備忘の都 2000 −OCTOBER〜NOVEMBER−  ◆

我々中国人がこれから立ち向かうのはアメリカ・ヨーロッパ・日本だ。
中国を単なるマーケットとしか見ていない彼らの国に
英語を使える中国人がこれから進出するのだ。
そして、カネを儲けてやるのだ。

「瘋狂英語(1999・中国)」より
李陽先生のおコトバ


096.12人の優しい日本人097.旧友再会フォーエバーヤング
098.ジャスパーとノー・ネーム099.相沢友子クロニクル100.ジジババ毀れる

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 096.12人の優しい日本人

2000/10/30(Mo) 

僕が昨日ヤマダに行ってメビウスノートを安く買った話をしていると,後輩のN澤が暗い声で「それは…」と絶句した。そうして惹きつけておいてから曇りがちに「ボクが前使ってたのがメビウスだったんですけど,全く不安定で使えなかったんですよね」と続けた。「全く」ヤな野郎なので,いつかいぢめる事にする(うひひひひひ)。ていうか,不安定のカケラもないメーカーなんて何処にあるんだよ。結局は不安定の程度問題なだけの気も。

会社帰りに,Y田さんにつきあってもらってベスト電器で予約してあった中原俊「12人の優しい日本人(1991・日)」のDVDを購入。
結婚前の引越しのどさくさでLD版「12人の優しい日本人」が何処かに行ってしまって(たぶん誰かに貸してそのままになっている),くさってた僕的にはやっと肩の荷が降りた感じ。でも,これがもう10年も前の作品かと思うとなかなかに感慨深いものが。そう思ってジャケ写を見ると梶善が若い(だってこの頃はまだ20代だものなあ)。12人の陪審員でこそないものの,実は宅配ピザ屋の役で近藤芳正が出ているのは意外に見落としがちだったり。しかし,こだわりの絵づくりらしいDVD版を観られるのはいつになる事やら。
ねえ,早くプレステ2買おうよう。これ面白いんだぞう > 奥さん。



夕食后,いつのまにか北九州に帰ってきてたらしいはるさんと明日落ち合う約束をする。
彼は今日,おにいさんとコジマ,ヤマダ,ベスト,アプライドと各電器店を色々物色してきたらしく,それによると正味な話いちばん廉い店はヤマダだったとか(よしよし)。僕ら夫婦の眼力もまだまだ世間さまに通用するらしい。という事で少し気をよくして電話を置く。

夜は早めに風呂に入ってから,マジック・ジェミーさんから送ってもらった移動芸術祭のスナップ画像の編集作業。右團治さんのサイトは「画報」を名乗ってい乍ら,ちいとも絵も写真もメインになっていないので実はひそかに気に病んでいるのだが,御蔭でちょっとだけ「画報」っぽくなりました。それにしても,まさかプロのマジシャンの方とメールのやりとりをするようになるとは夢にも思わなかった。是非,大学時代の同窓でマジシャンに格別な思い入れのあった外山くんに自慢したいが,彼は今いずこ。

深夜,やっさんから来月のスケジュールの件で電話があったので,松平さんの件を頼んでおく。
嗚呼,噺家・桂平治が犬山寂光院の境内に足を踏み入れるのはいつの事か。そうこうしているうちに文治一門の皆さん全員があそこの高座に上がってしまったりして。僕等的にはそれもありだが,松平さんにそれまで待ってもらえるかだな。

話のついでに,佐伯でキタくんと再会した話など聞く。そうか,皆んな大人になったのね。




 097.旧友再会フォーエバーヤング

2000/10/31(Tu) 

会社がひけた後,若戸大橋を渡ってすぐの処にある,はるさん邸へ。
去年の暮れはY2K問題(もはやこんなに懐かしい)もあって帰省しなかったので彼とは1年以上会っていなかった事になるが,とりわけ感慨もないぶん妙な気後れもない。自然体もいい処。殆ど一週間ぶりに会ったってな感じ。
雨の夜の若松は馴れないもので,などと云い乍ら,ふたりして行き過ぎたのどうのと同じ道を何度も行ったり来たりしてからようやく本城,折尾方面へ。お互い「カネがない」ので(特にオレ・笑)よりによって1200円で70分,焼肉食べ放題のバイキングの店に入る。昔,誰かと来てうんざりした遠い記憶はあったものの,遠い記憶すぎて抵抗なく入店。しかし,古いトモダチは気を遣わなくていいから楽だなあ。

しかし,おそるべきはそのメニューの不必要なまでの充実度である。
焼肉バイキングなんだから,肉・野菜はあたりまえ。まあ,サラダ・バイキングもいいとしよう。加えてビール呑み対策とおぼしき「つまみ」系の数々。唐揚げ,フライドポテト,揚げシュウマイ,焼きそば,たこ焼き(をいをい)。ごはんに味噌汁はともかく,カレーがあるのはどうした事だ(カレーのためにわざわざ二杯目をおかわりしちゃったじゃないか)。デザート類もこれまた不必要に揃っていて,シュークリーム,モンブランケーキ,プリン,オレンジゼリー,そして10種類のアイスクリーム。何故かおはぎ。250円払ってソフトドリンク呑み放題。メニューがあればあるだけ一通りチェックしておきたくなる貧乏性。うんざりした遠い記憶の元ネタはこれだったか。気付いた時には胸焼けするまで胃の腑にジャンクフードを詰め込んでいたダメな私。

「あんたも瀬戸口くんの身体の心配をしてる場合じゃないよ」
「ははァ。でももう入んない。これ以上食べたらたいへんな事に」
「いやあ,アイスくらいは入るでしょう」
「入らない」
「いや,入る。さあ共に行こう」
「いやああァッ」

ああ食ったさ。顔がミドリ色になるまで喉に押し込んださ。オレは元気回復中のルパンかってェの。
(こんな日記,奥さんには読ませられないなあ・笑。明日から食事制限されてしまうなあ)

二次会は若松の「ジョイフル」。つくづくカネのかからんコースである。
僕が知ってる限り,どんな料理もどれひとつとしてセットで1000円を超えないのはファミレスで此処だけである。学食か社食と見まごうばかりの価格設定で,大学時代などはよくお代わりが只の「味は二の次三の次」のコーヒーだけで夜更けまでねばって莫迦噺に興じたものであるが,それも今は昔。それにしてもケーキセット(ケーキはカプチーノケーキなどと小洒落た呼称を用いていた)が250円というのはあんまりである。僕が150円のレモンスカッシュを頼んだからふたり合わせて400円。しかも消費税込み。これを駄菓子屋ファミレスと呼ばずして何と呼ぶ。

全くどうでもいい,愚にもつかない話で3時間。たぶん久し振りなので,やれば朝まで持ったろう。
僕らがわざわざ逢ってまでやりたい事がこれなのである。これが出来るから昔からのトモダチを失くしちゃあいけない。
22時になったので,はるさんを家まで送り届けて,じゃまた正月にねと来週の約束をするかのように別れる。




 098.ジャスパーとノー・ネーム

2000/11/2(Th) 

帰宅して郵便受けを覗くとワーナーブラザーズからの黄色い小包が届いていた。
中身は「トムとジェリー SPECIAL DVD」。去年の暮れから世界先行発売という触れ込みで「トムとジェリー」のDVDが約半年余りに渡って全10巻シリーズ発売された。我が子の多感な時期,他はどうあれ「トムとジェリー」にだけは不自由させたくなかった僕は奥さんに嘆願して全10巻完全購入に漕ぎつけた。今回のスペシャルDVDはそのご褒美,というか全巻購入者特典の非売品なのである(少なくとも今の処)。

最后に出た「Vol.9」「Vol.10」の発売日が7月14日,全巻購入者特典とは云え数が数だけにブツの発送が遅れるとは「ことわり書き」してたが,100日以上も待たされるとは思わなかった。というか,もはやすっかり忘れてたわい。10巻揃った直後の暫くは会社の完全購入者仲間のS石くんと「いつ届くんだろうねえ」などと話したものだが,当時はまだ窓の外でセミがしゃわしゃわ鳴いてたもんなあ。まあ,とにかく「本当に」届いてよかった。

そう云えば「踊る大捜査線 THE MOVIE」の音切れ不良品の返品交換の期日も迫っていたんだっけ。この際,ポニイ・キャニオンの担当者が,かつて森光子が「こんちわァ,パンツ屋ですゥ」と各家庭を廻っていたように((C)東芝日曜劇場。しかしオレも古いなあ)直接御用聞きに来て,その場でディスク交換してくれないかねえ。

閑話休題。
今回の「トムとジェリー」のDVD化(かつてのビデオ化,LD化だってそうだが)があきらかにかつてTVの前で彼らの追いかけっこに夢中になった子供たちをターゲットにしたもの故に(実際,映像特典のひとつに日本でのTV放映の際の主題歌収録がある)許せないことのひとつ(幾つもないんだけどさ)が日本語吹替えにオリジナル声優を使っていない事だ。
「TOM&JERRY TV放映版サブタイトルリスト」によると,かの番組の日本でのオリジナルは1964年5月13日〜1966年2月23日までの水曜日ヨル19:30からの30分番組であった。僕らが観ていたのは夕方17時くらいにVTRが擦り切れる程行われたこれらの再放送という事になる。放送に使われた数々の7ミニット・カトゥーン自体の製作年になると第二次世界大戦の最中まで遡る。そりゃ日本が戦争に敗れる訳だ。

処で肝腎の,僕らが子供の頃に焼きつけた日本語版声優(メインに限る)は以下の皆さんであった。

【トム】八代 駿
【ジェリー】藤田淑子

【ドルーピー】玉川良一
【バーニー】三遊亭金馬
【狼】小林清志

【ナレーター】谷 幹一

此処でのポイントはトム(八代駿)&ジェリー(藤田淑子)のおふたりが未だに現役バリバリであるという事。藤田さんはこないだまで「キテレツ大百科」で主役を張っていた訳だし,八代さんも声優としては(確かにトム以外だと「仮面ライダー」の怪人の吹替えしか印象がなかったりして。特に地獄大使の頃の怪人は矢代さんと沢りつおさんが交互に演ってたんじゃないか・笑)お聞きしなくなったもののテアトルエコーの舞台役者として今でもお元気に活躍なさっている。
谷幹一(「江戸を斬る」の岡っ引き役がオレ的有名)のナレーションってのは,次回予告の時に「時間までもう少しお楽しみください」と云うくらいのものだったので,今回のソフト的にあまり出番はない。いや,たまには本編の最中に喋ってた気もする。いずれにしてもこの方もお元気。
はっきり云ってドルーピー役の玉川良一以外は皆さん健在で尚且つ現役なのだ。ちょっとしたドリームチーム再結成くらいやったって良かったんじゃないか? これがゲーム業界なら間違いなくカネに糸目をつけずにオリジナル声優をぶつけてくる筈だぞ。「ガンダム」もので既に声優を引退してしまった古谷(旧姓:間嶋)里美を引っ張り出してきた時の快哉を,こっち方面でも叫ばせてもらえないものか。

尚,蛇足乍ら,その後に日テレで放映された新作のキャストは,【トム】高橋和枝【ジェリー】太田淑子【ナレーター】植木 等【ドルーピー】滝口順平である。如何に前作に劣らぬベテラン声優勢であろうと,如何にナレーターが植木さんであろうと作品自体のテンションが往年のジョセフ・バーベラやフレッド・クインビーの仕事に比べて余りにも見劣りがする為,こちらは新しいテーマ曲くらいしか記憶が無い。

因みに今回のDVD版は【トム】ダン小路【ジェリー】チマ及びVIDEO/LD版をそのまま使用したらしい【トム】肝付兼太【ジェリー】堀絢子である。かように少年期のすりこみは恐ろしい。と共に早くプレステ2を買わねばと思いを新たにするのだった。なあ,かあさんや。




 099.相沢友子クロニクル

2000/11/3(Fr)

文化の日で,且つファースト・オン・フライデー。
折角なので「世にも奇妙な物語 映画の特別編」を観る。
目当ては三谷脚本のアヴァン・ストーリー「ストーリーテラー」と君塚脚本の「携帯忠臣蔵」で,双方共期待に違わぬ出来であった。

で,本題はその4話目の「結婚シミュレーター」の脚本に相沢友子の名前があったこと。
確かTV版の「記憶リセット」が彼女であった。僕は未見なのだが,奥さんに云わせると,ずいぶんと少女マンガっぽい話との事だった(このひとの場合,こういう表現が必ずしも誹謗中傷を意味してはいない)。で,そう云われてみれば「結婚シミュレーター」もずいぶんロマンティックな話で,オチは入れ子構造の仮想現実とでも云っておこうか(思い切りネタばれではないか・笑)。

僕にとっての相沢友子はアーティストであった。しかも女尾崎とでも形容すべき,ダークでハードな歌世界を持つ歌姫。
大学時代に,CDショップで彼女のセカンドアルバム「アスベストの海の中を」のプロモCDを手に入れた。モノクロームを着色したジャケ写の彼女のぞっとするほど毅然とした眼差しに戦慄し,行き場の無い場所から這い上がろうとするかのようなセリフ入りのそのCDを何度も繰り返し聴いた事を憶えている。思えば,こないだ買った「○○ゴッコ。」山本美絵にも彼女と同じ凛とした空気を読み取ったのだった。

そして97年,あろう事かCXドラマ「総理と呼ばないで」で女優としての彼女と再会する。
相沢友子は官邸事務所秘書係主任・戸田恵子の補佐をする秘書として出演しており,且つ群像ドラマとして抜群の冴えを見せる三谷作品にあって珍しく寡黙で目立たず出番の少ない役であった(僕の持つアーティスト・イメージとは合致していたけれど)。故に,却って彼女の存在が気になって仕方がなかった。何故,彼女が,よりによって相沢友子が,三谷ドラマに出ているのだろう。わからないまま,そしてさしたる見せ場も貰えないままドラマは終わった。僕にとっての相沢友子体験はそれで絶えた。

まさかとは思うが,脚本家の相沢友子とアノ相沢友子は同一人物なのか。
少なくとも「総理」と「奇妙」はプロデューサーの石原隆で繋がっている。単なる同姓同名の可能性もあるが,ブンガクな少女が脚本家に転身することだってあるかもしれない。エコーズの辻仁成が作家になった挙句に連ドラの脚本を書くなんて10年前は誰も思わなかったじゃないか。ライヴハウスのステージで脱糞してた町田町蔵が大作家になるなんて誰も想像出来なかったじゃないか。

で,相沢友子で検索してみた。意外に簡単にファンサイトに辿り着いた。
中を覗いてもらえば分かるが,脚本家・相沢友子はやはりアノ相沢友子であった。
太宰治賞の最終選考に残るほどの作家となった彼女は,いつのまにか脚本家としての道を歩んでいた。
美人脚本家はがつくコメディー「やまとなでしこ」の脚本も手がけているのだった。そう云や,あれも石原隆だわ。
そして,決して歌をやめた訳でもないらしい(リリースは96年の「安心毛布」が最后)。
ファンサイトのBBSには時々相沢さん本人も書き込んでいるので,時々覗きにいこうと思う。



昼から,折尾の「ポルタ・ロマーナ」でランチ。
思えば悠都が生まれてからは此処へ来るのは初めてだ。「浜勝」を始め,ずいぶん色んな店で慣らしたからね。
久し振りに此処の具沢山のスープと挽肉たっぷりのポロネーズを食べて至福の時間を過ごす。悠都も父親がパスタを食べ終わるまでおとなしくソファで眠ってくれたし。夜泣きはするが,外食の時は往々にして親孝行なスリーパーである。さすがにデザートを食べる頃には僕の膝の上からテーブルを叩きまくっていたがそれくらい…それくらァい(さだまさし「神話」のメロディで)。処で此処のショートケーキってスポンジに必ずチョコが入ってる気がするのはオレだけ? いや,旨いんだけど。

夜は「ドラマスペシャル チーム(TEAM)」を観る。相変わらず話がシビアで出来がいい。
処で君塚良一はあんなに沢山仕事をして早死にしてしまわないのだろうか。リアルに心配である。

今日観た映画:「世にも奇妙な物語 映画の特別編(2000・日)」



 100.ジジババ毀れる

2000/11/4(Sa)

連休2日目は福岡行き。
懐極寒期につき,映画鑑賞は「クレイドル・ウィル・ロック(1999・米)」1本のみ。
受付でエミリー・ワトソンの絵葉書とティム・ロビンス監督夫妻の生写真を貰う。…使い道がない特典である。
特にエミリー・ワトソンのポストカードなど魔除けにしかならない気が。マーリー・マトリンだったら良かったのに(最近どうしてるんだろ)。
んで,シネママラソンじゃないならと,奥さんと悠都がついてくる。
映画が終わったあと,Z−SIDEの米ちゃんが皿回しをしている玄関前広場で落ち合って,プレイガイドで「金髪の草原」の前売りを100円引きで買ってから子供服売り場をさんざん冷やかす(が,何も買わない。Z−SIDEの自社ブランドのカットソーが子供用とは思えないシックさでなかなか良かったのだが,90cmとちとでかすぎた。奥さんは来年買うと心に決めたらしい)。さすがにお腹が空いたのでソラリアステージの地階の定食屋に入って,夫婦で交互に子供をあやし乍ら,本当は魚が大好きな奥さんにカレイの空揚げを食わす。悠都付の外食ももはや馴れたものである。



夕方5時を過ぎたが,2週間振りに親父を見舞う。悠都を連れて行くのは2回目。親父が孫に逢うのは3回目。
あとで先に帰宅したハハに聞いた処によると,彼女の帰り際に僕が悠都を連れてくると聞いた途端,1階のロビーにいると云って聞かなかったそうで,爺さまは孫のためなら忠犬ハチ公にだってなれるらしい。看護婦さんに「ウチの孫…」と相好を崩すあたりは息子乍ら泣けてくる。そのくせ顔を出す度に「早く犬山に連れて行け」を連呼するあたりは犬山のおとうさんとおかあさんのことをかなり気にしているらしい。まあ,これだけ自分が逢いたい孫だもの…という部分で祖父母たるもの以心伝心,気持ちが相通ずる同志なのだろう。

いつかこのひとたちにジョー・ディピエトロの書いた戯曲「川を越え、森を抜けて」を見せてあげたい。
ちなみにこれは,遠くで離れて暮らす息子夫婦の代わりに毎週末たったひとりの孫と5人でテーブルを囲むのが唯一の楽しみな祖父母たちが,孫が出世して転勤するのを阻止するために,地元で恋に落ちさせようと画策する話(笑)。

「あいつは独身だ!此処に残る理由を俺達で作ればいいんだ!」

1998年にオフブロードウェイで上演されて結構ロングランした。
ある意味シビアな話でもあるんだが,必死に孫を繋ぎ止めようとするジジババが切なくて,とにかく愛らしい。

病院帰りに事務所に寄って,ハハにも孫のお土産。ハハは孫をあやすために際限無く毀れる。
「今来てるから」と軽く電話したら,長妹も間を置かずに押っ取り刀で駆けつけた。
自転車を立ち漕ぎして息を切らしてまで来なくたっていいのに。
悠都はやっぱりしあわせなヤツかもしれない。

今日観た映画:「クレイドル・ウィル・ロック(1999・米)」


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