Diary 備忘の都 2002 December

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浅草・花岡写真館

 浅草・花岡写真館  2002/12/08(Su)


僕は生来の怠け者なので、具合も悪くないのによくゴロゴロしている。僕が家に居るという事は、食事をしていない限りは殆ど横になっている(おいおい)という事なのだが、父親に構ってほしい悠都がやたら纏わりつく、というか、上に乗り上げるというか、鬱陶しい事この上ない。かてて加えて近頃は、ひとの鼻の穴にやたらひとさし指を入れたがる。その度に威嚇して追い払っているのだが、今夜彼がいつものように僕の首にかじりつくと、僕の鼻のあたりをじっと見つめてこう云った。

「パパ、お鼻に髪の毛が入ってるよ」
「…いや、これは鼻毛というんだ。パパだけじゃなくてママにも悠都にもあるよ」
「たぶんないと思うよ(彼は「ない」と一言云えば済む処をこう表現する)」
「あるさ」
「(ムキになって)ないと思うよ」

悠都はそう云いつつも、自分の鼻の穴を気持ち悪そうにいじり始めた。
どうやら彼は今まで僕の鼻の穴に「髪の毛」があるのを見て、取ってくれようとしていたらしい。
これまでの彼の好意は理解したが、さてどうしたものか。
此処でとうとうと鼻毛のはたらきを説明しても、分かってはもらえまい。

話を聞いた妻は笑いころげていた。ま、そうだわな。

ETV「芸術劇場」で地人会「浅草・花岡写真館」を観た。何と、山田太一の書下ろしである(ちなみに調べてみると、この春BS-iでドラマ化もされたらしい) → 英ちゃん。

操業明治10年という親子四代に渡って続いてきた老舗の花岡写真館も、世の趨勢で店は廃れ、店主夫婦(木場勝己、竹下景子)が今日を最后に店を閉めようという日に、珍しく2組のお客(高橋和也と東幸枝の若いカップルに、鈴木慎平扮する老人)が訪れる。若いふたりの写真を撮ろうとファインダーを覗いた主人は、処が大きくかぶりを振ったのだった。

「ダメだ、あんたたちの写真は撮れない」

店主に云わせると、この写真館のカメラは死に直面したひとを見抜く力を持っているとの事。そして、店主の曾祖父も父も、死に直面したひととの不思議な逸話を残していた。大久保利通を暗殺して自害するつもりだった青年、戦死した筈の兵隊と空襲で亡くなった筈の妻子の家族写真。そして今夜訪れたカップルは心中を決意し、もうひとりの老人も妻に先立たれ生きる希望を失っていたのだった…。

とこう書くと、浅田次郎の幽霊情話な決着を想起させるが、太一っつぁんは決してファンタジーに着地するを由としない。話を聞いた老人は「オカルトはいけませんよ。確かにいい話だが、そんなものは明日も続いていく自分の虚しさを決して救ってくれはしない」と、若いカップルたちに騙されるなと焚きつけるし、若い男も老人を殴ってお金を奪って逃げる。店主の妻も、よくよく考えてみればこんな御伽噺めいた逸話を何故今まで一度たりと疑わなかったのだろうと自分の人好しさ加減を嘆くし、店主は店主で、今の自分の境遇に重ね合わせて与太を云っていただけなのでは、と自身の弱さを突きつけられる。
ああ、これぞ太一節。ひとは世代を問わず、マージナルの中で生きているのか。
この後、物語は個々人(特に店主と老人)の「生きがい」をキーワードに展開していくのだが、最終的にはファインダー越しにひとの生死が見える是非は、それが真実であろうが方便であろうが、余り意味をなさなくなる。大切なのは、かの物語を起爆剤にひとが日々を生き抜くモチベーションが見出せるかどうかで、たといそれが店主や老人の自己満足や幻影に過ぎないとしても、物語自身がそれを力強く肯定してくれればそれでいいのである。

90年代半ば頃4〜5年は地人会の公演を北九州演劇サークルで年に2、3回は観ていたものだが、今回、久々に木村光一演出を堪能させていただきました。いや、面白かった。桜中学の校長先生こと、木場さんの熱演の素晴らしさ。鈴木さんのコミカルでいて飄々としたたたずまい。やっぱり芸達者が居並ぶ舞台はいいなあ。




 
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