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少数報告 / シネマフリークスキャンペーンにあたる
二つの塔 / 父親でいるということ / ほんとうの備忘録
明日は怒涛の15時間勤務(予定)なので、今日くらいはさっさと帰るのだ。
AMCなかまで番組表を確認したら、「マイノリティー・リポート(2002・米)」と「ギャング・オブ・ニューヨーク(2002・米)」が今日までとあった。
腐ってもスピルバーグ、此処は迷わず、誰でも逃げる「マイノリティー・リポート」を選ぶ。
以下、雑感。
・プリコグの予知夢をデータ解析するアンダートンはまるでテツandトモみたいだ。
・マックス・フォン・シドーは一体何歳なのだ(「エクソシスト」の時からまるで変わらない)。
・スパイダーがアンダートンを探索するスラム街の鳥瞰図は子供の頃の絵本を眺めるようで、スティーヴン映画の真骨頂といえる。
・アイリス・ハイネマン博士(日本だと岡田茉莉子ではどうか。三田佳子ではまだ生々しすぎる)のキャラ造形やよし。
・アンダートンが落とした自分の目玉を追いかけるシーンは蛇足。
・到る処で芳しくない風評を聞いていたが、総じて悪くないぞ(それは「A.I.」も同じ)。
犯罪予防局の犯罪予知システムといい、2054年ワシントンD.C.の都市描写といい、とめどなく繰り出されるイメージの奔流は、これぞ「ザ・スピルバーグ」映画と云っていい。ただ前半の「圧倒的な」SF映画が、後半、(悪く云えば)凡庸な謎解きサスペンス(真犯人に或るタイム・パラドクスを突きつけるものの)に結実していくのと、ラストの余りに唐突なハッピーエンド(あくまで風味だけど。おそらくヤク中のアンダートンは免職)に、一瞬失望させられるのは確かだ(思えば、ヴィンチェンゾ・ナタリの「カンパニーマン」のクライマックスにも同様の失速感を覚えたけど、あれは物語の構造上の問題だから、打つ手なし)。ありていに云えば、折角の「歌舞伎(奇をてらい、どうだとばかりに作家性を前面に押し出した)映画」が、所謂「俗映画」へ身を沈めてしまうのが残念でならないのだ。
でも、忘れちゃいけないのはこれがスピルバーグ作品だって事。
彼の映画は常にハリウッドの王道を歩かねばならない運命。ゆめゆめ(字幕なんてまどろっこしく読めやしないような)大多数の米国のお客さんを置いてきぼりにするのは許されない。映画にはどんなおバカにも理解出来るヒューマニズムをしのばせるのが不可欠なのだ。
故に、彼は自分に課せられた仕事に正しく向き合っているのに過ぎない。スティーヴンが映画作家ではなく、映画職人たる所以である(云い乍ら、段々怖くなってきた・笑)。
そういう意味で、彼の新作「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002・米)」の批評家筋のウケがいいのは、かの作品がかつてのスクリューボール・コメディーを彷彿とさせる「俗映画」だからなのでは、と実はひそかに期待している。彼の本来の居場所はハリウッド・クラシック・スタイルにこそあるんじゃないか。と、これはあくまでも妄想の範疇なので、ブツを観るまで真相は分かりませんけどね。
結論。スピルバーグ映画は面白い。
ひょっとすると「普通に」面白い映画なのかもしれないが、「普通に」面白い映画をコンスタントに生み出す能力(ちから)は、彼だからこそ与えられた才能だとは云えないか。風当たりの強さも故あってこそだ。
反論あらば乞う、かの才能の根幹を揺るがす、それこそ一握りの少数報告。
こればかりはスティーヴン・スピルバーグそのひとであっても決して隠蔽出来ない筈だ。
夕方、妻から会社にメールが入る。
「amcのキャンペーン当選。dvdあたったそうです」
此処んとこ、仕事のせいで映画観賞数が激減しているが(1月7本、2月現時点で10本)、AMCなかまが年明け期間限定(1/11〜2/14)で特定の映画の中から2本分の半券で応募する「シネマフリークスキャンペーン」の「B賞:代表作品DVD 各劇場5名」というヤツに当選したらしかった(ちなみにA賞:DVDプレイヤー 各劇場1名、C賞:AMC優待券 各劇場3組6名)。代表作品DVDは「アザーズ」「少林サッカー」「ニューヨークの恋人」の3作(偶然にも全部観てる)で、「アザーズ」は好きな作品だが、故に既にDVDも持っている。此処は夫婦して気に入り乍らも泣く泣く購入優先度を下げていた「少林サッカー」をいただく事にする(妻からも「庄林サッカーがいい(原文ママ)」と速攻でメールが届いた)。
「26日までにチケット売り場に来てくださいとのこと。その際写真を一枚とるそうです」
問題はこれだ。
僕は以前も此処で優待券を当てて、やはり名前が張り出された際、会社のKさん他2名に「名前、出てましたね」とニヤニヤされたことがあったので、あんまり仕事以外の部分で名を売りたくはないのである(社報におすすめ映画を書かされたり、もはや手遅れなんだが)。このうえ顔写真まではちょっとという事で、悠都を身代わりに据えることを思いつく。
受付は21時半までらしいので、善は急げと帰宅しなに息子を拾い、どうにか21時に映画館着。
悠都はこんな夜遅くに父親とふたりきりで外出して映画館に来るのが珍しいらしく興奮して雄弁になっていた(て、それはいつもの事か)。子供の写真でいくことを係のおねーさんに快諾してもらい、なかなかカメラ目線にならない息子と格闘しつつ、それでもデジカメで2枚。次に映画を観に来た時には、息子の笑顔と対面する事になるらしい。
約束したケーキの代わりに(めぼしいケーキ屋が全部閉まってしまった)コンビニでアイスを買ってから帰宅したが、悠都はおねーさんから受け取ったDVDが気に入ったらしく(この際、どういうソフトかは問題ではない)、帰ってからもずっと「少林サッカー、見る」と唱え続けていた。
毎度の如く、悠都を寝かせつけているうちに僕自身が沈没(何しろ疲れているもので)。
家族して「少林サッカー」を観られるのは、いつの日であろうか。
週末のぶんの代休。
朝のワイドショーで、ウチの子供もETVでお世話になっている山村浩二監督の「頭山」がアカデミー賞短編アニメ部門にノミネートされた話、はいいとしてノミネート作品群の中に「Mike's New Car」のタイトルを見つけて唖然とする。くだんの映画(というか、7ミニッツ・カトゥーンCG版だな)は「モンスターズ・インク」のDVDにも特典映像で入っているから内容はよーく知っているが、そうまでして顔を出しておきたいのか → ディズニー。
10時半にポランスキーの「戦場のピアニスト(2002・ポーランド仏)」を観る妻を、おばさんの群れでごった返す映画館に送ってから、悠都の「海に行きたい」というリクエストに応えて、若松方面の海水浴場へドライブ。去年までは簡単に路駐出来た漁港付近がシーズンオフでも漁業組合の管理する有料駐車場のままになっていたので(しかもおじさんがきちんと番をしている)、やむなく付近の海水浴場を片っ端からあたって、3つ目でようやくいい感じに鄙びた海岸通りに出る。
打ち付けた戸板もうら寂しい海の家の脇の階段を下りると本当に人っ子ひとりいない。これで青空なら云う事ないんだけど。引き潮だったので、意外にキレイな砂浜を歩いて波打ち際まで悠都を連れていくと「(海が近づいてくるので)コワい」とのたまう。仕方ないので、だっこしたまま暫し海を眺める。春先の潮騒が耳に心地よい。コートを着せてあるので息子の防寒対策は問題ないとしても、ウチの巨漢を抱き上げたまま長時間佇むのは体力的にも限界があるので、渚から少し離れた処で降ろして、適当に遊ばせる。どんどん臆病になってくるね、ウチの子は。
小腹が空いたので、車に戻ってコンビニで買った肉まんを食べる。
今更のように海に来ていることに興奮しはじめた悠都をなだめ乍ら、ふたりの靴で砂だらけになった車内を簡単に清掃する。
「もう一回海で遊ぶ」とごねる悠都を適当にあしらいつつ、お昼も廻ったので妻を迎えに戻る。
帰宅して軽くパスタで茹でてもらった後、おばさんたちが夕餉の支度で忙しくなる夕刻を狙って「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(2002・米)」を観に再々度、中間へ。以下、雑感。
・今回も上映時間(179分)は体感時間に直すと90分くらい。全然短い。
・前作のあのシーンの再構築から始めるあたり、つかみはOK(ゴラムからだと確かにたるいので、この監督判断は確か)。
・「死者の沼」でフロドが溺れて死者に取り囲まれるシーンは「僕の知っている」ピーター・ジャクソンらしくてグー。
・今回のみどころのひとつはやっぱりゴラム。善悪2つの人格に裂けて苦悩するさまは「スパイダーマン」のウィレム・デフォーに匹敵する名演技です。
・これぞスペクタル映画。後半1時間強はあるというヘルム峡谷の攻防とエント族の水攻めは銀幕で鳥肌を立てて観るべき出来。
・続きを見せろ、とっとと見せろという事で、やはりこれは3部作の2作目映画なのだな。
さて、大河ドラマ「武蔵」出演中の森永竜矢さんだが、妻が聞いた処によるとオープニングで「竜也」と表記されたのはNHK側のミスで、別に更に改名した訳ではなかったそうだ。名前の間違いというのは本当に気をつけて欲しいもの。
最近、映画を観ていても「黄泉がえり」の寺門ジモンや「二つの塔」のバーナード・ヒルの台詞に(殆ど過剰反応で)涙をこぼしている。
要は、親が子を想う言葉を吐く時、それがどんなにクサかろうと、いやクサいからこそ泣けてきて仕方がないのである。
すっかり、ものの見方が親モードに移行していると云っていい。
35歳になって改めて振り返ると、子供の頃に漠然と描いていた「オトナ」像からはまるきり遠い処にいるくせに、少なくとも情の面では、理屈でなく親のキモチというヤツをしみじみ噛みしめている。おそらく息子の為になら生命だって惜しまないと思う(もしも思春期に入った悠都がこの日記を読んだら、さぞ鬱陶しく感じるんだろうなあ。でもそれから暫く経って自分の子を持った頃に改めて思い出して膝を叩いたりなんかして輪廻が巡る訳ですよ、きっと)。僕は二十歳頃まで自分が情の薄い人間だと自覚していたので、そういう風に臆面も無く発言する父親になるとは正直思ってもみなかった。
処で、知人にZさんというひとがいる。
仕事は出来るが、呑ん兵衛で親父ギャグ云いでムードメーカーで、とどのつまり、とてもいいひとだ。
ある時、何気なくPCに向かうZさんのモニタを覗き込んだら、何だか彼のキャラにそぐわないきゃぴったテキスト系サイトを丹念に読んでいた。Zさんの娘さんのサイトだという。思春期の女の子がよく父親なんかに自分のサイトを教えましたね、と訊ねたら、居間のテーブルのノートPCが開きっぱなしだったので、URLを憶えておいた(おそらくは書きとめた)のだという。我が家のプライバシーにかかわるから読んじゃダメだよと云われたのだけど、その時は単なる興味からくだんのURLを記憶して「今どきの中学生女子の日記ってどうよ」くらいの軽い気持ちで娘さんのサイトを開いた。
娘さんはある意味確かに今どきの中学生であった。
故あって鬱病を病み、リストカット癖がある。精神科に通い、日記にはほこらしげに見えるほどどんな薬をどれくらい投与したか詳述している。第一人称は「僕」で、ゆずを愛していて、それが嵩じてバンドでボーカルをやっている。恋人は優しくて、世界は彼と友達と音楽への愛と病気と進学の悩みとで完結している。彼女が自分をどう規定しようと、つまりは極めて普通の女の子なのだった。僕もかつて彼女とさほど大差の無い悩みをかいくぐってきた身として、彼女の「現在(いま)」が、そしてなりたちが、面映く、そしていとおしかった。
僕は彼女が築いた彼女の牙城自身には何のわだかまりもない。
ただ僕が切なかったのは、家族の項で、彼女が父親という存在を「あきらめて」しまっていること。
あれだけ母親や弟のさりげない気遣いや、友達のあえかな心遣いを敏感に拾い上げるアンテナを持って、それらを感謝する繊細さがあり乍ら、彼女はこの世で、ただひとり父親にだけはそのアンテナを閉じてしまう。「子供のことなんかどうでもいいひとだ」とそこで思考停止してしまう。確かにZさんは娘さんに自分の気持ちを吐露するのが下手というか、不器用を云い訳におろそかにしていそうだ。せめて、娘さんの独白がパール兄弟の「バカヤロウは愛の言葉」の変奏曲であればいいのだけれど。そして、願わくば娘さんの綴る「大キライ」を愛の言葉とZさんが受け取れればいいのだけれど。
今だから分かるが、親にとって、子供の「大キライ」は致命的だ。
ましてや匿名性の強い、彼女が自我を存分に解放しているWebサイトでの発言と来れば、誇張じゃなく「一生」立ち直れない気がする。
そして、今日もおそらくZさんは娘さんの日記を読む。
彼氏への真っ直ぐなおのろけも、父親への無関心も、好き嫌いせず何でもよく食べる。
もしも娘さんがこの事を知ったらふたりの亀裂は決定的になるかもしれないけど、こんな風にして父娘のラインは繋がっている。
きっと彼女は知らないが、そのラインは甚だ強固で、そして決して揺るがない。
今思うと子として思い当たる事が多々あるのだけれど、結局(僕にとっての)親子関係というものは、親が子に抱く永遠の片想いなのかもしれない。片想い故に、ほんのささいな子供の言動で傷つき、うろたえ、振り回される。けれど片想いだからこそ子供が不意に浮かべた笑顔だけでどうにか明日も頑張れる。両想いよりも切ないが、自己完結を強いるぶんだけきっと心は逞しくなる。いや、そう信じたい。
こないだ、あめんさんに妻のろけを注意したばかりなのに、ちと子のろけが過ぎた。
そのくせ読書中に纏わりつく悠都が鬱陶しいと追い払うのだから勝手なものである。
何だか発作的に日記を続けているが、ずっとこのペースで書く訳じゃないんで(笑)。念の為。
今日で上映終了する「新・仁義なき戦い/謀殺(2002・日)」を駆け込み観賞する気でいたが、業務多忙の為、帰宅したら日付が変わってた。
折角、遠野凪子の体当たり演技を楽しみにしていたのにィ(ウソです)。
忙しさにかまけて映画のタマシイの記録もやめて幾久しいが、今年観た映画のタイトルだけでも備忘の為、書き留めておく。
今後は日記にせめて簡単なメモだけでも残しておきたいもの。
01.「CQ (2001・米)」1/4(Sa)
02.「Jam Films (2002・日)」1/14(Mo)
03.「黄泉がえり (2002・日)」1/18(Sa)
04.「カンパニーマン CYPHER (2001・米)」1/18(Sa)
05.「アウトライブ 飛天舞 (2000・韓)」1/24(Fr)
06.「彼女たちの時間 LA REPETITION (2001・仏)」1/25(Sa)
07.「水の女 (2002・日)」1/25(Sa)
08.「火山高 VOLCANO HIGH (2001・韓)」2/1(Sa)
09.「ケミカル51 FORMULA51/THE 51ST STATE (2002・米英カナダ)」2/1(Sa)
10.「ストーカー ONE HOUR PHOTO (2002・米)」2/2(Su)
11.「13階段 (2003・日)」2/8(Sa)
12.「レッド・ドラゴン RED DRAGON (2002・米)」2/8(Sa)
13.「猟奇的な彼女 MY SASSY GIRL (2001・韓)」2/8(Sa)
14.「めぐり逢う大地 THE CLAIM (2000・米)」2/11(Tu)
15.「アイリス IRIS (2001・英)」2/11(Tu)
16.「壬生義士伝 (2003・日)」2/16(Su)
17.「マイノリティー・リボート MINORITY REPORT (2002・米)」2/21(Fr)
18.「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔 LOTR :THE TWO TOWERS (2002・米)」2/26(We)
ちなみに今年に入って読了した本は以下の6冊(但しコミックス含めず。月3冊ペースっちゅうのもなァ)。
勿論、読書中及び、積ん読中の書籍多数。
宮本輝「星宿海への道」(幻冬舎)
梶尾真治「黄泉がえり」(新潮文庫)
貫井徳郎「慟哭」(創元推理文庫)
渡辺宏「『食の安全』心配御無用!」(朝日新聞社)
北村薫「街の灯」(文藝春秋)
吉田音「Think 夜に猫が身をひそめるところ」(筑摩書房)
追い立てられるように仕事して忙しかったのは確かだが、その割には今月、映画だけはまともに観れた(というか努力して観た)。春から仕事は更に忙しくなりそうなんだが(全くキャラに合わない)、それにもメゲずに細々と映画観て本読んで日記くらいは書きたいものである。
右團治さんから湯呑み茶碗が組で届く。
深い青一色の大柄の茶碗で、内側には(おそらく文治師匠の筆で)「桂右團治」と名前が入ったシンプル且つ味わい深いデザイン。
ああ、いい!と、一目見て気に入る。遠慮なくMy湯呑みとして使わせてもらいます。
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