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088.男の料理を縛るもの
2000/10/19(Th)
会社の呑み会で,5時ダッシュして黒崎は「山賊鍋」へ。今日の参加者は41人。ウチの部署のマンモス加減にも程がある。
大体,41人なら「山賊」じゃなくて「盗賊」でしょ,という話も。それじゃ,アリババは誰なのだ。
今日思い切って「寸志デビュー」したのに,いつもと違って幹事さんがご厚志リスト読み上げを省略したのがちょっぴり淋しかった。
今日の主賓のひとりでもある(主賓自体10人そこそこいたのだが)武闘派のT中さん(余り伏字になっていないなあ)とした「男の料理」話。
T中さんは,こないだまで単身赴任で2年程東京に行っていたのだが(それ以前はつるんで「笑の大学」にも行きました。「君となら」にも行きました)シャレで危険物取扱いの資格を取得してしまう程のこだわり派らしく,食事は自分でこさえようと何処に嫁いでも恥ずかしくないだけの自炊道具一式を揃えて上京したのだそうな。ライフスタイルは書物から入るタイプと自称する通り,何冊もの料理本を揃え,前菜からスープ,メインディッシュとフルコース一式こさえてもみたらしい。
「でもねえ,倉田くん」とT中さん。「ひとりでメシつくってるとどんどん虚しくなるんだよ」
「ええ,分かる気がします」皆さんも絵を想像してごらんなさい。
「でも途中で放り出すともっと虚しくなるから,一所懸命スープこさえて前菜こさえてって皆こしらえてテーブルに全部並べるだろ。で,メシ食い始めるだろ。途中でこうテーブルひっくり返したくなるんだよね。こんな事して何が旨いんじゃあ。おおっ,何が楽しいんじゃあ。こっち戻ってきて,家で米とぐのとかは全然平気なのにさあ」
「わははははは」
「でさあ」とT中さんは声をひそめた。
「結婚してカミさんの手料理食べるようになって実感したんだけど,オレのそれまでの食生活は貧しかったんだなあって。ウチの母親,料理ヘタだったんだなあって」
所謂,味の幅というヤツがこれまで如何に狭かったかをT中さんは思い知ったらしい。これは僕にも凄く思い当たるフシがあるのね。曰く,世の中の料理は「甘い」「辛い」「醤油味」「塩味」だけじゃなかったんだって,己が世間の狭さを思い知ったのは社会に出てからであると云っていい。ウチのハハには非常に申し訳ないけれども,それは実感としてある。
「でね,倉田くん」T中さんの話は続く。
「そういう意味で,オレは我が家(実家)の味を嫌悪してる処があったのよ。なのにさあ,東京行って自炊して出て来る味は,そのオレの嫌いな筈の実家の味なのよ。本見てメシこさえてんのに出来上がって出てくるのは,子供の頃慣れ親しんだ『あの味』なのよ。でね,オレ,グレて自炊やめたの」
これは深い話である。そう,何かの弾みでたまに僕がこさえるおかずも絶対にウチのハハのコピイのヴァリエーションなのだ。別にレシピを譲り受けてきた訳じゃないいんだけど,見事なまでに舌コピイしてるらしく,幾つかの料理は殆ど完璧に再現出来る。というか,違う味をこさえられないと云った方が正解だ。カツ代を読んでもケンタロウを読んでも栗原はるみを読んでも魚柄仁之助を読んでも,悲しい哉,僕らは決して我がハハの味の呪縛から解き放たれる事はないのだ。
ちなみに僕は妹たちの手料理を食べた事がないのだが,彼女たちはどうかはちょっと興味のある処。
ウチの奥さんはかなり犬山のおかあさんのコピイをやっているらしい。やはり親の味はレシピ要らずなのだなあ。
「味覚も遺伝するんかいっ」
T中さんの咆哮が,僕の脳髄を直撃した。僕のこさえる玉子焼きも確かにたいそう味が濃い。
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