備忘の都 2001 −DECEMBER −  ◆

アメリカ流の民主主義と陪審制度の間には密接なつながりがあるようです。
国を動かす政治家を市民が自分たちで選ぶ。
社会の規範となる倫理を市民が作る。

どちらにもぼくは賛同します。
しかし、それは12人に一人はヘンリー・フォンダが混じっていることを前提にしての話です。

池澤夏樹「新世紀へようこそ」


246.クリスマス始末記247.忙中、閑なし
248.直方・びっくり市249.朝比奈、逝去250.2001年総括

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 246.クリスマス始末記

2001/12/25(Tu)

ジャック・マイヨール、首吊り自殺。享年74歳。
鬱気味だったという事だったが、「グラン・ブルー」のジャン=マルク・バールのように素潜りでフェイド・アウトとは行かなかったか。
せめて屍を人前にさらす事無く姿を隠して欲しかったと願うのは、所詮安っぽいロマンチシズムに相違あるまい。
老境に達して尚陥る「死にたい」病に、僕如き経験の浅い若造にはとりなすコトバも持たない。
それは「ストレイト・ストーリー」のリチャード・ファーンワーズが自殺したと聞いた時も強く感じた事だ。



朝6時前ふと目を覚ますと、サンタさんが僕の枕許にプレゼントを置く処だった。
今年はプレゼントは立川談志「童謡咄(どうようばなし)」(くもん出版)
去年から引き続き、渋いチョイスである。しかし、積ん読本がどんどん溜まっていくなあ。

帰りにモスバーガーに寄ってモスチキンを2つ買って帰る。
サンタさんは表情を輝かせて、あっという間に2つとも平らげた。
幾つになっても子供のような顔になる処がサンタさんのサンタさんたる所以である。




 247.忙中、閑なし

2001/12/27(Th)

小栗一也さん、死去。78歳。亡くなったのは13日の事だそうだ。
死因は肺炎とあるが、最近はずっとメディアで見ていなかったので、ご高齢で身体が弱っていたのかも。
眉根に大きなほくろのあるおじいさんであった。
代表作をと云われても思いつかないが、昔は昼ドラや2時間ドラマの脇を固めるのに欠かせない役者さんであった。
そう云えば余り悪人を演じている処を見たことがなかったなァ。合掌。



忙中、閑あり、というのは今日に限ってはウソであった。
明日が納会とは思えないくらい飛び込みで無茶な注文が舞い込んでくる。
僕の集中力などたかが知れているので、余りあてにしないでもらいたい(誰に書いているのだ)。
あめんさんはらぶらぶな日記を書いていて羨ましい限りである(忙しいのは同様のようだが)。

ああ、一日ぼーっとしたい。日がな映画をハシゴしたい。子供と遊んで暮らしたい。
ととりあえず書いてみる。全くせわしない年の暮れである。




 248.直方・びっくり市

2001/12/29(Sa)

本当なら今日まで出勤だったのだが、やはり神様はいるらしく世間並みに昨日で仕事納め。

毎年吉例の旦過市場への年越しの買出しは、最寄の駐車場がない上にアーケードの道幅が狭くベビーカーでは往来に迷惑をかけそうなのと、Y田さんやH高さんから奨められた事もあって、片道40分かけて直方市は感田の明治屋産業「びっくり市」へ出かけてみる。昔、飯塚経由で熊本に行く折に「びっくり市」の遊園地(があるんだよ、これが)の観覧車の脇はさんざん通ったが、実際に中に入るのは初めてである。

小雨まじりの天候だというのに、市場はアホのような喧騒で、この上天気が良くて明日明後日だったらどういう騒ぎになっていたかと思うとぞっとする。成程、此処があれば年末の風物こみで旦過市場は不要とも云える。ひとまず駐車場の心配はないし(奥さんの話だと、くだんの旦過市場も今年から宅配サービスを始めたそうである)。何しろ、肉が安い。モノによっては本当に笑っちゃう程安い。

つきたての餅を買い、野菜を買い、肉を買いあさり(笑)、ゴマの葉のキムチなんか買っちゃったり、飾り蒲鉾を選んだりしているうちに、見る間にカートが買物袋の山と化す。遅めのお昼に、中にある「びっくり食堂」で石鍋ビビンバ(500円)を食べるが、一抱えもある莫迦莫迦しい大きさの石鍋に呆れ返りつつも、ビビンバそのものはたいそう美味しいのだった。コチジャンの辛さには、口から火が出そうだったけど、サービスで生玉子がついてたし。今日は販売していなかったが、あっさり目の味が売りだという「石鍋スパゲティ」も気になる処。

かくして、奥さんがまた来たいというくらいには高い満足度で家路に着いたのだった。



夜、寝しなに森岡正博「生命学に何ができるか 脳死・フェミニズム・優生思想」(勁草書房)の第一章、第二章を読む。
特に第一章「いま脳死を再考する」のエキサイティングさと云ったらないんじゃないか。
脳死状態になったら早晩(一週間程度)心臓死に到る、とする従来の定説(云うまでもなく脳死臨調が御旗に掲げていた医学的前提)が1998年にシューモンによって崩されている事(数ヶ月単位、数年単位で心臓が動き得るケースが一定数報告されている)、人工呼吸器を外した時、患者の家族や第三者には自発的な「断末魔」として目に映るであろう「ラザロ徴候」、そして欧米では脳死に関する議論は「出尽くした」のに日本だけがもたもたしている、というまことしやかな嘘(実際は議論になる事もなく「脳死は人の死である」という定義だけが専門家から提示され、なし崩し的に「脳死」が立法化された、というのが実情)。
かつて脳死を語る時に、移植論者が張っていた論陣の医学的、趨勢的前提は悉く潰えた、と云っていいかもしれない。
米国の患者の家族だって、身内の脳死を受け入れるのに、日本人と変わらぬ葛藤に喘いでいる、という事実が提示されている事だけを取ってもこの本は意義深い。「脳死」は確かに人の死かもしれないが、(臓器移植が可能、という一義的なものだけでなく)「特殊な死」であり、それ故少なくとも「死を受け入れる」側の準備としても充分「特殊さ」を要求していいのではないか。少なくとも、レシピエントの生命と秤にかけて、家族に「死の受け入れ」を急かす事に関しては、根本的な「破綻」があるのではないか。

しかし、この本、「身内」という視点に対して無邪気に性善説へ立ちすぎという気がしなくもない。
最大公約数的に何かを守ろうとすれば、その大枠が性善説に因って立つのはやむをえない事なのかもしれないけど。

今日の読書:ノーム・チョムスキー/山崎淳訳「9.11 アメリカに報復する資格はない!」(文藝春秋)



 249.朝比奈、逝去

2001/12/30(Su)

まさかまさかの朝比奈隆逝去。享年93歳。流石にこのニュースには目が点になった。
過労で入院中とは聞いていたが、亡くなるなどとは夢にも思っていなかった。去年だか一昨年だかに朝比奈が来福して九響を指揮すると聞いた時に、奥さんに「行け」と云ったら、朝比奈なら100まで生きるから大丈夫、と云われたのだが、こんな事なら無理にでも聴きに行かせるべきだった。
ちょっと、いや、かなり悔やむ。世紀越えをして尚、現役で指揮棒を振った事をせめてもの救いとするべきか。合掌。心から合掌。



給油するついでに「ポルタ・ロマーナ」でランチ納めをする。
僕はデザートで食べる此処の苺ショート(スポンジ部分がショコラというのは珍しいのではないか)が大好きなのだ。
同様に悠都は此処の温野菜がどろどろになるまで煮込んだスープが大の好物である。
それにしても、牛肉とクリームのパスタは絶品であった。これでもう今年、思い残す事はない。

会社から電話で前の支社長の訃報。朝比奈同様、昨日亡くなったとの事。今夜がお通夜で明日が葬儀。
ひとの生き死ってヤツは本当に分からない。その後、会社の何人かに電話を回す。

夜、「タモリ倶楽部」の「空耳アワード2001」を観て夫婦して爆笑の2時間を過ごす。
誠に正しい年末の深夜の過ごし方だと思う。




 250.2001年総括

2001/12/31(Mo)

という訳で大晦日。
月の満ち欠けにおいて、地球から見て太陽と月が同一方向になる時を朔(さく)と云う。
実を云えば、僕は高校の頃まで、新月とは上記説明に照らし合わせて、空から見かけ上の月が見えなくなる状態を「新月」というのだと思っていた。処がある時、元々新月とは朔が過ぎてから初めて見えた細い月を指すのだと聞いて、じゃ空から月がなくなる状態を表す、気の利いた云い方が何かないのだろうか(勿論、「朔」があるのである)とずっとギモンに思っていた。ちなみに今では朔を「新月」とも表現するようになったので余計に混乱するのだ(この場合の「新月」はおそらく英語の「NewMoon」から来ている)。もっと云えばそもそも「三日月」とは肉眼で見える最初の月(新生の月)を指して云ったのであり、つまり「三日月」と「新月」はイコールで括られるのである。嗚呼、何てややこしい。

えー、話を軌道修正する。
月の満ち欠けの周期はおおよそ29日から30日程度(つまりほぼ一ヶ月)で、月の末日あたりともなると、月の姿は全く見えなくなる。これを「晦日(みそか)」と云う。「晦」というのは暗いという意味を持ち、この日を「つごもり」とも呼ぶ。つごもり、即ち「月ごもり」である。んで、年の暮れにこれの集大成である「大みそか」あるいは「大つごもり」がやってくる、とまあこういう訳だ(尤も、以上は太陰暦によって立つ話であり、太陽暦で運行している現在、決して月末と「朔」がぶつかっている訳ではない)。

「みそか」「つごもり」が朔の時期から来た言葉だと知ったのが、何を隠そう実は今 年の秋であった。
(ちなみに奥さんはちゃあんと知っていた。ええ、ばかは私ひとりでありました)
人生、日々鍛錬である。というか、如何にオレの鍛錬が足りない「だけ」というか。



さて、人並みに少しだけ今年を振り返ってみれば、「娯楽のタマシイ」のサイト名に恥じぬ1年を過ごせたとはとても思えない。かと云って、決して仕事に生きたと胸を張れない処が情けない(たといそんな風にまとめた処で誰も信じてくれはしない)。何もかも中途半端さばかりが目に付いた一年であった(何だ、いつもと同んなじじゃん)。

まず「舞台のタマシイ」
観劇数はぐっと減った。これはカネの話だけではなく、僕個人の情熱の問題だと思う。
すぐに思いつくものは年明けすぐの「竜馬の妻と、夫とその愛人」、そしてわざわざ上京して臨んだ「追いつ!追われつ!」「バッドニュース★グッドタイミング」の2本か。あと青年団とリリパ、鳥肌実も観たけど、だいたいは前半に集中してますね。
傾向としては三谷戯曲は外すまじ、というのが最后の砦で(尤も2002年は至極怪しい。何しろチケットが手に入らない)、且つ伊東&小松黄金コンビを観る、というポテンシャルに懸けた部分が目立つ。でも三谷戯曲とは云え「ヴァンプ・ショウ」再演は秋の「BN★GT」を優先させて「流した」という経緯はある。アレは比較的、三谷色が薄そうだったし。

「音楽のタマシイ」として、今年聴いたライブは2本。
ALICEの復活ライヴと、山本美絵の最初のツアー(年の瀬の2本目のツアーは仕事が忙しくて断念した)。
ALICEの復活ライヴだけは外せない、という信念は伊東&小松黄金コンビへのそれに通じる。
「今ある自分」をかたちづくったものへの永遠の憧憬というか。失えない少年の部分というか。
これぞまさに僕にとっての「娯楽のタマシイ」なのであろう(て、此処で結論出してどうする)。
僕より約ひと回りも若い山本美絵(23歳)は、これからもずっと見守っていきたいアーティスト。
ああいう歌を書き歌うひとの常で、若いんだけど老成した感性と保護欲をかきたてる天然ボケが魅力のひと。
来年もチャンスがあれば、是非。

「美食のタマシイ」で印象に残っているのは「オヒョイ’ズ」「シャン・ド・マルス」
そうそう、イタリアの鉄人神戸勝彦の「リストランテ・マッサ」にも行ったんだっけ。
と全部、E崎夫妻につきあっていただいた東京のお店ばかりではないか。
悠都がいると、なかなかおしゃれなコース料理という訳にも行かず、単身上京した場合に偏ってしまう。
奥さんには何ともすまない事である。でもそろそろ悠都も扱い易くなってきた事だし(で?)。

「映画のタマシイ」は今年の鑑賞総数134本(前年比50本減)。
大体、舞台や音楽から映画鑑賞へ重点をシフトさせているのだが、最后の3ヶ月は仕事面で色々な津波が押し寄せたため、体力的精神的に鑑賞数激減。そのあおりをくらって、映画の感想が1本書けていないというのが痛恨。感想を長文テキストにした事には何の悔いもないのだが。来年はどうにかしなくちゃ。
という訳で、今年のベスト、ワースト映画選定は別の機会に譲る。

以上が、今年の娯楽の概略。
読書なんてのもあるが、これまた未整理のままだし、あと子育ては娯楽とは云わない(云ったら叱られる)。
それより10年勤続ご褒美の5連休を果たして年度内に取得する事が出来るのか。
これを取らずして、何が娯楽かと誰にともなくほざいてみる(でも、取れなさそう)。



朝、中間でロバート・アルトマンの新作「Dr.Tと女たち(2000・米)」を観て(観客は僕を含めて男ばかり3人。さすがは大晦日であるというか、単館作品であるというか)、さだまさし「心の時代」(サンマーク文庫)と年越し蕎麦用の海老天を買って、帰宅。
昼ご飯のあと、ガソリンスタンドへ洗車に行って2時間待たされる。大晦日に洗車へ行く方が悪いので、文句は云わず、最寄の「いしむら」まで歩いて、夫婦でお茶する。そうこうしている内に夕方。とうとう今年も大掃除らしい大掃除をしなかった。

あくまでもドリフ目当ての紅白を観乍らすき焼きをつつく。
年越し蕎麦もあるので、すき焼きのボリュームはイヴの日の半分に抑える。
たけし・志村の親分コントも観る事が出来たし、少年少女合唱隊も観れたし、何より花紀京を含んだ吉本とドリフが一同に介したのだからこれ以上欲を云ってはバチが当たる。小林幸子の衣装は「セット」から「組体操」になっていた。来年以降も「組体操」で行くのだろうか。

やっさんと右團治さんのページを正月仕様にしている間に、悠都が寝てしまったので、今年の鐘つきはあきらめる。
NHK教育の年越し映画が「ムトゥ 踊るマハラジャ(1995・印)」なのが凄い、てな事を云い乍ら、蕎麦を囲む。
年を越してから食べる年越し蕎麦も悪くない。すき焼きが腹に残っているので一人前を二杯に分けて食べる。
奥さんの自信作である苺ショートは明日の朝、おめざとする事で決着。
奥さんから誕生プレゼントに淀川長治「淀川長治 僕の映画百物語」(平凡社)をいただく。
装丁及び挿絵の山本容子のイラストが気に入ったのだそうだ。
Z−SIDEの包み紙は、同じく山本容子なので、偶然にも(いや、狙ったのかもしれないですね)コーディネート。なかなかいい感じ。

2001〜2002年もまたおだやかな年越しを出来た事に感謝しつつ、床に就く。

今日観た映画:「Dr.Tと女たち(2000・米)」


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