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177.アラベスクという作劇
2001/4/15(Su)
ようやく早朝出が終わっても、休日は今日だけ。
明日は普通に出勤でしかも土曜まで出勤で、挙句、土曜は早朝出だ。
一日しかないお休みを有効に使うべく、家族で博多駅方面へ。
紀伊国屋で、一週間もの間、懸案だった三谷幸喜「オケピ!」(白水社)を捕獲し(平積みになっている!)、ネット上で見つけてずっと気になっていた記事の載った雑誌関係など拾い読みしていく。
「ドラマ」だか「シナリオ」だかの最新号にこないだの「3年B組金八先生スペシャル」のシナリオが掲載されていたので、さっそく斜め読み。おおっ、僕がドラマを観てて感動した「一人前のひとりぼっち」だとか「死に意味などない」「死に意味をこめるな」の台詞が何処にもないではないか。さてはあれらは全て武田さんの創作であったか。小山内先生がかつてインタビューで「暫くすると武田さんが台本に無い台詞を云うようになったので、(書くのを)もう辞めようと思った」と述懐されていたが、あれはつまりはこういう事であったのだな。でも、方便としての「死に意味などない」はなかなか秀逸な台詞だと思うので、小山内先生が激昂していないといいな。そうですか、次回シリーズは2002年ですか。って、もう来年じゃん。
近頃、悠都の絶叫癖が甚だしい。退屈するとすぐにありったけの音量で「あー」と声をあげる。
(あの広大な)紀伊国屋福岡本店でも、今奥さんがどのへんを移動しているかがはっきり解る。誰か奴の背中にボリュームのつまみをつけてくれないものか。ミュートのスイッチでもいい。奥さんは泣く泣く紀伊国屋を後にして、井筒屋方面へ去っていった。尤も此処で横着こいたぶんを、僕は後ほど「ふきや」で十二分に支払う事になる。ていうか、悠都を連れて「ふきや」へなんかもう二度と行くもんか(そう吐き捨てたら奥さんの口がすっかり「∩」の字になった・笑)。
すっかりくたびれ果てた奥さんを北海道牛乳ソフトクリーム(250円也)でなだめてから、親父の処へ。
親父はハハの付き添いの元、マンションの駐車場でリハビリの歩行訓練をしていた。
半月振りくらいで会うせいか、前回より歩みの速度がだいぶ早くなっている。
毎日1時間くらい此処でこうして練習しているんだそうだ。
病気の自分と向い合って前向きなのはいい事だ。我が父乍らえらい、と思う、ホント。
悠都に初節句の兜を買うんだとはりきっているのでお言葉に甘えておく。
その後、妹たちも揃って寿司など。
彼女たちは僕らがいつも唐突に来るのでぶーぶー云っている。
だって、前もって連絡すると一日がかりになるんだもん。18時半頃、暇を乞う。
夜、三谷幸喜「オケピ!」(白水社)読了。
到る処で三谷ファンを標榜している割に、買ったその日の内にシナリオ(今回は戯曲)を読み終えてしまうのは初めてだったりする(「気まずい二人」は当日読み終えたが、あれはシナリオというスタイルを取った対談本である)。尤も、連ドラはともかくも舞台に関しては、三谷さんは上演台本を出版しないスタンスの作家だから、これまでに巷に出た戯曲は、キャラメルボックスがからんだ「天国から北へ3キロ」ぐらいではないのか。あと、かつて白水社の「しんげき」に収録された作品に「12人の優しい日本人」「ショウ・マスト・ゴー・オン(初演)」「99連隊」があるが、いずれも現在は入手不可能。で、僕はそのどれも手に入れていないので、三谷作品の上演台本を読むのは、実質今回が初めてであった。
三谷さんはあとがきで、口を酸っぱくして自分は読み物として戯曲を書いている訳ではないので、舞台の現物を観ずして戯曲を読んだだけで作品の面白さは計れないのにィと、かなり無念そうなトーンで綴られている。「オケピ!」の戯曲が出ると聞いて、三谷さんの主義にも雪解けムードが、などと思ったがさにあらず、ご本人は不本意で不本意でたまらなかったのだ。やっぱり。
僕は当の舞台を実際に楽しんでいるから、予備知識無しでこれを読むひとには、勿体無いです、と云う他ない。
僕如きがことわるまでもなく、舞台は役者とホンと演出と美術と衣裳と音楽と大道具小道具、そしてお客のアンサンブルだ。ましてや「オケピ!」はミュージカルだ。楽曲の魅力が歌詞だけで表現出来る筈が無い。やはり「オケピ!」の戯曲は、実際にミュージカルを観たひとだけが読むべきものかもしれない。そして、それは選民思想なんかではなく、希望した客が全員、あの舞台を楽しめる事を前提に(せめて)全国30箇所くらいで一ヶ月程度のロングラン公演を打ってもらいたいと切に願う。せめて、再演は「君となら」「笑の大学」で試みた全国行脚くらいはやってもらわなくては(確かに演劇はペイしないんだけどさ、三谷ブランドなら少なくとも客の不入りはないよね)。ただでさえプラチナ・チケットの三谷作品、まずは舞台を観てください、ったってどうあがいても劇場に辿り着けない地方のファンには、不条理な「正論」なのですよ、三谷さん。せめて、演劇のアンサンブル要素から「お客」だけ取り除いた、録画媒体のビデオ化(出来れはDVD化)というのは僕らの切実な願いであります。
あと、本体に挟んであった別冊子に岸田賞の選評が載っているのだけど、各々の選考委員のコメントから三谷幸喜という作家の演劇的位置が浮かび上がってくるのがかなり面白い。三谷さんがある意味で異端なのは、余りにもハリウッド・クラシックス的正攻法で洒脱な喜劇を書く人材がこれまで日本に存在しえなかった現実が、彼の作品が持つポピュラリティと反比例するかのように作家性をマイノリティたらしめている。要するに理想像としては描けても実際には誰も耕せなかった区画に立つ唯一無二の存在が三谷さんなのだ。それはおそらく(今回の選考委員のひとりでもある)井上ひさしすらもやり遂げていない。そりゃ野田さんが両手放しで絶賛する筈だ。佐藤さんがひそかなる悋気病みを心情告白する筈だ。商業演劇のメインストリート、喜劇の王道を歩むという才気と努力は、確かにプロからも斜に構えていないで賞賛するに値する筈なのだ。
別役先生曰く、物語のアラベスクを織り成す妙。
アラスベクとは作劇のジャンルとして、旨い云い廻しだと思う。
物語を構築する、理想的な構造体のひとつではないか。
三波春夫さん、前立腺癌で死去。享年77歳。
今年の年賀状に21世紀音頭を使った身としては、感慨が深い。
嗚呼、ルパン音頭が聴きたいぞ。合掌。
今日観た映画:「風花(2000・日)」 今日の読書:三谷幸喜「オケピ!」(白水社)
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