備忘の都 2001 −MAY 〜 JUNE−  ◆

「けっこうだ」彼は楽しげに語る。
「読みたくはないね」彼はひと呼吸おく。

「そうしておけばいつだってこう言える
  ──”あいつがだいなしにしたんだ”と」

キャメロン・クロウ「ワイルダーならどうする?」


191.監督の不眠、女優の不休192.第2回春風亭鯉昇・桂平治二人会(1)
193.第2回春風亭鯉昇・桂平治二人会(2)194.第2回春風亭鯉昇・桂平治二人会(3)
195.桂三枝独演会

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 191.監督の不眠、女優の不休

2001/5/22(Tu)

ふと、奥さんのお供で寄ったスーパーの雑誌コーナーに立ち寄って、悠都を抱いたまま何気に物色していると、今日発売の「婦人公論 6月7日号」に、特別対談〈監督の不眠、女優の不休〉三谷幸喜×宮本信子 それでも映画はやめられない!の文字を見つけ、逡巡した挙げ句、やっぱりレジへ。

三谷さんと宮本さんの馴れ初め(「出口なし!」の脚本執筆で「宮本信子を連れてこい!」と口走った話)、三谷夫妻と伊丹夫妻との交流、三谷vs小林の丁々発止のやりとりだとか、聡美夫人をからめての「みんなのいえ」執筆秘話など、気心の知れた同士だからか、初めて耳にするエピソードが満載で、たかだか6ページだが、本当にお買い得の特集であった。
ていうか、此処まで、三谷さんが奥さんを語った事ってなかったのでは。

脚本執筆中に夜うなされて、「いい加減にしてよ」と奥さんに起こされた話とか、奥さんに心配をかけまいと聡美夫人在宅時には、産みの苦しみを見せないように努力している(けど見透かされている)話など、相手が宮本さんじゃなきゃ、こんな公の場で出る話ではなかった筈だ。三谷夫妻の夫婦の機微をとどめておく意味でも、これは永久保存版ですね。

でも、脚本家・三谷幸喜と女優・小林聡美ががっぷり四つに組む日は果てしなく遠いみたいだ。
おそらく、三谷さんが折れても聡美さんが駄目なんじゃないかな。

「お葬式」の撮影中、ロケ地は自宅で、殆ど自分自身の役を主演女優として演じ乍ら、撮影が終わると、瞬時に監督と女優から、夫と妻に切り替えて「あなた、お風呂の支度が出来ました」っていうのは、幾ら何でも宮本さんがスゴすぎる。
伊丹さんはいいんだよ、監督から夫に戻るったって「今日は疲れた」って、映画づくりの愚痴をぶつけるだけなんだから。宮本さんの「妻に戻る」っていうのは、兼業主婦の家事パートと、旦那の愚痴を聞く妻パートの両方をこなしたんだから、それは良妻じゃなくて超妻って云うんだよ。そんな映画(しかも力作揃いだ)づくりを何作も続けた主演女優・宮本信子の底力に今更頭が垂れる。がくり。
こんな例が身近にあったら、三谷コメディにおける主演:小林聡美はありえない、と云い切ってもいいのではないか。

少なくとも、三谷さんは脚本のみにとどめておくのが賢明だと思うな。
ふたりのコラボレーションが実現するより、夫妻が末永く仲良しな方がいいもん。




 192.第2回春風亭鯉昇・桂平治二人会(1)

2001/5/26(Sa)

去年の二人会の日とは異なり、空は朝から莫迦っ晴れ。
天気が味方してくれて、大入りが期待出来るといいのだけれど。

10時過ぎに家を出て、大野城で用事を済ませ(途中、とんくんから携帯が入り、「福岡ドームで一緒にメシを食わないか」と誘ってもらうが、こちとらコブ付きなので厚意だけありがたく受け取っておく)、西新岩田屋で金を下ろして、喫茶店でオムライスを食べて長妹を拾った時点で、もはや14時。開場は14時半からだから、結構いっぱいいっぱい。

楽屋はこんな感じ。やっさんの背中と悠都の背中。 それでも14時半ちょい過ぎには、妙法寺に到着。
去年と同じ、福教大付属福岡小学校の傍らのコイン駐車場に車を置いて、チケットをもぎってもらうのももどかしくそのまま楽屋へ。
お寺は何処でもそうなのだろうか、とにかく広くて、部屋数が多くて、小綺麗だ(お寺さん関係に友人のいない妹はいたく感心していた)。途中で、書をしている住職に挨拶をしつつ、渡り廊下を抜けていくと、襖を開け放った2、3の和室越しに、さるまた姿のやっさんが笑っているのが見えた。
とんくん・和香子さん夫妻に、部屋中を駆け回る相変わらずフレンドリーな子供たち(これで悠都を連れてきたのが、一気にラクになる)。あと、功くんに中園。奥の間には、鯉昇師匠とやっさん。ひとまず、皆さんに挨拶。床に降ろした途端に表情が輝く悠都。思わず羽交い締めにする奥さん(笑)。これに落語会の主催者である勘朝先生のお子さん(悠都とは誕生日が2日違い)も加わって、楽屋は宛らマチネの託児所である。
勘朝先生によると、住職にお願いして此処のふた間は楽屋として貸し切りなので、本番中も、子供たちは此処で過ごして問題ないと聞いてひと安心する。一応、いつでも散歩出来るようにベビーカーだけは玄関に横付けしてある。
開演15時ぎりぎりまで、何だかずるずると鯉昇師匠、やっさんとおしゃべりする。
ふたりとも優しいから、居心地いいんだよね(て、こういう手合いがいちばん迷惑な客だと思う)。

「で、どちらが先に上がられます?」との勘朝先生の言葉に、
「平ちゃん、先でいいよ」
「いやいや、そういう訳には行きませんよ。此処はやっぱり兄さんから出てもらわないと」

高座に上がる順番も、お互い譲り合っているのが端で見てて微笑ましかった。
結局、鯉昇師匠、やっさん、(仲入り)、やっさん、鯉昇師匠の順番に。
今年は去年と違って、内浜落語会のひとは前座さんをしないらしい。
鯉昇師匠とやっさんに、最初の5分間、マクラのうちなら、フラッシュを焚いてもいいという許可を貰う。
「平さんがゆく」の素材に高座写真が欲しかったので、非常に助かる。ていうか、ありがたい。

処で、僕は会の半分で子守りを交代するつもりだったのだが、奥さんはどうしても子供の面倒は最后まで自分が見ると云い張る。こういう時、彼女はえらく頑固だったりする。いいじゃんねェ、子守りするの、他ならぬオレなのに。

勘朝先生が「では、お願いします」とやっさんを呼びに来たので、そそくさと立つ僕たち私たち。
悪いけど、悠都は奥さんに託して、僕らは客席へ。鯉昇師匠は高座へ。
客の入りは、8分入りという処か。去年ほど蒸し蒸しせず、本堂の境内側から心地良い風が吹いて来る。
後から遅れて次々にお客が入ってきたが、特筆すべきはその客層(笑)。
若くて、(本当に)綺麗な10代のおねえさんたちが何人も入ってきた。さすが、学校の先生の人脈はちょっと違う。

妹は客席の中程に、僕は高座写真を撮るために、最前列の境内側を陣取る。
高座を照らすライトがかなり強いので、これならフラッシュは必要ないかもしれない。
鯉昇師匠が高座に上がる。客席から万雷の拍手。

以下、次号。




 193.第2回春風亭鯉昇・桂平治二人会(2)

2001/5/26(Sa)

本日のプログラムは以下の通り(勿論、ネタは高座に上がってのお楽しみだった)。



 春風亭鯉昇 「黄金の大黒」
 桂 平治 「らくだ」

仲入り15分(抽選会含む)

 桂 平治 「おかふい」
 春風亭鯉昇 「船徳」



初っ端は鯉昇師匠で「黄金の大黒」

高座の鯉昇師匠 やはり、2年目、2度目の会場ともなると、それだけで「お馴染み」というか、ざっくばらん度が違うというか、ある種の親密感が漂う。
鯉昇師匠の「黄金の大黒」のマクラは、去年は雨も降ってたせいで本堂が蒸し暑かったけれど、今年は気持ちのいい風が吹いてきますね、ってあたりから我が家の冷房事情へ。首の折れた扇風機を自分で廻すくだりは腹がよじれた。
寄席と違って落語会はたっぷりマクラが聴けるというのが、楽しみのひとつ(何しろ小三治師匠に到ってはマクラだけで本を出しちゃう訳で)。鯉昇師匠のマクラも長くつかみどころがなく(それがまた可笑しい)何処までも楽しい。師匠の「程よい」が出る度に、ひそかに手を叩いてたオレ。

粗筋はいたってシンプル。大家の息子が土の中から金無垢の大黒を掘り出したというんで、急遽宴席が設けられて、其処にそういった席に不慣れな長屋の連中が大挙して出席する事から大騒動になるというもの。
乞食が捨てていった、裏地を新聞紙でついだような羽織で、長屋の連中が入替り口上を述べる処から始まって、宴席で普段お目にかかれないご馳走を前にした彼らの舞い上がり振りが何とも可笑しい。やっさんが、地方の落語会では食べ物(或いは酒)の噺を演ると喜ばれると云っていたが、この噺も呑めや唄えや(唄わないけど)の大騒ぎなので、モノを食べるシーンには事欠かない。特に、仕切り屋の男が鮨を取り分けるシーンはどうだ。故意に畳に落としては「落としたものを渡す訳にはいかない」といちいち胃の腑に収めるさまは、まるで「初天神」のおとっつぁんである。この強突く張り振りが何ともいとおしい。
師匠、すっかり汗だくになっての大熱演であった。

2席目はやっさんの「らくだ」

高座のやっさん さすがに地方公演も2度目ともなるとマクラに「郵便配達の恋」も「ラーメン屋のゴキブリ」も出てこない。
あれはいわゆる、名刺代わり、挨拶代わりともいうべきネタなのかもしれない。
酔っ払い百態みたいな話を振って(壁塗り上戸は何度聞いても【見ても、と云うべきか】可笑しい)、中でもいちばん性質(タチ)の悪いのが「酒乱てェヤツであります」という処で本題へ。

物語は、「らくだ」という仇名(で、本名は「馬」だったりする)の恐持ての乱暴者がある朝、ふぐにあたってぽっくり死んでしまう。前の晩、一緒に呑んだ縁で「らくだ」を見取った兄貴が、たまたま近くを通りがかった屑屋を呼び止めて、嫌がる彼を脅迫して、強引に長屋中の嫌われものだった「らくだ」の弔いの手筈を整える、というお噺。
兄貴と屑屋で通夜をやる事になって、無理矢理酒を注がれているうちに、あれだけおどおどしていた屑屋が酒に乱れて、二人の上下関係が逆転していく面白さ(仲入りの休憩時間にやっさんに聞いたら、「らくだ」は長い噺なので、普通はこの「あべこべ」のくだりまでしか演らないとの事。フルコースで聴けるのも、落語会ならではである)。
すっかり形勢が逆転したふたりは、八百屋から脅し取って来た菜漬けの樽に「らくだ」を押し込んで、屑屋の友人がやっている火屋(ひや)へ行くが、樽の中は空っぽ、きっと泥に足をとられた時に落っことしてきたに違いないと、今度は間違えて酔っ払って正体を失くしている「願人坊主」を連れてきて、あろうことか火の中に彼を投げ込んでしまう。かくて酔っ払いに禁じ手など断じてない。「アチチチチッ」慌てて飛び出して来る坊主。

「一体、此処は何処だい」と坊主。
「此処かい? 此処は、火屋(ひや)だよ」
「冷酒(ひや)でもいいから、もう一杯おくれ」というサゲ。

噺の中で、大家の家で、らくだを背負わされた屑屋が「かんかんのう」を踊るくだりがある。
かんかんのう? はて、まるで分からない。ので、あれこれと広辞苑で調べてみる。


【唐人踊(とうじんおどり)】
唐人の衣裳をつけ、鉄鼓・胡弓などの中国楽器に合せて唐人唄「かんかんのう…」を歌いながら行う一種の踊り。
江戸後期、文政の頃、長崎の中国人から伝えられ、江戸・大坂で流行。看看踊(かんかんおどり)。


このように落語というものは色々と勉強になるのである(しみじみ)。
という訳で、この噺でも「黄金の大黒」同様、酒をぐびぐびと呑むシーンが出て来る。
文治一門による酒呑み描写の旨さはまた格別である。やっさんの一挙手一投足に目が離せない。
これだから、落語は音だけ聴いてちゃいけない。面白さが1/3程も伝わらない。

実は恥ずかし乍ら「らくだ」の筋を知らなかったのだが、別名が「駱駝の葬礼」と聞いて膝を叩く…成程。
40分に渡る熱演のあと、お仲入り。
はばかりに立った後、悠都の様子を見るべく、僕も楽屋へ。



楽屋では、あっという間にさるまた姿になったやっさんと、同じく着替えを済ませてさっぱりした鯉昇師匠。次の高座までの少しの時間でも惜しむように、噺家さんは皆んな着物を脱いでしまう。やっぱり噺家にとって着物姿は鎧兜みたいなものだから、楽屋ではくつろいだ気がしないのだろうか。それに加えてただでさえ暑い処に、高座には両サイドからスポットライトが焚かれてる。あれじゃ確かに辛抱たまらん、とは思う。
悠都はとりあえずおとなしくしていた(が、今迄ずっとおとなしかったかどうかはまた別)。
勘朝先生のお子さんと遊んでいた(?)らしい。
お母さんたちは子供を連れて、一旦窓越しから高座を聞こうとしたらしいが、興奮した子供たちがいっせいに窓ガラスを叩き始めたので慌てて撤退した模様。嗚呼、おそるべき子供たち(by ジャン・コクトー)。ヤツらを鎮められるものは未だかつて、ない。

鯉昇師匠もやっさんも抽選会用の色紙をさらさらと書いている。
鯉昇師匠の色紙には、やたらおまんまネタが多い。やはり、食は暮らし(人生)に密着しているからね。
後で聞いた話だが、この抽選会で、妹が鯉昇師匠の手ぬぐいを当ててしまった。去年に引き続き、またも身内が。
手ぬぐいは何だか細工すれば鯉のぼりになるというので、叔母さんは甥っ子に進呈してくれた。いとありがたし。

おしゃべりしている間にまた「お願いします」と勘朝先生。
じゃ抽選会も終わったって事?(しょぼん)
いつの間にか着替えを済ませたやっさんが立ち上がったのをしおに、僕もそそくさと席を立つ。

次回、完結篇。




 195.桂三枝独演会

2001/6/3(Su)

ひと足早い「父の日」という事で、午後から兄妹3人と親父の4人で大野城方面へ。
普段、親父が家にこもりがちなのと、生来のお笑い好きなのを考慮して、桂三枝独演会」へ連れて行く事に。
実際、朝からずっとわくわくしていたようなので、ちょっとだけ親孝行になったかも。
実を云えば、先週のやっさんの落語会にも連れて行きたかったのだが、遠出に車椅子が必要な親父にお寺の本堂は荷が重過ぎるので泣く泣くあきらめた(去年は一緒に聞きに行ったんだけど)。
同じ理由で7月に唐人町である「桂文治・平治親子会」も連れていってやれないのが残念である。
一回、文治師匠に握手だけでもしていただくと親父も喜ぶと思うんだけど。
その点、「まどかぴあ」は車椅子席がある。これはポイントが高い。
かくて、ハハを暫し親父の世話から解放し、父子の珍道中となった(でも、珍道中は割愛する)。

という事で、以下は落語会の簡単なおぼえがき。



「桂三枝独演会 〜まどかぴあへいらっしゃーい」
桂三若「待合せ」
桂三枝「ダンシング・ドクター」
桂三象「憧れのカントリーライフ」
桂三枝「神様の御臨終」

─休憩─

桂三枝「鯛(たい)」



桂三若「待合せ」

「落語界の有森裕子」こと桂三若さんの一席。
物語は、喫茶店で恋人と待ち合わせしている男が、いつまでも来ない彼女のドラマを妄想逞しく創作していって現実世界の(笑)喫茶店のマスターを慌てさせるという「湯屋番」仕立て。短い中におかずがみっちり詰まった感じ。
若い割になかなか手馴れていて面白いんだけれど、仕種から声の調子や強弱までが師匠である三枝さんにうりふたつ。
弟子は師匠の模倣からと云うが(やっさんも前座時代に演った「子ほめ」は端で聞いていると文治師匠そっくりだったそうだし)、その先にある筈の三若さんのオリジナリティに興味がある。
あと、余談だが、上方落語特有の演台に、桂一門の結び柏の紋の彫り物をしてあるのに目が行ってしまう。
そうか、桂の紋に江戸と上方の境目はなし、などと当たり前な処で感心する。
(三枝さんのネタおろし:昭和51年6月4日)

桂三枝「ダンシング・ドクター」

出てきた時から、会場は大爆笑。やはり、三枝さんには華がある。
マクラは、タクシー百態(特に名古屋の車内でカラオケを歌わされたら、スピーカーで外に筒抜けだった話はさすがの作り込み)に、点滴を受けている間に覗いたお年寄りの患者さんたちの診察スケッチ。やはり、老人ネタはくすぐりやすいのか。

体調のすぐれない男が、コンビニ型薬局や、ドライブスルー病院と云った小ネタ連発の指南を受けたあと、大病院で人気の歌って踊る医者に診てもらうハメに。三枝さん、懐から今風のサングラスを取り出して、クラブのDJ風(あくまで「風」・笑)にダンスミュージックで踊り狂う。息が切れるのもネタになってしまう処が、トクな話。しかし、お囃子じゃないBGMが流れて来ると、その手のパターンに馴れていない僕はたいへんビビりました。そのうち、てっきり舞台の袖から幹てつやがキーボードを弾き乍ら出て来るのかと(思わん、思わん)。
(ネタおろし:昭和43年11月の「ミュージカル・ドクター」がその起源ではと思われる。創作落語は風俗を取り入れている限り、時代に合わせて進化せざるを得ない宿命を背負っているのだなあ)

桂三象「憧れのカントリーライフ」

三象さんのマクラは、フケ顔をネタに、三枝の師匠ではなく、三枝の弟子です、で一笑い(実齢45歳だそうだ。郷ひろみと同い年である)。
大阪の街中で、ふたり連れの女子高生と擦れ違った時、ひとりの娘が三象さんに見覚えがあったらしく「ほら、誰だっけ。桂、桂…」と悩んでいたらもう片方が「カツラじゃなくてハゲてるじゃん」というエピソードでもう一笑い。
物語は過疎化に悩んだ村が、都会に疲れた都市生活者に空き家を提供する事で地域活性化を計る、という社会派テーマ。
(三枝さんのネタおろし:平成8年12月7日)

桂三枝「神様の御臨終」

マクラは、サインや握手を求めるおばさんパワーから、森光子さんの「念ずれば、花ひらく」の挿話(昔、森さんが、ある夫婦に頼まれて新聞紙の広告の余白にサインした処、何十年かしてから、その夫婦が再び楽屋に現れてお礼にダイヤの帯留めを置いていった)に触発された、見返りを求めてどんなものにも「念ずれば、花ひらく」とサインをしていたら、ある日…というお話。いやあ、兄妹の間で流行りそうです、この「念ずれば、花ひらく」っての(桂三枝創作落語全リストによれば今年の1月にネタおろしした新作のタイトルが「念ずれば、花ひらく」(笑)。まさか、マクラ自体がひとつの噺だったという事はないと思うが…ひょっとして一粒で二度美味しかった?)。

20世紀最后の大晦日、アベという男(母親の名前はアベマリア)がイエス・キリストと共に、人類代表として20世紀の神様の臨終に立ち会う噺。何しろ凄い設定だが、噺はベタ(笑)。イエスとの待ち合わせは彼が「あー麺類が好き」なのでうどん屋に「あー10時か」だし、彼ら以外の見舞い客が風塵に七福神、貧乏神。確かに関西のおじちゃんおばちゃんでもよーく分かるメンツではある。噺の随所で、おごそかに讃美歌を流すのが三枝さんらしいが、でもしみじみ日本的なお話でもある。

サゲ(「今、21世紀の神様がお生まれになりました」)はかなり前から予想出来るものの、おめでたい話だから由とする。
(ネタおろし:平成7年6月、…って最初から20世紀の神様だったのかなァ)

桂三枝「鯛(たい)」

15分程の休憩のあとは、割烹料理のお店の生け簀でサバイバルに賭ける鯛たちのお話。
何しろ鯛としては胸鰭をひらひらさせるだけだから、動きが小さい小さい。
生け簀に来たばかりの新米のタイ(と云っても皆んな、長くて一週間くらいで網で掬われていくのだが)へ、この店の開店から逃げ延びている生け簀の主「銀びれ」からのサバイバル指南。「客的には網で掬った時に元気で飛び跳ねるような活きのいい鯛が望まれているので、出来るだけ元気がなさそうに、生け簀の底の方で泳げば捕まえられにくい」というのは、含蓄があるんだかないんだか。
最後、見処のある新米に、生け簀の主の地位を託して、自ら網に飛び込んでいく「銀びれ」の侠気と切なさ。
これはかたちを変えた「ミノタウロスの皿」です。思いっきり、人情味の入った。
(ネタおろし:平成2年6月6日)

参考までに三枝さんの公式サイトは、席亭桂三枝の爆笑寄席「いらっしゃい亭」
おたより紹介のページに小枝さんの書きこみがあったのが、ええ、笑えました。



ロビーの売店の売り子さんは、何と三象さんと三若さん。
地方公演では、三枝一門はそういうしきたりなのか。確かにそんな大所帯で旅しないしなァ。
開演前のロビーは三象さんがひとりだったのだが(三若さんは高座を控えていたから)、上方落語に詳しくないから関西から出張ってきてるスタッフだと思ってしまったよ。親父のために長妹が扇子、次妹がTシャツを買うのを微笑ましく眺める。

独演会のポスターを前に親父と記念写真を撮りたがる妹たち。
記念写真の好きな娘たちである(← ひとの事を云えるのか。昔、同じロビーで鴻上さんと記念写真をねだったのは、他ならぬ私である)。仕方ないので、兄がカメラを構える。さすがにポスターと一緒の被写体は遠慮しておく。

帰りは、大渋滞。またもや父子の珍道中で一波乱あるが、これまたばっさり割愛。
何はともあれ、親父が楽しんだようで良かった。しかし、あのひとはまた祖父でもあった(やれやれ)。
天神のベスト電器で、奥さんの誕生日プレゼントを買って帰る。



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