1月のにっき(1)

あけましておめでとうございます。

1月19日(火) 必要うっかり十分しっかり
1月17日() 映画? 観るよ,観ますよ
1月16日() 明和電機ショールーム
1月15日() ぼーくはブースカ・ブーにんきもの
1月12日(火) この一週間を語る
1月05日(火) すべてがFになる
1月04日(月) 仕事始め
1月03日() 熊大SF研新春の宴1999
1月02日() 実家でくつろぐ
1月01日() 迎春


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1月19日(火)「必要うっかり十分しっかり」

毎年,冬の冷え込みが厳しいこの時季になるとどういう訳かよく人が亡くなる。
若井小づえさん,大屋政子さんに続いて土居まさるさんまでが帰泉した。
別に病室がうんと冷え込んで,とか寝冷えしてとかそういう訳では無いと思うが,本来はエイズ感染率が低い筈の性交感染が爆発している関係のように何か未解明な促進要因でもあるのだろうか。いずれにせよ,重篤な病気にかかっている人にとって冬は踏ん張り処である。

処で,元々ウチの配偶者は「しっかり」と「うっかり」が絶妙なバランスで拮抗しているひとなのだが,今朝はそのバランスが崩れた。朝食のパンと一緒にオイスターソースを持って来たり(メイプルシロップと間違えたらしい),その30分後にはシートベルトを締めたまま車から降りようと両手をばたばたさせていた。我が家ではたびたび「これからの30分,あなたの目は,あなたの身体を離れて,この不思議な時間の中へ入ってゆくのです」(by石坂浩二)。
そー云えば,彼女の腿にはずっと青痣が引かずに残っているので,訳を問うたら,痣が治る頃を見計らってほぼ同じ場所に痣をつくっているらしい。確かに台所から二日に一度の割合で彼女の悲鳴が聞こえてくる。襖越しに「大丈夫か」と訊ねると,取り繕うように「大丈夫」といらえはあるので,生命に別状は無い筈なのだが,そのうちのいずれかでくだんの青痣を刻印しているに違いない。指なんかも生傷が絶えないし,とりみきではないが痛い話である。
まあ,このテのネタには不自由しないが,よくしたもので,これらの「うっかり」があるからこそ,時折頼もしいくらいの「しっかり」が発揮出来ると確信している。つまり,これは「必要悪」ならぬ「必要うっかり」なのである。そう考えると,今後とも彼女の多産なる「うっかり」に幸多からんことを願わずにはいられない。ということは近々彼女の素晴らしき「しっかり」が堪能出来る筈だ。こんなものは順番だからね。

「だからさ,怪我だけは気をつけておくれ」

 

1月17日()「映画? 観るよ,観ますよ」

正直云って2日続けての福岡行はしんどいが,先週行った小津特集に味をしめたのだから仕方ない。
小倉で無料上映される「泥棒成金」を振り切って(それはそれで勿体無いのだが)ひとり百道が浜へ。

午前中は「早春(56・日)」。上映ぎりぎりに何とか英ちゃん到着。
浦邊粂子の腰巻ギャグにお腹を抱えつつ,小津ダイアローグ・ハイに酔い痴れる。僕は小津はさっぱりの門外漢なので教えを乞うばかりなのだが,英ちゃんによると一連のダイアローグは武者小路実篤の作品にその源泉があるとのこと。ううむ,この齢になって引っ張り出すべきかね,実篤を。

お昼は英ちゃんの車を出して(図書館の制限時間を超えたのだ)近くの二重丸でコロッケ・カレー。普段ココイチで食べてるからか,ルーの味が新鮮である。ヴォリュームも悪くない。
英ちゃんはチキンカツ丼カレー。彼は丼に入ったチキンカツカレーを想像していたが,さにあらず,チキンカツを玉子で解いたものに出し汁をかけ,その縁にカレーがかかっているというシロモノであった。ちゃんと皿に盛って出てくる。英ちゃん曰く「カツ丼が勝っていてカレーらしくないのでいとわろし」とのこと。しかし,僕だったら気に入ってそうなメニューかもしれない。

再び,図書館へ。延々駐車場待ち。休日はこれだから困る。胃に悪い。
因みに僕はそれがイヤで,最初からTNCの一日駐車場へ車を持っていくことにしている。
どーにか残り10分程で入場に間に合う。
15時から「秋刀魚の味(62・日)」。N友くんがビデオを所有しているというウワサの作品だ。
いや,笠智衆を始めとする旧友三人組がのほほんとして味があってこのうえなくいい(ひとりとしてお元気な方がおられないのが残念である。考えてみれば小津組常連で僕が間に合うことが出来たのは杉村先生おひとりだけである。文学座の舞台を2度ほど観る僥倖に恵まれた。まだ山村聰センセイはご存命だがもはや…)。しかし東野英治郎が笠智衆や中村伸郎の恩師というのも余りと云えば余りである。挙句,杉村先生が娘だし(杉村先生は笠智衆の娘も体験済みか)。あの三上真一郎が小津版小僧っ子喋りをしていたのが何より可笑しかった。小津が自分のリズムに制御出来なかったのは結局加東大介だけか(推測)。いや,何にしろ佳い作品を観せていただきました。鶴亀鶴亀。
英ちゃんに月末の黒沢清特集「蛇の道」「蜘蛛の瞳」を誘われるが保留中。
そのへんは「あ,春」を始め,観たい映画が詰まっているからなァ…。

夜はハンバーグ。奥さん曰く「かなりの自信作」とのことなので丁重にいただく。
食後,昨日買ってきたカマンベール・チーズを肴に奥さんが新築祝いのお返しにIさんから戴いた「卑弥呼」という地ワインをいただくのを,何故か紅茶でお相伴する。このワイン,彼女によるといい意味で軽くて呑み易いとのこと。明日の夜はホットワインにして呑むのだそうだ。いやー,晩酌にも付き合わんと誠にすまん。

 

1月16日()「明和電機ショールーム」

久し振りに奥さんを伴って天神へ。
お昼は「アンクル・ヂィヂィ」でオムライス。
此処も長らくごぶさた。相変わらず,待ち人でいっぱいの店内。
大盛りを頼んだら,通常の1.5〜2倍はあるヴォリュームに目を白黒させる。その心意気や天晴れ(最近こればっか)だが,どうせなら玉子とデミグラス・ソースも同様の比率で増量していただきたかった。

一旦,彼女と別行動。
僕はシネリーブル博多へ「マイ・スウィート・シェフィールド(98・英)」。
劇中,鉄塔に登った仲間のひとりが「キン玉のあたりからゾクッとくる」と泣き言を云ったが,典型的なアクロフォビアである僕もまさに「キン玉のあたりからゾクッときた」。やたら空撮で鉄塔で作業する彼らを鳥瞰するのだが,命綱なんか何っ処にもつけてないじゃないか。ピート・ポスルスウェイトは抵抗しなかったのか,この仕事(涙目)。
奥さんはバーゲン期間中なのをしおに夫婦共に半壊している財布を物色。婦人ものだけどと見つけてきてくれた僕用の財布もなかなかいい感じ。あと,Z−SIDEで食料を色々買い込む。お試し企画でグレープ・シード・オイルに僕の弁当用のふりかけ(「ごましお」),加えてピーナッツきなこクリーム(え?え?),いただきもののワインのお供にと選んだカマンベール・チーズ。

頃合いを見計らってIMS三菱地所アルティアム「明和電機ショールーム」へ。
購買意欲は大いに促進されるが,魚立琴やプチモクが軒並み30万も40万もされた日には手なんか出るものか。サバオ(第2期)に到っては前回の19800円から49800円に高騰しているし(それでも野坂医師あたりが買いそうな気がする。いや,絶対買うな。買ったら遊ばせてもらおう。そーだ,嬉しげに口卓球やるんだ)。一気に大量の受注生産を行なうのだから仕方ないのだが(製作は明和電機社長副社長自らだしなァ)全然庶民向けではない。尤もクラフトマン・シップなどというものはコストパフォーマンスから最も遠い処にある。
エントランスで英ちゃんと待ち合わせて,旧交を暖めつつ(ったって4ヶ月振りか)大丸へ移動。
英ちゃんが行った事がないと云うので「にんにく屋五右衛門」で夕食,サハラライスのとても食べ物には見えない禍禍しきピジョン・ブラッドで英ちゃんを脅かす。いやあ,此処の料理旨いよね。臭いけど。

今度は3人して再びシネリーブル博多へ。
本日最後の催し,香港製アニメ映画「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー(97・香日)」のレイトショウ。
昨今強引度が増してきたと評判な映画者の天敵である風俗呼びこみ黒タキ軍団を迎撃すべく,きょとんとした奥さんを軸にドリカム編成(全くの死語)で鉄壁の構え。夜に賑わう中洲の往来を我が物顔で泳いで渡る(やれやれ)。
福岡から1時間,その日のうちに帰宅。車中,奥さんは既に爆睡モードであった。

 

1月15日()「ぼーくはブースカ・ブーにんきもの」

成人の日。特に祝うべき知り合いはいない(筈)ので,我が家にとっては連休初日。
午前中はひたすらのたりのたり過ごす。
快獣ブースカの目覚し時計 目覚まし時計(「キテレツ大百科」のコロ助。奥さんが嫁入り道具で持ってきた)が壊れて2ヶ月が過ぎた。キャラものは割高だし(大体6000円以上する),そもそもチャラチャラした時計は僕が嫌いなので,目覚まし購入がずっと滞っていたが,杉山加寿子の声に愛着も覚え,僕の中にキャラものOK(但し,目覚ましはだ>奥さん)の気運が高まってきた事もあり,夫婦揃って毎朝7時50分起床という悪習慣を打開すべく,満を持してバンドールへ。
時計売り場を一通り回ってそれぞれに逡巡した後,

1.キャラものである(キャラが起こしてくれる)
2.円谷なら何か許せる
3.先ごろ病気の為,断腸の想いで声優を引退した高橋和枝さんオリジナルヴォイスである
4.値引きされて4000円弱で購入可能である
5.他のキャラはどれもこれも帯に何とやらで決め手に欠けた

といった諸々の理由により,夫婦満場一致で快獣ブースカの目覚ましを購入する。
きゃつは「ぼーくはブースカブーにんきものー♪」と歌った後,30杯でいいからラーメンをおごれと朝から胃もたれするような起こし方をする。王冠を叩くと「しおしおのぱー」他3パターンのリアクションを交互に繰り返すというスグレモノである。まだ若々しい高橋さんの声には溢れ出る泪を禁じえない。この際だから,もう少し野太い声で「姉さーん」と抗議したり,故・雨森雅司さんが弱り果てた調子で「おい,ルーシー」と応酬する機能もオプションで付けて欲しかった処だ(円谷プロには縁もゆかりもないので絶対に無理である)。せめて付録にスイカ星人のフィギュア(塩ビの奴)ぐらいつけてくれても良さそうなものだが…(大バカ)。

昨日の夜ふと思い立って,今夜の夕食は焼き鳥。久し振りに「いなかもん」へ出かける。
奥さんが九州の焼き鳥屋にある「豚バラ」を知らなかったので,いつか食べに連れてくと云ったまま反故にしてあった約束を今回果たす。店に入るなり,盛り上がった彼女がデジカメのフラッシュをたくので(確かに店のひとにことわりこそ入れてたけど)恥ずかしいことこのうえなし。あんまり美味しいので,えのきのベーコン巻きを3本食べる。彼女自ら「美食のタマシイ」に記事まで書いた(こんなことはなかなかない)ので,興味のある人は読んでください。

帰宅後,半年振りくらいに奥さんに「大騒ぎしつつ」髪を染めてもらう。いやあ,毛染めって格闘技だったんですね。
仕上がり具合はイマイチ。お洒落でヘアブリーチしてる訳じゃないから別に構わんが。
奥さん「次回からビゲンに戻す」。戻すってよ,ライオンさん。

…どーにか「この一週間を語る・2」だけは免れたぞ。

**奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果(但し1月13日ぶん)

一、ロリエ  花王Peony
一、タマゴ6個  雫石小岩井農場

たかがタマゴと侮るなかれ。20個で2500円とかするチョー高価なタマゴなのです。風邪ひきの夫の良い滋養になるかな。

 

1月12日(火)「この一週間を語る」

日記を一週間近くサボった(もはや恒例である)。
遡って書くことも考えたが,こういう作業に追われて手枷足枷になるのもイヤなのでやめた。
この一週間のあいだに世間では東けんじ師匠と芦田伸介さんが鬼籍に入り,会社の安全祈願で例年より3日遅れで神社に参拝し,奥さんのたっての希望で生まれて初めてマイカーに注連飾りをつけた。あまつさえ北九州では例年より20日近く遅れて初雪が降った。初っ端から吹雪いて,見る間に白くなる会社の駐車場を眺め,これはかんじきを用意せねばなるまいと思ったら,あとはそれほどでもなかった。
東けんじ師匠は藤本弘先生同様肝臓病みであった。晩年の痩せかたには目を覆うものがあったが,享年75と聞いて老人痩せもあったのだと納得した(尤も,かなり過酷な闘病生活とは聞いている)。週末,やっさんと電話で話した時「明日の夜,お通夜に行って来るよ」と云っていたけれど,相方・宮城けんじ師匠(74)の心痛はいかばかりか。内海師匠も青空師匠もそうだが,片肺飛行になった漫才師ほど切ないものはない。
芦田伸介さんは大往生だったと思う。確かに5年ものあいだ癌と闘い続けたが,その間「現役として」いくつもの舞台と映画とテレビをこなし,こないだはとうとう「七人の刑事スペシャル」まで実現してしまった。享年81歳。彼はとうとう傘寿の坂まで登ってしまった。里見浩太郎公演を中座したことをずっと悔いていたとのことだが,最後迄現役の役者を全うして死んでいったあのひとはとてもしあわせだったのだと思いたい。やりたいこと,やらねばならぬ仕事を抱えた80代の往生にまさる幸福などきっとない。そして,僕は七人の刑事は分からなくても,塩入り珈琲に腹をたてた関東蜷川組の蜷川組長だけは決して忘れない。ほら,役者冥利に尽きる。
あとは週半ばからずっとひどい風邪に悩まされていた(実は今もだ)。
熱こそないものの,せき(一時は咳き込む度に胸が痛くなった)・洟水・洟詰まり(一週間ほど鼻声が続くというのは生まれて初めての経験である)という三種の神器に加え,風邪ゆえの無気力に蝕まれた。各ホームページの更新が滞ったのも,映画の本数が少なめなのも,ひとえにこの無気力さゆえに負う処が大きい。もう,かなり回復してきたけれど。
今年最初の映画は日曜日にようやく行った。小津安二郎特集「麦秋」「東京物語」。シネラにしては珍しく6,7割の入りか…さすがは小津先生である。「なかなかいい話なんですよ」「それはいいね」…暫し,野田脚本のダイアローグに心地好く酔う。それからメイベル・チャン「宗家の三姉妹」。予告編なし,ポスターも2作先の「至上の恋」までしかないなど,今までのパヴェリアでは考えられなかったことだ。もしやTNC,映画館経営から撤退する気ではと少し不安がよぎる。確かに此処の交通の便は非常に悪い。でも日曜の最終回にしては客の入りもなかなか良かったぞ。TNC会館のローソンで買った麻婆春雨まんがおいしゅうございましたよと心にぞ留めておく。

そして今日だが…今日はそう,とっておきのロッテ「カカオの恵み」を食べた(何て日記だ)。昨今チョコレートと云えば,古代マヤでもテオブローマ(神の食物)と珍重され,などど蘊蓄を垂れられるくらい妙に健康食的イメージアップが計られている。「カカオの恵み」一枚につき,グラスワイン一杯ぶんのカカオ・ポリフェノール入りだぞ。150円ほどでワイン12杯ぶんのポリフェノールが摂取出来る…して,どーする。この際,キシリトールも入れてくれ。さあ,この次は明治の「チョコレート効果」を試すぞ。更にグリコの「セシルチョコレート・カカオビター」迄フォローするかどーかとなると…コンビニに行ってから考えよう。

次回の日記が「この一週間を語る・2」にならぬ事を祈る(それじゃ週記である)。

 

1月5日(火)「すべてがFになる」

瀬名秀明が森博嗣「すべてがFになる」をその文庫版の解説の中で激賞している。
下にも置かないとはまさにこの扱いを云うのではないかと思えるほど迫力のある筆致である。もはや,おのれのプレゼン振りに酔っていると云っていい。作品に心底惚れているのか,瀬名なりに駆使した解説技術なのか,其処の比率が非常に興味深い処だ。何故なら,くだんの新書版を出て間もなく買ったまま,こうして二年と少しして文庫が出てしまうまで積ん読してあるからである(特に珍しい話ではない)。提灯持ち(即ち読み手)としての彼を何処まで信用していいものかどうか大いに迷う。ドラえもんフリークだということくらいしか,彼の読書のバックボーンを知らないからなァ(おいおい)。

とまれ,自分で買ったのだから,自分のアンテナを信じることだ。今日は久々に推理小説でも読むか。

と,勇んで帰宅したものの,テレビの脇に無造作に投げ出された,瀬戸口くんから譲り受けた(ありがとう),彼の冬コミでの偉大な戦利品「さようなら、ドラえもん〜Good bye,DORAEMON」が目に入ってしまう。「F」つながりだしィ,と誘惑に負ける(ことにする)。
「さようなら、ドラえもん〜Good bye,DORAEMON」,まさにF先生がいまわの際迄ペンを持っていた絶筆にして最高傑作「ドラえもん」の「最終回」をテーマにした労作である。何しろコミケ,版権完全無視の豊富な文献転載し放題だから,書店で買えないぶん,中身の充実度を約束されている。
処で,一口に最終回と云ってもその切り口はいくらでもある。

1.学習誌連載が故に,連載自体とは別に読者は作品との別れを余儀なくされる(多くは卒業時)。
 ● 実際に3度書かれた「物語としての」最終回の考察(資料多数・笑)。
 ● 小学六年生3月号掲載作品リスト,及び分類。
 ● F先生体調不良による休載の波及結果,世代別に見る最後の掲載作品(新作及び波及)リスト,及び分類。
2.最終回,或いはF先生他界後の「ドラえもん」に関するデマゴギーの紹介と反駁。
3.学習雑誌最終連載作品「こわ〜い!『百鬼線香』と『説明絵巻』」,最終掲載作品「ガラパ星から来た男」,
  そして,大長編ドラの最終作品「銀河超特急」「ねじ巻き都市冒険記」について。
4.名作「45年後………」の考察と作品紹介。
などなど。

F先生フリークの僕にとってこんな企画,泪眼銀座でなくても泪眼になる。小学館及び藤子プロの過去作品発掘及び刊行がままならない以上,こーゆーゲリラ的な研究本(スタッフは国会図書館に通い詰めだったのかしら)は蜘蛛の糸に等しい。だから,どーして僕のぶんも買ってきてくれないんだよ>瀬戸口くん。然れどもその謙譲のココロ意気や天晴れ(て,まだ云うか)。

かくして,今夜,僕の頭の中はすべてがFになっていったのだった。

 

1月4日(月)「仕事始め」

朝,瀬戸口くんを戸畑駅に送ってから出社。
東京に単身赴任したTさん(五反田在住)が会社に年始参りにやってくる。
ちーとも久し振りという気がしないのはどーした事だ。
逢うなり,4月にある三谷幸喜のPARCO新作公演「温水夫妻」に行きませんかと誘う。
実は4月18日にやっさんの真打披露パーティーがあるので,僕ら夫婦はその週末は上京するつもりでいる(奥さんはむしろ真打お披露目興行で文治師匠の口上を聴きたいようだが,それだとGWにかかってしまうので)。で,くだんの舞台は前日17日が千秋楽なのだ。ひゃー,何て綱渡りィ。
Tさんとは以前「笑の大学」「君となら」を共にしているので,PARCO−三谷路線には並々ならぬ(笑)理解がある。さすがは武闘派文科系のTさん,チケット取得(できるかどーかすら分からないが)出来るなら一緒に行きたいと色よい返事をくれた。
今年は悪名高き2000年対応があって,暮れの東京行きは絶対不可能なので,奥さんの白い目にもめげず,此処だけは何としても押さえたい処。だって財力と時間が許すなら,三谷芝居はこのあと更に新作第二弾としてシアターナインス2nd「マトリョーシカ」が待っているのだ,ホントウは。今度は「バイ・マイセルフ」の松本幸四郎父子に,長女紀保が加わる大喜劇になる模様。いやあ,観たい観たい観たい観たい観たいの15乗だが,「バイ・マイセルフ」の再演同様(乞う全国公演)叶わぬ夢なのだな,きっと。
チケット発売の折にはまた連絡をとることを約束してTさんとの挨拶を済ませる。
もっと他に話すことはなかったんかい>自分。

奥さんに労いの意味もこめて「トオイ」でしらゆきひめとメヌエット(断わっとくがケーキの名前である)を買って帰る。
シュークリームの店だけあってやたらシューが使ってある(気がする)。

夜は,一日遅れで「古畑任三郎対SMAP」を鑑賞する。
3年振りのブランクを感じさせない出来。犯人側とは云え,SMAPへの花の持たせ方及び,各メンバーの見処を抑えた描き分けは劇作家三谷幸喜の面目躍如であった。フレームすれすれまでのアップを多用した鈴木雅之演出も作品の緊張感を持続させるのに大きく貢献していた。きっとピーチクパーチク囀る輩は出てくるだろうが,ボク的にはこのスペシャル,無上の至福を与えてもらった。たいそう満足している。
ミステリーなので筋には触れないとして,160分の長丁場だけに小ネタとゆーかオカズも多かった。

● アバンタイトル,古畑・今泉の初共演。
● 壊れたカスタネット,満を持しての登場。
● 元TSBメンバーの大挙導入。
  3度めの梶原善(弁当屋のネーミングだけで配役されたっぽい),
  2度めの野仲功,おそらく活動停止後,三谷ドラマ初参加の宮地雅子(おめでとう)。
● 向島巡査が離婚して東国原音吉に。
  東国原はそのまんま東の本名だが,かの苗字は彼の一族郎党しかいない珍名だそうだ。
  即ち,彼の親戚には「間違いなく」かとうかずこがいる。
● 西園寺刑事初登場。第3シーズンが楽しみである。

数え上げればきりがないので今日はこのくらいで。

 

1月3日()「熊大SF研新春の宴1999」

午前10時頃にPHS。衛藤さんからかと思いきやこれが宮崎くん
宮崎くんは熊本大学の6年後輩にあたり,熊大SF研究会の最後の生き残り(唯一現役)である。
彼と話すのはこれが初めてだったので,結構面食らう。
そー云えば昨夜,瀬戸口くんが「PHSの番号を繋ぎますから」と云ってたな。
宮崎くんの第一印象は声が若い(笑)。やはり20代前半は違う。
その後,直接会って話すうちにBBSと見事に言文一致なひとであることが判る。
「ひー」とか「はにゃあん」とか(笑)。いや,書き言葉も捨てたものではない。
「今から大牟田を出る処です」
次にはるさんに電話するが,既に予定が入っているので,夕方からしか逢えないとの返事。
11時になっても衛藤さんから連絡がないので,僕ら夫婦も見切り発車する。
お午(ひる)前に中津駅でようやく衛藤さんと連絡がとれる。
携帯の機種交換にてこずって未だ大分に居るとのこと(しかも交換は間に合わなかったらしい)。
仕方がないので予定を変更して,衛藤さんには小倉駅に直接向かってもらうことに。
折良く電話してきた瀬戸口くんにも,その件つなぐ。

中津駅前のミスター・ドーナツで福袋を売っていたので奥さんをけしかける。
(因みに此処のミスタードーナツはその昔,かの司馬遼太郎先生もドーナツをお買いあそばされた大変由緒正しきドーナツショップである)
彼女は嬉々として出かけていったが,暫くして憮然として戻ってくる。
ドーナツ1800円ぶん盛り合わせにコーヒーの詰め合わせだったそうだ。
あれだけ豊富にノベルティを取り揃えているくせに,グッズの在庫はどーしたのだ。
夫婦して嘆いた後,小倉駅にて福袋リトライを誓う(しかし今年は全国的にドーナツの詰め合わせなのだった)。

道中は次妹に貰った山崎まさよしを聴き乍ら,愉快に過ごす(奥さんはZzz…)。
三が日の小倉は大渋滞であったが,だいだい14時頃にはさしたるトラブルもなく,小倉そごうの2Fにて,衛藤さん,瀬戸口くん,宮崎くん,僕ら夫婦は一堂に会す。衛藤さんには宮崎くんのことは話してなかったので(瀬戸口くんのことだって今朝伝えたくらいである)さぞかし面食らったろうが,何を隠そう,僕だって大概面食らった。宮崎くん,フットワーク軽いんだもん。そんなに僕らを慕ってくれたのか(え)。

14時半。鮨詰めエレベーターを伝って,14Fにある四川飯店にて会食。
此処なら北九州市内も展望できるし,回転レストランだし,皆さんに喜んでいただけるのではないかと,実は昨夜からひそかにアタリをつけていたお食事処であった。初売り真っ最中の小倉そごう内なので,確実に営業中なのもポイントが高かった。待ち行列が出来ていたらなどという心配は杞憂に過ぎず,混んではいたものの即テーブルへ案内される。新春特別サービスなのか,いつもはひとりしかいないチャイナドレスの案内嬢が沢山闊歩している。
という訳で,新春コースA(5人前15000円)をオーダーする。
コース料理は棒々鶏をはじめとする前菜三種,モンゴウイカの梅肉炒め,鶏のから揚げ,豚肉のナッツ炒め,ワタリガニのチリソース,レタス炒飯,杏仁豆腐,といった処か(以上,かなり適当な記憶による)。衛藤さんは桂花陳酒をグラスで。
15時52分の新幹線にせきたてられ,衛藤さん,杏仁豆腐をかきこむのも慌しく,惜しまれつつ退場。年末に買ったというデジカメで僕ら夫婦を激写してくれるが,果たして今世紀中に画像が我が家に届くことはあるのか。また,この次に衛藤・宮崎両巨頭のブッキングは実現できるのか。そもそも衛藤さんは宮崎くんを覚えていてくれるのか。ひょっとして同性の別の後輩だと勘違いしたままで帰っちゃったのでは(可能性高倍率),などさまざまな波乱と余韻を残し乍ら,「古畑」の録画時間に間に合うべく車中のひととなる。

瀬戸口くん「宮崎くんに『天動説』(熊大SF研会誌)を見せなければ」
それは分かるけど,小倉北区〜八幡西区は北九州の端から端だぞ。
宮崎くん,19時半発の長距離バスに帰路を設定,まずは引野インターへ,って着いたのが17時半。
拙宅に着いたのが18時(わはははは)。
黒崎で買ったドーナツ(註:福袋ではない)でお茶にしたのが18時40分だ。
瀬戸口くんに冬コミの獲物を公開してもらって「まんが道」の換骨奪胎を極めた「コピー道」にヨヨと泪しているうちに19時。そそくさと引野インターへ向かい「お疲れ様でした」。処で,宮崎くんが北九州に来たのはこれが初めてらしい。21時には無事,熊本バスセンターに帰りついたというが,それはまた別のお話。
瀬戸口くんも僕も異口同音「よく来てくれたよなァ」

家に戻ると,良いタイミングではるさんから電話。
高速道路から「もうすぐ帰宅します」。早速,若松のはるさん宅に向かい,彼を拾う。
若松のジョイフルでジャンクな会食。て,暮れの新宿アジアン・キッチンと何処が違うんだよ。
どーでもいい山小屋ラーメンをバックに記念写真を撮って散会。
帰宅。「古畑」が旨く録画されているのを確認しつつ,瀬戸口くんと夏のアルマゲドンもといコミケ迄残り少ない今後について,殆ど役に立たない意見を交換する(ううむ)。同じく拙宅にて彼と検索エンジンで熊大SF研の最後の現役である宮崎くんの存在を突き止めたのが,思えば去年の1月5日深夜のことだった。あれからちょうど一年,SF研サイト開設の果てに,ようやく宮崎くん当人に辿り着いたのかと思うとなかなか感慨深い。いや,つっても未来永劫に熊大SF研復活への道はたいそう険しいのだけれど。

あ,追記。奥さんへ。
本日はドクター・モローの魔窟で過ごすが如き一日をよく耐え忍んでくれました(笑)。
これに懲りることなく,時折で結構ですから果敢に魔窟の奥底へついてきてください。
大丈夫です,誰も痛くしません。ココロから感謝しておりますです。はい。

 
1月2日()「実家でくつろぐ」

母から誕生祝いにマフラーを貰う(奥さんのぶんまで)。どーも,ありがとう。
お蔭で,暮れに買ったコートと帽子と並んで,奥さんの冬のお出かけ三点セットになりました。
ただ問題がひとおつ。コートとマフラーは同時に身につけられず,両方気に入った彼女はたいへん困ってしまっています。
もうひとおつ。彼女の赤いマフラーは,長妹のコーデュロイの袖と次妹の白いセーターを真っ赤に染め上げました。どーしましょう。
夕方,中津まで出かけ,次妹に山崎まさよし「ドミノ」と「ヨーヨー・マ・プレイズ・ピアソラ」を買ってもらう。どーもありがとう。これで31歳になった甲斐があったというものだ。
尤も彼女はSPEEDやglobeのCDを欲しがってよと無理難題を云っていたが,自分のお祝いなので黙殺する。

気乗りのしない妹たちを3年振りの同窓会に送ってから,此処数日でどたばた決まった3日の熊大SF研の会食について,数名と電話打ち合わせ。
衛藤さんは携帯電話買替の為(え…),11時にしか大分を発てないし,はるさんは捕まらないしと前途多難。不確定要素のオンパレードである。
しかも,瀬戸口くんの話だと,野坂医師は風邪でダウンだわ,(彼が熊本からの足として期待していた)K嬢は3日から仕事だわ,予定はもうぐしゃぐしゃである。こーなると大牟田にいる宮崎くんの小倉召喚なんてユメのまたユメなのではないか。
こんなの大々的に喧伝しておかなくって正解であった。こんな危なっかしい会合,僕と瀬戸口くんじゃなきゃ,とっくにぶっ潰している。
これにウチの奥さんをつきあわせるかと思うと多少胸が疼く。ずきずきずき。

夜はとっとと同窓会から帰ってきた妹たちも参戦してまたしてもゲーム大会。
すっかり「人生ゲーム」にはまってしまった親父だったが,流石に二日目でもやると賛同するのはウチの奥さんくらいなものであった。
という訳で,夜更けまでUNOをやる。根がゲーマーで,且つこんな大人数でゲームをやる機会に恵まれていない奥さんは本当にしあわせそうであった。
かくして,正月二日目もあっぱらぱーに暮れていく。

 
1月1日()「迎春」

1/1 今日は夫の誕生日なのでバースディケーキを作りました。 ケーキの話は31日に書いたけど,奥さんが画像をこちらに貼りつけてますね…ま,いっか。
ローソクが一本じゃ侘しいと云ったのだけど,31の1なんだそうです。

さて,挨拶が遅れたけれど,今年も本ホームページともどもよろしくご愛顧の程をお願いいたします。
いつのまにか「平さん」がアクセスカウンタ数で家頁を追い抜いてしまったので,此処もお客呼びこみの為に何らかのテコ入れが必要なのだが…やはりBBSの導入しかないのか。て,何のBBSをこさえればいいのだ?
しかも,導入してカウンタ上がらなかったら,目もあてらんないしィ。ま,ぼちぼち考えていこう。

夜更かしした割りに9時過ぎには起床する。
年賀状,56枚…初日はこんな処か。
何より,今年は英ちゃんから年賀状が来たのだから記念すべき年と云える。
10年目にして初めて元旦に賀状を貰ったんじゃないかしら。
そっか…世紀末だしなァ。僕らの持ち時間の残り少なさを改めて思い知った次第である。
結婚や転宅や転職を匂わす葉書あり,子供が大きくなったり,増えてたり,一年もご無沙汰すると皆さん色々おありのようで。
あ,でも,パソコン普及で年賀状が確実に賑やかになってきましたね。インターネットの賀状も増えてきたし。

という訳で,一日(ついたち)のオペレーション(会社だ,会社)もつつがなく終わったようなので,宇佐の実家へ。
長妹から,誕生日祝いに去年ねだっておいたニール・サイモンの自伝「書いては書き直し」(早川書房)を貰う。ずーっと欲しくて我慢していた一冊。どーも,ありがとう。
すっかり正月モードな為,家族で夜っぴいて「人生ゲーム」とUNOをやる。しかも,UNOの後,長妹は朝方までかけてウチから持ってきたPlayStationの「パラッパラッパー」を全クリアしてしまった。いやあ,バカである。奥さんは彼女にまずいものを開封してしまったのではないか。長妹はこの春めでたく福岡での就職が決まったが,どーもPlayStationを買ってしまいそうだ。この際だから,ドリキャスを買えよ(ウチにないから)。

処で,昭和のいる・こいる師匠は,新春も朝から他人(ひと)の話も聞かずにマイペース爆走中である。いい兆候だ。



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