Diary 備忘の都 2004 Febrary

最新の日記へ

「道連れの 扇よ筆よ さようなら」サタデーHOTリクエスト居酒屋 名なし
コンフィデンスこの世の外へ クラブ進駐軍中国茶専科 遊茶 You Cha
ドラッグストア・ガールキャトル柿の木坂「うふプリン」
匠味バーガー初体験VISION&PIANO vol.6二子玉名物 青ねぎお好み焼「大文字」
アドルフの画集ハッピー・エンド嗤う伊右衛門
ユーハイム「丸ビルショート」小樽ルタオ「ドゥーブル フロマージュ」
ケイナ
Bloomberg ICE とラメット ベリーノ

 「道連れの 扇よ筆よ さようなら」  2004/2/5(Th)


文字通り、朝から抜けるような青空。

午前中、会社を休んで妻子と共に、中野坂下宝仙寺で営まれる文治師匠の葬儀・告別式へお焼香を上げに行く。

都営大江戸線中野坂下のホームを降りると、やはり心なしか喪服の人が多い。
長い長い上りのエスカレーターに乗って、妻にその話をすると、前に居た、やはり黒い礼服の老婦人が振り返って「それは皆さん、落語家の桂文治さんの葬儀に行かれるからですよ」と教えてくれた。「実は僕らもお焼香を上げに行くんです」と答えると「本当に突然でしたものねえ…」と涙をこぼされた。きっと文治師匠には全国のあちこちにこんなひとがいるのだろう。

駅の出口には芸協の羽織を来て提灯を携えた係の人が立っていて、参列者を誘導している。
通りを歩くと、程なく右に折れて、突き当たりの宝仙寺の門構えに結び柏の紋に「十代目 桂文治合同葬式場」と書かれた立派な看板が立っていた。

境内を入ってすぐの処に、既に一般参列者の長大な列が出来ていて、今日の文治師匠が僕らから如何に遠いひとであるかを思い知る。境内脇に出来た特設テントで慌てて受付を済ませると、悠都を抱きかかえてそっと列の最後尾に並ぶ。南なん師匠や春馬さんなど芸協所属の錚々たる面々が受付をしていて、こんな時でなければ春馬さんにご挨拶をしたかったがそんな場合でもなく。
山門前には報道陣の人垣が出来ており、幾度となくフラッシュが焚かれる。その脇には難しい顔で腕組みした昇太師匠。途中でスーツの上下を着た前助さんと紋付袴の快治さんが来て、何事かを確認していた。

開始時間から10分ばかり遅れて到着したので、弔辞や弔電を聞く事は出来なかったが、程なく一般参列者の列が動き始めた処を見ると、どうやらお焼香が始まったらしい。会場の入口には桂一門の真打がずらりと並んで(向かって右側に、伸乃介、蝠丸、伸治のお3方、左側に小文治、やっさん、右團治のお3方)参列者に深々と頭を下げていた。憔悴しきった右團治さんの姿に網膜に焼きついた。
後ろがつっかえているので、皆さんに深くお辞儀だけすると、読経の流れる中、大きな遺影の飾られた祭壇へと歩みを進めた。

遺影は地方の落語会のポスターに必ず使われていた御馴染みの横顔の写真。

一旦、悠都を床に下ろして、手を合わせた後、ふたりして香を焚く。
息子も場のいつもとは違う空気が分かるようで、神妙な顔で手を合わせお焼香していた。

遺影の脇には師匠愛用の帽子と鞄、ステッキに草履が飾ってあり、見覚えのある品々におぼえず視界がぼやけていく。帽子にはこだわりのある師匠が色々な話をしてくださった事が次々に湧いてくる。悠都を抱き上げて、怒ったような顔で廊下に出た。

出棺までお見送りしたかったので、会場の隣に設えられた控え室の脇で、暫しエアポケットのような時間を過ごす。そのうち、場内を師匠の「掛け取り」のマクラの部分が流れ始める。

思えば、11月に僕が直で聞いた師匠の最后の高座がこの「掛け取り」であった。
暫くすると司会者が「今流れているのは『あわてもの』です」とアナウンスしていた。…「あわてもの」なのはあんただよ(後に小文治さんがご自分の日記でこの件を嘆いていた)。俳優の伊吹剛大林丈史の顔も見えたが、芸人さんは小金治師匠を見かけた以外は芸協所属の方々ばかりだった。皆さん、お通夜に参列されたらしい。入口で挨拶していた蝠丸さんが時折堪えきれずに嗚咽するのが見えて、もらい泣きしそうになる。──全く、何て日だ。

もうすぐ出棺するというので境内に出て棺が運ばれるのを待つ。
お弟子さんたちの手によって棺が運ばれ、葬儀委員長である米丸師匠と奥様、息子さんが挨拶に立たれた。胸に置かれた位牌にある戒名は身内の方が書かれたのか、たどたどしくも心遣いの感じられる筆運びだった。戒名は文翁院話玄達道居士(ぶんおういんわげんたつどうこじ)。何故か、悠都を抱き上げたまま参列者の輪の最前列になってしまったので慌てて悠都を下ろし、背中から抱きしめるようにして腰をおろす。
米丸師匠の挨拶の後(余程動転されていたのか、弔電を祝電と云い間違えておられた)、喪主である奥様に代わり、息子さんが挨拶に立たれた。後ろの方で男泣きするやっさんが見える。

息子さんはマイクを手にすると、心持ちおどけた様子でとっておきの秘密を明かすように仰った。
「父は悪戯好きでしたから、ひょっとすると夜中にひょっこり皆様の許に伺うかもしれません。その時は、塩辛と酒を用意して、話し相手になってくださるときっと父も喜ぶと思いますので、どうぞ皆様、よろしくお願いします」
それじゃ「親子酒」だよ。──腹の底で思わず突っ込むも、既に感情の高まりは警戒水位に達していた。
息子さんは続けて「父の手帳を読んでいたら随分前に書いて準備していた『辞世の句』が出てきましたので、それを紹介して挨拶を終えたいと思います」と小脇に抱えていたずいぶん使い込んだ手帳を広げた。
あの手帳の中には師匠が楽屋で色紙を頼まれた時用の文句が沢山書かれてある。
「ほら、こん中から適当に見繕って書くんですよ」と師匠に見せていただいた事がある。
「道連れの 扇よ筆よ さようなら」
悠都を羽交い絞めにしたまま、僕は嗚咽を止められなかった。
取り乱す父親に困惑した悠都から「泣かないでよ」と抗議されたが、涙がとめどなくこぼれた。
身内ではない、誰かのお葬式でこんなに悲しい想いをしたのは初めてだった。ご遺族やお弟子さんたちへの同情ではなく、ただただ師匠を奪われた事それ自体が悔しくて悲しくて泣いたのだ。それはある種の駄々だったかもしれない。

霊柩車が、長いクラクションを鳴らした。
「十代目ッ」「桂ッ」──参列者の中から威勢のいい掛け声が飛ぶ。
振り返ると、その中の一人は去年柳昇師匠を失ったばかりの小柳枝師匠であった。

武蔵野名物の出囃子と沢山のすすり泣きの中、師匠を乗せた車は最後の花道を越えていった。
きっと師匠の事だから照れ臭そうに「おかまいなく」と頭を撫でているのだろう。
僕も師匠とのご縁が続きますように「ありがとうございます」ともう一度頭を下げた。


 サタデーHOTリクエスト  2004/2/7(Sa)その1


午後から渋谷のNHK-FMの公開生放送(14:00〜「サタデーHOTリクエスト」)を聴きに行く。

目的は来週15日の「tane tomoko live VISION&PIANO vol.6」の前哨戦となる種ともこアコースティック・ライヴ。生で種ちゃんを観るのは、おそらく「感傷」ツアー以来振りとなる。当時予備校に通っていた次妹を誘ったんだった。という訳で、次妹に携帯メール送ったりなんかして(彼女は僕がライヴや観劇の直前にばかりメールを送ってくるので、非常に不愉快らしい)。観覧希望を出したら、あっさり当たってしまう処が、今現在の種ともこというアーティストのポジションを象徴しているみたいで、嬉しいようで切ない。

スタジオパーク正面玄関 土曜スタジオパークの収録スタジオを臨む 寒風吹きすさぶスタジオパークの表玄関で46番の整理番号付返信ハガキを握り締め、長らく行列をこさえた後、ON AIR 20分前になって、ようやく列が動き出し、スタッフ通用口通路からぞろぞろとパーク内に入場する(通常だと入場料200円が必要)。

「新選組!」強化月間という事で、田畑智子がゲストの土曜スタジオパーク(惜しくも種ともこライヴと全く同んなじ時間帯)の横を擦り抜け、休日開催される「いないいないばあっ!」ワンワンとの撮影会を横目に(しかもワンワンは長島雄一さん自らがリアルタイムで声をあてていたのに吃驚する。悠都を此処に連れてきたら間違いなく狂喜するぞ、これは)目的地であるスタジオ505に向かってざわざわと氷の進軍は続く。

スタジオ505に入ると、ライヴのリハーサルはとうに終わったらしく、ステージには既にセットが組まれてあった。3列目中央のパイプ椅子を確保した処で、絵に描いたようなモヒカン刈りのADが前説を始め(本日のお客は「少数精鋭」なのだそうだ。なかなか旨い事を云う)、幾度か拍手と掛け声の練習をしているうちに、パーソナリティである杏子(予想していた事だが、イメージよりうんと華奢なひとであった)とコタニキンヤ(誰?)、AKINA(誰? …て、沖縄発アイドル「Folder5」の一員らしい)の3人が壇上に上がれば(皆んな顔がちっちゃいぞ)、もう幾らもせずに本番である。

ON AIRの3分前になって本当は整理番号10番だったはるさんがようやくスタジオに現れる(「真面目に」200円の入場料を払って来たらしい)。それでも、4列目の席を押さえられてしまうんだから、そりゃゆっくり来ちゃうわな。

それにしても、ラジオの生本番がこんなに緊張感の薄いものだとは思わなかった。
て云うか、仕事しているように見えないのは、杏子さんの人徳というヤツか。

10分ほどして、ようやく杏子さんが種ちゃんを紹介してくれる。
淡い色合いのキャミソールとキルトっぽいデザインのジーンズ(脚、細っ!)。
随分と弾けた2児の母親ではあるが、往時の弾けっ振りはさすがにない。そりゃそうだ。

ステージは向かって右から柳沢二三男(Guitar)種ちゃん(Keybord & Vocal)、そして戸田和雅子(Guitar & Chorus)の3人編成。チューニングをする為に、ライヴが始まるちょっと前に先行してステージに現れた柳沢さんは衣装はともかく(記憶にない)「主に髪型が」押井守カントクのような風貌であった(…ぉぃぉぃ)。戸田さんはチェックのシャツにジーンズと本日のアコースティック・ライヴ同様、これまた生成なスタイル。
M-1 恋は死なない

ALBUM「OUT」収録。
アコースティックギターとキーボードというシンプルな編成でこれを演られると、1曲目にして既にラストの1曲を聴かされている趣き。CDではつい聴き逃す歌詞のひとことひとことが胸にビシバシ突き刺さってくるのが、生唄の醍醐味。て云うか、8年振り位で聴く種ちゃんの生唄に、おそらく口許が半開きになっていた気がする。青空を突き抜けてくような歌唱は相変わらず。

M-2 うれしいひとこと

ALBUM「うれしいひとこと」タイトルチューン。
「ちょっと懐かしいナンバーから」と歌い出したのがこれ。
アルバムでは生ギター1本で歌っていたので、種ちゃんのキーボードが加わった事で、オリジナルよりも音が厚みを増したVer。更にコーラスが女性の戸田さんに変わったというのも大きい。やさしくあたたかい歌だけど、悲しい世界に対する決意表明みたいな楽曲で、これは次のM-3へと受け継がれていく。

M-3 花

ALBUM「Locked In Heaven」収録のラストナンバー。
「花粉症なんだけど、この季節って大好きなんです。今の季節にぴったりの曲を演ります」と云って、これが来るか。ガールズ・ポップスを繰り出すと思いきや、思い切りプログレだし。あとではるさんとも意見が一致したのだけれど、世間の好みと種ちゃんの志向のずれを如実に感じる事が出来た一瞬だった(勿論、僕らはこの歌を愛してやまないのである)。間奏で、キーボードを弾きつつ、空いた方の足で強くリズムを取る種ちゃんに、いつぞやのライヴビデオの「水の中の惑星」を歌う彼女がふと重なる。

M-4 チャリンコ

ALBUM「OUT」収録。現時点での種ともこ本人イチ押しナンバー。
最后という事で、タンバリンを手にステージ手前のスタンドマイクへ移動。
スタンディングのまま、今名刺代わりのこの唄を力強く歌う。
何でもない日常を羅列する事で「ね、恋ってこんなに何でもなくて、だから愉しいんだよ」ってそんな応援歌。本当は客席総立ちで、頭の上で大きく手拍子するべき楽曲で、楽曲自体それに見合った力も持っているのだが、知らず知らずおじさんおばさんへの坂を転がり始めた僕らがそれをするにはもっと勇気が必要だったりする(ハァ…)。佳曲だけにもっと厚みのある音で聴いてみたいと望むのだが、今の僕らにはきっと過ぎた願いなんだろうな。

公開生放送だけに、ゆめゆめアンコールは夢想しちゃいけない。
(個人的にはアンコールの手拍子が沸き起こるのもそれはそれで面白いと思ふ)
目的を終えて帰りたがるはるさんを押しとどめ(実際、此処でオーディエンスの4割近くが席を立った)、彼の先輩の友人だという(アマチュア・ミュージシャン繋がりらしい)次のゲスト、森野熊八のトークだけは聴いていこうよと説得する。

種ちゃんのステージが片付けられた時は「ひょっとして!」と期待したが、ステージにキッチンが設えられる事はなかった。けれど森野さんはベシャリ上手のひとで、リバウンドに留意した(しかも、仕事上、ダイエットしつつも胃袋の大きさは保持する必要がある、というハードルをクリアしなければならなかった)ダイエット話は最高に面白かった。
彼が紹介したダイエットメニュー「ビビン麺」は料理としても家で拵えてみたい一品。簡単に書いてしまえば、野菜とキムチとをどっちゃり入れた鍋に、しこたま白滝を注ぎ込むというもの。白滝はカロリーが全然ないので、10束入れたって太らない上に、本気で満腹になってしまうらしい。

あと、後半に流れた彼の曲「マンボ豆腐 No.3」の「トーッ、フッ!」という掛け声に思わず噴き出してしまう。
十二分に愉しんだので、森野さんの退場をしおに、あと1時間を残して僕らも失礼する。

スタジオを出るとお決まりの巡回コース。
じゃじゃ丸を始めとする、歴代の「おかあさんといっしょ」キャラ博物館(?)にグッズのショップ。
実物大のビッグバードには確かに萌えるわ。これは、家族総出でお金を落としていく訳だよ。

処で、此処は出口が食堂(「スタジオカフェ」)で、一度退場すると後戻り出来ない仕掛けになっている。

とろとろのオムライス 勇御膳(はるさん撮影) はるさんは「新選組!」メニューである「勇御膳(980円)」を選んだが、僕は無難に「オムライス(850円)」にしておく(「新選組!御膳」は1200円とゴージャスな割に、京料理ベースなので食指が動かず…ああ、そうだよ、私は和食がダメな男だよ)。それぞれ1日限定20食というが、見た処、週末の昼下がりにしては競争率低し。ちなみに「てるてる家族」メニューもあった。

オムライスは今はやりの卵をレア状態にしたヤツで、結構イケる。
勇御膳はメインの皿がみぞれあんの鶏で、はるさんが旨い旨いと喜んでいたので実際に旨かったのだろう。
「新選組!」メニューは全てデザート(甘味)が生八つ橋になっている処が個人的にはツボかも。

はるさんは昼間っから生ビールを頼んでいて(「あー、頼んだよ。頼んだけどそれが何か?」─所謂『エ・アロール』というヤツである)、暫し、種ともこ語りに花が咲く。種ともこを肴にこれだけ熱く語り合える相手なんて、もはや大学時代に数々のライヴを共にしたはるさんしかいない。

80年代を疾走したガールズポップの担い手たちは、種ともこを始め、多少世代は微妙に前後するが、EPO、チャカ、谷村有美、中原めい子とその誰もが例外なく、表舞台からお隠れになったか、インディーズレーベルに堕ち(此処はお叱りを受けることを承知で、敢えて「堕ちる」というコトバを使わせていただく)本格派と云えば聞こえはいいが、カネのかからぬアコースティック寄りで息絶え絶えに活動を続けている。趣味の多様化で、各レコード会社はカネにならぬ(CDセールスに結びつかぬ)アーティストを切り捨てる方向で二極分化している。何処かのサイトに書かれていた話では、アルバム製作費がかけられないが故に、EPOなどはこれぞという楽曲があっても、この状況下では音源化したくないと云って、陽の目を見せられぬ作品たちが沢山あるのだそうだ。まさに「カネのためじゃないミュージック、つくるのにセコい事云わないでよ、Oh NO!(お金持ちになりたい by 種ともこ)」は既にのっぴきならない現実として、アーティストたちの背中を圧し潰そうとしている。音楽学校の講師をする彼女たちも「食べるために」精一杯なのだ。それが今の音楽シーンに立ちはだかった現実。

故に観客動員数、CDセールス共に右肩下がりの、このふたりの子供を抱えた「ゲンキ力爆弾」に歌姫で在り続けてもらう為には、僕らが足で稼ぐしかないなどと悲壮乍らも愉しい覚悟を再確認しあったり。憚り乍ら「歌い続ける回路」に応え続ける「回路」だけはいささか持ち合わせがある。東京に来て何より嬉しいのはこんなに頻繁に、種ちゃんの声帯のふるえを己が鼓膜に与えてやれる事。あの、凛とした伸びやかで、人生の応援歌を歌う為だけに神が与え給うた楽器としての「声」があやなす種々(くさぐさ)の名曲を、ほんの一週間後にはまた至近距離から五感をして受け止められる事。一ファンの出来ることはたかだか知れているが、たかだか知れている位なら一ファンにだって出来ることはある(何だか借り物のコトバで申し訳ない)。

気が付いたら、2時間近くをスタジオカフェで過ごしてしまった。
いかん。このままでは、こないだのドトールの二の舞ではないか。
とりあえずスタジオパークを出て、はるさんと二人、渋谷の街へ繰り出す事にする(え)。
個人的には、映画を1本観たいのだが…。

この項、続く。


 居酒屋 名なし  2004/2/7(Sa)その2


渋谷の街を彷徨するのにもいい加減草臥れて(渋谷は僕らにとって少し歩くだけですぐにくたくたになる街である)、MOS(さすがに匠バーガーはオーダーしない)でぴあのシネマスケジュールを検討するも、雑談で盛り上がるばかりで ─あと、途中で妹から電話が入り(今日、実家では父方の祖母の十三回忌であった)─ 結局、時間ばかりが虚しく(愉しく?)過ぎてしまったので、此処はもう潔く映画をあきらめる事にする。で、あきらめてみるとそれなりに空腹を覚えている事に気付く(うふ。因みに卵をフランス語で「うふ(Oeuf)」と云う。…23へぇ)。

「どうする、何処かそのへんでメシでも食おうか」とはるさん。
ついさっき「8時だョ!全員集合」のDVDネタで盛り上がった事もあって、折角、渋谷に居るのだから、仲本工事がオーナーをやっている居酒屋「名なし」はどうかと提案すると、其処は脛に傷持つドリフ世代、ふたつ返事で快諾してくれた(オレも一度行ってみたかったんだよ)。ただ僕も「渋谷センター街の分かり易い処にある」ぐらいの知識しかなかったので、量販店のPC売り場でネット検索を試みたが、デモ画面ばかりでどれひとつ繋がっていなかった。「こうなったら交番で聞いてみようよ」と通りに出た処で、ふたり同時に目の前のビルに仲本工事のイラスト付看板を見つける。
異口同音で「あった!」──成程、分かり易い処にある。

とても庶民的な店内 居酒屋 名なし──この解り易さは待ち合わせ場所に最適かもしれない エレベーターのドアが5Fで開くと、其処はもう店内。

至極真っ当な居酒屋だと聞いてはいたが、ドリフキャラのぬいぐるみや、出演舞台のチラシやパネルが飾ってある事を除けば、本当に普通の居酒屋である。

お店が出来て20年余、内装を全く変えていない事が、鄙びた空気さえ醸していて、それが「仲本工事の店である」という一見客側の気負いを霧散させてくれる(その点は、「オヒョイ’ズ」の敷居の高さと対をなす。尤も狙っている客層が全然違うんんだが)。学生街の呑み屋的居心地のよさと云えば、英ちゃんには分かってもらえるだろうか(謎)。

手前の一画では学生コンパか、やたら賑やかな一団が盛り上がっていたが、ちょうど奥のカウンター側の席がひとテーブル分空いていたので、「8時だョ!全員集合」に出てきた小学校コントの机みたいな、いささか時代の入ったテーブルに腰を沈める。「お先にお飲み物、お聞きします」と若いおにいさん。突出しの小鉢(切干大根の煮付け)も徹底的に庶民的。生ビールとウーロン茶を頼んで、仲本さんの似顔のついたメニューを開いて、キムチ雑炊、もずく酢、おでん、串焼き各2本(ねぎ、しし唐、ベーコンのアスパラ巻き)等を頼む。デザートメニューがないのがちょっと淋しいが、これでだいたい5000円弱。学生さんや僕の懐にとてもとても優しい店である。次回は此処の名物である焼きオニギリや納豆の天ぷらあたりを頼んでみよう。

メニューにも「歌う仲本工事」。個人的にはバカ兄弟の弟が好きである カウンターの隅の席でニコニコと店内を眺めている割烹着のおばあちゃんは仲本さんのおかあさんそのひとである。お店で若いひとたちが楽しげに騒ぐのを眺め、時々子供の頃の息子の話を披露したり、記念写真に応じる老後というのはどんな心持ちなんだろう。80歳を過ぎたご老体には辛い時もあるだろうが、客商売としての緊張感を感じつつ、お客とスタッフがつくる団欒の輪の中で過ごす晩年もなかなかしあわせなものかもしれない。などと余計な感慨に浸りつつも、キムチ雑炊は旨く、内容のない話は内容がないだけに何処までも弾む。

結局2時間近くだべってしまい、さすがに「そろそろ出ようか」とおあいそを頼む。
僕らがレジで支払を済ませていると、おばあちゃんが来て、エレベーターのドアを開けてくださった。「ウェルカムボーイ」ならぬ「グッナイ・グランマ」である。
お年寄りの手をわずらわせるなど、僕ら的にはたいへん恐縮したが、それがこの店のお約束なのだろう。

「す、すみませんが、ちょっと待っていただけますか」
お年寄りを待たせるのは主義に反するのだが、こぶ茶バンドのマスコットをCCDカメラに収めたかったので、おばあちゃんに頭を下げて少しお時間をいただく(勿論、笑って許してくださる)。「今日は仲本さんはいらっしゃらないんですか」とはるさんが訊ねたのはおばあちゃんへのねぎらいもあったと思う。「ああ、今、舞台の2回公演をやっているのでねえ」とおばあちゃん。エレベーターの脇に、芸術座新春公演「喜劇 極楽町一丁目 嫁姑地獄篇」の大きなポスターが飾ってある。日比谷で映画を観る度にちらちらと覗いているヤツだ。仲本さんは噂好きの近所のおばあちゃん役。おばあちゃんと聞いても特に違和感を覚えないのは、ドリフのコントで見慣れているからだろう。
こぶ茶バンドのマスコット。個人的には「飛べ!孫悟空」で揃えて欲しい処
「あんたたち、初めてじゃないよね」
「いえ、初めてなんです」
「また、寄せていただきますんで」

頭を下げてドアが閉まると、間髪を入れずにドアがまた開いた。

「名刺はもらった?」とおばあちゃん。
「はい、この通り」と名刺を掲げてみせると、おばあちゃんは安心したようにドアを閉じた。

LOFTを冷やかした後、帰りははるさんと半蔵門線で。都合6時間くらい喋った気がする。
2人きりで会うのは久し振りだったもんで。──ま、たまにはいっか。

夜、昼間録画したETV「日本の話芸」を観る。
文治師匠、最后から2番目の高座「長短」。1月16日、イイノホール。

マクラの日本語の乱れへの小言も耳に痛くも決して聞き手を不快にさせぬ心地良さ。短七さんがムキになって、煙管をすぱすぱ吸う表情と仕種の可笑しさは「相変わらず」国宝級であった。惜しむに値する至芸である。衰えを感じさせない、いつも通りの「長短」…あ、でもサゲでいつもする「気の長短」の、演目紹介がなかったなァ。不謹慎だが、亡くなる間際にこれだけの爆笑高座を務めた、その締めくくりの美しさには溜息がこぼれる。最后まで粋なおひとだった。


 コンフィデンス  2004/2/8(Su)その1


午前中を息子と過ごした後、妻が帰宅したのをしおに昨日のぶん(映画)を取り戻すべく午後イチで有楽町へ。
取り戻すったって、昨日は昨日で充分に愉しんだのだからいい気なものである。

「コンフィデンスCONFIDENCE(2002・米/ジェームズ・フォーリー)」 ニュー東宝シネマ
ダスティン・ホフマン&レイチェル・ワイズ共演第2作(謎)。というような訳で、「ニューオーリンズ・トライアル(2003・米)」とほぼ同んなじモチベーションで映画館へ足を運ぶ。

「コンゲーム(取込詐欺)」を扱ったスタイリッシュ系(いやーん)クライム・ムービー。
詐欺チームのリーダー、ジェイク(エドワード・バーンズ)が罠にかけるのはモーガン・プライス(ロバート・フォスター)? それともリリー(レイチェル・ワイズ)? 仲間たち(ポール・ジアマッティブライアン・ヴァン・ホルト)? 或いはキング(ダスティン・ホフマン)?

被害者のフーダニットを本作の最大の観どころとするならば、つまりこれは観客に向けて仕掛けられた罠の「してやられた」感を大いに愉しむべきアトラクション。

絶体絶命の危機にある主人公が自分の仕掛けた罠を回想する形式で物語を転がしつつ、終盤の真相が目まぐるしく変わっていくくだりを「してやられた」と取るか「後出しジャンケン」と取るか。2度3度見ると巧妙に張り巡らせた伏線を堪能出来る「シックスセンス(1999)」「アザーズ(2001)」仕様らしいが(少なくとも配給会社はそう煽ってリピーター割引を設けている)、確かに面白いものの、そんな検証作業を行うリピーターが続出する程の作品かという話はある。

以下、激しくネタばれ注意報。ていうか、盛大にネタばれをやります。

劇中、「詐欺にもスタイルがある」とうそぶいたジェイクに向かってキングが「そのスタイルが身を滅ぼすぞ」と(名優ダスティン・ホフマンにしか出せない凄みで)警告するんだが、結果的にジェイクの鼻っ柱が一度も折られないのが(物理的にはルーパス(フランキー・G)に折られそうになるが)、個人的に納得行かなかったりする。何だかんだ云って、結局はジェイクの手の内で、彼がこの事件を通して何も学んでいないのが僕の美学に反するんだよね(全く勝手な云い分なのは元より承知だ)。

映画が終わってみると、ジェイクの詐欺師としての信条でもあり、作品タイトルでもある「コンフィデンス」がひどく忌々しく思えた。本当は「してやられて」痛快になるべきなんだけど(ブルガリの店でリリーと若夫婦に扮して人の好い紳士を騙すのが、余り上等な手口だと思えなかったからかもしれない)。

二度観ると実は分かるのかもしれないけど、FBI捜査官ビュターン(アンディ・ガルシア。このひとはいつの間にこんなおっさんと化したのか)はともかく(というか、こいつは「分かった」んだよ)リリー(レイチェル・ワイズ)の白黒を知らしめるどんな伏線(状況証拠)があったのか。思わず膝を打つようなミス・リーディングや叙述トリックがあったのなら100%この作品を支持するけど、そういう気の利いた話はなかったよね?(情報求む)

とまあ、筆のいきおいで怒ってはみたけど、映画はそんなキライな訳じゃありません。

役者往来。

この作品もまたアンサンブルが生命線と云えるのだが、思いつくままに挙げてみても、おとぼけで多弁で陽気なオヤジにも拘らず、エキセントリックさを垣間見せ、暗黒街のボスたりうるダスティン・ホフマンの安定感(無精ひげにチェーン付のメガネなどという暗黒街のボスらしからぬスタイルも彼の発案か)。
予告無くアドリブでホフマンに乳をまさぐられた(らしい)にも拘らず、果敢にも毅然とした表情で応えたレイチェル・ワイズの女優魂(別名「負けず嫌い」とも云う)。
その孤独に付け入られる淋しい銀行マン、ジョン・キャロル・リンチの取り込まれっ振りの物悲しさ。
税関官吏(バリー・ブルイアン)の意味ありげな視線のダブルミーニング(こういう点はクライム・ムービーとして手放しで賛美します)などなど。
プログラムの都合上、おそ昼を食べる間もなく、次の小屋に移動する。
たく、せわしないったらありゃしない。

この項、続く。


 この世の外へ クラブ進駐軍  2004/2/8(Su)その2


ハーシィのチョコレート 丸の内ピカデリー2にて、「この世の外へ クラブ進駐軍 OUT OF THIS WORLD(2003・日)」。来場者プレゼントは「クラブ進駐軍」という事で「ギヴ・ミー・チョコレート」を唱えなくてもハーシィのチョコレート。でも、くれたのは板チョコではなくクッキー入りのチョコバーであった(おそらく当時のチョコの数倍は美味しい筈)。

処で、公開2日目にも拘らず、こうしてチョコが戴けちゃうのは松竹が太っ腹なのか、単に余剰在庫なだけなのか。勿論、ただで貰うのに文句があろう筈が無い。

予告篇の前に携帯電話充電サービス「チャーボ」無料サービスの告知CM上映を観て、成程と膝を打つ。初期投資とランニングコストはそれなりにかかるだろうが、館内で携帯を鳴らすようなひとはこの手の無料サービスに弱いのが常なので、「携帯の電源を切れ」と口酸っぱく云うよりは却って効果的かも。しかも誰も不快にならない。これこそを企業努力と呼ぶ。

「この世の外へ クラブ進駐軍 OUT OF THIS WORLD(2003・日/阪本順治)」 丸の内ピカデリー2
映画で政治や思想なしに反戦を表明するのはとても難しい。
阪本監督は前々作「KT」で、ひたすらドラマを描く事に終始した。何かを特段語らずとも、題材が題材だけに、それぞれの立場の人がそれぞれに好き勝手な事を云ってくれる。工作船上空に現れたヘリコプターのプロペラのスローモーションひとつに十人十色の解釈が潜むものだ。そう云った意味で、作品そのものは大容量の器でさえあればいいのかもしれない。

「9・11」をきっかけに、終戦直後から復興期にかけての若きジャズメンの青春群像を描いた本作はまた、戦禍の見本市のようにさまざまな視線を欲張ることで、現在にも通じる「混迷の時代」こそを描こうと腐心したかに見える。日本を占領下に置く進駐軍ひとつ取っても、描かれるのは最前線に狩り出される兵士の為の慰安施設、弟を日本兵に殺されたラッセル(シェー・ウィーガム)を配し、朝鮮戦争出兵(勿論、イラク派兵の現在を意識している)を通して死と向かい合う恐怖を描きつつも、先行投入される黒人兵、日系の通訳兵(真木蔵人)を通して自由を標榜する米国内の人種差別にも迫る。

ラッキーストライカーズのドラマー(オダギリジョー。この人は作品毎にキャラが異なる)は、長崎の被爆した家族に仕送りを続け、ウッドベースのジョー(松岡俊介)の兄(田中哲司)はレッドパージに遭う。ドヤ街を舞台に在日コリアン(小倉一郎)や傷痍軍人(池内万作光石研)、逞しき赤線地帯の女たち(高橋かおり)、ストリートギャングの道を歩む孤児たち(一ノ瀬蘭丸)と、いささか過剰なまでにエピソードが連なっていく(「美空つばめ」なる天才少女歌手も出て来る)。

カタログ主義に過ぎる、といった謗りは免れまいが、少なくともグラフィティのかたちを借りて、あの頃の時代の空気そのものを「この世の外へ」という百花繚乱なパッケージに封入した監督の手腕は慥かだ(とりわけ最下層を描写する力量は「新・仁義なき戦い。」「ぼくんち」で既に実証済み)。ただ映画の背骨を貫く性善説はちと自己主張が過ぎて、好き嫌いが別れるかもしれない。

役者往来。

個人的には何をさておき「マイ・ネーム・イズ・ジョー(1998年・英/ケン・ローチ)」ピーター・ミュラン(作品内では「ムラン」と表記)が出ているのがツボ(監督作「マクダレンの祈り」を観そびれた事がつくづく惜しまれる)。生粋のアイルランド人にGHQを演らせるのもどうかと思うが、それを云ったらあのジョン・ウェインだって生粋のアイルランド人だし。ミュランはナイーヴ且つ喜怒哀楽と白黒のはっきりした、ある種プロトタイプな米国人像を演じていて、ファンにはいささか物足りなかった感もあるが(監督がそれを望んだのだとも云える)、名優の貫禄を見せつけていたのも事実(処で彼はちゃんとアメリカ英語で話していたのだろうか)。阪本順治はさてもしあわせな演出家である。

日本兵殺戮の悪夢に悩まされるサックス吹き・ラッセルを演じたシェー・ウィーガムはこれが初見(「タイガーランド」は未見)だが、なかなかの存在感。酒に酔ったいきおいで徳井優とまで盛り上がってくれたのが何だかひどく嬉しかったり。

話は前後するが主演の5人(萩原聖人オダギリジョーMITCH松岡俊介村上淳)は皆んな素晴らしかった。「船を下りたら彼女の島」に続いて、小市民なるも懐深き静かなる父親を演じた大杉漣。生きる為には日系人にだってなってみせる哀川翔。クラブ歌手の前田亜季も意外なテイスト。
今日の「街で見かけた有名人」。

東西線「大手町」のホームを急いでいると「ごめん、一駅寝過ごしちゃった」と聞き覚えのある声がしたので振り返ったら、何と深沢敦だった。深沢さんは人目を引く明るい緑のダウンジャケット(ボア付)を着ていて、電車に乗った後もドアにぴたりと身体を押し付けて息を殺し、「日本橋」で人目を避けるようにそそくさと降りていった。あのダウンジャケットを着てさえいなければ、もう少しリラックス出来たと思うんだが(単に気がせいてただけかもしれない)。


 中国茶専科 遊茶 You Cha  2004/2/11(We)


紀元節故、本日は旗日。
朝イチで新宿に行って「アドルフの画集(2002・ハンガリー加英)」を観るつもりが、仕事疲れか(昨夜は午前様だった)朝起きられず。あっさり予定を変更してのんびりと朝を過ごして(妻の好きなラズベリーミラノをお茶請けに紅茶までいただいたりして)、昼過ぎから家族してぶらぶらと出掛けてみたりする。本当は思いつきで悠都と二人きり渋谷方面にでも遊びに行くつもりだったのだが、いつも悠都と二人きりでいるくせに、妻が本気で羨ましがるので、彼女も連れていく。

特にあても無かったが、日が日でもある事だし、明治神宮でも参拝しようではないかと半蔵門線に乗って表参道で下車、絵本専門店「クレヨンハウス」を冷やかしたあと(オーガニック・レストランはともかく、書店としてのこの店にはゆっくり腰を落ちつけてリトライしたい)、大通りに出ると、ふと中国茶専科 遊茶(You Cha)の黄色いのぼりが目に飛び込んできたので、茶房で中国茶を呑もうと妻に提案する。前から「遊茶(You Cha)」という名前だけは知っていて、一度来てみたいと思っていたのだ(尤も、そんな店は唸る程ある)。

1Fは茶葉・茶器販売店で、肝腎の茶房は5Fにある。
エレベーターを降りるとこの門構えがお出迎え 「中国茶坊」入口 まずエレベーターで一旦、4F迄上がってから、中国茶房の門をくぐって、5Fへ続く階段を登る。落ち着いた風情のウッディな店内(あたたかい灰褐色をした煉瓦タイルのフロアとの組み合わせがまた中国テイスト)は、若い女性の二人連れで8割方席が埋まっている。少しむずかり気味の悠都に恐縮しつつ、フロア中央の弁柄を溶いた朱塗りの長テーブル(カウンター席)に席を取ってもらう。
けやき通りを臨む窓席をキープ出来ずにきぃきぃ喚いていた悠都も、テーブル脇の茶器棚に沢山並ぶ色さまざまの茶壷(チャーフー)のものめずらしさと愛らしさにようやくご機嫌を取り戻し(彼は小さな茶壷を、目の前に置かれた黒いポットたちの子供だと思ったらしい)、僕らも胸を撫で下ろす(息子が店で大声を出すと全く生きた心地がしない)。

という訳で、茶譜(メニュー)を広げる。

中国茶は所謂六大茶類(緑茶、白茶、黄茶、黒茶、青茶、紅茶)に分かれるのだが、その中でも発酵の一種である「渥堆」工程を経たのが黒茶(要するにプーアール茶ですね)。折角、中国茶房に来たのだから、普段味わわないのがいいと、香港の飲茶でいただいて以来となる「陳年禮品プーアール茶(800円)」を選ぶ。実は妻も黒茶が呑みたかったらしいが、「給食(同じメニュー)」を由(よし)としない彼女は、菊の「香花」を茶葉とブレンドして愉しむ「菊陳年禮品プーアール茶(1000円)」を見つけて大喜び、それに即決する。

お茶にはセットでお茶請け(単品だと400円)がついてくる。
メニューは日替わりで、今日だと、小振りのどら焼きと、黒胡麻のおはぎと、胡桃のゆべし(餅菓子の一種。此処のは平柚でした)の3品からチョイス出来る。僕はおはぎを、妻はゆべしを選んで、悠都にはドライフルーツの小皿(ドライ林檎とグリーンレーズン盛り合わせ。180円)をあてがう。スタッフのおねえさんの話だと「茶譜には記載されていないが、実は子供用にココナッツジュースが用意出来る」とのこと。尤も、悠都はお茶好きの妻に鍛えられていて、中国茶も全然平気(というか大好き)なので、僕らのお相伴にあずかれば充分だ。

茶壷(チャーフー。要するに「急須」である)と茶盤 黒茶を注いだ品茗杯とガラス製の茶海(チャカイ) お茶請けは、黒胡麻のおはぎと歓喜豆(シーズミックス) ドライフルーツの小皿(ドライ林檎とグリーンレーズン)

とにかく、耳年増のビギナー故、いっとう最初のお茶淹れはスタッフのおねえさんに指南してもらう。
おねえさん、てきぱきと手際良く解説つきでお茶を淹れてくれる。

ガラス製の茶海(チャカイ。「公道杯」とも云う)の上に漏斗状に包んだ茶葉を茶壷(チャーフー。要するに「急須」ですね)に移し、熱湯を茶壷の口から溢れるまで注ぐなり、蓋をしたまま、更に湯をかける。加えて、茶葉も開かせないまま、茶壷のお茶をそのまま下に敷いた茶盤へと捨ててしまう。磁器で出来た茶盤は風呂場の床の如く排水溝を持っているので、上でお茶がこぼれたり、捨てたりするのは作法的には全然正統なのだ。これで茶器を暖めるのと茶葉を洗う(洗茶)のを同時に行う。改めて茶壷に湯を注ぎ、卓上の砂時計(1分、3分、5分と色違いの砂時計が一つになっている)で30秒計ってから、蓋をしたままの茶壷を丸ごと茶海に乗せて、完全に茶湯が出切るまで放置する(て程、時間もかからないのだが)。茶壷で淹れたお茶を注ぎ切る事で、茶葉が湯に浸かりすぎるのを防ぐはたらきをする(茶湯を茶壷に残したままだと、次にお茶を淹れる時にえぐみが出てしまうのだ)。茶壷から直接ではなく、一度茶海を介して品茗杯に注ぐ事でムラのない、均一な濃さのお茶を愉しむ事が出来ます、とおねえさん。

こう書いていくと、お茶の淹れ方というものが如何に理に適っているかが解る。

二杯目のお茶を淹れた処で、「奥のテーブル席が空きましたので、よろしかったら移られませんか」とスタッフのおねえさんからありがたい申し出。二つ返事で、定期的に開かれている講習会のファンクションルームでもある和諧斎の窓際のテーブルへ移動させていただく。

和諧斎。先のカウンターテーブル席とはまた違った雰囲気 悠都が和みさえすれば、僕らも和む。
お茶そのもののヒーリング効果も相まってか、ゆっくりお茶を味わう余裕が出てくる。

茶海に茶壷のからだごと預けてお茶を淹れる 悠都はお茶請けでメインの付け合せのように出ていた「歓喜豆(シーズーミックス。かぼちゃの種と、ひまわりやすいかの種を衣でくるんだもの)」がいたく気に入った様子で、グリーンレーズン(マスカットのレーズン? ──色はあかるい緑色だが、味はレーズンそのものだった)そっちのけで、僕の皿も妻の皿もひとつ残らずたいらげてしまった。続けて、黒胡麻のおはぎにまで興味を示してきたので「これはにがいんだよ」と顔をしかめてみせ乍ら懸命に死守する。大人げないのは先刻承知だ、などと堂々と居直る。だって、このおはぎ旨いんだもの。

お茶請けの話ばかりを熱心に書いてしまったが、肝腎の陳年禮品プーアール茶の、筆舌に尽くせない独特の香ばしさを愉しむのも、大人になった今だからこその「快」だよなあと悦に入っていると、猫舌の息子がぬるくなった黒茶を旨そうにごくごく飲むのに打ちのめされたり。大人の愉悦がけがされてしまうとはこの事である。3歳児がこんなに中国茶に馴染んでいていいのか(いいと思う)。妻の「香花」の菊花もお茶を入れるたびに開花していき、蓋碗(ガイワン)の黒い茶葉の中で、白い水中花がすっかり綺麗に咲いた。香花自体、ハーブティー用のハーブのようなものなので、お酒で云うカクテルのようなものか。味だけでなく、目でも愉しめる風情。

悠都のために「歓喜豆(350円)」をテイクアウト。
店に入る前は、いささか冷淡だった妻もすっかり此処が気に入った様子。
普段、スタバ通いをしていると中国茶に拘った茶房は新鮮で、悠都が居乍ら時間がゆったり流れる処をいたくお気に召したのではと思う。しかし、3人で一体何杯のお茶を呑んだのか。

とりあえず当初の予定を遂行すべく明治神宮へ向かう。
17時閉門なのに、15分前に門に辿り着く。守衛のおじさんはいたってのんびりしたもので「いいよ、いいよ、しっかりお参りしてきてください」とすんなり通してくれる。悠都は道幅のバカっぴろい玉砂利の道を自由に入り回れるので大喜び。パパも実は明治神宮は初めてだったので、お手水場で見つけた、明治神宮社務所が発行している「月刊かしわ手」に大喜び(抜群のネーミングセンスではないか)。2つ穴の開いた両面印刷のリーフレット(という大仰なものでもない)なのだが、パンチ穴の下に一言「つづっておきましょう」と書いてあるのがいい(しかも、ご親切にも両面とも書いてある)。

明治神宮本殿 御神木と絵馬と悠都 月刊かしわ手の「つづっておきましょう」

夕刻迫る宮内は(それでも年が明けて日没時間がうんと遅くなった)渋谷の街々から帰ってきた鴉たちでカァカァとうるさかったものの、それでも厳かな静謐さを感じさせるのは「明治神宮」の霊験というヤツだろうか。作法通りにきちんとかしわ手を打って参拝してくる。異様に参拝客の外国人比率が高いのも「明治神宮」のなせるわざかもしれない。

帰りは代々木から都営大江戸線で寄り道せず真っ直ぐ帰宅する。

夜はドミノピザでLサイズのクワトロ・ミルフィーユの宅配を頼む。
宅配ピザなんて、結婚してから食べるのは2度目である(1度目は結婚して社宅に入居した夜であった)。
キャンペーンで定価3400円が2400円だったもので、ついふらふらとね。


 ドラッグストア・ガール  2004/2/14(Sa)その2


銀座をてくてくと縦断して(カネがあれば行ってみたいお店が沢山)、歌舞伎座を臨み、東劇へ。

「ドラッグストア・ガール(2003・日/本木克英)」 東劇
東劇 クドカン、破竹の快進撃。
公開時期が重なったとは云え、東京中でクドカン作品を公開してないか。

今回は前作で山田監督に丹波哲郎を貰って、めでたく「釣りバカ日誌」シリーズを卒業した本木克英の完全オリジナル(クドカンにとっても映画作品としては初オリジナル脚本となる)。デビュー作「てなもんや商社(1998)」で頭角を現した喜劇映画の若き俊英だけに(故に「釣りバカ」に抜擢されたのだが)、このまま「釣りバカ」お抱え職人で埋もれていくのは余りにも勿体無いと思ってた(誤解を招くかもしれないが「釣りバカ」シリーズは大好きなのである。若手演出家の修練の場に持って来いだとも思うし。ただ、シリーズのためにはそろそろ山田&朝間コンビが脚本から勇退すべきだと思う)。

三谷幸喜と比べるとクドカンの着想は、僕らにとって非常に卑近な処にある。
ひとつは世代的なものが多分にあって、子供の頃浴びた娯楽の放射能が成分的に大部分重なっているのだ。「気分」とか「空気」が共有しているが故に、少なくとも70〜80年代に少年期を過ごした僕らにとって、クドカン作品の面白さは「オドロキ」ではなく「あ、それ、わかるわかる(そーなんだよなー)」なのである。「ピンポン」然り(今回のラクロスはこの延長線上ですね。本木監督は「少林サッカー」みたいにしてしまったけど)、「木更津キャッツアイ」「ゼブラーマン」もまた然り。

本作のワン・ヒロイン(田中麗奈)を大のおじさん達(柄本明三宅裕司伊武雅刀六平直政徳井優)が寄ってたかって憧れるという設定は、僕ら世代にとっては「カリオストロの城」をはじめとする宮崎アニメのヒロインにその源流を見る(あくまで僕ら世代が、である。そう云えば、クドカンが「予想以上に三宅(裕司)さんが生々しかった」とインタビューに答えていたのも、アニメのおじさん達を無意識に頭に置いていたからなのかもしれねーなとふと思ってみたり)。

恵子(田中麗奈)はクラリス程しとやかではないかもしれないが、若いというだけで常備を許された無自覚である種暴力的な「可憐さ」がおじさん達の恋心をくすぐるのである(と、最近段々分かってきた・笑)。「無自覚に」というのがポイントで、田中麗奈はひたすら「ごくごくあたりまえの日常」を20代前半迄特有の傲慢さで過ごして「見せて」くれるだけで、おじさんはいとも容易く右往左往してしまうのだ。

つまり、田中麗奈がどんなに傍若無人な振舞いをしてもおじさん達がつき従うに足るファム・ファタルとしての魅力と説得力を観客に伝えられて初めてこの作品は喜劇映画として成立する(そういう意味でゴマキの「青春ばかちん料理塾(2003)」というのは全くつまらない映画であった。映画は脇を固める役者だけではどうにもならないのである)。
そして本作は幸運なことに本木監督の演出力と田中麗奈の「普通の女の子で在り続ける」カリスマ性とが上手く融合した。どんなにアクの強いおじさん役者の個人プレー(はっきり云って無謀な頭数且つ卑怯なメンツである)も溢れさせる事無く、むしろそれを武器にする事で、出来のいいコメディとして上手くまとめあげた。本木監督が「釣りバカ」で培った役者の手綱さばきが遺憾なく発揮された良作だと思う。後が続く為にも、こういう映画にこそお客が入って欲しい。

役者往来。

純正松竹映画故に単館公開作品では考えられない豪華キャストである。
加えて本木さんが「釣りバカ」で培った人脈もある(たとえば、杉浦直樹とか余貴美子のご両人。余さんは「おじゃる丸」うすいさちよのような薬剤師を怪演)。

5人のおじさん達を語り出すときりがないので思い切って端折るが、とりわけ柄本明三宅裕司の頑張りを憶えておきたい。あと六平さんのお父上役・今福将雄翁、殆ど地なんじゃないかと思わせる鍋島息子役の荒川良々、耳の遠い竹職人軍団(横山あきお谷津勲)、ネイティヴ・アメリカンになりきった永澤俊矢、沼田のピンチヒッターとしてラクロスの試合に出場してしまう学生運動上がりの根岸季衣など、まさに役者往来に相応しい布陣である。

特筆すべきは三田佳子で、「ハッスルドラッグ」の女社長役でいい脇に廻っている。大スタアの貫禄あるひとが、分をわきまえ、気負いの無い助演に廻って、胸のすくアンサンブルを見せてくれた。

さて、決して忘れてはいない江口徳子をさがせ!」のコーナー。
此処では「ジョゼと虎と魚たち」のノリコ役でいい味を出していた、東京乾電池@江口徳子の活躍を追っていきます。

本作では、鍋島薬局にカビキラーを買いに来る女性客として登場。
やる気を失った鍋島の代わりに、妻の藤田弓子が棚の上にあるカビキラーをラクロスのクロスに引っかけて渡すというシーン。他の作品もそうだが全部「ジョゼ」公開前の撮影なので、「ジョゼ」公開前後で、彼女のオファーがどう変わっていくか大いに気になる処。という事で、彼女がブレイクする時代はこれから来ると思われる。「ジョゼ」で彼女を起用した犬童監督の新作「手を握る泥棒の物語」はどうなんだろう(でもブロードバンドシネマなんだよなー)。

ちなみに東京乾電池からは蛭子能収(おそらく本人役)と角替和枝が出演。
しっかし、セーラー服姿でおじさんに馬乗りになってはしゃぐ角替さんってどうよ。
この項、続く。


 キャトル柿の木坂「うふプリン」  2004/2/14(Sa)その3


マリオンの前で、僕の背丈より高い竹馬に乗った猿に暫し見とれてから、有楽町の三省堂で本を漁った後(特に収穫なし)、結局3本目は観ずに真っ直ぐ家へ帰る事にする。

竹馬に乗った猿 東京駅構内南通路にある東京洋菓子館のキャトル東京駅店に立ち寄って、プリン者であれば一度は試してみなければ死んでも死にきれないと云う(誰が云ったんだ、そんな事)「うふプリン」を買っていく(所謂、玉子の殻にプリンを詰めたものです)。柿の木坂にある本店だと、2個から買えるらしいが、此処では6個パックもしくは10個パックしか置いておらず。折角なのでうふプリン(150円)、ショコラうふプリン(180円)が半分ずつの6個パック(990円)を選ぶ。

そう云えば、前の職場でもらったいただきものの玉子プリンは、玉子の殻にプリンを詰めるのではなく、白身と黄身を混ぜてプリン色且つプリンに似た触感に仕上げた擬似プリンに黒蜜をかけて食べるというものであった。だから黒蜜がなくなってしまうと、残りを食べるのが非常に辛かった。会社のデスクじゃなければ、醤油をたらしても案外イケたかもしれない。

……処であれ、何処の製品だったんだろう。

帰宅して、夕食後、早速うふプリンを食べる。
見た目のインパクトが強いので、悠都が興奮するする。
悠都だけはたまご立てを用意して、中におさめてやる(彼は、皿にプリンを載せて供すとターゲットをロック・オン出来ずに、いつまでもスプーンで追いまわし続けて「食べられないよ」と困惑するような子供である)。まずは馴れた処でスタンダードなうふプリンをいただく。奥久慈の地卵を使ったそれはまろやかであり乍ら輪郭のしっかりした味(底のキャラメルも美味しい)。玉子の殻が器なだけにヴォリュームはさほどないが、それが却って腹六分目でまたいい感じ。

うふプリン包装状態 蓋を開けるとスタンダードとショコラが半分ずつ トッピングのホイップクリームは北海道のフレッシュクリーム 途中まで食べた処

腹六分目だし、これなら2つ目もイケるねと妻と合意の下、ショコラ・ステージへと進む。
これはまた濃厚な味わいと触感。プリンやムースと云うよりは生チョコを食べている感覚に近い。うふプリンなら3個はイケそうだが、ショコラうふプリンだと1つ食べれば充分満足だ。勿論、その後、スタンダードうふプリンが出てくれば食べてしまう予感(ちょいと、おまいさん)。

これは掛け値なく妻子に評判が良かった(尤もだいたい悠都にはいつも評判がいい)。
妻は今度実家に帰る時、おかあさんへお土産に買って帰りたいそうだ。
(お店から3時間は持つらしいので充分に射程圏内である)

という訳で、妻がくれたロイズの生チョコ(シャンパン)は、今夜は顔見世だけに留めておく。


 匠味バーガー初体験  2004/2/15(Su)その1


午前中は悠都を連れて、ゆっくり時間をかけて木場公園を散歩する。
珍しく父親とふたりで「おでかけ」なので息子は楽しそう。
それにしても、休日をこの公園で過ごす家族連れ、ペット連れの何と多いこと。

外出から帰ってきた妻と合流して、門前仲町のモスバーガーでおそ昼。
予ねてより念願だった匠味バーガー(匠味(チーズ))をオーダーする。
だからわざわざ匠バーガー開始時刻の14時丁度に店へ到着するように家を出たのだ。
東京に来ていちばんの不便は車を持たなくなって、モスの店舗が遠くなったこと。色んなひとに匠味(たくみ)発売と同時に一番乗りで試したぐらいに思われていて吃驚したが(どうやら僕はそういうキャラらしい)実際は北九州で機会を逸し、東京に出てからも遊びに行く先々でモスから見放されっぱなしだった。妻が一歩先んじて匠味を食べるに到ってはもう辛抱たまらなくなった次第。

妻は前回匠味を食べてそのボリュームに懲りたのと、実は余りバンズが得意ではないという事で今回は匠味レタス(チーズ)をオーダー(実は「春待ち大根バーガー」のいずれを取るか最后迄悩んでいたが、「春待ち」が3月上旬まで販売する事を確認したら、あっさり転向した)、前回は匠味調理師の名刺がついたという事で、わくわくしていたのだが、今回は貰えず。名刺が切れたのか、サービスをやめたのか、いずれにしても残念な話である。いつもだともう一品頼むのだが、匠味は量が多くて絶対食べられないからと妻に止められる。子供にはアップルパイとミネストローネを注文する。

で、匠味(チーズ)である。
お時間15分少々いただくだけの事はあっておそろしく巨大。
いや、旨い。所謂、目の前の鉄板で調理してくれるようなハンバーガー専門店の味。厚切りトマトと炒めた玉葱とジューシーなパティとサニレタスのコンビネーション。思い存分かぶりつくには小倉優子ではないが、専用のマウスが欲しい感じ(ま、あれは他社だが)。妻の匠味レタス(チーズ)はバンズが無い代わりに匠味用グレッサンとレタス用ドレッシングとバティ用ソースがついてくる。こちらの玉葱はサラダスタイルなので生のスライス。しかも、「匠味レタスのおいしいお召し上がり方」なるA5サイズのリーフレットがついてきて、4色刷りの匠味レタスのイラストがなかなかいい味を出している。
1. まず、何もかけずにみずみずしいレタスの味をお楽しみください。

2. 次に、レタスに匠味用ドレッシングを少しずつかけてお召しあがりください。

3. そして、パティに匠味用ソースを少しかけ、お肉のおいしさを味わってください。

4. 後はお好みで各ソースの量を調整してください。
匠味(チーズ) 匠味レタス(チーズ) オニオンポテト

バンズの代わりに瑞々しいレタスでも大概腹持ちはいいようで、妻は嬉しそうに格闘していた(何しろ食べにくさでは匠味バーガーの比ではない)。白いベストを汚すことなく(またそんなの着てくるんだから)満腹のうちに投了。野菜満載なので、息子は匠味には見向きもせずオニオンポテトの方をせっせと平らげていた。

本当に久し振りに「食事に」来たけれど(ついこないだ渋谷でお茶を飲んだ)、やっぱりモスはいいっす。次回は僕も「春待ち大根」をひとつ、販売終了しない─今度は妻に「美味しかったよ」と自慢されない─うちに足を運びたい。いや、マジで。てな事を云い乍ら、また匠味に足が向くかも…これ、確かに美味しいわ。

お向かいの赤札堂で食料品を買い込んでから帰宅、軽くお茶を呑んで家を出たのが16時前。
今宵は、種ともこLive「VISION&PIANO vol.6」を、はるさん、さっちゃんと。
話には聞いていたが、参加するのは初めて。
中央林間行が清澄白河を出たのは16:20、こりゃ二子玉到着は、開場ぎりぎりになりそうだな。

この項、続く。


 VISION&PIANO vol.6  2004/2/15(Su)その2


二子玉の駅を出ると、玉川高島屋の各館が道路をまたいで学園都市のように広い敷地を誇っていた。本館の案内図を覗き覗き、今夜の会場であるアレーナホール(西館1F)を探す(腹立たしい事に玉川高島屋のイベントページには今夜のライヴが告知されていなかった)。道をひとつ隔てた向こうで何やら人だかりがしているので、行ってみたら列に並んだはるさんとさっちゃんがこちらに向かって手を振ってくれていた。

今回のライヴは自由席だが、チケットには整理券番号が打ってある。
はるさんたちはAブロックの前半で、僕はBブロックの50番台だったからBブロックはまだ整列さえ始まっていない(結局列は作らなかったんだけど)。此処は収容数300人のホールらしいが、実際には200人集まっているかどうかといった処(「おそらく当日券を買ってるひとはいない」とはるさん。むべなるかな)。ヒマなので、ふたりに昨日行った「ゼブラーマン」の舞台挨拶の話などする。つい興に乗り、身振り手振りを交えて語っていると、「後ろ、後ろ」とはるさん。振り返ると後ろでハンディカムが廻っていて、後頭部が哀川翔のようにシマウマっぽく総毛立ちそうになる(はるさんの話だとハンディカムを廻していたのは種ちゃんの敏腕マネジャーらしい)。

「VISION&PIANO vol.6」はライヴDVDになるので、これは素材のひとつだと思われる。
でも、何も「ゼブラーマン」を熱く語っているオレを狙わなくてもいい。

しかし、自分の参加したライヴがライヴDVDになるなんて、東京に来なければ考えられなかった。

昔はさだまさしの「夏・長崎から」に参加していたので、ライヴ盤「夏・長崎から’89」、シングル「スマイル・アゲイン」(シングル全集未収録)の向こうには観客の自分が居る。僕にとってこの事実は結構重い(当時はNHKの中継にもよく顔が映ってしまったものだ)。因みに妻もまたシングル「関白失脚」の向こう側で笑っていたひとりである。

尤も、さだまさしの時は2万人からいる母数の内の1人だったが、今回の種ちゃんは東京と大阪を合わせてもおそらく500人には届くまい。故に分子の重さをひたひたと感じる訳ですよ。インディーズレーベルでも、映像ソフトに記録されるからにはライヴを構成するパーツのひとつとして微力乍らも種ちゃんを盛り立てなければ、と思ってしまうじゃないですか。しかも「浮き上がらない」程度に(特に此処は重要)。

10分弱遅れて開場。

ふたりに席の確保を託し、僕は所在無くひたすら自分の番が来るのを待つ。
尤も整理番号は用意されているものの、面白いくらい(て、面白くない)歯抜けがあるのであっという間に入場出来る。横に細長いホールで客席はパイプ椅子のレイアウトで3つのブロックに分かれた内の、中央ブロック通路側3列目に談笑するはるさんたちを発見、ありがたく通路側席を頂戴する(足が自由に伸ばせるので通路側席がいちばん嬉しい)。こないだの公開録音の時とほぼ同じ席位置である。ステージと客席が会話の出来る距離というのもなかなか悪くない。唯一の不満はこれだけ近くても「くるくる廻してお耳でどっかん」をやってくれない事か(勿論「笛吹けど躍らぬ」僕らも悪い…もう皆んな齢をとりすぎたの…か、うーむ)。

どうせDVDになってしまうが、空気感を記憶しておく為に、以下、曲目と簡単な備忘録。
尚、既に記憶がぐちゃぐちゃになっているので話の順序や細かい部分での差異は見逃すように。

「tane tomoko live VISION&PIANO vol.6」

Vo&Pf:種ともこ
Vj:小川竜朗

暗がりの中、種ちゃんは大きくてサイケな柄のワンピースを着て登場。
キーボード脇の椅子に座り、アコーディオンを抱えてスタンバる。

【第1部】

M-01 ブルーライトヨコハマ

M-02 相合傘の香港
M-03 ねぼけて China Town

横浜中華街の歌(に種ちゃんがしてしまった)から海を渡って本当のチャイナを歌った2曲。
もしや第1部は「種ともこ80's」全開か…と期待に胸を膨らませれば、その予感は見事に的中する。

「昨日はバレンタインでしたけど」とざっくばらんに客席へ話し掛ける種ちゃん。
「バレンタインにチョコをもらったか、あげた人手を挙げてみて」

笛吹けど躍らず。いや「躍れず」なのか。
客席の無反応振りに業を煮やし、種ちゃんは再三挙手を要求。ぽつぽつとしか挙がらぬ手。
でまた、その反応が実に説得力のある客層だったりするんだ、これが(失礼)。特に最前列のおとうさん軍団。いや、軍団っつったってひとりひとりはアカの他人なのかもしれないが。勿論、僕らはきちんと挙げましたよ。ライヴDVD、ライヴDVDと口の中で唱え乍ら(そんなのは私だけ?)。

「何で皆んな貰ってないのよ。これじゃ話が繋がらないじゃん(笑)」

と悲鳴を上げて地団駄を踏む種ちゃんが愛らしい。
「あたし、あげたよね」「え、はい」と小川さんに無理矢理頷かせた後、前日慌ててチョコレートを買いに行ったら、もはやファミリー向けばかりになっていた話。「それでは今から『愛の歌』を歌います」と話が繋がらなくても「It Must Be Love」に持っていく。でも、手を挙げられないひとたちなら尚の事、種ちゃんのラヴソングが必要なんですよ。

「みんな、愛のせいね」──やたっ、実は学生時代にツラい事があると必ずこの曲を聴いてたんだよ。
「いつかきっと上手く行くから愛を信じ続けなさい」
今の種ちゃんには決して書けない歌にして、書いておいてくれた事を心から感謝したい歌。

M-04 It Must Be Love

「此処で、皆んな小川くんの事を何も知らないので、彼の日常を探ってみたいと思います」

びっくりする小川くん。そりゃびっくりする。
そして、個人的には小川くんの日常を知るよりも、種ちゃんの日常を知る方が愉しいと思う。
以下、ふたりの何処までも噛み合わない会話が客席の苦笑を誘う。
はるさんによると、この噛み合わない会話がこのライヴシリーズの名物になり始めているらしい。

「好きな和菓子は何ですか?」
「…特にありませんが、敢えて食べる和菓子は葛餅ですね」
「葛餅…葛餅って和菓子としてはマイナーじゃないですか」

客席から一斉に「そんな事はない」と突っ込まれる種ちゃん。
彼女の浮世離れ振りはつとに顕著である。種ちゃん、特に臆する事無く、

「ペットは何か飼ってますか?」
「…ネコを飼ってますね」

土手で拾ってきたネコで名前は「おうじろう」と云うらしい。僕とはるさんはすぐに「O次郎」を連想したが、種ちゃんは其処まで辿り着かなかったらしく、名前の由来を訊ねていた。「ウチの王子様って事で」と答えた小川くん、ナイス。

「葛餅が好きで、おうじろうを飼っている事が分かっただけじゃ全然小川くんのひととなりが分かんないよ。何かこれだけは云っておきたいっていうトピックはないですか」

これでは余りに小川くんが可哀相である。彼も自分を哀れんだのか「じゃ種さんならこんな質問を受けたらどう答えますか」とやり返すが、種ちゃんそれには答えず、

「こんなところで話すのも何だけどさァ『チャリンコ』って、小川くんをイメージしてつくったんだよね。小川くんなら日常こうするだろうなというのをイメージして書いたからさ、さっき土手でネコを拾った話を聞いてまんざらハズレでもなかったなと安心した」
疑いの目を向ける(当然だ)小川くんに「ホントだよ」と何度も念を押す種ちゃん。モデルになった小川くん当人も知らなかったとんでもない創作秘話である。おかけでこれから「チャリンコ」を聴く時はこの小川くんの顔が浮かんでしまうではないか。それは「チャリンコ」にとってプラスな事なのか。少なくとも小川くんはもう冷静にこの曲を聴けなくなるよなー。誰もいない処で聴いたら、そっと涙するんじゃないか(笑)。

M-05 お茶の間でDance
M-06 お金持ちになりたい
M-07 チャンスをちょうだい

3曲が3曲、僕にとってはまさかの選曲。「種ともこ80's」うれしい誤算。
けどCDを聴き込んでいるから、今日のような弾き語りVer.の場合、勝手に耳がCDの音源を補填するね。特にコーラスやボイス部分。「お金持ちになりたい」は男性のボイスが聴こえてくるし(今や種ともこファンとしてはひどく身に染みる歌である)、「チャンスをちょうだい」は「yellow,yellow」のコーラスをこちらが合いの手で入れてしまう。ていうか、此処は拳を振り上げて皆で「yellow」だろ。種ちゃんもハナからあきらめてないで、演奏に入る前に「yellow」指示すれば、映像的にも会場一体感的にもぽっかぽかにあったまれるのになー。と思う。

で、3曲終えた処で、第1部了の告知。え、もう休憩なの? ──と時計を見ると19時過ぎ。
そもそも開演自体が10分押し位だったから、まだ1時間も経っていない。7曲で50分…ペース配分としては妥当な処。「こんなもんなんだって」とはるさん。3時間のさだまさしコンサートがデフォルトのさっちゃんは目を白黒させているが、団塊の世代のひとたちの物量的に無謀なサービス精神を、種ちゃんに期待するのは酷というもの。

【第2部】

M-08 守ってあげられないこと
M-09 サヨナラ

予想通り、第2部は最近の楽曲で攻めてきた。
しかし後で振り返ってみると今回のライヴでは人妻時代の楽曲のメイン処がばっさり抜け落ちている(実際にはM-01を歌う事で「KISS OF LIFE」「感傷」の2枚をまとめて面倒見ている)。

で、次が「今、この歌をつくる事ができた自分を誇らしく思う」と自ら語った新曲。
「ベクトルの彼方で待ってて」ツアーで、まだタイトルの決まっていなかった「Triangle On The Pavement」を聴かせてもらった時の胸の震え、再び(当時は「四つ角でトライアングル」と仮タイトルがついていた)。このライヴ盤が出る頃には正式なタイトルも決まっていることだろう。

M-10 新曲(タイトル未定)

時は取り戻しが利かないけど、それでも逢いに行くから待ってて…と強い愛を歌う美しいバラッドだった。
「この季節、好きですよ」とこないだのFMと同じMCを始めた時点で、僕とはるさんには次に「花」が来るのが解る。飽き性の自分が今度は園芸に凝っていること(生き物なんで今度は頑張ってみたい…こないだのFMではウォーキングが趣味になっていた筈だが、そんな話はチラリとも出なかった)と、枝だけになった木の美しさの話。侘び寂びと云うよりは春を待つ季節、荒涼とした景色の下で生命の準備をしている事への感動を伝えようとしていたんだと思うがどうか。

M-11 花
M-12 抱いててほしい
M-13 明かりをつけてください

M-09の後で「第2部はしんみりと行きます」と予告した割には、続けた3曲は思い切りプログレで「しんみり」聴かせるより先に「不穏」を煽った感じ。ある意味、良くも悪くも現在の「種ともこ」というアーティストイメージをかたちづくる3曲。今回意外だったのは「ヘテロ」から選曲(M-12)があった事かな。

M-14 光合成・アフリカ

ほぼあきらめかけてた頃にラストでこれを歌いますか。
僕はこの歌を懐に、アフリカを体験しに行ったと云っても過言ではない。
この大パノラマと飛翔感に無理にヴィジュアルを付け足す必要はないのかもしれない。けれど、シルクスクリーン一杯に、風にたなびく草原と青空が延々と続くのがいい。ずっとこの風景を見せてくれても良かったくらい。

【アンコール1】

M-15 やっぱり泣いちゃった

公式サイト「WEEDY MOODY」のマスコットキャラ「はっぱちゃん」(初めて正式名称を知った)の活躍をお見せしたいという事でこの歌。まさかまさかの選曲で、もう一回アンコールに応えてくれる事を確信する。処で、はっぱちゃんが動く(「やっぱり泣いちゃった」のサビに合わせて大粒の涙をこぼす)と今イチなのは単に作画がまずいせいなのか。

【アンコール2】

種ちゃんステージに立つなり、やおらチョコバーを翳して「男子限定種ともこ謹呈チョコ争奪ジャンケン大会」開催を宣言する。種ちゃんと客席(♂)が一斉にジャンケンするもので、僕とはるさんは1回戦でいきなり敗退。客席両端は種ちゃんから死角になるらしく(「霞がかかってて見えないよ」)、最終候補者を絞るのに多少紆余曲折があったものの、どうにかステージ向かって右端の人のよさそうな男性がゲット。「これでチョコレート貰った男性が増えたでしょ」と種ちゃん。そりゃそのチョコを貰った男性に失礼ってもんだ(絶対、笑って許してくれる筈だけど)。

それで、アンコール曲はてっきり「はい、チーズ!」あたりかと思いきや、

「制作の都合上、もう一度愛の歌を歌わせてください」

種ちゃんは「また同じ曲聴かせるつもりかと思ってるでしょ」と笑ったが、客席が盛り上がったのは云うまでもない。ファンなどという生き物にとってライヴ会場のテイク2くらい美味しいものはない。僕も「みんな愛のせいね」をずっと弾き語りしてくれるんだったら、一晩中耳許で唄ってくれて構わない(むしろお金払ってでもお願いしたい位です)。

これが一緒にライヴDVDを作っている一体感というヤツなのである。
「感傷」のライヴ・レコーディングはさぞや贅沢な時間だったに相違ない。

M-16 It Must Be Love

録り直し(撮り直し)の割にはシルクスクリーンの絵が1回目とぜんぜん違う。何だかライヴDVD的には最初からアンコール曲として収録されそうな予感。今度は種ちゃんの歌っている姿も映し出されるが、天井からのショットもあったりして、おおっとどよめく。これはライヴDVDの仕上がりが楽しみである。

「二度も聴いてくれてありがとう」と種ちゃん。
颯爽と去っていく背中が眩しい。

場内が明るくなって「チャリンコ」が流れ始める。2時間かっきりで終演か。
いっそ本人が出口でタンバリン叩いて唄い乍ら客出ししてくれないか等とはるさんとヨタ。
それで歌う種ちゃんの周りを小川くんがチャリンコでぐるぐる廻るとか。
短い乍らも(だからこれが普通なんだって)一仕事終えたような(謎)達成感。
この項、打ち上げ篇に続く。


 二子玉名物 青ねぎお好み焼「大文字」  2004/2/15(Su)その3


はるさんが見つけてきた二子玉名物 青ねぎお好み焼「大文字」で打ち上げ。

結構有名な店らしく、TVや雑誌の露出度も実は高いらしいが、僕は完全にノーマーク。
予約していなかったが、いちばん奥のテーブルが空いていたので、テーブルと壁の間の狭いスペースに「家族ゲーム」みたいに3人仲良く並んで座る。何だか昔懐かしい、店は小汚いけど(失礼!)旨いもん食べさせまっせ的なごちゃごちゃとしたお店で、僕らのすぐ脇ではカウンター席のお客相手にオーナーであるおかん(大阪出身)がよく通る声で何やら熱く語っている。

ひとまず飲み物を頼んだ後、さーてとパウチ加工したカラーコピー満載のごちゃごちゃしたメニューを開く。
天むすだのイカスミ焼きそばだの、なかなか面白いチョイスだが、此処のメインはお好み焼きで、大きく「浪花焼(所謂、大阪風お好み焼き)」「日本そば粉浪花焼(日本そば粉100%の生地が売り)」「青ねぎお好み焼」の3つに分かれる。折角なのでそれぞれからひとつずつ頼む(チーズ入り浪花焼、そば粉浪花焼ミックス、プレーンの青ねぎのお好み焼。ちなみに魚介が具だと「─オーシャン」となる。結構オモロ)。

それと僕らの目を引いたのが、12種類のたこ焼き(明石焼きは別立てメニュー)。特に「たこ焼きコロッケ」「たこ焼きの天ぷら」「揚げたこ焼き」の3品は一体どう作り分けているのか気になる処だが、カラーコピーの粗悪な写真しかないので結局よく分からない。悩んだが協議した結果「たこ焼きコロッケ」を注文する。

はるさんとさっちゃんのぶんの生ビールと僕のカルピスが運ばれてくるが、此処のジョッキとコップはブリキ製な処が味(もっとも此処のソフトドリンク用のコップは甚だしく小さいので─氷は沢山入っているし─それで350円はちょっと割高)。ビールには突き出しのごぼうサラダがついていたが、サービスなのか、チャージ料なのかは結局よく分からなかった。

「たこ焼きコロッケ」はたこ焼きをパン粉でくるんで揚げたもの(ま、そうか)。
アツアツな処をはふはふ云い乍らいただく。猫舌が約1名、コロッケ(?)が常温になるのを大人しく待つ。

「そば粉浪花焼ミックス」は豚、えび、いか入り。蕎麦だけにわさび醤油でいただく。
日本そば粉100%を謳っているだけあって、生地がぽろぽろと崩れ易いので(二八だろうか?)遠くから手を伸ばして箸で摘み上げるのには不向き。此処のお好み焼きは全て、「J」の文字を象ったスライスチーズが乗っているのだが、これは何の判じ物なのか。大文字(だいもんじ)で大文字(おおもじ)としてJは字(JI)のJだろうか。折角、此処のおかんが「何でも聞いてちょうだい」と云っていたのだから訊ねておくんだった。味の方ははぼちぼちですね。悪くないけど、好みは分かれると思う。ちなみにそば粉は長野の小沢産を使用しているそうだ。

「チーズ入り浪花焼」は豚、えび、いかにチーズ入り。
普通のお好み焼きなので(勿論、「J」の文字を象ったスライスチーズが乗っている)、味的にはいちばん馴染み易かったが、生地はぺたっとしてて、たとえば「ふきや」で食べるあのふんわり感がないのは粉がメインの生地だからなのだろう。マヨネーズはおそらく自家製だと思う。

「青ねぎのお好み焼」の青ねぎは伊勢産だそうだ。
こいつだけは食べ方のマニュアルが用意されていて、まず何もつけずに青ねぎの生地を味わった後、次に辛味噌をつけて食べるように、とある。昼に食べた匠レタスバーガーの食べ方マニュアルとほぼ同じなのに苦笑する。「決してマヨネーズをつけて食べないでください。マヨネーズをつけても美味しくありません」とあったので、スタッフの目を盗んで、ついこそこそとマヨネーズをつけて試してみる(おいおい)。確かに格段美味しくはならなかったが(ねぎの風味が強くてマヨネーズの味を消してしまうようだ)、マヨラー的には特に不味くもならなかったので由とする。

たこ焼きコロッケ チーズ入り浪花焼 青ねぎのお好み焼。はるさんが端っこを持ってってしまった

それぞれのお皿には「名物たこ焼き」「大阪の味」などお好み焼きの種類ごとに皿の文句や絵が違うあたりは大阪商人のサービス精神が炸裂していていい感じ。壁に「店主」のピンバッジをつけたおっちゃんのパネルがあって、これは誰だろうなどと話していると「待っててや、今、そちらに行くからねー」とおかんがカウンターの向こうからニコニコと現れる。

写真のおっちゃんはおかんのお父上だそうで、8年前にこの方が亡くなってからは女手ひとつでこの店を切り盛りしているとのこと。彼女が醸し出している独特な空気を一口で云い表すのは難しいが、敢えて云うなら水森亜土がいちばん近い(あん?)。お好み焼きを焼いている亜土ちゃんというのも想像し難いが、いい意味で世間ずれしておらず(むしろ浮世離れすら感じさせる)育ちがいいんだけど商魂の逞しさを感じさせる、そんな女将である(ますます分からない?)。

研究に研究を重ねて商品開発したらしいモロヘイヤお好み焼の話もしてくれるが(壁にはおっちゃんのパネルの下にエジプトのモロヘイヤ栽培の写真が飾ってあった)、さすがに粉モノを4皿頼むとあとが続かない。はるさんはイカスミ焼きそばを試したがっていたが、僕もさっちゃんも(勿論はるさんも)満腹だったのでアイスクリーム(200円)で〆にする。

アイスクリーム自体はバニラ1種類なのだが、コーンにするかお皿にするかと訊ねられたので、はるさんはコーン、残りの二人はお皿で頼むと、コーンはともかくお皿はハート型になったブリキ製の深皿に、アイスがとぐろを巻いて出てきたのでおもわず噴き出してしまう。ドーム型に盛ってあるのはよく見るが、とぐろを巻いて出てきたのは初めて見た。

おあいそを頼むと、おひとりずつにとピロリンキャンデーと5円玉チョコを渡された。
この駄菓子屋感覚は掛け値なく嬉しい。これこそなにわのおかんのサービスである。

おかんのキャラは濃いし(書き忘れたがスタッフのキャラも濃い)、料理や食器、そしてサービスの細かい処にまでごちゃごちゃと(これは褒め言葉である)色んな工夫が仕込んである。でも、味としては普通なので、二子玉までこれをわざわざ食べに来るかと云われれば、其処まではないかな。けどたこ焼きの残り11種はちょっと気になってたりして。

気心の知れた旧い友達と呑む(カルピスだが)のは本当に楽しい。
こないだ出逢ったばかりな気がするさっちゃんでさえ、もはや知り合って10年近く。
はるさんも僕も飛ばしまくって、ネタを手加減しなかった(出来なかった)から、さぞさっちゃんは辛かっただろう。でもいいんだ、オレたちが愉しかったから(こらこら)。何年経っても同んなじ処で足踏みしてる気もするが、「気心が知れる」という事はつまり「相変わらずだな、おい」って事なので、これでいいのだ。

ホームでさっちゃんと次回例会(謎)を堅く約束した後(次のネタは既に仕込んだ)、はるさんと東急田園都市線急行を経由して半蔵門線の清澄白河で別れる。はるさんに3月3日某所開催の雛祭りライブに誘われるが、当日は週ナカだし、仕事的にも忙しい時期のような気がするし、暫し思案してみると約束する。

帰宅するとAmazonから文治師匠の「蛙茶番/御血脈」NHK落語名人選「源平盛衰記/豆屋」が届いていたので、ひとまず「蛙茶番」を聴いて大笑いする(「御血脈」がかかる頃はさすがに夜も更け、妻もろとも沈没してしまった)。

師匠の噺は「長短」でも「火焔太鼓」でも「親子酒」でも「鼻ほしい」でも「不精床」でも(て全部、挙げる気ですか)、どんなに細かい処までオチやくすぐりを知っていたって同じ箇所で何度でも爆笑出来る。CD音源で聴いても充分に可笑しいが、あの間(ま)、空気、表情、仕種まで直接体験して初めて120%堪能出来るのだと、今ははっきりと断言出来る(思えば師匠の落語を「見る」時は常に最前列か少なくとも3列目くらいからかぶりつきで「見た」ものだった)。そのうち、楽屋にお邪魔して「蛙茶番」のCDにサインをおねだりしようなどと寝ぼけた事を話していた去年が夢みたいである。

落語家は数多居ても、十代目桂文治は唯一無二の存在であった。
高座や楽屋で過ごさせていただいた楽しかった時間がとうとう手の届かない処に逝ってしまった。


 アドルフの画集  2004/2/22(Su)その1


東京に居ると週末が来る度に沢山の新作が公開される。
根がミーハーなので、つい公開初日の映画に心惹かれてしまうのだが、そうやって翌週延ばしにと溜め込んだ映画は数知れず(どうせその半分も観れやしないのだが)、此処は己の初日願望をぐぐっと堪えて、今週は新宿方面のみで公開されている作品の消化に励む事にする。

「アドルフの画集 MAX (2002・匈加英/メノ・メイエス)」 テアトルタイムズ スクエア
いきなり余談で恐縮だが、上記「匈加英」について。
ハンガリーは漢字表記で「匈牙利」、カナダは「加奈陀」或いは「加拿大」と記述する。
という訳で、本作はハンガリー・カナダ・イギリス合作映画である。

1918年のミュンヘンを舞台に架空のユダヤ人画商マックス・ロスマン(ジョン・キューザック)と実は画家志望だった若き日のアドルフ・ヒトラー(ノア・テイラー)の親交を描く事で、ヒトラーが独裁者以外の道を歩んだ可能性を模索する、もうひとつの「我が闘争」。

尤も歴史の大きなうねりは一介のユダヤ人画商の努力を嘲笑うかのように、マックスが計画したアーティスト、アドルフ・ヒトラー(しかも目玉となる「独創的な」作品とはヒトラーが帝国を夢見てデザインした都市や軍服のデッサン集!)誕生のチャンスをいとも容易く呑み込んでいく。この映画で語られる「もしも」は決して僕らの知らない「アカルイミライ」を語ろうとはせず、歴史の闇にほふられたささやかなきらめきを呟いて、静かな溜息をつくばかりである。
それがユダヤ系が牛耳る映画界で人間としてのヒトラーを描く限界なのかもしれない。

此処で語られる若きヒトラーは不幸な境遇で培ったルサンチマンの塊で、エキセントリックで、躁鬱で、芸術家ワナビーで、他人を攻撃する舌鋒が鋭いぶん、自分に自信がなく肝腎な場面では常に他力本願という、徹底的に弱い人間として描かれる(まるで製作側が彼をほんの僅かでも人間的に描かない事を本作に課しているかのようだ)。
芸術家を選ぶにせよ煽動家を選ぶにせよそれぞれに非凡な才能を持ち合わせている事は、マックスも陸軍将校(ウルリク・トムセン)も重々認めていて、後はアドルフ自身が本当になりたいものを目指して邁進さえすれば、それぞれに後援者が居るという究極の状況を、映画は準備する。
芸術家なんて人格破綻者で何ぼのもんだから、この選択肢には相当リアリティがある。

ヒトラーは演説家としての自分の実力も、演説中に陶酔する快楽も全て承知の上で、芸術家として大成する夢を捨てられずにいる。画商ロスマンは自分のキライな裕福なユダヤ人で、前衛という名のワケの分からん芸術を支援するいけ好かない男(しかも、自分でも露悪趣味なパフォーマンスを嬉々として披露する)だが、自分の芸術を買ってくれている部分では信頼に足るし、頼れる男だ。そしてヒトラーは画集を抱えてホテルのラウンジに赴き、個展の夢を叶えてくれる画商が来るのを待つ。

──そして観客は、歴史がボタンを掛け違える瞬間を目撃する。

翻ってマックスの屈託というのも実は相当なものなのだが、草臥れたので省略。
それにしても片腕のない難役をジョン・キューザックはよく務め上げた。
(しかも話によるとキューザックはノーギャラでこの話に「乗っかった」らしい)

マックスが、バレエを稽古中の妻ニーナ(モリー・パーカー)に自分は夫としてどうかと訊ねるくだりは個人的によく分かる。彼もまた自分の中で噴き上げるプロミネンスを上手に制御出来ないでもがき続けるひとなのだ。彼にとってのヒトラーとは抑制し難いプロミネンスを鎮めてくれる唯一のパートナーだったのかもしれない。

最后にこの映画で好きなシーンを備忘の為に挙げておく。

マックスが愛人である前衛芸術家リセロア(リーリー・ソビエスキー)のアトリエ兼部屋へ行くと、彼女はダブルベッドのすぐ傍らの床にガラスの小瓶から透明な液体(おそらくはウォッカ)をぶちまけ、おもむろに火をつける。大きな炎がたちのぼると、彼女はあたたかそうに手を翳して暖を取るのだ。視覚的にぼこぼこしていたので、最初は絨毯敷きのフロアかと思ったのだが、そんな無茶をするという事はフロアはごつごつした石の打ちっぱなしなのだろう。

恋人が帰った後、空虚な心を抱えた彼女が突っ伏するベッドの脇であかあかと燃え盛る炎、というのは寒々としたアパートメントの広さと相俟って、なかなか絵になるシーンだったのだが、この床に撒いたウォッカを燃やして暖を取るというのはそもそも一般的なのだろうか。感覚的には貧しい若者の創意工夫だという気がするのだけど。

リーリー・ソビエスキーというと「アイズ・ワイド・シャット(1999)」で演じた貸し衣装屋の娘のイメージが鮮烈で(尤も当時13歳だった彼女の出演シーンの撮影は95年頃だったらしい)、未だあの彼女を越える彼女には出逢えていないが──本作の彼女も前衛芸術家であるよりも先にまずマックスを本妻と取り合うただの幸薄い「愛人」以上の娘ではない──このシーンだけは長く心に留めておきたい。

もう1個。劇中、ヒトラーが鳥籠のナイチンゲールを哀れんで激昂するシーンがあるのだが、それを字幕で「サヨナキドリ」と古風に書いてあるのが妙に心に残る。この作品、字幕翻訳は誰だったっけ?
この項、続く。


 ハッピー・エンド  2004/2/22(Su)その2


高島屋を出ると新宿駅東南口のすぐ傍で、マギー司郎を目撃する。
口許を真一文字に結んだマギー師匠は、おつきもつけずにスポーツバッグ(おそらく衣装が入っている)を下げ、駅に向かって歩いていく処だった。その昔、右團治さんの楽屋でご挨拶させてもらった事があるが、憶えておられる筈がないので、此処はそっと後姿をお見送りする。

ようやく安売りチケット屋を見つけて、今日の分と来週の分のチケットを5枚程買い込むと新宿武蔵野館へ走った。

「ハッピー・エンド HAPPY END(1999・韓/チョン・ジウ(鄭址宇))」 新宿武蔵野館
久し振りに韓国映画を観た。少なくとも東京に来てからは初めて。

早速だが、以下、大々的にネタばれを敢行。
特にこの映画に関してはネタばれ前に観る事を強く推奨する。

という訳で、専ら主演女優チョン・ドヨン(全度妍)の体当たり演技ばかりが注目されている本作だが(これについては後述)、物語そのものは実は夫であるチェ・ミンシク(崔岷植)の完全犯罪を描いたクライムムービーであり、しかもクライムムービーである事自体がクライマックスで初めて発覚する仕掛けを取っている(ね、読まなきゃよかったでしょ → 未見のひと)。

失業中で会社廻りをし乍ら、娘の送り迎えをし食事の支度をする夫(チェ・ミンシク)と、英語学院の経営も順風満帆で仕事に生きつつ、昔の恋人との情事を謳歌する妻(チョン・ドヨン)。そして、英語学院のホームページデザイナーとして妻に雇われ、彼女に尽くす愛人(チュ・ジンモ)。
物語後半で明らかになる事だが、実は娘が生まれる以前から妻と昔の恋人との関係は復活しており、娘の父親が本当は誰なのかは妻のみぞ知る、なのらしい(愛人には「あなたの子供だ」と囁いたらしいが、おそらく彼女のリップサービスだろう)。

映画の前半は昼メロ・ハードコアスタイルの不倫モノとして進行する。
所謂、世間知としての「夫婦」の役割を逆転させて、妻を奔放に描く事で(韓国の倫理観を考えるとかなり思い切った設定である)、逆説的に封建的で傲慢な韓国の夫族を揶揄している気もするが、実はこのパートでも完全犯罪モノとしての伏線は丁寧に張られていく。
例えば主夫業が板についた夫の几帳面さを丁寧に描く事で、妻の不倫に気付くに到る観察力や、じわじわと妻を追い詰める粘着性(並行して愛人の粘着性を描く事でミスリードも仕掛けている)、そして彼が綿密な犯罪計画を立てていく事に一定の説得力を与えている。牛乳パックを丁寧に切るシーンや古書店で推理小説を読みふけるシーンといった点のひとつひとつが後々一本の線となって結ばれていく。

そして、痴話喧嘩に気を取られ、蟻入りミルク(睡眠薬入り!)を娘に飲ませ、娘を置き去りに部屋を空けて愛人と会った挙句、自宅の前で熱い抱擁を交わすに到っては、夫と観客との間に暗黙の了解でホワイダニットが形成される。──こんなダメ女はもう生かしちゃおけないだろ。

妻を殺すという完全犯罪の「妄想」は遂に実行され、真犯人として愛人が逮捕され、夫は「妻を寝取られ殺された」気の毒な被害者として、安全圏に逃れるのである。

全てを終えた穏やかな昼下がり、娘に添い寝する夫。
完全犯罪を成し遂げたものの、実は妻を心から愛した男の心が永久に晴れる事はない。
ハッピー・エンド。──幸福の終わりを孕んだ、しあわせな結末。

と、こうしてストーリーだけを追うと、何だか日活ロマンポルノの秀作の一篇のようだ。
来週末公開される「悪い男(2001)」も筋書を聞く限りでは往年の石井隆作品を想起させる。
ちなみに香港公開時のタイトルは「快楽到死」と云う。

処で、これまで僕が観たチョン・ドヨン出演作は「接続」「我が心のオルガン」の2本。しかも本作の公開年は、あの17歳の小学生を演じた「我が心のオルガン」と同じ1999年(撮影時の実齢26歳)。女優としての振り幅の大きさには確かにオドロく。

映画ののっけから濃厚な濡れ場が始まるので、まだ充分にエンジンの温まっていない客席は思わず固唾を呑んでしまうが、それは銀幕で繰り広げられるセックスが自然体で誇張が少なく、余りにも生々しいからだと思う。「そこまでやるか」は即ち「そこまで見せるか」であって(それは単に露出度だけの問題ではない)、確かに旬の女優が挑む領域を越えていると思う。

今の日本だと石井隆望月六郎に身を任せるとほぼ同等の「体当たり」を求められるかな。
処でチョン・ドヨンが掴み損ねた提灯は、韓国では何か意味がある事なのか。
ロビィに置かれた映画のパンフレットや、新聞の切抜きを読むも結局判明せず。

この項、続く。


 嗤う伊右衛門  2004/2/22(Su)その3


16時の回、20分前に到着すると「只今、お立ち見になります」と無慈悲な回答。
一旦は家に帰りかけたが、次回以降の観賞計画上、紀伊国屋で2時間程潰して(簡単に潰せる)19時の回で再チャレンジ。入場してみて、劇場の小ささに驚く。完全にミニシアターの箱である。今回も立ち見がちらほら。

「嗤う伊右衛門 ETERNAL LOVE (2003・日/蜷川幸雄)」 新宿文化シネマ
まず「ETERNAL LOVE」のサブタイトルが全く余計。
純愛路線を打ち出したい製作側の意図は分かるが、これを見て劇場に赴く客が居るとは思えない。

京極夏彦の作品は必ず物の怪を扱い乍ら、決して物の怪そのものが登場する事はない(むしろ物の怪を具現化たらしむる、人の心を巣食う魔そのものが綾なす因果譚としての劇作に憑かれている──スタイルとしては江戸川・横溝ラインの耽美系探偵小説が最も近い)のだが、京極作品未読なひとはホラーとして本作を観に来るかもしれないが、この作品に「着信アリ」みたいな不条理系の恐怖を求めると失望させられる(尤も伝統的な怪談映画の体裁を整えてある処は好ましい。特に朽ち果てた民谷邸のくだりは怪談映画の顛末ならではでちょっと嬉しい)。

実は僕もこの原作は未読なので、成程こういう話でしたかと感心したり。
京極の着想の手始めには中川信夫「東海道四谷怪談(1959)」があったと疑わないのだけれど(で、その後書かれた「覗き小平次」「怪異談 生きてゐる小平次(1982)」にインスパイアされたんだろうと勝手に想像する)、実は中川怪談に於ける物の怪もまた餓鬼道に堕ちた咎人たちに罪の意識が見せる幻に他ならないのですね。最后に一縷残された伊右衛門(天知茂)の人間性が岩(若杉嘉津子)の亡霊に悩まされて錯乱し、妻の梅(池内淳子)も直助(江見俊太郎)も斬殺した挙句、遂には殺し損ねた与茂七(中村竜三郎)らに討伐されてしまう、これ皆、因果応報というヤツである。

本作は中川版「東海道四谷怪談」を大いに換骨奪胎した野心作と見た(以下、ネタばれ上等)。

京極、そして蜷川監督は東海道四谷怪談を伊右衛門(唐沢寿明)と岩(小雪)の夫唱婦随の物語に置き換え(各登場人物は名前のみの拝借で相関図は書き改められている)、伊藤喜兵衛(椎名桔平)の謀略により、この世では決して添い遂げる事叶わぬふたりが、さまざまにまとわりつく現世の因果を断ち切り、あの世で結ばれる「東海道四谷心中」とも云うべき物語を紡ぎ出した。

中川版で岩の亡霊に悩まされる伊右衛門は、蜷川版では、自分と岩を引き離した極悪人・伊藤(劇中、直接描かれる事はないが、岩の顔を汚した疱瘡も彼の仕業である事が匂わされている)への復讐鬼としてリボーン。母である前に女の幸福を選び、我が子を殺めたお梅(松尾玲央)を、我が子の仇討ちとして斬り捨てた後、伊藤の下腹を裂いた挙句、父の切腹をフラッシュバックさせつつ、介錯してやつがれの馘をはねあげ(その前に直助(池内博之)は伊藤の餌食になる訳だが)復讐を完遂する。こうして検証してゆくとこの話、セルフ必殺仕事人になっている事に気付く。それにしても、逆上した岩に撲殺されてしまう宅悦(六平直政)は、気のいい人物として描かれているだけに余りに気の毒である。

総じて良く出来た映画だが、ラストで民谷邸跡を俯瞰で眺めると現代の四谷になるという蜷川解釈のけれん(個人的に今更感あり)は、岩の意図的な女性像(個人的には、怒れる「虫愛づる姫」といった印象。現代女性として描くという意味で小雪のキャスティングには得心)含め、大いなる野心は買うが、所詮は後発の口惜しさ、中川版の歌舞伎には及ばず。

役者往来。

本作の語り部、又市(香川照之)の観客の代弁者としての距離感、宅悦(六平直政)の過剰な露出度(ひょっとして「どすこい(仮)」へのオマージュですか)、近年のパブリックイメージをかなぐり捨て果敢にも汚れ役に挑んだ藤村志保(尤も、彼女が若い頃の大映映画はもっと過激であった)、石井作品以来久々にギラギラしたアンチヒーローを披露した椎名桔平、そして忘れちゃいけない唐沢寿明のクール・ガイ振り(本当のあのひとは水芸のひとなのだが・笑)。池内博之の直助はかなり頑張っているのだが、滑舌にやや難あり(尤もこの映画は台詞回しが難しいからなあ)。

処で、気になったのがお梅(松尾玲央)の描き方。
先に書いたように、彼女は母親よりも女を採った業の深い女性として描かれるが(心から慕う伊右衛門に指一本触れてもらえぬ彼女もまた不幸のひとなのだが)、どうもていのいい乳出し要員の疑念が払拭出来なかったり。枯れ山水の庭で伊藤に陵辱されるシーンはまだそれなりに必然を感じるが(尤も脱がせ方にはかなり無理がある)、伊右衛門に斬られる際に、刀の最初の一振りで上半身裸になってしまうあたりはあなた、「トラック野郎」シリーズで桃さん(菅原文太)の一番星号が走り過ぎた後に何故か乳がこぼれて悲鳴を上げるあき竹城の婦人警官と何ら変わらんではないか。
ま、乳出しそのものを映画の必然と云われれば「時間ですよ」だって銭湯ドラマの必然な訳で。
(そ、そんなんで本当にいいんですか)
ひどく分かりにくいが、asuka & 輪月映美の路上ライヴ 本当ならそのままテアトル新宿でやっている「恋する幼虫(2003・日)」のレイトショウに雪崩れ込むつもりだったが、体力と気力と財力が続かず、あえなく帰宅する事に。

今宵もまた、新宿東南口(ルミネ2方面)ではインディーズ系アーティストの路上ライヴと群がる人だかり(勿論、この手の路上ライヴは無許可のゲリラライヴなので時には警察のご厄介にもなる事もあるらしい)。

キーボードを弾き語りする、asukaという癒し系女性アーティストと、サポートメンバーのバイオリン奏者(輪月映美)の二人組。今日発売のCDシングルの路上売りらしかった(ご本人の日記を読む限りでは16時から3ステージこなしたらしい)。
暫し、足を止めて「君は君でいて」等、2曲程聴く。
キーボードとバイオリンのアンサンブルもなかなかいいものですね。


 ユーハイム「丸ビルショート」  2004/2/22(Su)


妻が「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(2003・米ニュージーランド)」を観に行ったので、行きがかり上、一日の大半を悠都と過ごす。朝昼一緒のご飯をこさえて食べさせた後、午後は寝て過ごすつもりだったが、悠都が外で遊びたいとせがむので(まあ、コドモとしてはそうだね)、妻が帰ってくるのは16時頃だし、ふと丸ビルに行く事を思い立つ。

暮れから愛読している村山なおこ+スイーツ探偵団「スイーツの定番」(プレジデント社)という本がある。
この本は、所謂、乾きモノではない洋菓子スウィーツをショートケーキ、シュークリーム、チーズケーキ、チョコレートケーキ、プリン、モンブラン、ロールケーキ、マドレーヌの8ジャンルに分け、それぞれについてスタンダードからニューウェイブまで主に東京、神奈川、関東近郊のパティスリーを中心に(とは云え、時には福岡のお店や大分の「菊家」のロールケーキまで選ばれていて吃驚する)厳選・写真入りで解説したスウィーツ名鑑である。

全く目の毒な本なのだが、いつか食べてやると大志を抱く憧れのスウィーツも多く(キャトル柿の木坂「うふプリン」も何を隠そう、その中のひとつであった)、ページを開いてまず最初に食べたいと思ったケーキが、実はユーハイム・ディー・マイスター丸ビル店にだけ置いてある、丸の内ビルの外観を模したという高さが15cm(!)もある苺ショートケーキ「丸ビルショート」なのであった。

ユーハイム・ディー・マイスター丸ビル店 最高気温21.5度。丁度GW頃の陽気とあって、晴天なのはいいのだが、風速10m以上はありそうな春一番の突風が吹き荒れ、悠都が吹き飛ばされないように、しっかり手を繋いで歩く。本当は普段のように東西線で行きたかったのだが、車窓好きの息子に阻まれて(地下鉄は窓の外が真っ暗で楽しくないのだそうだ)都営バスで、東京駅日本橋口まで行って、駅構内を突っ切って、お目当ての丸の内ビルを目指す。

話は横道にそれるが、丸の内南口に「東京食堂セントラルミクニズ」なる店を発見。
特に「回転寿司 三九ニ」に目が点になる。「三國」「回転寿司」を掛け合わせますか。回転寿司を名乗り乍ら、供されるのは「元祖・フォアグラちらしずし(¥750)」に「豪州クイーンズランドの大地で育った“ぶどう牛”とはりはり菜のしゃぶしゃぶサラダ 自家製さわやか山葵風味のドレッシングで(¥850)」「フォアグラと有機野菜のロッシーニ風、元祖”バルサミコ”仕立て(¥950)」ですよ。おそるべし、三國清三。いつかボーナスの日につまみに行ってやる。

実は勤め人としては大手町の住人であり乍ら、丸ビルに入るのはこれが初めて。
どれどれと胸を高鳴らせて(というのはオーバーだが)B1Fに降りれば、いきなり眼前にユーハイム・ディー・マイスターの上品な赤い看板が飛び込んでくる。此処はドイツのデザイナーを導入し、パティスリーだけでなく、パンや惣菜部門まで設けた総合的なマイスターショップの1号店で、コンシェルジュの居るギフト・サロンまである。

パティスリーのショウケースを覗くと、さすがは日曜日、普段なら林立して摩天楼と化しているらしい「丸ビルショート」の区画には残す処、3ピースだったので、慌てて2ピースゲット。ちなみに1ピース420円。「スイーツの定番」には500円とあったが値下げしたのだろうか。

もうひとつ悠都用に「ブレーメンの音楽隊 BREMER STADTMUSIKANTEN」(480円)なるオペラ系創作ケーキ。
これは「2003-2004 AUTUMN-WINTER COLLECTION ユーハイム&ペーター・シュミット、コラボレーションケーキコレクション【グリム兄弟】」の中の1作品(全く能書きのように長い名前である)。ちなみに「洋酒不使用」と断ってあった。
グリム兄弟の童話をモチーフに、ドイツ人デザイナー、ピーター・シュミットがスケッチを描き、マイスター安藤がお菓子に作りあげた、見て、味わって楽しめるコラボレーションケーキ。物語に初めて出会うお子様から、大人の方まで、ドイツのメルヒェンの世界を存分にお楽しみください。
ブレーメンの音楽隊 ─BREMER STADTMUSIKANTEN。パウダーシュガーがつくる光と影 悠都はかわいいキャラもののお菓子を「可哀想」という理由で食べられないという困ったヤツなので(たとえば「ひよこ」なんか絶対口に出来ない)動物たちがシルエットになっていて、比較的感情移入しにくいと思われるデザインの「ブレーメンの音楽隊」を選び、且つ動物は食べずに冷蔵庫で永久保存するからとそそのかして買う。──やれやれ。

興味深かったのがケーキの梱包で、此処のケーキはヌーベルキュイジーヌの如く上へ上へと伸びたデザインが多いので(「丸ビルショート」はその典型ですね)普通に詰めたのでは持ち帰りの途中で倒壊騒ぎに遭うのは必定である。よって、ケーキの載った皿を組み立て式のプロテクターで固定し、ケーキボックスの隙間を無くすという作業を行う。スタッフのおねえさんが、右手にワーク用の薄手の手袋を着用して、神妙な表情で箱詰めする有様が、宝石の鑑定士が高価な石をいとおしむように扱っているようでひどく恰好良かった。
これも「見せる」サーヴの一種と云ってもいいかもしれない。

帰りも都営バス。それはいいが、バス停に向かう道すがら、突風にケーキの紙袋を持っていかれそうになって大いに肝を冷やす。少なくとも、瞬間、ケーキボックスが思いっきり斜めに傾いだ訳で、帰って箱を開けてみるまでは箱の中のタワーリングインフェルノを想像して気が気ではなかったが、どうやらスティーヴ・マックウィーンが活躍してくれたらしく、ケーキ本体が皿の端っこに寄ってはいたものの、どうにか倒壊だけは免れていた。春一番なんか大キライである。

「丸ビルショート」は箱の中で、かくの如くプロテクトされている。右端にちらっと見えているのは「ブレーメンの音楽隊」のイヌ、ネコ、ニワトリ 「丸ビルショート」を上から臨む。トッピングはスポンジ。屋根に散らばった赤い粒々はドライストロベリーを砕いたものだと思われる 高さ15cmの威容を誇る「丸ビルショート」全景

妻の帰りを待って、早速珈琲を沸かしてもらう。

「ブレーメンの音楽隊」の年老いたロバ、イヌ、ネコ、ニワトリ 我が家の皿に載せてみて、改めて15cmのその高さを思い知る。
下から順にスポンジ層、苺ジャムのコーティングを挟んで、7cmはある苺と生クリームの層(苺は四等分された断面が各コーナーに来るように配され、実は中央にも先端を上に向けた巨大な苺が丸ごと隠れている)、再びスポンジ層、粒々に砕いた苺果肉入り苺クリーム層、スポンジ層、そして生クリームコーティングした最上階にはポイントとしてクリームとちぎったふわふわスポンジのトッピング、更に細かく砕いたドライストロベリーを振りかけてある。

倒壊させずに食べるには上から順番に食べ進むのが肝要。
いやあ、見た目を決して裏切らぬヴォリューム感。
上層部の苺クリームがかなり苺の酸味が強いので(フレッシュな苺とフリーズドライの苺と両方混ぜて使っているのではないか)、その後にずずーんと待ち受ける重厚な生クリームの前菜的な味わいが良いアクセントになっていて、構成的な工夫も伺える一品。

最初、悠都は「ブレーメンの音楽隊」のトッピングの動物たちを外して、脇に置いてから食べ進んでいたが、ココアスポンジとチョコ生クリームの波状攻撃に当てられたか「僕、動物食べてみるよ」と宣い、あっさり食べてしまった。
勿論、幼児にはヴォリュームが過ぎるので適当な処で切り上げさせて「残りは明日ね」と因果を含める。

夕方、東京に来て初めて散髪に行く。およそ5ヶ月振りに髪を切る。
北九州で通ってたお店が非常に気に入っていたので、店を変えるのに気乗りしなかったのだ。
そんな事もあって最初に選んだのは、マンションから徒歩2分先にある、おじいちゃんと息子さんがやっている父子鷹ならぬ父子床。此処は40代の息子さんが髪をいじってくれた後、おじいちゃんが洗髪と髭をあたって仕上げてくれる。

どう若く見積もっても70半ばは過ぎていそうなおじいちゃんだけに顔をあたってもらうのはかなり勇気が要ったが(イッセー尾形の「アトムおぢさん」みたいに痰と格闘しているのも気になった)、いざ剃刀が顔の上を滑り始めてみると余りの気持ちよさに思わず寝そうになってしまった。おじいちゃんの大きく曲がった背中も半世紀以上前屈みの仕事を続けたが故の勲章みたいなものだと強く納得する。値段は1000円程高かったが江東区だし。すっかり頭が軽くなりました。


 小樽ルタオ「ドゥーブル フロマージュ」  2004/2/26(Th)


朝、めざましTVで観た若村麻由美結婚のニュースにショックを受ける。

何ゆえ安孫子作画キャラなご主人と…。憶測するなと云うのが無理なカップルだが、兎に角コメントしにくいな、おい。
尤も、若村さんの「N響アワー」に於ける池辺晋一郎さばき(あしらいとも云う)は非常に気に入ってるんだが。
しかし、おじさまキラー(主にイケシン先生だが…ちなみに長塚京三扮する大学教授の人生をメチャクチャにする「オレアナ」の初演は彼女が女子大生役であった)が私生活でもおじさまをキルするとは…余りにもそのまま過ぎます。

大丸ウィークリースウィーツは小樽ルタオだ 本気でひっさびさに大丸が開いてるうちに退社出来たので、デパ地下スウィーツへいそいそと顔を出すと、ウィークリースウィーツで呼ばれている(2月22日〜3月2日)のが丁度小樽洋菓子舗「ルタオ(LeTAO)」であった(しかし「小樽」だから「ルタオ」だと云うのは、伊東四朗の事務所が「オルテ企画」みたいなものか)。

此処が開店以来「売り」にしている定番チーズケーキ「ドゥーブル フロマージュ」の評判はそこかしこで聞かされていたのと──「ドゥーブル フロマージュ」お店のサイトからネット購入出来る。送料は全国一律800円!(通販好きの妻は当然知っていた)──売り場の前でおねえさんがドゥーブル フロマージュを1ホール、プラスティックのスプーンで一口ぶん削った試食を配っていたのだが、これが舌の上で夢のようにとろけた。で、思わず直径12cmのいささか小振りな割にちょっぴり高価めなホール(1,200円)を即買いしてしまう。

ドゥーブル フロマージュとはまたそのまんまな名前だが、此処のチーズケーキはベイクド・クリームチーズとマスカルポーネのレアチーズの二層構造。解凍が完全ではなかったか、多少シャーベットな食感なのと(試食したケーキはそうでもなかったので)凍っていたせいでスプーンが通りにくかったが、妻子共、魂からの「これ、美味しい」を連発していたので今夜のチョイスは成功だったようだ。……ちゅうか、ホントウに旨いんだよ、これ。

鱒寿司でも入っていそうだが、 蓋を取って、蝋紙を開けると中にはほらこの通り 表面のスポンジクラムが愛らしい、これぞドゥーブル フロマージュ 断面を見るとベイクド・クリームチーズとマスカルポーネのレアチーズの二層になっているのが分かる

ポイントはティラミスを美味しくする魔法のチーズ、マスカルポーネか。これだけ濃厚ならホールが小振りなのも合点が行く。妻は次にチーズケーキを作る時には、自分もマスカルポーネを入れようと心に誓ったようだ。
表面がパウダースノーを篩いにかけたようなスポンジクラムで覆われているのも「小樽」な仕様でいい(謎)。
でも、これは一度通販してでも、自分の舌が喜ぶ瞬間を確かめていただきたい。

処で、我が家ではいつも淹れたてのコーヒーにミルクを足すのだが(息子はミルクそのものを飲んでいる)、妻が用意していた牛乳が偶然にも「小樽工場発こだわり3.8牛乳」という西手新九郎。残り半分は週末のおめざに取っとこう。


 ケイナ  2004/2/28(Sa)その3


シンポジウムと上映の間が10分程度しかないので、展示場へ流れられず。
此処は潔く諦めて映画に専念する事にする。
開場するも5〜6割の入り。作品の知名度的にはこんなものか。
或いはシンポジウム聴講組は展示の方へ流れたのかもしれない。

「ケイナ KAENA THE PROPHECY (2002・仏/クリス・デラポルト&パスカル・ピノン)」 東京都写真美術館
3月6日にオープンするK's cinema(ケイズシネマ)の栄えある第一回上映作品。
まさに瓢箪から駒でした(そもそも作品の存在自体、今日知ったんだもの)。

で、感想だが──いやあ、金払って観なくて良かったよ。
アニメーション部門の最優秀でも優秀でもなくて、推薦作の推薦作たる所以である。

簡単に云うと、フランク・オズ&ジム・ヘンソン「ダーク・クリスタル(1983)」をフルCGでやってしまった映画。かの映画の素晴らしさはひとえに「見た事のない世界を体験させる」事にあり、本作も異生態系を提示し、世界は第四タレス星とアストリア星とを結ぶ巨大な樹木アクシスとして存在し(其処には居住層毎に仕切られた種のヒエラルキーも見え隠れする)、植物に寄生してワームを放牧するアリのような暮らしを営むミドル・ピープルといい、彼らを搾取する先住の「ガイア神」セレナイツ、アストリア星に遭難した事でアクシスを創造した「知的生命体」賢者オーパスリチャード・ハリス)といい、観客の前に新世界を提示すべくシャーマン・プロダクションズが払った天地創造の努力は認める。それなりには認める。

でも、この新世界は余りにジブリ映画で受けた《センス・オブ・ワンダー》が多すぎる。僕ら日本人が「ライオンキング」の背景に「ジャングル大帝」を意識せずに楽しむことが難しいように、映画に没入しようとすると、「ナウシカ」「ラピュタ」「もののけ姫」の名シーンがその邪魔をする。

僕はオリジナル至上主義でも、ましてやジブリ至上主義などでは決してない。当の宮崎駿ご本人が、フライシャー「スーパーマン」第2話で宝石店を襲ったメカニカルモンスターを「さらば、愛しきルパンよ」のラムダに換骨奪胎して遂には「ラピュタ」に到ることなど100も承知だ。オーニソプターだって宮崎オリジナルなどでは決してない。そして、世に真正のオリジナルなど存在しない事を重々承知していると同時に、オマージュと剽窃とリスペクトと本家取りとパクリの違いなど実はよく分かっていない。

ただマスプロダクトの視点に立つ場合(沢山のカネが右から左に動く映画製作はまさにこれにあたると思う。ちなみに本作品の総制作費は35,000,000ドルである)、既に世間的(此処では一部のマニアの間、とかファンの間、とかを意味しない)に広く認知されたイメージを再生産されるのを観るのはかなりツラい(マニアウケするネタ(例えば上記のラムダ元ネタ)の場合、逆にマニアの自尊心をくすぐったりする…そりゃ勿論腹を立てるひともいるだろうが)。

昔の日記でまだベストセラーになる前の片山恭一「世界の中心で愛をさけぶ」をそのタイトルだけで痛罵した事があるが(後付の知識だが、どうもタイトルをつけたのは編集者らしい)、よそで充分にウケたネタを商売として戦略的に使われると虫唾が走るのである(僕が村上隆をキライな理由もほぼこのあたりに帰結する)。勿論、これは僕の個人的主観なので、「戦略的で何が悪い」という意見を否定はしない。単に生理的に不快なだけである。

話がすっかり「ケイナ」からそれてしまったが(ちなみに作中では「ケイナ」ではなく「カイーナ」と呼ばれている。)、だからこの映画を断罪したいというのではない。作品世界中に宿る宮崎ファンタジーをどう評価するかは本作を観た個々人の自由である。気に入らなかった観客たちは映画から淘汰され、そんな客が大多数を占めれば、今度は映画自身が淘汰される、それだけの事だ。

で、そんな風に物語に乗れないと、主人公のケイナ(キルステン・ダンスト)のヒロイン像まで見ちゃいられなくなるから不思議だ。ハル・ベリー似で、精悍且つ無鉄砲な女の子なのだが、搾取される側だからカラードに描いたのかとかつい悪い方にばかり受け取ってしまう。世界に隠された秘密とやらも製作にナムコが拘っているからRPG的なのか、宮崎ワナビーだから「ナウシカ」的なのか。

総じて今更、という作品ですね。
閉館まで残り30分、せめてシンポジウムに出席した2アーティストの作品だけでも体感せねばと気はあせるが、せめて参加者が持っている豪華カタログだけは手に入れなければとミュージアムショップに飛び込むが見当たらず。
一体何処に売っているのだ…と思ったら、実は展示フロア受付で無料配布していた。
こ、これを無料配布出来ちゃうとは、さても官庁のお大尽な事よ。

お店の一画は明和電機のコーナーになっていて、後ろ髪引かれるグッズが満載であった。
これは次回来館時もショップを物色せねば。

この項、続く。


 Bloomberg ICE とラメット ベリーノ  2004/2/29(Su)


午後、門前仲町のモスバーガーに販売終了間際の春待ちダイコンを食べに行く。
和風ドミグラスとふろふきダイコンの取り合わせの妙にほくほく(特に「ふろふき」とは解説されていないけど、ゆず風味な処と云い、これはふろふきバーガーと認定しちゃう)。モスバーガーが次に繰り出してくるニューフェイスに期待。

妻子を誘って、そのまま門仲から東西線で大手町へ行き、丸ビルへ遊びに行く。
今日はユーハイムの丸ビルショートはお休みにして、明治屋でクッキーやマロンクリームを幾つか買い込んだり、スウィーツ各店(おお、「C3(シーキューブ)」があるではないか)をそぞろ歩いたりして過ごす。

BloombergICE スクロールダウンしてくる4つのアイコン(右端のアイコンはNEWS)に触れるとゲームが始まる 悠都はヴァリエーションあるインタラクティブ・ゲームに夢中 続けて通りがかりの女の子とビーチバレー。ディスプレイの上の方に得点が出て、ボールを受け止めるたびにカウントアップされる

処で立ち寄ったが最后、悠都がすっかりはまってしまったのが、「Bloomberg ICE」
これはブルームバーグ証券とメディア・アーティスト岩井俊雄のコラボによるインタラクティヴ型情報掲示板である。
ほんの昨日、メディア芸術祭に参加したばかりの身には甚だしいまでの西手新九郎。

ICEとは、Interactive Communication Experienceの略。
ショールームの無人時はグラフィックに工夫を凝らした株価情報を流すLEDディスプレイだが、ショールーム内に人が近寄ると、壁面背部に仕込んだ800個の赤外線センサーが人の気配を察知して、瞬時にタッチパネル式のインタラクティブLEDディスプレイと化す。「Welcome to Bloomberg ICE」のメッセージと共に5つのアイコンがスクロールダウンしてくるのだが、右端の「News」を除くと残りのアイコンは各種ゲームのスタート・トリガーになっていて、選択したゲームが一定時間継続する(きちんと計った訳ではないが、1分。長くとも2〜3分程度)と、人が居る限りは再び「Welcome to Bloomberg ICE」の初期メニューに戻ってスタンバる。

こいつの凄い処は、幼児でも程なく操作やルールが理解出来る事と、老若男女の別なく愉しめる事(尤も「老」に関しては、メディア芸術祭のシンポジウムで聞いたクワクボリョウタ──とりわけ彼の「loopScape」が狙うコンセプトは「Bloomberg ICE」のそれにかなり近いと感じた──の発言と、ウチの母親のニューメディア食わず嫌いとを鑑みるに「よく分からないから」手を出さない世代、のハードルは結構大きい)。
……コドモの頃夢見た「21世紀」を体感するひととき。尤も適当な処で切り上げて、悠都を回収する。

階上の丸善にていとうせいこう「ボタニカル・ライフ─植物生活─」(新潮文庫)文藝春秋三月号を購入。
前者は待ちかねた文庫化(いとうさんのサイトでも読めるが書籍なのがポイント)。後者は、此処10年でおそらく最も知名度の高い芥川賞受賞2作(金原ひとみ「蛇にピアス」綿矢りさ「蹴りたい背中」)一挙掲載誌なので一網打尽にしてJ文学(実はこれらがそう定義できるかどうかはよく分からない)の片鱗を勉強しておこうというスケベ心。あと、宮本輝を始めとする選考委員の選評が読みたかったというのもある。

東西線「門前仲町」で途中下車、妻がネットで好評判だったという「虎(フウ)深川本店」で早目の夕食。

二階の座敷席に通されると、悠都がおうちの中みたいと異様な盛り上がりを見せる。此処は麺系が美味しいとの事だったが、僕は今週の「どっちの料理ショー」で美味しそうだった「黒酢の酢豚」(鎮江黒酢を使用)を、妻は「五目焼きそば」をオーダーする。メニューは全て番号が振られていたが、800番台の料理まであるようだった。欠番がかなりあるとして、この店は今何品の料理をオーダー出来るのか興味ある処ではある。ウェイトレスは全員中国系の女性で、僕らの世話をしてくれたのは倍賞美津子をワイルドにした感じのおばさんであった。

料理写真を撮らなかったのが悔やまれるが、結論から云うと今夜食べた料理は全て美味しかった。
お客さんを接待するのに連れてきたい味。というか、沢山でテーブルを囲んでもっと色々試してみたい。

「黒酢の酢豚」は肉のやわらかさ、歯応え共絶妙なバランス。他の具材は太葱の白い部分とピーマンがたっぷり(人参、玉葱の類は入っていない)。パイナップルが入っていない代わりに、お皿の底には(他の具材と一緒に黒酢で炒めたであろう)オレンジのスライスが花びらのかたちに敷いてあって、上に酢豚本体を盛りつけるという趣向。
で、このオレンジがやわらかくて、黒酢との相性も良くて、意外に旨かった。オレンジというと取り合わせは鴨だとばかり思っていた僕の先入観は思い切り打ち砕かれた。勿論、うれしい裏切りである。
「五目焼きそば」は広東風縮れ麺に八宝菜のあんをかけたもので、野菜や肉も美味しかったが、まずはイカがやわらかくて美味しい。処々焦げ目のついた縮れ麺も非常に好みである。これでおしまいにするのも後ろ髪が引かれたので、追加で「ココナッツ団子、カスタードクリーム入り」を注文する。ほかほかの蒸籠に入って供され、カスタードというよりは黄色餡とココナッツをまぶした団子の組み合わせにしみじみ「これ、美味しいよ」をくどい程繰り返した悠都であった。

帰宅して大河を観た後、昨日「C3(シーキューブ)」で買った「ラメット ベリーノ rametto bellino」でお茶にする。

BloombergICE ラメット ベリーノ(ベリー) 何処からどう見てもステーショナリーである 左からストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー

パッケージのデザインを見る限りではどう見てもこだわりのクレパスか色鉛筆なのだが、実はフルーツベースのチョコレートで、紫系の「ベリー」と黄色系の「シトラス」と2種類あるうちの、これは「ベリー(ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー)」。洗練されているのはデザインだけではない。フルーツを練り込んで自然な酸味と色をつけたホワイトチョコにドライフルーツをクランチ状に散りばめたスティックは食感、味共にハイレベル。3色それぞれがエッジの効いた味なので(妻は中でもブルーベリーがお気に入りらしい)、紅茶にとてもよく合う。このデザインと味の斬新さ、面白さに600円は決して高くない。「シトラス(グレープフルーツ、オレンジ、レモン)」を手に入れる楽しみが出来た。


▼ 2004年01月の都を旅する
▼ 2003年の都を旅する
▼ 2002年の都を旅する
▼ 2000〜2001年の都を旅する
▼ 1999年の都を旅する


Home Amuse Index Rakugo Index Links Index