備忘の都 2000 −DECEMBER−  ◆

一万人の人々がセザンヌの林檎を憶えているかもしれない。
だが「見知らぬ乗客(1951)」のライターを憶えているのは10億もの観客だ。

ジャン=リュック・ゴダール「4A 宇宙のコントロール」


126.この映画を20世紀最後に観る映画にします127.クリスマスの薪,苺仕立て
128.聖夜の惨劇129.世紀末日記130.ゆく世紀くる世紀

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 126.この映画を20世紀最後に観る映画にします

2000/12/23(Sa)

英ちゃんと別れた後,好事魔映画専門共犯者の野坂医師を自宅マンションまで迎えに行く。
百道から彼女の住む大橋まで所要時間60分(わちゃあ)。天神の大通りをくぐり抜けたのと,クリスマスイヴ前日の土曜日でしかも夕刻というのが効いた。三越・大丸付近のイルミネーションと人だかりに辟易しつつ,あ,奥さんへのプレゼント買いそびれちゃったわとちょっとだけ臍を噛む。こうなったら25日に買おう(ごめんなさいごめんなさい)。
野坂医師とは夕食も約束していたので「渋滞で遅くなるので,何か簡単に食べといて」と一旦は電話を入れたものの,それから15分後には到着してしまう。「ごめん,着いちゃった」と間の悪い電話をして,パンを頬張った直後らしい彼女を困らせた。全く悪いセンパイである(おほほほほ)。

どうにか20時過ぎに博多駅着。
レイトショウまで30分しか時間がなかったので「ふきや」を断念して,バスビル地階の「モスバーガー」へ駆け込む。
えびグラタンもほたてグラタンもとっくに販売終了していたので(泣)カツレツバーガーとアイスココアを胃の腑に流し込み乍ら,今更,野坂医師が腰まであった長い髪を襟足あたりでばっさり切っているのに気付く。だって車の中は暗かったし,気がせいていたんだもん。

「また随分と思い切ったねえ。これから寒くなるのに」
「高校以来こんなに切った事ありませんでしたから。母親に泣かれました」

彼女は最近,隆大介にご執心らしく,彼の勇姿を観に東京の能楽堂へ「鬼と人と」(原作は「平成三十年」のおぼえもめでたき,あの堺屋元経済企画庁長官だ)という芝居まで観に行ったらしい(ま,僕も伊東四朗&小松政夫御大観たさに下北沢に出向くけどさ)。「五条霊戦記」にも二回行ったらしい。という訳でくだんの映画パンフのフルヴァージョンに付録でついていたCD−ROMを貢ぐ約束をする(させられる)。

上映15分前には,どうにかシネリーブル博多駅1へ。
今夜の好事魔泣かせなプログラムは,「グッバイ20世紀(1999・マケドニア)」
サンプル数が皆無に等しい為,映画的ジャッジが不能なマケドニア映画の上にジャンルはSFホラー,加えて「全ての人類にトドメを刺す,皆殺しサンタがやって来る!」という,バーター(抱き合わせ)映画特有のタブロイドな惹句もさる事乍ら,今回,僕らスキモノの食指を動かしたのは,シネリーブル博多駅による以下の告知だった。


【勇者募集】
劇場窓口にて「この映画を20世紀最後に観る映画にする!」と断言してくれた勇気あるお客様は,当日料金1000円!!!!(必ず守って下さい。)


「必ず守って下さい」という云わずもがなの念押しが効いていますね。「守るな」とけしかけているに等しい。
こんな告知を出された日には,それだけで観にいくしかないでしょ,というのが,今朝がた電話した野坂医師への口説き文句。
なのに劇場窓口のスタッフはひとの断言を聞くまでもなく1000円を叩く準備をしているあたりが少し哀しかった。
なので,きちんと野坂医師にも力強く断言させる(バカだ〜バカだ〜)。
客席に集ったあのバカこのバカは僕らを含めて8人。あうう〜,寒さがしんしんと押し寄せて来る。

そう云えば,奥さんはこないだ「ふくおか」でこの告知を読んだ時,僕に訊ねた。

「やっぱりタマシイある映画者なら行かなきゃって感じ?」
「いやいや,オレはタマシイがないから行くんだよ。心あるひとは,んなものに行かないよ」
「(笑)」

などとうそぶいたオレが悪かった。タマシイを持たぬ者にはそれ相応の因果が巡る。
僕は「勇者募集」というのを,東京公開当初から東京の小屋でも行われたものと思っていた(この映画自体は11月にビデオ化している)。東京公開が半年前として(でも,クリスマス映画なんだよなァ),500円値引きと引き換えにこんな映画を観る為に駆けつける輩が半年間も映画に行かないというのは,確かに勇者だと思う。3ヶ月でも2ヶ月でもそう思う。しかし,福岡公開初日は今日なので,今世紀ったって一週間そこそこ堪えれば済む話だ。勇者などと持ち上げる程の事でもない。そりゃ確かにクリスマスシーズンの週末の夜に観る映画として適切かと問われりゃ「わたしらモノ好きですから」と居直って虚勢を張るしかないのだが。

で,映画が始まって5分とたたずに,僕らは「勇者」が持たねばならない本当の勇気に気付かされる。
つまり,どんなに不味いものを食べさせられても口直しをしない勇気。仮に腐ったものを食べてもうがいを我慢する勇気。
…って,そんなのが勇気か(笑)?
所詮はB級ホラーだしィと或る程度腹はくくっていたが,久々の大ハズレ。いやあ,油断しました。
笑えないギャグ満載,場をつなぐ為だけの思わせ振りなだらだらしたショット満載,中途半端なディテール満載,中途半端なお色気満載,中途半端な…て,もういいよ。ネタばれなんて少しも恐れずに書くと(どーせ誰も観やしないし),クズマンが不死の罰を与えられたのは,子供の頃(20年前)サンタを小バカにしただけだったり,不死から解き放たれる(つまり自殺する)には妹と近親相姦しなければいけなかったり,不能で聖画の女性にしか欲情出来ないのに何故か妹とはセックス出来たり,不死の呪いと呪いを解く方法自体は子供の頃のクズマンと別れてすぐにサンタが早速壁に書き記していたり…そもそも20世紀最后の日が1999年12月31日だったり…「ストレンジ・デイ」だって,5年以上前の作品なのに,去年こさえた映画がそれをやるかね。

20年の時空を超えた狂言廻しらしい出張散髪屋兼預言者のゴタクが飽きる程続く。
僕は野坂医師の耳許で囁いた。「ぬるいね,この映画(って,誘ったのはおまえだろ)」。
…ぐふっ,と野坂医師。ひょっとすると上映中,彼女がいちばんウケたのは此処だったかもしれない。

そんな訳で,この映画の世紀末の定義に従うならば,この映画を20世紀最後にする約束は論理的に実現不可能である。だってもうとっくに20世紀終わってるもん。そんな約束は最初から無かったも同じだ。などと声高に抗弁しなくたって,誰も責めやしないんだけどさ。
そう云えば,学生時代,サークルの先輩が僕によく云ったものだ。

「うふふふふふ,約束を守るショッカーだと思ったのかっ」



車をかっ飛ばして帰宅したのは24時過ぎ。ごめんなさい → 奥さん。
佐世保の山口さんから伊木力みかん,犬山の実家から静岡いちご「あきひめ」が送られてきていた。
こうして日々美味しいものに囲まれて暮していけるのは,ひとえにみなさんのおかげです。
遅い夜食をいただいて後,3時近くまで,瀬戸口くんからかつかつで送られてきた同人物件の校正作業。

今日観た映画「グッバイ20世紀(1999・マケドニア)」



 127.クリスマスの薪,苺仕立て

2000/12/24(Su)

朝はさすがに起きるのがつらかったので,お昼前になってようやく妻子と博多方面へ。

アカチャンホンポで悠都のものをあれこれ物色してから(このあたりは奥さんの「育児日記」を読んでくれ)薬院方面は浄水通りへ移動,「16区」に注文してあったビュッシュ・ドゥ・ノエル(世間一般の通り名は「ブッシュ・ド・ノエル」だが,此処では左記のように表記する。三嶋さんのこだわりであろう)を受け取りに行く。
元々この店の駐車スペースは,車10台ぶんしかなく,週末ともなると駐車スペースを求めて熾烈な争奪戦が繰り広げられる。今日に至っては臨時で交通整理のおじさんたち(何処かの警備保障の人ぽかった)が5人程駆り出されていた。すごいわ,たかだか10台ぶんのスペースにおじさんが5人。確かに道幅も車2台がぎりぎり離合出来る程度なのでバックで車庫入れしようものなら一般車の通行を思いっきり妨げる上に,車の出入りが激しいとなればこれもまたやむなしですか。

店内はこれがまた閉店セールのような大混雑。
「16区」の価格帯は総じて高めで,今日明日の主力であるビュッシュ・ドゥ・ノエル(6種類ある)は各4000円する事を考えると,この店の人気度の高さを窺わせる。スタッフもパティシエも総出で客の求めにてきぱきと応対しているがとても収拾がつかない。ムッシュー三嶋自ら注文を取っているのなんて,なかなかお目にかかれないぞ。僕はきょとんとした悠都を抱いたまま,入り口脇のベンチで喧騒を眺めるだけでお腹いっぱいになった。奥さんは隙を見つけて(かどうか知らないが)ムッシュー三嶋に直接オーダーして,予約してあった「ビュッシュ・フレーズ」と,昨日届いたいちごとみかんのお礼にそれぞれダックワーズの詰め合せを購入。

帰りは古賀付近の「ココイチ」で遅めの昼食をとる。
久しく行かないうちにトッピング・メニューが急増していて,僕は点心カレー(餃子と焼売とショウロンポウをトッピング)という無茶なメニューを食べる。この次はマカロニ・グラタンカレー(カレー・ドリア系ではなく,カレーにグラタンをトッピングしてある)かすき焼きカレーを試してみよう。しかし,何かの悪い冗談みたいなメニューが満載だなあ(それでいて,味はそこそこ旨いのである)。



ビュッシュ・フレーズ 夜はこの冬3度目のすき焼き。やっぱり冬は鍋物に限るよね。
奥さんは,此処ですき焼きをやってしまうと,大晦日の献立はどうしたらなどと真剣に悩んでいる。

食後に熱い珈琲と一緒にくだんのビュッシュ・フレーズをいただく。
「糸島の朝摘み苺をムースに仕上げ,やわらかいスポンジに合わせました。ソーストロピカルでどうぞ(※洋酒は,強めです)」との解説通り,ビュッシュ・ドゥ・ノエル,苺仕立て。他の5種類のケーキとの差別化を図るためか,カラーリングが不二家系の毒々しい真ピンク(もしやコチニール虫配合なのだろうか)なのに,ちょっとばかり腰が引けたが,味はさすがの「16区」で,濃厚なんだけど決してくどくなくチープでなく,更に濃厚なトロピカルソースを合わせても決してしつこくなく。美味しいうえにおかわりするにはボリュームがあるので数日は食後のお供に楽しめそうな按配である。但し,トロピカルソースの量はサービスしすぎかもしれない(尤も使い道は幾らもありそうなので,後日,僕のバースデーケーキに使われるかも)。

夜半になって,同人物件の校正作業(あら)。




 128.聖夜の惨劇

2000/12/25(Mo)

朝起きると枕許にサンタさんからの贈り物が置いてあった。
一龍斎貞水・林家正雀口演/山本進編「怪談ばなし傑作選」(立風書房)。随分と渋い上に,季節を選ばないサンタさんである。
それに引き替え,奥さんの枕許にはまだ若干の余裕があったので((C)林家こん平師匠),会社帰りにサティで贈り物を物色する。
て,いうか実はブツだけは決めてあって単に買いそびれただけなので(云い訳がましいなァ)迷わず資生堂のコスメ売り場へ行って「エリクシールのクリア ブライトニング マスクが欲しいんですけど」と一字一句正確に訊ねて(おいおい)即刻案内してもらう。
と,カウンター脇に専用コーナーが出来ているではないか。
奥さんの肌は結構デリケートなので,其処だけが不安だったのだが「余程の敏感肌でない限りは,資生堂商品は全てアレルギーテストで確認していますから」との回答を信用して,このブギーマンのマスクみたいな美溶液シートに即決する。
「贈り物ですね」とお姉さんが腕によりをかけてラッピングしてくれたが,まあ派手で,そんなに高い買い物でもなかったのでちょっと恐縮する。
包装してもらっている間,コスメ売り場にはそぐわないおじさんがふたり程来て,それぞれ大根おろしと枕の売り場を訊ねていった。戸畑は長閑ナリ。

処で,エリクシールと云えば,キョンキョンのCM。
余談だが,田代耕一郎さんが此処でキョンキョンのCM音楽にまつわる裏話を書いている。バンドゥリアなんて名前も知らなかった。



帰宅するとやっさんから「笑点カレンダー」が届いていた。毎年どうもありがとう。

食事の後で,朝,瀬戸口くんから依頼の来ていた冬コミ文庫「まるちぷらいず!」の第8章から最終章,あとがき,解説までの校正チェック。
21日から延々続いた校正対応のやりとりもこれで一段落。
ま,僕は全然たいへんじゃなかったのだが,瀬戸口くんは仕事と会誌製作の両立で映画も満足に観られなかったらしい。イヴの夜もはるさんとCATVの「明治大帝御一代記」をBGVにして会誌製作に明け暮れていたそうだ。まあ,書き手である宮崎くんにしても同夜,せっせと原稿の改訂作業をしていた筈で,こうなるともはやカルマですね。大体,30日に出店する事自体がカルマだもの。

お風呂上がりに早速クリアブライトニングマスクを試した奥さんは猟奇事件の殺人鬼のような顔で「気持ちいい」を連発していたので,サンタさんも満足(したらしい)。そのあと,僕も彼女の勧めでマスクのお下がりを「試着」してみたのだが,これは何と云ったらいいのか,うーん,自宅でエステを受けてるような感じ(いや,実際にエステに行った事はないけど)。マスクのまま悠都を抱き上げたら,さすがに目を剥かれたが(確かに絵ヅラも怖いよね),でもそれくらいじゃウチの子は泣かないんだな。何しろすぐに体勢を整えてけらけら笑い乍ら僕のマスクを剥きにかかったくらいですから。

右團治さんはどうやらイヴから風邪を引いたらしい。
近くにいたらすぐにお見舞いに行くんだけどなあ。
独り暮らしってのは病気の時がいちばんこたえるんだよね(経験者談)。




 129.世紀末日記

2000/12/26(Tu)〜12/30(Sa)

12月26日(火)

本当の今世紀最后の映画はレイトショウで「ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説」
出来はともかく(まあ,こんなもんでしょ。ミュージカルシーンは「ちんちろまい」よりもこなれてたが,これは大森さんと云うよりご当地のダンスマスターの功績かも。あ,ニラ&バラか)音響がヘン。具体的には,劇伴(BGM)と効果音(SE)はステレオ録音なのに,肝腎の科白がモノラル録音な為,下手をするとBGMに掻き消されて登場人物の会話が聴き取れない。或いは非常にキモチが悪い。映画が終わった後でスタッフのお姉さんに訊ねた処,この劇場特有の問題ではなく,マスターテープ自体がそういう状態になっているらしいんですとの回答。云われてみればネットニュースの「ナトゥ」の感想に音響が悪くてひどい目に遭ったというのがあった気がする。

そういうことであればやむをえないが,出来れば窓口で告知してもらえないものか。何だかAMCらしくもない。



12月27日(水)

一ヶ月ほどかけて三谷幸喜「合い言葉は勇気」(角川書店)読了。て,幾ら何でも時間かかり過ぎだろ。
しかも本の3分の2は通勤の行き帰りで信号の待ち時間に読んでた気がする(よい子はマネをしてはいけません)。
それにしても佳く出来たホンだと改めて感嘆する。野坂医師は大絶賛していたが,何故数字に繋がらなかったんだろ。
実際,番組放映時には興味を示さなかった奥さんもこの本は「くやしいけど面白い」と云い乍ら読み進めていたし。

あ,2月末に完全版(おそらく放映時未公開カット追加版)のビデオが出るそうです。DVDが出たら…ねえ,奥さん(猫撫で声)。



12月28日(木)

会社帰りにベスト電器で「ジュブナイル(2000・日)」のDVDを買って帰る。
これで世紀末世紀始の夜長は何にも不自由しないぞ。

夜,長妹とちょっと電話で話す。

「誕生日,何が欲しい?」
「うーん…アイが欲しい」
「ふうん(ガチャ)」

あー,ごめんなさいごめんなさい。アイじゃないのがいいです。何かモノください,モノ。
やっさんとも,今年最后の打ち合わせ。あと,会社からトラブルの電話…何てあわただしい。



12月29日(金)

仕事の方はようやく御用納め(でも今朝は昨夜のトラブル報告の為,K桐さんと共に7時半出社・涙)。
Y2K対応であくせくした,去年の年末年始がこないだの事のようである。
納会は今年からアルコールを廃止するという事で皆に「ミスド」のドーナツとジュースが配られる。
僕はポケモンコインが欲しくて(いや,全くたいしたもんじゃない)ポケモン・ジュースを貰ったが,こうなると殆ど地域の子供会である。

帰ってからオートバックスに出向いてタイヤとオイルとエレメントとバッテリーとワイパーを交換する。
2時間程待たされたものの,車関係の年越し準備はこれでおしまい。家の大掃除は来世紀廻しだ。



12月30日(土)

年末年始だけ一時外出する親父を病院へ迎えに行く為,福岡へ。
まだ車椅子が必要な親父の為,この正月はフンパツして家族揃ってホテル・グランドハイアットに宿泊の予定。…であった。
処が車中,長妹から「苅田の伯父さんが倒れた」との電話。
今朝がた,救急車で小倉の記念病院に運び込まれたとのこと。親父同様,脳関係らしい。意識はなくそのままICUへ。
秋に親父に悠都を見せに病院に連れてった際,親父を見舞いに来てくれた伯父さんに会ったのが最后である。元々心臓の弱いひとで,その時も「この週末から入院してカテーテルを入れるんだよ」とは云っていたが,ちゃんと退院してその後も元気だと聞いていたのに。
心臓が3回止まったとか,もう大変な騒ぎだったので,グランド・ハイアットに電話をかけて相談すると「そういう事でしたらキャンセル料はいただきません」との温かい対応。本来ならこの時期,80〜100%のキャンセル料金である。きっとフロントには高嶋政伸が控えているに相違ない。親父とも相談して,伯父さんの容態は一旦持ち直したものの,コトがコトだけに残念だが今回はキャンセルして各々自宅待機という事にする。とりわけ妹たちの落胆振りは大きかったが(何しろ滅多にないゼイタクをする予定だったので),ま,いずれリベンジをするという事で。

さすがは世紀末。最后まで油断ならない。

このあいだ観た映画:「ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説(2000・日)」
このあいだの読書:三谷幸喜「合い言葉は勇気」(角川書店)



 130.ゆく世紀くる世紀

2000/12/31(Su)

苅田の伯父さんは意識は戻らないものの,血圧だけはどうにか持ち直しとりあえずの危機は脱したとのこと。
ホテルはおじゃんになったが,閑かな年末年始もまたよし(ハハは親父の我儘に悩まされる4日間になったが)。
昼間のうちに食糧を含めた簡単な買い出しに行く。「黒崎QUEST」で奥さんをパトロンに,鷺沢萠「ナグネ・旅の途中 〜場所とモノと人のエッセイ集」(角川書店)坂井宏行「ボクは料理長、ときどき鉄人 〜ムッシュ坂井の半生記フルコース」(講談社)オリヴァー・サックス/春日井晶子・大庭紀雄訳「サックス博士の片頭痛大全」(ハヤカワ文庫)北村薫「スキップ」(新潮文庫)を購入。
これで年末年始の積ん読体制読書体制は万全だ。

夜は紅白と民放のバラエティをちゃんぽんに観つつ,キムチ鍋に舌鼓を打つ。
ピンクレディのメドレー(「ペッパー警部」「UFO」「サウスポー」)とアリスのミレニアムスペシャル(「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」「チャンピオン」)をしっかり観届けてから,寒いし悠都が風邪ひくとイヤだしとにわかに渋る奥さんを説き伏せ,着替えの段になると命を賭して抵抗する悠都をどうにか着ぶくれにしてから,近くの教念寺へ向かうべく,どうにか今世紀のうちに家を出る。

僕は保育園時代からの幼馴染と中学時代の恩師がそれぞれお寺の住職であるにも拘らず,また(未だに)何度も誘われてい乍ら,この齢になるまで除夜の鐘をついた事が無い。ウチの親父が我が家の恒例行事として宇佐神宮への二年詣でを子供たちに義務付けていたのがその主たる理由だが,こちらに越してきて仕事の関係上,晦日に実家に帰れない年は部屋でTVを観て漫然と年越ししていたので,鐘つきにはとんと縁が無かった。

駐車場からすっかり人気の絶えた通りに出ると雲間から一等星がふたつ。空気の冷たさに冴え冴えと瞬く星に,低く鳴り響く除夜の鐘。
少し歩くと寒いのも全然気にならない。肝腎の悠都も僕の腕の中できょろきょろしている。
銭湯の脇をくぐり抜けると2分も歩かずに除夜の鐘がひときわ大きくなる。振り向くと境内に花火の噴水が上がっている。
浄土真宗本願寺派,教念寺。門から狭目の境内に続く飛び石には両脇に連なる大きな百匁蝋燭の火があかあかと足許を照らしていて,大つごもりの幽玄さを醸し出している。百匁蝋燭の燈明にふとやっさんの「死神」の一席を思い出す。境内脇ではお寺のひとが花火の仕掛けを片付けている処だった。奥さんがPHSの時刻を見ると零時を3分程廻っていた。どうやらカウントダウンと花火で新年を祝ったばかりの処だったらしい。

鐘撞堂の前には既に結構な列が出来ており,遅れ馳せ乍ら僕らも最後尾に並ぶ。その脇を,蜜柑を貰った子供たちが帰っていく。
僕らの後ろについた中年の夫婦が「処でこのお寺,何宗なの」と囁きあっていた。ま,日本の信仰なんてこんなもんですよ。僕らも列に並んでいてカレンダーを貰ってから此処が浄土真宗のお寺だと知ったくらいだ。
僕らの後にも続々と厄払いの列は増え続け,とうとう一家族でおいでになっている方は家族単位で鐘をついてくださいとアナウンスが出る。僕はてっきり百八つと云い乍らその実,志願の数だけ二百でも三百でも鐘をつかせているんだろうくらいに高を括っていたら,本当に百八つ鳴らした処で鐘撞を終えるとの事。果たして自分たちまで順番が廻ってくるのか少し不安になる。

そうこうし乍ら,僕ら家族は七〇番目に鐘撞堂へ上がった。奥さんが悠都を抱き直して,一応手だけ添えてもらって,せえので鐘をつく。
伯父さんと親父の全快を祈りつつ,一撞入魂。耳許で大きな鐘の音が響いたにも拘らず,悠都は全く動じなかった。
いつか寂光院で除夜の鐘をつきたいねなどと話し乍ら帰途につく。



家を出たのは二〇世紀だったが,帰ったのは二十一世紀になってから。その間,わずか40分ばかしである。
TVではサザンが年越しライヴの真っ最中だった。桑田さんが客席に「乳首見せろ」と繰り返し喚いている。

風呂を沸かす間に,奥さんに誕生日を祝ってもらう。彼女渾身の苺タルトはこれまでで最高の出来。世辞抜きで美味しくいただく。
誕生日プレゼントで佐藤忠男「韓国映画の精神 林権澤監督とその時代」(岩波書店)を貰う。
林権澤(イム・ヴォンテク)の評伝らしい。うーむ,何から読めばいいものやら。



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