江東花火大会 / スーツァンレストラン陳 / 「鶴屋吉信」の華華火
おんな仕事人 すみれ・右團治二人会 / リディック / 南の島に雪が降る
VISION AND PIANO LIVE DVD / 西地区うブロック44b / 同人の鑑
と学会容認? / ドリーマーズ / IZO
地球で最後のふたり / 立川流広小路寄席 / シュベーネの時間
洋風食堂ベニヤ / 釣りバカ日誌15 / 華氏911
NIN×NIN
▼ 2004年07月の都を旅する
おめざに昨夜、池袋の「アンリ・シャルパンティエ」で豪気にも(無謀とも云う)一棹買ってきた「一年熟成チーズケーキ」をいただく。「一年熟成」という名前に惹かれたのと(「一年熟成」がケーキにかかっていないこと希望)ピースで買うと400円くらいするのでいっそのこと棹で買ったのだが(1200円)、これは確かに美味しい。さすがは一年熟成、「山崎」って感じ(謎)。名前に踊らされてるのは自覚しているが、この濃厚さはちょっと他では食べられないかも。妻はしきりに「このチーズ何処かで…」と首をひねっていたが、最后まで思い出せなかった模様。こんなもので息子の舌を肥えさせていると、いずれEさんに不届き者と叱られる事必定ですね。
17時頃に家を出て、家族して第23回江東花火大会を観に行く。
妻子は昨夜の隅田川花火大会に続けて2連荘(レンチャン)。
毎晩行っても大丈夫なのは、僕はてっきり「熟年行進曲」だけかと思っていた。
浴衣占有率の高い(妻に云わせると「更にユニクロ浴衣率が高い」らしい)東西線を南砂町で降りて、出口でもらったマンションの団扇をぱたぱたとあおぎ乍ら、炎天下、荒川河川敷に向かう。辻々で屋台が出ているが、どうせ屋台価格に決まっているので無視するが(コンビニでお茶とじゃがりこだけは買っておいた)、そこはそれお祭り気分は盛り上がるというもの。
18時過ぎには河川敷着。
既に見物客と場所取りシートで荒川放水路を中心とした河川敷はほぼほぼ見物客で埋め尽くされていた。
この「ほぼほぼ」が19時過ぎると「ぎゅうぎゅう」へと変わっていく。
陽射しは強かったが、どうせやがて日の入りと、比較的場所取りシートの間隔がスカスカな川べり近くの芝生に、コンビニで買ってきたばかりの親子三人が寛げる丁度良い広さのビニールシートを敷いて準備完了。仮設トイレはそう遠くない処に設営されているが、悠都は神経質だからああいうトイレはたぶん嫌がるからと、妻よりお茶がぶ呑み禁止令発令。打ち上げ台船は僕らが居る場所からほんの150メートル先の地点で、これなら期待も高まるというものだ。川風の涼しさと雲ひとつない青空に涼を取る内、僕らの場所も日陰エリアへ入ってくる。そして夕刻へ。
続々と終結する屋形船の赤提灯。遠くに見えるのは地上に出てきた東京メトロ東西線、更にその向こうに葛西臨海公園の観覧車のイルミネーション。更には葛西橋と、川向こうには首都高の渋滞するテールランプ。呆れる程広い大空を流星群のように間断なく飛行機が行き交い、東京メトロが走り、船が往き、ついには取材のヘリコプターまでやってくる。乗り物好きの悠都にはある意味、此処はユートピアみたいな処である。彼は退屈するいとまもなく飛行機に歓声をあげ、鉄橋を走る電車に溜息をつき、夜景を彩る観覧車のきらめきに胸をときめかせていた。そして遂には、巨大な満月まで!
時折流れる実行委員のおばさんのカウントダウンのアナウンスもなかなか味わい深くてよろし。
途中、ドミノ・ピザのおねえさんがピザを売りにきたので、1枚ゲット。これはなかなか旨い商売ですね。後ほどアイスクリン屋のおやじさんもカウベルをチリンチリン鳴らし乍らやってきた(ウチは子供が居るので、重点的に巡回されてる気配)。ビジネスチャンスはこんな処にこそ転がっている。
此処から殆ど聞き取れない主賓のとめどない挨拶と注意事項のアナウンスに続いて、19:40からいざ打ち上げ。
それから1時間というもの、数万人がいっせいに夜空を見上げて呆けたように3000発の花火を愉しんだのだった。
さんざん楽しませてもらってこんなことを云うのも憚られるのだが、文字や絵のかたちに拡がる花火がやたら沢山見受けられたのだが、彼奴らは爆発する方向によっては観客の想像力と分析力を強いるので(で、困った殊によくわからないのが殆どだったり)、出来れば来年からはもっと減らしていただきたい。始まってすぐ「こ」「う」「と」「う」「は」「な」「び」「た」「い」「か」「い」と順々に打ち上げていったのだが、暫くは謎のSOSにしか見えなかった。その後もリボンや花やハートや土星といったあたりがしつこく打ち出されたのだが、僕のようなロートルにはやっぱり普通の花火を沢山見たい。
一定間隔毎に見せ場としてスターマイン(速射連発)をやってくれるので中だるみはなかったけど。
あと、ここぞという処で打ち上げられるカムロ(球状に開き、長い光跡を残す)は本当に美しかったなあ。
何だか本当に久々に日本の夏を堪能した気がする。
帰りは阿鼻叫喚の荒川放水路脱出劇を終えて(生命の危険を感じました・笑)、暫し駅近くの公園で夕涼み。
公園に電車が置かれている為、悠都がどうしても遊ぶと云って聞かなかったからなんだけど。
終戦直後の混乱期のような鮨詰めの改札を潜り抜け(こんな地下鉄は初めて体験した)無事、帰還。
ふたたび、とっておきの「一年熟成チーズケーキ」を味わってから就寝。
今日から妻の実家犬山へ。
尤も僕はこの土日だけなので明日の夜にはとんぼ返り、妻子は木曜までご厄介になる予定。
悠都にとっては(実は妻にとっても)いい夏休みになる筈。
おとうさんとおかあさんには嵐のような騒ぎになると思うけど。
本当は甥っ子のテツロウくんとも再会したかったが丁度入れ替り。残念。
東京駅構内の「ジュノエスクベーグル・カフェ」でベーグルの朝食。僕はハムエッグ(卵サラダのハム添え)にブラッドオレンジジュース。偶然かもしれないが、僕以外は見事に男性客が居ないオッサレーな店内。オッサレーにも拘らず、悠都が水をひっくり返して妻共々泣きたくなる。スタッフのおねえさんが慌てて飛んできて甲斐々々しくフォローしてくれる。かたじけなし。帰りに、悠都が勇気を振り絞っておねえさんに「ごめんなさい」とあやまっていた。子供の頃は時々こういう勇気を振り絞ってあやまるシーンを経験しておいた方がいいと、大人になった現在しみじみ思う。
尤も、新幹線車内では悠都完全復活。
ひとはそうそう簡単に成長出来るものではありません。
妻が気を利かせてマウンテンビューの席を押さえてくれたが、肝腎の富士山付近で雲が出てきて日本一の山を拝めず。実は僕は富士山を見た確かな記憶は1度しかなかったりする。尤もキリマンジャロを見た事があるからいーもんっなどと憎まれ口を叩くくらいには余り気にしていない。
2時間足らずで名古屋着。
駅構内に知立名物・藤田屋の大あんまきの出店があったので、迷う事無くおやつ用にチーズあんまき購入。
妻が「お昼はあなたの好きな処で」と嬉しい事を云ってくれたので、ツインタワーを昇ってタカシマヤの12Fタワーズプラザは「スーツァンレストラン陳」。鉄人・陳建一のカジュアル・フレンチ/四川料理版みたいなお店で、此処は渋谷セルリアンタワー東急ホテルに次ぐ2店舗目。
土曜のお昼という事もあり、暫く並ぶが、通されたテーブルは窓際の名古屋市内が一望出来る好ポジション。デカデカと大名古屋ビルヂングの文字が名古屋名古屋していていい。
折角なのだから色々食べたいし、と迷わずランチセット(2100円)を二人前。
本日のメニューは以下の通り。
1.蒸し鶏の胡麻ソース サラダ仕立て
2.芝海老のマヨネーズ炒め
3.陳建一の麻婆豆腐
(冬瓜のスープ、ごはん、漬物(ザーサイ))
4.特製マンゴープリン
「陳建一麻婆豆腐店」同様、此処もお代わり自由なのが陳さんのお店らしくて嬉しい(スタッフがフレンドリーなのも四川飯店グループならでは)。おかずとごはんを食べたいひとにはもってこいのセットだと思う。蒸し鶏、芝海老、芝海老と畳み掛けるように味が深い処に潜っていく快感。ただ、三皿目に出てきた「陳建一の芝海老」は陳建一麻婆豆腐店の「B.陳建一麻婆豆腐」ではなく、「A.正宗麻婆豆腐」の最辛なレシピだと思うのだがどうだろう。四川風山椒がばっちりかかっていて、汗を通り越して火を噴き出す辛さ。死にそうになり乍らもやはり美味しいのだった。四川料理はかように奥深い。故に最後にデザートは欠かせない。甘味で着地しない事には、麻にやられた舌が承知をしてくれない(笑)。
帰り際、オープンキッチンからシェフのおにいさんが笑顔で悠都に手を振ってくれた。
実にランチには最適の店なのだが、妻に云わせると麻婆豆腐の辛さはおとうさんおかあさん向きではないとの事。確かに、ウチの両親もこの辛さには耐え切れない気がする。ま、麻婆豆腐を食べなくても、此処は充分に魅力的なお店です。
地下で惣菜を買ってから、パノラマスーパーで妻実家へ。御無沙汰ばかりしているのに、相変わらず僕が気を遣わないですむようなさりげない歓待でもてなしていただく。ありがたし。
夜、ものすごい雷雨になる。山間部のせいもあってかやたら雷の音が近い。
脅えまくる悠都に「ウェルカム・サンダー」だよ(そんなものはない)と教えるが、ずっとテーブルの下で、同じく脅えて潜り込んだ愛犬の前脚を握り締めて天岩戸にお隠れになったままだった。夜半には雨がやむが、犬山の夜は昼間の暑さが嘘のように涼しくなる。朝方の冷え込みはまるで避暑地にいるようだった。
犬山2日目。
特に何処にも出かけず(悠都は明治村に行きたがっていたけど)マターリと過ごさせていただく。
朝のお茶タイムに一昨日東京大丸の地下で買った「鶴屋吉信」の夏季限定羊羹「華華火」をいただく。東京みやげに京都の和菓子もないもんだと思うが、美しくて美味しければ何の問題もないという事で。夏らしく寒天率高めの小倉羊羹に、花火模様が細工された寒天のコーティング仕様。魅力的な意匠もあいまって誠に涼しげなお菓子である。味も老舗らしい確かな美味しさ。花火のいちばん派手な処を誰が食べるかで火花が散るもまたよし(特に散ってないけど)。
16時くらいにおとうさんおかあさんにお別れしてから、悠都が泣いて喜ぶパノラマスーパーの特等席で新名古屋駅まで。
何だか犬山に来る度にこの席に座っている気がするが、今回はパノラマホーンが鳴らなかったのが、妻的には不満らしかった。
定時退社したセトロさんと名古屋駅で落ち合い、独身男性は絶対ひとりでは訪れないからと妻がコーディネートして、北欧紅茶の美味しい「カフェ・ティフィン」で夏コミ販売用既刊会誌の受け渡しなど。シブーストを悠都と共に美味しくいただく。四方山に話を咲かせていたらあっという間に新幹線の時間が来てしまったので慌てて名駅に向かい、単身東京へ。帰路もまたマウンテンビューが無駄になる。
夕食を拵える元気もないので、陳建一麻婆豆腐店で8月限定「青椒牛肉絲(チンジャオロースー)」をご飯をお代わりしてほくほくといただく。
2日続けて陳さんのお世話になってしまいました。
夜、お江戸日本橋亭にて「おんな仕事人 すみれ・右團治二人会」。
(ちなみに妻子は実家総出で木曽川花火大会に出かけたようだ。もはや立派な花火大会マニア)
本当は池袋へ「右団治365球」に行く気で居たら、昼休みに「右團治画報」を確認したらそれは昨日の話だった(大バカ)。しかし、これまたうっかりしていたのだが「おんな仕事人」が今夜、しかも日本橋であったんだと(本当に管理人失格である)気を取り直し、当日の15時半にもなって右團治さんに「予約できます?」と甘えたメールを出して「もちOKです」と快諾してもらう。
退社前にちょっとゴタゴタした為、日本橋亭に着いたのは18時過ぎ。
残念乍ら、前講の神田あやめさんの「人魚の海」はおしまいの2分くらいしか聴けなかった。綺麗なひとなのに(…ぉぃぉぃ)。あやめさんが高座を降りた処で、かぶりつきの指定席につく(会場は8〜9割の入りとたいへん盛況だったのだが、何故だか其処の席だけがぽっかりと空いていた)。
という訳で以下、いつもの如く、備忘録。
神田春陽「越の海の稽古相撲」
「小さな巨人」越の海勇蔵、秋津風や雷電を破る、とんだ稽古デビューの一講。
桂前助「お血脈」
春陽さん、前座にしては語り口の熟練振りに驚く。はらはらさせる処が全くない。
来年2月の二ツ目昇進が決まった前助さんが高座にかけたのは何と「お血脈」。
神田すみれ「夕立勘五郎(三国峠の血の雨)」
てっきり「善光寺の由来」で止めるかと思いきや、五右衛門が成仏するまさかのサゲ迄。
文治師匠直伝か、もしくはやっさんに教わったのだと思うが、なかなか堂々としたもの。
家元が出て来るあたり、分かるひとには最高のくすぐり。玉川スミさんとぬいぐるみのくだりは前助さんオリジナルなのかな。確かに微妙なエピソードだけど。筆頭前座として見つめ続けた楽屋ウォッチングがこういうかたちで料理されるのはとても嬉しい。地噺は演れば演る程演者らしさが育っていく演目でもあるので、少し間を置いてからまた桂前助版「お血脈」を聴いてみたい。
そして、「講談界の雅子さま」すみれさんの登場。
桂右團治「竹の水仙」
雅子さま、お身体を壊しているのでどうかなと思ったんですけれど、これを云わないと夜寝れないので、とひと笑い。
しかし、まさか、すみれさんから前助さん話が出ようとは。しかも上納金ネタまで。
演題は「夕立勘五郎(三国峠の血の雨)」。
去年の夏のこの会から長講「夕立勘五郎」の第一部「さんばら辰」、第二部「師匠高木長十郎の仇討ち」に続く第三部(勿論、今回も未完)。元々講談には連続物が多いとは云え、年に二回のこの会で連続物を演るとは、ソ連の五ヶ年計画のような息の長いプロジェクトである。尤も、それだけ続き物の講談をする場がないという状況があるのだな。
「夕立勘五郎」と云うと、僕は落語のそれしか知らない。
立川談志家元が好んで演るネタだが、僕は古今亭志ん輔師匠の高座で聴いた。
ある田舎訛りのひどい(殆ど日本語ですらない)講談師がくだんの「夕立勘五郎」を一席ぶつというもので、何を云っているんだか分からない事そのものの可笑しみこそが醍醐味のお噺で、ほんの一部というものの、今夜はその大元のネタが聴けたという訳だ。
続き物だけあって、細かい人間関係や因果を把握しきるのは無理だが、スゴい男たちの任侠モノという一点を押さえさえすれば、「三国峠の血の雨」だけ切り出しても全然楽しい。竹槍で突かれて絶命寸前の弟分が、家に残してきた息子を兄貴に託すあたりは、お約束と分かっていてもじぃーんと来るし、やはりこの辺が講談というヤツの勘所なのか。生で聴いてこそのカタルシスである。
続きが気になるひとは一月のこの会を待て、とそういう趣向。
「お江戸キラキラ隊」で観たいなせなライトブルー(新選組仕様とも云う)の羽織。
右團治さん、立ち見のお客に気を遣って「これからが長いですから」と着席を促す。「私の時にはお手洗いで聴かれても構いませんから」って、そりゃ構いますよ(笑)。
「竹の水仙」を聴くのは初めて。存在自体、歌丸師匠のCDタイトルでしか知らなかった。
左甚五郎が身分を隠して一門無しのまま、大津の宿の旅籠に長逗留をしてさんざん呑み喰いして「カネは無い」と居直った挙句(此処らへん「居残り佐平次」みたいだな)、旅籠に水仙の蕾を拵えて大黒柱に飾らせ、参勤交代で大津の宿を通りかかった細川越中守がそれに百両出した事で、甚五郎の正体がバレるという「水戸黄門」ならぬ「裸の大将」のような噺(実際フィクションとしての「裸の大将」も此処からフォーマットを持って来ているんだったりして)。根が正直者な旅籠のオヤジのたたずまいが清々しい一席(百両貰いに行くくだりのびくびくしたさまは「火焔太鼓」を彷彿とさせる)。
今夜の右團治さんはしみじみと良かったなあ。
受け手の空気も作用するのかもしれないが、気負い無くのびのびとした高座。
─ 仲入り ─
桂右團治「代り目」
二席目は薄手の黒紋付。文治師匠の形見ではなさそうだ。
神田すみれ「四谷怪談〜伊藤喜兵衛の死」
(師匠の形見分けの際、衣服類は全てサイズが丁度良かった右團治さんが受け継いだらしい)
出囃子のテープが途切れ途切れになり、客席の失笑を買うが、右團治さんに「これはこの後のすみれ先生がおやりになる怪談のせいかもしれません」と云われると気分が盛り上がってくるから不思議である。
「代り目」は文治師匠の得意噺だったが、僕はついぞ高座を聴く機会を持てなかった。
右團治さんのは勿論、文治師匠直伝。酔った男が女房に啖呵を切るのに「嘘だと思ったら区役所に訊いてこい」…文治師匠ならではの云い廻しを愛弟子・右團治さんの口から聴く心地好さ。こうしてやがて文治師匠らしさが右團治さんらしさに移っていくのだろう。
酔ってさんざん女房にあたり散らした男が、彼女をおでんやに使いに出してから我に返って「本当は女房位いい女はいない」と感謝を延々口にしていたら、実は彼女がまだ出かけていなかったというサゲ。文治師匠も此処迄しか演らなかったらしいが、本当はこの後、男が表を通りがかったうどんやを家に呼んで、うどんも食べずに酒の燗だけさせる話が続く。お使いから帰って話を聞いた女房が気の毒に思ってうどんやを呼ぶものの、すっかり懲りたうどんやが「あそこはいけません。今頃、銚子の『代り目』でしょう」と相手にしないというのが本来のサゲ。サゲがそのまま演題になっている処は「鼻欲しい」と同じである。
軽味がある上に、夫婦の情の部分を強調されていて、と考えると前半で切るこの策略も決して悪くはない。女房に気付いて慌てふためいた後で、軽やかに頭を下げた右團治さんが印象的だった。
今回、チラシに「怪談(おたのしみ)」としかなかった後講はご存知「四谷怪談」。
玄関先で常連さんに挨拶している右團治さんに今夜のお礼を云ってから辞去する。
会場の照明がひとつずつ消えていき(それも手際悪く点いたり消えたりするぎこちなさが却って怪しくていい)、講釈が始まってから決まり悪そうに前助さんが蝋燭を持ってくる。心なしかスキップ気味だったような。一応、昼のうちにお岩稲荷にお客様のぶんまで手を合わせて来たので、もしも祟りがあるとすれば、一緒に行かなかったあやめさんだけだとひと笑い。
以下は全て僕の推測である事をお断りしておく。
(いつか、そのあたりのルーツもかっちり調べてみたいと思う)
本講談「四谷怪談」は鶴屋南北「東海道四谷怪談」ではなく、南北が戯作時に参考にした小説「四谷雑談集(お岩稲荷由来記)」を底本に、別途祟り噺・幽霊噺として分岐していったもの(「四谷雑談集」には幽霊としての岩は直接出て来ない)を口演の寸法に合わせてダイジェスト版にしたものと思われる。
此処では岩は不器量とは云え、疱瘡病みではなくあばた面の醜女に留まっていて、伊右衛門の友人・長右衛門の策略で、夜鷹宿に売られてしまう。夫大事の岩はどんな拷問を受けても夜の仕事を選ばず、夜鷹宿の小間使いとしてこき使われるが、そんなある日、伊藤家の使用人に偶然出会い、真相を聞かされ激怒する(此処らあたりの憤怒の余り、物凄い容貌になるさまは「四谷雑談集」に近い描写が出て来る)。激情にかられるまま駆け出した岩は道端の石に蹴躓き(!)、顔面を強く打ったせいで額を割り、片目が飛び出てしまい、恨み骨髄のまま川に身投げする。本講談では手始めに、自分の娘・花と夫婦にさせる為に岩の放逐を伊右衛門に命じた伊藤喜兵衛を呪い殺すまでが描かれる。鶴屋南北版しか知らないひとには余りの違いに驚く筈だ(何を隠そう、僕がオドロいた)。
いや、ずっと演芸場で本寸法の怪談を聞きたかったのだが、今夜その願いが叶った。
講談が進むにつれ、会場の照明がひとつずつ消え、遂には釈台の百目蝋燭の火のみになる。
(しかも場内の冷房は寒いくらいガンガンに効いている)
すみれさんの手許にはスイッチがあるらしく、怒りにかられた岩のシーンでは下からアオリで青い光がすみれさんの顔を浮かび上がらせ、背中の襖から天井にかけて、すみれさんの巨大な影が蠢くのだがそれが怖いのなんの。病んだ喜兵衛を大小無数の鼠が襲うあたりで、赤い光のアオリに変わり、すみれさんの脇のラジカセから御馴染みの怪談笛太鼓がおどろおどろしく鳴り響く。
使用人直助を見下ろす岩が物凄い形相で呪詛の言葉を吐きかけた処で、すみれさんが蝋燭の火をふっと吹き消した。
会場が真っ暗になった途端、会場の後方から小さな悲鳴と笑いが巻き起こる。
振り返ると、青白く光るお化けの面をかぶった男(春陽さん)が客席を練り歩き乍ら、舞台に向かってくる処だった。
こういうものは一発勝負なので、ネタが割れるとお客の側にも余裕が生まれる。またお化けの側もそんな無茶は出来ないので、客のひとりひとりに光る面を近づけて「お化けです〜」と演っている。徐々に笑いが増えていき、お化けが舞台に上がった処で(残念乍ら僕は脅かしてもらえなかった)闇の中からすみれさんの「ちょっと舞台に上がって来ないでよ!」で大爆笑。場内の照明が一斉について、誠になごやかな中、お開きとなる。
あとで、「お化けにやる気がない」と怒っている客がいたが、本当は怖がりな僕などは最後は気分的に段々とウォームアップしていただけた方が心置きなく帰路に着けるので、これはこれでありだと思いました。半世紀も前のアメリカでは「ギミックの帝王」ことウィリアム・キャッスルがさまざまに幼稚なギミックを映画館に仕掛けてB級ホラーを立体的に観客に供したものだが(でもこのひとは「ローズマリーの赤ちゃん」をプロデュースしたりもしている)、心意気はまさにこういった怪談演出に通じる。
夜どうしても文治師匠の高座が聴きたくなって、CDで「長短」「親子酒」を聴いてもうひと笑いしてから寝る。
今の仕事の都合上、8月にまとまった休みを取る事は出来ないのだが、日々の忙しさはそれ程でもない。
むしろ、関係先が次々お盆休みに入って行くので、仕事自体は意外に楽になっていたり。
そんな訳で残業を要する程切迫した急務もないし、妻子も居ないので、今夜は手近な木場でレイトショウへ行く。
「リディック THE CHRONICLES OF RIDDICK (2004・米/デヴィッド・トゥーヒー)」 109シネマズ木場
デヴィッド・トゥーヒー好きとしては、他の何を置いても観に行かねばならない作品。
しかしネットを見渡す限り、何処でも酷評されている。
これだけ「つまらん」と騒がれていると、いっそ小気味がいい。
「いきあたりばったり」「何処かで観たような話のツギハギ」「寝ちゃいました」「先の読める展開」「観なくても分かるラスト」…これはCMで絶賛したおすぎの罪も多分にあると思うがどうか(笑)。しかし幾ら何でも「観なくても分かるラスト」ってのはないと思うが。ふざけたラストだと腐すならともかく、普通、あのラストは予想出来ないだろう(困ったことに僕はああいうのが大好きだったりする)。
この映画で僕が唯一不満なのはリディックをアンチヒーローと定義していて売っている処位。
声高に悪を謳う程、リディックは悪人として描かれてはいない。「仁義なき戦い」で菅原文太を、「カリオストロの城」でルパンを完全悪だと全面に押し出すようなもので、物語としてリディックが悪であることには何ら必然が無い。無頼で一匹狼で、でも仲間の為には命をも投げ出すヤツで、並外れたタフガイ、本作のリディックから受ける印象からは申し訳ないけれど「悪」の部分がすっぽりと抜け落ちている(処で、ヴィン・ディーゼルって、キムタク弟に似ていない?)。ま、本作のジャンルを無理矢理定義するなら、ピカレスクロマンを取り入れたワイドスクリーン・バロック(の、とば口)とでも云うべきか。これには異論も多々あろうが、ネクロモンガーの教義に深みが無いのと、あくまで個人的事情に重きを置くリディックの行動原理の為、深い哲学を感じさせる作品ではないが、この作品をスペオペで括るのにも妙な抵抗を感じるという事で。
実は「ピッチ・ブラック(2000)」の続篇がハリウッド超大作にスピンオフした事を、僕は不吉ごとと捉えていた。2002年3月の日記で「ビロウ(2002)」を絶賛した際に、トゥーヒー監督はB級枠の中でこそ実力を存分に発揮するといった意味のことを書いた。彼は万人に愛される作品を撮る作家にあらず、好きなひとだけがツボを押され、そうそうと膝を叩かせる作品を撮る名手なのだ(たとえば「ピッチ・ブラック」は、公開時の評判は冴えなかったが、DVD化後、口コミで売上を伸ばしたという経緯がある)。トゥーヒーの作風は古き良きパルプSF、パルプ・ホラーに通じる処にあり(以上は僕の勝手な感想)、云い方は悪いが、ちまちました恐怖やサスペンスが本領の作家に目を瞠るようなバジェットを注ぎ込むのは、如何にヴィン・ディーゼルの肝煎りとは云え、はっきり云ってバクチである。一作は撮らせてもらえても、結果が出せなければ、後が続かない。僕は寧ろ、トゥーヒーの作家としてのキャリアが余計な迂回路を辿るんじゃないかとそちらの方が気がかりだった。
出てきた作品は、誠にトゥーヒーらしいものだった。
惑星クリマトリアのほんのわずかな間隙を突いた脱獄劇(700度で迫り来る夜明け…全くわくわくする設定である)は「ピッチ・ブラック」「ビロウ」を面白くした「密室脱出」モチーフの繰り返しだし、「砂の惑星」との類似を指摘するひとが多いが、僕は寧ろ、彼が企画に拘った「エイリアン3」の残像を色濃く感じる。何処かで観たモチーフをトゥーヒー流に仕立て直す。彼の本懐はこのテーラーの技にこそある。故に「何処かで観たような話のツギハギ」なのは当たり前である。再会した男装の少女ジャックのキーラ(アレクサ・ダヴァロス)との切ないエピソードも年代記(クロニクル)を名乗る上で欠かせないし、キーラの屈折キャラもなかなか捨て難い。イマム(キース・デヴィッド)と云い、前作生存者の消息が嬉しいのもシリーズならではだが(回想シーンで「ピッチ・ブラック」のハイライトシーンが出て来るのもファンサービスの一環か)、前作の知名度的にはいっそ不利だったか。
ネクロモンスターの世界観(特に意匠関係)は確かに萎えるかもしれない。
(「Xライダー」のキングタークを思い出したオイラはおやっさんですかそうですか)
あの蟲使い(笑)やロード・マーシャル(コルム・フィオーレ)の魂抜き取りの術や瞬間移動など絵的にもガジェツト的にも見どころ満載なのに、あの仰々しさはこれまでのトゥーヒー作品とは異質な気がする。パンダメイク毒婦のデイム(タンディ・ニュートン)とヴァーコ(カール・アーバン)の謀略は役者本人たちが黒澤明「蜘蛛の巣城(1957・日)」を観て取り込んだらしいが、まんまシェークスピアだしねえ(「蜘蛛の巣城」自体、マクベスの翻案モノである)。て、それを云っちゃあ、そもそも「スター・ウォーズ」はどうなる。
リディックが我に返って唖然とするラストは、くどいようだが大好きである。
きっと、ナイト・M・シャマラン「ヴィレッジ(2004)」を観た後の5000倍は美味しくご飯が食べられる。ネクロモンガーがクレージーなまでに教条主義・全体主義的故に成立するオチですが、此処で終わられちゃ、次回の展開が気になって気になってしようがない上に、決して「危うし、ライオン仮面」オチではない処が買い。此処がバカ過ぎて軽過ぎるという向きもあるかもしれないが、それがトゥーヒー作品なのだ。
という訳で個人的には十二分に楽しませてもらったが、懸念した通り万人受けする作品ではなかったので(CG全盛の時代、折角、広大なセットを組んでも、クルーの士気はともかく仕上がった作品のスケールが、CGを使ったそれと全然区別がつかないのが哀しい処)、この規模のまま、後が続くか非常に心配である。トゥームズ(ニック・チンランド)のどたばたクリマトリア生還劇とか、エアリオン嫗(ジュディ・デンチ)の次回以降の処遇も気になる(もうちょっと活躍して欲しかったな)。
やはり此処は、ヴィン・ディーゼルが「トリプルX2」「ワイルド・スピード2」(製作されるかどうかは知らない)でさんざん稼いでから、またスタジオを騙してもらう他ない。──て、既に興行成績を投げてるオレって…。
退社後、所用で門前仲町へ行ったのだが、地下鉄の出口でボンボンブラザーズの鏡味繁二郎さんとすれ違う。
富岡八幡宮の傍であった。何だかしあわせな気持ちになる(笑)。
妻子が、実家の犬山から帰宅。
悠都は枕辺で「あー、これが夢で目が醒めたら犬山だったらいいのに」と大きな溜息をついたり、「ハナちゃん(実家の愛犬)と一緒に寝たいんだよォ」と突っ伏して泣き出したりと、これがまたたいへんな愁嘆場であった。彼に云わせるとパパが東京で仕事をしているのが諸悪の根源なのらしい。パパが寂しいと困るから東京に帰ってきたのだというのが息子の云い分。それだけ愛してやまないおじいちゃんおばあちゃんの家があり、仲良しの従兄弟や愛犬がいる──つまり「田舎」があるのは子供の頃の大切な財産である(僕にも大いに心当たりがある)。子供の持つそんな距離感が懐かしくもあり、また羨ましくもあり。
夜、加東大介「南の島に雪が降る」(知恵の森文庫/光文社)読了。
大人になってから夏休みの課題図書を読んでいるような気分だが、これが復刊喜ばしい必読の名著。
名優、故・加東大介が応召された太平洋戦争末期のニューギニアを舞台に、マノクワリに在駐していた日本軍の慰安(実際はそれ以上、彼らの生への切実な拠り所であったと云える)の為に彼が班長となって組織された演芸分隊による「マノクワリ歌舞伎座」顛末記。
本作はあくまで戦地での演劇活動の記録であり(演芸分隊立ち上げ及び運営の涙ぐましいまでの創意工夫たるや劇団版「ロビンソン・クルーソー」もしくは「十五少年漂流記」と云っていい)、作中で加東は決して声高に反戦のメッセージを訴える事は無い。彼は何処までも帝国軍人の一員であり、その視点から彼がマノクワリで体験した死闘と(役者としての)至高の2年半を、七千人余の観客にして戦友と英霊たちへあらん限りの愛と感謝をこめて、演芸分隊としての戦記に書き上げた。文字通り、明日の生命をも知れぬ極限の状況下(飢餓とマラリヤで仲間が死ぬのは日常茶飯事だった)に於ける演芸分隊と観客の泣き笑いのドラマと人物月旦を綴っていけば、即ちそれが何よりこの苛酷な運命に対する怒り、悲しみの標榜になる。大地に雨が染み込んでいくように、僕らの胸にこの物語が染み込んでいく。たとえば、東北出身の瀕死の兵士たちを担架に乗せたまま、雪景色の舞台に上げるシーンがある。
二人とも、重症の栄養失調患者に独特の、黄色い顔である。
少なくとも市井のひとにとっての、あの戦争がどういうものだったかを知るにはこのエピソードひとつでも充分すぎるくらいだと思う。実話のみが持ち得るマイナー・ドラマチックにしてやりきれない重々しさが此処にはある。「社長シリーズ」を撮った松林宗恵監督がさだまさしの「戦友会」という歌に感動して同年代の仲間に配りまくったというエピソードを聞いた事があるが、この本を読むとあの歌の持つ重さを今更乍らに思い知らされる。
それが、タンカに寝かされたまま、手を横に伸ばして、きのう散らした紙の雪を、ソーッといじっていた。
もう力の入らない指先で、つまんでは放し、放してはつまみ、それをノロノロしたスローモーションでくりかえしているのだ。
もう表情は失われていた。
見てはいられなかった。
三角に小さく切った、ただの紙っきれじゃないか。さわったって冷たくはないだろう。手の平のなかで固まりもしなかろう。
「紙じゃねえか。紙じゃねえか」
わたしはわけのわからないことを叫びながら、宿舎へかけもどった。
読後の感動冷めやらぬうちに、名古屋でセトロさんに貰った「南の島に雪が降る(1961/久松静児)」を観賞。
これは、日本映画専門チャンネル「日露戦争百周年特集」で放映された一本で、頼んだわけでもないのにセトロさんが本作をチョイスして持って来てくれたのは、勿論映画自体が傑作だからでもあるけれど、これはまごうことなき西手新九郎。
映画は、伴淳三郎の熱演を始めとする芸達者な共演陣の華やかさも含め、原作の各キャラの思い切った換骨奪胎(たとえば、原作ではひとりの青田上等兵を映画では渥美清と桂小金治に分割してみせている)と各エピソードを上手に組み合わせる事によって100分の短い尺に収めた、さりげない佳作。
元々が群像劇である事と、加東自身語り部な事もあって(本人役として自分を語る照れもあったに相違ない)加東大介自身のキャラがさほど立っていないが(50歳になって33歳の自分を演じているというのもあるし)、それがまた一私人・加藤徳之助の奥床しさと映画そのものへのバランス感覚が感じられる。
負け戦を知るが故に内地に帰してもらえず、飼い殺しのように僻地(「マノクワリ歌舞伎座」から徒歩で片道3〜4日かかる山奥に住まわされている)に追いやられたワルバミ部隊の、あっけらかんと仲間たちの死を語る彼らの諦めの境地に到った明るさ(もはやこれは病と云っていいと思う)は、原作でもひときわ哀切を放っていたが、映画版では此処に元ピアニストのフランキー堺や小林桂樹といったスペシャルなひとたちを配して、上記で掲げた雪景色のクライマックスにリンクさせる。内地を夢見て「瞼の母」上演中にこときれた兵士(田武謙三)の顔の上に紙切れの雪がはらりはらりと降り注ぐシーンの痛ましさは原作とは異なるものの、忘れられないシーンとなった。
妻は映画を観乍ら、しきりに「腹立たしい話だ」と怒っていた。
いや、映画の出来に対してではなく、マノクワリの日本軍が置かれていた惨憺たる状況に対してである。
でも、これがあの戦争というものの本質を突く側面のひとつなのである。
僕らは時々過去を振り返って、こんな風に腹立たしい思いにかられた方がいい。
退社後、上京してきたセトロさんと有楽町で軽く明日の打ち合わせ。
セトロさんは昼のうちにコミケの初日に出かけ、エノモトくんとこれまた軽く打ち合わせた後、冬コミの申込みを手早く済ませてきたらしい(初日は彼的にはさして見るべきブースはなかったそうだ)。今年の冬コミは2日間開催に短縮された事もあって落選確率が非常に高いそうだが、新刊を出す予定もないし、こちらとしては気が楽だ。その後、レイトショウで「マッハ!!!!!!!!!!(2003・タイ)」を観るというセトロさんと木場で別れ(木場で会えば良かった)帰宅。
待望の「TANE TOMOKO VISION AND PIANO LIVE DVD」到着。
予約したのが先月12日、正式発売日の7月30日から発送するというので、どんなに遅くても1週間後には着くだろうと高を括っていたら、2週間かかってしまった(正確には昨日、妻の不在中に一度ブツが届いたらしい)。さすがに事故じゃないかと、今週頭、はるさんに確認のメールを入れた処(彼は「種ともこメーリングリスト」に入っている)「DVDはまだ届いてません。届いてる人もいないようです。なんか、あったんでしょう。」と返ってきたので、ひとまず安心(?)していたのだが、どうやら単純に発送数が多くて「(有)ワイドアンドズーム」の方で、さばききれなかっただけらしい。インディーズ盤ならではっていうか、これが個人事務所家内制手工業の精一杯ってヤツですか。勿論「7月23日までにお申し込み頂いた方の中から抽選で100名様にプレゼント」される“種ともこオリジナルポストカード”の同梱はなし。…くっそう。
種ちゃんの処でさえこうなんだから、加藤さんの自宅が事務所になっているクレヨン社「誰にだって朝陽は昇る」(9月4日発売)の発送作業なんか更に熾烈を極めるんだろうなあ。なのに、まだ予約を入れていないオレって…単なる怖いもの知らず。
明日はコミケだが、子供が寝静まってから、早速くだんのDVDを観賞する。
元々2時間弱あったライヴを、種ちゃんのインタビューを交えて50分そこそこに再構成。最初に自宅の仕事部屋らしき処で曲想を練るシーンが出て来るのは買いだが、全体的な印象は「わ、短っ」。「ブルーライト・ヨコハマ」や「お茶の間でDANCE」はイントロが素材として使われてたりするが、昔の種ちゃんらしいポップなナンバーは息をひそめ(ていうか1曲も拾われていない…確かに「It Must Be Love」の立ち位置は微妙だけどさ)、徹頭徹尾バラッドばかりを聴かせる作品になっている。素材をあるだけ放出するのではなく、如何に削ってチョイスして、現在の「種ともこ」を出すかという処か。でもね、いまどき税抜4500円(送料700円含まず)で勝負するのなら、コンパクトにクールさで決めるよりじゃんじゃん今の種ちゃんの歌声を聴きたいのが一ファンとしてのいつわらざる本音。せめて「チャリンコ」位、製作秘話トーク付(ライヴ会場のヤツ)で入れて欲しかったなあ。
あと折角のDVDなのだから、チャプター機能以外に歌詞表示くらいつけて欲しかった。
リーフレットにも「伝説」の歌詞カードしかつけていなかったし。
それともオレが気付いていないだけだったりして。
それでも、ボーナストラックで入ってた撮り下ろしプロモ映像(と云っても野っ原を種ちゃんが歩いているだけなんだが)付「伝説」は3回繰り返して聴いた。確かにいい歌だ。でも、この歌を光らせるには(まだ見ぬ)次のアルバムを構成する他の楽曲が如何に賑やかにてんでばらばらかになるかにかかっている。という訳で、種ちゃんの新たなるステージに幸多かれ。
冬コミ65に引続き、夏コミ66売り子篇。
(嗚呼、九州時代はコミケなんて自分から最も縁遠いものだと思ってたのに…)
暮れに学習して肌で覚えた「門前仲町」発「海01」都営バス・ルート。
当日、余りの荷物の重さにセトロさんが地下鉄一本遅らせてしまったり、休日ダイヤ運行になっていたり(尤も、コミケ対策で東京ビッグサイト直行便が増発されていた)、バスに乗るまでははらはらしたものの、どうにかふたりとも着席して8:40前には現地着。いささか階段上り口を求めて彷徨したものの、りんかい線ルートからの「バターン死の行進」な行列徒歩路を横目に、エノモトくんと合流(て、会誌最新号のプロモーションを流す為のノートを受け取るだけだが。あ、熊本土産の焼酎もなかを貰った。後で、両隣の皆さんにお裾分け)、売り場ブースの設営は、100円ショップで買ったミニテーブルを組み立てて、持ってきた70冊弱の新旧会誌を並べてポスターを飾って、お釣り関係を準備すればあっという間に終了。
冬の東館から、この夏は手狭な(つったって広い)西館へ。
セトロさんに云わせると、客を呼べないSF関係はどんどん分が悪くなっていくらしい。
冬には大トリである3日目から、中日である2日目に移動し、そして夏は西へ追いやられ。
真偽の程は知らないが、確かにこの一帯は古株が多いぶん、空気が淀んでいるのも確か(笑)。
それにしても会場内は巨大な蒸籠状態。じわりじわり脱水していく新手のアウシュビッツだ。
あまりの暑さに売店へ水分補給へ行くが、呑んだぶんがそのまま汗になって出て行く感じ。
そうこうしているうちに、井上陽水「夢の中へ」が流れて10:00開場。
ドアが開け放たれてもやっぱり暑い。
人の大きな流れは隔絶されたエリアだが、それでも徐々に好事家が訪れ、ぼちぼちとはけていく。
今回、会誌14号(最新号)は廉価版(300円)と、本文の写真・図版をカラーにした特別版(600円)の2種類を用意。特にこれだけの情報・テキスト量で300円というのはかなり頑張っていると思う(然し、情報量をコスト換算するのは古いヲタに属するらしい)。カラー版600円もセトロさんに云わせると採算ギリギリの線とのこと。ま、もともと儲けるつもりは殆どない訳だが。けど、倍額にも拘らず、カラー版から売り切れたのは意外だった。5冊しか拵えてなかったんだけどさ。
客が薄いうちに好きな処廻ってきていいよとセトロさんから1時間限定でお許しが出たので東館へ。
コスプレ広場はパスして(観たくないとは云わないが、ギャラリーの人混みのつゆだくにまみれてまで、行列こさえたいとは思わない)、10億光年離れた東館に息絶え絶えで辿り着く。て、遠すぎるよ。
冬と同じく、役者方面・特撮方面を重点的にチェック。
N嶋さんご用達の「岸田森」関係は、以前出したコピー本2冊を合本・オフセット化したという六月小劇場「大学への岸田森」をゲット。冬に比べると余り濃い本ではありませんが、「岸田森」愛は感じられる。ただ、岸田森・悠木千帆夫婦漫才台本なんか掲載されても。他に「キャシャーン」に触発されたらしい「大滝秀治」本があって、表紙のイラストもなかなかそそるものがあったのだが、中身が余りにも薄かった…。先にも書いたが古いヲタは情報量を重視するきらいがあるので、単に愛があるだけでは食指は動かないのである。
あと、今年はウォーターボーイズ本が隆盛を極めてましたね。「古畑任三郎 VS SMAP」をもじった「古畑任三郎 VS WATERBOYS」にはかなりキたんですけど。中見てないんで、ボーイズだったか純粋なパロディだったかは謎。
開田ブースはひやかし専門で、今回は開田夫妻の尊顔を拝すに留める。
前回の「特撮が来た!」まだ読み終わっていないし。
特撮系それもオヤジ臭いエリアに分け入る程、同人誌の内容が恐ろしく濃くなっていく。
1時間じゃとても回れないじゃないかよう(しかも僕自身がオヤジな為、もう一度来る気力がない)と、目の前に置かれたお宝の多くをみすみす見逃しつつ、ウルトラ本2冊をゲット。結論から云うと1冊あたり、1冊はずれだったのだが、「あたり」が甚だしくあたりだったので、それはそのうち此処で紹介したい。
ブースに戻ると、会誌は着々と売れ続けており、セトロさんは上機嫌だった。
売り子交代したあとも会誌は売れ続け(但し、やはり女性客が少ない。エリアが変われば、津波のように腐女子が押し寄せているというのに)、最終的に全68冊中、45冊が売れたのはウチのような弱小サークルにしてはまずまず上出来の部類だったと思う。午後は既に戦意(購買意欲)喪失していたものの、鉄ヲタの息子の為に西館を巡回。ネットでしか知らないひとが居たり、色々楽しむが結局一冊も購入せず。鉄ヲタ・エリアで名鉄パノラマスーパー・シミュレーションのDVD−R(パノラマホーン鳴らし放題)を見つけたので妻に電話するが、息子にはそんな贅沢品は早すぎると却下される。しかしこのエリアにいる女性は何故か皆さん年齢層が高いなあ。
殆ど16時すれすれまで粘ってから「夢の中へ」に追い出されるように後片付け。
東京湾花火大会の渋滞始めにぶつかるも、どうにか無事に18時頃「門前仲町」到着。
出かける支度をして待っていたという妻子も呼んで「虎(FUU)深川本店」で軽く打ち上げ。相変わらずどれもこれも美味しかったのだが、特にチャーハンのフカヒレあんかけは絶品。妻が来る前に食べ終えてしまったので、思わずもう一回頼んでしまいました。最后に頼んだ高菜入りヤキソバも美味しくて、ちょっとでも野菜が入ってるとブーブー云う悠都が文句も云わんと延々お代わりを要求したくらいだ。
明日もコミケへ行くセトロさんと別れて、「ラ・バンボッシュ」でケーキを買って帰る。
今宵、僕が選んだのは「プリン・ア・ラ・モード」。
此処のは、底の浅いテラコッタを器に、プリンとバナナのクレープ包みを乗せたものに各種フルーツとよく泡立てたクリームを添えた変り種。別容器に入ったカラメルソースをかけていただく。テラコッタを器に選んだ此処ならではのアイデアと見た目を裏切らない美味しさ。これはくせになるかも。
芯からくたくたになったので、悠都と共に早々に寝る。
朝からひんやりと雨降り。この夏、初めて長袖のシャツを着てしまう。
エアコンを止めて、窓を開けるだけで、この心地好い肌寒さ。油断していたら、風邪引きそう。
体感最高気温は20度そこそこだったんじゃないか。
セトロさんにも誘われたが、一般客としてビッグサイトに行く気力もなく、雨なので家族で何処かへ行けるでもないので、お昼過ぎまで昨日買った同人誌を寝床読書(ウチの会誌も紙になってからちゃんと読んでいなかったので)。脇で息子が遊んでいるあたりが、いかにもまったりとした日曜の過ごし方。
兎に角傑作だったのが、宇宙囚人207の本(3)「ウルトラ怪獣爆破全(オール)百科」。
タイトルで分かる通り、往年の「ウルトラ怪獣全(オール)百科」のパロディなのだが、本格派の装丁も然る事乍ら、何たってその内容が凄い。昭和ウルトラ(「ウルトラQ」〜「ウルトラマン80」)をターゲットに、(1) 爆破用の怪獣を作成したもの(粉砕系)、(2) 切断など直接着ぐるみに手を入れたもの(破損系)、に目をつけて、15年余に渡るウルトラ怪獣達の死に様を網羅、各回のスチール(DVDやビデオの画像を使用したと思われる)をふんだんに使い、特撮ヲタの視点で克明に活写・解説してくれる、これぞ「同人の鑑」的ヲタ本。各作品毎に「『ウルトラ***』 爆破・切断 その傾向と対策」が語られ、その向こうに垣間見える昭和円谷特撮の盛衰には激しく頷けるものあり。但し、全篇モノクロ写真を利用、且つソフト画像を流用している為、ものによっては真っ黒なだけで何の写真だかわからない場合もままあるが、志を同じくするものなら(笑)心眼で名シーンの数々はしっかり蘇る。あと裏表紙の「男性セブン」も週刊誌パロも必見(そして、細かい処に小ネタのスナップが効いている)。これには妻もウケてました。
こんなに内容が充実しているなら、既刊本「ザ・ウチヤママモル」(内山まもる先生のウルトラ漫画データ資料集)もゲットしておくべきだったと激しく後悔。妻の大学時代の友人Sさんが実は特撮ヲタなのだが、何故彼に買ってきてくれなかったのかと妻からクレームが入る。そ、そんな事を云われても困ります。もし、冬コミに行くような事になれば、そして「宇宙囚人207」さんが落選していなければ(驚く事に前回の冬は落選したらしい)、Sさんにもご満足いただけるヲタ本を物色してきます、と妻と約束したのでSさんは安心するように → 時たま、この日記を読んでおられるらしいので。
夜のデザートは、夕方に妻が自転車でひとっ走りして買ってきた、東雅夫氏ご用達「シュベーネ」のモンブランとシフォンケーキ。妻の話だと昔乍らのケーキ屋さんという店構えらしい(しっかりしたカフェがついている模様)が、出てきたモンブランはどうしてどうしてかなりのアヴァンギャルド仕様。栗の甘露煮を芯にしたロールケーキにカスタードクリームを乗せて、上から硬めにこねたマロンクリーム(ペースト?)の板を幾枚も重ねてドームをこさえたもの。カスタードが煩過ぎず、板マロンの甘さと触感がなかなかいい感じ。
という訳で、これからも頼む。→ て、誰に?
巡回コースである植木不等式さんの「ダジャレルバンク天文台」を読んでいたら、コミケ3日目・と学会のコミケ打ち上げのくだりに以下の記述が。
藤倉氏からは、熊本大SF研の本を見せて戴く。六月のトンデモ本大賞と、その一週間前にお江戸日本橋亭でやった前週祭の様子がリポートされているのだが、それが唐沢先生仰るように「当の出演者も忘れているようなことも詳細に報告されている」という素晴らしい出来映えの物。図版もとてもシャープに撮影されている。今度、会にお誘いして、公式記録などご担当戴くのはどうか、なんて話も。
思っても見なかったウチの会誌の話に、思わずひっくり返る。
記述中「お江戸日本橋亭でやった前週祭の様子」とあるのはこの日記で書いたテキストを会誌用にリライトしたもの(微妙に情報量を増やした。今回、会誌原稿の僕の担当分は映画の感想とかこの日記のテキストを流用したものがたいへんに多い)。トンデモ大賞の日は花緑師匠の落語会の予定が入っていたので、こちらはセトロさんの会誌用の渾身の書き下ろし。
確かにウチのブースのほんの近くに藤倉珊さんのブースがあって、実際セトロさんは其処へ「と学会」会誌の最新号を買いに行ったりしてたのだが、当の藤倉さんがウチのお客になる可能性については微塵も想定していなかったのは迂闊だったかも。目と鼻の先で「トンデモ本大賞2004」レポ売ってれば、そりゃ藤倉さんの目に入るよなあ。本来ならこちらから気を利かせて、献本すべきだったかも。世間の狭さというより、僕らの見識の狭さを露呈してしまったかたち。
早速、実家の鹿児島で静養中のセトロさんに進言、彼を大いに慌てさせる。
けどセトロさんと植木さんはそうそう簡単に逢ってはならない関係だったりして…(笑)。
怖いけど、唐沢さんの15日の日記の記述(現時点では未執筆)がちょっと楽しみである。
あと、と学会とは直接関係ないが、談之助師匠が出している同人誌「本家立川流 第五号」は総力特集・破門された前座による対談「立川流を去った男たち」という事で、本の表紙を何と、前助さんとマグナム小林さんが飾っている。仮にも(て、本当に「仮」だが)「前助の小部屋」を拵えている身としては必読の書(こうなってくると、何だか本当に世間が狭い気がしてきたぞ)。残念乍ら「本家立川流」は15日出店だったので、談之助師匠から直接購入叶わなかったが、今度の土曜の立川流広小路寄席で売られてないかなあ。
「ウチの会誌 Meets と学会」に関する続報(というか、嬉しいので日記にも記録しておく)
まず、8月17日のダジャレルバンク天文台「業務籠中記」。
と学会公式サイト宛に、当日記についての問い合わせメールあり事務局長の眠田直氏より転送頂く。「差障りがあるので匿名で」氏という方からなのだが、先日書いた、トンデモ本大賞とその前週祭の喫驚するほど詳細なレポートを掲載して下さった熊本大SF研OB会の本(前回、OBの方の物だという事が抜けていたのでこの場で訂正)について。それと同じ物かどうか、と、さるサイトを紹介して戴いたのだが、おお、確かにその通りです。細部まで同じかは分かりませんが、同人誌での前週祭の紹介の構成はこんな感じでした。しかしサイトでも前週祭の紹介があったとは、知りませんでした。
何と、此処を覗きに来られたようだ。そして、ついに8月14日の「裏モノ日記」。
(前略)藤倉さんに熊本大SF研OBの作った同人誌(こないだのと学会東京大会と、その前週祭までの、おそろしく詳細で良質なレポートが載っている)を見せて貰ったりして盛り上がっていると(後略)
続けて、8月15日の「裏モノ日記」。
藤倉さんが植木さんに例の熊本大OBの、と学会大会レポートの同人誌を見せ、植木さんも感嘆。植木さん“来年はこの筆者の方を記録係としてスカウトしたらどうかしらん”と。
植木さんと唐沢さん、おふたりの日記にウチの会誌が登場しただけでも恐れ多いのに(いや、ホントウに)、しかも気遣いに満ちた過分なお褒めのコトバまでいただけて僕らは本望である。という訳で、遅れ馳せ乍らセトロさんがご挨拶に動く。
さて、今夜こそ映画を観よう、と心に決めていたので、18時に退社して有楽町・銀座方面へ。紆余曲折あって、ベルトルッチの「ドリーマーズ(2003・英仏伊)」に落ち着いたはいいが、いそいそとシネスイッチ銀座に向かった処、ぜーんぜん知らなかったのだが、此処は金曜日がレディース・デイになっていて、しかも入場料が900円とバカ安の為、30分前から女性客のみの大行列が出来ていて閉口する。たかだか20円安の前売を買った身には複雑な気分だったが、好座席をキープ出来たのでよしとする。結局、男性客は僕を含めて3人が衆寡敵せずで肩身の狭い思いをしたのだった。
「ドリーマーズ THE DREAMERS (2003・英仏伊/ベルナルド・ベルトルッチ)」 シネスイッチ銀座
ベルトルッチと云えば「暗殺の森(1970)」「ラストタンゴ・イン・パリ(1972)」ではなく、「ラストエンペラー(1987)」「リトル・ブッダ(1993)」世代の僕にとって、このおじさんは大河ドラマとオリエンタル志向のひとであり、リヴ・タイラーのデビュー作「魅せられて(1996)」でヴィスコンティのばったもんみたいな作風に心底失望したものの、タンディ・ニュートン「シャンドライの恋(1998)」で「おお、悪くないじゃないか」と思い返し、本作に到る。本作の主人公である映画ヲタの3人(マシュー、イザベル、テオ)が、ゴダールの「はなればなれに(1964)」でフランツ、アルチュール、オディールの3人がルーブル美術館を全力疾走したタイムを記録更新しようと(無論、ゲリラで)美術館全力疾走を再現するのだが、ゴダールのフィルムをカットバックさせて、ついには「はなればなれに」の1964年と本作の1968年の美術館内とがシンクロして一本の時間軸に重なる。予告篇でこのシーンを見せられて、こいつは観なければと決意した訳だ。
5月革命前夜のパリ。ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」のエリザベート&ポール姉弟を思わせる、ふたりでひとつの、無邪気なあまりに残酷で甘やかな世界を共有する精神的一卵性双生児(実際は二卵性双生児)のイザベル(エヴァ・グリーン)&テオ(ルイ・ガレル)の家に、其処に映画ヲタ(シネフィル)のセンスと魂を見込まれて「巴里のアメリカ人」である留学生マシュー(マイケル・ピット)が3番目の「仲間」として招き入れられる。マシューは最初のうちこそこの新しい友人たちに憧れ、心惹かれるが、両親の留守中に3人だけのひそやかで奔放な共同生活を続ける中で、イザベルの恋人に「昇格」し、遂には双子の親密すぎる関係に疑義を呈す事で、イザベルとテオの小さな世界が亀裂の音を立て始める…。
ただ一本の作品も観逃すまいと毎夜シネマテークの最前列で映画を観続け、フィルムとアパルトマンというふたつの卵の殻を行き来する姉弟。姉弟が暮らすアパルトマンは温室という名のシェルターのようだ。テオは高名な詩人の父親(ロバン・レヌーチ)を軽蔑し乍らも、彼がサインする小切手が供給される此処でしか──いちばんの謎だったのは、両親が帰宅して全裸で眠る3人を見つけても小切手だけ置いて起こさないようにそっと出ていく処。両親にとってもこのシェルターは決して壊す事の出来ない何かなのか…──生きてはいけない。ベトナムに出兵しないマシューを責め乍ら、バスタブの中で大麻をふかす彼はベトナムどころか姉のいる、この居心地の良い家を出る事さえ、全く想像の外なのだ。
それはイザベルにしても同じで、彼女は映画元ネタ当てゲームに負けて、マシューに処女を与えてしまうが(このへんから、彼女の見下ろすような視線が観客と等身大になり、マシューにテオとの世界の終わりを告げられたあたりから、見上げるようなそれに変わっていく)、恋人としてのマシューと、一心同体の片割れのようなテオとは明確に区別していて、テオが女の子を連れ込んだ夜から姉弟、そしてマシューを含めた、だらだらと気持ちの良い3人だけの頽廃的でスペシャルな時間が崩壊することを極度に脅え始めた。故にガス管のくだりがあり(誰か、あそこで引用された、娘が飛び込み自殺する映画のタイトルを教えてください)、外界の象徴たる火炎瓶に根城をこじ開けられた後、火炎瓶を持ったテオに付き従ったのも、全てはいま現在、掌中にあるこのしあわせを永遠にするための彼女の儀式──つまりは刹那的な悪あがきにして1968年という時代そのものが求めていたロマンティシズムに帰結する。
そして、そんな映画フリークたちのロマンティシズムが、遂には労働者や世界中の監督達をも巻き込んでフランス全土に揺さぶりをかけたのだ。映画はそんな未来を暗示するかのように火の海の中、物語を閉じる。しかし、銀幕のこちら側にはイザベルとテオの世界から弾き出されたマシューの小さな背中もあった筈だ。
「──生まれはパリ?」
元祖映画ヲタがコラージュする往時の若者の胸を振るわせた映画の数々、ファッションに音楽(ジミヘンにジャニスにとこちらも多彩)を、3人の美しい若者を通過する事によって、この映画の色彩(カラー)が決まったような気がする。兎に角情報量が多いので、何度も観返したい作品。
「1959年、シャンゼリゼ。産声はニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」
それからエッフェル塔を落下するタイトルクレジット、燃える町を這い上がるエンドクレジットもお忘れなく。
今日は渋谷で映画を2本観てから、広小路で寄席を聴く予定で計画を立てたのはいいが、つい「渡辺篤史の建もの探訪」を最后まで観てしまって、いきなり家を出るのが遅れる。最初は今日が公開初日の「IZO (2004・日)」を観るつもりでいたが、上映時間10分前にシアター・イメージフォーラムに辿り着くと路地まで長い行列が伸びていて途方に暮れる。最後尾に並んでいたひとに息を切らしつつ訊ねた。
「この列って、『IZO』ですよね」
「ええ。──けど、何時の回を観るつもりですか?」
「(勿論)11:00の回です」
「ああ、じゃあまだ大丈夫だと思いますよ」
「え?」
繰り返すが今日は公開初日。13:30の回の最後と16:00の回の最初にスタッフ・キャストの舞台挨拶がある為、好事家の皆さんはそちらの整理券ゲットに並んでいたのだった。僕も舞台挨拶があるのを知らない訳ではなかったが、「着信アリ」「ゼブラーマン」で三池監督の舞台挨拶は経験済みだったし、映画をあと1本観て寄席にも行きたい身としては、ぎゅうぎゅうの会場で悪い席につくよりも(此処は構造上、前列に座るとスクリーンを真下から見上げるかたちになって本当に「カネ返せ」という気分になる)実を取りたいので、ためらう事無く初回上映に飛び込む。
「IZO (2004・日/三池崇史)」 渋谷シアター・イメージフォーラム
「妖怪大戦争」をクランクインした三池監督の2004年公開作品その3。
地上に出て来ると案の定、劇場は十重二十重の人だかり。
TVドラマや舞台の演出で製作ペースが落ちてるかも…て、1年に3本も公開してりゃそれだけで充分にスゴいのだが。
幕末の「人斬り以蔵」こと岡田以蔵の怨念「IZO(中山一也)」が時空を超えて、位相(過去・現在・未来を結ぶ空間の絶対的なシステム…て何だそれは)の絶対者・殿下(松田龍平)を頂点に据えた支配階級<貴族院>が統治するくそったれの世界に天誅を下すべく、語り部である友川かずき(本人)を携えて、彼の行く手を阻む者は誰であろうと容赦なく血煙を上げていく、というユビキタスな殺戮禅問答。
しかも登場人物、総デンパだし。
映画のパンフに採録されたシナリオを読むと、これが恐ろしいまでにシナリオ通りに映画を撮られている事が解る。幕末の京都に襲来するSATとそれに続く繁華街に雪崩れ込む捕り方たちの御用提灯は、ちゃんとシナリオ・オリジナルなのである。友川かずき本人がギターを掻き鳴らして歌うのもちゃあんと折り込み済み。武知鎮典という作家の脳内宇宙をよくぞ此処迄再現してみせたものだと、作家ではなく職人に徹した三池監督の奸智には恐れ入るばかりだ。武知氏は「これは『マトリックス』を超える映画になるよ」と宣ったそうだが、目指す相手はむしろ橋本忍「幻の湖(1982)」ではないのか(どちらにも大滝秀治翁、出てるし)。いや、武知氏が云っているのが、物語の大風呂敷の広げ具合なのはよーく解っているつもり。
本作もまたこれまでの三池作品にたがわず、おカネのない処で監督自身が創意工夫して予算を節約していそうな映画である。豪華キャストを標榜しているが、殆どの脇役スターは総カメオ出演みたいなもので、ひとりあたりの拘束時間を限界まで短くしてあるので(三池監督は早撮りな上に決して──は云い過ぎだが──天気待ちなんかしない)これまでの人脈を駆使すれば、実はさほどキャストにカネはかかっていない筈だ。拘束時間ランキングをするならば、中山一也 >友川かずき > 桃井かおり > 美木良介、松田龍平、高野八誠、夏山千景 > ビートたけし、といった処か。あとはたいてい1〜2シーンの出演で、せいぜい都内近郊で1、2日の拘束で済んでいるっぽい。とは云え、これだけの役者を動かして、このご時世に「こんな」映画を作ってしまったのだから、事件性だけは非常に高い。キワモノの割に退屈なのだが(その責任は監督というよりも…)、同時代を生きる者として劇場で観ておいて損はない…オレはね。
先に三池監督はシナリオを忠実に映画化していると書いたが、冒頭の「射精する男性器断面図」の図版と精子の顕微鏡映像は監督オリジナルである。以下、激しくネタばれになるので、これから映画を観る方には積極的にオススメしない。
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映画のラストで、松田龍平に奈落へ落とされたIZOは、仰臥して大きく開いたサヤ(桃井かおり)の両脚の間から、赤子として再び産み落とされる。…て、まんま「牛頭」のセルフ・パロディなのだが(サヤの股座をスパークさせたりして、新しい見せ方を模索する三池監督の苦闘が窺われる…でも、シナリオが「牛頭」の二番煎じなんだものなァ)、冒頭の「射精」シーンを追加した事で、輪廻するIZOの殺戮譚が俄然深みを湛える(気がしてくる)。たとえば、受精卵が胎児へと育つ期間、胎内では生命の誕生の歴史を再現している、なんて話をこの映画のフォーマットに当て嵌めてみるとか。
あの唐突でケレンたっぷりなオープニングは単なる「つかみはOK」ではないのだ。たぶん。
(尤も監督に訊ねたら、いやー、最後が「出産」だから、最初は「出産」でしょぐらいの軽い気持ちで、とか云われちゃいそう)
確かに若い娘たちには、松田龍平、高野八誠を持ってきたのは正しい戦略。
個人的には友川かずきが観たいけど。まさかこのひとを銀幕で観る日が来ようとは。
(古い友達には、このチャンスを棒に振っただけで罵倒されそうな予感・笑)
尤も会場のキャパのせいで沢山居るように見える「だけ」なのはよーく分かってる。64席しかないのだから、皆も必死なのだ。
この項、続く。
お昼ご飯を買いにコンビニに飛び込む時間も惜しんで、Bunkamura方面へ急ぐ。
渋谷シネ・アミューズに辿り着くと、イーストでやってる「誰も知らない(2004・日)」は柳楽効果で15:35〜の回まで立ち見状態になっていた。これは平日の最終回狙いで行くしかないと溜息(僕にとって是枝作品は必修科目なので、これは絶対行くつもり)。尤も、今日は最初っから渋谷でしか観る事の出来ない「地球で最後のふたり(2003・泰日星蘭仏)」目的である(泰→「タイ(泰)」、星→「シンガポール(星港)」)。
「誰も知らない」の絵コンテや子供たち直筆の絵(コピー?)が展示してあったので、ほうほうと眺める。
「地球で最後のふたり LAST LIFE IN THE UNIVERSE
「(2003・泰日星蘭仏/ペンエーグ・ラッタナルアーン)」
「渋谷シネ・アミューズ・ウエスト
「6ixtynin9(1999)」「わすれな歌(2002)」を撮った「タイのタランティーノ(このキャッチフレーズ、監督本人は満足しているのか)」ことペンエーグ・ラッタナルアーンの新作は、主な登場人物もいっそ日本人のほうが多いという、殆ど邦画のような「ボーイ・ミーツ・ガール in バンコク」。外国人監督が撮ったとは云え、日本人の描き方に違和感をおぼえないのは、登場人物が全員、カタギじゃない上にスタイリッシュで、そう、石井克人「鮫肌男と桃尻女」みたいな、作り込んだ常軌を逸したキャラばかりだからかもしれない。それでいて物語はいたってシンプルだ。
遅昼をとるには中途半端な時刻だったので、やむをえず銀座線で上野広小路へ向かう。
ヤクザな生い立ちから逃れてバンコクで雇われ司書として暮し乍ら死に場所を探し続けるケンジ(浅野忠信)と、痴話喧嘩の意地の張り合いから最愛の妹(ライラ・ブンヤサック)を死なせてしまったノイ(シニター・ブンヤサック)が、ひょんな事から彼女が日本へ出稼ぎに行くまでの数日間限定の共同生活を通して、映画は後ろ向きだったふたりがそれぞれ前向きな眼差しになるまで(つまりは恋に落ちるまで)を描く。
病的なまでに潔癖症のケンジ(読書家の彼の部屋には整然と積み上げた書籍がインテリアのように並んでいる。また食事には必ずマイ割箸を持参)と、がさつなノイ(極度のヘビースモーカーで自分の家だろうと処構わず灰を捨てるのだが、食べ残しのご飯を持った皿に吸殻を押し付けたのには、さすがに引く)が出会う事で、少しずつ互いのエリアに侵食して、いい具合にブレンドされていく。やがてノイ自身が手料理を作り始める食卓の変化だとか(お別れにケンジから携帯灰皿をプレゼントされるし)、自分の家に帰ってきたケンジが不意に書籍の柱を蹴り崩すシーンだとかが印象的。あとゴミ溜めのようなノイの部屋を、雑誌や調度が魔法にかかったように飛び交って棚に収まっていくシーンも必見です。
日本から参戦した脇キャラもいちいち強烈。
そんな往生を見せるかよ、なケンジの兄(松重豊)に勿体無い使われ方の竹内力。そしてどう考えてもコメディアンとして召喚されたとしか思えない殺し屋三人組(三池崇史、田中要次、佐藤佐吉)。本作を観て思うのは、ペンエーグ・ラッタナルアーンが三池作品に対して強くリスペクトを感じているという事(分かり易い処ではケンジが働いている図書館には「殺し屋1」のポスターが飾ってある)。日本勢は皆、三池組経験者だし(本人も含まれているが)。確かにタランティーノ作品と三池作品ってのはエンタ性に於いて地続きな処があるので、それもまたむべなるかな。
処で、前作「わすれな歌(2002)」はスカトロネタに満ちていたそうだが、本作でもノイに勧められてパパイヤサラダを口にしたケンジに「大量のウンコが出るわよ」と彼女が白い歯を見せるシーンがある。挙句、後日それが物語の重要な伏線となる始末。便器に座ってうんうん唸っている浅野忠信、という図はこの監督の「らしさ」なのかもしれない。
下ネタとグロが満載でも、ピュアなラヴストーリーは描く事が出来る。
ペンエーグ・ラッタナルアーンにそれを教えたのが、ひょっとすると三池とタランティーノなのかもしれない。
この項、続く。
本当は浅草の下席前半の昼席でやっさんが主任を務めているのだが(やっさんが昼席で主任なのは初めてかもしれない)、それに気付いたのが実は昨日。心は既に「立川流広小路寄席」に向かってしまっていたので、やっさんには悪いが、今回は立川流に浮気させてもらう事にして、上野広小路亭へ。元々は先月の池袋余一会が引金になったのだから、やっさんにもその責任の一端がある…訳ないだろ。
渋谷で映画を2本観たこともあって、第2部の途中、というか殆どおしまいの方に入る。
受付はブラ房さん。やはり「本家立川流」を置いている気配はない。さすがに通常の寄席には不向きな本かもしれない。しかも追い討ちをかけるように、談之助師匠休演の告知(代演は2部に続いて、左談次師匠)。おいおい、本日のメインイヴェントが…(談之助師匠、及び奥さんの日記を読むとこの日は仕事どころではなかったようだ)。
まさかと思ったが、1部の「寿限無」に引続き、2部でもキウイさんが2番手に出てきて「子ほめ」を演ったらしい。しまった!ウワサの息詰る高座を一度聴いてみたかったのに(2ちゃんで唯一スレが立っている前座さんである)…て、月イチの此処に通えば、チャンスはこれからもある訳だが。
以下、備忘程度に軽〜いメモ。
★ 広小路寄席 2部
立川左談次「山号寺号」
山号寺号とは「成田山新勝寺」や「東叡山寛永寺」「金龍山浅草寺」のように、「○○さん、××じ」という組合せを拵える言葉遊び。殆ど大喜利のお題に近いが、幇間の一八が若旦那に山号寺号指南をして、小遣いをせびりとるが、しまいには取り返されてしまうというオチ。「一目散、随徳寺」「全部ご破産、大赤字」
立川文都「青菜」
様子を窺い乍ら酷いことを云った後の左談次師匠の悪びれた笑顔ってクセになる。
「青菜」の上方Ver.は初めて聴くが、なかなか乙なものですね。饒舌な植木屋さんが、旦那さんのもてなしをいちいちもんどりうつように恐れ入って、最大級に褒め称えるさまが愉しい。立川流の裾野の広さを窺わせる噺家さん。
★ 広小路寄席 3部
快楽亭ブラ汁「権助魚」
開口一番として、安心して聴いていられる高座。快楽亭一門の前座というと、どうしてもブラッCさんを思い浮かべてしまうのだが、あくまでブラッCさんが特別なようだ。土台はばっちりなので、あとはこの上にブラ汁さんらしさが積み上がっていくことを期待してます。
快楽亭ブラ房「釣の酒」
マクラで、広小路亭の入口にヘンなおじさんが現れて、通りがかりの女性に絡みだしたので、生まれて初めて110番を呼んだという噺。ほんの今しがたの事だそう。「釣の酒」は故・金語楼師匠の新作落語。タダ酒を呑みたいばかりに、釣り好きの家に、別に本人は好きでもない釣りの話をしにいく。そう云えばやっさんは「納豆や」を、小文治さんは「きゃいのう」を高座にかけていたなあ。
立川談修「肥がめ」
一昨年の立川流前座破門騒動で一旦破門になったものの、一年かけて復帰、去年の秋には二ツ目に昇進した談修さん。生真面目そうなキャラは飄々とした佇まいも含めてちょっとはるさんに似ている(な事云われても誰にも分からない)が、二ツ目になりたてなのに面白い「肥がめ」(どういう褒め言葉だ)。立川流は層が厚いんだなあ。
立川志ら乃「狸札」
志らくさんのお弟子さんだが、ダイナミックなうねりとリズム感は師匠譲り。このいきおいは買いである。立川流でも、談春、志らく、談笑といったひとたちは同じ匂い(額に汗するあたりが体育会系的でもあるけど…家元の語るイリュージョン落語に最も近い処にいるひとたちな気がするのだ)を感じるのだけど、この志ら乃さんも同じ系譜に連なっている気がする。
立川談幸「厩火事」
どっしりと落ち着いてい乍ら何処か「何かやらかすぞ、このひとは」な佇まい(実は小文治さんにも同じオーラを感じている)。まだ2席しか聴いた事はないのだが、安定感と前衛が同居していると云うか。談幸師匠の髪結のおさきさんというのも、また談幸師匠にしか出来ないおさきさんなのだな。
─ 仲入り ─
立川左談次「スポーツあれこれ」
談之助師匠の代演。元気な声で「病気になりました」って本人から電話をもらいました、に大笑い。
土橋亭里う馬「胸肋鼠(きょうろくねずみ)」
「まさか、談之助を聴きに来た客なんていないとは思いますが」と左談次。そのまさかな客なんですよ。
2席目だからか、オリンピックネタを始め、スポーツ系悪口の云いたい放題。池袋で聞いた「相撲根問」のマクラの本日Ver.といった処か。大笑いし乍ら、左談次師匠の表情も含めて実は非常にテレビ的な話芸なのではと思ったり。バラエティ番組に出たら今からでも凄い人気者になる気がするんだけど。
実は立川流総領弟子がこのひと。いささか強持てなのだけど(失礼)何物にも替え難い安定感。毎晩オリンピックを観て寝不足だというマクラもそこそこに本寸法の落語をしっかりと聴かせていただく。剣術に凝り出した若旦那が免許皆伝をうそぶいて、若い衆に生兵法な気合を披露しようとして、ついにはネズミを握りつぶして殺しちゃう噺。寄席も長丁場になると後半だれるものだが、本寸法の高座はさすが違う。
立川ぜん馬「肝潰し」
東京に来て良かったことのひとつは、こうして寄席を聴けること。
締めも見事な本寸法の一席。ぜん馬師匠の高座は、結婚前に三鷹でやっさんが出ている喫茶寄席で聴いた「文七元結」以来だから、8〜9年振りになる。落語を聴きかじり始めに聴いた初期の高座だったので、あの「文七元結」は今でも鮮烈に記憶に残っている。厳密には怪談とは違うが、暑気払いにはちょうどいい噺かもしれない。弟分の病を治すために実の妹の生き肝を摂るべく、鬼の形相になる兄の噺。これもまたサゲがそのままタイトルになっていたんですね。
2000円前後を払いさえすれば3〜4時間、落語やボーイズに漫談、奇術が愉しめる。福岡がどんなに都会になって色んなものが手に入るようになったって、この一点だけは東京に敵わない。演芸というものへの敷居、垣根の低さだけは大いに他所へ誇っていい部分だと思う。
門前仲町で妻子と待ち合わせ、今宵も「虎(FUU)深川本店」で夕食。
ウチも此処が好きだね。例によって、チャーハンの麻婆豆腐かけとかチャーハンのフカヒレあんかけとかいつもの奴に茸と卵の炒め物など。
デザート只券で巨峰のババロアを頼むが、これは普通。やっぱり杏仁豆腐の破壊力には敵わない。
遅めの朝ご飯を食べてから、お昼少し前に妻子と共に家を出て、木場公園を抜けて徒歩5分先にあるユニクロでチノパンや長袖ボーダーTシャツ(ユニクロはXLサイズが揃っているのが助かる)など普段着を幾つか買い込む。スーツ以外のパンツを買うのはほぼ2年振りじゃないか。つまり、2年振りでユニクロへ来たという事に(無論、前回は北九州)…このへんの記憶はテキトーなのだが、もうちょっと繁く来てもいいかもしれない。妻は時折子供服を買いに来たりしているようだ。
帰途、ハゼ釣りしているおにいさんの釣果を見せてもらってから、荷物を置きに一旦帰宅。
こないだ妻に買ってきてもらったモンブランの味が忘れられなかったので、「シュベーネ」へお茶とケーキをいただく事にする。
(昼ご飯は帰宅して暫くしてからきしめんを食べた)
道すがら、東京都現代美術館(MOT)脇で「日本漫画映画の全貌」展開催期間中(妻子は行ったが、僕は未見。家の目と鼻の先にあると却って後回しになるものである)美術館入口脇に設営されている「ネコバスふわふわ(未就学児童対象)」に、悠都のたっての希望で寄り道。無料とは云え、保護者が「日本漫画映画の全貌」展のチケットを持っているのが前提なのだが、空いている時はノーチェックらしく(実際、ウチのマンションの上の階に住んでいる男の子たちが保護者なしで来てぴょんぴょん飛び跳ねていた)、ウチの子供も度々利用しているらしい。ま、我が家はMOTの友の会家族会員だし(入場料が通年で半額になる)、妻は一度展示に来ているので、チケット提示を求められても特に困らない。という訳で、子供の気が済むまで10分ほど遊ばせる。途中、何度かネコバスの空気が抜けて、子供が入ったまま、屋根がひしゃげるが、スタッフも馴れたもので全然動じない。子供も天井が降って来るハプニングを楽しんだんじゃなかろうか。
目指す「シュベーネ」は、我が家から徒歩で15分足らず。江東区と墨田区の境、墨田区側の西の端の交差点に店を構えている。シュベーネとはドイツ語で白鳥の意味。白鳥をあしらったロゴがなかなかいい感じ。店に入ろうとしたら、横断歩道の向こう岸の路地を祭囃子と沢山の法被姿を従えたお神輿が威勢良く上がっていたので、ちょっと観に行く。こういう夏祭りってのは地域に根付いたひとじゃないと、内側から参加出来ない処がちょっと寂しい。僕も子供の頃は子供神輿を担いだり、山車の上で鐘を叩いたりしたので、出来れば悠都にもいつかそういった祭りに内側から参加させてやりたいのだが。
という訳で、今度こそ「シュベーネ」。
事前に仕入れた知識はチーズケーキ探検隊によるが、此処が書かれたのは3年前の2001年なので、価格・メニューなどに変動があるようだ。今回、チーズケーキ(300円)とりんごのパイ(320円)の紅茶セット(300円増し)をいただいたのだが、今回頼んだチーズケーキは上記サイトで「フロマージュスフレ」として紹介されているもののようだ。ちょうど空いていたので、お店入ってすぐの窓際のテーブル席を択ぶ。ソファ席はないが、カウンター席が4〜5席ある。悠都には苺ジュースを凍らせたクラッシュドアイスにフレッシュミルクを注ぐ「氷ミルク」を頼む。クラッシュドアイスとミルクが別々に供されるので、こちら側で濃さを自由に調整出来るのが嬉しい。
創業から四半世紀というだけあって、何処となく懐かしい佇まい。
間取りも歴史も全然違うのだが、自由が丘の「モンブラン」と少し似た空気を感じる。
土臭さ、垢抜けなさというマイナスな云い方をするとちょっと違うのだが、もっと前向きな80年代レトロ。当時はこの地域でも最先端を走っていただろうパティスリーが四半世紀をかけて町のケーキ屋さんとしての歴史を積み重ねて熟成した先に、この居心地のいい、追い立てられない空間に落ち着いたというか。気の置けない雰囲気(時間つぶし用の雑誌や新聞がスタンドに並んでいる)と進化しつづけるスイーツ(価格は町のケーキ屋さん仕様なのがありがたい)、何と理想的なコンビネーション。そりゃ東さんがよく利用する訳です。
チーズケーキ(フロマージュスフレ)は昔乍らのスタンダードなチーズケーキの風味だが、口の中で淡雪のようにふわりと融ける感触の愉悦。なのに食べ終わるとしっかりとした充足感(悠都にだいぶ持ってかれたけど)。りんごのパイは糸をひくくらいシュガーが使ってあって、これまた80年代スタンダード。悠都はシナモンが駄目だったようですね。こちらはアイスティーより舌をやけどしそうな熱い紅茶の方がフィットするかもしれない。
次は粒状のチョコレートをトッピングしているという特製「ティラミス」を試してみたい。「モンブラン」にも再び挑戦したいですね。ちゃんとした山型のヤツを(前回は妻が持ち帰る間に山型が変形してしまったらしい)。
あと、スタッフの女の子がとても可愛いかったです(あー、おっさんだとも)。尤も話題は95%噛み合わなさそうだと、空気で判るあたりがツラいですが(て、おまえは何をしに行っているんだ)。持ち帰りよし、お茶を呑んで帰るよし、家から徒歩圏内に、お気に入りのパティスリーが次々増えていく木場・深川そして墨田エリアなのだった。
あとは家でのんびりと9月に取る予定の休みの計画とかして過ごす。
そろそろ夜になると、網戸から涼しげな風が吹いてくるようになった。
近くの公園からコオロギの声。──明日はもう処暑である。
早めに退社出来たので、やはり外出していた妻子と門前仲町で待ち合わせ。
最初は彼女オススメのイタリアンへ行くつもりだったが満席だったので、かと云ってそういつもいつも「虎(FUU)」でもないだろうと(妻に云わせると、いつもいつも「虎(FUU)」で構わないらしい)今夜は清澄通り沿いにある「洋風食堂ベニヤ」へ。
昭和30年代から店を開いている、所謂由緒正しい街の洋食屋さんで、価格・メニュー共にファミレス的ではあるが、タイル張りのオープンキッチンでシェフがペタペタとハンバークを丸めているのが聴こえてくる空気も楽しい昔乍らのお店。
僕はハンバーグ&エビフライをセット(ライス&スープ付)。
そんなびっくりする趣向が凝らしてある訳ではないが、普通に美味しい。
で、普通に美味しくて価格が拮抗しているのなら、僕はファミレスよりもこっちがいいなあ。
妻のセットには手作りの苺アイスがついていて、一口二口お相伴させてもらう。
入口には何故か此処のシェフのおやっさんと鉄人ムッシュ坂井のツーショット写真が飾ってあった。
帰路「ラ・バンボッシュ」へ寄って、パッケとフロマージュキャレを買って帰る。パッケは乾果の入ったショコラケーキをマーブル模様のクレープで「パッケ」ージしたもの(妻の話だと此処の人気商品とのこと)。フロマージュキャレはスティツク状のチーズケーキ。夜の紅茶を美味しくいただく。
予想外に早く仕事がさばけたので(おいおい)、有楽町で映画を観る事にする。
「釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?(2004・日/朝原雄三)」 丸の内ピカデリー2
松竹の広報担当ではないけど、今年も「釣りバカ」の季節がやって来た。
傘寿を越えたスーさん(三國連太郎)に心筋梗塞で倒れたハマちゃん(西田敏行)とシリーズ総崩れの不安材料には事欠かないのだが、本作には「寅さん」晩年期の数作に渡って漂っていた悲壮感が微塵もない。加藤武と奈良岡朋子が75歳、谷啓が72歳とレギュラーの高齢化は着実に進んでいるが(ちなみにスーさんの奥様・奈良岡さんは二代目。初代の丹阿弥谷津子さんも今年、傘寿を迎えた)、このひとたちはシリーズ当初から壮年キャラ、しかも或る意味会社権力の象徴なのだから(谷さんも次長にして貫禄をつけたし)歳をとった処でさほど違和感を感じないようになっている処がミソ。
どう贔屓目に考えてもこのドル箱シリーズがあと10年続けられる可能性は殆どゼロなのだが「とりあえずは元気で行こう♪」と思えてしまう、いい意味でこの結果オーライな空気は、やっぱりハマちゃんの現役で傍若無人をやれる「若さ」にあるのだろう。尤もさすがに新幹線内のケータイには、あん?と疑問符をつけたけど。謎のナマハゲはまあ許す(このシリーズは一作につきワンシーンは扮装ネタがないといけない)。傍若無人とマナー違反は似ているようで違うぞ、などとふててみるのも、観客の心にそれぞれの俺ハマちゃんがいるから。これは長寿シリーズの宿命なんだろうな。
朝原雄三の演出力は確かだ。「ハマちゃんに明日はない!?」と云いつつ、ハマちゃん&スーさんのドラマはそこそこに放棄して、今回のゲストである薫(江角マキコ)と哲夫(筧利夫)のロマンスに大きくシフトしていくのは前作同様確信犯と見た(尤も、監督は今回色恋をやりたくなかったようだが、師匠の勅命には敵わなかったようだ・笑)。
「負け犬」なんて流行語大賞な言葉を使ってはいるが(今回は共同脚本に名を連ねている)、風俗を取り入れるのは松竹のお家芸。と云いつつ、その「負け犬」を「珈琲時光」に負けてはならじと小津の「麦秋」にぶつけてプチ小津トリビュートをしてみたり(ご丁寧にもDVDを観る奥さんに向かって、わざわざスーさんに「今はこんな女性はいない」と云わせているし)。江角マキコ・吉行和子コンビで原節子・杉村春子コンビを再現した「母のプロポーズ」もいいが、僕はむしろスーさんが薫を昼食に誘ってからの、フレンチレストランの一連のシークエンスで、思わず涙ぐむ薫の佇まいにきわめて小津的なものを見る。
あと感心したのがキャスティング。特に名前は存じ上げないが、薫の同級生たちを演じた女優さんたち。
既婚者と未婚者で見事に女優のカラーを使い分けている。子持ち役のひとは確かにどんなに綺麗にメイクしていても主婦の顔をしているのだ。このらしさを醸し出せたのはきっと監督の手柄だと思う。
他にも、益岡徹の新課長登場(次回まで生き残れるのか?)、笹野高史のタクシーの運転手、小野武彦の椅子、磯野貴理子のカメオと細かいネタを拾うときりがないが、達者な脇役陣の中でも、今回は薫の祖母を演じた浅利香津代に敢闘賞を差し上げたい。浅利さんだと気付くまで僕は本当の老婆と信じて疑わなかった(実齢は今年でやっと還暦といった処)。いや、お見事でした。
そして、僕らは来年もまた「釣りバカ日誌16」が公開されるのを信じて疑わない。
スーさんは82歳になっても尚、お盛んなまま帰って来る。絶対そうに決まっている。
ハマちゃん・スーさんのバッテリーは永遠に不滅なのです。
今日は予定通り(?)退社後、有楽町で映画。
今夜は、週末に観たのでは難攻略が予想される「華氏911(2004・米)」。
これは前売が残っているだけまだましな方だ。
三省堂でと学会「トンデモ本 男の世界」(扶桑社)を購入した後、最終回の90分前からいそいそと有楽町スバル座へ。此処は9月3日までの急遽拡大ロードショー館。戦後すぐの映画舘で、ディズニーアニメが公開される度に手塚治虫が此処へ通いつめたのは知る人ぞ知るお話。
ロビーには昭和20年代の公開作品が公開データと共にパネル展示されていて、それを眺めているだけでも時間が潰せる。
上映時間が近づくに従って指数関数的に老若男女が殖えてゆく。早めに来たのは正解であったか。
ひとりでは歩くのも覚束ないような上品なおばあさんがたどたどしい足取りでベンチに座るのを、見かねた初老の婦人が手を貸して和気藹々になるのを見乍ら、改めて「マイケル・ムーア恐るべし!」と独りごちる。
「華氏911 FAHRENHEIT 911 (2004・米/マイケル・ムーア)」 有楽町スバル座
僕のようなお気楽に感想を書き散らす映画ファンにとって、観た事で何らかの政治的態度の表明を強要される(空気の色濃くある)映画の感想を書く事は、実は非常に苦痛である。「ドリーマーズ(2003・英仏伊)」のシネフィルたちは映画の生き死にに直面して、遂には五月革命を起こしたが(あれこそまさにレイ・ブラッドベリ「華氏451度」の映画フィルム版でしたね)、この映画が目指しているのも厄介な事に文字通りの「革命」なのである。でも此処では「華氏911」が、あくまでドキュメンタリー型エンタメとして面白いかどうかだけを書きたいんだけど、書き殴ってるうちに暴走しそうな気がする。それが自分でも非常にイヤだったりする。
それだけこの映画は時代を味方につけているのだな。
何しろ本作を観た観客に行動(端的には米国民はブッシュに一票を投じない)を求めている映画だけに、映画の正否(何だそれは)は即ち親ブッシュ、反ブッシュの色分けにつながっていく。映画の頭から尻尾までぶちまけられた無数の地雷を踏まないように、刺抜きで魚の細かい骨を抜くように、映画の出来自体を云々するのは至難のワザだ(そういう意味で「オーケンのののほん不定期日記」の旨さに思わず膝を打ったり)。まともに「物語」に分け入れば、地雷をばすばす踏んでいくしかない。でも、沈黙するのはこれがまた違うのだな(全く困ったものである)。
マイケル・ムーアの主張は幾つかあるが、「僕なりに」要約すれば、大体以下の4つに絞られる。
・イラク戦争は「9・11」とは無関係
・米国の富裕層によってイラクは侵略というかたちで「略取」された
・米国の富裕層によって米国の貧民層は徴兵というかたちで「搾取」されている
・これらの元凶は、私利私欲を優先したブッシュと米国の富裕層の企みにある
つまり「軍産複合体」…その昔から落合信彦が警鐘を鳴らし続けていたアレですね。
落合先生も取材の裏付けやご自身の背景はどうであれ、結論としてはムーアと同じだった訳だ。また彼は「情報を制すものが世界を制す」と云い続けていたが、本作でもFOXニュース・チャンネルを始めとする、共和党支持のコングロマリットによる寡占支配の弊害が謳われている(それが本作を製作したモチベーションのひとつ)。
この映画が普通のドキュメンタリーと違うのは、あくまでドキュメンタリーのかたちを取ったプロパガンダ映画である事。つまり、まず結論(メッセージ)ありきなのだ。目指すべき結論があって、其処に導くかたちで事実を、既成フィルムのつぎはぎで再構成していく。アンチ「華氏911」派は、実際は直接関係のない素材を利用して別の物語を拵えている、或いは其処に生じた事実の「歪曲」を指摘する事で、駄目ドキュメンタリーの烙印を押そうと試みる。それに対して、たとえば町山さんなんかはドキュメンタリーの前にプロパガンダ映画なのだと「独裁者(1940・米)」を例に取って反論する。
僕はいっとう最初に書いたようにこの映画はあくまで「ドキュメンタリー型エンタメ」であり、≠「(完全なる)ドキュメンタリー」だと看做しているので、手法としては「アリ」だと思っている。駄目ドキュメンタリー、必ずしも駄目プロパガンダに非ずで、だからこそ本国で上映妨害の憂き目にあったのである。チャップリンが自らヒトラーに扮して独裁者を茶化したように、ムーアは素材フィルムを切り貼りすることでブッシュを茶化した。手法は違えども方法論はチャップリンの昔と全く同んなじ。要は標的たる施政者をダメ人間として喧伝することが目的なのである。
貧民層からの搾取(徴兵)に関しては、彼らにはひどく失礼な云い種かもしれないが、沖縄で頻発する犯罪の背景のひとつ(あるいはイラクでの非人道的振舞の数々)にはこのようなトラッシュ問題を無視出来ないのねと思わず得心したり。イラクの民間の家へ踏み込み、ゲリラ狩りを行う米兵は、正義が自分の側にあるというその一点を支えにしているから、イラク民衆が何故自分たちを激しく憎むのかが分からない。もっと云えば当のブッシュだって、自分が世界中から嫌われる程の大悪党だとは思っていまい。自分の正義を信じているひとたちを糾弾するくらい骨の折れる仕事はない。故にムーアもこの部分はひどく慎重に扱っている。
プロパガンダとしてのこの映画に欠陥があるとすれば、ブッシュを辞めさせた後のビジョンがない事だが、幾ら何でもそれはこの映画に多くの責任を負わせ過ぎだろう。戦火のイラクの映像、特に憤怒する男に抱きかかえられ小さな腕をぷらぷらさせる赤子の死骸、幼い子供が二の腕を負傷し、肌が破れてぐしゃぐしゃになった裂け目から覗く白い骨と赤い肉片、敢えて露悪な書き方をしているが、これを観た時には本当に胸が震えて涙が滲んだ。戦争の痛みを自分の痛みとして受け入れるには、露悪は必要悪なのだとそう納得した。この映画は、このような惨禍を拡げない為に、この世界の命運を握ると云ってもいい戦争責任者に対して行うネガティヴ・キャンペーンなのだ。
けれどこの問題を突き詰めていけば、いずれは米国社会のなりたちにも関わる数々のシリアスな現実に向き合わざるを得ないだろう。ブッシュはあくまで表層に過ぎないのかもしれない。この問題に手を出すことは下手をすると、終わりなき闘争にその身を殉じる事になる。けど、ムーアは殉教者ではなく表現者であり、映画作家であるから、その闘争とは適度な距離を保ち乍ら、表現者としての次のテーマに向かうべくのが彼の本懐に相違ない。しかし彼の扱うテーマが常に社会的ムーヴメントを誘発(煽動)する宿命にある限り、そのバランスは間違いなく壊れていく。手に負えない程巨大になった「華氏911」に、遂には彼自身が呑み込まれてしまうのではないのか。ムーアの映画は好みのタイプなだけにそれが心配である。
今日ははるさんたちとお食事会をと思っていたのだが、天気予報が雨なのと、はるさんくたくた状態という事で延期。尤も、雨の方はさほどでもなかったので、午前中に「NIN×NIN忍者ハットリくん THE MOVIE (2004・日)」だけでも観る事に。有楽町まで足を伸ばしさえすれば生ハットリくんの舞台挨拶も夢ではないが、来るのが香取慎吾では客席の大混乱が容易に予想出来るので、此処は手近な木場で手を打っておく。
「NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE (2004・日/鈴木雅之)」 109シネマズ木場
ドラマの世界では大ベテランでも、映画となると「GTO(1999)」「世にも奇妙な物語 映画の特別編(2000)」とかつて自分が携わったTVドラマの映画版専門だった鈴木監督にとっては、かつてアニメ化・実写ドラマ化された超メジャーな原作付とは云え、それらにノータッチだったという意味で、初のオリジナル作品。SMAPの中でも老若男女にキャラが立っている香取慎吾を主役に「忍者ハットリくん」を、という(実写ドラマは素顔ではなかった)、下は未就学児童まで視野に入れた思い切りファミリー向け映画で、去年辺りから始まった漫画原作(懐かしのアニメ作品)実写化ラッシュの中でも、比較的異色の部類。「CASSHERN」「デビルマン」「キューティーハニー」はあきらかにファミリー向けではない。
この映画、悠都を連れてってやればよかったな。
来年の春まで公開のずれこんだ「鉄人28号」が或いは…といった処(がんばれ、冨樫森!)。
実は、映画版「GTO」の或る種ハリウッド的にも通じる作り込んだ解り易さ(悪く書けば「わざとらしさ」とも云う)が余り好きではなかったのだが(けれど鈴木さんが演出したドラマは好きなのだから不思議だ)、今回はアクションシーンの絵コンテをヒグチしんじ(樋口真嗣)が切っていたり(冒頭のジンゾウ(伊東四朗)との修行シーンはなかなか尖がっているぞ)、キューティー・ハニー組が特撮・VFXを担当したりしていて(とりわけ山寺の爆発シーン)メリハリのあるテンポが観ていて心地好い。ハットリくんがケンイチ(知念侑李)の家で暮らす日常シーンは「GTO」で感じたのと同じ解り易過ぎる故の倦怠感に襲われるものの、小学生の少年少女の視線の高さで観た場合はこのたるさが良いのだと思われ、本作はファミリー向け映画としてかなり上出来だと思う。知念くんの演技はお世辞にも上手とは云えないし、香取くんの演技も好悪が分かれる処なのだけれど、冴えない少年のひと夏のビルドゥングス・ロマンとしてのツボを押さえ、助っ人のケムマキ(ガレッジセール・ゴリ)を交えた黒影(升毅)とのクライマックスも、単純な勧善懲悪に流されずひとりひとりの登場人物への愛に溢れた、マギーの脚本も解り易くも正調「よいこの映画」として好検討。ちょっと見直しちゃったかも。
ケンイチの両親(浅野和之、戸田恵子)、第一発見者(阿南健治)、事件を追う刑事たち(宇梶剛士、東幹久)も子供たちの目を意識して人物造型してあったし、目の見えないミドリさん(田中麗奈;鈴木監督とは「GTO」からの仲)という設定はかなりあざといのだが、唯一、伊賀忍者の掟に背かずにハットリくんとフレームに収まる事の出来るヒロインであり、深窓の令嬢というキャラが持つ、子供の頃に読んだ本に出てきたような既知感は、実はキライではない。テーマはA先生の世界を離れ(この映画にとって原作通りかどうかは実は余り重要ではない)、かつて僕らが少年ドラマシリーズを観て感じていただろう背筋の伸びた冒険譚が此処にはある。つまり僕が子供の頃にこの映画に出会っていたら、僕にとって血沸き肉躍るプレシャス・ムービーになった気がするのだ。少なくともその一点に於いて、同じ忍者漫画を映画化した「RED SHADOW 赤影(2000)」を遥かに凌駕する。鈴木監督は子供映画にこそ、あらん限りの面白さを投入出来るのかもしれない。
この種の映画で、カメオが豪華なのはいつものこと。
(別に豪華ではないのだが、「死に花」同様、此処にも警備員役で佐藤佐吉が!)
それより、エンドクレジットで人名に紛れて伊賀忍法が解説されるあたりは子供には(大人にも)たまらなく楽しいと思う。
頭から尻尾まで手を抜かないのがまた鈴木雅之流。親子連れで映画へ行くのなら、是非本作をご一考のこと。
ていうか、これを観せられなかったら彼を連れていける映画はない。
今にも泣き出しそうなんだが、決して泣き出さない空の下を一旦帰宅する。
この項、続く。
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