備忘の都 2001 −SEPTEMBER 〜 OCTOBER−  ◆

われわれは2001年の9月11日から真の21世紀に入りました。
結局のところ人間はこういう形でしか新世紀に入ることができなかった。

池澤夏樹「新世紀へようこそ」


222.月島もんじゃ戦争
224.ウチを探してくるひとたち

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 222.月島もんじゃ戦争

2001/9/22(Sa)

昨夜、CSで松田聖子特集など観たおかげて二人が起きたのはお昼過ぎ。

昨夜呑み会だったはるさんの体調が悪いというので、何となく部屋でだらだら過ごす。
わざわざ延泊して部屋でだらだらとは悲しすぎる、とさんざん嘆いたら瀬戸口くんがようやく重い腰を上げてくれる。
といっても夕方だったけど。秋葉原に行って瀬戸口くんが「太陽を盗んだ男」のDVDを買って、近くのスタバで茶をしばいてから、何となく「老人たちの原宿」巣鴨へ行く。夕刻の巣鴨商店街を散策、刺抜き地蔵でお参りした処であたりはもはや夜モード。
本当は田沼意次の墓やお岩稲荷まで足を伸ばしたかったのだけれど、今日になっていきなり寒くなったからか瀬戸口くんの腹具合が悪かったのと、はるさんとなかなか連絡がとれなかったのと、今ひとつ盛り上がらなかったので(笑)適当な処で引き返して、商店街の入り口で瀬戸口くんのリクエストの豚まんを買って食べる。寒い時には豚まんがいちばんだね、てな事を云い合う。



ようやくはるさんと電話が繋がったのは芝公園の瀬戸口邸まで戻ってから。
体調の方は「一応」復活したらしい。はるさんによると月島にいいもんじゃの店があるというので(尤も、月島にいいもんじゃの店がなければ、世界中の何処を探してもいいもんじゃの店は見つかるまい)、急遽大江戸線に取って返し月島ではるさんと合流する(彼の職場は田町なので、この辺りはホームグラウンドなのだ)。あろうことか、ほんの昨日までの通勤コースである。

駅周辺は夜の20時を回った事もあって明かりとて少ない寂れたモードだったのだが、くだんの月島西仲商店街(通称「もんじゃストリート」)まで辿り着くと少し喧騒を取り戻した。尤も、22時を過ぎれば殆どの店が閉まってしまうらしいから、さほど賑やかでもないが、商店街の両サイドを50軒ものもんじゃ屋が軒を連ねるさまは壮観の一言に尽きる。ていうか、呆れた(笑)。

寡聞にして知らなかったが、はるさんの話によると月島にはもんじゃギルドが二派閥ある。
ひとつは地下鉄有楽町線・月島駅7番出口脇のビルに居を構える「月島もんじゃ協会」
もうひとつがブルドックソースと提携した「月島もんじゃ振興会」
平たく云えば、前者がもんじゃブームに目をつけて他所から入ってきた新興勢力、後者が「協会」に対向して昔乍らの地元住民が組織した元祖もんじゃ屋と大別出来る。振興会所属の店先には必ず「東京土産月島もんじゃ焼きパック」が飾ってあるそうだから第三者でも二派閥を見分ける事は可能である。「振興会」にしてみれば、「協会」は「月島」というブランドが目当ての「ハイエナ野郎」という事にでもなるか。以前、2ちゃんの掲示板で「協会」について色々な憶測・ウワサが出たが真偽の程は知らないし、無論、どちらを選ぶかは客の好みである。

という訳で、もんじゃストリートの手前に位置する「月島もんじゃ協会」、此処で発信している「オススメのもんじゃ屋情報」は故に協会加盟店というバイアスがかかる。食べ放題の「ムーの子孫」とか異色な店はともかく(初心者には絶対此処を薦めるらしい)昔懐かし系の店はまず紹介してもらえない。で、当然と云えば当然だが、もんじゃストリートの大半のお店は振興会所属なのだ。ちなみに隅田川下りを楽しめるもんじゃ屋形船は「協会」の運営である。

で、はるさんが連れていってくれたのは当然(笑)振興会所属の「もんじゃ近どう」
創業昭和25年というから老舗中の老舗である。道を隔てて本店と2号店とあるが、21時近かった事もあって開いていたのはキャパの大きな2号店のみ。尤も、メニューは全く一緒だから別段問題は無い。老舗振りを強調してか、店内には創業当時の写真がパネルになって飾ってある。駄菓子屋の写真もあるが、昔は両方兼ねていたという事か…。あとは有名人の色紙が壁中に貼ってあるのが何処ぞのラーメン屋のようである。

恥ずかし乍ら30余年生きてきて、もんじゃ初体験である。
(尤も、生まれて初めて松茸を丸ごと食べたのもこの夏であった)
何しろ50種類ものメニューがあるので、細かい具関係は覚えちゃいないが、3人でそれぞれカレー味、にんにく味、ノーマルの3枚を頼んだら、あろう事かカレー味のが最初に来てテーブル中がカレーの風味になる(最初だから土手づくりも旨く行かなかったし)。こりゃあとで来るもんじゃは皆カレーの洗礼を受けますね、と覚悟していると次に来たにんにく風味がこれまたキョーレツ。一瞬にしてテーブル中がにんにくの匂いが染み込んで、カレーは見る影もない。今度ははるさんが上手に土手をこさえてくれたので、かなりもんじゃらしいもんじゃを堪能する。それにしても極端から極端である。結局3枚めのもんじゃもそれなりに食べたけれど、果たして僕らの舌がカレーやにんにくでバカになっていたかどうか、もはや定かではない。とりあえず旨かったからいいや。

そして、閉店時間も押し迫ってからデザートのあんこ巻。
これこそが、はるさんの会心の一打であった。

「こいつだけは、お店の人に焼いてもらった方がいい」

とはるさん。これはもんじゃというよりもむしろ厚手のクレープといった処か。
鉄板の上で薄く延ばした粉に餡を乗せて、こてを使って布団蒸しの要領でくるくると巻くその小気味良さ。
お好みで、オプションについた黒蜜をかけて食べるというもの。勿論、皆んなしてかけて食う。
先のもんじゃ3枚で、胃袋が大概へばっていた処に、このあっさり和風のデザートが人心地つかせてくれる。
既に、僕らのテーブルの周りに客は居ない。22時もとっくに廻っている。
会員カードを持っているはるさんに支払いをまかせ、僕と瀬戸口くんは先に外へ。

すっかりシャッターを降ろした軒先の中にまじって元気で営業しているのは案の定「ムーの子孫」であった。
オープンカフェ風で全然もんじゃ屋ぽくない処が却って「らしい」というか。
聞けば此処にはデザートもんじゃやライスもんじゃもあるらしいが、デザートもんじゃはちょっと…。

参考までに振興会の月島もんじゃMAPはこちら



はるさんは終電前に家に帰るつもりだったらしいが(そりゃあ片腹痛い)、ガストで軽食を済ませ(をいをい)、コンビニで食料を買い込んだ後(まだ食うらしい。勿論、僕は食べませんでしたとも)そのまま瀬戸口邸で、日付が変わったというのに、DVD「太陽を盗んだ男」上映会へと雪崩れ込む。だからァ明日の朝11時には羽田へ行かなければならない身には甚だメーワクだって云ってんのに、ふたり共へらへら笑ってちっとも取り合ってくれない。しかも、映画自体がたいへん面白いから性質(タチ)が悪い。

かくして、夜は無情に更けてゆく。




 224.ウチを探してくるひとたち

2001/10/19(Fr)

久し振りにウルトラランキングなどチェックしてみる。
解析対象アクセスログ集計期間は、2000年3月04日(土) 01時41分から2001年10月19日(金) 21時31分までの594日ぶん。

検索語クエリー(組合せ)レポートから、ウチを訪れた検索語の上位20は以下の通り。

 1.巻き爪
 2.一升餅
 3.早崎文司
 4.田中沙斗子
 5.大森南朋
 6.大杉漣
 7.ナインゲート
 8.佐藤貴広
 9.女子中学生
 9.本多哲郎
 11.江戸弁
 12.小林聡美
 13.ムットーニ
 14.イ・ビョンホン
 15.相沢友子
 16.松沢蓮
 16.黄川田将也
 16.絞殺シーン
 19.柴田陽亮
 20.いかようかん
 20.夏休みのサンタさん

僕にすら心当たりのない人名は殆ど「映画のタマシイ」の邦画のキャスト表から。
「女子中学生」「絞殺シーン」あたりが殺伐としておりますが、前者は映画「ユリイカ」に来てた女子中学生のマナーの悪さの話を書いたくだりで、後者は韓国映画「イエローヘア」で電飾コードを用いた絞殺シーンが幻想的で良かったと書いたくだり。これらが検索者の意向に沿ったものだとはどうしても思えない(特に前者)。皆、組み合わせ検索という基本的なワザを知らなさ過ぎる。

「巻き爪」「いかようかん」「大杉漣」「相沢友子」あたりは大きく取り上げたネタなので、まあ、納得のランキング。



当然殆どは各種サーチエンジンからのアクセスなのだが、ごく僅かな例外もある。
個人的な掲示板から直接ウチの日記にリンクが張ってある場合とか、結局これは追跡不能だったのだが、田畑智子応援サイトから謎のアクセスがあったり。僕は彼女の話を書いた記憶が全くないのだが、尤も若年性健忘症のケがあるので、余り自信はない。

でもいちばん吃驚したのは、森岡正博「臓器移植法改正を考える」から、2000年5月14日の日記に逆リンクを張られていた事。
元ネタというか、そのきっかけとなった源流を辿ると、同年5月19日深夜に森岡掲示板上で、当の森岡先生の「このページの042に、辛辣な町野批判が載っております。たしかに、あれ読んだらふつうはこう思うよねえ。」なる発言が上がっている。
どうやらご自分で「町野案」を検索してウチの日記に辿り着いたらしい。
この効果は絶大で過去日記ログ中、このページだけぽーんと1595アクセスある(その次が悠都の出産レポートの419アクセス)。

実は全く個人的な話、僕の卒論の内容は、当時の森岡先生の著作2冊「生命学への招待」「脳死の人」に負う処が大きい。
僕にとって森岡先生はプチ・セレヴなので、別に日記の内容を褒めていただいた訳ではないが、妙に面映い。
九州・熊本のひとらしい、とあるのは熊大SF研のせいだろうが、実際、著書のお世話になったのは大学時代だからそれでもいいや。



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