備忘の都 2001 −JULY−  ◆

説明しすぎないところがいいのだ。
作者といえども登場人物のプライヴァシーは尊重した方がいい場合もある、と、私は思う。

江國香織「絵本を抱えて 部屋のすみへ」


201.山田耕筰の決心202.連夜悪夢
205.二人だけの「検察官」

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 201.山田耕筰の決心

2001/7/2(Mo)

会社帰りの車中、NHKのラジオをつけていたら、童謡特集とやらでクイズをやっていた。
「赤とんぼ」が流れた後、以下のクイズが出題された。

「赤とんぼ」の作曲者、山田耕筰は元々の名前を「耕作」と書きましたが、44歳になってから「耕筰」と改名(無論、ペンネーム)しました。
さて、何故でしょう?

僕にとっての山田耕筰は、子供の頃に観た伝記ドラマが刷り込みとなっているから、今でも山田先生と云うと、頭を丸めた芦田伸介を思い浮かべてしまう。あとは、意外にプレイボーイだった事を何かの本で読み知ったくらいか。
司会者がのたまうには、ヒントは「作」→「筰」に変わった時、たけかんむりが追加されましたが、たけかんむりをよーく思い出してください、との事。「竹」かァ…書きようによっては「44」に見えない事もないよなァ、44で改名したっていうし。でも、「糸井重里七七七」でもあるまいし、今度は44歳が何の転機なんだかか分からない。ま、不吉な数字ではあるが、だったら名前には盛り込まないよななァ。
僕が信号待ちの車の中でうんうん唸っている(ばかか)と、司会者が正解を云った。
何でも、山田先生が指揮を取っているのを、彼の親友が見ていて、ある日先生に忠告したのだそうだ。

「山田くん、きみィ、そろそろ頭が薄くなってきているよ。…そのォ、何だ、そろそろ(カツラを)つけたらどうかね」

親友とは云え、ずいぶん思い切った事を云うひとである。いったい、どいつだよ。
その時、山田先生は、頭が薄くなったからってカツラなんかつけない。そんなことをするくらいなら名前にかぶせるよ、と仰って「耕作」を「耕筰」に変えたんだそうだ。「竹」は「44」ではなくて、「ケケ」だった訳ですね。先生がウィットに富んだひとなのは分かるが、何もそんな事をきっかけに改名しなくてもいいのに。さすがはアーティストとも云えるが、実際かなりこたえたんではないかと推察する(かなり、おしゃれなひとだったらしいし)。くだんの親友は自責の念にはかられなかったのだろうか。もし、それを他人に自慢げに吹聴していたのなら、全くとんだ親友である。

ちなみに「筰(サク)」は竹で編んだ縄(綱)を意味する。
さすがにカツラや毛髪とは縁もゆかりもありませんでした。




 202.連夜悪夢

2001/7/5(Th)

2日続けて、ヤクザに追いかけられる夢を見る。
呑み会の1次会がハネて、家に帰ろうと歩いているとあさっての方から「何、見てんだよ」とがなり声。
自分の事とは思っていないので、他人事顔でずいずい歩いていると「だから、何見てんだよ」。
さすがに何だろうと思って振り返ると、肩で風切るおじさんが僕を睨んで「いい度胸じゃねえか」。
慌ててきびすを返す。「おい、待てよ」
…え、まさかオレなの? つい、早足になる。「お、逃げる気か。気に食わねえ」
走りざま思わず振り返ると、男が凄い形相で追って来る。
「待てこら、ぶっ殺してやる」
わざわざ待ってまで、殺されるバカはいない。ひたすら逃げる。追ってくる怒号。
息苦しくて目が覚めた。エアコンを1時間セットしてまた横になった、それがおとといの事。

翌日、奥さんに云うと「そういう夢は片付かない仕事が沢山ある時に見るらしいよ」と返される。
わはははは、と笑ったその夜、ほとんど同じ夢を見る。

もう、笑えない。ああ、寝るのが怖いよう。

今日までの読書:高間賢治「シーナ映画とコーキ映画」(晶文社)



 205.二人だけの「検察官」

2001/7/12(Th)

数ヶ月前に、妹にテープまで買わせて(しかも、おごってもらった)録画させておき乍ら、長らく積ん録してあった舞台中継シアター×(カイ)プロデュース公演「二人だけの『検察官』(2000年6月上演)」 を観る。前半の扇田×柄本の鼎談も含めて、2時間半もじっくりビデオ鑑賞というのも、近頃では珍しい。

ニコライ・ゴーゴリに「検察官」という戯曲がある。
帝政ロシアのとある地方都市。「検察官が隠密裏に訪れて抜き打ちで監査をするらしい」そんな噂に、はたけば埃まみれの市長はじめ町の実力者たちは戦々恐々、其処へ旅の途中、賭博ですってんてんになって宿代も払えずにいた下級官吏フレスタコーフが、偶然、検察官と間違われてしまう。彼は彼らの誤解を利用して、強欲な町中の人々からワイロを徴収し、市長夫人と市長の娘を一網打尽にすけこまし、ついに娘と婚約までしてしまい…という登場人物が16人も出て来るブラックコメディ(水戸黄門でニセ黄門さまが出て来るあの王道的展開である)を、橋爪功と柄本明がふたりだけで(ちょっとインチキもあるけど)演じてしまうという趣向。だから、二人だけの「検察官」。決して検察官二人だけが出て来るお話ではない。

演劇が格闘技である事は、野田や鴻上の芝居で分かったつもりではいたが、2時間弱の芝居の中でふたりあわせて22回の衣裳替え(勿論、早変わり)、そしてそれぞれの役柄の演じ分けは、もはや理論やテクニックではなく、ただただ格闘技─エンターテインメントとしてのプロレスがいちばん近い─と云ってよい(それはスタッフ─特に衣裳班─についても云える事だが)。何しろ、一人N役な上に、場面展開上、幾つかの二人一役まである。郵便配達夫、市長夫人アンヌ、市長の娘マリーア(ひょっとするとまだあったかもしれない)は場面毎に橋爪、柄本がそれぞれ演じ分ける。とにかくややこしい。柄本明扮するアンヌが娘を呼ぶつもりで「アンヌ、アーンヌ」と叫んで、橋爪にたしなめられるくだりは計算なんだか、アクシデントなんだか全く分からない面白さ。しかも、女性ふたりはそれなりに美しい設定だから、柄本扮する巨顔のマリーアを、橋爪扮するフレスタコーフが真顔で愛で、迫るシーンはそれだけでドリフのコントに匹敵する。
カツラが飛ぶ、薄くなった髪をかきまわされる、全てが格闘技ならではの計算に満ちたサービスだ。これはふたりの芸達者が揃わなければなしえないデキレース(注:褒め言葉である)だった筈だ。飛び散る汗は本物のおじさんたちの汗だ。すごい、すごすぎる。

処で、フレスタコーフが市長宅で町の有力者たちからワイロを貰うシーンでは、ソファに座ったフレスタコーフを後ろ姿にして(演じるは鈴木康郎。よく知らない)、彼に取り入る市長と町の有力者というアクロバット的3人芝居が展開される(だから、ちょっとインチキもある、と書いた)。尤も、この3人目の刺客については、舞台の側も観客の側も、ある種の共犯関係にあるので、後ろ姿のフレスタコーフがオーバーアクションをすればする程、笑いが増幅されるというお得な構造になっている。

やっぱり、生で観たかったな、と観終わってからしみじみ。



【データ】

脚本・演出:ロジャー・パルバース
出演:橋爪功、柄本明、鈴木康郎
美術:妹尾河童
衣装:加納豊美
美術:相川正明



【かいせつ】

チラシ この「二人だけの『検察官』」でロジャー・パルバースはゴーゴリのブラック・コメディーの代表作を、 原作に忠実に舞台化している。しかし原作と異なる点がひとつだけある。 それは16人もの人物を役者の二人だけで演じるのである。哀れにも奇怪かつ滑稽な町民、収賄者、 そして美しい女、などなど全登場人物に、橋爪功と柄本明が早変わり、 トリックをふんだんに使ってやりこなす。(必見) いかなるときに恐怖は笑いになるのか?そしていかなるときに、笑いは人類にとって 最大の恐怖にまでスパークするのか?答えは検察官の到着とともに明らかになる。

町中がペテン師。判事も陪審員も医者も、教師も市長も市長の奥さんも 検察官も、パン屋も給仕も、市長の娘(美人!)も(その他大勢も)みんなペテン師。 でも橋爪功と柄本明だけは違う…少なくとも この二人だけの『検察官』で役者をやっている間は。

今まで劇作家や演出家をやってきたなかで、僕は橋爪功と柄本明ほど”引き出しの多い” 俳優に出会ったことがありません。その二人だけの引き出しの奥にある 隠し芸を引き出してみせることを、僕はひどく楽しみにしています。 ─ロジャー・パルバース

物語は、官吏フレスタコーフがロシアのある地方都市で役人たちから隠密中の検察官と間違えられ、 さんざん飲み食いしたすえに、すねに傷もつ市長や役人から金を巻き上げて遁走する…。 官僚制度を痛烈に批判したブラック・コメディーで、ロシア語で書かれた戯曲の最高傑作の ひとつといわれる。 検察官とは:犯罪を捜査し証拠を集め控訴を提起・維持し、裁判の執行を監督するほか、 公益の代表者として一定の権限を有する行政官。帝政ロシア時代、首都ペテルブルグより 水戸黄門よろしく隠密で巡る検察官は、恐い存在だった。

(シアターΧパンフレットより)



途中、松平さんから、お電話あり。
年末の落語会の右團治さんの出演要請(GWもそんなお話を聞いた)。
さっそく、右團治さんに電話して快諾をいただく。
ものの10分で話がまとまったので、我乍らあきれる(でも、うれしい)。
松平さん、悠都とのツーショットをお部屋に飾ってくださっているんだそうだ。ありがたい事である。



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