えるのか。ドライバーの気をそぐ,という意味では非常に危険極まりないと思う。特に子供とふたりきりで乗った場合,子供の情緒不安定こそ脇見運転の温床と云えやしないか。



帰りに黒崎に寄って,犬山の知り合いのおじさんのお見舞いをおかあさんに頼まれた奥さんがCDのおつかい。
ヴィヴァルディの「四季」とピアソラの「四季」を交互に収録した「エイト・シーズンズ」という企画もの。ピアニストはギドン・クレーメル。
って,これが欲しかったのは奥さん自身だろ。

今日の読書:ロバート・D・ヘア/小林宏明訳「診断名サイコパス」(ハヤカワ文庫)
今日観た映画:「ハリウッド・ミューズ(1999・米)」



 068.7777

2000/09/14(Th) 

あめんさんちでアクセスカウンタ「7777」をげっちゅーしたので,証拠にカウンタの画像を貼り付けて「何かください」とメールする。
そう云えば,ウチのカウンタもそろそろ「7777」に達する筈なので,恐くて自分んちが覗けないでいる。
こないだの右團治さんみたくなりたくないしィ(右團治さん,ごめん)。

右團治さんと云えば,今日右團治さんに貰ったファックス。

「日記を見てお父様が倒れられたことを知りました。たいへんだったんですね
 でも病院見学のあと(映画)3本のはしごとは!

す,すびばせんっm(__)m。これも業(カルマ)というヤツでして。何しろ,カルマは急にとまれない。
おかげさまで,親父も確か今日めでたくくだんのリハビリテーション病院に転院した筈なので(おととい,母親から保証人に名前借りるわよ,と連絡があった)まずは一安心,ちゅうか後はリハビリに専念してもらう処までどうにか辿り着きました。
ご心配をかけた皆さまには此処でまとめてお礼を申し上げます。

話は戻るが,この8月,日記をちーとも更新しなかったら,アクセス数が笑っちゃう程落ちた。元々さほど多くなかったってゆうのにさ。
最近は比較的マメに更新してるが,皆さん気付いてくださってない。何か考えなきゃな。



そうそうあと一個だけ。「合い言葉は勇気」の最終回,すっごく良かった。
三谷脚本の魅力を余すことない,というか三谷カラー全開のお話に紅涙を流しましたともさ。はらはらと。杉浦直樹センセイありがとう!
三谷さん曰く,

僕の書く台本って、僕の感覚では1時間に収まるんだけど、一般的な演出家の感覚では長過ぎるみたいで、いっつも最初の台本から10Pくらいカットしなきゃいけないんですよ。
で、実際に撮ってみて、まだ長くて編集でカットされるという。というわけで幻のシーンがいっぱいあるんです。
でも、最終回はちょっと長めに枠を取っていただいたのでいつもならカットされるシーンもちゃんと描けてます。

…毎回,69分スペシャルに編集して再放送してください。




 069.曼珠沙華の赤

2000/09/20(We) 

仕事で平尾台にある某工場へ。
タクシーの車窓から眺めた稲刈り間近の田圃の畦道に,目の醒めるような緋色の彼岸花が群生しているのを見る。
花束みたいに真っ赤に滴るかたまりがあたかもヴァージンロードのように長く美しい道をつくっている。その強い赤は,秋晴れの青空と金色の稲穂に少しも負けてない。いつのまにか秋になっていたらしい。ほえーっと嘆息をつく。
途中,年代物のオート三輪と擦れ違う。嗚呼,長閑なり。て,仕事自体はちーとも長閑ではなかったのだけれど。

帰社したら喉が渇いたので,はちみつ&グレープフルーツ「ハチみっつ」という目新しそうな缶ジュースを買う。
生憎100円硬貨を持ち合わせていなかったので1000円札と小銭を減らす為に20円を自販機に入れる。缶ジュースが出たはいいが,いつまでもお釣が止まらない。よくよく見ると釣り銭カウンターが10円ずつ減っている。あっという間に釣り銭口は10円硬貨の山になった。なるほど,確かに釣り銭切れの赤ランプが点燈している。おのれ,どうして誰も見ていないんだろう。ひとりじゃ笑うに笑えん。
都合,400円ぶん40枚の10円が出た(この後1000円札を入れるひとの不幸は如何ばかりか)。
で,オレがさっき入れた20円の気配りは何だったんだよ。と呟いてもひとり。
ちなみに「ハチみっつ」の味はさほどでもなかった。もう買わない。絶対に買うもんか。



帰りに戸畑サティに寄ってさだまさし「日本架空説」を買う。
さださんのCDを買いに行くのにこんなに興奮したのは久し振りである。
まだ通しで2回聴いただけなので,結論を出すのは早かろうが,いや,今回は良い。
トータルアルバムとしての充実度は「さよならにっぽん」以来ではなかろうか。何しろ収録時間が50分少々と短めなのがいい。
「アルバム,かなり良いから,必ず,必ず聴いてね。『かなり』か『すごく』か,今迷った位」という自負のコメントは伊達じゃなかった。
これはいいっす。オススメの1枚。

さあ,明日からは乙番勤務だ(ふう)。




 070.やおい超

2000/09/21(Th) 

土曜日の事,電話で文治師匠とお話しした時に「来月また九州を廻るので,赤ちゃんを連れていらっしゃい」と云っていただいた。
師匠は,僕ら夫婦が北九州内で「文治の会」を梯子し,且つ,佐賀市内まで車をぶっ飛ばして顔を出した実績を買われておっしゃったのだろうが,九州ったって鹿児島や宮崎を廻られたら,流石の僕らも子連れ行脚は厳しいぞと思っていたら,歌助さん責任編集の芸協Eメールマガジン最新号にくだんの情報が載った。文化庁移動芸術祭というヤツだ。

気になる公演会場は以下の通り。

10/20 長崎県 佐々町文化会館
10/21 大分県 弥生町民館
10/22 鹿児島県 加治木町文化会館
10/24 広島県 高宮町田園パラッツォ
10/25 岡山県 真備町マービーふれあいセンター
10/26 香川県 善通寺市民会館

案の定,鹿児島があったりする(笑)。勿論,広島以降の中国・四国は論外。
長崎は平日だから食指が動かない。するってェと土曜開催の大分県が丁度隣県で都合が良さそうだが,この弥生町というのが何処なんだかよく分からない。出演メンバーは文治師匠にやっさん,右團治さんに小遊三師匠他。「平さん」「画報」の公式サイトの管理人をやっている身としては実に居ても立ってもいられない処。でも,弥生町って何処なんだよ。思わず,とんくんにメールを出してみたりする。

処が,意外な処から答えが出た。
昨夜,大学卒業以降その消息をたっていた高校時代の同級生キタくんから「弥生町のチケットげっちゅーしました」メールが届いたのだ。
キタくんとは「キタさまと呼べ」事件でお馴染みの,あのキタくんである(勿論,高校の同級生以外知る由もない事件ではある)。
「ひさしぶりにやっさんと会えるのが楽しみ」とある(翌日が鹿児島公演だから余り腰を落ち着けてとは行かないかもしれないが)。キタくんの住所は佐伯市であった。問合せ先と彼自身の自宅の電話番号の市外局番が同じということは,おそらく弥生町は佐伯市内にあると考えて間違いない。うーむ,判断をにぶらせる中途半端な遠さである。奥さんは僕だけ行ってこいと云うが,さてどうしたものか。とんくんは行くかなあ。

さて今日は乙番勤務。
会社に行く途中,戸畑のベスト電器でDVD版「ラヂオの時間」「合い言葉は勇気」オリジナル・サウンドトラックCDを買い求める。
昨日の「日本架空説」に引き続き,さても豪気なことである。しかし「カラオケはあるけれどかける機械を見たこたねェ(by 吉幾三)」
処で来月,「12人の優しい日本人」のDVDが出るらしい。LD版を誰に貸したのか分からなくなって幾星霜。安堵のDVD化である。
昼からはおとなしく22時過ぎまでお仕事。日曜まではこのペースが続く。ちぇっ。



おおっ,徳間康快社長が亡くなっているではないかっ。
ついこないだ日テレでオンエアされた「ガメラ3」でその勇姿を拝したばかりなのに。肝不全,78歳。
東京国際映画祭の未来は愈々昏(くら)い。って参加したことはないけど。合掌。

夜は夜とて悠都の「夜叫」がおさまらない。これがあの疳虫というヤツですかい。
誰か助けて,やめてとめて。



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