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ベリーダンス忘年会
2003/12/5(Fr)
あれよあれよという間に師走。油断は出来ないものである。
という訳で、昨日・今日と呑み会2連チャン。
昨夜は来週から名古屋に移動するDawady氏の送別会で中華(水天宮そばの「翠連」)。
フカヒレで有名なお店にも関わらず、此処のパーティーコースにはフカヒレが含まれていなかった(おい)。尤もそれぞれの料理は結構美味しかったし(特に炒飯が美味しかった)、個室が取れたし、久々の回転テーブルだったし、宴席そのものは大層盛り上がった。
今夜は部の忘年会で、会場はシディーク日本橋三越前店。
昨日が中華で今夜が印度と、宴会で巡る世界旅行(次回はロシアあたりでどうか)。
幹事補佐として、2日間とも会場をチョイスしたのは僕である。
幹事のAさんから僕に与えられた忘年会会場選定のミッションは、「1.ベリーダンスのある店」「2.会社から近い」「3.リーズナブルな料金」の3点を満たす事であった。今年の忘年会は何かイヴェントをプラスしようというので、Aさんが提示した幾つかの選択肢の中から「ベリーダンスを観る」が1位に選ばれた(無論、その時点では店は決定していない)。「ベリーダンス」で検索すると、トルコ料理や中近東系のお店がぞろぞろ出てきたが、地理面や料金面でもうひとつだったり(呑み放題3000円って何だよ)、ベリーダンスのショウ開催日(無料で毎日開いている店はなかった)と忘年会開催日が折り合わなかったりで、最終的にインド料理のシディークで落ち着いた(何しろ会社から徒歩10分である)。しかも金曜日にベリーダンス・ショウがあるのは日本橋店だけだった。
よくぞ、この店を見つけたものだ、と自画自讃してみるテスト。
実際に予約云々はAさんが行ったのだが、スタッフが全員インド人らしく電話口で往生していた。1週間前に人数の確認の電話を入れると「ソンナ予約入ッテマセン」と返されたり、「金曜でお願いします」「ハイ、ドヨウビデスネ」と即答されたり、ひょっとしておちょくってる?と疑わずにはいられない応答だったらしい(実際に会った彼らはとてもフレンドリーだったので、やはり単なる「言葉の壁」の問題だったようだ)。
以下、備忘の為の食譜。
3000円のパーティープランに2時間のフリードリンク1500円をつけたものだが、質量共に充分な内容。
ソフトドリンクにはラッシー類もあったので、僕はラッシーとマンゴーラッシーを浴びる程呑んだ。あまりに美味しかったので、頭に乗って合わせて5〜6杯は呑んだか(推定)。いい加減、ラッシー腹になってしまった為、チャイを頼む事が出来なかったのが一生の不覚。
全体的な感想として、味の輪郭がはっきりしていてどれもこれも美味しいんだが、押しなべてスパイシーなので、すくなくともディナーコースは子供向きじゃない。でも、ナンなんか美味しくて幼児の評判も良さそう。
01.トマトサラダ(トマトとチーズとゆで玉子のサラダ) TOMATO SALAD
02.マサラナッツ(スパイシー・カシューナッツ) MASALA NUTS
03.パップル(ピリ辛お菓子) PAPAD
04.チャナチャート(ひよこ豆のヘルシースナック) CHANA CHAT
これは辛いというより、くっきりと酸っぱい。
梅しばのような強い酸味とほこほこした触感と。
05.ライスティッキ(ヘルシーライススナック) RICE TIKKI
06.アルパコラ(ジャガイモのインド風揚げ物) ALOO PAKODA
07.シークカバブ(ひき肉のタンドゥール焼き) SEEKH KABAB
08.サモサ(野菜の詰め揚げ) Samosa
09.タンドゥーリチキン TANDOORI CHICKEN
スパイシー・ヨーグルトに漬け込んだ骨付きチキンをタンドゥーリで焼き上げたもの。
鶏肉嫌いの僕が全部平らげた事だけは記しておく。
10.4種類のナン&ターメリックライス 4 KINDS OF NAAN & TERMERIC RICE
・ナン Naan
・ティルナン(ごま入りナン) Til Naan
・カブリナン(アーモンド、ココナッツ入りほんのり甘いナン) Kabuli Naan
・ガーリックナン Garlic Naan
11.4種類のカレー 4 KINDS OF CURRIES
・シーフードカレー(イカのマイルドカレー) Seafood Curry
・バターダル(レンズ豆のまろやかな味) Butter Dal
・チキンカレー(鶏肉とカリフラワー) Chicken Curry
・ラムスピナッチ(ラムとほうれん草) Lamb Spinach
カレーとナンはビュッフェ方式で、好きなだけ取り分けるスタイル。
そのうち、スタッフが焼きたてのナンを随時「ナン、いかが、すか」と御用聞きに来て配ってくれた。客の腹八分目だったお腹は此処でとどめを刺される。
12.キール(ライスプディング) KHEER
キールとは濃く煮詰めた牛乳を使って作った祝祭用のデザート。
コーヤ(ミルクを濃く煮詰めたもの)に更に砂糖、ココナッツを加えてある為、殆ど練乳そのものと云っていい、驚愕の甘さ。プディングというよりはポタージュ状のムースですね。さしもの甘党の僕も目を白黒させる(いや、決して不味い訳ではない)。
本日のメインイヴェントであるお待ちかね、ベリーダンスは、フリードリンクが時間切れとなった20:30頃から。
店内に激しいビートが鳴り渡ったかと思うと、小柄な体躯のダンサーがサリーを靡かせ乍ら登場。店内には「ムトゥ 踊るマハラジャ」のミーナの艶かしいポスターが貼ってあったが、出て来たのは20代半ばくらいの日本人女性。お店のスタッフが全員インド人なので、個人的には却って面白かったが、メンバーの一部からは「何故、日本人なの?」とクレームが(主に女性陣・笑)。写真では分かりにくいかもしれないが、衣装はおじさまたちの期待通り、露出度が高い上に裸足であった。男性陣は皆、ダンスを凝視していたが、Iさん(女性)はダンスを見るオトコたちを観察して容赦ない論評を加えていくのであった。
専用ステージがある訳ではなく、テーブルとテーブルの間の通路になったフロアを利用して、アドリブベースのダンスであった。正味15分弱だったが、あの、水面下の水かきのような細やかな動きは相当の運動量と思われ、無理のない時間設定かも。2曲目からは、客席参加型になって更に盛り上がる。ウチからはAさんとFさんが腕を引かれていったが、初っ端だったので、照れが勝ってすぐに敗退。「こういうものは興が乗ってからでないと」とは、頭を掻き乍らFさんの弁。
さんざん盛り上がったショウタイムが終わって暫くするとダンサーのおねえさんが私服で戻ってきて、お友達とテーブルについて普通に食事を始めた(ちょっと見、ただのOLにしか見えない)。偵察に行ったKさんによると、このお店で踊るようになってからは1年なのだそうだ。
お店を出る時、レジの脇にプチ「ひまわりの種」みたいな籾殻状のものが載った小皿があるのをMさんが発見した。カードには「フェンネル(ウイキョウのこと)」とあり、胃の消化を助けると書いてある(後で調べたら、インドのレストランでは普通に「スイートソーフ(フェンネルの砂糖菓子)」などと云ってお口直し用として店の入口に置かれているらしい)。
ひょいぱくっと口に放り込むと、確かに甘いが口腔内に強いミントが広がる。
ミントの駄目なMさんは胸が悪くなったと苦虫を潰した顔をしていた。
今夜の参加者の一致した感想としては、皆んな料理が珍しかったので、ついつい食べ過ぎてお腹がいっぱいになってしまったとのこと。店を選んだ身としてはちょっと嬉しい。二次会は参加せずに、真っ直ぐ大手町駅へ。
映画館デビュー
2003/12/6(Sa)
バーブ佐竹、死去。享年68歳。
1960年代前半に活躍したムード歌謡のひとなので、このひとの最盛期とリンクしていない僕にさしたる感傷はない。ただ20年近くも前の(おっ)古いコサキン・リスナーだった身としては、支那虎夫名義の「青いゴムぞうり」を歌唱したひととして胸の片隅に格納してある。ほんの最近まで「NHKサンデージョッキー」にちょくちょく出演していたから、やっさんは晩年の佐竹氏を脇から眺めている筈。とまれ、合掌。
さて、今日は悠都の映画館デビューの日。
息子の気合の入れようは半端ではなく、今朝も妻の「ニモ、観に行くよ」の一言で、普段は揺さぶっても微動だにしないくせに、誇張じゃなく「瞬時に」飛び起きた(寝起きで急に立ち上がったので足許が覚束なかった)。夫婦して思わず笑ってしまう。
彼の記念すべきデビュー作に選んだのは、「ファインディング・ニモ FINDING NEMO(2003・米)」。PIXARモノは映画として面白い上に、前作「モンスターズ・インク」が息子のヘビーローテーションDVDである実績を買った(尤も、妻は彼に何度も付き合わされているうちにこの映画がキライになってしまった)。僕は家族3人で行くつもりだったが、妻は遠慮するという。確かに悠都と一緒では映画に集中出来ないし、いずれヘビーローテーションで観なければならないし、彼女の躊躇は分からなくもない。あんまり子供に面白い映画なのも考えものである。兎に角、はやる息子の手をつないでイトーヨーカドーに向かう。
土曜の朝イチの回(9:40開始)だというのに、客席は7割以上、子連れと子供同士とで埋まっていた(日比谷では木梨憲武 & 室井滋の舞台挨拶があったが、そんな処に3歳の映画館ビギナーはつれていけない)。シネコンは全席折りたたみシートになっていて、上載せ式の子供用補助椅子が使えるが、子供が軽すぎるため、どうしても椅子にあま噛みされた状態になってしまう。だからか、息子はずっと居心地悪そうにしていた。映画の前にトイレへ連れて行った後、売店のブルーシールでマロンアイスを買ってあてがい、ひとまずおとなしくさせる。いざ館内が暗くなっても、幼児の視点で観た場合、どうでもいい予告(殆どCM)が長い。客席のあちこちで「まだァ?」「いつ始まるの?」と子供たちのブーイング多数。
来年公開予定のPIXARの新作「ジ・インクレディブルズ(2004・米)」の少し長めの予告篇が流れた後で、比較的初期の短篇「Knick Knack(1989・米/ジョン・ラセター)」(スノウボールの中の雪だるまのオモチャが、外の楽しい世界に脱出するべく奮闘するお話。悠都には結構ウケていた)を上映後、ようやく本篇。うー、確かに能書きが長いかも。
「ファインディング・ニモ FINDING NEMO(2003・米/アンドリュー・スタントン)」 109シネマズ木場
僕らが観たのは断るまでもなく、吹替版。
木梨憲武(マーリン)& 室井滋(ドリー)のコンビは石塚英彦 & 田中裕二、唐沢寿明 & 所ジョージの歴代コンビに匹敵するはまり役。経年劣化ですっかりゆるんだ僕の涙腺をこれでもかとばかりに刺激する。でもいちばんカツーンと来たのは、何つっても室井さん(ドリー)のクジラ語でしょうか。つい、一緒になって口を動かしてしまいそうになる。脇を固める声優陣も山路和弘(ギル)、津田寛治(ガーグル)、赤坂泰彦(エイ先生)と割と通好みなキャスト。
父子鷹ならぬ、食物連鎖を乗り越えた(笑)父子クマノミの物語は、ひとの親になった僕を泣かせるにはそれだけで充分のシチュエーションである。どんなに強い絆で結ばれていても、心配する余り、不器用さ故のディスコミュニケーションが父子の距離を産む。ああ、何て分かりやすい軸足。物語の骨格は、疾風怒濤の如き脇キャラの千客万来とエピソードでびっしり埋め尽くした海洋版「吾子を訪ねて三千里」。ああ、何て分かりやすい展開。
そんな中でも、PIXARお得意の「『非』人間 vs 人間」SFテーマは健在で、今回も魚たちが力をあわせることで、人間による支配(小さくは歯医者の水槽、大きくはトロール漁業)から自分たちの自由を勝ち取る。ファンタジーのスタイルを取ってはいるが、これは魚版「猿の惑星」前史なのである(尤も、世界中の海洋生物がクーデターを起こす訳ではない)。皆に愛されたいが故に、ベジタリアンを目指して涙ぐましい努力をするサメたちが、ものの弾みでドリーの鼻血(!)を嗅いで(吸い込んで)しまったために肉食動物の本能で理性を失ってマーリンたちに襲いかかるくだりも、何気に異種族SFしていて愉しい。
脇キャラはどれも捨てがたいが、特に「ちょーだいちょーだい」とニュートラルな表情で攻めてくるカモメたちが買い。無機質なゾロメカ・スタイルは他者のリアクションを一切受け付けない。あれは新手のゾンビと云っていい。あとチームワークを駆使してシドニーまでの道を教えてくれるイワシ(?)もいい味。などと、こんな風に挙げていったらきりがない。
今回はいつもの「作りこんだ」NG集(勿論、ジャッキー・チェンを以って嚆矢とする)がなく、海中をロールするエンドクレジットに色んなキャラがからんでくる、ややおとなしめのエンディング。おしまいの方で「モンスターズ・インク」のマイク(気になる人は空白部分をカーソル指定してください)がすいすいと泳いでいくお約束に、悠都を含めた子供たちは大喜び。ファミリー映画はこうでなくちゃいけない。年々スタンダードを量産していくPIXAR映画の自信に裏打ちされた楽屋オチを、僕らは大いに楽しめばいい。
さて、息子の映画館デビューに採点をつけるなら70点という処か。
上映中、「もう僕帰る」とか「この映画、面白くない」とか「抱っこして」とか余りにも落ち着きがなさ過ぎ。
尤も、彼がそういう台詞を吐くのは、映画が「怖い」時なので、其処は差し引いてやらないといけない(「白雪姫」を最初に観た時も、女王に拒絶反応を示して大泣きしたらしい)。この映画、ファミリー映画を銘打ち乍ら、生々しい食物連鎖を容赦なく描写してくる為(何しろ物語冒頭からマーリンとニモの卵を除く全家族 ─妻コーラルと399匹のマーリンJr.、コーラルJr.の卵たち─ が食べられてしまう)、抵抗力がない上に、魚たちを擬人化して感情移入している子供にはちと酷なエピソードが満載である。実際、客席の至る処で、子供たちが号泣で輪唱していた。余程怖かったのだろう。それにしても、そんな残酷シーンの数々を平然と観ていられる私たちって……すっかり汚れてしまったものである。
エンドロールの時点から、息子は僕に「明日もこの映画、観に行きたい」とせがんだくらいにはのめり込んだらしいので、リピーター担当は妻にまかせる(「やなこった」と即答されそうである)。
そのまま、待ち合わせた妻と、劇場の真向かいにあるポポラマーマで昼食。お腹が空いていたので、カルボナーラ大盛(1.5倍)を頼んだら、カフェオレのボールみたいな底の深い器にパスタがなみなみと盛られてきて吃驚。此処は生パスタのモチモチとした触感が売りらしいが、ヴォリュームも乾麺の1.5倍増しな感じで、大盛を選んだ事を激しく後悔する満腹感。
それにしても、本当に食が細くなったなあ(当社比)。
帰路、「アトリエ・ド・ペリニィヨン」に寄って、シブーストとスノウマン(サントノーレを雪だるまに見立てたもの。シューの中はカスタードではなく、チョコクリーム。これも土台のクッキーが美味であった)を買う。スノウマンは作品毎に顔が違うので、折角だからと困った貌をしたヤツを選ぶ。悠都「ヘンな顔」と大はしゃぎ。
家に帰ると、何故か一気に睡魔が襲い、悠都と一緒に夕方まで3時間程昼寝してしまう。妻はその間、門前仲町をサイクリングして、番組のロケ中らしい林マヤにマイクをつきつけられて号泣している子供を見かけたらしい。処で、林マヤって、何処か平野レミとキャラがかぶってない?
夜、
猪瀬直樹「道路の権力 ─道路公団民営化の攻防1000日」(文藝春秋)を読了。
読み始めると道路行政の解説書としても分かり易く、且つドキュメントとしても面白い本だったので、何処かでまとめて読書したいなと、昨夜から集中して一気呵成に読み上げてしまった。
高度成長期を通過する中で、半世紀の間に顔(個人としての責任)を持たずに、ぶくぶくと肥え太った組織体を抱えた官僚機構という化け物を切り崩すのが、如何に「不可能」と同義の困難さを伴うかを、猪瀬さんが身体を張って示した良著。忍耐力と持久力、此処に極まれりである。
本書を読むと、小泉さんをちょっとだけ見直す事が出来る。
少なくとも数ある政策の中で、道路行政改革だけを抽出して並べてみると、小泉内閣がどんなに果敢に「壁」を乗り越えようと汗をかいているのかが分かる。あと、抵抗勢力(政治家ではなく官僚機構)の故意なリークによる情報操作の脅威ね。巧妙なネガティヴ・キャンペーンに踊るマスコミ、踊る評論家、踊る国民。もっと頑張れ、櫻井よしこ、てか。
1980(イチキューハチマル)
2003/12/7(Su)
今日は映画1本観た後で年賀状の素材撮り。ロケ地には新宿都庁を選ぶ。
映画は初回の空いてる席を狙って、開場30分前にテアトル新宿へ着いたというのに、入口には既に長い行列が出来ていて唖然とする。何故だ、初日舞台挨拶は昨日だったろうと呟くも虚しくこだまする(実際に入場してみると、客席数が多いので余裕で座れた)。紀伊国屋で立ち読みするつもりだったが、やむなく列の最後尾につく。通りすがりの女の子がおかあさんに「あれ、何の行列?」と大きな声で訊ねていた。うん、おじさんもそう思う。
「1980(2003・日/ケラリーノ・サンドロヴィッチ)」 テアトル新宿
「1980」と書いて、「イチキューハチマル」と読む。
ナイロン100℃のお芝居は「テイク・ザ・マネー・アンド・ラン(1999)」しか観た事が無く(テレビで「フローズン・ビーチ」を観たな)、その時には少しも感じなかったのだが(そもそも芝居を映画の文脈で観ないし)、こうして出来上がった映画を観てみると、ケラさんはいずれ「日本のウディ・アレン」と呼ばれるような気がする。
「何処がだよ」と問われると立て板に水のようにすらすらと答える事は出来ないが、会話は無駄こそを愉しむ術(「ケーキ食べるの早すぎるわよ」と娘たちから指摘されて「だって噛んでいないもの」としゃらっと応える串田和美のおとぼけぶりはどうだ)や、ウディ作品の主人公そのものと云っていい、自我の肥大した衣笠(大山鎬則)の存在そのもの。ある種の女性の描き方(たとえばともさかりえの淫乱振り、犬山イヌコの内弁慶振りの各種ディテール)や大上段なロマンティスト振り(及川光博が邸宅の壁に仕込んだ告白アイテムのインパクトたるや…)、ナンセンスに対する考え方等々、とにかくウディっぽいと思っちゃったんだから仕方が無い。
今後の彼の映画キャリアがそれを証明する。「成程、確かにウディっぽい」と感心する余り、膝を叩く事になる。まちがいない。
それにしても、映研(劇研と読み替えてもいい)の描写のいなたさよ。
もてた試しのない「その他大勢」の冴えない僕らオトコたちにとって(故に衣笠はそんなルサンチマンを体現するイコンである。情けないけど)、映研や劇研に集う女子たちとは(敢えて「女子」と表記する)、少女期特有の「美人薄命」なのであり、一足先に大人びていくが故の「危うい足許」なのであり、青臭い感情に支配された共同幻想としての傍若無人なミューズなのである。
尊大なくせにナイーヴだったあの頃。背伸びした女子が、老練な先輩たちの毒牙にかかるさまを「だから、云わんこっちゃない」と口に出せもせずに見過ごしただけのあの頃。僕らの青春は、そんなどうしようもない「あの頃」でうずたかく積み上げられていた。映画はそんな「あの頃」を女子(たとえば蒼井優)のサイドから描いてみせる。衣笠なんて所詮、誰も聞いていない処でくすぶるだけくすぶって、告白にならない告白をして玉砕する役割っきゃ与えてはもらえない。ケラさん、それって相当キツいっす。
思えば、黒沢清の「ドレミファ娘の血が騒ぐ(1985)」だとか、或いは大林の初期自主制作ものに、オトコたちのルサンチマンと、咲いては散る女子たちの「美人薄命」がキラキラしていたものだが、本作はそういった鬱屈の一切を軽ーく笑い飛ばしている。そして、それこそが80年代という空気感なのかもしれない。70年代をぎりぎり引きずっていたあの時代を覆った空気感の完璧な再構築。文字通り「ベールを脱ぐ」リカ(蒼井優)の「だから、云わんこっちゃない」美しさや、ピンボケ試写会で踊り狂うメガネっ娘、皆戸(橋本真実)の自棄が放つ美しさと来たら、不意に「青春の蹉跌」のテーマが流れてきそうなくらいイヤーンで気恥ずかしい切なさだ。
けれど現実にはYMOの「ライディーン」がピコピコと流れてくる。1980年ってヤツは、僕らが70年的感傷に浸ったままでいる事を許してはくれない。レイコ(ともさか)は、いささか後ろ向きな理由だが、足許ではなく20年後に顔を向け、カナエ(犬山イヌコ)は時代の象徴たるウォークマンから流れるテクノに離婚の悲しみを委ねる。そんな風に彼女たちは「立ち止まらない」80年代の先端へ先端へと押し出されていくのだ。この映画、オーケンはさぞかし絶賛しているに相違ない(ていうか、何故出ていないのだ?)。
映画が終わったので、紀伊国屋で待ち合わせた妻子と合流する。
妻が「東口エリアはごみごみして臭くてヤだ」と云うので、渋々西口エリアへ移動して、小田急ハルク地下3階のビアレストラン「ミュンヘン」にて遅昼を食べる。店内は天井が高くて、四半世紀前から模様替えしてませんと力強く保証してくれそうな、温故知新具合がいい感じ。料理も男が台所で好んで作りそうな(というか僕が、なんだけど)メニューばかりで個人的に好感が持てる。おまけに値段もリーズナブルだ。僕はビーフ鉄板焼を頼んでわしわしと食う。
ようやく空腹がおさまった処で、吹きすさぶビル風をくぐり抜けるようにして、都庁をバックに、肩車して数枚、ロバート・インディアナの「アメリカン・ドリーム」オブジェで好きに遊ばせて数枚、年賀状と寒中見舞用に悠都の写真を撮る。
カメラを向けると息子は照れてついふざけてしまうので、妻が幾度となく切れていたが、そう云えぱ「猫が好き」でカメラを向けると必ずヘンな顔をするきみえ、という回があったな。
妻に「もうイラストは描かないのか」と問われたが、毎年息子の顔を似せて描くのは正直しんどいのと、普段絵を描かないのであきらかに画力が落ちていて、自分でもイヤになったのである。その昔、年賀状に子供の写真を載せて送るようになったら、オレもおしまいだなどとほざいた事があるが、そういう意味ではおしまいなんだと思う。いずれにしても、ちょっと別の方向性を模索させてくれ。
小田急の三省堂で君塚良一「裏ドラマ」(ダイヤモンド社)とシアターガイド1月号を購入。
君塚さんにはこないだ握手してもらったばかりなので、何だか他人のような気がしない(て、他人なんだよ)。
キース・マンハッタンのプレミアムプリン
2003/12/9(Tu)
今日はあんまりいい天気だったので、妻子は上野動物園に行ったそうだ(くそお…)。
悠都は生まれて初めてパンダを見て、ヤツが動くのにひどく衝撃を受けたらしい。
──ひょっとして着ぐるみと思ってた?
仕事的には、これから暮れにかけてワークが増えてきそう。
何しろ、マイルストーン・レビューがイヴの翌日で、御用納めの前日にある。
ま、前任地の忙しさに比べればまだましと考えるべきか。
東京駅と繋がっている大丸東京は21:00迄営業しているので、20:30過ぎに会社を出れば、どうにかデパ地下を物色出来る。という訳で、気晴らしに(笑)大丸の閉店間際にデパ地下をスイーツ探検する。
その名の通り、ニューヨーカーご用達な感じで、そのオレ的敷居の高さ(笑)が前から気になっていた「KEITH MANHATTAN ─キース・マンハッタン─」(関東エリアでは此処にしか店舗がない。加えて、店舗そのものが実にスタイリッシュなのだ)で、ぱっと見、ベイクド・チーズケーキにしか見えないプレミアムプリン(1個300円)を購入(僕が買ったのが最后の2個だった)。最后迄僕の中で、プリンと競ったマーブルチーズケーキは次回に廻す。
素材重視(ジャージー牛乳と赤卵、バニラオイルを使用している)の、誠にプリン界の主流を往くベイクド・プリンなのだが、特筆すべきはベイクド・チーズケーキに見まがうサイズ(幾ら大きいったっていつかのジーゲスクランツで買った釜飯サイズのケッセル、あれは例外です)。
2個を家族3人(大食漢の3歳児含む)で食べても、量的にはちょっと多かったかなって感じ。ヴォリュームもそうだが、プリン自体は王道のさっぱりした味乍ら、水面下で腹に来る「隠れ肥満的」スイーツだからだろう(そうは聞こえないかもしれないが、きっぱりと褒めている)。悠都がチェイサー代わりの水を欲したくらい、実は濃厚なプリンなのだ。質量ともに、これはオススメの一品。
次にイモちゃんが出張で上京した折には、迷わずにこれをおみやに推薦します → じゅんこさん。
不仲説なんか吹っ飛ばせ
2003/12/11(Th)
昨夜、2chの古畑スレを読んでいたら、12/4付の書き込みで「朗報 1/3(土)25:25〜25:35 今泉慎太郎」とあった。その後の書き込みで他の出演者は八嶋智人、小林隆(何故か、石井正則がいない)ともあったが、ニュースソースが明示されていなかったので、本当だったら嬉しいけど、正直、眉唾だなと思っていた。
処が今朝になって、西村さんの公式サイトを覗いたら、出演情報に「今泉慎太郎 1月3日(土) 25:25〜25:35 フジテレビ系」と正式発表されているではないか。何と本物の情報リークなのだった。2ch、侮りがたし。尤も、書き込んだのが同一人物とは限らないので、出演者情報の真偽のほどは留保しておくが、特番なのにオンエア10分(しかも本篇「すべて閣下の仕業」に出てこないらしい出演者)というのも「今泉慎太郎」らしくていい。
桑原(伊藤俊人)亡き後、いつもの技研が舞台とも思えないが(南米土産を渡しに技研へ立ち寄るが、ちょうど桑原くんが出払っていてというシチュエーションも考えられるが、それでは余りに悲しすぎる)…或いは帰りの飛行機の機内とか。フライトアテンダントが八嶋さんで、本篇で演じた外交官役とは別に出てくるというアクロバットだったら尚愉し──ああ、妄想は膨らむ一方である。そもそも5年振りに西村さんが三谷脚本を演じる、それ自体がビッグニュースだ。石原Pに関口P、ご尽力、本当にありがとう。
とまれ、8年振りの「今泉慎太郎」を刮目して待て。
職場で、姫路出張土産に「総本家かん川」のしほみ饅頭をいただく(播州赤穂の銘菓らしい)。その筋では有名なお菓子らしいが(実は東京駅地下でも売っている)僕は初めて口にした。
僕は和菓子の中で唯一、落雁が苦手なのだが、困った事にこれって要するに寒梅粉でこさえた落雁に餡を仕込んだ塩味(しほみ)饅頭で、波の花の味が効いているあたりが「供物」というか、所謂「葬式饅頭」を思い出させる抹香臭いお茶請けなのだった。お湯をかけると即席汁粉になるらしいが、それを知ったのは食べてしまった後の祭。貰っておいて無礼な話だが、此処は備忘の場なので。けど、こんな機会でもなきゃ進んでいただくお菓子ではないし、そのひとに強く感謝している事だけはひとまず謳ってみる小市ィ民♪
処で、このひとは地方出張に行くと必ず土地土地のメジャーなお菓子を買ってきてくださる。
ちなみに福岡出張の折は梅ヶ枝餅だった ← 勿論、これは好物です。
今夜も閉店間際の大丸デパ地下に駆け込んで、「キハチフライドブレッド(KIHACHI FRIED BREAD)」で「鶏そぼろ(200円)」「クリームチーズ(180円)」「マロン(180円)」の各あげぱんを買って帰ったら、妻は妻で、ザーサイとささみのサラダ仕立てをあんにしたパンを焼いていたり。「間が悪い」夫婦というか「気が合う」夫婦というか。
どれも美味しかったが、栗の粒入りマロンクリームってのはアイデアだねえ。それから鶏そぼろ(写真右)はさすがキハチの味というか、キハチ・チャイナの味というか、鶏そぼろあんだけ取り出して食べたいぞと、親子揃って大絶賛の旨さ。という訳で、熊谷喜八は商売も上手いのだった。
小確幸
2003/12/12(Fr)
以下、ささやかなしあわせ。
此処んとこ、職場飲料用に毎朝コンビニで買ってるリプトンのリモーネ500mlペットボトル(コンビニ)にミニチュアDogマスコットがついてくるのだが、本日「シーズー」が手に入ったので、全6種コンプリート(まさかシークレットなんかないだろうな)。
写真は前列左よりコーギー、シーズー、パピヨン、後列左よりチワワ(チワワのくせに何故か他の犬よりひときわでかい)、ミニチュアダックスフンド、ヨークシャーテリア。
尤も、コンプリートの道は険しくも何ともなく、チワワが2度ダブっただけで、意外とあっさり揃ってしまった。ま、ムキになって揃えていた訳ではないのが、ささやかなしあわせたる所以。
今月は何か芝居が観たいぞと物色していたら、近江谷太朗プロデュース PLAYMATE presents03『ワンダフル・ボーイ』がeplusの得チケで3,800円 → 2,500円にプライスダウンしていたので、妻に頼んで23日マチネを購入してもらう。キャストは元キャラメルボックスの近江谷太朗は勿論、カクスコの岸博之にショーマの西田薫(その昔「ラヂオの時間」で彼女の舞台は経験している)にナッパーズ(明和電機)の丸山優子とオレ的オールスタアなのも買い。
会社を出たら、東京駅日本橋口の並木道の青い電飾が余りにも美しかったのでパチリ。
夜、「オケピ!」のDVD&CDセットの予約も入れる。嗚呼、無駄遣い王。
──以上、本日の小確幸、3題でした。
ア・ラ・カルト 15th anniversary
2003/12/13(Sa)
今日は渋谷。
…とあっさり書いてしまう自分が怖い、という罠。
一旦は「ジョゼと虎と魚たち」にも食指が動くが、妻夫木&池脇の初日舞台挨拶に朝早くから並ぶ気力はなく、此処は思い切って青山円形劇場プロデュース「ア・ラ・カルト 〜役者と音楽家のいるレストラン15th anniversary」マチネ公演の当日券に挑むことにして(前売はとっくに全日完売)、こどもの城へ向かったのが10時半。電話で当日券の有無を確認すると、マチネでは5枚程出るとの事。但し、整理券は出さずに開演1時間前先着順に販売を開始するというので、すぐ近くの青山ブックセンターで別冊宝島936「面白さのツボ!三谷幸喜の全仕事」を買って、1階アトリウムギャラリー当日券カウンター前に並ぶ事およそ2時間半、結局腰が痛くなった僕以外誰も並ばなかった事だけは、今後のためにも覚えておきたい(ていうか、前売買え)。
おかげで別冊宝島の方はあらかた読み終えた。とりわけ白井さんの「オケピ!」話は切ないやら可笑しいやら。大阪公演の楽屋で再会した初演コンダクターの真田さんと言葉少なに強くハグした話にしみじみしたり。
こどもの城は今日から「ヤマムラアニメーションこどもずかん」を開催するとかで、ギャラリーの壁は図書館の書棚に生まれ変わり、僕が並んでいる脇には(子供たちには有名らしい)バベルの塔が聳え、入口の「正門」はスタッフが11時のオープンに備え、最終作業の真っ最中であった。悠都のようなETV世代には夢のような空間であること請合い。妻に電話でそう話したら「平日の適当な時につれていく」との事。成程、それが賢明かもしれない。
定時にチケット(Hブロック29番)を手に入れ(この公演も前売価格6,000円据置なのがうれしい)、コンビニの菓子パンで昼ご飯を済ませた後、5年振りの青山円形劇場行きのエレベーターに乗り込む。
おお、この久し振りの昂揚感。
青山円形劇場プロデュース「ア・ラ・カルト 〜役者と音楽家のいるレストラン」 青山円形劇場
a la carte 15th anniversary Since 1989
【演出】吉澤耕一
【構成】白井晃
【台本】高泉淳子
【音楽監督】中西俊博
【出演】高泉淳子 白井晃 陰山泰 +羽場裕一(visitor)
【出演】中西俊博(violin)
【出演】クリス・シルバースタイン(bass)
【出演】宮下誠(guitar)
【出演】林正樹(piano)
「ア・ラ・カルト」は最后に観たのが98年だったから(翌年から妊娠・出産と続き、皆勤賞が絶えた)、もう5年振りになる(通常この公演は物販がないのだが、前回は10th anniversaryという事で記念パンフが出た。今回は15th anniversaryパンフが出た)。パンフで公演の歴史を紐解くと1999年に「この年は、店内を円形にしてリニューアル・オープン」とある。
実際、会場に入ってびっくりしたのだが、お店から壁がなくなって(壁にかかっていたクリスマスリースは姿を消し、天井から吊り下げられたアドヴェント・クランツに代わっていた。まるでシャンデリアのように華やかなクランツの中央からは45度傾いた「15」を意匠にした飾りが下がっている)、アルプススタンドのような6列からなる客席でぐるりと囲んだ、その最下層にスタジアムもしくはコロシアム仕様のフロアがあって、レストランのテーブルと椅子が3つ4つ配置されている。客席は赤い絨毯を敷いた花道で三分割され、花道のひとつの脇には中西さんら音楽家のミュージックボックスがしつらえてあって、真隣の客席はかぶりつきで生演奏を楽しむ事が出来る。
舞台の上手(かみて)下手(しもて)が、それらの花道に置き換わった事で、役者と客席の距離を極限まで縮めたステージングを実現している。最後列でも舞台から6列目、しかも役者は花道と舞台を縦横無
尽に行き来する、ペギーさんに到っては客席まで割って入ってくる。元々役者や音楽家を身近に感じられるのが「ア・ラ・カルト」の魅力のひとつだったのだが、ちょっと遠ざかっている間にタイヘンな事になっていた。
このショウの基本構成は変わってはいないが、全方向系のステージングを指向した事で、客へのアプローチも大きく変わった。芝居も役者も、そして音楽家も常に360度からの視線を意識しなければならないから、お芝居ひとつとっても、テーブルについた人々は途中で席やテーブルそのものを移動して、絶えず自らの立ち位置や角度を変え、全方位に存在をアピールするし、その緊張感がいい意味でお芝居全体のレベルを高めてくれた。
成程、去年の遊◎機械の最終公演「クラブ・オブ・アリス」はこの「ア・ラ・カルト」で集積した演劇スタイル、スキルを本公演に還元させた、あの時点での集大成だったのだ。
◆◆◆◆◆〜ごあいさつ〜
◆◆◆◆◆Le Cafe (music by T.NAKANISHI)
ちょっと緊張気味のオーナーである白井さんのいつもの挨拶を聞いた後、開店準備のオープニング・ショウの高泉・陰山のジャグリングは健在(客席に近くなったぶん、観るのが怖くなったりして)。でもまさか、高泉さんに皿を投げる陰山さんの背中を見る事になろうとは。visitorの羽場さんは「15周年おめでとう」とオーナーにプレゼントの箱を渡すと中に爆弾が入っていて、オーナー、陰山さんのキャッチボールのあと、羽場さんが受け取ると、実はそれはお祝いのくす玉だったという趣向。
Apreritif
◆◆◆◆◆Poseidon (music by T.NAKANISHI)
◆◆◆◆◆〜開店〜
◆◆◆◆◆Comme Ca (music by T.NAKANISHI)
今年一年も、恋に恵まれなかった高泉さんが「飲み物だけ飲んで帰るわけにはいかないかしら…」とひとりお酒を呑みにくるのだが、チャンドラーの「長いお別れ」が好きな彼女は、もしも恋人が出来たらひょっとしたらのレストランで一緒にお食事をと、ひょっとしたらのメニューまで考えてきていたが、もしも駄目だったら此処でひとりギムレットを呑むつもりだったのだ。そして、やっぱりギムレット…。
「折角ですから、おひとりでも『ひょっとしたら』のお食事を試してみませんか。私、お客様の考えた『ひょっとしたら』のメニューをご用意させていただきます」
5年見ない間に、高泉さんは此処で食事をしていくようになったらしい。
Main Dishes
◆◆◆◆◆〜ハイヒールに愛を込めて〜
◆◆◆◆◆Carnival (music by T.NAKANISHI)
夢にまで見たノリコさん(栗本典子)&タカハシ(高橋孝志)シリーズ。
女装の白井さんを観るのも久し振り。此処数年でぐぐっと身体が締まった白井さんだが、ノリコさんになると往年のいかつさは相変わらず(笑)。これはペギーさんも期待出来そうだ。
絵に描いたような紆余曲折の末、おととし結婚、新婚2年目でまだラブラブのふたりは今宵、ノリコさんの課長昇進祝いに今年もまたこのレストランへ(ノリコさんを「ハイ、課長」と呼んだり、「ノリコさん」と呼んだり忙しいこと)。
ひとり暴走するタカハシに、ノリコとギャルソンのふたりがコメディリリーフで受けて立つのだが、此処は延々笑いっぱなし。
もはや失われてしまった遊◎機械の遊び心が、機会を減じた分だけ濃縮還元して、この中で思い切り暴発している感じ。例によってタカハシがサプライズ・プレゼントを用意するのだが、段取りが悪いために、ノリコさんに浮気と誤解されるくだりが最高。
「ノリコさん、僕がそんなことをする人間に見えますか!」
「見えないわよ、全然見えません!だから、口惜しいんじゃない!」
「僕くらい裏表のない人間はいません。服を脱いでおへそに絆創膏を貼ったら、どっちが背中か分からないくらいだ」
「何、訳のわかんない事云ってんのよう!」
結局、浮気の正体は、彼女の昇進祝いの27cm(陰山「…大きい」)のハイヒールの手配の電話だと判明するのだが、夫婦の役割が逆転しているあたりが「百年の恋」みたい。ノリコさんの唯一の家事は月曜のゴミ出しだけで、タカハシは朝早く起きて弁当を作るため会社では居眠りばかりするわ、夕食の支度のため定時退社ばかりするわで、会社では上司としてのノリコさんの立場が悪くなっているという可笑しくも哀しきパラドックス。
◆◆◆◆◆〜言いだしかねて〜
◆◆◆◆◆I Can't Get Started
羽場さんと高泉さんの友達以上恋人未満の腐れ縁。
昔馴染みの友人(高見沢淳子(じゅんこ))にやたら友達を紹介して、彼女の年貢を納めさせようとするカメラマンと、つきあう男つきあう男と肌があわない、ある種天然系のスタイリスト(安かったからと大きな樅の木を抱えて店に来るような気の回らなさ)。
お節介なオーナーが、やはり独身のウェイターを紹介しようと緊急お見合いを画策するが(ウェイターの名前が畠山泰三と判明)、途中でカメラマンがスタイリストを愛していると気付いて思わずあたふた(失言を繰り返すオーナーが仕事人としてのアイデンティティ・クライシスに陥る処が可笑しい。侠気を出したオーナーの指示のまずさ(「『あっち』のシャンパンをお出しして」「…ああ『あっち』ですね」)で、彼と息の合わないギャルソンはこのカップルにひどく高価なシャンパンを一本サービスしてしまうし・笑)。
それにしても、カメラマンの本心に遅れ馳せ乍ら気付いてうろたえた高見沢さんの言い訳がなかなか良かった。
「──そ、そんなのダメよ。
もし上手くいかなかったら、あたしは誰に話を聞いてもらえばいいの」
「僕が聞くさ」
その後も一騒動二騒動あってカップルのふたりは何とかハッピーエンドらしきものに漕ぎ着けるが、これをきっかけにオーナーとギャルソンの間に入った深い亀裂は…(笑)。
Show Time
◆◆◆◆◆Peggy Medley
◆◆◆◆◆Watermelon Man
◆◆◆◆◆I Want You Back
◆◆◆◆◆Days Of Wine And Roses
◆◆◆◆◆ひまわり
◆◆◆◆◆They All Laughed
◆◆◆◆◆Ooh-Shoo-Be-Doo-Bee
「ア・ラ・カルト」専属歌手ペギー富岡は、入口にある成増商店街寄贈の15周年祝いの垂れ幕を自ら下ろすと、これまで歌ってきた名曲の数々をメドレーで。白井さんは此処数年で身体を絞り込んだので、迫力的に危ぶまれたが、それは全くの杞憂(?)で女装した時の巨顔は往年の迫力のままで、「オケピ!」で極限まで酷使した喉も完全復活を遂げていた。
1曲目にはギャルソン・ボーイズ(高泉、陰山)がコーラスで、2曲目にはアンタニオ古賀(ペギーに「ギター、古賀勝ッ」と紹介されていた)がたどたどしいギターで参加。
5年の月日を実感したのは、客席でペギーさんに差し出される花束が激増していた事。彼女が「こうなったら、まとめていただきます」と云ったら、客席の一画の10名近くが一斉に花束を差し出した時は、思わず演出と錯覚しそうになったくらいだ。
続く「Watermelon Man」は、アントニオ・カルロス・チョビンの後継者セルジオ(勿論、陰山さん)で、シースルーのブラウスで、しらふではとても真似出来ない、志村けんチックなダンスを延々披露する。ウォーターメロンマンのフレーズが暫く耳から離れそうにない。一体どうしてくれるんだ(笑)。
続けて、山田のぼるくんとそのご両親の、ペース配分は大丈夫かと要らぬ心配をしてしまいそうな激しいダンス。楽曲も80'sしていて「ア・ラ・カルト」的にはちょっと吃驚。
続けて、羽場さん演じる謎のキャラ。強いて云えばチョビン系?
ステージ以外で誰が着るのか見当もつかない、隙間なく薔薇の柄を敷き詰めたビロード地のジャケットで往年の「夢の遊民社」を思わせる暑苦しい歌とダンス。しまいには客席から若い女性をひとり連れ出して、ステージの真ん中の椅子に座らせると自分の白いロング・マフラーで彼女を縛りあげたまま退場。
それと入れ替わるようにアキラがH.マンシーニの映画音楽「ひまわり」を歌い乍ら登場、椅子に座った彼女に覆い被さるように跨ると、情熱的にマフラーを外してようやく彼女を解放してあげた。アキラの情熱パフォーマンスはそれに留まらず、花道を駆け登ると前転して転げ降り、挙句はマイクを床に置くと、本人がフロアに転がって、自分から口をマイクに近付けて無理な態勢のまま絶唱したり。各キャラのこの針の振り切れかたは一体何なんだ、おい。──楽しいじゃないか。
最后は音楽家たちを巻き込みつつ(中西さんと宮下さんも舞台と花道まで降りていって熱演)、ドレスアップした4人で「Ooh-Shoo-Be-Doo-Bee」。椅子を小道具に、ブロードウェイ・ミュージカルのように小粋に踊る男3人が格好いい事この上なし。
陰山さんがパンフレットに書いていた「羽場さんと15年前からの約束したシーン」とは、きっとこれの事に相違ない。
このあと、オーナーの説明が入って休憩になるのだが、休憩に入っても、白井さんがテーブル周りを片付けているのにお客がそそくさとロビーへ急ぐファン心理の不思議。ペギーさんの時に渡し損ねたお客から花束を受け取って素で恐縮する白井さんが可愛い。これから花束を渡すなら休憩入りの白井さんが狙い目のようです。見た処、二言三言言葉も交わせそうだし。
─ 休憩(10分間) ─
Wine
◆◆◆◆◆〜マダムとクリスマス〜
◆◆◆◆◆Poema (music by T.NAKANISHI)
マダム・ジュジュ(長いファンなら知っているが、実はこのひと、日本手酌連盟会長職にある)、15周年という事で、遂に禁断の(?)あでやかな若竹色の振袖で登場。
ただでさえ、尋常ではない早替の中、着物の着付までいきますか。
昔は冒頭で殿方に逃げられ、「シュピーゲル、シュピーゲル」とコードレスホンにしがみつくようにして「あなた、捨てないでー」と慟哭していたものだが、visitorが参加するようになってから、少し構成が変わったらしい。街なかで再会した昔の知人(マダムは「恋人と口走ったかもしれない」)羽場さんを誘ってテーブルに招くと、いつもの「キリン」記念写真を挟んで、ステージは即席「徹子の部屋」コーナーへ。
visitor羽場裕一の人となりという事で、「羽場さんの『羽場』って随分珍しい苗字ですよね」という話から、苗字の由来が地名にあること、彼の生まれた長野の村では全員「羽場さん」だったことなどから、彼のTVドラマの出演作の話へ。
当然「ぽっかぽか」などの話が出た後、マダムが「でも、あたくしがいちばん印象に残っているのは…」と古畑任三郎1st「笑える死体」で、古手川祐子扮する笹山アリに殺害される情けない被害者の話になる。
「そうなんですよ。恋人をおどかす為に頭からストッキングを被っていて、ストッキングを取ろうと顔が引っ張られて変形している処で殺されるから『笑える死体』。新聞(のラテ欄)見て、そりゃオレだよって(笑)」
今は大河ドラマ「新選組!」で幕臣・山岡鉄州を演じているとの事。
山岡と云えば、清河八郎が発案した浪士隊を実行に移した軍事奉行的役割を担った。ということで「今はオーナー(白井さん)と一緒にお仕事させてもらっています」
マ「まあ、オーナーったらレストランがあるのにそんな仕事をしてらっしゃるの」
オ「え、ええ、まあ…いつも一緒に行動しているので」
マ「それで、今後はどうなっていくのかしら」
オ「僕は途中で死んじゃうんですけど(笑)、羽場さんはずっとお元気で」
羽「ええ、長生きします(笑)」
マ「あらまあ、オーナーだけ?──死んでしまう?」
素になって暴走するマダムと素になって止めに入るオーナーという図式が何とも微笑ましかったり。この後、中西さんを入れた音楽トークに移って、結局マダムが羽場さんにも中西さんにも振られるというお約束の展開。
Dessert
◆◆◆◆◆〜離れても好きなパパ〜
◆◆◆◆◆All The Things You Are
遊◎機械時代からの定番「少女とパパ」シリーズ。
今回は、仕事でイギリスに旅立つ建築家のパパと少女。
離れて暮らすパパと、一緒に暮らすママ、おじいちゃんの架け橋となるべくミニ演奏会を開いた娘の慰労会という設定(設定が年々進化を遂げているのがまた嬉しい)。
少女がテレビで観た「グレン・ミラー物語」に触発されて習ったというトロンボーンで、客席まで息詰まる(笑)「茶色の小瓶」の数フレーズを披露。
後から来た陰山ギャルソンの「──ああ、三三七拍子?」の台詞に大笑い。
そのあと、少女が不満げにもう一度演奏を再現してみるのだが、それが確かに三三七拍子になっている処がある意味、凄いというか上手い。
Coffee
◆◆◆◆◆〜ラスト ダンス〜
◆◆◆◆◆Last Waltz (music by T.NAKANISHI)
老夫婦のプレゼント交換とダンス。これも定番プログラム。
今年の奥さんからのプレゼントは、あちこちがほつれた毛糸くずのような帽子。
舞台が客席よりも低いので、奥さんが旦那さんの足の上に乗っかっているのが見えにくいという難点はあったが、僕らの脇をしずしずと歩いていく夫婦を見送る事が出来たのだから、贅沢を云ってはいけない。
Digestif
◆◆◆◆◆たいせつなもの (music by T.NAKANISHI)
◆◆◆◆◆〜閉店〜
そして、お客様がいなくなった静かなレストランでひとつずつテーブルランプを消していくギャルソンがちょっとだけ手を休め、ポケットから取り出した煙草に火をつける。ランプの明かりが消えて、店が暗くなると同時に白い煙がくゆっていく。
定番メニューにして、陰山さんのいちばんの見せ処。
音楽もこれまでの「Smoke gets in your eyes」から中西さんのオリジナル「たいせつなもの」に。久し振りの「ア・ラ・カルト」は、全体を通して中西オリジナルが増えていますね。
そして冒頭の「ひょっとしたら」のコースを満喫した女性のテーブル。
彼女以外のお客がいなくなった店では、15周年なので一緒にお祝いしてくれませんかとシャンパンをごちそうするオーナー(シャンパンに関する白井・陰山の軽妙なやりとりは「言いだしかねて」つながり)。オーナーが着席し、飛び込みで入ってきた羽場さんに加えて、これまた定番の懐からシャンパングラスを取り出す陰山さん。
僕の知っている限り、このシークエンスは高泉さんの次の台詞で乾杯、暗転していた。
「たとえ明日、世界がなくなったとしても、あたしだけは生き残れますように」
処が今年は、その、最后の最后が違っていた。
「たとえ明日、世界がなくなったとしても、──この店だけは生き残れますように」
「その場しのぎの男たち」の、芝居の虚構に劇団のリアルを重ね合わせたような、古い戦友たちの酒盛りで終わるラストシーンを思い浮かべて、胸が熱くなる。
この店の15周年に、そしてこれからがずっとずっと続きますように。 ──乾杯。
◆◆◆◆◆Cine Qui Chante
長い拍手の後、正装した全員が揃って「ア・ラ・カルト」のテーマ。
やっぱりこれ、CDで聴きたい。DVD化もそうだけど、楽曲集CDを切に希望する。
そしてアンコール。
全方位ステージなのでカーテンコールもメンバーが一列に並ぶのではなく、舞台をぐるりと輪になってご挨拶(「クラブ・オブ・アリス」もそうだった)。吉例、ハンドベル「きよしこの夜」は演奏の途中で、ギターの宮下さんがつっかえてあとはぼろぼろに。客からするとアクシデントもまた愉し、だが、ご本人はひどく落ち込んだりするのかも。2時間後にはもうソワレが控えているからか、更なるカーテンコールはなし。
余談だが、パンフレットにピアニストの西村由紀江が文章を寄せているのを見てちょっとニンマリする。実は昔「ア・ラ・カルト」終演後、ロビーの長ソファで寛いでいて、公衆電話をかける彼女をお見かけした事があるのだ。不意に「もしもし、ヤマハの西村です」と聞こえた先に西村さんがいて吃驚したのを覚えている。当時、僕は彼女のアルバムをずっと買い続けていた頃だったので、尚のことわくわくしたのだった。そうか、中西さんに誘われて通うようになったのか。
まだ早い時間だったので、PARCOへ「ジョゼと虎と魚たち」観に行くと、エレベーターが開くなり「立ち見です」と無情な支配人。神様が「折角、今日は良いお芝居を観たのだから、映画はまたにしなさい」と諭しているらしいと自分に云い聞かせて、帰宅する事にする。
家では妻子が手作りケーキを用意して待っていた。大晦日に作る僕へのバースデーケーキの前哨戦か。生クリームがスーパーから持ち帰る道すがら攪拌されてしまったとの事で、表面が多少ワイルドな仕様になっていたが、ウェッティに仕上げたスポンジ部分がそれを補って旨かった。悠都は小さくカットしたキウイと缶詰の夏みかんを用いたトッピング部分を担当したらしく、得意げな顔をしていた。
ノルマンとエリソン
2003/12/14(Su)
午後から小春日和の木場公園を家族揃ってのんびり散歩した後(息子が僕と公園でお弁当を食べたいと云うので、肉まんやコロッケなど買い込んで軽食)、日曜日の定番、「アトリエ・ド・ペリニィヨン」でケーキ2つを購入。
ぷちアップルパイ(これがまた絶品)の土台の上にラズベリーのジャムを挟んで濃厚なハチミツのムースを載せた「ノルマン」と、妻が「ハリネズミ」と呼ぶ、薄いチョコのかけらとアーモンドクランチのトッピングを施した栗のムース「エリソン」の2品。今日はちょっとアートな外観のケーキをチョイスしてみました。
ケーキはいずれも美味しいが(特に「エリソン」の方は、マロンムースとダックワースと両方楽しんでいるようなお得感)、それにしてもそれぞれ謎のネーミングである。ノルマンはリンゴの生産地として有名なノルマンディから来ているとして、エリソンって何? もはやハーラン・エリスンしか思いつけないのだが、世界の中心にあるのはアイを叫んだ獣ではなく、「うんめえだろおっ」と勝ち誇ったクリなのである。表のイガイガしている処なんかはある意味「世界」の表層の隠喩と云って云えなくもないが、おそらく違う。って、調べたらフランス語でハリネズミの意味だった。何だ、最初っから妻が正解云ってんじゃん。
夕方から、「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」を観にいくつもりだったが、息子に涙乍らに「映画行かないで」と哀願されて今日の処は断念する。泣く子と地頭には勝てない。尤も、地頭に知り合いはいないが。
夜、フセイン拘束(「川、いつか海へ」のメイキングが飛ばなくて良かった)のニュースを聞きつつ、年賀状製作。
こないだ新宿で素材を集めた写真ネタと、妻の無言のリクエストがあったイラストネタと2パターンの方向で製作中。どちらか一方に絞るというよりは、2パターン共使用するって感じかな。
マーブル・チーズケーキ
2003/12/17(We)
昨日も部内の小プロジェクトの忘年会だった。
尤も忘年会前半(17:00〜)は折角メンバーが顔を揃えるからと会議になったはいいが、遅れに遅れて20:30開始の忘年会であった(いっその事、先発の宴会が終わる時間と重なった為に、店は案外取りやすかったらしい)。残念乍ら店の名前は失念したが、ポーチ付近が竹林になった和食ベースの創作料理のお店で、ごはんは美味しかったし(ブリのカマ焼きは迫力があったなァ)、単品料理なのにお値段もリーズナブルでなかなかいい店だった。
今日はAmazonから予約しておいたDVDと書籍が一気に届く。
曰く、「警部補 古畑任三郎 1st DVD-BOX」、「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔〜スペシャル・エクステンデッド・エディション」、そして北村薫「詩歌の待ち伏せ〈上〉」(文藝春秋)の3点。これに加えて来週には「オケピ!」DVD & CDが届く。今年も頑張った自分への自分サンタさんからのご褒美…って、一体何に対してのご褒美なんだか。でも、とりあえず此処んとこ、仕事がキツめなので、こういった生活の句読点は嬉しいものなのである。
今宵も比較的早めに会社を出られたので、大丸へ寄ってかねてから試そうと思っていた「KEITH MANHATTAN ─キース・マンハッタン─」のマーブル・チーズケーキを給料日前のからっけつな財布をはたいて3ピース買う(1ピース300円)。悠都用のデザート単価としてはこれまでで最高額ではないか(これまでは丸々あげるのではなく親のケーキを分け与えるか、薄ーく切って供すか、100円そこそこのプリンやシュークリームだとひとつ丸々与えることもある)。
3歳の子供にとっては価格がどうというよりは、カロリーやボリュームを平然と大人並みにしていては早晩肥満児の階段を登る(とりあえず、今の処は頭が大きいだけで特に肥満児になる兆候はない)。
これはフランス製のクリームチーズにフロマージュブランを合わせて、ガナッシュでマーブル模様を描いたもの。
やはり特徴はこの「ウルトラQ」のようなマーブル模様で、ショウケースでもかなり目を引く存在であった。
比較的薄めに焼いてあったので、物足りないのではと思っていたが(だから悠都の分まで買ったのだ)、これがどうしてずっしりとクリームチーズが重たく(勿論美味しい)、腹持ちのいいケーキであった。僕だと2つ続けてはちょっとしんどいかも(ま、食後だったからかもしれないのだが)。これもチーズケーキ者なら是非押さえておきたい一品ですね。
溺れた世界
2003/12/19(Fr)
今日は我儘を云わせてもらって、定時退社。
半蔵門線経由、田園都市線2駅目「三軒茶屋」で降りて、三茶パティオを抜けると久し振りのキャロットタワーが見えた。去年の3月、3Fにある世田谷パブリックシアターで「You Are The Top 〜今宵の君」を観たのが遥か昔の事のように思える(今は勝村政信&稲森いずみ主演「法王庁の避妊法」をやっている。このお芝居もその昔紀伊国屋ホールで観たんだった。あの時は山西惇&故・戸川京子というもっと渋めの配役であった)。まさか此処が会社から電車で30分の距離の場所になろうとは。
今日は1Fのシアタートラムにて、ドラマ・リーディング20「溺れた世界」。
ドラマリーディングとは、舞台上の俳優が台本を手に持って読み進める、云わば「本読み」。世田谷パブリックシアターは、文化事業として、大勢のひとと現代の戯曲の「出会いの場」として、年に2〜3回、日本で紹介されていない、新しい海外の戯曲を中心にドラマリーディングを行っている。さすがは野村萬斎が芸術監督をやっているだけのことはある。
という訳で、このドラマリーディングという奴は僕も初体験。
演出が白井さんだったのと、文化事業だからか料金が1000円と激安だったので、うまうまと引き寄せられてしまったという訳。
ドラマ・リーディング20「溺れた世界」 シアタートラム
【戯曲】ゲイリー・オーウェン
【演出】白井晃
【翻訳】小宮山智津子
【出演】高橋一生(ダレン)
【出演】中込佐知子(ターラ)
【出演】富浜薫(ケリー)
【出演】泉陽二(ジュリアン)
まずは折込みパンフにあった白井さんの「挨拶のことば」を丸々引用する。
本日はご来場いただきまして、誠に有難うございます。
本日上演のドラマ・リーディングは、イギリスの新進作家ゲイリー・オーウェンの『溺れた世界』を取り上げました。2002年に初演されたこの作品は、近未来の社会を舞台設定にしながら、さながら我々を取り巻く現代の社会構造、人種問題を提示しているかのようです。
この作品の特徴は登場人物4人のモノローグ(独り語り)とダイアローグ(対話)によって、物語が進行していくところにあります。俳優は、自分の心象と物語の展開をモノローグという形で語りながら、同時に表面に見える会話をはさみ込んで行きます。
これは言うならば、登場人物4人のそれぞれの内なる世界と外の世界。人は目の前に拡がる宇宙と、内なる宇宙の両方を合わせ持っている。そして個々によってその宇宙は異なるのですが─。
『溺れた世界』の世界観とこの手法を、私はきわめて演劇的なものと考えます。リーディングを通して、皆様なりの『溺れた世界』を現出していただければと願っております。
最後までごゆっくりお楽しみ下さい。
2003年12月19日
演出 白井 晃
ま、つまり、そういうお芝居です(横着)。
自由席だったので、吉例に則って最前列中央の席(B-11)を陣取る。
(シアタートラムのステージは石を積み上げた城壁のような堂々としたものであった)
隣に座った、親しい中にも一定の距離を取った20代後半の仲良し女子5人組は、高橋一生の青田買い系ファンの皆さんであった(確かに出演者の中でTV、映画への露出度が高い。「キルビル」にも出てたらしいが、一体何処に?)。ハンドル名で呼び合っているのでネットのお友達であるらしい(確かに熱いファンサイトが多々あるようだ)。妙な距離感の正体はそれであったか。「イッセーくん、イッセーくん」というのが「一生」の事だと分からず、イッセー尾形だと思ったのは年齢だからですかそうですか。いや、演劇ファンなら共通の話題にイッセー尾形があったっていいじゃないか。
演出家としての白井さんは開幕しても、日々細かくダメだしをするような「千秋楽まで舞台に参加したい」ひとなので(本篇にもナレーションとして芝居の最初と最后に「声の出演」で参加しているあたりがプレミアム)、本日2公演のみの短気集中公演とは云え、「ア・ラ・カルト」のソワレさえ無ければ、おそらく此処に来ていたと思われる(実際、昼公演のあとは急遽ポスト・トークが行われたらしい)。でも、白井さんには女装して絶唱して、花束を受け取るというたいせつな仕事が待っている。
舞台はステージ中央に等間隔に椅子が4脚置いてあるだけのシンプルなもの。
けれど、照明といい、音響といい、しっかりと計算された演出がなされていて(少なくとも古館伊知郎「トーキングブルース」くらいの密度は期待していい)、リーディングと云い乍ら、演劇空間そのものが其処にあった。観客の想像力を喚起するという意味ではより演劇的とさえ云えるかもしれない。
白井演出はモノローグ部分も、畳み掛けるような各キャラとのダイアローグを重ねることで、この、形而上的な命題(人の美醜が運命を分かつ、架空の南北問題を舞台装置に、政府を始めとする「醜」側(市民)が態勢的に優性に立ち、美なるものへのコンプレックスとルサンチマンとを負のエネルギーに、「美」側(非市民)を根絶やしにしようとする逆優生学の物語であり、其処で繰り広げられる「醜」側から「美」側へのラブストーリーは、逆説的でアイロニーに満ちたハッピーエンドを用意する)を孕んだ寓意の強い物語に奥行きを与え、観客の脳髄に直接訴えかけてくるかのような錯覚すら覚えた。また、場面転換に合わせ、演者たちを動かし、互いをクロスさせ、またシーン毎のキャラをピックアップ、スポットライトを当てる事で、2時間15分(!)の長丁場でも決して中だるみさせない工夫を随所に配してあり、僕らは単なる朗読劇を超えた新しいスタイルの芝居を見せてもらった気がする。
最前列から熱い視線を注がれる高橋さんは、出番が多い事もあってか、とりわけ熱演で、始終台本から顔を上げ、客席の暗闇の中に、自分にとっての天使であるターラや、彼を誘惑するケリー、そして彼の劣等感の根源とも云えるジュリアンと対峙し、時には弾け、時には涙で目をうるませ、自在に物語を行き来する彼がいた。演技者として上手い、と云っていいと思う。
今後、まさに旬である彼が出演する映画公開作(「半落ち」「世界の中心で、愛を叫ぶ」「スウィングガールズ」「茶の味」)が目白押しなので、ちょっと注目しておくべし。
それと比べると、殆ど台本から顔を上げなかった中込さんは、その分ちょっと不利だったかも。
「リング・リング・リング」でつか演出の洗礼を受けているので、演技派である事は疑わないが、本から顔が上がって目の表情を見せてくれないのはやはり淋しい。実際に「衆寡、敵せず」の立場にあり乍ら「美」側にある事で、ダレンとの関係に於いて優位に立つターラの無意識の傲慢さ、無垢さといったものを中込さんは的確に表現していたと思う。だから僕らは、ターラがジュリアンとの愛に真摯に生きているにも拘らず、彼女の不幸な結末に対して、決して涙する事はないのだ。
「東京オレンジ」出身の泉さんは、とにかく声と日本語とが声優並みに美しい。
(ごめん、色々書くのに息切れしてきた・笑)
富浜さんは遊◎機械/全自動シアター「ライフレッスン」からのつきあいなので、演技者としてのスキルは保証済。最も安心して観ていられる女優さん。
滑舌の悪さをキャラ造形と、天才的な「間」とで、政府の手先、秘密警察の尖兵であり乍ら、非市民の「美」を自らに取り込もうと、おのが欲望に忠実に生きるケリーを見事に自分のものにしていた。物語の世界の背骨を象徴するような、鬼気迫る演技に魅せられました。
──いやあ、これで1000円ポッキリなのだから、ドラマリーディングはやめられない。
この際、PARCO「LOVE LETTERS」には、一層の猛省を促したい。
満足して帰宅、妻子と共に「北の国から」の残りを観て、涙する。
ジョゼと虎と魚たち
2003/12/20(Sa)その1
先週の「ジョゼと虎と魚たち(2003・日)」雪辱戦で再び渋谷へ。
ただゆっくり朝ご飯を食べてから出かけたら、渋谷PARCO PART 3・8Fにあるシネクイントに飛び込んだのはぎりぎり予告篇の最中だった。初回にも拘らず、座席は7割方埋まっており─且つ座席は両端から埋まっていくものなので─空いた席を探すのに苦労する。これは東京国際映画祭の時も感じた事だが、この映画のこの人気は何?
妻夫木人気なのか、池脇千鶴がヌードを披露したからなのか──うーむ、分からん。
「ジョゼと虎と魚たち(2003・日/犬童一心)」 シネクイント
傑作。今年の邦画、いや青春映画の収穫のひとつと云い切れる。
犬童監督は「金髪の草原」で抱いたネクストワンへの期待に大きく応えてくれた。こうなると彼が演出した「黄泉がえり」を観てみたくなる。もっと、もっと面白い映画に仕上がっていたのではないかとふと夢想してしまうのだ(尤も「大阪物語」に関しては市川準で良かったのだと確信している)。
あと脚本の渡辺あや、このひとの仕事にも注目していきたい。
障碍者(との恋愛)を扱った作品自体はそれ程目新しい訳ではない。
この映画が青春映画の佳作たりえるのは、ジョゼ(池脇千鶴)の視点と共に、障碍者の恋人と向き合う恒夫(妻夫木聡)の視点が秀逸な処にある(「正直、あなたの武器がちょっと羨ましいわ」と嫉妬の余りジョゼを愚弄する香苗(上野樹里)に、対等なライバルとして「ほんまにそう思うんやったら、あんたも足切ってもうたらええやん」と迎え撃ったジョゼと、その後に続く修羅場のシーンが切なくも決して汚らしくなく「鎮魂歌としての」青春映画の節度を保っていられるのは犬童演出の賜物なのだと思う)。
恒夫は所謂「いいヤツ」なのだ。男友達にも好かれ、女友達とも容易く垣根を外して胸元に踏み込める如才の無さを持つ。人懐っこくて、リベラルで、そして人並みの正義感も持ち合わせていて、そして女性の母性愛をくすぐるタイプ。何より旨そうにごはんを食べる事が出来る(妻に云わせるとこれは「いいオトコ」のポイントであるらしい)。結果的に抜け目無く立ち回ってしまう事もあるが、全く悪気がない。此処ぞという時に、振った女の子に優しく振舞ってしまうのも、大バカだが、計算しての事ではない。それはオトコなら皆、心当たりのある事。故に僕らは恒夫にある種の近親憎悪を覚えてしまう。
肝腎な処で地雷を踏みまくる彼に「云わんこっちゃない…」と眉をひそめ乍らも、真っ向から彼を責める事が出来ないのは多少の差はあれ、僕らも同じ穴のムジナだからだ。僕らもあんなかたちでジョゼと出会い、愛したら、彼と同じハードルで躓き、自分にとっては楽な場所へ逃げ、裏切ってもおかしくはないと分かっているからだ。だから、ジョゼと別れてきた恒夫が舗道に蹲って慟哭する時、僕らもまた彼の痛みに、彼が自分自身に感じた不甲斐なさ、己の懐の小ささに同調(シンクロ)して泣けてくるのである。
間違いない。恒夫とは僕らを指差す別の名前なのだ。
そして恒夫との出逢いを糧に、ひそかに残りの人生をひとりで生きる覚悟をするジョゼの潔さという名の強さ。ラブホテル「お魚の館」のベッドで「自分は深海から此処まで泳ぎ着いたのだ」と独白するジョゼと彼女を見守るかのようなリュウグウノツカイの美しさ(脚本では魚の群れになっているので、撮影の段階でこの美しい深海魚に差し替えられたのだろう)。
自分のためだけに美味しいごはんを作るひとりぼっちの毎日。そして日常行為としての「キッチン・ダイブ」。彼女が生きていく上で欠かせない句読点。ラストシーンに救いはかけらもないけれど、ジョゼの目線がしっかり前を向いているので、僕らはどうにか銀幕を後にする事が出来る。ひょっとすると僕らは反対に彼女に励まされ乍ら、映画館の席を立つのかもしれない。
役者往来。この映画、脇を固める助演陣がまたいいんだわ。
東京乾電池の江口徳子、このひとはいきなり恒夫との濡れ場から登場するのだが(この映画、大林くらいあっけらかんと女優の服を剥いたり、かなりハードなキスシーンを要求してたりするのだが、犬童作劇のフィルターが上手にセックスの生々しさを中和していて非常に好感が持てる。この映画で、池脇千鶴の清純さは少しも損なわれていない。この映画はまず其処が凄いのだ)、事後の余りに日常的な関西弁が醸すユーモアと彼女特有のあっけらかんとしたアート系女子キャラが、いい具合に残像となる。きっとこれからの邦画やドラマに欠かせない女優さんになる。
他にも殆ど妖怪と見分けがつかないジョゼのおばあ(新屋英子)、日常会話を罵倒で交わすシャイ・ボーイ新井浩文、処女の子犬しか愛玩出来ない麻雀屋マスター(陰山泰)、近所の子供たちに変態呼ばわりされて憤慨する変態おじさん(お馴染み森下能幸)、人の好い現場主任(板尾創路)と挙げていけば本当にとめどない。麻雀屋の常連客もスナップが効いた布陣(真理アンヌ、SABU、大倉孝二、西田シャトナー、中村靖日etc.)だし。
という訳で、これは超をつけてオススメする逸品。
まだ観ていないひとは是非に、と云っておく。
映画館のロビーには、本篇で使われた各種小道具が展示してあり、思わず目が釘付けになる。
ジョゼの部屋に貼ってあったレシピメモがそのまま再現してあったのは結構壮観だった(本当に池脇千鶴の自筆だと嬉しいんだが)。あと、妻夫木が所属していた部活の集合写真とか。古ぼけたサガンのハードカヴァー2冊「一年ののち」「すばらしい雲」に思わず見入ってしまう。この2冊って本当に文庫版とかないのかな?
さあ、こうしちゃいられない。
2本目のイメージフォーラムは全然逆方向(青山通り方面)な上に、次の上映まで全く猶予が無いと来てる。
この項、続く。
ヴァイブレータ
2003/12/20(Sa)その2
お昼を食べる暇もなく、PARCOから青山通りへ移動するが、イメージフォーラムは初めてだったので、通り沿いのスタバを見つけられずに、またも予告編の最中に劇場に飛び込む。スクリーンがでかすぎて、前のシートに座ると本当に観にくい。この程度のキャパならば、シネテリエ天神くらいのスクリーンの大きさが程良いと思うのだが。
「ヴァイブレータ VIBRATOR (2003・日/廣木隆一)」 イメージフォーラム
赤坂真理の原作本は刊行当時、書店で平積みになっていたが、タイトルの余りのあざとさに手に取って見る気にもなれなかった。J文学という謎のジャンルの、タブロイドにリボンで飾り付けて「ブンガクしてみました」みたいな編集側の戦略にはひどく抵抗があった。例えば「女性映画」と銘打った途端にハードコアポルノに群がる女性客目当てのような、或る種の媚びを、この本に感じて、以降は視界からシャットアウトした。まさか映画化されたこいつと再会しようとは思わなんだ。
で、そのタイトル「ヴァイブレータ」だが、狭義にはアイドリンクした長距離トラックの車内を指す。ヒロイン早川玲がトラック野郎、岡部に出会い、誘われた時に彼女の懐で震えた携帯電話も「ヴァイブレータ」だし、ふたりの魂を共鳴させて震えさせた居心地の良い何者かも「ヴァイブレータ」なのかもしれない(原作を未読なので細かいことはよく分からん)。
四六時中、頭の中でさざめく自分の思考のせいで不眠症となったルポライター早川玲(寺島しのぶ)。彼女は安眠を得るために、アルコールと食べ吐きに溺れていたが、あるホワイトデーの夜、コンビニで擦れ違った長距離トラッカー岡部(大森南朋)に一目惚れ(というか一目欲情)し、彼に誘われるままトラックに乗って、翌朝「あたしを道連れにして」と東京〜新潟往復の長くて短い旅を始める…。
この早川というのが自我の肥大した女で、映画は観客を彼女の呼吸する音と仄温かさが感じられる処まで引き寄せ、僕らの耳許に彼女の極私的な独白(週刊誌的に云えば「女性の本音トーク」というヤツだ)を字幕にして突きつける。この観客が強姦されていくような、抗えいようのない肌感覚こそ、原作の持ち味を活かしたアプローチなのだろう。成程、これはまぎれもない女性映画だ。
映画は本当に寺島しのぶと大森南朋の二人芝居で成立している。
田口トモロヲ(警官)や牧瀬里穂(本人)、戸田昌宏(ホテトルの客)が申し訳程度にカメオ出演している他は(あと、ラジオや無線の声で坂上みき、村上淳、野村祐人他が友情出演しているか)本っ当に二人きりである。ロードムービーと云い乍ら大半はトラックの中だし、旅の途中で物語を引っ掻き回すような誰かに会う訳でもない。新潟に行って帰ってくる行程の中に彼ら以外には誰もいないのである。ある意味「移動する密室劇」と云っていい。
何しろ、大森南朋がいい。
「殺し屋1」で人を切断する立場から、「OUT」では人から切断される立場へと、役の振り幅がいちいち極端なひとなのだが、今回は嬉しそうに自分語りを続けるトラックの運ちゃんというのを極めて自然に演じ切っている、これはスゴい。女は男の話を嬉しそうに聞いているから、男はいよいよ得意げに自分の事を話し続ける。運転席を満たす親密な空気が決してウソくさくないのは偏に彼が醸し出す「気のいいあんちゃん」光線のせいだ。このリアルがたまらなくいい。
だから、この映画で寺島しのぶばかりがクローズアップされるのがちょっと癪なのである(勿論、本作は彼女が見つからなければクランクインさえ出来なかった)。
それは彼女の女優魂だって、「皆月」の吉本多香美に決して負けてはいない。
(そっか、望月六郎+寺島しのぶコンビというのも悪くないな…)
低予算映画でも志の高さに惚れて、くだんの映画と曽根崎心中する、その心意気はまさに「見上げたもんだぜ、屋根屋のフンドシ」だが、つい観客(僕です、僕)は銀幕の外野から聞こえてくる余計なスキャンダルが頭にちらついて、勝手にフレームの外にある悲壮感を深読みしてしまう(映画観としては全く余計な事である)。ま、個人的には「ゲロッパ!」で演じたタクシーの運転手も大好きだったっつう事で。
映画館を出ると、地上階へ続く狭っ苦しい階段は次の回を待つ観客が小さく前に倣えをしてるかのようにぎゅうぎゅうに並んでいた。そ、そんなに人気プログラムだったの、この作品?──お陰でトイレに行きそびれちゃったよ。
すっかり(観客として)満腹になったので、3本目は観ずに、渋谷駅向かいのコージーコーナーでプレミアム・チーズケーキ(一棹600円とこれがまたとても安い)を買って16時に帰宅、遅昼をこさえてから、溜まっている日記などを書いて過ごす(年賀状を書きなさい)。妻子は上野の科学館で恐竜の骨を観ていたとかで19時頃帰宅。コージーコーナーのチーズケーキ、スフレな食感に暫しシビれる。
処で、都内で暮らし始めて、いちばんオドロいたのは16時半にはもう真っ暗になる事。
長年九州で暮らしていた身にとっては、同じ日本にいるとはとてもとても思えない。
お陰で、一旦帰宅すると夕方から出歩く気が萎えてしまう。夜が早過ぎる余り、部屋でぬくぬくしていたくなるのだ。
かくして未消化映画はどんどん溜まるばかりであった…。
ワンダフル・ボーイ
2003/12/23(Tu)
19日に行った「溺れた世界」が、来年10月に白井演出で舞台化決定。
白井さんが担当するシアタートラムのドラマリーディングが翌年同じ白井さんの演出で舞台化されるというのはどうやら折込み済のようですね。きっとそれなりに名のある配役が期待できるが、この作品のキモである「市民の外見の醜さ」はどうするんだろ。観客の想像力で補う「ジョン・メリックを演じる藤原竜也」あたりが無難な落とし処だろうな。とりあえず主演の高橋一生は続投する気がしませんか。
天皇誕生日。いつか皇居で旗を振ってみたいが、今年は叶わず。
年賀状作業で忙しい妻の代わりにお昼をこさえて(自転車のかたちをしたショートパスタとキャベツのクリームスープとオムレツ。自転車が勿体無いから食べないと息子がごねる。…何だ、それは)、12時過ぎに家を出る。
今日は東西線の果て、中野にてPLAYMATE presents03「ワンダフル・ボーイ」マチネを観劇。
中野は初めてだが、なかなか居心地の良さそうな町である。
狭くて温かみのある路地を抜けると(此処の道幅では車の離合は不可能じゃないか)開場30分前に本日の会場「中野ザ・ポケット」へ到着する。入口に設えられた受付で、e+得チケを当日券に引き換えてから開場まで近くの公園でぼーっと過ごす。
中野の鳩は、どんなに僕が近寄っても決して動じないで、地面に蹲ったままである。…何処か具合でも悪いのか。
開場間際になってようやく人がわらわら集まってきて、会場周辺は歩行者天国のようになる。
ていうか、それくらい道幅が狭いんだけど。
ザ・ポケットの会場のキャパとつくりは新宿の「TOPS」そっくりである。
(細長いハコに急斜面の客席、どん詰まりの小ぢんまりとした舞台とか)。
窮屈さではタメを張るが、新しさだけは「ザ・ポケット」の方がうんと誇れる。
e+得チケ(通常3800円 → 2000円+手数料500円)だけに、席は後ろから3列目だったが入り口すぐの通路沿いの席だったのでせめて足がゆっくり伸ばせる処がうれしい。で、僕から数歩程しか離れていない、いちばん後ろの壁際の席には、この作品を書いた川上徹也が座っていたり(近辺が招待客のエリアになっていたようだ)。
開演近くになって、SETつながりか後輩の芝居を観に来た小倉久寛を発見。
小倉さんはキャップを目深にかぶった芸能人仕様だったが、ひどくおどおどして却って目立っていたり。
そんなに発見されると素人にいじられ易いのか(…うーん、そうかもしれない・笑)。
小倉さんは肝腎の席が見つからないようで、おどおどと行ったり来たりしていたが、スタッフに探してもらい事なきを得る。僕の座っている席は客の出入りが逐次俯瞰出来るので、小倉さんの動向もバッチリである(余り、意味は無い)。
ちなみに芝居が終わると、小倉さんは真っ先に立ち上がって、ジャケットを着込む素振りをし乍ら、その実、顔のあたりで闘牛士がマントを構えるように一般客から自分を隠すようにして退席していった。思いっきり照れ屋さんである。
処で、その昔「君となら」再演で観た小倉さんのポケベルダンス(バイブの振動に合わせて踊り出す)は良かった。
…て、観てないひとには何の事だかさっぱり判らないだろうが。
PLAYMATE presents03「ワンダフル・ボーイ」 ザ・ポケット
【脚本】川上徹也
【演出】近江谷太朗
【出演】山田幸伸(有馬五郎)
【出演】佐野賢一〔GINGUIS FARM〕(本山六九)
【出演】岸博之(有馬一四)
【出演】西田薫(有馬亜希子)
【出演】丸山優子〔劇団スーパー・エキセントリック・シアター〕(日向:ひなた)
【出演】近江谷太朗(ミルキィ近藤)
【出演】嶋田奏子〔無名塾〕(岡本理科)
今回のテーマは父子ものだそうだが、筋書き自体は舞台となっているのがAV業界という点を除けば、「異人たちとの夏」とか演劇集団キャラメルボックス「カレッジ・オブ・ザ・ウインド」といった幽霊モノ・ウェルメイドのヴァリエーションである。親を捨て、幼子を連れた妻を捨て、20年に渡って愚にもつかないエロビデオを量産し続けている(と本人は思っている)AV監督の有馬五郎(山田幸伸)の許に、死んだ両親(岸博之、西田薫)や妻(嶋田奏子)が現れて彼の人生を肯定すると共に、残された一人息子六九(佐野賢一。父の作品を観て感動の余り、AV男優を目指している)との絆を改めて託す、とまあ要約してしまえばそういう話。とりわけお母さんは、まんま「異人たちとの夏」の秋吉久美子のイメージですね。
其処に現役AV男優ミルキィ近藤(近江谷太朗)や、ある種物語を自在に横断していく「何でもまるっとお見通しの」日向(丸山優子)(旨く説明出来ないのだけど、TV版「濱マイク」で市川実和子が演じたみるくのポジションがいちばん近いかも)が狂言回し的に拘って来る。全部で1h40余りの比較的短い芝居だから、これでも充分盛り沢山かもしれない。
近江谷さんには申し訳ないけど、個人的にいちばんツボだったのは本篇よりも場内諸注意だったり。
(お芝居はそれなりに面白かった、て処ですか)
1ベルも鳴らず、場内も暗くならないまま(客入れのBGMは鳴りっ放し)、舞台上にミルキィ近藤(近江谷太朗)が現れて北海道にいるらしい水月(みづき;AV女優にして有馬監督の内縁の妻らしい)に電話を始める。客席が明るいまま本篇が始まる芝居はかなり珍しい。
電話の様子から、水月はお産のために郷里の北海道へ帰っていて、もうじき子供が産まれるらしい事が分かる。
「今、何処から携帯かけてんの?──まさか病院からじゃないよね。え、病院?──まずいよ、それは。病院の中では携帯は電源を切っておかなくちゃ。だって手術の最中に携帯が鳴ったら、胸にペースメーカーを入れているひとの機械が誤作動しちゃったらどうするんだよ。携帯の電源は病院や、あとお芝居を観る時は必ず切らなくちゃダメだよ。──勿論だよ。だって、お芝居の最中に携帯が鳴ったら、舞台で演じている役者が誤作動しちゃったらどうするんだよ(爆)──そうだよ、気の小さい役者は誤作動しちゃって、その後メチャクチャになっちゃうんだよ。オレ、誰に向かってこの話してるんだか、分かんないんだけどさ。だから、すぐ病院出なきゃ。え、外は吹雪なの。え?──あ、切れちゃった。…ま、いいか」
客席が大ウケした処で暗転して本篇が始まるという…。
これにはかなりヤラれた。「役者が誤作動」──けだし至言ですね。
役者往来。
とりあえず、備忘として以下の2人について。
山田幸伸:シャイな余り、極限までぶっきらぼうな処が井筒カントクっぽくていい。
丸山優子:女優さんに向かって、誰々みたいというのは失礼なのかもしれないけれど、日向というのは丁度「ナイロン」の犬山イヌコのような、遣り手の入った不思議キャラを好演。YOUみたいなひとを想像してくれればいい(フリーセックスなひとで、恩義のある有馬監督とだけは寝ないという謎の仁義を切るあたりはワラタ)。
あとアンコールで、山田さんのウクレレ(火サスのCM入前ネタはウケた)で、クリスマスソングを歌ってくれたのは嬉しい誤算(というか、岸さんの居た「カクスコ」を髣髴とさせて嬉しかったり)。何しろCDデビューしている丸山さん(ナッパーズの事ではないらしい・笑)とカクスコの岸さんがいますから、という近江谷さんの前振りで「赤鼻のトナカイ」。場内、手拍子で大盛り上がり大会だったのも手作りないい感じ。
24日、25日は本当に空席だらけらしく、この両日にもう一度来てくれる奇特なお客には半券持参で2,000円のスペシャルプライスとの事。ま、e+特チケが出るくらいだからキビしいだろうとは思っていたが、何故だろう、少なくともキャスティング的には全然OKだと思うのだが。何しろ中野は遠いからなあ…。
ちなみにPLAYMATEの次回作は来年10月「新宿シアター/トップス」上演で決定だそうだ。
次回もe+特チケ狙いでひとつ(これこれ)。
お客全員にボディーソープ(勿論1回ぶん)のお土産付。
出口付近でスタッフが配布。
…うーむ、ある意味、シビアな現場である。
アンケート書きを含めた、客出しが終わらないうちに、楽屋からメンバーが出てきて友人・知人に挨拶をするアットホームな空気とお芝居のスケールという罠。素の表情で「今日はごめんねえ」と交し合う西田さん、丸山さん、山田さん。誰もがジャージ姿な処が好ポイント。
中野駅前にあるパン屋「サンジェルマン」に立ち寄って、さんざん悩んだ挙句、「4種のお豆」「10種類の根菜サラダ」「王様のクリームパン(「王様のチョコレートパン」というのもあった)」「プルミエ(外側が噛み切れないくらいしっかりしていて中が軟らかくてもちもちした、フランスパン系食パン)」を選んで帰宅、妻子と共に美味しく頂く。
夜はテレビの前で正座して、CX「40年だよ!ドリフ大爆笑」。
オープニング、エンディングが20年振りに一新されたのはいいが、新作コントはおろか、長さんを混じえたトークさえ収録されず(メンバーが「長さんは営業で遅れて…」などと取り繕っていたが、要は長さんの声が出なくなってしまったようだ)。2ちゃんのドリフ板でも別の意味で「祭り」となる。
。 。 。。
・゜ ゜・。 。・ ゜・。
。゜ ・。 。・゜ ゜。
。゜ ・。 。 ゜ ゜。
。 ゜。 。゜ ・。
゜ (ノД`)
間奏でベースを弾く真似をする長さんのサービス精神と、すっかり痩せたその面差しに思わず胸が痛くなる。
──長さん、僕らはいつまでもあなたが元気で帰ってくるのをお待ちしています。
オプストクーヘン
2003/12/24(We)
何はともあれ、クリスマス・イヴ。
息子が楽しみにしてたアドヴェント・カレンダー(犬山のおかあさんのお友達にいただいたもの)も今朝、めでたく窓が全て開いてイエス様の誕生に立ち会う事が出来た。
仕事的には結構綱渡りだったのだが、どうにか20:30に退社出来たので、こないだアド街のランキングにも入ったLEGOで悠都のプレゼント(宇宙ステーションのレゴ、1500円)を買って、大丸デパ地下に直行すると、スイーツ売り場は戦後の闇市のような騒ぎになっていた。まさに置き引き、引ったくり要注意エリアである。
何しろ大丸はパティスリーの強豪が群雄割拠している処なので、目移りするが、ほんの22日に妻が苺と生クリームのケーキを作っているので、苺&生クリーム系をパスして、あと予算を3000円以内と決めると範囲がぐぐーっと狭まる。ミクニのモンブランにも惹かれたが、価格が強気に過ぎる。あの大きさで3500円はないと思う(それくらいちっちゃい)。まだマキシム・ド・パリのミルフィーユの3500円の方が全然納得出来る。
結局、ジーゲスクランツのオプストクーヘンが、苺のトッピングに、苺ピューレ、ラズベリージャム、クランベリージュースとケーキのテーマカラーが真紅な処が購入の決め手となった。しかもホール買いでも1800円という超投売価格(いや、勿論これが定価なのである)。今夜ばかりは閉店21時を過ぎても客が引かないのが、さすがイヴである。
22時過ぎと遅い夕食にはなったが、ロースト・ポークとたらもサラダ、オニオングラタンスープという心のこもった妻の手料理に、オプストクーヘンと珈琲で過ごすささやかなイヴ、これこそを小確幸と云う。
しかし、ウチの子供はケーキにキャンドルというと必ず「はっぴーばーすでー」を歌うね。しかも自分で吹き消さないと気が済まないんだから、世話が焼ける。
サンタ体験
2003/12/25(Th)
朝6時前だというのに、脇で寝ていた筈の悠都に揺り起こされる。
「パパ、パパ、サンタが来てるよう!」
確かに彼の枕許には昨夜妻がしのばせたプレゼント(僕が買ってきたLEGOと、妻が用意した「ダンボ」のDVD)が置いてあったのだけど、いつもは8時を過ぎても起きやしない息子が、まだ薄暗いうちから勝手に目を覚ましてプレゼントに感動している(去年はケーキのあとで「サンタさんに預かってきた」と直接ウルトラ兄弟のソフビセットを渡した)。子供の頃、そういう演出を一切してもらえなかった身としては、我が子のサンタ体験が少なからず羨ましかったりする。
ちなみに僕もサンタさんにモンティ・パイソンのDVDを拝受いたしました(平伏)。
そして夜、仕事から帰ると妻が興奮気味に話してくれるには、悠都は一日かけてとうとう自力でレゴの宇宙ステーションを組み立ててしまったとの事。「対象年齢が7歳以上なのに、この子が一人で作ったのよ」と妻。
いささか親バカモードではあるが、ちょっとだけ息子を見直しました(本当にばか)。
深夜は吉例、TBS「クリスマスの約束」。誰のどんな歌をも完全に自分のオリジナル曲へと引き寄せてしまう我田引水ヴォーカリスト小田和正の歌声に酔う。今年は多彩なゲストとのコラボも聴けて例年以上のすぺっしゃるな夜。
冬コミ65下見篇
2003/12/28(Su)
セトロさんの強い要請もあり、熊大SF研の売り子として、社会勉強も兼ねて(と、セトロさんに掻き口説かれた)今年初めて冬コミに参加する事にした。正確には、仕事の都合で在京者になった事もあって、コミケに召喚されたというのが正しい。
僕は当日(29日)参加で充分だと思っていたのだが、昨日、セトロさんより「できれば明日、私がビッグサイトへ向かう時に一緒に行って経路や状況や雰囲気を掴んでいた方がいいと、強くお勧めしておきます。」と有無を云わさぬメールが来たので、此処はコミケ・ビギナーとして10年選手のセトロさんに従っておくが得策と、初日から下見参加する事にした。
13:05に品川駅で、名古屋から夜勤明けで出てきたセトロさんと邂逅、新しくなった品川駅を探訪するいとまもなく、大井町駅を経由して、りんかい線で国際展示場駅に到着したのが13:40過ぎ。午後過ぎとあって、ホームは既に目的を成し遂げた同人男と腐女子の魔窟と化している。セトロさんに云わせると、これでも3日目に比べればうんとましな混み具合らしい。
会場の東京ビッグサイトに至っては、上記客層に加えて、リキ入ったコスプレイヤーが3割近い比率(に僕は思えた)で混在している為、魔窟度はより高くなっている。「サイボーグ007」の島村ジョーとか「キル・ビル」のユマ・サーマン(しかも血飛沫付)とか記号的に優れたコスプレはどんな遠くからでも判別出来る。あと幾らカネをかけているのか想像するだに恐ろしい、マリー・アントワネットというのもいたぞ。あれを見ると大抵のコスプレには驚かなくなる。
「社会勉強、社会勉強…」と呪文のようにセトロさん。──本当にそうか?
セトロさんはビギナー用にと東館、西館の一般サークルブース、そしてコスプレ広場、企業ブースとおのぼりさんよろしく巡回してくれた(セトロさんは普段、コスプレ広場へ顔は出さないんだそうだ)。
コスプレ広場というのも一種異様な空間で、コスプレイヤーとカメラ小僧(というには年配過ぎ)、それにギャラリーたちとで、比喩でなく足の踏み場も無い「太陽の帝国」的混雑で、荷物過多でカートを引いている人間には本気で殺意を覚える。自分の視界が足許まで及ばない(及べない)為、足を取られて転びそうになるのだ。クリスチャン・ベール少年でなくとも泣きそうになるぞ。にも拘らず、至る処で熱心な撮影会が行われている(行えている)のは一体何故なのか?
特に露出度が高い(見てるこちらに鳥肌が立つ)女性コスプレイヤーに群がるカメラマンの人垣と、撮影会の間だけ奇跡的に作られる撮影スペースと、瞬時にキャラになりきって、煽情的或いは「アイドル」なポーズと表情を浮かべるコスプレイヤーの恍惚の豹変振りを目の当たりに出来たのは、確かに「社会勉強」になったかもしれない(尚、掲載写真は僕の個人的嗜好バイアスがかかっているので、全くコスプレ会場の空気を伝えていない)。
その昔、池沢さとしが描いた「シャッターシャワー」というエロ漫画があったが、まさにシャッターシャワーを浴びる瞬間こそが彼女たちの至福極まるエクスタシーなんだろうなとしみじみ感心する。この人混みの中で簡単にスイッチが入るのも、彼女たちが「変身中」だからなのだろう。女装も含めてコスプレって奴はつくづく抗し難い麻薬であるらしい。
処で、NOVAうさぎもなんてェのもいたが、あれはコスプレというより、単なる着ぐるみなのでは?
企業ブースも人気企業はいちいち笑っちゃうような行列が出来ていて、結局、冷やかすだけに留まる。
閉会間近に24日から(一応、仕事で)東京入りしているみゃあ君と合流、明日の僕の交通ルート確認も兼ねて、2人には悪いが、都バスで「門前仲町」まで付き合ってもらって(車内は混んでいたものの「待ち」もなく乗れた)近くのジョナサンで会食と鼎談。途中で生あくびが止まらなくなって、頭痛がしてきたので、息子が風邪気味な事もあって、用心して途中で退席させてもらう。昨夜、DVD焼いたりして夜更かししたからか。
東地区Vブロック15b
2003/12/29(Mo)
という訳で、冬コミ65売り子篇。
朝の東京ビッグサイト接続手段について、セトロさんやみゃあ君には、都バスは便待ちや渋滞のリスクが高いので強くりんかい線を勧められたのだが、所謂コミケで告知されている都バスのルートは、八重洲口もしくは豊洲駅からであり、妻が薦めた、豊洲駅ルート始発の「門前仲町」は全くのコミケ想定外。妻がイケると踏んだのも勝算あっての事だった。
木場から門前仲町までは東西線で1駅、バス停周辺地図を忘れたのと、ランドマークだったスター銀行が無くなっていたのとで、バスに乗るまではひやひやしたが、それでも定刻(7:48)通りにバスに乗れて(しかも座れた)定刻通りに到着出来た上に、セトロさんやみゃあ君のりんかい線ルートは駅からビッグサイトに向かう徒歩路の常軌を逸した大混雑で、結果的に待合せ時刻8:45ぎりぎり滑り込むという、準備万端なセトロさんにしては意外な綱渡りとなった。
その後は、ある意味プラチナの価値を持つ、魔法のサークルチケットを持って、気の遠くなるような一般客の行列を尻目にぬくぬくと入場する。みゃあ君も開場時間にどうにか間に合ったといった処。
げに恐ろしきは人の波である(写真で分かってもらえるかな)。
という訳で、コミケへお越しの際は都バス「門前仲町」ご利用を強くお奨めしたい。 何よりバス待ちが殆ど発生しないのが精神衛生上とても佳い。
熊大SF研ブースは、東地区Vブロック15b。
セトロさんに教わった処、お誕生日席(正確じゃなかったらゴメン)なる好ポジション。サークルブースをつくる長方形の島の縁(へり)の部分に位置し、所謂「大通り」に面している為、一般客の目につき易い、とこういう訳である。
尤も、ウチのブースがこれまで常にコミケの華である最終日当選を果たしていたのに、中日(なかび)に転落したのはコミケの中でも古株にあたるSF系の地位が時代の趨勢にあっては失墜してきた事のあらわれであるらしい(尤も、大学SF研系の出店数自体が異常に少ない為、却って競争率は低かったりする)。実際、コミケカタログを見ても、僕の食指が動きそうなブース(東文研とかと学会とか島本和彦とか)は最終日に集中している。セトロさんに「妻子を捨てて、最終日も来ればいいじゃん」と事も無げに云われたけれど、さすがに3連チャンでこの人混みにさらされると年末年始が再起不能になりそうだったので、丁重にお断りする。此処に居るだけで本当に体力を消耗するのだ。…オレも齢をとったものである。
ウチの今回のメインは、セトロさん渾身の無料ペーパー「天動説・特別号外Vol.13.5(正会誌が13号だから)」で、オールカラー総12ページの内容は
・[緊急特集]岩崎書店「冒険ファンタジー名作選」
・[新刊レビュー]「あした地球がおわる」
・SFマンガを読もう![出張版]その2「ふたつのスピカ」他
という書評系乍ら、きわめて正統派なSF研コンテンツで、ある意味、時流からはずれているものの(笑)、分かってくれるその筋の良識派(?)にはきちんと分かってもらえる筈のペーパーだと手前味噌(いや、ホントに)。しかも「冒険ファンタジー名作選」の新装版については、YA系表紙イラスト・挿絵台頭を面白おかしく問うという、エンタな切り口も用意してある。
で、無料ペーパーが31部、既存の正会誌(第拾参号(2002年刊) 、第拾弐号(2001年刊)、
第拾壱号(2000年刊) )が計10部という小商い。とは云え、その全部をセトロさんひとりで製作しており、会誌の出来が自主製作の域を超えた高品質である事を考えると、仕事と両立させつつ、今回の準備を済ませただけでも超人技である。僕にはとても真似出来ない…あ、そのまえにそんなスキルがない(笑)。ま、セトロさん称賛はこのくらいにしておく。
部数的には小さいが、何せ知名度の無い弱小サークル、新刊を出していない事もあり、去年の冬コミ63実績を考えても、午前中に1冊はければ…程度の見通しだったのだが、実際は13時過ぎにはブースの売り物はすっからかんになって、これが予想外の嬉しい悲鳴(たかだか10冊如きですが、しかも売れてもアカ必至ですが、それでも出れば出たなりに嬉しいもの)。しかもお客さんによっては新刊を所望する声もあったりして、熊大SF研一同、来年の夏コミには第拾四号を発行せねばと、いちばん非協力的な僕を含めて、熱い想いを新たにしたのだった。最年少のみゃあ君さえ30代に突入する事もあり(僕らOB ─ もはや現役大学生は事実上いない ─ の平均年齢は四捨五入するととうに不惑になってしまった)、此処いらでもう一花…といきたいものである。…わははは(と力ない笑う)。
僕は特撮系、演劇系、映画系、芸能系あたりのブースを中心に冷やかして廻る。
本日の成果は、白井晃ファンの女性が個人売りする「オケピ!」「ア・ラ・カルト15th」のレポ本(各400円、300円。内容のネット公開はならぬとあるので、敢えて詳細は伏す)、開田裕治画伯の「特撮が来た7」(1200円)、そして北九州のN嶋さんへのお土産に日本野獣の会「岸田森大作戦vol.1 特撮TVドラマ篇」(残念乍ら「vol.2 特集:吸血鬼」は復刊されていなかった)といった処。
開田ブースは画伯ご本人の手売り。
スタッフ「本日は開田先生がいらして一冊一冊にサインをしてくれます」
開田画伯「えー、頼まれなくても勝手にサインをさせていただきます」
本当に腰の低いおひとである。画伯の手ずから、ありがたく油性マジックとオリジナル怪獣スタンプのインクの乾き切らない「特撮が来た7」を受け取る。今回も唐沢兄弟、和田慎二、快楽亭ブラック、睦月影郎などなど執筆陣の豪華さでは他の追随を許さない。これはどうあっても年内に「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」を観ねばなるまい。
吾妻ひでお先生のブースもウチのすぐ側にあって、書きおろしのあじまマガジンが並んでいたが、委託ブースらしく(何しろ同じブースで爆笑問題本も売っていた)結局、あじま先生の来場を察知出来なかったので今回は購入を見送る(うー、残念)。みゃあ君が手に入れた安永航一郎が描いた百合本(おいおい)を読んで溜飲を下げる。
オタキングは「王立科学博物館」本を出していたので楽しみにしていたのだが、まさか完売はあるまいと高を括っていたら、西館を巡回してきたセトロさんから「完売、オタキング撤収」の無情なお知らせ。これに関しては激しく後悔する。
演劇系には「週刊・村井国夫」なる、僕の琴線を刺激するシリーズものもあったが(村井さんのレディス・コミック系イラストがあきれる程旨い)、薄い上に単価が高いのと、全冊を揃えるには(買うなら、全冊だよ、これ)ちと懐ろがツンドラ過ぎたので今回は泪を呑む。あとヅカ系や歌舞伎系は売り子さんの気合の入れ方も尋常ではなかった。衣裳も含めて。
あと「12話会」なる団体が作ったスペル星人ムックは電話帳のようなサイズと厚みで3500円の豪華本(内容はスペル星人が掲載された雑誌・新聞のスクラップと「遊星から愛をこめて」の脚本完全掲載)。確かに労作だけど高すぎるのでパス。それにしても特撮系の「濃さ」は噂にたがわぬ広さと深さであった。僕はやおい系よりもこっち系が性に合う。
閉場後も、スムーズに門前仲町行きのバス(激混みではあった)で門前仲町現地解散。
体力的にはキツかったけど、こうして書き上げてみると結構楽しんでたのが分かりますね → 自分。
笑笑バーガー・とろ肉チャーシュー
2003/12/30(Tu)
午前中に不要な雑誌・新聞類を片付けて(妻は黒豆を煮ていた)、午後から大丸・東京店の「歳末大市」へ。
このお正月は東京で家族3人きり、こじんまりと過ごすので、心ばかりのお正月の準備。
好き嫌いの多い父子を含めた3人家族であるから、御節用のたいそうなお重を用意するよりも、美味しそうなものをちょっとずつ買おうかなどと相談してデパ地下のデリを巡る冒険。本当はアメ横に行きたかったんだけど、妻の猛烈な反対にあって断念する。確かにあそこの喧騒は3歳児を連れてくには少しリスクが高すぎる。
「とらや」でミニ羊羹各種、「ばな奈スタジオ」で「ロールになったチーズうさぎ<マロングラッセのチーズクリーム>」、「RF-1」で「タラバガニの生春巻」、「ご馳走や柿安」で「オマール海老の黄金焼き」、そして中華ベースのアジア創作惣菜「融合」の笑笑バーガーを、とろ肉チャーシューに海老の2種(これは夜食用)…。
続けて、7階のCD売場で特撮「オムライザー OMURIZER」を購入。
大丸を出た後、東京駅地下街でも、人形焼屋で悠都用のどうぶつ焼きを買ったり、「とんかつの和幸」で遅昼(≒夕食)を食べたり、シアターガイド2月号買ったり、思いつきも含めて、その他諸々の用事を済ます。
東京駅界隈もこないだアド街で特集されたばかりなので、妙な親近感とデジャヴがある。会社のすぐ傍だし。
子供が寝静まってから夜半に夫婦だけで笑笑バーガーをいただく大人の愉しみ。
ふっかふかの中華饅頭に、甘辛く煮たとろ豚肉(豚の首の肉)の薄切り(何だかシュラスコーみたいだ)としゃきしゃき感溢るるきんぴらが口の中で合わさって、其処で完成される面白さ。葉野菜には酢が使ってあるらしく、ちょっとマリネ感覚或いはサラダ感覚。海老バーガーの方もマヨネーズ(オーロラソースっぽい)とこれまたしゃきしゃき感溢るるパプリカとぷりっぷりの海老肉の歯ごたえが極めてうれしい。
妻との一致した意見としては「おおっ、デパ地下のデリの味がする…」。
勿論、これは満足感の余り漏らした溜息と考えていただいて結構。
アニタ・ムイ(梅艶芳)の訃報が飛び込んで来る。子宮頚癌ったって40歳は余りにも若すぎるよ。
香港エンタはこのひとのおかげで色彩豊かなものだったと云ってもいい。
ジャッキーの心中如何ばかりか。心をこめて合掌。
ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS
2003/12/31(Sa)その1
いよいよ大晦日。油断してたら年末年始休暇も折り返し地点まで来てしまった。
この調子だと、体感時間26時間くらいで正月3ヶ日が過ぎていきそうである。
という訳で危機感を胸に、今年の映画納めにこの1本、「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」。
尤もこのプログラム、3年連続で余計なおまけが60分もついてくる訳だが。
窓口でモスラの着ぐるみをかぶったミニハム・マスコットを受け取る。これは息子のお年玉に丁度いい(て、おい)。
「劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 〜リボンちゃん危機一髪!〜 (2003・日/出ア統)」 109シネマズ木場
まず、年々長くなっていく、この無駄なタイトルをどうにかしてくれ。
シリーズに共通タイトル「劇場版とっとこハム太郎」を外してみても、
第1作「ハムハムランド大冒険」
第2作「ハムハムハムージャ! 幻のプリンセス」
第3作「ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 リボンちゃん危機一髪!」
タイトルロゴにして、1作目が2行、2作目が3行、3作目が4行(以上「劇場版とっとこハム太郎」を含む)と順調に増殖を続けている。このまま「ハム」が10年を超える長寿シリーズに育てば(育って欲しくはないが)、1行の文字数より行数の方が多くなるに違いない。タイトルの長さは製作側の自信の無さに比例すると勝手に思っているのだが、そもそもこれは誰に対しての云い訳なのか。いちばん映画を支持している筈の幼児層で、果たして本作タイトルを流暢に諳んじられる子がどれだけいるのか。
ゲスト声優の安倍なつみも素人臭が強過ぎる割に出番が多くて胃にもたれる。
(ダンディ坂野は、声の仕事はともかくキャラの動きは良かった)
あ、久々に声優・水島裕のお仕事を堪能出来ました、ハイ。
このシリーズの凄さを語る「芸」に腐心するひとが居るのは知っているが、ゴジラ目当ての大きいおともだちにとっては、かつての巨匠・出ア統(で、このひとの両輪たるもうひとつのお仕事が年に一度のルパン・スペシャルだろ)のハム仕事は百害あって一利なし。
正月興行を2本立てにしてから観客動員数が倍になったのは重々承知しているが(確かに金子ゴジラ効果だけでは)、ゴジラを観る大きいおともだちのストレスと、ゴジラを観て恐怖に泣き出す小さいおともだち(はっきり云って「ゴジラ」シリーズをただの怪獣プロレス映画だと思っているから、こういう座組が出来るのだろうが、それは平成ゴジラを此処まで育ててきた作り手に失礼ってもんです)、或いは退屈の余り寝たり跳ねたり帰りたがる小さいおともだち、それに対処するおとうさんおかあさんのストレスを思う時、東宝が犯している罪は決して軽くない。
金春智子さんには申し訳ないけど、物語の筋はもはやどうだっていい。
中途半端に「鑑賞に耐え得る」作品になっているのが、いっそ辛かったり。
次回作こそノロイを出して、幼児のトラウマになるような無茶な映画を作ってくれないものか。
「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS(2003・日/手塚昌明)」 109シネマズ木場
手塚昌明という監督は確か「ゴジラ」シリーズの監督を目指して、ディレクターズ・チェアにまで辿り着いたひとだったと記憶しているが(記憶違いだったらゴメン)、このひとになら安心して「ゴジラ」シリーズを託せるのかもしれない。本作は決して最高傑作ではない。がしかし、本作が平成ゴジラシリーズの中でも極めて上位に位置する佳作のひとつである事は間違いない。作り手の汗とそれに見合う手応えが感じられる、非常に良心的な怪獣スペクタクル映画である(特に冒頭のモスラ登場シーンは本当にわくわくする。さすが、解ってるなあと思う)。
デビュー作「ゴジラ X メガギラス G消滅作戦(2000)」では、闘うヒロイン田中美里の余りの傲慢さと暴走振りについていけなかったのだが(当時の日記で酷評している)、それでも大森ゴジラや大河原ゴジラの大味さに比べると平成ガメラ寄りの硬派なつくりを目指していた処は好感が持てた。2作目の「ゴジラ×メカゴジラ(2002)」はヒロイン釈由美子のキャラ造形に前作の面影(ていうか殆ど同じ・笑)を見るものの、もう少しこなれてきている。物語の大半を機龍のリアリティに費やした事で、映画のバランスを欠いた印象はあるが、人間ドラマに比重を置いた作品になったのは確かだし、加えて「ゴジラ」へのリスペクトがファンの琴線に触れるかたちとセンスとで供されていた。此処はポイントである。
何より近年、中尾彬をこんなに恰好良く描いた映画はなかった(需要もなかったんだが)。
「月曜日のユカ」よりも「本陣殺人事件」よりも、苦悩と決断のひと・五十嵐総理はベテラン中尾彬のダンディズムが全開である。そして、それは本作でも人類が一旦手にした最終兵器「機龍」を再び手放すという人類の「もはや理想に近い」良心の実現を、総理・中尾が「ダンディズム」という「型」で体現してみせる(やや説明過剰な科白が多いが、彼の苦い表情が全てに説得力を与えてしまう)。
お話も3作目という事で、闘うヒロイン像を後退させ、機龍バカな整備士・中條(金子昇)と機龍隊パイロット・秋葉恭介(虎牙光揮)との確執を軸に、色んな意味で少年ゴコロをくすぐる展開を用意しているのもマル。尤もヒロインの吉岡美穂は役がこなれておらず、科白廻しがちょっとどころかかなり辛いのはご愛敬。ついでに云わせてもらうと、小美人が本当の双子でないのはやむをえないとしても、長澤まさみと大塚ちひろの肩の位置が違うのは微妙に興ざめしちゃいました。
でも映画のまとまりを壊すようなつまらんカメオ出演を控え、渋い上に決して安っぽくないキャストにした彼の手柄はもっと誇っていい。前作キャストは勿論の事(白井さんが続投していないのが寂しい)、機龍整備班・神崎班長(益岡徹)、秋葉防衛庁長官政務官(清水紘治)、秋葉政務官の部下・山田辰夫や中條信一(小泉博)の娘(嫁?)渡辺典子らの手堅い仕事が、映画を血の通ったものにしている。
50周年を迎える次回作はまた歴史をリセットするらしい。
お祭りという事で、10頭以上の人気怪獣を総動員するらしいが、もしも手塚監督が続投するなら、彼は何かしらやってくれるのではないか。少なくとも「良くやったね、頑張ったね」と云える映画にはしてくれると思うのだが、メガホンをとるのは、さて誰になるのか。
映画が終わった後、ヨーカドーで妻子と待ち合わせして、昨日よりももっと細々としたお正月と今夜の鍋の準備。レジは米騒動でも起きているんじゃないかという混雑振りである。ヨーカドーも稼ぎ時が解っていて、客の足許を見たぼったくり価格で勝負をかけてきている。「油断も隙もない」と手堅い妻はよーく値段を吟味してからカゴに入れている。
さあ、いよいよ大詰めだね。
この項、続く。
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