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122.死なう団事件
2000/12/17(Su)
朝のうちに,保阪正康「死なう団事件 軍国主義下のカルト教団」(角川文庫)読了。これも一週間くらいかかって読んだ。
これは元々昭和47年に「軍国主義下の狂信と弾圧」というサブタイトルで出たものを,更に平成2年に講談社文庫から「追いつめられた信徒」という名で刊行されたものの再文庫化である。中身を読んでもらえば分かるが,少なくとも帯の「オウム真理教の”原型”となった日蓮会とは?」という角川側の惹句は偽りありだと思うぞ。オウムと死なう団は大雑把には「社会的に追い詰められた宗教団体」くらいしか共通項がない。
カルトという語義にしたって,死なう団こと日蓮会の教義は少なくとも宗教社会学上の「伝統宗教の枠を越える祭祀、異教的教義、心霊運動など」に当てはまりません。むしろ此処は強固なまでの(というか融通の利かない)日蓮原理主義だったりする。とは云え,最終的に自決行動に出るとか,江川桜堂(忠治)というひとりのカリスマに因って立っていたとか,所謂「世間的に」流布するカルトなのは間違いないんだけど,でもそういう意味では実は日蓮も当時はカルトの立場にあったとだって云えるかもしれない(あ,こりゃ問題発言)。
此処で云う「死なう」は不惜身命の意(昔,貴乃花の横綱昇進の口上にあったアレですよ)。
で,日蓮に云わせると「不惜身命」は法のためには死ぬ,命を捧げる,という事。つまり我が命を法華経に捧げるからには,その修行は他の邪教のそれと比べて全然尊い訳で,だから(逆説的に)みだりに修行で命を落としてはならぬという事らしいが,貧困と圧政に閉塞した時代に宗教に縋ってきた市井の人々にはビビットに「死なう!」というフレーズが彼らの胸を刺してしまった次第。保阪は,盟主・桜堂自身が病弱だった事(何しろ虚弱のために兵役すら免除になる)もあって不惜身命が容易に無常観に結びついたと読み解くが成程そうかもしれない。そういう意味では麻原も障碍に苦しんでいたというファクターは無視出来ないですね。教祖たるもの,己が劣等を発条にして興せよ,ドグマ。
我が祖国の為に、死なう!
我が主義の為に、死なう!
我が宗教の為に、死なう!
我が盟主の為に、死なう!
我が同志の為に、死なう!
桜堂に云わせれば「内に臨めば祈誓の絶叫,外に臨めば突撃の言葉」だそうで,実際,会員たちもこの「死なう」が持つ刹那的でヒロイックな響きにかなり酔い痴れたようだ。辛い時,追い詰められた時,彼らは歌うように夢見るように「死なう,死なう」と叫ぶのだ(そりゃ白い目で見られるわな)。そして,切腹デモに餓死行に盟主の後追いと「死なう」は本来の意味を失い,余計なリリシズムで彼らに厭世させていく訳ですね。
彼らの場合,時代が戦争に突き進もうと坂を転げ落ちていく時だったので,特高と対峙するという側面で俄然,正義を見いだし,遂には時代に敗れて(やはり其処には病気がちだった桜堂の死が大きい)瓦解していくという悲劇的な物語を持つ。皮肉にも彼らが潰えてから,日本自体が「死なう,死なう」と民を煽動していくのはまた別のお話。
満天下の有為なる青年よ、光陰、流水に似て、生涯は夢の如しだ、
徒らに明かし暮して、畳の上で無駄に腐るな!
死なう! 死なう! 死なう!
乱暴に引っくくってしまえば,昨日のミニスカ右翼と何処が違うという話はある。
長らくいじめられっ子でリストカットと服毒未遂を繰り返していた雨宮処凛は民族派を選び,窮乏を極めた昭和初期の若者たちは排他的な宗教を選んだ。甚だ暴論は承知だが,つまりは居場所理論に帰結する。何処かに属して誰かの役に立っている(自己の存在を主張できる,或いは「大きな」誰かに寄生できる)しあわせ。僕には居心地良くいられる「帰るべき」場所がある。でも,帰るべき場所は,出来るだけ素面なうちに選びたいものだ。
お昼過ぎには,懸案であった年賀状のデザインが家族会議の許,どうにか完了する。
僕は,結婚したから,或いは子供が生まれたからと云って,決して「オレにとっては」安易な写真ネタに走らないぞというのが結婚する前からのつまらん拘りであった。結婚の時はどうにか乗り切ったものの,実際,誘惑は多い。普段なかなか会えないあのひとやこのひとに悠都の写真を見せたいという欲求は奥さんならずとも少なからずはあるからだ。で,まあ妥協として賀状の図案に悠都を選び(このへんが奥さん的にも精一杯の譲歩なのである)且つ彼女は余白に自作のプリクラ(無論,息子の近影である)を貼る事にした。
また,去年はイラストの彩色をIllustratorでやったら既成のイラストを使用したと勘違いするひとが増えて面白くなかったので,鉛筆描きに水彩で塗ってスキャナで取り込んだものを使用した(そりゃIllustratorも使いこなせば水彩画調でだって処理出来るが,僕が不勉強なのである)。あと,やっぱ来年は縁無し印刷を目指そう(今年のブツもオレ的には構図の限界を感じました)って事でプリンタの買い替え決定ね → 奥さん。
で,一旦デザインが決まったら今日のうちに殆ど刷り上げてしまう。良い時代に生まれたもんだ。
賀状の実物は来年になったら此処でも公開する予定。
夜は右團治さんにお歳暮で貰った讃岐うどんに餅を入れて力うどんを食す。
やっぱり讃岐うどんはコシが違うね。パスタのアルデンテとも微妙に,いや全く違う類の弾力。歯に逆らうようにして押し返しがあった途端にずぶずぶ食い込んでいく,あの感触がたまらん。讃岐うどんを食べる度に村上春樹が四国でうどんの食べ比べをした話を読み返したくなるのは,やはり彼の筆力による処大なのだろうか。そしてあれを読むと必ず,そのうち一度は高知でうどん屋めぐりをせねばと決意しちゃうんだよな。
今日の読書:保阪正康「死なう団事件 軍国主義下のカルト教団」(角川文庫)
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