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140.新宿酒寮「大小原」
2001/2/10(Sa)
「追いつ!追われつ!!」がハネた後、明日は明日とて霧ヶ峰へ出かけるE崎さん夫妻@強行軍とお別れして、下北沢からひとり新宿へ移動。
下北沢のホームで家に電話して悠都のぐずる声に、一瞬だけ素面に返る(わははははのは…)。ええ、何もかも奥さんのおかげです。
21時半には、と思っていたが、何のかのと新宿駅に着いたのがもはや21時40分くらい。
浅草演芸ホールの楽屋でやっさんが書いてくれた地図を頼りに、新宿駅東口から、アルタ横の住友銀行と富士銀行を挟んだ、比較的細めの路地に入って、地図にある通り、四つ角でエロ本屋とラーメン屋がある事を確認してから、程無く雑居ビルの5Fに「大小原」の名前を見つける。
文治師匠もよく顔を出すという新宿酒寮「大小原」は居心地の良さそうな居酒屋だった。
天井に処狭しと飾られた無数の色紙は、中洲の屋台にびっしり敷き詰められた沢山の名刺を思わせる。
やっさんも此処へは久し振りらしく(こないだお友達と来た時の…、と大将がやっさんに差し出したのがとんくんとツカザキくんの写真で、とんくんが此処に来たのは8月の筈だから、半年振りくらいなんじゃないか)、先に座敷で突出しの厚揚げに箸をつけ乍ら、店の大将「大ちゃん」と話し込んでいた。
やっさんの座っている壁際には文治師匠が描く干支の色紙が12枚並んでいる。どうやら大ちゃんご自慢の品のようだ。これは確かに自慢していい。やっさんの院内の実家に飾ってあるぶんだって、まだ何枚か足りなかった筈だ(ちなみに我が家も最初にお会いした時にお近付きのしるしにってんで「牛」の絵だけ戴く事が出来た)。
席につくと同時に突き出しが出て来る。厚揚げと大根の煮付け。
「何でも好きなもの頼んでよ」とやっさん。
「それじゃ、この厚揚げを」
「これは客へのサービスなんだよ、それじゃ商売にならないよ(笑)」
「いや、だって旨いから」
などと云ってる傍から、小鉢ではなく、大き目の器に厚揚げが出てきた。
ああ、ありがとうございますう。
とにかく、大ちゃんは気配りのひとで、御自身が文治師匠とその一門をこよなく愛す一ファンで(何しろ、師匠や右團治さんの新聞記事の切り抜きや披露口上なんかを丁寧にスクラップしてあるくらいだ)、そして根っからの話好きなひとであった。次から次へと話が出て来る。久し振りに訪ねてくれたやっさんが嬉しかったのかもしれない。
とりあえず、寄せ鍋(ポン酢不要のゆずで味付けた薄味系)と、男爵コロッケ、揚げギョウザ、焼きうどんなどを頼んで(ああ、居酒屋だなあ)、色んな話をする。
11時を過ぎてから、王子まで踊りの稽古に行っていた右團治さんが到着。まずは駆けつけのビア・ジョッキ。
右團治さん、僕のためにわざわざ新宿まで出てもらって申し訳ない。
でも、考えてみれば、「右團治画報」を立ち上げてから、右團治さんと直接逢うのはこれが初めてだったりする。
最后に逢ったのは、一昨年の秋に宇佐でやっさんが真打披露興行をした時だから、15ヶ月振りである(電話だって2、3回くらいしかしてないし)。でも久々に逢うという気が全然しないのがメールというメディアの威力で、そりゃネット婚が成立する訳だなどと改めて感心したり。という訳で、「右團治画報」記念すべき第一回オフミでもあったのだな。個人的な裏テーマだけど。
という訳で、右團治さんに本日の釣果(と書いては文治師匠に失礼になるかしら)である、師匠直筆「右團治画報」の色紙を見せる(あ、ついでに「娯楽のタマシイ」の方も)。「右團治画報」の書き損じ「右團報」も披露して、「折角だからこれもサイトで紹介するつもりです」てな話をする。
「唯一の心残りが落款を戴けなかった事なんですよね」
「あー、師匠、お持ちじゃありませんでしたか」
「だから、次回お会いした時に落款を押していただいて画竜点睛となす、と行ければ」
「じゃ、あたしが貰っといて、後ほど郵送しますよ」
「ホントですか、じゃお願いします」
という事で、色紙は暫し右團治さんの許へ。
それからひとくさり大ちゃんのアンブレイカブルな逸話や、ボランティアの話を聞いた後、最終の時間が迫っていたので、申し訳ありませんがと記念写真を撮ってお開きにする。別れ際に大ちゃんがお店で特注した焼酎「大小原」をお土産にと持たせてくださる。ラベルの文字が文治師匠直筆・銘入りなのがご自慢らしかったので、負けじと「右團治画報」の色紙を取り出す(こんな処で張り合ってどうする)。
やっさんには店の勘定を持ってもらい(「東京に来た時くらい」)、右團治さんには
一足早いチョコをもらい(しかも、やっさんや大ちゃんより大きかった。抗議するやっさんに「東京に来た時くらい」と右團治さん・笑)、僕を取り巻く森羅万象に感謝しつつ(おいおい)「大小原」を出る。
新宿駅で、やっさんと右團治さんと別れ(もっと沢山話がしたかったのにィ)、構内を迷走しつつ、どうにか大江戸線のチケット売り場に行き当たった時には、残りの電車は最終24時26分を残すだけとなっていた。間一髪である。ホームから瀬戸口くんと奥さんに電話して最終電車に。
大江戸線赤羽橋駅着が24時40分。僕が出口から離れた途端にシャッターががらがら降りていく。
深夜に聳え立つ東京タワーの胸元あたりにはイタリア国旗を模した2001の電光文字が。
嗚呼、そう云えば今年は日本におけるイタリア年でしたね。
迎えに来てくれた瀬戸口くんと一路、芝公園方面の瀬戸口邸へ。て、ものの5分で到着。
どうしてというくらい広いワンルームマンションに驚愕し乍らも、お尻があたたまる間も無く、近くの「すかいらーく」へ。
お向かいにある、ライトアップされて威容を誇っているのは慶応大学正門ではないか。
瀬戸口くんの遅い夕食(断じて夜食ではない)に付き合って、春巻風の焼き大福をオーダーする。うーむ、夜中にこんなカロリーの高いもの食って…。瀬戸口くんはうにソースのスパゲティとオニオングラタン・スープを食べた後(ふたり共、ドリンクバーを大いに活用)、コンビニで更にドリアなどを買い込む。結婚する前の昔の自分を見ているようである。でも、彼自身は以前に比べてぐっと痩せたのよね。通勤時間の短縮、それに伴うストレス解消など一応想定される原因は挙げているものの、やっぱり不思議。ぷー。
瀬戸口邸に帰宅後、はるさんちに電話して、はるさんや英ちゃんと色々話す。
本来、メインの議題である夏コミ会誌の相談は殆どしないままに、とうとう倒れたのが朝の4時半。ぐう…。
それでも、朝はやってくる。
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