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201.山田耕筰の決心
2001/7/2(Mo)
会社帰りの車中、NHKのラジオをつけていたら、童謡特集とやらでクイズをやっていた。
「赤とんぼ」が流れた後、以下のクイズが出題された。
「赤とんぼ」の作曲者、山田耕筰は元々の名前を「耕作」と書きましたが、44歳になってから「耕筰」と改名(無論、ペンネーム)しました。
さて、何故でしょう?
僕にとっての山田耕筰は、子供の頃に観た伝記ドラマが刷り込みとなっているから、今でも山田先生と云うと、頭を丸めた芦田伸介を思い浮かべてしまう。あとは、意外にプレイボーイだった事を何かの本で読み知ったくらいか。
司会者がのたまうには、ヒントは「作」→「筰」に変わった時、たけかんむりが追加されましたが、たけかんむりをよーく思い出してください、との事。「竹」かァ…書きようによっては「44」に見えない事もないよなァ、44で改名したっていうし。でも、「糸井重里七七七」でもあるまいし、今度は44歳が何の転機なんだかか分からない。ま、不吉な数字ではあるが、だったら名前には盛り込まないよななァ。
僕が信号待ちの車の中でうんうん唸っている(ばかか)と、司会者が正解を云った。
何でも、山田先生が指揮を取っているのを、彼の親友が見ていて、ある日先生に忠告したのだそうだ。
「山田くん、きみィ、そろそろ頭が薄くなってきているよ。…そのォ、何だ、そろそろ(カツラを)つけたらどうかね」
親友とは云え、ずいぶん思い切った事を云うひとである。いったい、どいつだよ。
その時、山田先生は、頭が薄くなったからってカツラなんかつけない。そんなことをするくらいなら名前にかぶせるよ、と仰って「耕作」を「耕筰」に変えたんだそうだ。「竹」は「44」ではなくて、「ケケ」だった訳ですね。先生がウィットに富んだひとなのは分かるが、何もそんな事をきっかけに改名しなくてもいいのに。さすがはアーティストとも云えるが、実際かなりこたえたんではないかと推察する(かなり、おしゃれなひとだったらしいし)。くだんの親友は自責の念にはかられなかったのだろうか。もし、それを他人に自慢げに吹聴していたのなら、全くとんだ親友である。
ちなみに「筰(サク)」は竹で編んだ縄(綱)を意味する。
さすがにカツラや毛髪とは縁もゆかりもありませんでした。
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