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175.コダマ、来たる
2001/4/12(Th)
早朝4時45分起きも3日めともなると、じわじわと身体に来る。ああ、オレってやわな奴。
瀬戸口くんから「もののけ姫」のコダマのぬいぐるみが届く。
ネット通販らしく、メッセージも特にないが、悠都への誕生プレゼントらしい。
本当にありがとう。うう、何だか催促したみたいで。
会誌の仕事全然進んでないのに、ううう…。
処で、このぬいぐるみ、瀬戸口くんはおそらく現物確認をしてはいないと思うのだがかなりシュールな出来映えである。
ま、元々のキャラ自体かなりシュールなシロモノなのだが、こいつも決して負けてはいない。
まず首から下のへなへな度に比して、頭部が大きくて本気で重い。首がぐらぐらしているフリークス感がヘンに可愛い(顔はシンプル過ぎて却って怖いんだが)。胴体に鈴を埋め込んであるらしく、身体を揺さぶると鈴が鳴る(原作のコダマは頚が回転すると同時に鈴を転がしたような音を立てる)。悠都的にもかなり遊び応えのあるぬいぐるみになりそうだ。
北村薫「ターン」(新潮文庫)読了。
SFとしてどうよ、と云われれば、本人も「付記」で告白しているように、「くるりん」の設定は、「二人称の孤独の中で過ごさねばならなくなった真希」というシチューエーション、彼女の心の動きをじっくり書き込むための、あくまでも「お膳立て」であり、それ自体に主眼を置いたものではない。ただ、作中で真希自身が自分会議のスタイルを取り乍ら、自身が納得行くように、世界の成り立ちに理由付けをなしていくさまは、聡明でロジカルでそれなりに腑に落ちる。「魚が生きていく為には水槽に水が必要なのよ」あたりは秀逸です。
全体を通して俯瞰してみれば、物語はアクシデントを装った運命論に導かれていく一大メロドラマの様を呈している。時空を超えた大河恋愛劇であり乍ら、仰々しさを排し、ささやかな心の交流に見るダイナミックなうねり、というか。北村薫というロマンティストの強みは、類稀なる表現力にある。しかも、決して小難しくない。モノ書きとしては理想的な使い手と云える。
とどのつまりが、今回も満足させてもらいました。してやられたって感じ。
処で、この作品も秋に監督:平山秀幸、主演:牧瀬里穂の映画として劇場公開されるので、真希は当然マキセで宛て読みした。
実際、マキセでしっくり読めたので、キャスティング的には旨い処を押さえたんじゃないか。
僕は平山さんが監督した「中学教師」も「愛を乞う人」も大好きなのだが(「学校の怪談」はなァ…)、さて今度はいかなる仕上がりになっていますやら。何しろ、原作はこんなに手強い。絵的には、無人と化した東京をどう描くかが楽しみだ。
例えば、ピンポイントだけ見せるのに黒沢の「回路」がどれだけ上手だったか、効果的だったか。
今夜から犬山に、奥さんの大伯母にあたるMITSUKOさんが滞在するらしい。
せっかくオレゴンからいらしているのに、悠都を逢わせて差し上げられないのが残念。
せめて、あと半月ほど遅ければなァ(って敢えてGWを外されているのかもしれんが)。
今日の読書:北村薫「ターン」(新潮文庫)
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