備忘の都 2000 −DECEMBER−  ◆

「好きな人のタイプは?」
「ルックスが明治天皇で性格が昭和天皇」

雨宮処凜


121.ミニスカ右翼122.死なう団事件123.ペルーから来たういろ売り
124.トラスト・ミー125.僕とジャン=リュックと福岡で

備忘の都【目次】/ 備忘の都1999
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 121.ミニスカ右翼

2000/12/16(Sa)

今日は久々に英ちゃんと博多駅─百道映画梯子行。
天神から100円バスで乗り継いで博多駅前についたのが10時ちょい前。
2ヶ月振りに逢った英ちゃんはあのジョージアのノベルティグッズ「セーターがあるさ・コート」を着ていたが,ちらりとだけ見せると慌てて上から自前のコートを羽織る。訊ねると,何だか恥ずかちいらしい。じゃ,何で着てるんだよ。

1本目は大島渚の「愛のコリーダ2000(2000/1976・仏)」を初回で。
昼からの2本目以降は客が激増すると睨んで朝イチを選んだのだが,果たして客席はガラガラであった。確かに朝っぱらから観るにはハードな映画だし(全篇の9割以上がベッドシーンで,しかもセックスは全て「本番」である。この映画でボカシが入るのは,性器のアップと接合部分のみであると云っていい)。のっけからルンペン役の殿山泰司が飛ばしてくれて(いや,飛ばせないんだけど…て,こらこら)いきなり目が点になる。いやあ,僕は殿山さんの役者魂を感じましたね。どう考えても名のある役者にとって,あのオファーを受けるのは勇気が要ると思うぞ。ま,そもそも大島にしたって誰にでも頼める芝居じゃないだろうけど。

セックスの映画というのは,芝居と実際の境界線が本当に難しい。
少なくとも男優さんは演技では絶対に勃起出来ない。上映後,英ちゃんが「藤竜也はクスリを使っているんだろうか」と呟いたのはもっともな疑問だと思う。衆人環視の中で「はい,勃てて」「はい,そのままね」と云われて「はい,そうですか」とは絶対に行かない。AV男優が女優に比べて過酷な肉体労働なのはひとえにその点においてである。それに羞恥心くらい男優にだってある(しかも彼らはAV専門の役者ではない)。ひょっとすると「吹っ切る」事自体,男優の方がエネルギーが要るんじゃないか。ましてや銀幕で自分の性器のアップなんて余程の覚悟だ。アレは大小かたちに関わりなくひとさまに「ほれほれ」とお見せする類のものではない。それを昭和50年にやっている。やらせた大島渚も怖いひとである。
セックス描写が過激であればあるほど,尾籠であればあるほど(中でも卵を使った性戯のインパクトは伊丹十三の「タンポポ」をはるかに凌ぐと云うか─少なくともちーとも美しくない─或いはビザール系AVの定番っぽいというか),愛を語る映画になっていく壮絶さというのは確かにあって,近頃だと望月六郎の「皆月」がまさにそんな作品であったが,「愛のコリーダ」も男女の結びつきの究極のかたちのひとつが性愛にあるのだと力強く謳うような,そんな映画であった。それにしてもエンディングでいきなり大島渚が喋りだすのには面食らったぞ。
処で「愛のコリーダ」の「コリーダ」って何よ?

毒気にあてられても映画は映画よねと,かねてより懸案の(英ちゃんは既に行ったらしいが)新生「ふきや」へ。
最長老のじっちゃんを含め,僕らにはお馴染みのふきやオールスターズが出迎えてくれる。その賑わいやよし。
しかし久し振りに食べたチーズ玉なのに,全然懐かしくないのはどういう事?
奥さんのために玉子をかぶり(テイクアウト)にしてもらう。370円。激安は相変わらず。



2本目はマイケル・ウィンターボトムの「いつまでも二人で(1998・英米)」
配給会社の売りは「笑いと涙でいっぱいのイギリス式ロマンティック・コメディ」だそうだけれど,コメディと云うにはテーマが重過ぎるし,ロマンティックと云うにはテーマが(以下,省略)。そう云えば,前作の「ひかりのまち(1999・英)」の時の配給会社の「心温まる物語」という売りも心温まると云うにはテーマが重過ぎる,つまりはいつものウィンターボトム節だった(ラストが何となくハッピーエンドっ「ぽい」だけ)。アスミックの気持ちは分かるけど,このひとの映画はいつだって観客に少しも優しくない。むしろしつこいまでにヘビィ且つハードな切り口で僕らの見たくない現実を「うりうり」と突きつけるスタイルで一貫している。僕がこのひとの作風を思う時,ジャンルは違うけれど常に頭に浮かぶのが中島みゆきなのだ。だから,マイケル・ウィンターボトムというひとの映画のコミカルさは中島みゆきのコミカルさであり,この監督のあたたかさは中島みゆきのあたたかさに匹敵する。一口で云えば「一筋縄で行かない」という事か。それでも今回はちょっとトーンダウンしてるかな。というかラストの纏め方が彼にしてはちょっと乱暴すぎ(実は「日蔭のふたり」もそうだった気がしている)。或いは物語を綺麗に閉じる事に重きを置いていないひとなのかもしれない。

映画が終わってすぐにバスで百道に移動。
とは云え,連結が悪かったので福岡市総合図書館まで1時間弱かかる。
次の映画が始まる前に「マルキーズ」でパスタが食べたいと云ってた英ちゃんの希望はどうにか叶う。
尤も,彼のお目当てのバジリコとは今日も出会えず,日替わりできのこのクリームパスタを。僕は350円のミネストローネに200円のパンと350円のホットミルク。此処の料理はまずまず美味しいので,日がなシネラで映画を観る時は結構オススメである。



3本目は「新しい神様(1999・日)」。思ったほど客が集まっていない。
客がいなくても何とかやっていけるのは福岡市さまのおかげなので空に向かいそっと手を合わせる。
色々云いたい事のある映画だが,息切れしてきたのでとりあえず今日は省略する。
──と書きつつちょっとだけ地雷原に足を踏み入れるなら(笑),市井には無尽蔵に戸川純や山田花子(漫画家)の予備軍が居て,たまたま雨宮処凜(かりん)という女の子(と云っても既に24歳だが)がミニスカ右翼というかたちで花開いたという「(サブカル)スタア誕生」映画。存外,不思議少女は其処ら中にうろうろしていて,油断しているとこの土屋豊みたいに,決して美人ではないものの彼女たちが普遍的に常備する,わがままで無鉄砲なくせにけなげで(あくまでも)チラリズムなかわいさを持つ「期間限定の(これを僕は『美人薄命』と呼ぶ)」カリスマ的魅力にからめとられるハメになる。譬えて云うならば,彼女とその観察者は食虫植物とハエの関係に等しい。或いは巨大人喰いアメーバと若きスティーヴ・マックウィーンか。
しかし,よど号メンバーが肩を組んでカラオケで「昴」を歌うシーンは「『おじさん』に国境無し」を如実に突きつけるなァ。

映画を終えて図書館を出たら,いつのまにか雨がそぼ降っていた。
見上げた福岡タワーは壁面いっぱいにクリスマスツリーの電飾が光っていて,かなりロマンティックだったけど英ちゃんと見たい絵ではなかった。バスで天神に移動してから,車を出して博多駅に英ちゃんを送って解散。3本しか観ていないのに今日はかなり疲労が溜まっている。
来週は来週でゴダールの「映画史」という難物が控えている。うーん,ちょっと心配。

今日観た映画「愛のコリーダ2000(2000/1976・仏)」「いつまでも二人で(1998・英米)」「新しい神様(1999・日)」



 122.死なう団事件

2000/12/17(Su)

朝のうちに,保阪正康「死なう団事件 軍国主義下のカルト教団」(角川文庫)読了。これも一週間くらいかかって読んだ。
これは元々昭和47年に「軍国主義下の狂信と弾圧」というサブタイトルで出たものを,更に平成2年に講談社文庫から「追いつめられた信徒」という名で刊行されたものの再文庫化である。中身を読んでもらえば分かるが,少なくとも帯の「オウム真理教の”原型”となった日蓮会とは?」という角川側の惹句は偽りありだと思うぞ。オウムと死なう団は大雑把には「社会的に追い詰められた宗教団体」くらいしか共通項がない。
カルトという語義にしたって,死なう団こと日蓮会の教義は少なくとも宗教社会学上の「伝統宗教の枠を越える祭祀、異教的教義、心霊運動など」に当てはまりません。むしろ此処は強固なまでの(というか融通の利かない)日蓮原理主義だったりする。とは云え,最終的に自決行動に出るとか,江川桜堂(忠治)というひとりのカリスマに因って立っていたとか,所謂「世間的に」流布するカルトなのは間違いないんだけど,でもそういう意味では実は日蓮も当時はカルトの立場にあったとだって云えるかもしれない(あ,こりゃ問題発言)。

此処で云う「死なう」は不惜身命の意(昔,貴乃花の横綱昇進の口上にあったアレですよ)。
で,日蓮に云わせると「不惜身命」は法のためには死ぬ,命を捧げる,という事。つまり我が命を法華経に捧げるからには,その修行は他の邪教のそれと比べて全然尊い訳で,だから(逆説的に)みだりに修行で命を落としてはならぬという事らしいが,貧困と圧政に閉塞した時代に宗教に縋ってきた市井の人々にはビビットに「死なう!」というフレーズが彼らの胸を刺してしまった次第。保阪は,盟主・桜堂自身が病弱だった事(何しろ虚弱のために兵役すら免除になる)もあって不惜身命が容易に無常観に結びついたと読み解くが成程そうかもしれない。そういう意味では麻原も障碍に苦しんでいたというファクターは無視出来ないですね。教祖たるもの,己が劣等を発条にして興せよ,ドグマ。

我が祖国の為に、死なう!
我が主義の為に、死なう!
我が宗教の為に、死なう!
我が盟主の為に、死なう!
我が同志の為に、死なう!

桜堂に云わせれば「内に臨めば祈誓の絶叫,外に臨めば突撃の言葉」だそうで,実際,会員たちもこの「死なう」が持つ刹那的でヒロイックな響きにかなり酔い痴れたようだ。辛い時,追い詰められた時,彼らは歌うように夢見るように「死なう,死なう」と叫ぶのだ(そりゃ白い目で見られるわな)。そして,切腹デモに餓死行に盟主の後追いと「死なう」は本来の意味を失い,余計なリリシズムで彼らに厭世させていく訳ですね。
彼らの場合,時代が戦争に突き進もうと坂を転げ落ちていく時だったので,特高と対峙するという側面で俄然,正義を見いだし,遂には時代に敗れて(やはり其処には病気がちだった桜堂の死が大きい)瓦解していくという悲劇的な物語を持つ。皮肉にも彼らが潰えてから,日本自体が「死なう,死なう」と民を煽動していくのはまた別のお話。

満天下の有為なる青年よ、光陰、流水に似て、生涯は夢の如しだ、
徒らに明かし暮して、畳の上で無駄に腐るな!
死なう! 死なう! 死なう!

乱暴に引っくくってしまえば,昨日のミニスカ右翼と何処が違うという話はある。
長らくいじめられっ子でリストカットと服毒未遂を繰り返していた雨宮処凛は民族派を選び,窮乏を極めた昭和初期の若者たちは排他的な宗教を選んだ。甚だ暴論は承知だが,つまりは居場所理論に帰結する。何処かに属して誰かの役に立っている(自己の存在を主張できる,或いは「大きな」誰かに寄生できる)しあわせ。僕には居心地良くいられる「帰るべき」場所がある。でも,帰るべき場所は,出来るだけ素面なうちに選びたいものだ。



お昼過ぎには,懸案であった年賀状のデザインが家族会議の許,どうにか完了する。
僕は,結婚したから,或いは子供が生まれたからと云って,決して「オレにとっては」安易な写真ネタに走らないぞというのが結婚する前からのつまらん拘りであった。結婚の時はどうにか乗り切ったものの,実際,誘惑は多い。普段なかなか会えないあのひとやこのひとに悠都の写真を見せたいという欲求は奥さんならずとも少なからずはあるからだ。で,まあ妥協として賀状の図案に悠都を選び(このへんが奥さん的にも精一杯の譲歩なのである)且つ彼女は余白に自作のプリクラ(無論,息子の近影である)を貼る事にした。
また,去年はイラストの彩色をIllustratorでやったら既成のイラストを使用したと勘違いするひとが増えて面白くなかったので,鉛筆描きに水彩で塗ってスキャナで取り込んだものを使用した(そりゃIllustratorも使いこなせば水彩画調でだって処理出来るが,僕が不勉強なのである)。あと,やっぱ来年は縁無し印刷を目指そう(今年のブツもオレ的には構図の限界を感じました)って事でプリンタの買い替え決定ね → 奥さん。

で,一旦デザインが決まったら今日のうちに殆ど刷り上げてしまう。良い時代に生まれたもんだ。
賀状の実物は来年になったら此処でも公開する予定。



夜は右團治さんにお歳暮で貰った讃岐うどんに餅を入れて力うどんを食す。
やっぱり讃岐うどんはコシが違うね。パスタのアルデンテとも微妙に,いや全く違う類の弾力。歯に逆らうようにして押し返しがあった途端にずぶずぶ食い込んでいく,あの感触がたまらん。讃岐うどんを食べる度に村上春樹が四国でうどんの食べ比べをした話を読み返したくなるのは,やはり彼の筆力による処大なのだろうか。そしてあれを読むと必ず,そのうち一度は高知でうどん屋めぐりをせねばと決意しちゃうんだよな。

今日の読書:保阪正康「死なう団事件 軍国主義下のカルト教団」(角川文庫)



 123.ペルーから来たういろ売り

2000/12/18(Mo)

朝からK川さんが名古屋の遠征土産で買ってきた雀おどり總本店「傳統製法のういろ」をいただく。
白・栗・桜の3タイプで,「栗」は抹茶と白の二層のういろに栗が仕込んであり,「桜」は桜の花びらを刻んで入れてみましたというなかなかオツな趣向である(ちなみに僕は「栗」をいただいた)…とそこで話を終わらせときゃいいものを,冬にも拘わらず頭を丸めたばかりのS石くんが包装紙に貼ってある原材料表を眺め乍ら呟いた。

「処でこのコチニール色素って何ですかね?」
「はん?」

成程,米粉や澱粉,砂糖,抹茶などに混じってひとつだけ耳慣れないコチニール色素の文字。

「案外『しろ』に使ってあったりして」
「いや,『さくら』でしょう」
「だったら,食紅か何かじゃねーの?」
「調べてみましょう」

さくさくさく(検索する音)。ややあって「…」。

「ん,何て書いてあったの?」
「いや,いいんです」
「なに? 教えてよ」
「さくらの花が入ってるからいいんです。風情があってなかなかいいじゃないですか」
「何を庇っているんだよ」

どうやら彼はお向かいの席で「桜」を選んだO園さんに気遣っているらしい。
いずれにしても要領を得ないので,Googleを使って自分で調べる。
0.18秒で,159件検索。個人的にはgooよりこちらの方が軽くてうんとお薦めである。
内容的には,キリヤ化学ホームページのコチニールの項が特に詳しい。


コチニール色素:サボテン科のベニコイチジク(Nopalea coccinellifera)などに寄生する、カイガラムシ科エンジムシ(Coccus cacti LINNE)の乾燥体より、温時〜熱時水で、または温時含水エタノールで抽出して得られたものである。


疑問氷解。彼は「サボテンに寄生するエンジムシ」のくだりに拒絶反応を示したようだ。

これがエンジムシだ! 確かに,「もぞもぞと蠢く無数の赤い毛虫をぐつぐつたぎった壺で掻き混ぜている」(そこまで妄想するひとはいない)という先行するビジュアル・イメージがういろの味に貢献するとは余り思えない。むしろ「んなもん,喰えっかよう」と島村和彦の漫画みたいに泣き乍ら卓袱台を引っくり返すひとが3割程度は居るかもしれない。O園さんに聞かせたくないのも道理である。

しかし,S石くんはエンジムシの画像までは突き止めなかったらしい。此処のページには,サボテン栽培の様子やエンジムシの寄生した様子,エンジムシそのものなどが写真で紹介されているが,上記ビジュアルイメージからは程遠く,いわゆるムシ(しかも寄生虫だし)と云って僕らが思い浮かべるフォルムとはかなりかけ離れている。
サイズこそさだかではないものの(脇にハイライトくらい置いていただきたい)粒々が集まって球状になった形態はどちらかと云うとプランクトンやバクテリアのそれだ(ボルボックスというか)。

エンジムシ…名前から思わず想像してしまうほどグロじゃない。


中南米の砂漠地帯が主要産地で、ペルーが世界の99%以上を産出する。
南米ではインカ帝国時代から、衣服や装飾に利用されてきた。
サボテンに生息するエンジムシを刷毛で落として収穫し、熱湯で殺して天日で乾かすと黒色コチニールになる。
貯蔵している間にコチニール・グランコ(銀色コチニール)に変わる。


それはそれとて上記解説にあるように,ういろに使われたコチニールの原産地はほぼ間違いなくペルーである。
伝統和菓子の伏兵は桜の花に紛れるようにして潜入した南米からの刺客であった。
憶えておこう,コチニール色素。それはサボテンの寄生虫が原材料。
しかしするってェと,それまでのういろに使われていた赤の色素は何処から調達していたのだろう?
謎は謎を呼ぶが,非情にも調査は打ち切る事にする。
ひとまずO園さんには内緒の話アルね → S石くん。

しかしY田さんに云わせるとやっぱり山口のういろが美味しいそうである。
僕が今度旨いういろを探してきますよ(などと云う割にはなから妻に頼る気でいる)。




 124.トラスト・ミー

2000/12/20(We)

AMCのレイトで「バトル・ロワイアル(2000・日)」を観終わったのが22:45頃。
人影の少ない(というか殆ど居ない)駐車場に戻り車にキーを差した処で,こちらに向かって誰かが手を振っているのに気付く。
手を振っているのはぼさぼさ頭(寝起きという意味では勿論ない)の金髪のあんちゃんであった。二十歳そこそこか。顔立ちは端麗で,何処となく先刻の映画で不死身の殺人鬼を演っていた安藤政信に似ていたりする。彼が白い大きめのスウェット(フリースだったかもしれん)をざっくり着込んでゆらゆらと近付いて来るのを認めて,つい身構える。深作監督のせいで今思いっきり疑心暗鬼モード。しかも出口に向かって車が走りすぎるばかりで,助けを求めて来てくれそうな人影も見えない。頭の奥で「よしとけよしとけ」とエマージェンシーコールが鳴っていたが,仕方がないのでおそるおそるウインドウを下げる。

「何か?」
「すいません,バッテリーがあがっちゃったんでちょっと手伝ってもらえませんか」

顎だけで会釈するあんちゃんは一応恐縮しているようだった。僕の車から右に2台向こうの年代物っぽいステーションワゴンの助手席から同じく金髪のおねえちゃんが,こちらに向かってこっくり頭を下げた。車を降りた途端に,物陰からわらわらとチーマーたちが現れるというシナリオはなさそうである(おそらく)。ひとまず緊張モード解除。

「えーと,プラグ持ってますか?」
「あ,それはちゃんとあるんで」

駐車スペース前の通路が狭い(壁際だった)のとワゴンの右隣1台ぶんだけしか空いてなかった上に,ワゴン車故にバッテリープラグは車の中程から伸ばさざるを得なかったので少しだけ難儀したが,それでもワゴンの車体を移動させたり20分ほど格闘して,どうにかウチの車のボンネットをワゴン車脇に寄せる事に成功,無事にエンジンがかかる(くだんのワゴンが普通の車より爆音気味だったのはやはり彼らの若さ故か・笑)。
ボンネットを閉めた僕に,ヒョウ柄のコートを羽織ったおねえちゃんがジョージアの缶コーヒーを差し出して「どうもお世話になりました」と頭を下げた。施設内の自販機までひとっ走りして買いに行ってくれたらしい。また,一労働して軽く汗をかいたのまで見越したか手渡してくれた缶は冷たくて却って火照った掌に心地良かった。

「そいじゃ,気をつけて」

別れしなに声をかけたら,ふたり共にっこり笑って頭を下げてよこした。
彼らは安藤政信ではなく,山本(メロリンキュー)太郎サイドの若者なのだった。
って映画観てなかったら何の事か分からないだろっ(という訳で気になったひとは,さあ映画館へ直行だ)。
いや,疑って悪かった。心から反省してます。

缶コーヒーは悠都の相手にくたびれて,はしゃぐ息子を置いたままうたたねしていた奥さんにあげた。
夜が更けても疲れを知らない悠都の方が或る意味,安藤政信よかうんと手強い。

今日観た映画「バトル・ロワイアル(2000・日)」



 125.僕とジャン=リュックと福岡で

2000/12/23(Sa)

家を出たのは10時過ぎだったが,11時半には福岡市総合図書館着。
都合6時間程度の駐車になるが(通常此処の駐車許可時間は最大2時間),スタッフはあっさり駐車許可証を渡してくれたので,駐車代はロハで済んだ。呆れた事に,いつもなら閑散としているあのシネラの前には既に長い列が出来始めていた。客層は笑っちゃうほど広い。ゴダールの映画は観る者を選ぶが,世の中にはこうも「自分が選ばれていない」ことに無自覚なお客が多いのか(そりゃオレだって)。いくら何でも立ち見はないが,おそらく日本でいちばん安い「映画史」のチケット(1800円)を購入後,「マルキーズ」にてパスタランチ(英ちゃんからは「早良区の弁当屋でひれかつ弁当を揚げてもらうのに手間取っている」と彼らしい電話をもらった)。駐車場代が浮いたので+250円のティラミスもオプションでつけて950円。

会場は開場と共にどんどん客が集まって,結局弁当を食べそびれ,おまけに雨にまで降られた英ちゃんが入ってきた頃はほぼ満員になっていた。ゴダール,おそるべし。こんなことは僕のシネラ歴の中では何年か前の「新春・小津安二郎特集」以来の快挙じゃないか。決してPFFの荒木さんには見せたくない光景である。

そして13時,青山真治による特別講演「ゴダールと私(タイトルは捏造)」
新作映画の撮影の合間を縫って来福したという青山さんは昔アメフトでもやってたんかいというくらいがっちりとした体躯にスウェードのスーツを着込み,肩甲骨の下まで伸ばした髪をさらりさらりと掻き分け乍ら登場(髪型だけなら山下達郎系と云い換える事も可能)。何だか(よりによって)古代アステカの戦士を思わせる容貌魁偉なひとであった。

・此処の施設に来たのは2度目だが,東京にだってこれくらい設備の整った場所はなかなかない。
 いつか自分の作品のロケ地にしたいと狙っている。
・「僕と福岡とゴダール」の関係は非常に深い。
 1983年,友人に誘われて今は亡き西陣バレスにリバイバルでかかっていた「気狂いピエロ(1965)」「彼女について私が知っている二,三の事柄(1966)」の2本立てを観て映画監督になる決意をした。
 あの時の映画体験がなければ,今の自分はない。

といったあたりをマクラに,青山さんはそれから1時間みっちりゴダールと「映画史」について大いに,そして熱く語った。
ヌーヴェルヴァーグについて触れた3B「新たな波」の少女が何気なく返事をするシーンで号泣したのを始め,青山さんの話が本当なら彼は3A,3Bあたりで幾度も声をあげて泣いたらしい(勿論,彼ほど感受性が強くないというかゴダール度が白痴に近い僕は映画を追うのに手いっぱいでした)。

14時をちょっと出た処で「映画史(1988-98)」上映。
こないだ「新しい神様(1999)」を観た時もそうだったが,此処のビデオプロジェクター上映は,設備的にも技術的にも国内的には最高峰で,ほぼゴダールのオーダー通りらしいが,なるほど絵が鮮明で美しい。音もクリアで美しい(青山さんがわざわざ此処に来た目的の一つは或いはこれか)。でも,鮮明なゴダールが決して平易なゴダールではないのは断るまでもない(あたりまえだ)。しかも,あの「ゴダールのリア王」タイプのばりばりのテキスト引用モンタージュ天国映画。これで客席がスカスカなら足も伸ばせるが,今日はぎゅうぎゅうで「お詰め合わせください」的に混んでいたりする。そして追い討ちをかけるような上映時間…。

うわわわわ,タイプがカチャカチャ鳴ってるよう。うるさいよう。
ヴォイスのエコーがくどいよう。うるさいよう。
ピアノもじゃんじゃん鳴ってるよう。うるさいよう。
…これじゃ,おちおち寝る事も出来ない(これこれ)。

或る意味,常人を寄せ付けぬ映画的ムヅかしさに於いて,ウォーホルと双璧をなしているかも。
かくて僕くらい映画鑑賞が日常化している人間でも,ゴダールの「映画史」を観に行くのは立派なイヴェントなのだった。

16時半の休憩時に,ロビーで佇んで呪術師のようにぷかりぷかりと煙草をふかす青山監督を発見。
やはり講演だけではなく,きちんと本篇も鑑賞しているらしい。
誰かが「EUREKA」のチラシにサインを貰っていたけれど,今日はそういうモードじゃないしと今回は遠慮しとく。
元よりご当地北九州ロケも多い青山さんの事,これが千載一遇のチャンスという訳でもあるまい。

映画が終わったのが19時前。
1300円の「映画史」テクストを買って,イヴは仕事だと云う英ちゃんと別れる。



そうそう,英ちゃんが別れ際に小谷(おだに)美沙子の3rdアルバム「うた き」のMDをくれた。
ありがとう。でも,何故3rdアルバム?(こないだ4th「宇宙のママ」が出たばかりなのに…て,もらっといてあんた)
備忘のために(だってインデックス白紙なんだもん),以下に収録曲を記しておく。

小谷美紗子「うた き」 MVCH-29030 1999/03/25リリース

01.真(君の未来に捧げるうた) -Album Version-
02.こんな風にして終わるもの
03.わたしを返して -Album Version-
04.火の川
05.オオカミ
06.明日からではなく
07.母の日
08.左手
09.雲のように
10.生けどりの花

今日観た映画「映画史(1988-98・仏)」


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