備忘の都 2001 −MARCH−  ◆

あなたにとって私とは何だったのか。
私にとってあなたはすべてであったけれど。
だが、それも、答えは必要としない。

沢木耕太郎「檀」より


156.シークレット・パーティーと看板物件157.女子中学生ハザード
158.花崗(みかげ)159.いかようかん発注顛末160.檀

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 156.シークレット・パーティーと看板物件

2001/3/5(Mo)

今日は、K川さんの42回目の誕生日。
随分前からK川さんに今日が誕生日である事を強く主張されていたので、先週の金曜に有志8人を募って、バースデーケーキでK川さんを祝う算段を固めておいたのであった。金曜のうちに、N澤と共に戸畑駅近くにあるかつて神足裕司も「ボン・ピクチャー(写真ケーキ)」を取材に来た「ミロ洋菓子店」へ赴き、15cmのバースデーケーキを注文してあったので、今日のお昼前にN澤がこっそりと(何しろ彼はK川さんの隣の席である)ブツを取りに行き、昼食後に、皆でわらわらと参集してK川さんを驚かす。

K川さんが恥ずかしがるので、歌は無し、蝋燭の炎(太いの4本、細いの2本)を吹き消した後も、音を立てないように指先だけで「そおっと」拍手する(何だか、ドリフの酉の市のコントみたいである)。何はともあれ「Yすけくん、おたんじょうびおめでとう」と書かれたクッキーを大切そうに自宅へ持ち帰る位には喜んでもらえて良かった。たまにはこんなイヴェントもいい。



右團治さんから、待ちに待った文治師匠直筆「看板物件」が送られて来る。
手透きの半紙に書かれた「右團治画報」「娯楽のタマシイ」。勿論、文治師匠の落款入りだ。
どちらも結構大きいのでスキャニングから加工から色々考えなければ。ちょっと時間ください → 右團治さん。
こないだ上京した時に書いていただいた色紙だが「娯楽のタマシイ」については、師匠が「もうこれは要らないだろ」とお持ち帰りになったそうだ(涙)。結局、幻の看板物件となる。写真に残しておいて良かったよ(この写真はいずれ、看板を新設したあかつきに拵える予定の解説ページで公開するつもり)。一方「右團治画報」の色紙は右團治さんが持っているそうなので、これは送っていただく事に。




 157.女子中学生ハザード

2001/3/17(Sa)

今日は、青山真治「EUREKA(ユリイカ)(2000・日)」の福岡初日。
上映時間が3時間40分だわ(1日3回しか上映出来ないから回転率が悪い)、前売2000円当日2500円(当初は前売が2500円になる筈だったらしい。長時間上映を演劇と同等に見立てての無茶らしいが、1本あたりの映画料金としてはおそらく前代未聞である)だわ、幾らカンヌで「国際批評家連盟賞」と「エキュメニック賞」を受賞したとは云え、かなり映画館泣かせのプログラムの筈で、だからなのか、シネリーブル博多駅の初日イヴェントもかなり力の入ったものとなった。
まず、初日3回上映のうちの2回にイヴェントがつき、そのうえ、それぞれに別立てのプログラムが組まれた(1回目上映終了後:撮影監督田村正毅 vs 評論家北小路隆志のトークライブ、2回目上映前、シークレットゲスト【九州出身の出演者】の舞台挨拶。因みに僕は昨日、武闘派T中さんに光石研松重豊ではなかろうかと予測した)。青山監督は来ないものの(とは云え、個人的には去年の暮れシネラで監督による「映画史」トークを聞いたから由とする)、まずまず頑張ってると云えるんじゃないか。

初回は10:30からだったのだが、とてもじゃないが朝起きられず(昨夜、夜の3時前に会社から電話を貰ってすっかり目が冴えてしまったのよねん)、先にキャナルシティで、おばかなトレーディングカードも貰って(決して喜んで書いている)「ギャラクシー・クエスト(2000・米)」を十二分に堪能してから(ココロある映画ファンなら必見でしょう)博多駅に移動する。

大事を取って40分前には映画館入りしたのに既に長蛇の列。
僕はもう数知れず此処の初日に顔を出しているがこんなのは珍しい。しかもくどいようだが3時間40分あるのだ。
しかも先頭を含め、妙に若い女の子が多い。若いったって中学生くらいの娘たち。あきらかに異様な客層と云える。
これはそんな映画じゃないだろう。役所広司がいつから女子中学生のアイドルになったのだ。
少なくとも云える事は、これがこの回特有の客層であると予想出来る事。皆、シークレットゲスト目当てに集まった筈だ。
それじゃ、光石研松重豊ではないよなァ。松重さんは女性ファンは多そうだが、幾ら何でも中学生というのは違うだろう。
他の出演者で福岡出身と云えば、中村有志でんでんだが、まさかね。
あ、中学生のアイドルになりそうなのがひとりいたわ。「うたいびとはね」の片割れ、本多哲郎
え…そうなのかな、こちとらすっかり光石研の線で期待してたんだけど。あと、女子中学生にモラルを期待していいのか。

1回目のゲスト、撮影監督の田村正毅さんが花束抱えて通り過ぎても皆知らんぷりで(確かに中学生にはただのおじいさんだろうなァ)気もそぞろなまま2回目の客入れが始まる。大体此処は定員80名なのだが、両脇にパイプ椅子が並べられる程の大盛況。悪い映画だとは思っていないが(思ってたら来とらんわ)それにしても何か間違ってる気が…成程、3回上映される中でいちばん来やすい時間帯ではあるのだが。

で、シークレットゲストはやはり「うたいびとはね」の片割れであった。
本多クンが出てきた途端、客席最前列2列目の殆どを埋め尽くした娘らの嬌声に鼓膜が破れそうになる。まあ、それはいい。

「ホンモノよ」「こんな近くで初めて見た」「恰好いい」…まあ、微笑ましいと云って云えなくもない。

本多クンは「うたいびと はね」としてデビューする2ヶ月前にオーディションで選ばれた素人としてこの撮影に臨んだらしく、デビュー準備と重なって滅法忙しかったんだそうだ。劇中の兄貴ぶんでもある光石さんとはプライベートでも付き合いが続いていて、夜中にギターを教えろと電話で召喚かけられて、家に行ったら大皿料理で出迎えられたエピソードなどを披露してくれた。「プライベートでも尻蹴られていますし」

ただ、上映中に本多クンの出番が終わったと判断して、最前列に居乍ら、映画館を出て行くのはどうよ?
あと、隣に座ってたキミ、映画の途中で何度も携帯メールを確認せんでくれ。液晶ディスプレイが眩しかったぞ。
それから、最前列のあんた、エンドロールの時に本多哲郎の処でフラッシュ焚くのやめれ。どうせ真っ白けだぞ。

非常におぢさんは胸糞が悪かったよ。

あ、それからこれは女の子じゃないけど、列並んでる時、前のおじさんがずっと糸楊枝と爪楊枝を交互に用いて歯の掃除してたのが辛かった。
一応、手のひらで庇いつつやってはいるんだけど、後ろにいる僕からは丸見えなのね。
幾ら目線そらしても油断してるとすぐ視界の端に入ってくるし、客入りが始まるまでの40分間ずーっと歯糞取り続けるし。
あれって、新手の嫌がらせかもしれない。


今日観た映画:「ギャラクシー・クエスト(2000・米)」「EUREKA(ユリイカ)(2000・日)」



 158.花崗(みかげ)

2001/3/18(Su)

今日はお掃除の日。
悠都が電話機に手が届くようになって、親の目を盗んで受話器を外したり、とめどなく#(シャープ)を押したりするので、こないだニトリで買って来たまま放置してあった電話台兼用キャビネの組み立て・設置と、それに伴う周辺の整理(キャビネの組み立ては、僕が電話をかけている間に奥さんがやった)。たまりにたまった古新聞とダンボールを束ねて縛ったら、気分的にもだいぶんすっきりした。あと、奥さんの花粉症があるので遠慮していた蒲団干しをしたり(彼女が云うには九州では花粉症のピークは過ぎたとの事。それでも朝夕、彼女は天空に呪詛の言葉を投げかけているが)となかなか日曜っぽい。いい天気だし。

昼下りになって、キャビネ周りの掃除がひととおり済んだので、給油がてら高須方面にドライヴ。
それまでベビーサークルに隔離されふてていた悠都が抱き上げて外に出た途端、呆れる位のハイテンションではしゃぎ出す。昨日も雨で一日中家だったし、よほどフラストレーションが溜まっていたらしい。しかも車が走り出して間もなく爆睡モード。こやつは普段なかなか昼寝をしないくせに、車に乗せると面白いくらい寝てくれる。だからと云って、夜泣きしても決して夜のドライヴには連れてっていないんだけど。クセになるし。
奥さんの買い物待ちの車中、梶尾真治「さすらいエマノン」(徳間デュアル文庫)を読み終えた後(このひとの本はレベルが安定していて、本当、外れを探す方が難しい)、どういう訳だか沢木耕太郎の文章が無性に読みたくなったので、明屋書店に寄ったついでに「檀」(新潮文庫)を購入する。奥さんは奥さんで内田春菊の育児漫画「私たちは繁殖しているイエロー」(角川文庫)に夢中である。内田春菊と云えば、オレ的には三池崇史の新作「ビジターQ(2001・日)」に出て来る母乳ハードコアの印象が鮮烈なのだが(福岡にはいつ来るんだ?)。

夕食の後、先週の「HERO」を観乍ら、とうとう最后になった岡崎・備前屋花崗(みかげ)でお茶にする。
話せば長くなるが、奥さんが参加しているメーリングリストのお仲間に、東海方面では和菓子の老舗として有名な備前屋さんの若旦那(洋菓子部門・ウィステリア担当)がいて、ひょんな事から備前屋銘菓詰め合せを送っていただいた次第。で、これは新作にして若旦那のおにいさん(つまり備前屋八代目)の自信作なのだが、成程、自信作の名に恥じない出来。

スタイルとしては長崎で有名な福砂屋の手作り最中、アレに近いが、福砂屋の最中がこし餡を好きなだけ掬って最中の皮に塗り付けるのに対して、備前屋の最中は小豆きんつばを、御影石に見立てた最中の皮で挟む「組立て」タイプ。餡子を掬うヘラこそ付いていないものの、きんつば自体が簡易ラッピングしてあって、要領よくやれば手を汚さずにすむようになっている。最中の皮もきんつばを挟んだ後、4ピースに分割出来るように溝が入っていて、最中に仕上げてから小分けで食べられるなどなかなか芸が細かい。
口あたりも最中の皮の「あとのせさくさく」感と、きんつばのしっとり感があいまってなかなかいい感じ。
これはまた機会があれば、自力で買い求めたいお菓子ですね。



夜、稲田さんから電話を貰う。
稲田さんと話すのは、稲田さんご自身の結婚の報告以来だから2年振りか。いや、ホント、時間ってあっという間よね。
故あって、4月から東京転勤になるんだそうだ。しかも業界再編のあおりを食らって職種が情報系に変わるとの事。元々日本酒ブレンダーのようなお仕事だったから、そりゃ面食らうだろうなァ。転居先は社宅のある藤沢市。何のことはない、あの湘南である。歩いてすぐの処が江ノ島なんだそうだ。今度、泊まりで遊びに行くことを真剣に検討せねば(おいおい)。

今日の読書:梶尾真治「さすらいエマノン」(徳間デュアル文庫)



 159.いかようかん発注顛末

2001/3/19(Mo)

1月10日(We)

夜、奥さんから、「いか羊羹」なる怪しいお菓子がある事を聞かされる。
いか肉の入った羊羹が思い浮かぶ。生臭ものの入った羊羹なんて。
やはり、ちょっとしょっぱかったりするのだろうか。
かつて長崎で土産にロブスターかまぼこなら買った事があるけど、いか羊羹とは。

1月11日(Th)

サイト検索の結果、いか肉入り羊羹ではなく、いかのかたちをした羊羹である事が判明(正式表記:「いかようかん」)。
北海道は函館にある柳屋という和菓子屋さんの主力商品らしい。
サイトを見てもらえば分かるが、ひといぼひといぼ丹精込めて拵えた、他商品から突出して遊び心満載の作品。
尤も<全国菓子博覧会 厚生大臣賞 受賞>は分かるが、<函館圏優良土産品推奨会 奨励賞 受賞>あたりは有難いんだか何なんだか。
何しろ手作りなので1日限定50パイ生産で、ちなみに1パイが1000円する。
早速、奥さんを含め、友人・知人にサイト紹介をしまくる。

1月某日

バレンタインのチョコも貰わぬうちに、いかようかんを来たるホワイトデーお返し商品に決める。
但し、通販は2ハイからなのと(3バイ詰め合せはある)函館→北九州で宅配送料がバカにならない(ひとりで買うと定価の倍以上になる。これがネット通販のデメリットですね)ので、武闘派T中さんと羊羹同好会@Y田さんをアノ手コノ手で仲間に引き入れる。
おふたりとも身に疾しい処は何ら無いものの、渋々了承してくれる。
昼休みに直接函館に電話して(北海道に電話するのは初めてだ)、羊羹の日持ち度を確認する。大体1週刊程度との事。大丈夫、この買い物は成立する。尤も、発注から配送まで4日程度なので、発注作業は3月まで延期にする。

3月8日(Th)

ホワイトデーである14日までには必着させねばならないので、いよいよ発注。
尤も、配送先が3人宅のいずれかでは、自分たちで手渡しする面白味に欠けるので、独身者で寮住まいであるN澤に発注〜受取を委託する。N澤自身が週末は大分に行かなければならないという事で、12日期日指定でお願いする。料金にはクロネコヤマトの宅急便コレクトサービスも加算される。

3月13日(Tu)

朝、N澤がブツを運んできてくれる。クロネコから今朝受け取ったとの事。
早速、開梱。予想通りの莫迦莫迦しさに一同どよめく。
イカは、釣りたての様な赤茶色。程よいぬめりが何ともイカっぽい。両手(?)を胸の前でクロスしてある処が、まるで「眠れる森の美女」のようだ。目の縁に少しグリーンが入っているあたりが、こわいというか可愛いというか。
サイズ的にも、1000円の定価は妥当な線か。あとは、味だが、これは<全国菓子博覧会 厚生大臣賞 受賞>に一縷の望みを託すしか。
1日早いけど、帰宅後、早速奥さんにイカを渡す。
まずまずの喜び具合(既にブツの存在を知ってたのは大きい)。
折角なので、開封は後日。タイムリミット(賞味期限)は19日である。

3月14日(We)

武闘派T中家では昨夜のうちにさっそくお披露目となったらしい。
T中さんのお子さんたちは、ぬめぬめ、にょろにょろものが大好きだとかで(ナマコ自体は食べられなくても、解体作業時のキッチンは皆んなして大騒ぎするそうだ)、いかようかんもあたたかく迎えられた模様。味の方も、洋風であっさりしていてなかなか好評だったとの事。

我が家では、くだんの備前屋菓子詰め合せや、貰い物の高級メロンが何故か立て続けにやってきて甘味天国と化してしまったので(ウチではどういう訳か時々こういう状態になる)、羊羹ご開帳は19日まで延ばす事に。いや、そんなに引っ張るもんでもないんだけどね。

3月18日(Su)

井沢先生のBBSで紹介したら、くじら鳥さんや井沢先生が面白がって早速購入を決めてくださる。
こういう莫迦莫迦しさに「力を入れた」ものほど、人に話して聞かせたくなるものだし、またどうにかしてその莫迦莫迦しさに報いたいと思うものだが、くじら鳥さんがその莫迦莫迦しさへの感動を共有してくださっただけで、くじら鳥さんの一読者に過ぎない僕は満足である。

そして、3月19日(Mo)

本日が賞味期限なので、夕食後、開封及び写真撮影(ばか)。
包み紙の莫迦莫迦しさも細心の注意が払われていて誠にいとおしい。注意しなくても、誰も刺し身にいたしません。
さすがに時間も経っているので胸の上でクロスした両腕は胴体に癒着しているかと思われたが、あっさりと着脱に成功する。
げそからぼつぼつ試食。…なーんだ、このあたりはただの羊羹である。
でも、所謂胴体部分を輪切りにすると、羊羹の皮下にはコーヒー餡と、更に最下層(核)部分には白い牛皮の芯が通っていて、このあたりが口の中で渾然一体となると実に旨い。コーヒー餡の風味が実に効いている。<全国菓子博覧会 厚生大臣賞 受賞>は伊達では無い。目の縁のグリーンはうぐいす餡ではないかと、奥さんが喝破したのだが(そう云われて食べるとうぐいす豆の風味がしてくるから不思議だ)、包み紙に原材料にうぐいす豆の記載はなし。真実が気になる処である。

都合、2ヶ月余りも楽しませてもらった。波及効果も絶大だったし。
はこだて 柳家さんに感謝。
次回はわたりがにあわゆきあたりを開発していただけないものか。



さて、夜は「サトラレ(2001・日)」レイトショウを後日廻しにして、「HERO」最終回を(ばかばか)。
何はともあれ、ゲスト陣のゴーカさは目を見張るばかり。大御所・三浦友和を始めとして、石原隆組と云っても過言ではない、白井晃、篠井英介、小木茂光、戸田恵子、中丸新将、小林勝也、小林隆、遠山俊也、青柳文太朗といったお馴染みの面々が殆どカメオの如く端役の隅々に配されているあたりに最終回的意気込みを感じたり。お話の方も、代議士三浦友和の清廉さに頼り過ぎているきらいはあるものの、主題「HERO」の取込み方も含めて、なかなかの仕上がり。特にラストの小道具の効かせ方、リキの入った台詞の応酬。
そして、クサクサにクサイ処。いや、最后はクサくなくちゃ視聴者が黙っていないでしょ。
脚本や演出の細かい処を突つけば文句はなくもないけど、このドラマ、僕は総じて満足でした。




 160.檀

2001/3/21(We)

…ああ、忙しい忙しい。でも仕事は捗らない。

沢木耕太郎「檀」(新潮文庫)読了。
僕にとっての檀一雄は、檀ふみの父であり、深作欣二の映画「火宅の人(1986・日)」緒形拳でしかなかった。
著作だって「火宅の人」以外は「リツコその愛」「リツコその死」位しか知らないし(しかもタイトルのみ)。
告白するまでもなく、僕は全くの檀一雄白痴と云ってよい。
だから、沢木の「檀」を読むのに尤も相応しいテクスト「火宅の人」は僕の中に無く、あくまで深作「火宅の人」を前提に読み進んだ。故に一人称「私」で語られる檀ヨソ子さんの視点は、僕の中では常にいしだあゆみの視点であり、ヒーさんは原田美枝子なのであった。無論、檀ふみは檀ふみ自身だったけど、南田中の義母はさすがに檀ふみでは読み替えなかった(笑)。映画自体、10余年前に(それもビデオで)観たものだし。

「夫唱婦随」というコトバは綺麗事ではないのだな、としみじみ思う。
彼らのような凄まじい戦闘史を重ねた夫婦でも、互いの身勝手が巻き起こす修羅と愛憎を通り抜けた先に、おだやかな日々と、本来なら再起不能になる筈だった古傷をどうにか誤魔化し乍らでも完遂したい夫婦関係がある。夫婦とはつまり幾星霜を経て、それほどまでしても失いたくない関係に昇華されるという事なのか。「夫唱婦随」は戦友同志になった夫婦にだけ与えられる最大級の賛辞なのかもしれない。少なくとも、ヨソ子さんは間違いなく夫を愛し、彼に付き従って来たのだ。そのエネルギーたるや、我々凡夫たる男には到底敵わない。いや、全く敵わない。

これは檀ヨソ子の自伝の体裁を取り乍らも、まごうかたなき沢木の渾身のノンフィクションである。
決して彼女自身のゴーストライターに留まってはおらず(何しろ、むしろ彼女が封印してしまった筈の記憶をこじ開け、彼女を揺さ振り、遂には夫へのゆるぎない思慕を再確認させた張本人である)、檀ヨソ子の生霊を我が身に憑依させ、彼女の代わりに重い口を開いたイタコと化している(これは、決して褒め言葉である)。そして彼女の回想の辿り着く先が初々しいまでの恋文というのも、母ではなく妻として生きた彼女をより生々しく、そして好ましく実感させるあたりが、やっぱり沢木という作家の筆力なのよね。

という訳で、これは檀ふみとの結婚を迫られている山田のぼるくんにこそ是非読んでもらいたい。



脱線1。
そう云えば一昨日、関口宏の東京フレンドパーク2のゲストがくだんの檀ふみ阿川佐和子だったというのも、何かの西手新九郎だろうか。
檀さんが並外れて大きいのと、阿川さんが小柄なのとで、殆どアボット&コステロ張りの凸凹振りであった。阿川さん、檀さんの足をさんざん引っ張るだけ引っ張ってケロッとしてるあたり、育ちの良さが滲み出ていて、なかなかいい感じ(笑)。何故か無意味にフットワークだけ軽くて、おどけてファイティングポーズを取るあたりが年齢を超越して可愛らしい。…檀さんもタイヘンですね。

脱線2。
「檀」の作中、檀一雄夫妻がテレビ出演するくだりがあるのだが、そこで同じゲスト出演者として「羽仁進・左幸子夫妻」の記述が出て来る。
そうか、羽仁未央のおかあさんは左幸子であったか。云われてみれば、おお、目許がぴたりと重なるではないか。いやあ、知らなかった事とは云え、辺見えみり西郷輝彦の目許がぴたりと重なった時くらいの衝撃であった。へえ、そうだったんだ…。ま、それだけなんですけど。

今日の読書:沢木耕太郎「檀」(新潮文庫)


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