備忘の都 2001 −OCTOBER〜NOVEMBER−  ◆

笑いは取るものではなく、聞く者の内に、ひと息置いて
湧き上がらせるものだ、といういましめが、
志ん朝さんの内にはあったように私には思われる。
笑いをすさませぬために、端正の形に敢えてついたのだろう。
しかし時には砂を噛む思いもしたことだろう。

古井由吉「洋館の学校」(日経新聞2001年11月4日)


231.フリーズドライ苺・とよのか232.気持ちだけはウェルカムでした
233.九州出張してくれますか、ガールズガード
234.メルマガ版「映画のタマシイ」235.ふくめんパトカー

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 231.フリーズドライ苺・とよのか

2001/10/31(We)

18時まで続いた会議のあと、ダッシュで会社を抜け出し、北九州都市高〜九州自動車道〜福岡都市高と時速100キロでぶっ飛ばして(あ、都市高は法定速度ですよ)、20時前にはどうにか百道「シーホークホテル」に到着する。ロビーで待ち合わせて、日本を縦断旅行中のタラさん、マリエさん母娘と初対面。案の定、ぎこちない挨拶を交わす。

マリエさんは犬山のおとうさんの叔母さん(叔父さんの奥さん)、タラさんは従妹にあたる。
奥さんが大学時代オレゴンにホームステイした時にたいへんお世話になったひとたちである。
なるほど、タラさんの顔立ちは奥さんの大叔母であるミツコさん、犬山のおとうさん、そしてウチの奥さんの系譜に連なっているのがよく分かる。まさしく、血(ヒトゲノム)の不思議ですね。奥さんもこのおふたりに直接お会いするのは10年振りだとか。気の長い話である。

今日はお昼に先行した妻子とおふたりが博多駅で再会、ふきやのお好み焼きで昼食(或る意味、すごいチョイスだ)にした後、百道に移動して「中世博多展」のエキゾチックな町並みを堪能したとの事。途中、元寇にからめて奥さんが「KAMIKAZE」の語源についてレクチャーしたそうだ(英語力がない僕には途方にくれる話である)。で、奥さんが夕食は長浜屋台でとんこつラーメンをご馳走したい(まるで炭水化物のオンパレードである)、との事だったのでおっとり刀で駆けつけた次第。



皆んなして駐車場に向かう途中、ホークスタウンに福岡土産の区画があったのでちょいと冷やかすと、「博多の女(ひと)」の二鶴堂「中洲deいちご」というのが昨夜食べた「ストロベリーチョコ」に瓜二つなのに驚く。フリーズドライ苺のホワイトチョコ包み。「今までに無い新しい味わい」の惹句は確かにそうだったんだが、六花亭とどっちがオリジナルなんだろう。「博多の女」自体、「オリジナルってどれよ」問題を孕んでいるので、二鶴堂の分が悪いかなどと思ってみたり。

あとでネット検索してみると製菓材料と機械器具の専門商社「イイヅカ」がヒット。
此処の月刊「情報メニュー」記事抜粋からフリーズドライのイチゴ「とよのか」を読むと、どうもこの「イイヅカ」が中国で栽培した日本種のとよのかをフリーズドライ化して日本に持ち帰り、各製菓メーカーにホワイトチョコがけ製品化して売り出す事を提案したらしい(勿論、札幌と福岡それぞれに営業所を持つ)。で、気になるのが以下の「用途」の項。

●用途
・ホワイトチョコがけで製品化したものが最適です。(味の調和がとれている)
・パッケージを工夫することで自家製品として販売できます。
・バレンタイン用にもってこいです。

なるほど。真相はイイヅカのプレゼンに乗った「六花亭」「二鶴堂」の各メーカーが個別に商品開発して世に問うたという事ではないか(以上の情報を元に、僕が勝手に推測しているのに過ぎない)。北海道と九州なら競合しないし。だから、各メーカーとも使用している苺はイイヅカの中国産「とよのか」な筈。おそらく。という事は探しようによっては第3第4のフリーズドライ苺ホワイトチョコがけ製品が見つかるかも。昨夜の感動というか、ありがたみがちょっぴり薄れたが、いや、マーケティングは奥が深いなあ。



20時ちょい過ぎには長浜に到着。
迷うことなく、おふたりを「ナンバーワン」に案内する。奥さんも屋台は2年振りくらいか。
僕が「ブレードランナーズ・ディナーです」と説明したが、おふたりには分かっていただけなかった模様(泣)。マリエさんはお年寄りだからともかくタラさんには分かってもらえると思っていたのでちょっとショック(ばか)。奥さんに聞くと、ホームステイ時代、タラさんはエドガー・ケイシーもご存じなかったそうなので(そんなもん知らなくても人生うんと有意義に生きていける)、そう云った世事(とは云わないだろう)には疎いひとらしい。映画もあまりご覧にならないそうだし、勉学一筋のライフスタイルというのも実際にあるのだ(タラさんは医学関係の博士号を3つ持っている)。ハリソン・フォードにはもうちょっと頑張ってもらいたい。
ひょっとして海外旅行の多いおふたりなので、香港や東南アジアでジャンクフード系は経験してると思いきや、どうも屋台は初めてだったようだ。おふたりにお見せしたくて思わず替え麺したり。タラさんは酔っ払いのおじさんたちの与太が楽しかったらしく、店先や厨房の写真を撮っていた。もうすぐ九州場所が始まるからだろう、隣の店でふたりの力士がラーメンをすすっていたので、これは幸いと、「スモウレスラー」のひとりにお願いしてタラさんと記念写真を撮らせてもらう。これは思わぬ収穫であった。総じて楽しんでもらえていると嬉しいのだけれど。

中洲、天神と適当に福岡の主だった処を車で流して簡単に案内する。
マリエさんはご高齢だし、岡山から移動してきたばかりだし、ちょっとしんどかったかもしれない。興奮した悠都がずっと咆えていたし(きゃつに耳許で叫ばれると耳鳴りがして何も聞こえなくなる。ホントウの話だ)もう少し気遣うべきだった。反省。



22時にホテル着。おふたりは17F、僕らは16Fの1603号室。
前回と同じネイティヴ・アメリカンの部屋(17Fの方はアフリカの部屋らしい)。
部屋にはおふたりからの山のようなお土産。お土産天国というのは日本特有のスタイルかと思っていたが、まあ、おふたりも「日本人」だからな。僕のシャツまで買ってきていただいていとありがたし。悠都は本場のディズニーストア土産のミッキーマウスに頬擦りしている。

明け方5時過ぎ、余りの寒さに膀胱が破裂しそうになって目が覚めた。
エアコンの表示を見ると「21℃」。寒い筈である。慌ててスイッチを切るが、奥さんも子供もシーツから逃れるようにして大の字。
どう見ても寒くて縮こまっているという風情の極北にある。…「心臓」だねえ。




 232.気持ちだけはウェルカムでした

2001/11/1(Th)

年休を取った。

朝食はホテルシーホークのビュッフェ。
和洋とも相変わらず品揃えが良くて、一品一品のレベルが高いが、スパゲティだけはぱさぱさ。
一杯目は和食(ごはんと味噌汁)、二杯目は洋食(トーストとコーンポタージュ)にする。朝だからいいのだ。
滝のオブジェがある池沿いのテーブルを押さえる。対岸側の人工ジャングルで飼っているオウムが鋭く鳴いたら、タラさんが思わず空を見上げた。アメリカでは実際に鳥を放し飼いにしているアメニティ施設もあるらしい。だからって朝食のテーブルに容赦なく糞が降り注ぐのはイヤだなあ。
悠都はこの池に興奮して、花崗岩のオブジェの柵の隙間から何とか手を伸ばそうと必死。湯の張ったバスタブには死に物狂いで泣いて抵抗するくせに(自宅を除く)、池だといいらしい。こいつの好悪の基準は謎だらけなので、早晩口が聞けるようになったら聞いてみたい事が山程ある。



チェックアウトはすませ、車に乗ったのが9時半過ぎくらい。
尤も、都市高経由で空港までは10分そこそこなので、あせりはない。
タラさんとマリエさんはこれから那覇へ向かい、米軍基地で軍医として在勤しているケンさん(マリエさんの甥、タラさんの従兄弟にあたる)のお宅に1週間程滞在して、それから帰国する予定。日本の空港は荷物チェックが簡単なので、こちらにいる方がうんと気がラクだそうだ。

出発ロビー近くで、最後に記念写真を撮ってお別れする。
あっという間で、果たしてまともなおもてなしが出来たかどうか甚だ怪しい。
色々と不器用ですいません。やっぱりTOEICですか。なんちて。
マリエさんが、自分が元気なうちに遊びに来てほしいと仰ったのが何とも。
油断すると今回みたいに簡単に「10年振り」になってしまう訳で、それは奥さんの配偶者に過ぎない僕としても本意ではない。奥さんを可愛がってくれた皆さんがお元気なうちにオレゴンに渡って、そしてカニを食べるんだ(何だそれは)。何処かで思い切らないといけないですね。
いずれにしても、再会出来る事を確信して。

博多駅で石井聰亙の「ELECTRIC DRAGON 80000V(2000・日)」を1000円で観て(余程疲れていたのか、かなり記憶が途切れる。問題はこの映画が55分しかない事。内容そのものは予告編が全て語っているような作品なんだけど)、紀伊国屋でこないだから探していた大久保義信「戦闘糧食の三ツ星をさがせ!」(光人社)を購入。香椎「サントノーレ」でタルトやプティングを買い込んでから16時帰宅。

奥さんが髪を真っ赤に染めに行っている間、部屋で悠都と睦まじく終始ゴロゴロする。
夜は「金八先生」を観乍ら激しく泣く(悪かったな)。第4話からこんなに飛ばしてて大丈夫なのか。




 233.九州出張してくれますか、ガールズガード

2001/11/6(Tu)

最近、本気で映画に行ってない、というか行けてない。
映画に行く心の余裕さえない、というのが正解か(全く不徳の致す処です)。
この4週間で1本しか観ていない。それも55分の短編映画だけ。
なのに今月はこのあとも映画観る目処がまるで立てられないという映画者としては7年振り位の鑑賞危機である。そんなことで映画関係の掲示板の管理人(のサポーターだけど)がつとまるのか甚だ不安。この週末は帰省中のあめんさんとトリアス久山で「怪獣大決戦ヤンガリー(2000・韓米)」を観ようと画策しているのだけど、はてさて。



処で、東京新聞「中絶保証付きコンドーム」。ううむ、そうかそう来たか。

東京・六本木で開業する産婦人科医が、妊娠した場合には中絶費用を負担する“中絶保証”付きのコンドーム「ガールズガード」(二個セットで二百円)を売り出した。中絶や性病がまん延する十代の若者たちに「コンドームをつけるのが人間のセックス」と訴えるための奇策だ。
「ガールズガード」を使用していて破れた場合、現物や申請者の写真を送ってまず登録してもらう。その後、妊娠が判明した場合、本人と確認したうえで、中絶手術費用(約十万円)を負担─というのが、中絶保証の仕組みだ。
「ぜひ、とにかく(コンドームを)つけてつけてつけてって感じです」。企画した赤枝恒雄医師(57)の口調は熱を帯びる。

企画したのが六本木の産婦人科医って処が、キモですね。
ひとによっては「中絶保証」って何ですか、それよりも先にまず教育を、とか仰られる方々が大多数おられるに相違ない。でも、六本木で開業してて日々若い娘らの掻爬をめぐるドラマを見せられる身にもなれ、というのも一理ある。これは、中絶現場からの悲痛な叫び、とりあえずの応急手当なのだろう。それは分かる。それは分かるが、趣旨が歪められはせんか、やっぱり。



会社帰りにサティに寄って、昨夜悠都の頭を洗ってやっている時に無残にも真ん中からずぶずぶと沈んでいった風呂の椅子(今度はプラスチック)と、「チョコラザウルスハンドブック」(勁文社)を買って帰る。何ィ、第一期リペイント版、年末年始期間限定発売だァ? …あこぎな商売をしやがる。




 234.メルマガ版「映画のタマシイ」

2001/11/9(Fr)

奥さんが「映画のタマシイ」をコンテンツにまぐまぐに登録したらしい。
最近まぐまぐメールを読み飛ばしているので、僕は見落としていたんだけど、今日付の新着情報に掲載されたそうで、武闘派のT中さんから「私の知り合いがまぐまぐから発信してるなんて。びっくり!」とメールを貰った。この日記を書いてる時点で登録者数60人。まぐまぐ、恐るべし。

まぐまぐから来たメールには「今後数日間は読者登録が集中しますので、読者数の増加が落ち着いてから創刊号を発行されるほうがよいでしょう」とあるので、まだもうちょっとは登録数が増えるらしい。折角だから100人くらい行くと嬉しいが、あんな無責任な映画評に皆んなついてきてくれるのか。ちなみに奥さんが用意したサンプルは現時点で「映画のタマシイ」INDEXページに掲載してある「陰陽師」の真田広之礼讃テキストである。だから少なくとも登録した人のうちの幾許かはこれを読んでいる筈ではあるのだが。

しかし今、映画鑑賞危機は継続中だし(明日は1本くらい観れそうだけど、すぐに感想を書く余力があるかどうかは別)、次の感想が創刊号のテキストになるかと思うと妙に緊張するなあ(観ただけで感想を書いていない映画もかなりあるし)。

ま、面倒くさいことは全部、妻に託そう。



そうそう、右團治さんから氏家土産の鮎をいただく。
そもそも氏家自体何処だかよく分かっていないのだが、鮎は栃木県塩谷郡喜連川の荒川養殖漁業生産組合の産であるらしい。
「かんろ鮎(鮎の甘露煮)」に「むすび鮎(鮎の昆布巻)」。来年のお正月まで日持ちするので、まさにザ・おせち料理である。
ウチの奥さんの実家のすぐ傍に長良川があるから、彼女、鮎は好物である(いや、何でも好物のひとなのだが)。
僕の鮎体験は貧しくて、昔熊本の黒川温泉の囲炉裏端で食べた塩焼きと、キハチのランチで食べた創作料理の2回ぐらいしかない。

お気遣い痛み入ります。心して食べさせていただきます。




 235.ふくめんパトカー

2001/11/10(Sa)

悠都の愛読書の一冊である「BCキッズのりものがいっぱい(8)パトカーとしょうぼうしゃ」(三推社・講談社)
所謂、乗り物カタログ絵本の類で、救急車好きの悠都は消防車そっちのけで救急車のページばかり眺めている。
この絵本(というか写真本)、パトカーの写真も豊富で「けいらパトカー」「ミニパトカー」「こうそくパトカー」そして「ふくめんパトカー」

何だ、その「ふくめんパトカー」ってのは。

写真は一般車輌の屋根にパトランプが乗ったもの。
コメントには「パトカーだとわからないようなすがたでしごとをする、パトカーです」とある。

きっと、子供は絵本を読んでくれている親に聞くぞ。

「パトカーだとわからないようなすがたって? 赤いピーポーがついているよ」
「いや写真には赤いピーポーがついてるけど、走ってる時はピーポーもつけていないんだよ」
「ふうん。どうして」
「どうしてって、その、つまり、こっそり『ねずみとり』をするんだよ」
「おまわりさんがねずみをとるの? ねこみたいに?」
「いや、むしろ、犬みたいにだな」
「えっ、犬ってねずみをつかまえるの?」
「いやいやいやいや(汗)…ほら、いぬのおまわりさんって云うじゃないか」
「いぬのおまわりさんはまいごのこねこを助けるんだよ」
「いや、此処ではほんの出来心のいたいけなねずみを…あのう、この話長くなるけどいい?」
「うんっ、聞きたい聞きたい」

かくしておとうさんは、つぶらな瞳をキラキラさせた純真無垢な子供に「騙し討ち」だの「咬ませ犬」だのといったダークなオトナの世界を説明する事に。子供が泣き出してもオレは知ーらない。



夕方、佐賀の実家に帰省していたあめんさんと博多駅で落ち合う。今年のG・W以来だが、何だかもっと久々な気がする。
18:30ののぞみで名古屋に戻るあめんさんの瞳はすっかり真ピンクであった。
博多駅筑紫口の何とかいうホテルのコーヒーラウンジで軽くお茶など呑んで色々いろいろお話する。
初めてお会いするS・Nさんは大きな瞳をしたとても誠実そうなひとだった。何はともあれ、ほっとしました(え、何が?)。

悠都はすっかりあめんさんになついて、食事の間中ずっと彼の弁慶の泣き所をズックで蹴っていた。
あめんさん達と別れてから余計な事を云いはしなかったかとちょっと心配になるけど、今更何をか云わんである。

夜、あめんさんが持って来てくれた「スジナシ」を観て大笑いする。1時間Ver.はこうなっていたのか。

今日観た映画:「ショコキ!(2001・日)」


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