備忘の都 2002 MARCH

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カンガルー日和粗探しの才能、負けず嫌いの英知
今宵の君に焦がれて三凶
タンドリーチキン・バーガー虫たちの惑星
シャンプー台のむこうに「謝謝餃子」の破壊力
いま裸にしたい男たち怒りの1インチアパートの鍵貸します

 カンガルー日和  2002/3/2(Sa)


朝、昨日Yさんから届いた桃カステラでおめざにする。
Yさんは僕らが結婚してから毎年欠かさずにこの季節になると桃カステラを送ってくださる。
そういう季節の挨拶ものって何かいいですね。例は悪いけど、別所哲也の「ハムの人」みたいなヤツ。

昼過ぎに(本人は謙遜・否定するだろうが、僕から見れば)熱烈なトールキン者の奥さんを「ロード・オブ・ザ・リング(2001・ニュージーランド米)」の初日に送り出してから、悠都を響灘緑地グリーンパークへ連れて行く。道中、チャイルドシートに揺られて悠都が寝たのをさいわいに郵便局で軍資金(という程のものでもない)を下ろし、コンビニで食べ物を幾つか買い込む。
此処に行くのは結婚した年にカンガルーを見に行って以来、5年振りになる。
残念乍ら、あいにくの泣き出しそうな曇天で(さいわい雨は降らなかった)しかも御蔭でかなり寒かったが、悠都は寒さには何故だか異常な強さを発揮する幼児なのでだるまのように着込めば大丈夫だろうと高を括る。

途中、まばゆいばかりに咲き誇る菜の花畑の黄色に言葉を失う。
寒い寒いと思っていても、確かに春は来ているようだ。

駐車場使用料300円、入場料100円、ひびき動物ワールド入場料300円のしめて700円。勿論、2歳にも満たない息子はロハである。そもそも映画が終わる頃には映画館に迎えに行かなければならないので往復に要する時間を考慮すると、滞在時間2時間弱におさまるように動く。

以下は、その(殆ど奥さんへの個人的な)報告。

占有率99.9999999%の大芝生公園を存分にかけっこした後、ポニー広場で本物の馬と対面させる。彼にとっては道産馬が「おっきいおうまさん」でポニーが「ちいさいおうまさん」で、初めて目にする巨大動物に息を呑み、目をきらきらさせていた。スタッフのおねえさんにエサをどうぞと云われたが、さすがに今回は僕がやる。ポニーがエサを食べに僕らにむらがるたびに「ぱくぱく、ぱくぱく」と興奮する悠都。

カンガルー広場に向かうトンネルの中で声の反響を思い切り楽しませてから、いよいよメインのカンガルー広場へ。
目の前を跳ね乍ら通り過ぎるロックワラビーに唖然としつつ(したのは悠都)、80余頭のカンガルーがひしめく区画内へ入る(此処の入り口ではさすがにスタッフが門番をやっている)。入場の際、門番より「決して走らせないでください」と注意を受けたので、知らない犬にさえ鬨の声をあげて突進していくバカ息子に不埒をさせない為に、ずっと抱き上げる他ないと悲壮な決意をする(重いんだよ、こいつ)。
運良くエサやり時間と重なった為、群れをなして食事するカンガルー(イースタングレーカンガルーとレッドカンガルーがいるが、どっちがどっちだかよく分からない)を見学出来た。中にムシの居処の悪い2頭が立ち上がって(立ち上がると180cmの僕より高くなる)つかみ合いのケンカをしていて、スタッフのおにいさんおねえさんに窘められて(?)いた。長いしっぽで三脚状態になって小器用にジャンピングキックを繰り出すのだが、あんなもんに当たったら大人でも怪我をする。さすがの悠都も「こわい」と凝固していた。
それにしても同じ年頃の子供がいると、大笑いし乍ら突撃するのはどうにかならんか。
人懐こいのは美徳だと思うが、基本的な接し方が分かっていないヤツなので、こちらがはらはらする。
(ウチの息子は親愛の表現で顔を叩く事がままあるのである。どうしてだよ、おい)

ウォンバットを見て、再び大芝生公園で盛大な追いかけっこをした後、奥さん認定の身体に悪そうなもので軽食をとってから(はしゃぎ過ぎた息子はベンチと柱の隙間に挟まって鼻を擦り剥いて泣く。──知らんがな)、名残惜しそうなのを無理やり引っぱがして駐車場へ。擦り剥いたのを差し引いても、鼻の頭が赤くなってる上に洟まで垂れていては此処らがしおだろう。

車内でもずっと「ぴょんぴょん」(カンガルーの跳ねるさま)と繰り返していたし、満足はしてくれたようだ。

一度帰宅しておしめを替えた後、17時過ぎに奥さんを迎えに行く。
「3時間が30時間でもあたしは観にいくね」とは彼女の弁。ひとまず、そういう出来らしい。
気持ちが中つ国に行ったまま帰れないでいる奥さんに小林聡美「マダムだもの」(幻冬舎)を買っていただく。
彼女自身は「指輪物語(文庫版)」を(とりあえず)3冊(彼女は往時、図書館に入り浸って読んだクチなので)。
どうも色々と原作を読んで確かめたくって確かめたくってしかたないらしい。これは正しいトールキン者の反応と云えよう。
さて、ピーター・ジャクソン者の僕としてはいつ観に行くべきか。

夜のうちに、小林聡美「マダムだもの」(幻冬舎)読了。
2000〜2001年の2年間に「La Vie de 30ans(ラ・ヴィ・ドゥ・トランタン)」(アシェット婦人画報社)で連載したエッセイをまとめたもの。
三谷さんの朝日新聞の連載と時期がかぶっているので(おふたり共、家庭ネタというか夫婦ネタが多いからなのだが)、「三谷幸喜のありふれた生活」と併せ読むと、幾つかのエピソードが夫妻双方の視点によって3D化するという、意外な効果(笑)を生んでいる。しかも最終的に浮かび上がってくるのが「夫婦愛」というのが何とも微笑ましいというか、傍で見ていてちっとも腹が立たないというか。ここんちは本当に仲がいいですね。

本日の読了:7.小林聡美「マダムだもの」(幻冬舎)

 粗探しの才能、負けず嫌いの英知  2002/3/4(Mo)


朝、奥さんにせっつかれてたYさんへの桃カステラのお礼状を書く。
近いうちに電話しなきゃ。何年振りになるのかな。

処で巷で話題らしい困った人間度テストを僕もやってみた。

あなたの困った度は 122 点です。

点数が高すぎるということは、主張が強すぎるか弱すぎるかのどちらかといえます。そんなあなたは「困った人間症候群」にどっぷりと浸かっているかもしれないのです。おそらく自分ては何も気がついてはいないはずですから、周囲の率直な意見を聞いてみてはいかかでしようか? 思ってもみなかった自分が発見できるかもしれません。

あなたのタイプは敵意を秘めた攻撃的タイプです。

相手に爆弾を加えることによって圧倒して脅かそうとする。また痛烈な言葉を浴びせかけ、思い通り事が運ばないと爆発する。

肩書きや権限に異常に固執する人種に多い。正しいかどうかは別にして、確固たる意見や自信を持っている。厄介なのはあなたに権限がある場合。舌戦や理論で負けると配置転換や契約の取り消しなどの仕返し、相手を不利な立場におとしめるケースが多い。
自分の話に恍惚として気付かないだろうが、あなたが発言し始めると周囲はうんざりとしているはず。あなたが相手や企画などの欠点を探す天才だからにほかならない。とすれば反対に相手の長所を探すこともできる。話す前に長所を見つけることだ。
これって所謂コンピタンシー・チェックのひとつなんだろうな。
出来る限り虚心坦懐にやったら、これだもの。
とりあえず笑っておくが、「あなたが発言し始めると周囲はうんざりとしているはず」には確かにそんな気がしないでもないので(笑泣)、静かに落ち込んでいる(本当です)。いや、でも少なくともね、「思い通り事が運ばないと爆発する」とか「舌戦や理論で負けると仕返し、相手を不利な立場におとしめる」ってのは絶対にないと思うのだが(ちょっと弱々しげ)。後者については単に僕がエラくないからだという至極尤もな反駁もあるが、いずれにしても将来に渡ってさほどエラくなるとも思えないので、今後ともこれはないという事でよろしくお願いしたい(それはそれで悲しいな、おい)。

しかし読めば読むほどヤな人間だね、どーも。

半村良さん、逝去。享年69歳。
ちっとも熱心な読者ではなかったが、日本SFの黎明期を築いた作家のひとりとして尊敬申し上げていた。
ちょっと著作を読み返してみようかな。合掌。



 今宵の君に焦がれて  2002/3/8(Fr)


年休。
尤も、妻子は昨日から犬山の実家に帰省しており、暫し懐かしのシングルライフ。
朝、たらたらとはなまるカフェでの伊原剛志のまったりした関西弁を聞き乍ら、明日のソワレを想う。

前売があるのでまるで意味のないファースト・オン・フライデーにて「ロード・オブ・ザ・リング(2001・ニュージーランド米)」
何しろピーター・ジャクソン者としては5年振りの新作を見逃す訳には行かない。

エンドクレジットが流れ出して、え、もう3時間経っちゃったのと呆然とする、体感時間が2時間の映画。
この映画は色んな処で語り尽くされているので、トールキン者でもない僕がしゃしゃり出る幕もないのだが(奥さんの命により、DVDが出たら購入必須なので、備忘の必要もないし)、一点だけ。

この映画、色んなひとが絶賛しているが、作品自体を覆う、作家性というかピーター・ジャクソンらしさを指摘する声がひとつもない。むしろ、にケレンに走らず、原作に出来るだけ忠実な映像化が心がけられたとする評価ばかりだ。でもね、たとえば原作では活写されていないらしいフロドが指輪を嵌めて、垣間見る悪夢のビジュアルは「乙女の祈り」の終盤の少女たちの映像効果や「さまよう魂たち」の終盤の殺人鬼たちのエフェクトがあって初めて此処に至ったと思わせる仕上がりだったし、そもそも全篇ニュージーランド・ロケをやってる事自体がピーター・ジャクソンの作家性に他ならない。この映画に到るレールは彼のシネグラフィの中に確かに走っているのだ。ぽっと出のまぐれあたりで生まれた映画なんかでは決してない、という事だけ此処で強く云っておきたい(一方、彼の初期のワークス「ブレインデッド」「ミート・ザ・フィーブルズ 怒りのヒポポタマス」のゲログロ趣味もまごうかたなきピーター・ジャクソンの世界であり、もっと云えばあれらの映画と本作も地続きだと思っている)。以上。

満足したまま車を出して、ジョイフルの窓際の席で昼食。
ハンバーグにミートスパゲティという妻子といるとなかなか出来ないお子ちゃまメニューで、暫し昼下がりを愉しむ。

16時、ダメ元でホリプロチケットセンターに「You Are The Top 今宵の君」のマチネの当日券を奪るべく電話をかけたら、あっさり15分でつながる(おいおい)。整理番号34番。初日が鹿賀さん降板でずれこんだせいか、さすがに立見席しかないとの事だったが(2時間20分立見かよ)、背に腹は変えられぬ。三谷コメディのハシゴを決行する事に。嬉しさ半分、不安半分の不思議な気分。

ひとまず、散髪に行って気分を鎮める。

スーパーで買った惣菜で夕食を済ませた後、再び不安がむくむくと膨らむ。
何しろ、夜には休憩入れて3時間20分の「彦馬」が控えてる。加えてカウントダウンで購入したスカイマークは朝10時過ぎに出る便で、羽田到着は11時50分。当日券は13時までに会場に集まらないと「流れて」しまう。けれど羽田から1時間弱で三軒茶屋の世田谷パブリックシアターに到着するにはヘリコプターをチャーターしないと九分九厘14時前にしか到着出来ない(しかも弱小企業のスカイマークだから、そもそも定刻どおりに動いてくれるかどうかも怪しい)。
さんざん逡巡した挙句、スカイマークに1便前の便(7時15分!)へ交換可能か問い合わせたのが夜の9時。

「カウントダウン購入なので、当日席が空いていれば交換いたしますが」

スカイマークとしては至極もっともな回答だと思う。
ダメ元、ダメ元と思い乍らも、「You Are The Top」への恋慕は絶ち難く、結局早朝起きして空港で掛け合う事にする。
それはそうと、こんな夜に限って「debuya」が面白すぎるのはいかがなものか。
石塚とパパイヤが門司港ホテルの「ポルトーネ」で新作ランチを食べている。
鯨肉と河豚のコンボ「ふくじら丼」だと。オーナーシェフもミナミの帝王と呼ばれるくらい、いい味出してるし。
そんなこんなで1時。うおー、眠れんじゃないかっ。

本日の映画:24.「ロード・オブ・ザ・リング(2001・ニュージーランド米)」

 三凶  2002/3/10(Su)


昨夜は3時近かったと思うが、8時半にははるさん共々きちんと起床。
とは云え、はるさんの朝シャンが手間取りそうなので、さっちゃんに電話して待ち合わせを「柴又」から「京成高砂」に変更。
昨夜買った「コージー・コーナー」のどでかシュークリームで朝食をとった後、慌てて駅へ走る(はるさん宅→駅まで徒歩でも3分程度)。

僕の結婚式以来の邂逅になるさっちゃんは、しかし全くあの日のままだった(笑)。
しかも、ノーメイクな処まであの日のままである。元々顔立ちが整っているのと、見た目より若く見える(学生でも通用する、というか学生にしか見えない)のとで、所謂第三者から見た違和感はない。ないが、しかし(笑)。30になるのがウソのようである(学生時代から前歯に青海苔がついていても頓着のないひとではあった)。彼女のポン友である、愛ちゃんも同様にノーメイク系の年齢不詳だが、少なくとも彼女は仕事場では「おつきあい程度に」化粧しているらしいし。けれど、同年代と比べて肌が綺麗なのは化粧をしていないからこその強みとも云える。

はるさんのおごりでタクシーに乗って、柴又駅まで移動。尤もワンメーターではある。
運転手のおじさん、手馴れたもので帝釈天参道前のベストポジション(「男はつらいよ」石碑前)で僕らを下ろしてくれる。
如何に日曜とは云え、参道は朝も早くからおじさんおばさんで賑わっている。その有様、巣鴨の如し。

やれ、「高木屋老舗」だ、やれ、「大和家」だのと昼飯の店のあたりをつけつつ、まずは帝釈天(題経寺)へ。
境内をひととおり物見遊山、賽銭を投げて、煙を浴びてから、御神籤を引く。
最初にさっちゃんが凶を引き当てて、「いるいる、こういう皆んなで来た時に限って『凶』引くひと」と笑った舌の根も乾かぬ内に、僕も「凶」を引いてしまう。「これはもしや」と二人して念じたからかどうかは知らないが、案の定、はるさんも「凶」を引き当てる。見事な連携プレーと云えよう(おいおい)。

此処でポイントなのは「ごきげんよう」の「何が出るかな」のサイコロで特定の目が出やすくなっているケースとは異なり、各々が違う番号でそれぞれ「凶」だったという事。後程、観光客らしい二人連れのおねえさんを捕まえて、3人それぞれ御神籤を掲げて記念写真を撮る(莫迦である)。勿論、珍しかったので各自持ち帰ることにした。折角なので(減るもんじゃなし)僕が引いた「第五十九凶」を以下に公開する。

第五十九凶

去住心無定
(うつりごヽろのたヾいらいらと)
行蔵亦未寧
(ゆくかもどるか、それさえきまらず)
一輪清皎潔
(きよくあかるき、まごヽろあれど)
却被黒雲瞑
(まよいのくもの、いとヾくらきよ)

願望  かなわず
病人  一進一退なり
待人  来らず
失物  出でず
縁談  とヾこおりがちなり
売買  おもわしからず
其他  よろず進まず

○心は月の如く清き人にても、肚のすわらぬかなしさには、あれこれと迷いがちなり、正念を得べし、正念は信仰により生まるべし

柴又 題経寺
読んでもらえば分かるように、ひとつとして救いがない。
しかし、数種類の凶がある割には内容にはさほどのヴァリエーションがなく、たとえばはるさんの「其他」は「万事すすまず」で、僕の「よろず進まず」とは、気概だけで表現を変えてあるような(漢字表記に工夫するなど余計な処にエネルギーを割いている)按配。無理しなくていいのに。

僕の持ち時間があまりないので、その足で葛飾柴又寅さん記念館へ急ぐ。
しょっちゅう来る処ではないものの、一見さんにはそれなりに楽しめる内容。
佐藤蛾次郎コレクションのおもちゃ(手で触れようとするとセンサーが反応して蛾次郎が喋り出す)や、くるまやのセット、「くるまや」模型など、製作者の意図通りに楽しむ。さすがに寅さんとの記念写真はしょぼすぎてパスする(本当は撮るつもりでいた)。
「どれだけご存知Q&Aコーナー」では檀ふみ(ゴクミのおばさん役ではなく、第18作「寅次郎純情詩集」の方)の出身地が分からず(そりゃ分からねーよ)全問正解ならず。

ショップと光庭を冷やかして、江戸川の土手へ抜ける。
晴天の上に、子供たちが本当に草スキーをやっていて、休日の江戸川は「男はつらいよ」そのものの世界である。
今日帰るんじゃなかったら、ひねもす土手で寝っ転がって雲でも眺めていたいと本気で思った。

でも、時間がないので、取り急ぎ、帝釈天参道方面へ戻る。
さっちゃんが会社への土産に(昼から仕事なのである)「高木屋老舗」で草団子を買った後、効率的に食事をすませる為、いちばん空いていた「亀屋本舗」へ入る。空いている、というよりはむしろがら空きなので、長テーブルの置いてある座敷に3人して陣取って、店を訪れた有名人の写真やサインを眺めつつ、かつ丼2つに山菜うどん1つを頼む。はるさんが団子を食べたいと休日にしか出していないという磯辺団子を頼むが、これがしょっぱいばかりの大外れ。誰も一口食べただけで胸いっぱいになる。かつ丼と山菜うどんは並みの味。所詮、観光地なのだから多くを期待しちゃいけない。
最後に柴又駅の「フーテンの寅」像の前で、Yさん送付用の記念写真を撮ってから、柴又─京成高砂に乗り継いで駅のホームで散会。

はるさん、さっちゃん、本当にありがとう。
今度上京した時には横浜でカレーライスを食べましょう

エアポート快速特急(880円)で羽田に直行。13:22空港着。
慌てて「空とぶでかドラ」だけ買ってチェックイン、帰りのスカイマークBC005便14:05発は普通のシートだったので(しかも中央の座席)、120分鮨詰めの苦行を味わって、定刻15分遅れの16時過ぎくらいに福岡空港で先に九州入りしていた妻子と涙の再会を果たしてスパシオで帰途につく。

慌しすぎて、振り返ると邯鄲のユメのようだが、密度の濃い「春休み」を味わわせてもらった。
いつも乍ら、快く上京、観劇を許してくれた奥さんに心から感謝を。



 タンドリーチキン・バーガー  2002/3/14(Th)


ホワイトデーだが、先週の金曜に発注をかけたブツ(メール便)がまだ届いていないようなので、やむをえず(って事もないが)帰りにモスバーカーで、ほんの2日前に発売されたばかりの「野菜のマリネとひな鶏のタンドリーチキンバーガー」に「モスチキン」をつけて(デザートに「かぼちゃのババロア」もつけて)、鶏好きにも拘らず不幸にも鶏嫌いの夫に嫁いでしまった奥さんにせめてもの償いに買って帰る。
彼女はひとりでは(無論、悠都を連れてたって)お茶くらいしか呑まないので(註:決してモスがキライなのではない)、たいへん喜んでくれる。

メインディッシュはとりあえず明日まで待ってくれ。



 虫たちの惑星  2002/3/15(Fr)


戸畑駅付近の焼き鳥屋「鳥千」にて会社の呑み会。
どうも店が人数を3人程多めに勘定していたらしく、ひと抱えもあるカレイとタイが載った舟盛りがふたつ出てくる。
確かに壮観だが、これまで生魚モノをごちそうだと思った事のない僕には、所詮猫に小判である。
少なくとも、これを読んだ奥さんがそう思うのは間違いない。悪いね、鍋だけ食べたよ。

1日遅れになったが、ようやくホワイトデー用のメール便が届く。おう、待ちかねたぞ。
ブツは海野和男写真集「虫たちの惑星 THE PLANET OF INSECTS」
写真家海野和男さんが自家出版した写真集で、「海野和男のデジタル昆虫記」のネット通販でしか手に入らない。
この写真集に関しては何から何まで手製なので、申し込み後、きちんとご本人からメールが届いたし、写真集は無論、サイン入りである。しみじみいい時代になったものである。

テキストでは説明のしようもないが(「デジタル昆虫記」の掲載写真を見ればその一端は窺い知れる)、一葉一葉の写真が誠に美しい。特に昆虫のズームとその背景に写し込んだ、魚眼レンズで撮ったようなパノラマサイズの森や空の融合具合はどうだ。色とりどりの昆虫たちは決してプレイメイトにひけをとらないゴージャスさと妖艶さとでグラビアを飾る事が出来る。そう、これは昆虫と自然のグラビア写真集なのである。実はCDROM版もあったのだが、モニタの中だけで観るには勿体無いと思う。此処はやはり本としてのスタイルで堪能したい。
送料込2800円は決して高くないと思うので、皆さんも買ってみてはいかがか。

ひとまず奥さんも喜んでくれたようだが、ウチには切り裂き魔がいるので早々に本棚の高い棚に退避。
で、そんな夜に限って、なかなか寝てくれなかったり。



 シャンプー台のむこうに  2002/3/16(Sa)


シネリーブル博多駅2方面で映画。レイトショーを観る予定がないので妻子も連れていく。

1本目はモーニングショーで、「光の雨(2001・日)」
30年後の僕らにはどうしてもオウムの「ポア」と重なってしまう、連合赤軍による「内部総括」の実態を描いた立松和平の労作に、「映画中映画」という作劇装置を設えた高橋伴明の野心作。

雪深い山林の山小屋で繰り広げられる閉鎖空間のムラ意識と、本来は崇高だった信念が生み出した厳しい規律(戒律)と自己批判。「革命共闘」や「赤色パルチザン」幹部たちの意識がどうあれ、これは小さなサークルをマインドコントロールするための必要十分条件であり、いつのまにか山小屋は私刑殺戮ゲームの場と化していく。

立松原作の忠実な映画化をやるだけで僕は充分だったと思うのだけれど、高橋さんはそれを由としなかった。
全共闘世代であるCFディレクター(大杉漣)が製作する映画「光の雨」のメイキングを、若手クリエイター(萩原聖人)が撮る、即ちこの映画は「革命共闘」や「赤色パルチザン」のメンバーを演じている「現代っ子の役者」の視点を物語に導入する。
裕木奈江山本太郎が扮するのは日本赤軍の幹部を演じる役者なのだ。
映画中映画である「光の雨」には、僕も観客として素直に取り込まれる事が出来るのだが、撮影後の役者のインタビューシーンで彼ら(勿論、この役者というのは山本や裕木自身ではない)が率直に自分が演じた人物について感想やメッセージを話すのだが、うーん、どの場合も例外なくあざとく映ってみえたというか。これは素に戻った役者を演じるという難しさだと思うのだけれども、やはり観客が虚構から銀幕の外に引き戻されてしまう、という意味では映画としてこの三重構造というのは欲張りすぎだったんじゃないか(観客を途中で銀幕の外に追い出すという意味では熊井啓翁の「日本の黒い夏[冤罪](2000・日)」の「高校生がTV局に取材する」という作劇装置もいい勝負)。
現代の若者が当時の若者をどう見るか、という視点の導入そのものの野心は買いますが。

「おしまいの日(1999・日)」は福岡で公開されなかったので未見ですが、裕木奈江は見事に大竹しのぶ化してました。
順調に妖怪女優への道を歩んでいますね。山本太郎は「いつも通りの」エキセントリックさという処。
ラストで流れる立松和平さんの訥々としたNaはしみじみと良かった。

それから、革命のために恋人・鳥羽潤を売る川越美和の痛々しさというのもなかなか捨てがたい(本当はあの手の役は完璧な美人じゃない方がより「美しく」映る)。「ホテル・ニューハンプシャー」アマンダ・プラマーと云うか、「独立少年合唱団(2000・日)」滝沢涼子と云うか。モデルの体型を基準とするなら、フォルムとして決して美しくはない身体なのだが、其処に彼女たちのプライベートの流出というか、あばらの浮かんだ、薄幸を絵に描いたがりがりの肢体にかけがえのない美しさを感じるのだな。これは決して、妙な趣味ではないと思うのだけどどうか。

さて、時系列としてはこの後に、5月に公開を控えている「突入せよ!『あさま山荘』事件(2002・日)」が来る。
尤も、あちらは警察・自衛隊側から見た「事件」の筈だけれど。

続けて、「シャンプー台のむこうに(2000・英)」
元カリスマ美容師を演じるアラン・リックマン目当てで観たのだけれど、余りにも期待通りの活躍に鼻の穴も膨らむ。
いや、これはもうDVDが出たら即日購入決定ですね。早速、僕の魂の映画の1本です。
この作品については敢えて多くを語らないが(単純に「光の雨」の感想で息切れしただけという話もある)、エンドクレジットのキースレー市長の歌真似まで、一時も目が離せない、とだけ云っておく。

ジョシュ・ハートネットはこれと「パラサイト(1998・米)」に出られただけでキャリアは充分だ。
「パール・ハーバー(2001・米)」? ──ま、あれは最初からなかったという事で。

紀伊国屋で妻子と待ち合わせして、いつもの「ふきや」で遅昼をとる。
奥さんはたまたま引越しの準備に宇佐の実家に帰ろうとしていた僕の次妹とばったり出会って、ロイホでお茶したらしい。何でも、かわいい子供がいるのでふらふらと近づいていったら自分の甥だったというウソのようなホントウの話。莫迦である。そもそも、可愛い子供がいるからっていちいちギャラリーしに行くかね(其処がアイツらしいと云えば、アイツらしいのだが)。

何はともあれ、保育園への就職おめでとう。ホントによかったね。

本日の映画:25.「光の雨(2001・日)」、26.「シャンプー台のむこうに(2000・英)」

 「謝謝餃子」の破壊力  2002/3/17(Su)


最近、夜にネットをしないので、朝起きてとろとろと落語2サイトの更新。
やっさんから絵はがきも貰ってるけど、画像処理まで届かず。申し訳ない。
右團治画報のトップ写真も現像まで至っていないし。

朝食は、クレソンとツナの春らしいパスタ。
味つけは何だかいうソース(おいおい)に、オリーブオイルを足したもので、さっぱりして美味しかった。
悠都が爆睡しているので、至って平和(平穏)な食卓。朝はこうありたい。
のんびりついでに昨日買った「サントノーレ」のケーキで珈琲。
春の新作「何とかの森(おいおい)」が、何度も感嘆する程美味。
ダックワースとスポンジが幾重にも積み上げられ、ふわり、さくり、ふわり、さくりと交互に訪れる食感が秀逸。
トッピングのカシューナッツの歯ごたえと合わせ、往来のひとに勧めて歩きたい美味しさである。
(その割に名前を覚えていないあたりが我乍らおばかさんである)

お昼は夫婦の意見が「美味い中華が食べたい」で一致したので近くの「謝謝餃子」へ。
炒飯(餃子セット)、麻婆ジャガ丼(餃子セット)に一品ものの酢豚。
いや、文句なく美味いのだが、メシものをそれぞれ餃子セットにしたのは初歩的ミスであった。
何しろ量が尋常ではなかった。長いことご無沙汰していたので勘が鈍ったようだ。
餃子は単品10個がセットだと8個になるが、水・焼両用な為、皮が耳たぶ程厚く1個あたりのボリュームに並々ならぬものがある。加えてメシものも黒田節ができるような大皿にこれでもかと盛ってある。
おかげで夫婦して夜まで胃もたれするハメになる(無論、美味しかったので後悔はしていない)。

それにしても、誰彼構わず愛想のいい悠都はどうにかならないものか。
振り返っては、向こうのテーブルの若夫婦に乾杯を強要し、隣の家族連れにパパとママを紹介する。それも幾度となく。
天真爛漫が美徳なのを認めるのにやぶさかではないが、これにひねもすつきあってる両親もヘビィなのである。

午後、井筒屋アネックス1に新生したクエストを冷やかす。
黒崎そごうを改造した黒崎井筒屋が今ひとつリニューアル感に欠けてたのに比べると、こちらはうんと小倉クエスト化して「新しいお店」しているのがうれしい。蔵書それ自体は博多・天神に行きつけているのでさほどの感動はないが、黒崎にこのクラスの書店が出来た事にまずは感謝。古沢保/TV LIFE編集部「3年B組金八先生【みんなで歩いたまっすぐな道】」(Gakken)を買った後、地階の無印(無印の真っ白な内装も僕は好きです。いっそ黒埼井筒屋もこのトーンに統一すれば良かったのに)でキャナルの無印でしか手に入らないと思っていた「ナシゴレンの素」をゲット(今はおそらくマツヤレディスにもあるけど)。これが旨いんだよ、とブツを手にとって夫婦で話していると、脇に居たおばさんがひとつカゴに入れてくれた。「これがカラくて旨いんですよ」などと、おばさんに駄目押ししたりする。こういうのを「余計なお世話」という。

帰りにチラリとカフェ・コムサを眺めるが、ケーキが1カット600円台(市場価格の2倍)とは剛毅な商売である。
それでもそれ相応に客が入っているからマーケティングは分からない。尤も、いつまで持つか。

帰って古沢保/TV LIFE編集部「3年B組金八先生【みんなで歩いたまっすぐな道】」(Gakken)を読了する。
公式サイトと違って、書籍メディアはジャニーズの写真が解禁なのがうれしい。
読み終わって、慌てて先週放映分(未見)のビデオを観たり。

胃もたれが続いて、夕食は22時過ぎにパンケーキですます。
「謝謝餃子」の破壊力を今更乍ら思い知った次第。

本日の読了:8.古沢保/TV LIFE編集部「3年B組金八先生【みんなで歩いたまっすぐな道】」(Gakken)

 いま裸にしたい男たち  2002/3/21(Th)


朝、ベランダのばたばた云う音で起こされる。まだ6時台じゃないか。
激しい雨風、あまつさえ春雷さえ鳴っている。

春分の日だが、定刻通りに休日出勤。
平日は会議会議で資料づくり系の仕事が犠牲になるので、仕方なく出社という処か。
おかげさまで打合せと問合せがないと、笑っちゃう程仕事が捗る。平日も週に2日はこうあって欲しい。

17時半頃、退社。
雨はやんでいたが、駐車場がうっすら霞んでいる。濃霧かと思ったら妙に埃っぽくて目がちかちかする。
どうやら黄砂らしい。遠くの皿倉山が白っぽくて殆ど見えない。フォグランプまでは要らないけど、此処まで濃い黄砂は初めてだ。
コムシティで妻子と待ち合わせて、BEST電器で一昨日から球切れした居間の蛍光灯のスペアを購入する。

彼岸だし「いしむら」でおはぎ(というかきな粉をまぶした餡餅)を買った後、「謝謝餃子」で夕食。
但し、前回の胃もたれの失敗を踏まえ、注文は抑え目にしておく(僕は炒飯・餃子セット、奥さんは堅焼そばのみ)。
すると、量的には腹八分目で丁度良かった。やはりこのくらいが身の程なのか。

帰宅して、きな粉餡餅でお茶にする。
嗚呼、しあわせとはこういう事を云う。

「3年B組金八先生 卒業直前スペシャル」に続けて観た「いま裸にしたい男たち〜三谷幸喜 40歳★究極のコメディ」もなかなか良かったけど、伊東(四朗)さんたち出演者とのコラボレーションが強調されすぎて、元々の三谷戯曲自身が持つ手柄の部分が薄れて、実は面白いのは伊東さんの力だったのでは、と誤解を受ける部分があったのが(いや、確かに伊東さんは「凄く」面白いのだが)、やや難と云えば難。

元々の戯曲の土台がしっかりしてこその、伊東さんの味つけなのだ。
勿論、それは伊東さんに手柄がないと云っているのではない。
エントツ・とんかつのコントのネタ自体の作り込みに溺れて三谷さん自身が見失った設定自体の面白さ(事情を把握していない伊藤正之とのちぐはぐな掛け合い)を伊東さんはきちんと捉まえて、本来三谷さんが狙っていた道筋に演出家を戻したのは、他ならぬ伊東さんの功績だ。
でもね、それは元々三谷戯曲の中で指し示されていた事。

三谷さんはもっと自信を持っていい。



 怒りの1インチ  2002/3/23(Sa)


天神で映画。妻子はショッピング。

KBCシネマで、「Laundry[ランドリー](2001・日)」
飛ぶ鳥を落とすいきおいとはまさにこの事で、初回乍ら客席は窪塚ファンの若い女性でほぼ満席。
常連客は決まり悪そうに隅の席に固まっていたり(僕は堂々とど真ん中で観ましたともさ)。

「本篇終了後に改めて予告篇を流しますので、席をお立ちにならず今一度感動を噛みしめてからお帰りください」と異例の上映前アナウンス。半券提示で1000円のリピーター割引といい、どうも今までと力の入れ方が違う。どうしたKBC。それとも「Laundry[ランドリー]」上映館は何処でもやっている事なのか。

実は余り期待してなかったのだが、思わぬ拾い物。窪塚くん、作品の選別眼は確かかも。
脳障害を負って、二十歳を過ぎて尚、少年のままでいるテル(窪塚洋介)の人を疑わないピュアな魂を触媒に、恋に破れたせいで病的窃盗に陥った水絵(小雪)と人間不信の鳩使いサリー(内藤剛志)がそれぞれ人生の大海に泳ぎ出す迄を描く、「癒し系」だけでは決して語れない(こんなに不幸の見本市みたいな映画が「癒し系」のラベルで括れるものか)人生肯定映画。人生の荒波をきっちり描きつつ、物語を安易に押し流さない(アンティークショップでの水絵の葛藤は白眉)作劇の態度には好感が持てる。水絵の物語だけを追っていくと順調なダメダメ人生を歩んでいて(ランドリーに必ず忘れ物をするくだりは、おそらく彼女の人生のスタイルそのものなのだ)、その閉塞感いっぱいのぬるま湯でもがくさまは、彼女が自身に課した水たまり越えのエピソードに集約される。確かに飛び越えた筈だったのに、ちょっと息をついた隙に彼女は谷底に落ちてしまう。小さい時からずっとそういう人生を送ってきて、そしてそんな人生から抜け出せずにいる。ほんのちょっと優しいだけなのに、それ故にツイていない人生。
そして、遂には刑務所に入る処まで堕ちた彼女にようやくこの映画は居場所を見つけてくれるのだ。
日々破裂に向かって膨張していくガスタンクをものともせずに横切る白い鳩の群れに。決して舞い降りる事のない白い鳩の群れに。
僕のようなダメ人間を、ほんの少しだけ奮い立たせてくれる、ちょっといい映画。結構、お奨め。

処で有無を云わせぬサリーの強肩ヒッチハイクは映画史に残る出来なので、其処だけでも観といた方がいい。
あと、これが遺作となった村松克己は窪塚効果で、少しでも若いひとの記憶に残ってくれるといいのだけれど。
渋い脇役乍ら「リング」「12人の優しい日本人」と出演作品の認知度の面では恵まれてると云えるかも。

次の映画まで1時間ほど空きが出来たので、「カフェ・リブロ」で妻子と落ち合って、ビーフシチューを食べる。

15:20、シネテリエ天神にて「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(2001・米)」
年明けに予告を観た時にはちーとも心が動かなかったのだが、野坂医師が熱烈に観たがっていたのに感化されて観る気になった1本。で、これが思わぬ拾い物で(ゆゆしき事に野坂医師自身はまだ観ていない)セクシャル・マイノリティものにハズレなし、のジンクスがまたひとつ補強されたと云っていい。この映画は力強くお奨めしたい。

僕はハーヴェイ・フィアスタインが主演した「トーチソング・トリロジー(1988・米)」を愛してやまないのだが(そう云えばあれも舞台の映画化で、主人公は歌い手でしかも舞台と映画とで同じ役者が演じている)、あそこで描かれた「他の何者でもない、アタシのセクシャリティこそを愛して」に、ロック・スピリッツが融合したような映画とでも云えば分かってもらえるか。
ジョン・キャメロン・ミッチェルハーヴェイ・フィアスタインも決して美形とは云えない(ヘドウィグがジュリエット・ルイスに似ていると思ったのは僕だけか)処が物語のキモで(でも少なくとも、当時のハーヴェイは今よりうんと痩せていたけれど)、両作品に共通して「彼女」たちが愛して欲しいのは、才能よりも、むしろそのルックスであり、その怒りの1インチが突き出た「股間」なのだ。性愛というのとは、ちょっと違う。ここらあたりを説明するのがひどくムツカしい。けれど、たとえば「トーチソング・トリロジー」のアーノルドは、自分のセクシャリティを頭ごなしに否定する母親(アン・バンクロフト)を、親と云えども許さないと涙乍らに宣戦布告する。

彼女たちにとってセクシャリティとはアイデンティティと同義であり、愛そのものである。
彼女たちが全存在を懸けて守らなければならないものだと云っていい。
(何だか「トーチソング・トリロジー」の感想になってしまってるぞ)

処でヘドウィグの髭もじゃの夫イツハクをミリアム・ショア(女優)が演じているのも、念のいった凝りよう。
劇中歌われる楽曲の数々も名曲揃いで、オフブロードウェイのロングランで練りこまれた作品はちょっと違う。
サントラ、欲しいかも。

映画を観た後、再びZ−SIDEで妻子と待ち合わせて、ヴァージン・メガストアで上野洋子「puzzle」購入。
1月に発売されたのは知っていたんだけど、カネがなくてついついほっといたアルバム。ザバダックも含めて裏方でないフルアルバムというのは8年振りくらいではないか。前作といい、このひとはどうもヴォカリーズの方向に向かっているらしい。
けど歌詞ものはもうやらないのかと思っていたら、そうでもないらしく、他にもasterisk(ソロプロジェクト)「*1」という作品を同時リリースしたらしい。仙波さん、参加してるし。こちらも懐に余裕が出来たら考えなければ。

帰りに先週同様「サントノーレ」に立ち寄り、カンブルの森(先週名前が分からなかったヤツ)を2つ買う。
奥さんがオーナーに訊いた処によると、「カンブル」というのはブリュッセルの近くにある実在の地名だそうで、さすが、ベルギーで修行してきたひとは違います。ホールでは普通作っていないけれど、注文があれば作りますよとのお答え。
非常にそそられる話だが、季節限定モノだし6月8日までは拵えていないかも。

本日の映画:27.「Laundry[ランドリー](2001・日)」、28.「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(2001・米)」

 アパートの鍵貸します  2002/3/24(Su)


朝イチでディーラーに行って、届いていたエアバック制御装置を交換してもらう。
モノ自体は3月の頭には届いていたのだが、今度はこちらが忙しくてディーラーに顔を出すヒマが無かった。
これでようやく長いこと点灯していた警告灯ともおさらばである。

遅めの朝ご飯(早昼とも云う)に、こないだ無印で買ったナシゴレン。
やはり旨い。ピリ辛系なのに、悠都も平気で食べてるあたりが何とも。
これはまとめ買いをしておくべきだったと夫婦して嘆息。
デザートは昨日買った「カンブルの森」。
これまた旨いのだが、味がしっかりしているので我が家でワンホールはやはり重いのではないか。
そう弱音を吐いたら、奥さんはワンホールでも食べてみせると豪語した。あんたねえ。

昼から外に出て、給油して、中間方面でピザやチキンの丸焼きやテイクアウトな買出しをしてから遅昼。
町は桜が花盛りである。悠都が生まれた夜に桜が満開だった事を思うと今年の桜がいかに早いかが分かる。
来週、会社で花見があるが、果たして間に合うのか。

夜は夫婦してDVDで「アパートの鍵貸します(1960・米)」を観る。
スチールでは決して分からなかった若き日のシャーリー・マクレーンの魅力が全開な1本。
この女優さんは動いて初めて美しいひとなのだと改めて感心する。
ふと彼女の近年の傑作「夕べの星(1997・米)」が無性に観たくなったり。
それにしても、これだけ生々しいというか生臭い話でも、規制のハードルの高かった時代のハリウッド故に、ビリー・ワイルダーとI・A・L・ダイアモンドが寄ってたかって創意工夫を凝らして、落とし処として「オシャレ」方面に落ち着く、その出来を思うと、モノづくりにおける(この場合は表現の)不自由さも決して悪いことばかりじゃない(三谷戯曲の「トラブルがトラブルを呼ぶ」黄金パターンの作劇は此処に源があるとも云えるが、つまり命を擦り減らすような、妥協を許さぬ作業の積み重ねの果てに珠玉のコメディは出来上がるという事だ)。

それにしても「今夜、宇宙の片隅で」でやりたかった事の殆どがこの映画にあると云っていいのだが、成程、名作である。惜しむらくはビリー・ワイルダー作品の殆どが日本ではDVD化されていない事だ(「アパート」とて去年の暮れにようやくDVD化された)。
ま、これは時が解決してくれるものと無邪気に信じてはいる。

ちなみにビリー・ワイルダー「監督」作品は全部で25本ある。
嗚呼、ビリー・ワイルダー・コンプまでの道程はかくも険しい。
ていうか、まだ発売もされていないしィ。
今購入可能なのは「昼下がりの情事(1967・米)」くらいか。



 ビリー・ワイルダー、逝く  2002/3/29(Fr)


「アパートの鍵貸します」を観たと思ったらこれだ(歎息)。

備忘として三谷さんのコメントを転記しておく。

脚本家三谷幸喜さんの話

一昨年暮れにお会いした時は、高齢で歩けない状態でしたが「今も、映画の企画書と世界中のファンからの手紙を読むのが日課」と元気に話し、目が強く輝いているのが印象的でした。「自分は脚本家だ」と言い、何より脚本を大事にして映画を撮った。そして、どんなにシリアスな作品にも笑いを忘れなかった。人間の良い所も悪い所もまるごと肯定しながら、巧みな物語で観客を引き込むワイルダー映画は、僕の先生です。

夜、レイトで「ミスター・ルーキー(2001・日)」

福岡で公開されなかった「ダブルス(2001)」以外は、「女刑事RIKO・聖母の深き淵(1998)」さえ押さえている事が自慢だった(だった?)お気に入りの監督、井坂聡の新作。あらすじだけ聞いて、まるで大森一樹ではないかといやーな予感が脳裏を掠めたが、見事に的中してしまう(それでも「ドリーム・スタジアム」や「走れ、イチロー」よりもうんと観られる映画ではある)。そんなに超満員のスタジアムで映画が撮りたかったのか。きっと抗し難い魅力があったんだろうなあ。

本日の映画:29.「ミスター・ルーキー(2001・日)」

 廃棄物13号  2002/3/30(Sa)



本日の映画:30.「WXIII PATLABOR THE MOVIE3(2001・日)」 、31「マルホランド・ドライヴ(2001・米)」
本日の読了:9.三谷幸喜「今夜、宇宙の片隅で」(フジテレビ出版)



 
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