2月のにっき(2)

「宗教みたいな,”本当に長持ちする,時間を超越している”ものですら,
未だ,一本の木を,時間の中で越えていないのだ」

新井素子『チグリスとユーフラテス』(集英社)より

2月20日() ICQ+IRC四方山会議
2月19日(金) リービング・ラスベガス回顧
2月18日(木) 雨の時間
2月17日(水) 「沢村貞子」という愛
2月16日(火) 嗚呼,プチ・ショコラ・ボア
2月15日(月) 山岡久乃のダンディズム
2月14日() 日曜日のバレンタイン
2月13日() 押し入れサルベージ
2月11日() アルデンテでも許さん


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2月20日()「ICQ+IRC四方山会議」

昼間は福岡にて映画3本(詳細は映画のタマシイを参照のこと)鑑賞。
あ,マイク・フィッギスの「ワン・ナイト・スタンド(97・米)」は期待通りの出来。
ヘーンな(カルト系多し)役者の的確な配置。寿司バーとかテイクアウトの中華とか「食」のディテールへのこだわり。
ズバズバ云うさまが小気味良い中国系のミンナ・ウェンがなかなかの掘り出し物でわ。
レイトショウの三池崇史「BLUSE HARP(98・日)」はさんざん逡巡したが,今後の出費などを省みて今回は見送る。音楽好きなチロルチョコの社長がこさえた異色の企画だったんだけどなァ。次週のレイトショウ「ドレス」も観たい作品のひとつなのだがさて…。

りーぶる天神にて,三谷幸喜「オンリー・ミー」(幻冬舎文庫)
もう随分前に出た文庫で,ハードカヴァー初版本を持っていた僕はシカトしていたのだが,先日になって,舞台のパンフなどからのエッセイ追加が6本あったことを知って遅れ馳せ乍ら購入した次第。しかも,あろうことか解説は由貴ちゃんであった。近頃,一生の不覚が続く。

木曜にやった「夏コミ出品・電子会誌製作」yahooページャー会議だが,思った通り一回でぽしゃって,紆余曲折を経て,今夜,ICQ+IRCという構成のチャットに落ち着く,一応。で,其処に行きつくプロセスの一部にはウチの奥さんが暗躍してたりして。
今夜のメンバーは瀬戸口くんと3年くらい後輩の廣田くん。どうせ雑談の域を出ないだろうと高を括っていたら,案外廣田くんに原稿を依頼する算段までついてしまった。よしよし。


 
2月19日(金)「リービング・ラスベガス回顧」

明日はマイク・フィッギスの「ワン・ナイト・スタンド(97・米)」を観ようと思っているので,そのおさらいに何故か前作「リービング・ラスベガス」の粗筋を奥さんに紹介したメールがあったので此処にサルベージしておく(これでとうとうサルベージ・ネタも切れた・笑)。

**********

元々は腕のいい仕事をしてきた脚本家ベン。しかし彼は酒で身を持ち崩し,妻子に逃げられしまいには映画会社を馘になる。
社長も彼の才能を惜しんだうえでの苦渋に満ちた決断だった。
でも,酒はやめられない。アル中の末期といっていい。
破格の退職金の小切手を渡した後,社長が尋ねる。

「この後,何かあてはあるのか」
「そうですね....ラスベガスへでも」

ベンは,失った家庭の記憶に満ちた家財道具を始末し,退職金とあわせてまとまった金をつくると車で一路ラスベガスに向った。
彼には思惑があった。此処まで落ちぶれ果てて尚酒との縁を断ち切ることが出来ない。断ち切りたいとも思わない。
其処で彼は考えた。
ラスベガスで自分の財産全部を使って,痛飲してのたれ死んでやろう。ありったけ酒を呑めば,身体がぼろぼろになって遂には死に至るだろう。
つまりは,飲酒自殺。莫迦げていたが,彼は本気だった。

一方,ラスベガス。
東欧系の自堕落で暴力的なヒモから逃げられず,本意ではないが娼婦をなりわいとしているサラ。
彼女は折角の魅力的な肢体と眉目秀麗な面差しを,ラスベガスに金を落としにきた男たちを悦ばせる為だけに使っていた。
でも,めそめそ泣くような時期はとうに過ぎていた。職業娼婦としては既に何のてらいも躊躇もなかった。心はすっかりすさんでいた。

或る夜,サラを見とめたベンが彼女を自分のモテルに誘う。
金ならいくらでもある。何なら500$出そう。
サラが彼の部屋についていくと,其処は酒屋のように沢山の酒壜が並んでいた。サラが「仕事」をしようとするとベンはそれをやんわり拒んだ。
「話をしよう。傍にいてくれるだけでいい。酒もあるよ,何を呑む?」
サラは彼と一緒にいるだけで妙に満ち足りることの出来る自分に気付いていた。ふたりはいつしか朝まで眠った。
そして,サラはベンを忘れることが出来なかった。
とうとう次の夜,彼女は彼を捜しに街に出るのだった。

やがてサラとベンは一緒に暮らしはじめる。
ベンは同棲するにあたって一つだけサラに約束させた。
曰く「俺に酒をやめろというな」。
サラは了解するんだけど,このお話のいちばん凄い処は,サラが約束を守っちゃう事。
一回だけ「病院に行って」って嘆願するくらい。あとは彼がどんなにぼろぼろになっても,酒をやめさせようとはしない(勿論,自らすすめたりはしないのだけど)。

で,あーだこーだある訳ですね。
サラはもう二度と孤独はごめんだってベンにしがみついてる。
彼が早晩酒で死ぬことを覚悟しながらも,彼を好きになってしまったから,自分の恋心はもう引き返せはしないから。だから,一緒に暮らそうとベンに誘う時,彼女は自分が娼婦である事を引きずっ ちゃってた。まさかまさかの恋する乙女に戻ってしまっていたから。

ベンは自分なんかを愛してくれるパートナーの出現に驚き喜びしあわせを感じながらも,束縛を拒んじゃう。
だってね。自分を愛してくれるひとを大切に想うということと,酒呑んで死んでやるということとを両立させるのがひどく困難になってくる。
で,サラの部屋で女と寝ちゃったりする。
当然「仕事」から帰ってきたサラはそれを見つけてしまう。
気まずい沈黙の後,いそいそと女が出て行く。
ふわふわした面持ちのベン。
「少し眠ったら出て行くよ」
「今すぐ出ていって」
うんうん頷き乍らふらふら立ち上がるベン。
サラの頬をぽろぽろこぼれる涙。

つまりは破局。

それからのサラはとことんついてなかった。
酔ったベンのせいで出入り禁止になったカジノではお客はとれない。ガードマンからは屈辱的な追い払われ方をする。
ベンの行方を追ったが,元居たモテルからは既に姿を消していた。彼女の前から本当にいなくなってしまった。
気弱そうな3人の大学生との「仕事」では,殴る蹴るの暴力を受け,血まみれになりながら結局レイプされる。
目に青あざを作って帰った彼女には,彼女の生業を知った大家からの立ち退きが待っていた。
シャワールームで全裸のままうつむいて膝を抱えて泣くサラ。 熱いシャワーの下,タイルのフロアを,暴力を受けてつくった傷口からの血がゆるゆる排水溝へと流れていく。

自分がどうしようもなく独りだと思い知らされる。
そんな時,ベンから電話がかかる。

ベンはまさにいまわの際だった。
薄暗く,黴臭いその部屋で彼はごみくずのようにベッドに横たわっていた。
ずっとサラに逢いたかったと云った。
云いながらジンの壜を一気に呷る。彼はベガスでの目標を今まさに果たそうとしていた。
サラは彼に対してもう何もしてあげることがない。
そう思った時,ふと彼の下腹のシーツの膨らみに気付いた。
ベンは死に際になって尚,サラに再会して欲情していたのだ。
此処でことわっておく。先にも少し触れたが,ベンはセックスに対して淡白な男であった。
深酒のせいもあったろうが,彼はある種のインポテンツだったのであろうと思われる。

「私が慰めてあげる」
サラは彼に馬乗りになり,そしてベンは喜悦の中で息果てる。

これが物語の全てである。
そして,サラは誰かのインタビューに答えるようにして(このシーンは物語の端境にたびたび挿入される)しみじみと述懐するのだ。
あんなに強く純粋に誰かを愛したことはかつてなかったと。

サラ演ってるエリザベス・シューが,清冽で佳い。
娼婦だし,かなりきわどいシーンが続く(つっても,実際にバストを出したのは,ワンシーンだけ)が彼女の(矛盾しているようだが)その処女性は微塵も揺らがない。
ベンがいつか,彼女の身体中に酒をかけて,その身体を舐め回したいと戯れ言を云ったのだが,ふたりで砂漠にバカンスに行った折りに,それを実践してみた。彼女は何故だかとても清楚であった。
アカデミー男優賞とったニコラス・ケイジより,僕には彼女の方が佳かった。

**********

TBSでは2時間の山岡久乃さんの追悼番組。
当然である。山岡さんはTBSに特集を組ませるに充分な貢献をしてきた。
番組の最後で藤岡琢也さんが「おかあさん,さぞ無念だったでしょう」と云って声を詰まらせた。
それが彼女の今際の全てを云いあてていたのではないか。

**********

今夜は夫婦してレイトショウで「レ・ミゼラブル」。
ユマ・サーマンの豊満な肢体より(いやあ,惜しげもない…つったって脱いではいない),クレア・デーンズの不器量さの方があとに残る。
「ロミ&ジュリ」といい,このひとの起用理由はいったい何処にあったんだか。
確かにその負けん気の強さに観客ははらはらさせられるんだけれど。


 
2月18日(木)「雨の時間」

夕食のあと,N山くんちからいただいた「白い恋人」と「マルセイバターサンド」でお茶にする。至福。
N山くんの奥様と英ちゃんのお蔭で,本当,我が家では「マルセイバターサンド」と「さが錦」にはことかかない。

**********

以下は,96.07.02に奥さんに送ったメールぶんからのサルベージ。
あろうことか「創作」である。タイトルには「雨の時間」とある。こんなもの,すっかり忘れていた。
本来は全く手付かずの「西瓜的再見」に置かれるべきテキストの気もするが,此処で紹介しておく。

「雨のひとしずくが生まれる物語を知っていますか」
17歳の誕生日を迎えたばかりの天体物理学者は,ストロベリイ・ハイボオルの入った背の高いグラスをからんと揺らした。
勿論,彼女は僕にそれを聴かせたくてやったのだ。
彼女の口許のほのかな苺とアルコオルの芳いが,僕の鼻孔を甘くつねった。彼女のグラスの氷をかき分けるようにして,ベビイ・ピンクのゼブラ・マナティが僕を覗き見る。炭酸のあぶくをお腹いっぱいに浴び,たゆたせながら,彼は僕と彼女をせわしく見比べている。
僕はエビアンの入ったグラスを軽く傾げてそれに応えた。
ついでにこれ見よがしに小さくかぶりも振ってみせた。

「たとえば,きちんと締めていない蛇口の水滴を考えてみてください。
その水の珠(たま)は,下へ落ちていこうとする重力と,内側に抑え込もうとする表面張力との狭間で延々と産みの苦しみを味わいます。
近付いてごらんなさい。その小さな海は落ちる力と受け止める力のせめぎあうバランスによって対流しています。
落ちていく流れはいちばん下で零れ落ちてしまうのを阻止され,後に続く流れの後押しで上へ押し上げられていきます。
水滴は,蛇口にしがみついたままぐるぐると転がります。
ねずみが籠の中を走り続けるよう,子供がキャタピラの中ではしゃぐよう,中で程良く溶けたチョコレイトを冷たく固めてしまわないよう。
そうして宇宙は,蛇口が手を放す,その今際の時まで対流を続けるのです」
ひと呼吸置いて,マナティがグラスから顔を出した。
ぷはっと息を吐く気配がした。アルコオルで普段よりも赤くなった縞模様が珊瑚礁に棲むテナガエビみたいだ。
天文物理学者はくるりとルウプを描いたストロオの腹で,マナティの首筋を撫でた。
残っていたエビアンを一気に呑み干すと,僕は背の低いグラスをテーブルに置いた。銅メッキのコオスタアの上で,たんと音をたてた。
僕は彼女にあわせて至極丁寧に訊ね返した。
「蛇口が手を放すと,その宇宙はどうなるのですか。対流をやめるのですか」
「表面張力がなくなる訳ではありませんから。しずくがしずくのかたちであり続けるのは,表面張力がしっかり自分の身体を守っているからです。
ただ,水滴が蛇口から離れる,そのけしつぶ程の時間,対流はやみ,宇宙には凪が訪れます。そう,ほんのけしつぶ程のあいだです」
「雨の話でしたね」
「ええ,雨のひとしずくが生まれる時の話です」
「それは凪の話なのですね」
「ええ,それは宇宙の総べてを覆う凪の摂理なのです」
僕は天文物理学者のおくれ毛をひとさし指と中指とでなぞった。
彼女はかすかにまばたきをして,グラスの氷とマナティを見た。
「それはいまの『僕ら』の話なのですね」
「いえ,それは私たちの『いま』の話なのです」
短い沈黙があった。
天使が通りすぎた。別段,気まずいことでもない。
マナティが小さな飛沫をたてた。グラスに浮かぶ氷のあいだをぬうように,まろみを帯びたやわらかな同心円が広がった。

「さしあたり僕はどうすればいいでしょうか」
天文物理学者はそれに応える替わりに,素早く僕の鼻の頭に接吻した。
あまやかな反乱は,とれたての苺の芳香で鼻腔を刺すかのように突然だった。
うわんうわん。僕は耳鳴りがした。誰に弁解する猶予ももらえなかった。
不意に,マナティが重たい上唇をめくって笑ったような気がした。
次の刹那,僕は夜明け間近の苺畑の真ん中に立ちすくんでいた。
頬に触れる空気こそ冴え冴えとしていたが,朝凪で視界の捉える何もかもが穏やかだった。
空は紺碧に少し苺色を溶かした感じ。三六〇度,ふわりとコンパスを廻すように其処はストロベリイの大海原だった。
潮風のかわりに苺の香りが霜柱を踏むように僕を包む。
無論,彼女もひざの上にグラスを乗せたまま,隣にいる。嗚呼,彼女にはスツールもある!
ベビイ・ピンクのゼブラ・マナティもだ。
さしあたって僕のグラスだけない。確かに空にはなっていたけれどどうにも悲しかった。
「もうしばらく私の話を聞く必要がありそうです」
遅れ馳せながら彼女が長閑な口調で云った。
「せめて身体を預けられるカウンターが欲しいのですが」
それが僕に出来る精一杯のいらえであった。

つづく(笑)

「つづく」とあるが,それから2年半たって,続きが書かれたという話はついぞ知らない(全く他人事)。
でまた,これで物語が閉じていたってそれはそれでいっかななどと思う。

**********

夜遅くまでyahooページャーにて,瀬戸口くんと夏コミ出品予定の電子会誌の編集会議(会議と云うのもおこがましいけど)。
昔試したチャットツールよりはダウンしにくく使い勝手も悪くなかったが,マック・ユーザーが参加できないという難点もある。
おそらくyahooページャーでの会議は定着しなさそうだ。


 
2月17日(水)「『沢村貞子』という愛」

此処には書けないが,身辺が賑わしくて,その理不尽さが腹立たしく悲しい…。夜更け迄なかなか寝つけず。
親父と電話で話したらバレンタインの礼を云われた。
そー云えば,こないだも僕宛ての留守電で「ケーキ(これまた『ボンサンク』のプチショコラボア)ありがとう」と録れてあったので,礼ならオレじゃなくてヨメに云わなきゃ,と告げると「だって,送り主,おまえになってたぞ」と返され,留守電の謎も解ける。奥さんがついいつものくせで僕の名前で発送してしまったらしい。しかしいずれも丸文字とは云え,自分の息子と嫁の字も区別がつかんのか。

かつて奥さんに送ったメールを整理してたら次のようなものが出てきた。我乍ら色んな事を書くヤツである。
そのまま寝かすのは勿体無いので,此処にサルベージしておく(この処サルベージづいている)。尚,日付は96.09.27であった。

**********

処で,いつかしようと思っていた話がある。沢村貞子のこと。

彼女は実はたいへんな愛夫家だった。
(無論,彼女の夫もたいへんな愛妻家だった。)
もはや絵に描いたような,と形容していい。
現実世界ではすっかり絶滅したと思われていた愛のかたちだったと思う。

ふたりの境遇は少し新藤兼人・乙羽信子に似ていた。
曰く,旦那は妻子持ちであり,世間的には後ろ指さされる「不倫」の間柄であったということ。
けれどその恋は清冽で芳醇で,しかも日常であり生活であった。
実は初めて出会った時,沢村も結婚生活の破綻を迎えている最中だった。
でも,ひとめで運命の出会いを感じたのだという。
実際に,その後半世紀苦楽を夫と共にしたおばあちゃんが云うと,なにものにも越え難い説得力がある。
ふたりが正式に籍を入れるのには,それから30年以上かかる。その頃には,ふたりとも還暦を過ぎていた。
尤も,ずっとふたりで暮らしていたのだが,旦那の「奥さん」が亡くなるまで,すべての片が着くまでにそれくらいの時間がかかった。
死ぬほどの借金を抱えた。
しかも,向こうの家族をも養わなければならない。
彼女は誰よりも子供好きで,誰よりも母となることを欲していたが,借金返済のために子供を得ることを諦めた。
彼と共に居ることを望んだが故に彼女は母を捨て,妻としてがむしゃらに働いた。
その活躍は,膨大に残された映画のフィルムやテレビのVTRが,彼女のために証言してくれる。
生涯一脇役の女優として通した彼女のフィルモグラフィはいつか評価されなければならない。

彼女がいつか数十年に渡る「我が家の献立」を本にした。
根気良く続いた日記と考えてもいい。
元原稿となるオリジナルの献立記録は和綴じのノートで彼女が几帳面にキルト風の仕上げをしてあり,彼女の達筆な夫の手による表題が記されていた。それが数十冊にもたまって,とうとう出版するまでに至った。数年前,彼女の夫が先に逝った時,彼女は料理をするのをぱたりと辞めたのだった。傘寿を迎えて尚,三度三度の食事を夫にこしらえていた彼女がである。決して家政婦など雇おうとしなかった彼女がである。
結局,自分ひとりなら何を食べても良かったのだね。
夫が旨そうに食べていてくれたからこそ,女優業に忙殺されていた時にも献立を考える楽しさに我が身を置いていたのだね。

日々は流れた。
古希を過ぎた或る日,夫が彼女に東京を離れようと云った。
彼女は驚いた。彼女は下町育ちのちゃきちゃきの江戸っ子だった。彼女は東京以外の場所に居を構えるなど想像もしたことがなかった。
夫は云った。
海の見える処に移り住んで,日がな海を見て過ごそう。
もう自分たちはおつりの人生なのだ。
若いひとの邪魔にならないよう,靜かに海を見て暮らそう。
彼女は,それもそうだなと思った。
もう自分たちだけのことを考えて生きていけばいいのだ。
そして,ふたりは海辺の家を,彼女の世話をしてくれていたマネージャーに探してもらい,其処で毎日何をするでなく海を見て暮らすことになる。

あれは駿河湾だったか(記憶が不確かである)。
海を見乍ら,ふたりは自分たちの死後のことを語り合った。
ひとの手を煩わす葬儀なんかしなくていい。
誰かが守っていかなくちゃならないようなお墓なんかなくていい。
どちらかが先に逝ったら,後に残ったものがその灰をこの海に撒こう。
それでいい。それで十分だ。
ふたりとも灰になって,一緒にこの海に眠るのだ。
互いに異存はなかった。
夫がふたりの老後を交換日記のかたちで本にしようと,一回分だけ書いて逝った。
彼の書いた「あとがき」には,妻を賛美し,妻と巡り合えたしあわせを淡々と噛み締めてあった。八〇過ぎの老人の愛の告白である。
沢村貞子は八〇半ばに至って,きちんとその本を完成させる。
そして,病の床に伏して死と隣り合わせても尚,三回忌は自分が主で取り行ない,それからわずか後に閑かに眠った。
彼女の部屋にはいつも彼女の目の届く処に夫の骨壷があった。
彼女はいつしか,いなくなった筈の夫と語りさざめき,来客中も,あたかも傍らに彼がいるかのように夫と話をし,そして笑った。
狂気ではなかった。夫は確かに彼女の傍らで彼女と共に在ったのだ。

云い忘れていたことがある。
彼女は逝く二日前まで寝たきりだというのにトイレには自分で行ったのだった。
誠に彼女らしい。其処には彼女の気高さと,周囲のひとびとの慈愛があったればこそだったのだと思う。
思えば,しあわせな一生だったと,訪れるひと毎に洩らしていたと聞く。
ほんとうにしあわせだったのだと思う。
それはもう,羨ましいくらいに。
津川雅彦(甥)がくすんと笑った。
「あんなカミさんが欲しかった」
朝丘雪路には可哀相だが,それは本心だと思う。
彼の叔母は男の理想型そのものだもの。御伽噺は其処に在る。
彼女は本当に夫のために生き,そしてそれこそがイコール彼女の生き甲斐に他ならなかったのだから。

僕は,沢村貞子はハードボイルドなのだと思う。
おだやかでたおやかな晩年を迎えるまで,彼女は過酷な助走距離を笑顔で乗り切ったのだ。
苦労は苦労じゃなかった。ひとに話して聞かせることでもなかった。
男らしいと思う。女性だけれども,漢(おとこ)らしいひとであった。
女優人生の引き際と云い,自分自身の幕の引き方と云い,全てに於いてきっぱりしたひとだった。愛情溢れるひとだった。ちょっと妬ましいくらいの人生である。

だいぶん言葉足らずだった。まだまだ褒め足りない。まだまだ語り足りない。
それに,僕はまだまだ彼女を知らなければならない。

たまには,こんな愛の話もいい。
「ほんとう」の持つ強さに,よく僕らは打ちのめされる。

**奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果

一、テレホンカード50度  日本マンパワー福岡校
最近テレカの懸賞って少ないので、テレカが足りなくなってたんです。だから特にラッキーって感じ。


 
2月16日(火)「嗚呼,プチ・ショコラ・ボア」

朝,N山くんの奥さんの北海道土産にマルセイ・バターサンドをいただく。いとありがたし。
また,次妹から「一日遅れで送るけど」と断り書きしたチョコレートが届いた。やはりありがたきは身内かな。
奥さんがくれたのと同じボンサンクの「プチショコラボア」であった。わはははは,佳い趣味である。

夕食はステーキサラダ。こないだの「ブッフドール」のランチを復元したかったのだそうだ。
復元出来ていないが,これはこれでとても美味しい。


 
2月15日(月)「山岡久乃のダンディズム」

「70年突っ走ってきて,そろそろゆっくり歩いて行こうかと思っていた矢先に『がん』という最悪のシナリオをいただいてしまいました。
でも,このシナリオには結末が書いていないので私が自由に演じたい。女優の底力を見守ってください」

これが去年の暮れに山岡久乃さんが病床から所属事務所を通じて発表したコメントだ。
胆嚢癌。享年72歳。古稀を過ぎて尚,このひとのダンディズムには誰も敵わなかった。
最後迄いなせで,最後迄粋のひとであった。

残念だった。残念だった。残念だった。残念だった。

**奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果

一、図書券500円  電通リサーチ
一、特製ドラえもんペンケースとペンのセット  テレビ朝日


 
2月14日()「日曜日のバレンタイン」

ネットの至る処(特にBBSとweb日記で顕著ですな)で「チョコくれ」だの「今年は義理すらない(日曜だからね…を云い訳に出来る部分もある)」だの「ユメもチボーもない」だの「こーなったら自分で買って食ってやる」だのといった呪詛と慨嘆のコメントで溢れている。これはネット者は侘しい輩率が高いということなのか。僕も振り返ると嗚呼,いと長き灰色の聖バレンタインの日々が蘇る。バイト先のおばさん数名からばかりあたたかい心づくしを貰うとか。おばさんたちの愛は愛として受け取っておくけど,たとい義理チョコとは云え,ストライクゾーン外の方々からいただいても嬉しかないわなどと不遜な事を思ったりしたものだ。しかもあの頃,どういう訳かバレンタインに「限って(少し見栄)」ちゃんとおつきあいしている恋人がいたことがなかった(ま,慢性的な鰥夫病でもあったことは決して否まない)。
今年は,奥さんにボンサンクの「プチ・ショコラ・ボア」をいただく。
以前,友人の結婚式の引き出物で貰ったことのあるチョコレートケーキである。旨いんだな,これが。
長妹からもチョコが届く。あとは次妹がくれるかな。最後に気にかけてくれるのは所詮身内しかいないって事だ(ちょっと淋しいか・笑)。


 
2月13日()「押し入れサルベージ」

寝坊したので,予定してた福岡行きは翌日まわしにする。
お昼はふと思い立って「ブッフドール(「美食のタマシイ」で紹介済み)」でランチにする。
2時近くに行ったのだが,割りとお客さん多し。皆んな,結構こういう処でお昼にするのね。
僕はステーキランチ。150gはなかなかのヴォリューム。値段的味的にも悪くない。奥さんが頼んだステーキサラダはまず前菜に出た甘海老のポタージュがばっちり海老を自己主張していて美味しかった。サラダ本体もあっさりめのドレッシングと生野菜とカットステーキのとりあわせが良くて美味しかった。少なくとも,彼女はかなり満足していた。満足ついでにケーキもお願いする。ふたりで3000円,まずまずのお手ごろさと云っていいのではないか。

帰宅後,奥さんはFF8没入モード,僕は折角なので押し入れサルベージ。
実はふと思い立って武田鉄矢映画データベースをこさえる気になったので,資料として過去作品のパンフレットを掘り起こそうと思ったのだ。16,7作品ぶんくらい出てくる。今,僕が認識している武田鉄矢出演作は1998年末現在で31本なので,全作の半分強くらいをフォローできるという勘定か。幸いにして各作品の公開日は全て押さえてあるので,どーしても足りない部分は図書館を訪ねてキネマ旬報のバックナンバー漁りをするしかないかと考えている。
ま,どーでもいいものを沢山発見してひとりほくそ笑んでいたら,「ウルトラマンガイア」を観損ねた。一生の不覚である。

それにしても奥さんのFF8熱は先週からずっと覚めやらず。
僕が寝つく前にテレビの前で勝鬨の声をあげてたのは確かだが,明け方5時頃ふと目を覚ますと,音を消したまま相変わらず画面にむかって真剣な眼差しを向ける彼女の姿があった。目を充血させたその表情には何かこう鬼気迫るものがあったので,声はかけずに寝返りをする。
案の定,翌朝も寝坊をする。だから時計を勝手に切るんじゃないって。

**奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果

一、キティちゃんのベビーカステラパン  第一勧業銀行
ホントは特賞のキティちゃん自動車がほしかったんだけど、ま、フライパンでもカワイイからいいや。


 
2月11日()「アルデンテでも許さん」

今日は紀元節。いずれにしても会社が休みなのには文句がない。
午前中,新井素子『チグリスとユーフラテス』(集英社)読了。

こう終わったかって感じ。未読のひとの為に多くは語らないが(て,こないだとエラく態度が違う),新井素子特有のアプローチは顕在だったとだけ云っておく。所詮,状況的に救いなどありえない設定なのだが,「心の持ちよう」でひとは此処迄強くなれるのだときっぱり断言してしまっている。これで新井さんのご主人もエネルギーの使い果たし甲斐があったというもの。だと素子さんも報われるけれど。
帯の惹句にあるように「今世紀最高傑作」かどうかは各人の判断に仰ぐとして,少なくともボク的には「ひとめあなたに…」(金子修介の映画化が潰れたのはつくづく残念であった)くらいはフェイバリット作品になりそうな予感がしている。
あとはこの異常な寡作体制の打破にどう腐心するかだな。
次回長編作が読めるのが来世紀になるのは首をかけてもいい(作家が宗教活動邁進の余り遅筆に拍車をかけている「ガラスの仮面」よりはまだましか)。

午後から奥さん待望のFF8を買いに出かけようと駐車場に向かうと,駐車場の中ほどに駐めてあったスパシオのフロントグラスにへたっとスパゲティが一筋張り付いていた。見た処,ミートソースらしい挽き肉片,そして淡いオレンジ色。あたりまえの話だが全く心あたりも身におぼえもない。あたりに吐瀉物の海も気配もない。いちばん近隣のベランダからだって10メートル以上は離れている。ましてダイニングからは何をか云わんやだ。
新手のイタズラで片付けるには実に惜しい一筋であった。流石に茹で加減までは確かめていない。

最寄のコンビニにてFF8購入。帰宅してオープニングにつきあうが,奥さんのテンションは跳ねあがりっぱなしであった。
このCGの前には「アンツ」も「バグズ・ライフ」もおととい行きやがれ状態なのだそうな。ま,いーですけど。



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