3月のにっき(3)

ルシル・ボール

まず自分を愛すること。そうすれば全てが順調に進む。
何かを達成する気なら、自分を愛さなければ始まらない。
ルシル・ボール

3月31日(水) 高木ブー前夜
3月30日(火) カナダからの手紙
3月29日(月) 梅干キッス
3月28日() ちょっとした晩餐
3月27日() 真夜中のサイレン
3月26日(金) おかあさん,待ってるの?
3月24日(水) 送別会とお別れにまつわる事ども
3月23日(火) 擬似科学批判批判を撃つ
3月22日() けむたい人
3月21日() ぴあフィルムフェスティバル in 福岡'99 Vol.1


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3月31日(水)「高木ブー前夜」

犬山のお義父さんから電話をいただく。
似顔絵のグリーティング・カードの評判が結構良いみたいなので安堵する。
尤も,お義父さんはお義母さんの,お義母さんはお義父さんの似顔絵の方が似ているともめたらしいから,おふたかたとも自身の似顔絵には満足行っていないのかもしれない。あはは。
この際,原画も送って,来年の年賀状にでも使っていただこう。
同封した「恋愛小説家」のDVDについては,立派なプレイヤーを買うので心配しないようにと仰言られた。何だか不思議なお返事である。わはははは。

昨夜連絡が取れなかった英ちゃんより電話。
明日の「ドリフ映画10連発プレイヴェント」やはり行けそうに無いとの事。
この根性無しが,と行きもしない奥さん共々さんざん罵倒する(をぃをぃ)。
高木ブーが来るんだよ。あの高木ブーが。
瀬戸口くんに東京で,この特集に参加して(もううーんと前だ)ブーさんと同席して映画を観たと聞かされて,ずっと羨ましくてたまらなかった。今ようやくそのチャンスが巡ってきたというのに,仕事ぐらい休まんか(て,理屈が無茶苦茶なのは1000も承知である)
それにしても,今回の特集上映はレイトショー(一律20:30〜)のみ,しかも金・土の夜は外すという暴虐なプログラムである。福岡市内非在住者にとっては拷問に等しい。一作品1000円が良心的価格なのは確かだが。
尤も,松竹ドリフ全員集合シリーズ16作品(或いは14作品)中,10本を集中的に観られるのは,オールドファンにとっては僥倖である。僕らにとってのドリフはサブカルとしてのドリフなどではない。今でも年に何回かオンエアされる「大爆笑」で奔走する現役コメディアンとしてのドリフなのだ。
英ちゃんにしても,プレに行けない口惜しさはひときわであるらしく,作品自体は上映中に何がなんでも行く構えのようだ。なんやかやで2時間くらいの長電話。

ひとりでオークラ劇場に入るのがオソロしいので,次に野坂医師に電話。
キャッチホンだったらしい。「でも切ったからいいんです」
快諾とまでは行かないものの,高木ブー来場の切り札は彼女の魂を虜にしたようだ。
何とか,開場時間に間に合うべく馳せ参じるとの約束を取り付け,明日の打合せをしていると
「あ,キャッチホンです」
「次の方どうぞ」ってなもんである。今後,我々は彼女を「キャッチホン渡り鳥」と呼称する。
後日(4/1),訊いた処によるとそれから更に2つほど渡って,結局,朝の4時まで話し込んでいたそうである。
ううむ…こーゆー場合でも「人気者はツラい」と云うべきなのか。

さて,ドリフの特集上映。あれやこれやと6月17日まで続く。何とも長丁場である。
でも,これを観なけりゃ損をする。

皆んな,行くざます。


 
3月30日(火)「カナダからの手紙」

資料作成中につき,デスクでうんうん唸っていると,背広姿のNさんが挨拶に見える。
すっかりご無沙汰していたので何事かと思った。伺うと今月で退職しますとのこと。
Nさんと仕事をご一緒したのは,もう5年も前になるか。大規模開発プロジェクトのテスト工程でひーひー云っている頃に応援でいらした。たいそう達筆なひとで,毛筆で幾度も賞を貰っておられたと思う。あれから職場は離れたが,会うといつでもあたたかい声をかけてくれた。先年,交通事故で息子さんを亡くされ,葬儀の席で男泣きされている背中を見て,胸を塞がれたのがまだ記憶に新しい。どーも,父親に近い齢で人の好いおじさんにはすこぶる弱かったりする。何だか此頃はそんなひとばかりがいなくなる。淋しいよォ。

もう昨日のことになるが,「寄席演芸年鑑1999年版」(東京かわら版)が届く。
東京演芸界の「この一年」がギッシリ!の惹句に嘘偽りのない,演芸データベースの好著である。
98年の演芸界のできごとに始まって,全国の地域寄席データベース,現在活躍されておられる寄席芸人名鑑など,よくぞ集めたという労作である。
毎年買おう買おうと思いつつも買いそびれていたシリーズなのだが,今年は間髪も入れずに予約した。
年鑑の中の1コーナー「演芸が楽しめるインターネット」に,ウチの平さんがゆく!が載ったのである。
去年の暮れ,このコーナーの担当者であるちばけいすけさんから掲載許諾の打診があって以来,実はずっとこの日を待ちかねていた(うふふ)。決して大きくない規模とは云え,このように活字メディアに登場するのは,検索エンジンに登録されるのとはまた違った喜びがあるのだ(うふふのふ)。
処で,ウチのサイトへ寄せられたちばさんのコメントは以下の通り。



ファンが作った桂平治さん公認のページ。詳しい活動記録「桂平治全高座」は貴重な資料となるでしょう。特にお奨めは、平治さんが豊富な持ちネタのひとつひとつについて教わったときのエピソードなどを語る「噺の穴」です。



唯一「ファンが作った」あたりが正確ではないが,これはサイト内できちんとやっさんと管理人の関係について明記した箇所がないので仕方がない(やっさんとの共通の友人であるとんくんでさえ,僕ら夫婦が運営しているのに気付かなかったくらいだ)。まあ,コンテンツを絨毯爆撃の如く舐めていくと手がかりは無くも無いんだけどね,意図的に外してあったというのもある(今はくまなく探すと僕の実名が出てくるのだけど)。奥さんの云う事にゃ「あたしは一ファンに過ぎないから嘘ではない」ってさ。
あとに続くコメントについては,まさに僕らが売りにしたい処をきちんと押さえてくれてある。よーく分かっていらっしゃる。
皆にもお願いがある。とりわけ「噺の穴」は,読むざます

* * * * *

帰宅すると,愛ちゃんからエアメールが届いていた。
ずっと夢だったカナダのバンクーバーでホームステイをし乍ら,学校に通っているとのこと。
地上3050mからスカイダイビングした感動を語る,愛ちゃんのキラキラした瞳が今にも目に浮かんでくる。

やっぱり,愛ちゃんは無敵だ。


 
3月29日(月)「梅干キッス」

戸畑「魚政」にて,ガンさんこと,岩本さんの送別会。
岩本さんはこの3月15日付で,日本トータリゼータ(株)に転職された。
お昼に挨拶されて,そのまま退社。当日までちーとも知らなかったのでまさに青天の霹靂だった。
日本トータリゼータ(株)は,JRA(日本中央競馬会)の関連会社で,JRA-VANという名の中央競馬情報サービスを運営している(JRA-VAN:中央競馬全レースのデータが得られるパソコン通信ネット。テキストデータ・バイナリデータという形で競馬の情報が取得できる。データの種類は,新規登録馬・特別登録馬・出馬表から結果情報まで。因みに料金は,1分間30円〈2400bps〉と60円〈9600bps〉のものがあるらしい)。岩本さんは退職翌日からびっちり3ヶ月間,WINGの研修を受けた後,夏にリニューアルする小倉競馬場を新天地に億単位に届くお金と格闘する。博打に全く縁のない僕にとって,お馬さんはさっぱりなのだが,聞けば,岩本さんも博打と云えばパチンコくらいしかやったことがなく,全くの別世界だったという。でも,マッキンレー登頂も制した登山家でもある岩本さんの事だから,これくらいの山越えなんか屁でもないと思う。

思えば,岩本さんには入社以来(この春で8年目だよ,おい…)ずいぶん面倒を見てもらった。
担当サブシステムが違ったので直接の丁稚奉公はしていないけれども,この扱いにくくてちーとも可愛くない不肖の若手をよく投げ出しもせずに可愛がってくれたものだと思う。
職場でちょっとでも目があえば,子供じみたちょっかいをかけてくるし(これが挨拶代わりだったりする),セクハラ大好きだし,宴会では率先して(紛争して)色物を買って出る,つまりは陽気で助平な「まぎれもない」おやっさんなのだが,その所作・振舞いの全てに溢れんばかりの愛が滲み出ていた。僕がこっそり香港に行った時はこっそり餞別を渡してくれたし,こじんまりとした結婚披露宴に職場のひとを余り呼べなかった時も,若いひとに混じってわざわざ2時間の2次会に参加するためだけに,電車とバスを乗り継いで福岡まで出てきてくれたうえ,自らビンゴの罰ゲームとして,はずれくじを引いた女の子にキスを迫り,会場を沸かせてくれた。これで岩本さんを愛せなければ,相当のヘソ曲がりである。

送別会では岩本さんの為に,Tくんたちが企画して,数年振りにビンゴ大会が催された。
相変わらず,罰ゲームは「岩本さんとのチュー(主賓のくせに・笑)」である。
で,岩本さんへの愛が足りなかったのか,見事,僕があたりくじをひいてしまい,岩本さんの熱い法要もとい抱擁と,梅干を口移しされる栄誉に預かってしまった。こういう時,素面でいるというのは誠にツラい。でも,接吻を迫る岩本さんの目が決して酔狂親父のそれではなかったので,ふと気が楽になってつい唇を許してしまう(莫迦)。

岩本さんは昭和17年生まれ,親父よりひとつ年下なだけである。
僕の職場には,岩本さんくらいの親父の同世代がかくも沢山居る。岩本さんが居なくなるのは,父親のひとりを失うようで,切なく淋しい。
とは云え,もう暫くは岩本さんの年賀状画家を引退する気がないので,暮れにはちゃあんとイラストを郵送します。無味乾燥な写真の賀状なんかにしちゃ駄目だからね。>岩本さん。

つーことで,デジカメでの記念写真の後,僕は1次会でおいとまする。
帰りはお髭がダンディなYさん(このひとは昭和21年生まれだ)と,サティへ。
僕が「サティに車を駐めてあるんです」と云ったら,「そいじゃ丁度買い物があるからレシートを提供するよ」とありがたい申し出。聞くと,Yさんも普段用事は無いがマイカルが出来たのでカードをこさえたのだそうだ。考えることはいずこも同じか。奥さんへのお土産に,たい焼き(具がピザ,ツナマヨネーズと珍しかった)を買って帰る。

処で,SFオンライン3月29日号の映画レビューはキューブリック・ファン必見である。
此処は是非,明々後日を待たずに,ファンが焦がれてやまなかった期待作を肌で体感して欲しい。

**奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果

一、アサヒファーストレディ「シルキー」  アサヒビール


 
3月28日()「ちょっとした晩餐」

今日はN山夫妻と彼らの挙式来一年というもの懸案だった会食を果たす。
決まらない時は一年も決まらなかったくせに,いざ行くとなると三日で決まった。そもそもたかだかご飯を食べに行くだけなのである。
この次はもうちょっとお気軽に食事に行こうね>N山くん。
昼下がり(N山家休日起床時間帯)を見計らってN山家へ電話。ほ,起きてる。夜のタイムテーブルを相談して(何ィ,これから会社行ってくるだァ?)19時半にN山邸へ。奥様と休日出勤を済ませたワーカホリックN山を拾って,折尾にある「ポルタ・ロマーナ」へ直行する。
車中,奥さんが電話しておいたので,何はさておきテーブルは確保(げっちゅー)。いちばん奥の壁際の席に通される。
窓際の席にはテーブルを並べて三世代に渡る大家族晩餐会が宴もたけなわであった。滅多にないイヴェントなのだろう,思いきりコーフンしてはしゃぐ小学生たちにふと一抹の不安を憶える(ま,かろうじて我慢の範囲内…こーゆー処連れてこないといつまで経ってもマナー覚えさせらんないしね)。
N山夫妻がビギナーなのとコストパフォーマンスを考えて今夜はイタリアンコース(3〜4人前10000円)をお願いする。
これだとシェフ完全おまかせなので,ウチの奥さんの「どれにしようか」回路がループする恐れもなく一挙両得なのだ。
以下,簡単にメニューを紹介しておく。

● アンティパスト(大皿に蛸モノ,海老モノ,鶏モノ,牛《?》モノ,玉葱モノ)
● パスタその1(茄子とベーコン。ガーリック味)
● 石焼ピッツァ(鬼門ブロッコリーに果敢にチャレンジ)
● パスタその2(濃厚なミートソース系)
● 魚料理(イサキの白ワインソース。N山くんが外科手術。誰か箸持って来い)
● グリーンサラダ(生のマッシュルームがアクセント)
● ガーリックトーストのスティック
● 肉料理(牛肉の煮込み。ストロガノフ系な気もする。ご飯にかけたい)
● デザート(アイスクリーム,ジェラード,ケーキの盛り合わせ)
   苺のアイスは練乳入り。ジェラードはオレンジ。いずれも何故か昔懐かしい味。
● 飲物(奥様方はカプチーノ。N山くんはエスプレッソで僕はグレープフルーツジュース)

所要,約2時間足らず。たいへん居心地好い時間を過ごす。最初はふふん,量的には物足りないぜ,と思っていたのだが,パスタその2が出たあたりから俄然腹に溜まってくるのがイタめしのオソロシさである。肉,サラダ,ガーリックトーストと三連で出てきた時にはどうしようかと思ったもの(しかし,オレも食が細くなったね,腹は太くなったけど)。デザートが別腹でよかったよ(て,なわきゃねーだろ)。N山夫妻もまずは満足のご様子。安堵したざます。

夜,電網天動説に,拙作・会誌版「天使までの助走距離」の第2版(PDF)がアップされる。
前回版からまた一段とステップアップした,瀬戸口くん渾身の自信作(無論本文は変わらない)なので,興味のある方はダウンロードされたし。
いずれ此処にも置く予定だけど,まだまだ先の事だし,やるひとがやればDTPってのは此処迄出来るんだっていう無限の可能性を肌で感じ取っていただきたい。工事中の札が一向に下がらないアフリカ旅行の写真の一部もご覧になれまする。


 
3月27日()「真夜中のサイレン」

お昼から福岡にて「鮫肌男と桃尻女(98・日)」「愛の悪魔(98・英)」「ブレード 刀(95・香)」の三作品。二勝一敗と云った処か。
レイトショウなんぞを観たので,帰り着いたのは24時半を廻っていた。

夜食代わりに奥さんがこしらえておいてくれたぜんざいをふたりで戴いてからお風呂にする。
風呂上がりにビデオに録ってあった「から騒ぎ卒業スペシャル」を観ていると,何処かから耳障りなピープ音。奥さんもパソコン部屋から出てきた。
最初はガス漏れかと思ったか,どうも部屋の中じゃない。玄関のドアを開けるとくだんのピープ音がひときわ大きくなった。社宅中に鳴り響いている。…ピープ音,違うな,これは警報装置か何かのエマージェンシー・コールの音だ。音源は云わずと知れた駐車場の方から。またも車上荒らしか。
「ちょっと見て来る」奥さんがコートを羽織って外に出たままいつまでも戻らないので,仕方なく鉄腕アトムのパジャマのまま階下に向かうと,既に人だかり。
ばかけたたましい音は鳴り続けている。皆の話によると,音源はウチの棟のひとつ先の駐車場から。最初に降りてきたひとは,反対方向に走り去る人影を見たのだそうだ。Kくんの話だと,24時過ぎにも一度サイレンが鳴ったのだという。暫くするとどうしてだか一応鳴り止んだので,とりあえず散会する。
「やれやれ」とビデオを再生すると幾らもしないうちに再びサイレンが鳴る。
ちゅーことは3度目かい。学習能力の無い車上荒らしだなァと,多少腹を立て乍ら,重い腰を上げる。ドアを開けると,社宅の住民だろう,懐中電灯のサーチライトを持った二人連れが駐車場に向かって走っていく処だった。念の為にPHSを懐に入れて,ぶーぶー云い乍ら,僕も外に出る。今日,那珂川で三部咲きの桜並木を見たとは云え,夜の冷え込みはまだまだ厳しい。
駐車場には既に5,6人が集まっていた。その車は調子っはずれな雄叫びを上げ続けていた。誠にかまびすしい。
寒さで車の表面には霜が降りていたが,誰かが触ったような形跡はない。どうも社宅居住者のものではないというのが現場の皆の一致した意見。
結局はこの車が何らかの原因で誤作動して定期的に鳩時計を鳴らしているようだった。
とにかく煩いので,その場で110番する。110番するのなんか,こないだ車上荒らしにあって以来だ。
サイレンに阻まれ乍らも,どうにか此処の住所と車のナンバーを伝える。これで少なくとも車の持ち主は特定出来る筈だ。
そうこうしているうちにサイレンが鳴り止んだ。とはいえ電話した以上待つしかないし,また鳴り出さないとも限らない。

少し遅れて来たウチの奥さんから「沖田広之自殺」の報を受けとって愕然としていると,よその奥さんから更なる詳細情報が。皆さん,ワイドショウにはこよなく強い。彼女によると第一報は3時間前だったとの事。
そのあと,奥様連で広瀬香美・大沢たかお電撃入籍の一件で盛り上がる。特にウチの奥さんは「星の金貨」シンパだった為(知ったこっちゃあないのだが)慨嘆度が高い。何故あの不美人がと,不当に広瀬を非難していたが,目が離れていたってニンゲンだぞ。恋くらいさせてあげなさい。

それからパトカーの到着迄30分程待たされる。これで皆んな風邪をひいてしまったら莫迦々々しいことこのうえない。
パトカーはパトカーで駐車場の反対側の道路で,僕らを探していたらしかった。とうにサイレンが止んでいたこともあるし。
おまわりさんによると,車の持ち主は引野(!)のひとであるとのこと。何故此処にそのひとの車が駐まっているのかは全く不明。彼とはまだ連絡がついていないので,巡回して彼をつかまえて車を移動させるよう勧告すると約束してくれた。
今度鳴ったらレッカー移動してくださいと云いたかったが,何ぶん此処は私有地。ウチの会社さまがレッカー車を出すしかないのだ(嘆息)。
サイレンも鳴り止んで久しいし,手足もかじかんで皆いい加減イヤになってきていたので,此処らへんで手を打つ。
なーに,もうサイレンが鳴りさえしなければ当座は困らない。実際,鳴らなかったしね。


 
3月26日(金)「おかあさん,待ってるの?」

金曜の夜は恒例,夫婦して中間のAMCへ。
今夜のプログラムは「パッチ・アダムス(98・米)」。ロビン・ウィリアムス好きの僕には全くこたえられない彼の独壇場とも云える映画であった。
それはいいとして,映画の途中からお腹の調子がおかしかったので,終映後,奥さんを待たせたままトイレへ急ぐ。
とりあえず危機を脱して戻ってくると,彼女の機嫌がたいそう悪い(いや,映画は面白かったのだ)。
僕の顔を見るなり,廊下の清掃をしている若いスタッフ(男)を指差して「あの人許せない!」と云う。
人目をはばからぬヴォリュームと,直接指差しというボディランゲージは僕を慌てさせた。何を怒っているのだ,このひとは。

「私ね,此処で待ってたらあの子(スタッフ)が来てね『おかあさん,待ってるの?』って」
彼女は心の底から怒っていた。このひとが下から睨みつけるとかなり怖い表情になるのだ。
「何で私がおかーさん待ってなきゃいけないんじゃ。しかもあの子,どー見ても私より年下なのよ。失礼しちゃう」

彼女は親切なスタッフの問いかけに返事もせずにぷいっとあさってを向いて返したらしい。ま,掴みかからなかっただけの抑制は効いたらしい。
そりゃまあ,確かに「失礼しちゃう」のではあるが,それは彼に対して余りにも酷と云うものではと,スタッフの擁護をしたら,今度は僕が怒られた(わはははは)。
「翻訳の世界でたとえてみよう」と僕は続けた。
「君が僕を待っているのを,通りがかったスタッフが気にかけてくれたのね。つまり英語圏では"May I Help You ?"な訳だよ」
「だから何よ」
「このシチュエーションで"May I Help You ?"だろ。戸田奈津子さんなら此処で間違いなく『おかあさん,待ってるの?』と訳す」
僕は自慢気に結んだ。「これは映画字幕なら許容範囲の意訳と云えるんじゃないかな」
「どーしてそーなるのよ!」
奥さんはちーとも納得しなかった。ま,尤もではある。何よりスタッフに輪をかけて夫がシツレイなのだから。

そー云えば,奥さんは高い鼻と大きな口が欲しいのだそうだ。
「どうして?」と訊ねると,生物のヒナは大きな目と小さな鼻と口で子供っぽさを強調することで,戦略的に恩恵をこうむっているらしいので,ちゃんとしたオトナ顔がいいのだという。しかし鼻が高くなって口が大きくなると,今の彼女とは全然違う顔になるので,夫としてはその希望には断固反対する。そもそもOL時代にその童顔でさんざん戦略的に恩恵をこうむったひとの云う事ではない,と事情通としては強く断罪するものである。
実年齢より一回りも上に間違われることのある老け顔で悩む友人もいる身としては,誠に人生いろいろであると云う他ない。


 
3月24日(水)「送別会とお別れにまつわる事ども」

水島道太郎さん,老衰で逝去。87歳。
僕は大林監督の映画でゲスト出演した,既に現役を終えた水島さんしか知らないが,「丹下左善」を始め,日本映画の黎明期を支えた無声映画の大スタアだったひとだ。観たことのない彼の映画を想う。

高橋和枝さんも古稀にして鬼籍に入った。
それでも,明日の朝も僕らはブースカの歌で目を覚ますだろう。彼女の声は決して失われはしない。

*****

小倉「Red Hot Chili Peppers」にてO嬢(と書くと発禁本のようだ)の送別を兼ねた同期会。
大体僕が同期会に出る事自体,非常に珍しい(職場のY先輩には「おまえがそんな気を起こすから,自衛隊が発足以来初の海上警備行動を起こしてしまうのだ」と云われた。僕の気まぐれは北朝鮮のスパイ船にも匹敵するらしい)。少なくとも結婚してからは一度も行ってなかった(そもそも同期会そのものが,誰かが寿退社でもしない限り行なわれなくなっていたのだが)。
参加者13人中,オトコが4人しかいないというのも初めての経験である(ただ単にオトコの欠席者が多いだけである)。(当時は30人程居た)同期だけで三井グリーンランドに行った折りに,野郎とジェットコースターに乗った思い出も今は昔か。
ま,そんな僕でも参加する気になったのは,長らく会っていなかったとは云え,他ならぬ(何がだ・笑)O嬢の送別会であったということと,もうそろそろ同期の皆んな(職場が違うと普段会うことが殆ど無い)とお久しぶりの邂逅を果たすのも良い時期かなと思ったからである。
その昔,O嬢とは一緒に吉本新喜劇を観に行ったことがある。本当はもうひとりI田という奴と三人で行く予定だったのだが,仕事のせいで彼がドタキャンになったので「せっかく福岡まで来ているのだから(と考えたのは勿論オレ)」と開演前の空いた時間に,僕の都合と奸智で無理やり彼女に付き合わせた映画がフィリップ・リドリーの「柔らかい殻(90・英)」であった(観てもらえば分かるが「吉本」から最も遠い処に在る映画と云える・笑)。終映後,その余りの鮮烈なラストシーンにふたり呆然として映画館を出てきたのも,そのあと観たパチパチパンチや秘技カニばさみとの落差も,今となっては懐かしい思い出である(ちなみにこの残酷さまでもが(その悪夢性故に)美しきカルト映画を「こよなく」愛した僕は,遂にはLDを購入し,友人時代の奥さんに「傑作だから」とビデオを送りつけ,絶句されたという後日談を持つ)。
お店は今はやりの無国籍創作料理を出す居酒屋で,90分フリードリンク制。
料理の方は,帆立の貝柱のサラダに,海老のチーズあんかけ,スパイシーなタラバガニ,新じゃがと牛バラの煮込み,サザエのバジリコソース,変わりさつま揚げ(さつまいもの粒々入り),ラタトゥーユのメルバトースト添え…あと中華風茶碗蒸し(ロワイヤル)くらいが出た。申し分の無い味にヴォリュームだったが,惜しむらくはご飯もの(或いはパスタ系)とデザートものもつけていただきたかった処。茶碗蒸しでコースを締められると,どーにも落ち着かない。
皆んなとの会話も弾んだ(弾ませた)し,つつがなく会食を終える。
最後にO嬢への記念品贈呈となったのだが,彼女は「もらい上手」なひとなのだなァとつくづく感心する。こういう喜び上手((C)松平實胤師)というか,贈った方が嬉しくなるような受け取り上手というのは,いいオンナである必須条件だと思う(勿論,いいオトコの条件とも云えるが,第一オトコはモノを貰う機会からしてうんと少ないのだ。特にこの齢になると誰も何もくれなくなる。此処はM岡くんとも見解が一致した)。
と,N山くんに囁いたら「じゃあ,キミの奥さんはいいオンナだな」と返された。ふと脳裏に,ケーキの箱を手渡す時の奥さんの邪気の無い笑みが去来する。
そぼ降る雨の中,最後に店の前で集合写真を撮って散会。
それとは別に僕とN山くんだけ,O嬢とメモリアル・フォト(爆)。どうか元気でね。

帰りはM岡くんにプレステ「サイレント・ヒル」の面白さを熱く語ってもらう。
ちなみに彼は(ゲームとしての)FFおもろない派であったりする。

帰宅の車中,小倉そごうで買ったさだまさし「桜月夜」を聴く。
ヨーヨー・マの「プレイズ・ピアソラ」を「こよなく」愛す彼は,タンゴの曲調と云い,イントロのバイオリンのフレーズと云い,徹底的にヨーヨー・マ「Libertango」で攻めて来る。ヨーヨー・マに捧げまくった楽曲と云っていい。旋律は煽情的で激しくて美しくて(此処,ポイント),しかも谷村さん作詞による色香漂う刹那的一夜の物語。CDセールスに跳ね返ってくれる事を切に願う。

夜,とんくんから「永塚と相談して,同窓生一同お祝い計画はとりあえずお流れ」旨のメール。
末尾には,有志だけで(塩田や功くんにも連絡を取ってくれたらしい)どうやったらやっさんを喜ばせることが出来るかなあ,と書いてあった。やっぱり,その最たるものは,僕らが住む福岡に僕ら同級生の力で桂平治を落語会に呼ぶことかなァ。でも,まずは披露パーティーだ。

熊八ML経由で枝雀師匠が自殺を図って意識不明の重態というショッキングなニュースが飛び込んでくる。
実際に首を吊ったのは13日夜だそうだが,何としても生き返っていただきたい。僕らはまだ師匠の至芸を堪能してはいないのだ。そんな勝手に逝かれては皆んな困るのだ。お願いだから帰って来てください。

夜半,NATO軍がユーゴ全域の空爆を開始する。


 
3月23日(火)「擬似科学批判批判を撃つ」

此処のところ,InternetNewsの fj.soc.pseudo-science において,凡そ一年振りにノストラダムス予言番組とドクター中松からみのスレッドで擬似科学批判論者批判が再燃してきた。論争の中心となっている論者は去年同様S氏だが,余り汎用化できない机上の空論を積み上げ,自家薬籠中に取り込もうとする姿勢は相変わらずだし,擬似科学批判の弊害(かなり無理なケース想定)は口酸っぱく唱えるのに擬似科学それ自体の弊害には何ら関心を示さない処など,共感できない部分が多いのも相変わらずである。
去年,電網天動説が非公開会議室時代に投稿した「カール・セーガン 科学と悪霊を語る」の書評で,前回の論争について触れてあるので,此処でサルベージしておく。論点は微妙に移っているが,S氏のスタンス自体や議論に内在する問題点はそのままなので此処でおさらいをしておくのも悪くない。以下を読んで興味の出た方は fj.soc.pseudo-science をお尋ねください。

◆ カール・セーガン/青木薫・訳「カール・セーガン 科学と悪霊を語る」(新潮社)

大体僕は遅読なんですが,この本の場合,1月末に購入して読み終えるのに(98年の)3月半ばまでかかりました。
勿論,その合間に数冊並行読みしてるんですが。
一時期,fj.soc.pseudo-science で《擬似科学批判》批判ネタが盛り上がり,それこそ擬似科学批判の肯定派と否定派で泥沼論争になって,見るに堪えなかったのですが(今は沈静化して跡形もありません),その時,否定派の主力主張が,おおよそ



1) 本当に専門分野たる科学は科学屋にまかせておけばいいのであって,素人が内容を知らない処で趨勢に影響はない。むしろ,専門分野にあかるくない門外漢が擬似科学批判を鵜呑みにして批判対象を「無批判」に嘲笑することの方が害悪である。

2) 科学者の側に,科学を一般のものにするという務めと熱意があるならば,擬似科学批判書というかたちではなく優れた科学啓蒙書を著わすべきだ。興味本位な擬似科学批判はいたずらに,擬似科学といわれる分野を貶めるだけである。



てな感じでした。
まず1)ですが,前半部は教育面というか,ひとびとが科学へと助走する下地づくりを考慮に入れていない意見ですね。科学に投資する側は科学の専門家であるとは限らないという問題も含めて。
科学の専門分野という定義も曖昧にすぎます。環境問題を論じる時,政治問題を判断する時,僕らはその論理と背景に何処までの知識を装備しておけばいいのでしょうか。僕らはどこまで無知であっていいのか,この主張は明確に答えてはくれません。
後半部については,主張のような「側面」は間違いなくあります。
否定派の擬似科学批判書への憤慨の源泉は此処にあるようです。
グラハム・ハンコックみたいに幾多の文献を引用しているようで,実際の文献には「ありもしない」記述を引用したり,被引用者の意図を故意にねじまげたりという「売れればいい」タブロイド紙的発想の煽動書を出された日には,僕も含めた(自爆)こーゆう読者はイチコロですからね。
つっても個人的には,友人に借りた「神々の指紋」はその余りの胡散臭さ#に最初の数十ページで放り出しちゃったんですけど。

2)に対しては,カール・セーガンの本書の存在意義が示唆を与えてくれるでしょう。即ち擬似科学批判の書であり乍ら,見事な科学啓蒙書でもある。
特に宇宙人を扱った前半部の記述は「と学会」宛らですが,これは啓蒙の一手段としての手管です。
興味本位つったって,科学啓蒙のとば口は《興味》そのものですよね。しかも,擬似科学批判行為自体は魔女狩りなどではない。
但し,1)の後半で述べた門外漢がトサカに乗って魔女狩りをやる可能性は確かにある。現実に起こってもいます。
代表者:物理分野以外での大槻教授擬似科学批判全般。このひとなどは科学教信者とそしられても仕方ない部分はある。科学にあかるくないひとから見てもそう思えますもん。
TVタックルの擬似科学にまつわる対決の擬似科学否定派ですが,人選はもう少し何とかならないのでしょうか。

科学は客観的に自分自身の正しさの点検機構があるから科学なんであって(本書でもまさに科学史自体の暗黒面を暴露,憂慮していましたが)その部分で科学と擬似科学(本書訳では「似非科学」)は根本的に異質なる存在です。科学は使い方さえ間違わなければ,決して宗教にはなりえないし,頭の硬い科学者は科学教信者だなどという批判も*本来は*あてはまりえない筈です(だから確かに大槻さんのようなひとはいる)。
実を云えば,科学教という単語は,世の中は科学も及ばない分野もあるとする擬似科学や特定の宗教の側のひとびとが科学のすがたかたちを理解していないが故に発明した詭弁なのです。
それがひとの拠り所になりうるという側面のみで,科学と擬似科学或いは宗教(哲学)を同列で論じることは危険きわまりない所作です。
経験的に論証できる系統的な合理的認識が科学です。検証ツールとしての科学は,唯一無二の法などではなく,事象に対する『これまで明らかになった範囲の』認識という物差しをしか意味しません。ですから,それに照合出来る範囲で,或る擬似科学や宗教が無茶を云っているか否かは確実に検証出来ますが,それは決して科学というツールが森羅万象に適用出来ることを吹聴していることではないのです。

少なくとも,fj.soc.pseudo-science での議論について云えば,擬似科学批判批判をする際に,批判行為の全てを否定しようとするから旨くなかったんだろうな。個別の擬似科学批判を無批判に受け止める在り方自体の批判に争点を絞るべきだったとゆー気がします。
「マジメな話」でのオタキングではないが,結局個々人に無知の知があるかないかとゆーお話で。

また面白くなってきたら,再び此処で取り上げてみたいと思う。

夜は食後に昨日「メリッサ」で買ったケーキでお茶にする。
「コルベーユ」と同じパティシエの手によるものなので(第一お店そのものが隣接しているしィ)あのくどいバタークリームが使ってあるのがやや難だが,それ以外はなかなかお薦めの味であった。これならもう一度試したい感じ。カスタードクリームとパイ生地と苺の組み合わせは口の中で,かつて「ラ・ロシェル」で食べたミルフィーユを思い出させる。いや,全然ミルフィーユじゃないんだけどね。


 
3月22日()「けむたい人」

今日は「春分の日」の振替休日。ゆゆしくも連休を通しておはぎを食べ忘れる。

さんざん悩んだ挙句、今日の「PFF in 福岡'99」は諦める。
一枚余ったチケットと室井さん主演の「ヒロイン!(99・日)」には正直,後ろ髪を引かれたのだけれど。
と,正午あたり,昨日さんざん電話して捕まらなかった長妹から電話がある。
昨日は日帰りで天草に墓前へ就職報告に行っていたんだそうだ。帰り着いたのは23時廻っていたとの事。なかなか殊勝なヤツである。
明日は卒業式…9歳も下の妹が大学を卒業するとはね。

昼からは,久しぶりに小倉へ,少し遅れたが(本当は12日),犬山のお義父さんの誕生プレゼントを探しに。
ついで乍ら,ベスト電器カードの点数が2000円ぶんたまったので,好きなCDがあったら補助してあげると,奥さんから玉音をいただいたので,さんざん迷った挙句(近頃いちばん抑えている分野なので,候補数が半端ではないのだ),去年からずっと買いあぐねていた東京プリン「けむたい人」を購入させていただく。実に発売から丁度1年待ってからの逢瀬である。
一通り買い物も済んだので,たまにはねえとリーガロイヤルホテル内のコーヒーハウス「コルベーユ」でお茶にする。
いや,ケーキバイキングの文字につられてふらふらと入って行ったんだが,くだんのバイキングは平日オンリーであった。ひそかに夫婦して紅涙をしぼる。お茶ったって,僕がバタークリームのやたら胃に負担のかかる(決して不味いと云っているのではない)タルトの日替わりケーキセットで珈琲を呑んだくらいで,奥さんはフルーツサンデーを頼んだのだけれど。僕は味見しなかったけれど,奥さん,フルーツサンデーの出来にはご満悦の様子。まず,僕にケーキが来て食べ終わった頃にフルーツサンデーが来たのはマイナスポイントだな。
帰りに「コルベーユ」のすぐ脇にあるテイクアウトショップ「メリッサ」へ。
店先の「苺フェア」の文字につられてふらふらと入って行った(こんなんばっかし)。赤ワイン入りのレーズンパンを試食する。僕はまあまあ旨いと思ったが,奥さんの胸には今ひとつ響かなかったらしい。明日のデザート用に苺のブラマンジェ他ひとつを買う。

帰りの車中,東京プリン「けむたい人」を聴きつつ,夫婦で爆笑する。こんな名盤を一年も放置してしまったか…。コンセプトは宴会向け歌謡曲。コミックソングは重箱の隅を如何に突付けるディテールかにあるが,見事な観察と切り口である。ま,元々作詞担当の伊藤洋介は元Shine'sの片割れなので,一定のクオリティは期待出来るわな。それにしても音的には露骨なパクりで換骨奪胎(というのもおこがましい確信犯なアレンジ)されていて,いっそ潔い(そーか)。「宇宙戦艦ヤマト」「秋止符」「あずさ2号」等数えきれない元ネタがまんま原曲で散りばめられているのはいいとして,そっくり「昴」のイントロで「抜ける」は無いだろ,「抜ける」は。彼らのライヴが福岡にもし来ることがあったら必聴ですな。新曲「二股の女」嘉門達夫「FUTAMATA」を凌ぐ出来になっているのか。

食後,お義父さんのバースデイカード用のイラスト描き。アイをこめて描かせていただいたので,あとは奥さんがアイをこめてグリーティンググリーティングした加工をしてくれるであろう。発送は明後日以降になりそうである。ごめんなさい。
はっ!…そう云えば,この三連休で瀬戸口くんの「無窮の旅路/Heartless Travelers」の表紙イラストを描く予定だったのだが(ぬわははははは…ううう)。明日中には何とかしたいけど(何故か語尾弱し)。…まだ読んでもいないしィ。

やっさんから「噺の穴」の原稿のファックスが届く。
妙に鼻声だなァと思ったら,あんまり洟が止まらないので,ティッシュを鼻に詰めて喋ってるとの事。
寒の戻りみたいなので,くれぐれも自愛するように。


 
3月21日()「ぴあフィルムフェスティバル in 福岡'99 Vol.1」

今日は英ちゃんと福岡市総合図書館開催の「PFF in 福岡'99」に参加する。
今年は東京での開催が夏に移った為,春には特別上映としてのVol.1を,そして秋に通常のPFFをVol.2として開催するらしい。
ただでさえ客の入りが悪いのに,余りの太っ腹さ加減に地方の客は涙するしかない。



一本目は長崎俊一の「ドッグス(98・日)」。去年同様客席は閑散としていたが(此処に客が来る事もあるのは先々月の小津特集で実証済み),それにもメゲず,いや馴染んだか,去年同様荒木プロデューサーは包容力のある容貌に黒一色のコーディネートで,坦々と場を仕切っていくのだった。映画が始まって10分程してから英ちゃん到着(相変わらずだなァ)。そのお蔭で,彼はとうとう塚本晋也の出演に気付く事無く映画を観終わってしまうのだった。作品自体の出来は良作。先頃「リング2」に添え物でつけられた「死国」よりうんとうんといい。予算があれば,フィルムで撮らせてあげられたのに,と,邦画界の実状に嘆息する。
荒木さんがまだロビーで5枚綴りの前売りを販売していると云ったので(確かに余っているだろう),英ちゃんと相談して半分こすることにする。仮に明日来なくて一枚余っても,ひとり250円経費を浮かす事が出来る。

近くの「うちだ屋」に行って高菜めし定食でお昼にしたあと,けんもち聡の「いつものように(97・日)」。キアロスタミがどんなつもりで後方援護射撃したかは分からないが(日本の自主製作映画に免疫がないだけのような気もしたりして),インディペンデント映画としては佳作であった。沖縄出身の女の子と北海道出身の男の子が少しずつ親しくなってゆく距離の埋め方とか,彼を差し置いていきなり彼女の胸元へボーダーライン踏み込んでくる大分出身の男の子のC調特有な人徳の描き方とか,非常に思い当たる処の多い作品であった。特筆すべきは銭湯での男の子のヘアヌードか(笑)。作劇であそこまで映してしまうのも珍しい。

アテネフランセとユーロスペースが合同でこしらえた映画美学校の収穫,一期生たちの卒業製作4作品を網羅した「FOUR FRESH!(97・日)」。はっきり云って秀作揃い。とりわけお気に入りは松本知恵が撮った「はるのそら」。どーしようもないカメラマンの卵のオトコに惚れてしまった女の子の気負わぬ日常を追うのだが,極力顔以外の表情(背中だとか手,足)がどれだけ豊かかを観客に教えてくれる佳作である。特にシャワールームに入っていく彼女の裸の背中のブラジャーのあととかね。さりげない所作,本人が美しいとおそらくは気付いてはいない身のこなし,たたずまいを抽出してみせるのが,この監督は非常に旨いのだった。物語的にはうんと遠いのだが,何だか片岡義男の小説を思い出したりした。



英ちゃんが「腹が減った」と深刻げに云うので,コストパフォーマンスを最大限に勘案した結果,TNC会館の3階の何とかいうレストランでお一人様1000円ぽっきり(消費税別)のカレーバイキング。カレーを食らっていると,突然,窓一面に打ち上げ花火とカクテルライトが飛び交って,店中の客の動きが止まる。福岡タワーが10周年だそうで(だから今日の福岡タワー入場料はロハであった。英ちゃんに登ってみようかと誘ったが,どちらが女役を演るかでもめておじゃんになった)記念イヴェントで東野純直が無料の野外ライヴを足許で行っているのだ,と英ちゃんに説明したが,彼は東野純直を知らなかった。いや,僕だって,東野純直と陣内大蔵の違いも分からない男である。尤も,二人とも以前ほどキャーキャー騒がれるアーティストではなくなっている(らしい)。
ということで,僕らは黙々とカレーを食べた。
チケットが一枚余ったが,僕も英ちゃんも明日福岡に来る元気がなかったので,しつこく長妹に電話をかけるが,どーも留守らしかった。悔しいので(をい),大分に居る次妹にも電話をかけたが,コヤツも出ない。最寄の百道郵便局が閉まっててカネを引き出せなかったので,レイトショウの「冒険王(96・香)」は諦めることにして帰る。最近,こーゆーの多いなァ。



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