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188.地上の星
2001/5/15(Tu)
以下は、某鉄鋼メーカーの裏話(今回は田口トモロヲの声で読む事をお薦めする)。
此処のさる製品部門が作る主力製品のひとつに、酒類飲料類、あるいは缶詰として使用する「罐」がある。
正確には製罐する前のブリキの切り板をこしらえるたものを別の製罐メーカーが加工して「罐」に仕上げる。
さて、此処に某飲料メーカーの某コーヒー缶が3つあると思って欲しい(今回は徹底的に伏せ字です・笑)。
これらの缶コーヒーの表面には、高光沢エンボス加工が施されている。
エンボスというのは、凹凸の文字や模様等を付加する技術の事。光沢エンボスとは、缶の表面を光沢が出るように、てかてか、つるつるに仕上げる仕様。それが「高」光沢だと云うのだから、表面のてかり度は推して知るべしだろう。
処で、某コーヒー缶のデザインは、コーヒーの種類によって、3種類に大別される。
某鉄鋼メーカーの符丁で「銀」「金」「その他」と名付けられたデザインは、また、高光沢エンボス度の高さ順をも意味する。
「銀」のコーヒー缶は、缶の表面にせいぜい透明なコーティングのみを施した、缶そのものの素(す)のメタリックな感じを強調したデザインであり、当然乍ら「銀」に使用されるブリキ表面の高光沢エンボスは最上級の仕上がりが要求される。
「金」のコーヒー缶は表面に、更にゴールドの塗料をコーティングするため、メタリック感は必要なものの「銀」程は表面がぴかぴかに磨かれていなくてもOKというもの。
「その他」は、「黒」だの「緑」だの、メタリック感を無視していいコーティングなので、光沢エンボスなどは最低限保証出来ていればいい(これだけのヒントでも、ひょっとすると缶コーヒー通のひとには判るかもしれない)。
缶表面の光沢、ツヤなんてものはそもそもかなり微妙な話なので、現実問題として鉄板の光沢度をチェックする機器・センサー類というものは存在しない(或いは高額の開発費用に見合う生産量ではない)。で、結果どうなるかというと、検査員が己が目をかっぽじいてチェックするんですな。コイルを切板にした段階で、コイルの最初の方、中程、終わりの方からそれぞれサンプルとなる鉄板を取り出して、表面に曇りがないか、くすみがないか、一枚一枚光に翳して眺めすがめていく。月平均300tある生産量に対して、検査員2名。勿論、交代要員なんてなし。何処だって人手不足なのだ。
とは云え、検査基準がいかに微妙でも厳しい事に変わりはないから、ちょっとでも擦過があれば「銀」は「金」に、度合いによっては「その他」にランク落ちさせざるを得ない。「銀」の生産歩留率が半分強というから、高光沢エンボスの板を作るのが、どれだけ難しいかが知れる。そして困った事に「銀」はレギュラー缶、つまり、いちばん売上げ(即ち生産量)が多い品種なのだ。問題なのは「銀」の生産が思ったように捗らない事と、結果的にメーカー側の需要の少ない「金」「その他」ばかりがじゃんじゃん生産されて、不要在庫を抱えてしまう事。結果、製罐メーカーからは「金」「その他」はもう要らないから「銀」をください、とクレームがつく始末。具合の悪い事に、高光沢エンボス缶は、このコーヒー缶の独自仕様なので、別の用途に使い廻す事すら出来ない。
そして、泣きっツラにハチと云うか、「銀」「金」「その他」に素材としての価格差はない。基本的にメーカー側は全て「銀」仕様を要求しているのだから、仕方ないと云えばそれまでだが、実際「金」「その他」コーティングに「銀」レベルの仕上がりは全く不要なのである。
しかも、コカコーラみたいに何年も缶自体のデザインが定着しているならともかく、今回の某コーヒー缶のデザインが長きに渡って高光沢エンボスである保証は何処にも無い。実際、今回のデザインに変わったのだって今年の1月の話だ。今後売上げが落ちるような事があれば、缶のデザインの一新或いはこのシリーズ自体の一新だってないとは云い切れない。
先述した2人いる検査員の1人である某マネージャー氏が悲しげに呟く。
「しかも、この製品って表面が結露し易いんですよ。
どういう事かと云うと、よく冷えたコーヒー缶だとすぐに表面が白く曇るから、
高光沢かどうかなんて誰も気にならない」
彼は4月に今の部署に赴任して以来、業務の大半を「これ」に費やしている。
管理職だし、この業務を他の人間に委譲したくとも、何せ人がいない。
話によると、高光沢エンボス缶というのは、今回デザインを担当した若い女性デザイナーの発案によるものらしい。彼女の拘りは強く、この線だけはどうしても譲れないんだそうだ(ま、そうでしょうね)。それならそれでせめて「銀」をレギュラーに選ばなくったって良かったのにィ(とは云え、コーヒー的には、より本物志向の強い製品を「金」にするというのは、話として分からなくもない)。かくて某マネージャー氏の終わりなき挑戦は続く。
「いつか○○さんの苦労も、NHKの『プロジェクトX』で紹介される日が来るかもしれませんし」
って、それは何か慰めているつもりなのか → オレ(うわあん、慰めたつもりだったんだよう)。
某マネージャー氏は力無く笑って、検査作業の待つ工場へと帰っていった。
彼の話を聞いた僕らが昼休み、某缶コーヒーの「その他」を呑んだ事は云うまでもない。
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