備忘の都 2000 −OCTOBER−  ◆

脚本の第一稿を渡した時,ムットーニさんから36質問があると言われましたね。
ムットーニがマントを脱ぐと星空になってる,これはどうすればいいんだとか(笑)。
「高泉のト書きは文学ですから。これはイメージです」と伝えたら,
「あ,そうか。じゃ,質問は6個に減りました」(笑)。

白井晃「メランコリー・ベイビー」座談会にて


081.大森消失082.いただきものの秋
083.今世紀最后の13日の金曜日
084.靴を買う085.平壌映画祭

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 081.大森消失

2000/10/10(Tu) 

もう昨日の話になるが,朝,寝ぼけ眼でNHK朝ドラ「オードリー」を観ていたら,藤山直美が着物の裾をまくりあげたうえに,白い縁のサングラスかけて,月光仮面をやっていた。…もう何をされたって驚かないぞ。たぶん。

レスパイトに「「ちんちろまい」がつまんなくて映画の途中で出て来た。鉄矢さんも数年前までは「刑事物語」などすばらしい作品を作っていただけに残念だ」などとあるのを読んで,つい大人げない書込みをする(笑)。こんな大人げない書込みをするのは何年振りだろう。おそらく「ちんちろまい」批判をしているひとのスタンスが,「良識派」なのがイヤだったんだと思う。しかも「良識派」ぶってるんじゃなくて,そのひとの中では本当に御自身が「良識派」なの。だから,更にその上を行く「良識派」のスタンスで…ってオレも大概イヤな奴だなあ。これってひょっとして奥さんの影響か(おいおい)。ま,「ちんちろまい」戦争勃発とまでは行かないだろうけど,なったらなったで自分の中にある二面性をフル活用して受けて立つのも悪くない。

処で別に「ちんちろまい」の話が出たからじゃないけれど,「最近,大森さんどうよ?」ってな調子で,Firstwood Entertainmentを覗いたら,あろう事か「閉鎖」になっていた。しかも,イタチの最後っ屁みたいに末尾に「インターネット飽きました。」って書いてある(笑)。大体ページの名称からして「やーめたっ!」とあるあたりが非常にマル。此処暫くの更新頻度を考えると,飽きたもないだろうと思うが,アドレス自体はなくなっていないので,次に大森さんの気が向く時を待つ事としよう。折角レスパイトで大森さんをヨイショしてきたのにいきなりこれだもんなあ(笑)。

さて,今日は親父の59回目の誕生日であった。
あのひともまさか,病院で誕生日を迎えるとは思わなかったわなあ。
元気になったら,またメシでも食べに行こうな。でも,うんとヘルシーな奴。



あ,あとひとつだけ。

遅れ馳せ乍らなのだけれど,今年公開された映画の中の収穫のひとつとも云うべき「ストレイト・ストーリー」リチャード・ファーンズワースが銃で自殺したと聞いた。この金曜のことだ。傘寿だった。末期癌だったらしいけれど,高齢だったからきっと進行もゆっくりだったろうに,未来に絶望するくらい魂はまだ枯淡とは程遠く,そして赤々と燃えていたのだろう。心から,本当に心から冥福を祈る。




 082.いただきものの秋

2000/10/11(We) 

Y田さんをお宅まで送った帰りに柿と栗と酢橘を沢山いただく。嗚呼,秋なのねん。
そー云えば,奥さんによると犬山の実家からは「あきたこまち」が送られてきたそうで「皆様の 善意で温もる ポッケかな」。
…うーん,あんまり感謝の念がこもってない感じが。本当はすっごく感謝してるんですよ。

レスパイトでは「ちんちろまい擁護」から「この頃の邦画総擁護」へ。って,やってるのはオレひとりだけど。
って云うか,皆余りにも邦画攻撃する際に印象批評しかやんないんもんで,つい筆がすべる。いずれにしても生産される邦画の絶対量が減り続けている以上,「おもろない」という印象は不可避ですわ。分母が小さくなっているのに,傑作の数が変わらないなんてありうる? 世紀末にして松竹が大船を閉めちゃう時代ですよ。それは天下の山田洋次がどんなに声を大にした処で事態は変わりませんよ。山田さんはこつこつと自分なりの佳い仕事を残していくしかない(「学校IV」の予告篇だけで既に目をうるませてしまったのは私です。丹波さんが山田組にあそこまで融け込めるとは…)。

ぶっちゃけて云ってしまえば,今の邦画の現状とやらも,世界配給のハリウッドに押され,テレビやビデオにゲームやその他のもっと面白いらしい娯楽たちに押され,淘汰された結果の必然という映画界厭世的な云い方だって出来る訳だけど,その中で踏ん張ってるひとたちにも悪あがきする権利は当然ある訳で,世界は永遠にひっくり返せないかもしれないけど,土俵際で脹脛がこむら返り起こしそうになり乍らも踏ん張ってみせる彼らの戦いざまに,邦画ファンとしてはせめてエールなりとも投げ続けたいじゃないですか。

チニタさんはチニタ塾で仕切りなおそうと勧めてくれているけど,書きたいだけ書いたら案外,スッキリしてしまったので,オレ的にはもはやイチ抜けてもいいかも。これって敵前逃亡ですか?



S石くんに,昨日約束した「U−571」のAMCシアター優待券を貰ったので,今宵,早速レイトで観させていただく。
先月,KBCシネマのチケット2枚を鑑賞期日まで行けそうになかったので,泣く泣く英ちゃんに譲ったのだが,捨てる神あれば拾う神あり,ひとからモノを貰う時は徹底して貰えるのな。J-PHONEの懸賞で当たったヤツらしいけど,半ば鑑賞計画から落ちかけていた映画だっただけにこれも何かのお導きかも。実際,映画自体もとっても面白かったし。任務遂行の為,非人間的であろうとするが故に生じる人間的軋轢の人間くささこそが見せ場の映画。ただ,これを戦争礼賛ととっちゃう人は多いんだろうなあ。

今日観た映画:「U−571(2000・米)」



 083.今世紀最后の13日の金曜日

2000/10/13(Fr) 

だから何だって話はともかく。
それを云えば、昨日は今世紀最后の12日の木曜日,一昨日は今世紀最后の11日の水曜日と,誠にどうでもいい話ではある。
ま,つまらん日ではあった。仕事は相変わらず落ち着かないし,レスパイトの件は深入りし過ぎたし。

処で,ミヤコ蝶々さんが亡くなった。腎不全。奇しくもリチャード・ファーンズワース翁と同じ80歳。
何年か前にドキュメンタリーで,蝶々さんの舞台を追った番組を観た時に,板の上でしか死ねない,と云わんばかりの彼女の執念に絶句した記憶がある。うろ覚えで甚だ恐縮だが,観客動員数の件で劇場と喧嘩していて,動員数が確実に落ちてきているのを,天下のミヤコ蝶々だ,客ぐらい入れてみせるわな,みたいな啖呵を切って苦悩・奮闘する有様を,TVは蝶々さんの鬼気迫るさまを余す処なく映し出していた。恐かった。失礼を承知で書けば,物心ついてから半世紀を遥かに超えてずっと舞台の上でトップランナーとして君臨してきたモンスターの宿業みたいなものに圧倒されっぱなしだった。点滴を打ち乍らでも,入退院繰り返し乍らでも,このひとは必ず板の上に帰ってきていた。小さく華奢な身体は舞台に立った途端,大きくなった。そしてカーテンコールに立って素を取り戻した途端,小さなおばあちゃんに帰るのだ。恐かった。とにかく恐いひとだった。

最近僕が観た彼女の仕事というと「となりの山田くん」(これは今夜,追悼番組で放映されたが,確か声だけ先にいただいて,あとから絵を被せたのだったと思う)と僕の大好きな市川準監督「大阪物語」だが,この「大阪物語」で場末のスナックか何かにママとしてワンシーン出演した蝶々さんの変わらぬ威勢の良さと余りに小さく萎んだお身体とのギャップにはっとした覚えがある。
僕にとっての蝶々さんはやはり寅さんのお母さんであり,実はあれこそが役と実像との隔たりがいちばん小さかったのではないかと今にして思うのだ。あらためて,合掌。

話は180度変わるけれど,今年のアジアフォーカスの上映作品で僕が個人的にイチ押ししていたブータン映画「ザ・カップ、夢のアンテナ(1999)」(余談だが,監督・脚本のケンツェ・ノルブは19世紀のチベット仏教の高僧ケンツェの3番目の生まれ変わりであるとチベット仏教界から正式認定された活仏のひとりだったりするが,映画の中身は「エル何とか」みたいな話とは断じて違う)が,瀬戸口くんと金子さんが忌み嫌うBunkamura ル・シネマでお正月映画第一弾として流れるそうですね。此処はケン・ローチ「大地と自由(1995・英西独)」を観る為に泣く泣く岩波ホールに足を踏み入れたように,歯を食いしばってル・シネマに行ってください。別にロビーで飲み物は買わなくたっていいから(笑)。



レイトショウは時期を逸しないうちにと慌てて観た「ミュージック・オブ・ハート」
ヴァイオリンまで弾いちゃったメリル・ストリープの役者バカ振りもシビれちゃうけれど,個人的にはカーネギーホール総館長(しかも就任したのは1960年だぞ)アイザック・スターンの名演に惜しみない拍手を贈りたかったり。台詞の細部は再現できないけれど,誰もいないホールの舞台に立って感無量でいるロベルタの肩をアイザック・スターンのおじいちゃんがそうっと抱いて,彼女を音楽の殿堂に誘(いざな)うのね(以下,大意はだいたいこんな感じレヴェル)。

「ほら,耳をすまえばあそこから19世紀末の柿落としの時のチャイコフスキーの演奏が聴こえてくる。このホールで演奏した数多の演奏家の演奏をこのホールは全部覚えていて,きみも彼らと同じ場所に名を連ねるんだ。ようこそカーネギーホールへ」

これって,音楽を志すものには最高のウェルカムなんじゃないかな。
と云う訳で,本当は僕なんかより奥さんに観せたかった映画。
(でも,悠都から目を離すと極度に緊張するから暫く映画は観ない気らしい)。

今日観た映画:「ミュージック・オブ・ハート(1999・米)」



 084.靴を買う

2000/10/14(Sa) 

先週,ダイエーで買い損ねたHush Puppiesの靴を探しに小倉井筒屋へ。
流石は井筒屋,新館への連絡路際にある5階の紳士靴売り場には,しっかりHush Puppiesのコーナーがしつらえてあった。
僕としては極端な話,今履いている2足の靴とそっくり同じデザイン,色のものを更新するだけでも構わない,くらいに今の靴を気に入っていたのだが,ぱっと見はともかく全く同じデザインの靴というのは置いていなかった。それでも気に入った靴は幾つもあったのだけれど,問題はサイズが27.0の靴がわずかにしか揃っていないことで,僕がツバつけた靴は全て在庫がないか,或いは置いてあっても色違いなのだった。
色がサンドベージュの,踝までの深い靴が気に入ったのだが,色違いでカストロブラウン(って,皆さん,どういう色だか分かりますか?)のそれしか無く「ええい,取り寄せぢゃ」と一旦は今日の購入をあきらめたのだけれど,奥さんとお店のおねえさんのこっちの色の方がよく似合うなどとおだてられて,結局それを買う。

「でも,そういう色の名前が好きなんでしょ」と奥さん。
「何が?」
「カストロ・ブラウンとかジョンイル・ブラウンとか。何かそういう名前が好きそうじゃない」

おい,オレは一体どういうひとなんだ。
そもそもジョンイル・ブラウンって何だよ(笑)。トウショウヘイ・カーマインとかそういうのがあるってのか。もし,あるなら見てはみたいわ(しまった…ノッてる)。尚,奥さんの厚意で,もう1足は色違いで妥協せずにサンドベージュ系の今まで履いていた靴と比較的近いデザインの奴をメーカー取り寄せしてもらう事にする。ちなみに,この靴で奥さんがイチ押しだった色違いの色名はソイソースであった。何だか履くとベタベタしそうな名前である。そうだな,「できるかな」ゴン太くんの体色を想像してもらえばいい。

その後,連絡路から新館に移って,奥さんの鞄を買う。
普段,悠都を連れて歩くときに何でも詰め込むことが出来て,しかも邪魔にならないヤツという事で,LAGASHAの結構クールなデザインのボディバッグ(色はコーラル系の赤で少しラメが入っている)が奥さんのお眼鏡に叶う。さほど高くもないのに「値段が…」などと逡巡するので,背中を押してとっととレジに向かわす。奥さんは,僕や悠都のものはともかく自分自身のものを買う時には徹底的に節約をするひとなので,ボディバッグひとつ買わせるのにも一苦労である。しかし,結果,たいそう彼女の機嫌がよくなったので,ブツ自体はかなり気に入ったらしい。

それから,灰殻亭でちょっと遅めのランチをとる。大正ロマンが売りの店で,考えてみれば奥さんを連れて行くのは今日が初めて。
こないだも浜勝で晩飯を食べたが,今の処,悠都をふたりで交互に抱けば,どうにか外食も可能である。ひとまず今の処はね。
座ったテーブルの脇に年代物の壁掛け時計がかかっていて,脇に「この時計が十時半をさせば,名古屋着です」などと書いてある。「尾張名古屋」の引っ掛けでラストオーダーのことを云っているんだと思うが,問題は時計が止まっていて,おそらく翌朝まで待っても十時半をささないだろうという事だ。実際の処,此処の閉店は何時なんだろう?



今宵もレイトショウ。今日が公開初日の「インビジブル(2000・米)」
珍しく,AMCに外人スタッフ(しかも年配の恰幅のいいエラい風のひと)がいて吃驚。
「インビジブル」の入りを気にしているらしく,盛んに劇場を出たり入ったりしていたけど,あれはどなた様?
処で「インビジブル」ってのは邦題なんだよね。原題は「HOLLOW MAN(空洞の男)」で,実際,透明化した後のケビン・ベーコンのなりを考えても僕は原題支持派です。そもそも,インビジブルなんて英題で一般に通じるんですか。いや,客は多かったけど,アレは予告の透明人間の性犯罪を匂わせる出歯亀演出のせいなんじゃないか(笑)。それを期待していくと「カネ返せ」になるので,念の為。

良くも悪くもポール・バーホーベンらしい作品で,あのひとの映画が好きなひとにはオススメじゃないでしょうか。予定調和なのに最后まではらはら出来る処はお買い得ですが,その為にはどんな無茶やっていいというスタンスの映画で,其処がまたバーホーベンなのよね。
しかし,菓子パンをこよなく愛すというオタク丸出しにしては,ケビンの鍛え上げたカラダがそれを裏切ってたり(どうでもいい事だけど,彼の男性自身にボカし入ってなかったなあ)。
それで思い出したけど,昔,あるドラマで段田安則が軟弱なマザコン青年の役をしていたんだけど,身体を鍛える為にジム通いさせられて「僕,出来ない」などとバーベルを持って弱音を吐く彼の腕っ節が余りにも筋肉隆々なのに(確かに抜けるような白さではあった)苦笑した事がある。まだTVで顔が売れていない頃だったから,風貌だけでそんな役を宛てられたんだろうけど,実際の彼は「夢の遊民社」で舞台を走り回ってたバリバリの体育会系だった訳だから,筋肉までは流石に演技でも隠し切れるもんじゃない。でも「おかあちゃまァ」などと野際陽子扮するお母さんに泣きついて失禁するようなひとの腕ではなかったなあ,アレは。

て,「インビジブル」の話は何処へ行ったんや。

今日観た映画:「インビジブル(2000・米)」
今日の読書:梶尾真治「おもいでエマノン」(徳間デュアル文庫)



 085.平壌映画祭

2000/10/15(Su) 

今朝の日経新聞に山田洋次がピョンヤン映画祭に参加した時の話を書いているのだが,これが凄まじかった。
おそらく,平壌映画祭は世界でも指折りの資金繰りが苦しい映画祭に相違ない。
それは山田監督が活写する映写条件の劣悪さに如実である。以下にその部分を引用する。


(前略)
映写の条件は決してよくはない。いや,かなりひどい。
なにしろ六〇年代に輸入したソ連製の映写機やアンプを大事に使っている有様。
映写機のレンズは消耗品であってある年月が経つと交換しなければならないが,その耐用年数はとっくに過ぎている。
字幕プリントをつくる費用がないから台詞は男女の声優がブースの中からスクリーンを見ながら同時通訳,その懸命な大声を観客はスクリーンとは別のスピーカーから聞くという仕掛けである。ドルビーサラウンドシステムなどあるはずがない。
監督としては冷や汗たらたらの悪条件での映写だが,さらに驚いたのはときどき停電があることだった。
突然劇場内が真っ暗になる。しかし観客は誰も文句を言わない。静まり返った劇場の中で黙って待つのである。懐中電灯を頼りに映写室に行ってみると,男女ふたりの映写技師が発電器をまわすべく汗だくになって働いている。胸をつかれるような姿だった。ぼくはなにも文句を言えなかった。
(後略)


何が凄いったって,北朝鮮では山田監督の「虹をつかむ男・南国奮闘篇」を地で行っている。事実は映画よりもうーんと奇なり。
しかも平壌映画祭は平壌という一都市が開催している映画祭ではなく,あくまでも北朝鮮という国家が主催する映画祭なのだ。金正日が金大中に電力援助要請をしたのは伊達ではない。一国家が此処迄窮乏している。
それでも人海戦術には定評のあるお国柄,映画祭のオープニングが数千人の民族舞踊やブラスバンドで開幕するのは期待通り。「伝説の怪獣プルガサリ」の人海モブと,中野昭慶特撮との木で竹を接いだ映画的融合の源泉を知る思いである。そして人々は食うものも食わずに映画祭のチケット争奪に血道を上げるのだ。山田監督が「学校IV」は此処平壌での上映がワールド・プレミアですと挨拶すると,千人以上の拍手が会場を包む。このあたりにかの地のひとびとの熱さを思い知る。
まさしく平壌映画祭の見聞そのものが山田映画だと云っていい。

今日は午前中に食糧を買い込んで,車を洗って,昼飯を食べに家に戻ってから,午後から夫婦して黒崎のクエストで本探し。
夜,奥さんがしみじみと悠都に呟いていた。

「やっぱり,週末2日ともおとうさんがいるといいわねえ」

…よせやい。
そんな事云ったって,来週の土曜は博多駅でピーター・ジャクソンの「ミート・ザ・フィールズ 〜怒りのヒポポタマス(1989・ニュージーランド)」のレイトを観るんだい。ぜ,絶対,観るんだい…たぶん。



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