備忘の都 2001 −AUGUST 〜 SEPTEMBER−  ◆

「えんとつがない家、どうやって入るの?」
ひたむきな健太につられて、朝雄は、つい考え込んだのだが、脇からきゑがこともなげに、
「換気扇からよ」
すると健太は、
「あっ、そっかー!?」
と大変に納得、感心するのであった。

井沢満「夏休みのサンタさん」


206.城健三郎(朗)ともいう207.プチ・八月の鯨
208.プロモートしてません209.夏休みのサンタさん210.此処は地の果て、ナイジェリア

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 206.城健三郎(朗)ともいう

2001/8/18(Sa)

時々莫迦な夢をみるが、今朝のは特にひどかった。

気がつくと、蒲団にごろりと横になった若山富三郎に馬乗りになっている。
それまでの記憶だとか、脈絡は一切ない。部屋の明るさから云うと昼間らしかった。
若山さんは微動だにせず「あー、俺の髭をあたってくれ」と、枕の脇に置いてあるカミソリを指差す。僕は僕で、それを不思議とも思わず、彼に馬乗りになったまま、胸にしがみつくような格好でじょりじょりと髭を剃り始めた。
大きなお腹越しに伝わる体温と、頬にかかる鼻息とをいやに生々しく憶えている。

「俺はこう見えて血にはうるさいんだ。傷でもつけたらぶっとばすぞ」

眼光鋭く云い放った若山さんはそのくせ、顔の何処だかが痒いらしく、まるで僕をいたぶるかの如く、剃刀のあてる先あてる先を先回りして、顔の筋肉をひくひくと動かす。こんなの傷つけるなっていうのが無理だ。しかも若山さんの肌は髭を剃る前から剃刀負けしている。これは絶対何かの罠だ。などと胸のうちで罵りつつ、若山さんと僕の顔はずっと10cm程の距離を保っている。
そして僕がどんなに髭を剃っても、若山さんの頬も顎も頤(おとがい)もずっと胡麻をぱらぱらまぶしたかのような髭ヅラなのだった。

「時におまえ、年は幾つになる」
「今年で33歳です」
「そうか、元服までにはまだ間があるな」

いや、20年近く遅れをとっているような気がするが。

「おまえのかあさんには世話になったんだよ」
「初耳です」
「そうだろう。固く口止めしてあったからな」
「(そうだったのか、かあさん)」
「おまえ、今のうちに何か俺に訊いておく事はないか」
「若山さんにですか」
「他に誰がいるんだ」
「映画の感想とかでもいいですか」
「おまえ、慾がないなあ」

ひょっとして若山さんはランプの精か何かなのだろうか。

「僕、『衝動殺人 息子よ』の若山さんが凄く好きだったんです」
「あんなのは小手先だ。ちょちょいのちょいだ。芝居なんてものじゃない」

若山さんのお腹が、僕の股の下でくくくと上下した。
実際、若山さんは不敵な笑みを浮かべて僕を見ている。
僕は剃刀の手を休めて、彼の頬をつるりと撫でた。駄目だ、全然剃れてない。

「俺のほんとうの芝居を観たければあんなんじゃ駄目だ」
「駄目ですか」
「駄目だ駄目だ」

嗚呼、木下恵介監督は草葉の陰で泣いておられるに相違ない。

「では、若山さんの自己ベスト作品とは何ですか?」

まさか「シルクハットの大親分」では? …いや、それならそれで別に構わないが。
そんな僕の心の声を見透かしたように若山さんはじろりと僕を睨みつけた。

「オレのファンだったら×××を観ろ」
「え、すみません、よく聞こえない」
「何度も云わせるな。オレのファンだったら」

そこで悠都に顎を蹴られて目が覚めた。それが6時前。
って一体どういう寝相なんだよ。

結局、若山富三郎の自己ベストを訊き損ねた。
それだけが悔やまれてならない。
お互い下戸同士だし、仲良くなれそうな気がしたんだけどなあ。

今日観た映画:「蝶の舌(1999・スペイン)」「RUSH!(2001・日)」



 207.プチ・八月の鯨

2001/8/22(We)

昨日、会社で自分の手に余る緊急問合せがあったのでやむなく忌引き中のSさんに携帯を入れた。
Sさんが懇切丁寧に電話対応してくれたお蔭で、その場はことなきを得た。携帯を入れた時、Sさんは屋外に居たらしく受話器の向こうがやたらと騒がしかったのだが、その時はたいして気にもとめなかった。でも今日Sさんが喪明けで出てきたので、ふと訊ねてみた。

「昨日、何だか電話の向こうが騒がしかったですねえ」
「ああ。何か川にイルカが迷い込んできて救出騒ぎがあってさ」
「あ、それ、昨夜ニュースで見ました!」確かに遠くにサティが映っていた気も。
「おまえと話し乍ら、それを橋の上から眺めてた」
「でも、あれ、クジラだったらしいですよ」
「え、あの背びれはイルカだろ?」

その騒ぎはAsahi.comの「洞海湾で子クジラ迷走、無事救出して沖合へ」に詳しい。どうやら、Sさんがイルカだと思ったのはコビレゴンドウの子クジラだったようだ。って、僕も昨夜のニュースのクジラ報道に違和感を唱えたひとりだったり。「え、あれってイルカじゃなかったの」
まさか、あのクジラ騒ぎは自分の通勤コースだったとは(橋のすぐ傍にSさんのマンションがある)。
今、大潮だし、海面が高くて汽水域に迷い込む条件が整ってたのかも。
そういえば、その昔、南極で氷に閉じ込められたクジラを大騒ぎして救出したのも8月じゃなかったっけか。



夜、帰宅すると井沢先生から「夏休みのサンタさん」(角川文庫)が届いていた。
内表紙には僕の名前のあとに「感謝をこめて」の言葉と先生のサインが添えてある。
BBSの賑やかしでしかない一ファン(しかも、最近ROMばかり)に、此処までのお心遣い。
これが夢にまで見た「著者謹呈本」というものなのですね…。ああ、ネットやってて良かったよう。
井沢先生、本当にありがとうございます。

で、我が家の速読の女王に本篇をチェックしてもらうと、ちゃあんと小説版にも「換気扇」のくだりが出てきている。しかも、2回も。
これはもはや「家宝」でしょう → おかあさん。
そうそう、キャストは諸般の事情で八千草薫さんから草笛光子さんに変更になっております。

この夏は文治師匠にまさかの残暑見舞(で、これがまた師匠らしいウィットと粋に溢れた文章なのだ)も戴いたし、「あ、くたびれてるわ、オレ」と思う頃合いを見計らって、色んなひとに元気を貰っている気がする。ああ、ありがてえなあ。




 208.プロモートしてません

2001/8/30(Th)

精神的に余裕のない仕事が続いている。かなりしんどい。
時間的にもそうだが、これだけ色んな仕事が輻輳していると、自分が10分前にしていた仕事の内容が分からなくなったり(そりゃ末期ですがな)。しかもそれぞれに違う関係各所との折衝事の面倒がつきまとうと来れば。…ごめんね、甘ちゃんで。でも、自慢じゃないが僕という男は打ち強く、打たれ弱いのだ。えへん。

ある会議の席で、メインの議題が終わったあと、院内出身のN松さんが不意ににこにこと、

「毎週、ラジオ聴いてるよ。倉田さんのオトモダチの」
「ああ、NHK。聞いてくださってます?」

N松さんには一度、やっさんがご当地院内で真打披露をした時、偶然客席で出くわして、その時、初めて彼が院内出身で毎週末には欠かさず実家に帰っているのだと知った。で、もののついでに公式サイトをこさえている話をしたんだった。思えば、3年は前じゃないか。

「ほお」とざわめくテーブル。「友達がラジオに出ているとは?」
「いや、この倉田さんの同級生が落語家さんでね、このひと、立派なプロモートして会場を満杯にしたんよ」
「嘘ですよ、嘘」僕は慌てて打ち消した。
「僕は単にホームページを作っているだけで」
「おお、立派なプロモートだ」とおじさんたちが口々に感心する。「プロモート、プロモート」

あれは院内町が総出でやった会だし、少なくとも地元落語会の黒幕はとんくんである。
僕は本当にオブザーバーに過ぎない。その席上で妙に感心されて、本当に恥ずかしかった。
特に今月、やっさんのページは更新をかなりサボっているので、プロモートだなんておこがましいにも程がある。
早く、更新しなきゃ。



夜、久々に右團治さんとメールを交わして、右團治さんの熱い一面を垣間見る。
これはやっさんの書く文章を読んでいても感じる事なのだけれど、右團治さんもやっさんも非常に「怒り」のポイントが文治師匠譲りだなあ、と思う。
やはり長い事、文治師匠の薫陶を受けていると(やっさんも右團治さんも内弟子さんだったしなあ)、ものの価値観だとか善悪の観念が似てくるものなのだろうか。でまた、それが時々小気味良かったりするんだよね。




 209.夏休みのサンタさん

2001/8/31(Fr)

「夏休みのサンタさん」(角川文庫)を読了したので、井沢先生の掲示板に感想を書き込んだのは27日の事。
書き殴って推敲作業が粗いうえに、表現も稚拙で美文には程遠いが、折角なので、日記というかたちで記録しておく。



まずは井沢先生、「夏休みのサンタさん」お送りいただきありがとうございました。
今月は色々としんどい事があったので、この事で沢山元気をいただきました。
どんなかたちでお返し出来るものやら分かりませんが、まずは一所懸命、感想を書いてみます。
以下、物語のネタばれを含みますので、(小説未読の方は)ご注意ください。

物語は「老後」即ち「第二の人生」、そして「家族」がテーマです。
これは僕の大好きな「とっておきの青春」と同じモチーフな訳で、早い話が読む前から楽しみにしていました。
北海道の養老院を終の住処と決めたきゑさんは、つまり東北で巡り合った恋人と暮らすべく家を出る「とっておき」の伊佐治さん(字、違ってましたっけ)に重なります。ふたりに違いがあるとすれば、伊佐治さんには彼を待つ女性の存在があるけれど、きゑさんはひとりぼっちで人生を閉じようとしている事でしょうか。尤も、きゑさんの「私の居場所がいなくなった」発言は、伊佐治さんの「自分を頼りにしてくれるひとと一緒に暮らしたいんだ」ということばの裏返しでもありますから、ある「家族」の中で「役目を終えた」と(自分では思っている)老人の悲愴な覚悟に変わりありません。ですから自分の居場所がない(親として、或いは祖父母として役割分担としての「現役」ではなくなった)、というその一点で(それだけではないでしょうが)、ふたりは絶望のあまり、痴呆の兆候を垣間見せます。これは悲しい事です。

しかも、きゑさんには、彼女が頼るべき新しいパートナーがいない。
彼女を支えてくれるべき家族は、彼女が自ら身を引こうとしている家族しかいません。

そして朝雄さん。
「とっておき」の緒形さんが、現在の自分の仕事に見切りをつけて、養鶏場の管理者として転身するのに比べて、朝雄さんは閑職に甘んじて、何もかもが今更間に合わないと思っている。「諦めている」というのとも少し違うと思うけれど、今から新しい何かをやるべく立ち上がろうという「もうひとふんばり」を持てずにいる。

「とっておきの青春」は、人生の秋や冬にいるひとにも、本人の勇気次第で隠し玉にしまっておいた「青春」がまだ使えるんだよというお話(だと思っています)。けれど「夏休みのサンタさん」には白秋、玄冬を迎えたひとたちが「第二の人生」を編むにあたって、これといった打開策も無く立ち尽くしているお話。でも、僕ら現実を生きるひとたちの圧倒的多数は「とっておき」より「夏休みのサンタさん」サイドにいる筈で、シビアだけど、故に決して目をそむけてはいけない…非常にしんどい物語でもあります。

物語の最后には萌子さんが北海道まで迎えに来て、とりあえずの大団円となる訳ですが、きゑさんに関しては決してハッピーエンドで終わる訳ではありませんよね。介護問題を含め、本質的な問題は棚上げのまま終わります(実は「とっておき」だって、伊佐治さんがいずれ亡くなれば家族はばらばらになる事が示唆されている訳で、あれも決してハッピーエンドのお話ではありません。ただ、ぼくが井沢作品を愛しているのは、そういった個人の力ではどうにもならない処で、ひとびとが懸命に支えあっている姿がいとおしいからなのだと思います)。

でも、たいせつなことは、萌子さんが姑のいなくなった家族の隙間を埋められずにいるというただその一点に集約されます。「おかあさんがいないと淋しいから帰ってきて」という痛みは、とても率直な愛情の発露です。それがたとい安易な「思考停止」だとしても、思考停止の何が悪いと思ってしまうんですよね。
この先、姑の介護をめぐってきゑさんと萌子さんとの関係に亀裂が生じたとしても、きゑさんは自分を見失わない限り、嫁が自分を迎えに来てくれた事を決して忘れないし、萌子さんも姑を迎えに行かない人生を選ばなかった事をずっと自分の勲章に出来ると思うんです。

「老後」をめぐるさまざまな問いかけは、誰にも正解を用意出来ません。
先回りする利口さも否定しませんが、愚直でも今の自分の「たいせつなひとを喪いたくない」という気持ちに正直でありたい。少なくとも、そうでなければ人生に常に或る欠落感がつきまとうような気がします。「つま恋」をめぐる妻の介護もこれと同じだと思っています。

井沢先生の突きつける問いはいつでも手厳しく、そしてあたたかい。
僕らはまず僕らが無力である事を受け入れなければ。
でも、それはひどく難しい事です。



「つま恋」での感想に引き続き「とっておきの青春」と比較して、井沢作品の物語に踏み込むあたりが、我乍ら毎度ワンパターンである。こういつもいつも、この作品の此処が「とっておき」に似てる、あそこが「とっておき」を思い出させる、では井沢先生もいい加減うんざりするんじゃないか。
で、遂には井沢先生に「あれこれ、たくさん書いているようでいて、実のところ私は同じ旋律を変奏し続けているだけのことかもしれません」とのお返事をいただいてしまう。でも、一作家が全力投球した作品なんて多かれ少なかれそういうもんなんじゃないかという気もする。

いずれにしても「とっておき」を軸に井沢作品を味わうスタンスは変えられそうもない。
…或る意味、「とっておき」はオレの原風景なのだ。

27日の読書:井沢満「夏休みのサンタさん」(角川文庫)



 210.此処は地の果て、ナイジェリア

2001/9/4(Tu)

僕が勤めている会社が4月に社名変更したのに伴い、会社のメールアドレスも新社名のものに変わった。
ただ、10月までは移行期間という事で、旧アドレスも使用できる(僕はもう使っていないけど)。
処で僕の向かいの席のK田さんの旧アドレス宛てに最近よく海外からジャンクメールが飛んで来るという。
聞くと、今日も2通来たらしい。早速、転送してもらい、翻訳ソフトにかける。

一通はナイジェリア政府で国家石油会社のお墨付きだか何だかを与える省に在職するCHRIS KANU博士。
もう一通はナイジェリアの大統領選挙運動で宙ぶらりんになった4000万米ドルを手にするALHAJI MUSA ABDULAHI氏。
何故だか、いやにナイジェリアづいている(こないだは韓国から何通もメールが来たらしい)。
内容はどちらも「ぼろい金もうけがある。パートナーにお前を選んでやるから、一口乗れ」という黄金パターン。

CHRIS KANU博士曰く、彼が在職する省の予算の余剰金らしい1850万米ドルを一時預かり(何だそりゃ)してくれるひとを探しているんだが、良ければ銀行口座を貸してくれないか、との事。ナイジェリア政府からのリスクおよびトラブルは全くないそうだ(おいおい)。

ALHAJI MUSA ABDULAHI氏の方の与太は、1998年の大統領候補の不審な死によって手付かずで残った4000万米ドルを、おまえの祖国で増やしたいので手伝ってくれというもの。成功報酬は総額の20%。K田さんに白羽の矢を立てた理由は「ナイジェリアの商工会議所でK田さんの信用情報を得た」かららしい。商工会議所、おそるべし。

K田さんの古いメールアドレスが何処でどのように流れたかはともかく、日々エキサイティングな手紙が来るのも悪くない。
何しろ昨日はアジア、今日はアフリカと、ねずみ講メールでつなぐ世界旅行。
K田さんに「羨ましい限りです」と云ったら怒られた(そりゃ怒るって)。どうせ10月までの辛抱ですから。
それにしても、翻訳ソフトは何処のサイトのも、余り使えないですね。



夜、待望の「夏休みのサンタさん」をまさに観んとした処で、会社から電話。
結局、1時間半くらい電話対応で忙殺される。念の為にビデオ録画しといて正解だった。

物語自体の感想は小説の感想で述べた通り。見事なまでの映像化。
実はちょっぴり不安だったミュージカルシーン。
処が、それはまったくの杞憂であった。とにかくTVドラマとは思えないくらいリキの入ったCG合成に感心する。単純なブルーバック合成で終わらせず、背景のCGアニメに合わせて、渡さんと子役の男の子にも水彩画みたいな画像処理を行っていて、それがビデオ合成の安っぽさを回避している。随分と手間暇がかかっていそう。井沢先生、いいスタッフに恵まれましたね。
処で、犬山のおかあさんたちは忘れずに観てくれただろうか。

悠都が熱っぽいので、奥さんが体温計をあてたら38度ちょいあった。
我が子の健康伝説にも、ついに陰りが。本人も自覚してか、今宵は騒がずおとなしく寝てくれる。
泣かないのがえらい。でも、それがまた可哀相だったり。



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