4月のにっき(1)


どんなに不肖の息子だとて、いつか死ぬほど憎んでいる親父の〈血〉を
鏡の中の己の目や鼻に見つける。
そして、それを削ぎ取ってしまいたいともがき苦しむ。

山崎正和「野望と夏草」より,後白河帝(津嘉山正種)

4月10日() モノクロームの虹
4月9日(金) 季節の栖(すみか)
4月8日(木) 雉も鳴かずば撃たれまい
4月7日(水) ないしょ二題
4月6日(火) 給仕する傍聴人
4月5日(月) Fujiko・F・Fujio World
4月4日() しあわせなエヴァ・アフター
4月3日() デコポン村行
4月1日(木) 高木ブー伝説


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4月10日()「モノクロームの虹」

何故かふと思い立って(どーも奥さんが以前から虎視眈々と狙っていた物件らしい),12階建て某マンションのモデルルームに視察。
物件は3部屋。11階の2部屋と2階の1部屋。
特に,いちばん最初に回った11階の3LDKはなかなかの出色であった。2間続きの居間は天井が高くアーチ型になっていて,3方の壁がサッシの自然光を取り入れられる究極のロケーション。そして窓の向こうには,一軒家の庭かそれ以上の広さを誇るベランダと,その眺望。
ふんだんな収納スペース,広い風呂とトイレ,そして11階には部屋がひとつしか無い為,結果的に「専用」エレベーター。そして,決して手が届かない訳ではない,自分たちの間尺にあった価格帯。
はっきり云って,動揺する夫婦。昨日まで持ち家のことなんて,これっぽっちも考えていなかったのに,俄然リアリティを持って迫ってくる。こないだの一戸建てのモデルルームじゃ微塵もたじろがなかったのにこれはどういう事だ。
説明を受けているうちに,気が付いたらいつのまにか5時を回っている。
N山くんとの待ち合わせがあるので,慌てて事務所を退出。
途中,休日にも拘わらずLinuxに挑むという奥さんをスクールに置いて,僕はN山邸へ。

今日は2年振り(たぶん)に打った浜田省吾の全国ツアーである。
この1年というものコンサート関係から全く遠のいていたので,久々のライヴである。ひょっとして去年のデヴィッド・ヘルフゴッド以来じゃないか。
ちょっと早めに小倉に到着。
大手町の駐車場に駐めたので,買い物がてら「小倉クエスト」へ。N山くん少し落ち着かない様子。
大丈夫,此処らの時間の過ごし方はオレ,年季入ってるんだから。
まず,三谷幸喜・文/唐仁原教久・絵「俺はその夜多くのことを学んだ」(幻冬舎文庫)
半年前にハードカヴァーで出た時は「おのれ,阿漕な商売を…」と思ったものだが,あっという間に文庫に落としたから許す。
たぶん,ハードカヴァーを手に入れたひとは凄く怒っているに違いない。
あと「さだまさし全一冊」(TOKYOFM出版)を初めて手に取ったのだが驚いた。
何と幻の「大きな森の小さな伝説(ものがたり)」や「秘伝」の歌詞が完全掲載されているではないか。特に「大きな…」は「夢供養」をこさえた作詞家として絶頂期の頃の作品だけに笑っちゃうくらいレヴェルの高い歌詞である。確かにこのへんは公式サイトでも公開していない。この本を以って嚆矢とするのだろう。だが,3000円はいくら何でも暴利だと思う。ううむ,苦境に立たされたワタシ。以下,次号。

あーだこーだしているうちに時間になったので結局,駐車料金をロハにするだけの買い物が出来ないまま,雨のそぼ降る中,九州厚生年金会館へ。N山くん態度にこそ出さないもののかなりあせっている。開場にはまだまだ充分間に合うんだが,ひょっとして精神的に疲れさせてしまったか。こりゃあ悪かった。
さて,浜田省吾ON THE ROAD 2001 〜 The Monochrome Rainbowだが,これについては簡単なレポートを書いたので,ライヴの模様が気になる方はそちらを参照のこと。

小倉からの帰りに,八幡駅で奥さんと合流。
3号線沿いの「ガスト」で,N山くんも交え,遅めの夕食をとる。
帰りに奥さんへの土産を物色するN山くん。こういう処は僕と同じひとである。
嗚呼,くたびれた。映画こそ観そびれたものの,何だか色々と気ぜわしい一日だった。

夜,三谷幸喜・文/唐仁原教久・絵「俺はその夜多くのことを学んだ」(幻冬舎文庫)読了。何しろ絵本だからね。
「今夜,宇宙の片隅で」に出てきた小菅耕介と重なる逡巡男のあきらめの悪い一夜を描く。ああ,彼こそまさに三谷さん自身なのだ。

**奥さんのLinux日記**

土曜日で仕事はお休みだったんだけど、昼過ぎにマネージャから1本の電話。
「間違えてLinuxのマシンの電源入れちゃったんですけど……字がいっぱい出てきて電源の切り方がわかりませんー。たすけてー」
おいおいアンタ大学でUNIX使ってたんじゃないの?と思いつつも出勤。で折角なのでそのまま昨日からの作業の続きを始める。
X-Windowがテキストと違ってるのは、ウィンドウマネージャの種類が違うからと判明。「window-managers」ファイルを変更したらfvwm95の画面にちゃんと変わりました。(^_^)
とりあえず今の課題は

  • 日本語が表示されない(化ける)
  • 画面がむちゃくちゃチラついて、作業してると吐きそうになる
  • LANでつないでるハズの他のパソコンが認識できない
  • DNSサーバとかWebサーバとかっていうのがどういうものかわからない(……(^^;)
    日本語表示はテキストを見て解決。export LANG="ja_JP.ujis"ってやって、パッケージをいくつかインスト−ルしたら化けなくなりました。
    画面がチラつくは解像度の問題だろうけど、とりあえず動いてるからいいやってことで後回し。
    あとは結局わからないまま21時になっちゃったので帰宅。ハマショーのコンサートに行ってきた夫とN(夫)さんと合流してばんごはんを食べに行く。
    ネットワーク・プロであるN(夫)さんにここぞとばかりにいっぱい質問したら「Sambaを入れなさい」と言われた。サンバ?ってナニ?とりあえず月曜日になったら勉強しよう。
    あとで夫に「N(夫)さんは仕事でそういうことをいっぱいして疲れてるんだから、あんまり遠慮なく質問してはいけない」と叱られました。ごめんなさーい。

  •  
    4月9日(金)「季節の栖(すみか)」

    何の話かというと,さだまさしのニューアルバムの話なのだった(いやあ,つきあわせて悪いね)。
    つい数日前,Masasing Townのメール会員になったのだが,早速メール速報が飛んできたら,この話題だった。
    25周年ということで,こないだ谷村さん・こうせつおいちゃんの手による「桜月夜/歌紡ぎの小夜曲」が出たばかりなのだけれど,引き続き6月リリース予定で25周年記念アルバム「季節の栖(ときのすみか) 〜Twenty Five Reasons〜」の製作が進行中である。
    25周年のコンセプトはシングル同様,コラボレーションにある。
    実際の演奏やヴォーカルにどんなゲストを呼ぶかは不明だが,少なくとも作品的には外注及び合作のオンパレードであり,これは自作自演が信条だったさだまさしの音楽史においてはきわめて異例のことなのである。ま,お祭り騒ぎという事と,穿った見方をすれば,此処のところ,動脈硬化を起こしつつある創作活動に新風を吹きこむ効果を狙っての事かもしれない。創作スタンスのテコ入れってのは結構重要かもしれない(最近の山下さんも松本隆と手を組んだりしていますね)。それはこないだ「桜月夜」を聴いて一層強く感じた。

    で,メールにはこの後,現在作品依頼中もしくは作品提供済者リストが続くのだが,作家陣は以下の通り(谷村新司/南こうせつのおふたりはのぞく)。


     ● 弾厚作(加山雄三)(曲) 
     ● ル・クプル(詩) 
     ● 来生えつこ(詩)/来生たかお(曲) 
     ● 小椋佳(詩/曲) 
     ● 三波春夫(詩) 
     ● 財津和夫(詩/曲) 
     ● 青島幸男(詩) 
     ● 永六輔(詩) 
     ● Paul Simon(曲) 
     ● 服部克久(曲) 


    ル・クプル(そもそもあの夫婦は自分たちの楽曲を自作していたっけか)や三波春夫,財津和夫,来生たかおといったあたりは「長崎から」の人脈だろうか。
    特筆すべきは,永さんや青島さんという5〜60年代の歌謡界を席巻した殿堂入りの大御所を引っ張り出してきた事と,さださんの音楽的原点のひとりであるポール・サイモンに作品「ジョアンナ(因みにオリジナルに英語詞もついているかどうかはまだ分からない。さださんがどんな詞を書けばよいか大いに悩んでいるのは確かである)を提供してもらった事だと思う(これでコーラスがレディ・スミス・ブラックマンバゾだったりしたら天にも昇る心地だが,流石にそんな事はありえない,と)。特に青島さんには否が応にも期待が高まるよなァ。ひょっとして普通のひとに戻って最初の仕事になるのではないか。こっそり今書いていたら(爆)それはそれで楽しかったりもするが。

    Eさんから「『ラ・トゥーエル』行ったぞ,いいだろう」という自慢のメールが届く。
    いい。素直に羨ましいぞ。これで,お気に召したか(って彼女はネットサーフィンをしないから,これを読む事はきっとない)。
    僕も清水さんがメニュウを書きつつ「これはすごい」と自画自讃したオマール海老のフルコースに行きたいぞ。
    という訳で,来週の上京時に何処だかお食事にでも行けたりすると無上のシアワセなのでありますが…。

    **奥さんのLinux日記**

    引き続きDebianと格闘。とはいっても今日は生徒が多いのであまりやる時間がない。
    なぜかマウスが動かないのも、XF86Setupが成功しない理由なんだろうな、やっぱり。
    なんでかなーと思いつつ一旦帰宅。のつもりが、つい本屋に寄り道してしまう。
    そこで立ち読みした本の中に、XF86Setupの項があって、マウスの設定もちゃーんと書いてある。あれ?前に買ってきた本と設定が違う……そうか、/dev/mouseを選んでたからダメだったのか!/dev/psauxだよな、PS/2マウスなんだから。
    早速その本をつかむと一目散にスクールへ逆戻り。マウスもちゃーんと動いたしX-Windowも開きました。……でもX-Windowの画面がテキストのと違うので操作方法がわかんないよー。
    ちなみに購入したテキストは

  • 「挑戦!Linux インストール編」(エーアイ出版)
  • 「挑戦!Linux 基本操作&日本語環境構築編」(エーアイ出版)
  • 「挑戦!Linux ネットワーク基礎編」(エーアイ出版)
    偶然なんだけど全てのテキストがDebian。やっぱりDebianがポピュラーってことなのかな?

  •  
    4月8日(木)「雉も鳴かずば撃たれまい」

    日本リーバ『ポンズダブルホワイト』のCMについて。リムジンのバックシートで楚々と微笑む奥様に呼びとめられるヤツ。
    呼びとめられる女の子がなかなか美人なのはポイントが高い(因みに彼女は柴咲コウというので,憶えておくように)。それはいい。
    確かにポイントは高いのだが,あろうことかこの娘ってば喋っちゃうんだよね。で,これが藤崎奈々子張りの莫迦喋りなのだ。
    顔と声に日本海溝ほどの落差がある。もうプレートテクトニクスだって起ころうかという興醒めさだ。
    いっそ吹き替えてくれれば良かったのに(あ,別に藤崎奈々子がキライだと表明しているんではない)と思ったのは僕だけではない筈だ。
    えてしてモデル顔のひとというのは,喋りに向かないものである。
    えてして声優声のひとというのが,顔出しに向かないのと対をなす(具体例は…避ける)。
    容貌というイメージ先行がわざわいして,コトバを口にした途端に,そのきらめきが地に落ちる。
    ありていに云えば,おバカに見える。大体10代後半から20代前半程度でそうそう聡明な筈はない(因みに柴咲コウは17歳である…云われなきゃ20代半ばの落ち着きが見える。尤も,あくまで「黙っていれば」だが)ので,アホそうにしゃべったからと云って即,アホ娘の烙印を押すのも無碍な気はする。
    要するに,つくづく美人は不利だという事だ。
    たとえば,梅宮アンナなどというひとはそういった典型ではないか。
    いつのまにかモデルに転身していた川原亜矢子なんぞもアホ喋りの師範代である。
    またぞろ連ドラに進出するようだが,どんなにプレタポルテを闊歩した処で,C1000タケダ喋りが治ろう筈もない。
    あ,性別は特に関係ないようだ。いい例が『グランディス』における飯島直子の「とうちゃん」である。
    口を開いたと同時に深みが失せ,全くの安っぽいオトコに成り下がる。だから,CMで一度声を発したきり,次の回ではまた無口な父に戻ってしまった。
    かように視聴者の既獲得イメージとは恐ろしいものなのだ。

    今日も懲りずに,「一口茶屋」でたい焼きを買う。
    春期限定「桜あん」…桜餅を練りつぶしたようなあんであった。今度はあったかいうちに食べよう。
    どーいう偶然か夫婦とも仕事ストレス値,高騰中。
    ううう,この週末が思いやられる。

    **奥さんのLinux日記**

    勤務先のパソコンスクールに専用線ひきましょう(私利私欲9割(^^;)の企画がとおり、本日開通日。
    ……でもなぜか通じない。なんでー??と思っていたら、ネットワーク・プロのAさんが「DNSサーバ立ち上げてないの?」
    えーー!!DNSサーバって自分で立ち上げないとダメなのー?(←無知)
    初心者な私が責任者だったのがイケなかったのかー……。というワケで今日から死ぬ気でLinuxでサーバ立ち上げないといけなくなりました。しかしなんでUNIXなのか。(;_;)WindowsNT買う予算がないからだろうな、やっぱり。
    買ってきたテキストにDebianがついてたので早速インストール。しかしXF86Setupがどうしても成功しない。機器構成とかちゃんと設定してるのになぜ?
    使用テキストは

  • 「今日からDebian GNU/Linux」(オーム社)←これについていたCD-ROMをインストール

  •  
    4月7日(水)「ないしょ二題」

    桂歌助さんからメールを頂戴する。ステキな企てについて(残念乍ら,現時点ではないしょである)一足早く教えていただく。
    来週月曜日には,詳細をお知らせ出来ると思うので,やっさんファンはもう少し待っててね。
    それにしても歌助さんから「平さんがゆく!」についてお褒めいただくと無邪気に嬉しくなる。

    やっさんと云えば,とんくんからも「同窓生でお祝いの呼びかけ」葉書が届く。
    とんくんもまた水面下で活躍(暗躍)のひとである。こちらはやっさんに「ないしょ」の話。
    暗躍とは此処では地道な努力と同義である。段々大きくなっていく話の前に腕組みするばかりである。
    此処はただただ頭を深く下げておく。

    奥さんがネット中なのを見計らって,「黒岩博士の恐怖」を再見する。
    いや,その余韻,アタリメの如し。噛めば噛むほど味が出てくる。


     
    4月6日(火)「給仕する傍聴人」

    とにかく風の強い一日だった。朝には遅れ馳せの春雷まで轟く。

    で,全ては今夜放送開始の「古畑任三郎」に照準を合わせて一日を過ごす。
    19時過ぎに退社後,まずは,戸畑サティへ飛び込んで「日経エンターテインメント」の古畑特集を熟読確認後(最大の収穫は,ドラマの初収録が「笹山アリ篇」だったという事か),鑑賞のお供に「一口茶屋」でたいやき(具は,お好み焼きと春期限定「玉子」を選んだ)を買って家路を急ぐ。

    帰り着くと奥さんも心得たもので,既に食事及び風呂の支度を終えてあり,21時前迄には『番組を観たら即就寝』待機状態になる(理想のペース配分)。
    本編「黒岩博士の恐怖」放送開始。めくるめく130分を過ごす。
    緒形拳がキュートなのは云うまでもない。心情的に同情すべき処は一切ない殺人鬼にも拘わらず,緒形さんの生来の魅力と知性と役の肉付けが,むしろ,黒岩憲吾をとことん愛らしく描いてしまう結果になった。応援団旗持ち疑惑で古畑の臍を確認するくだり,田村さんの悲しげな瞳と緒形さんのうろたえた表情と,そのいとおしさにおいて役者同士が拮抗する名シーンである。
    それにしても,どうでもいい事ばかりが気にかかる。役者さんが皆んなして散髪したてなのか,うなじを刈り上げているのが目に付いた。西村さんは勿論,アリキリさん然り,小林隆さん然り,篠井英介さん然り,酒井敏也さん(2度めの登場にして殺され役)然り。

    今回の作劇的目玉(そーか)は,そのリアリティは脇に置いといてファミレスで事件を整理するくだり。
    とりわけ,古畑・西園寺・今泉(これに東国原を加わえて頭を並べると『古今東西』になる。三谷さん,遊び過ぎだよ)の後ろで,事件の経過を気にかけるウェイターが実に美味しい役処であった。エンドクレジットを見ると,八嶋智人,とある。
    暫くしてはたと思い出す。「G3」で,中山忍の相棒(螢雪次朗ではない)を演ってたのがこのひとだ。他にも「BOSS」のCMで貴乃花に睨まれてしまう会社員がそうである。ともかく,小劇場系の役者さんに違いないとえんげきのぺーじで,調べてみたら,僕もその名前くらいは知っているカムカムミニキーナの看板俳優であった。どうも,後でもう一回くらいは出てきそうなキャラなので,再会の日を楽しみに待ちたい。

    処で,今シリーズでは「今泉慎太郎」は演らないそうである。理由は三谷さんにその余力がないのと(「温水夫妻」と「マトリョーシカ」と,あと映画…え,映画って何だ?),「踊る大捜査線」関連で深夜にオンエアしたスリー・アミーゴス主演のミニドラマなど,このスタイル自体が定着した感があるので,その先鞭役を務め終えたからという事らしい。

    そうそう蛇足だが,犯人役に松村達雄翁の出演が決定したらしい。
    おそらく犯人の中では空前(多分)絶後の最高齢となる。傘寿もとうに過ぎている。
    お元気なうちに,若い世代にも印象深く登場していただくのは,オールドファンとしてはむしろ歓迎すべきだろう。
    最新の代表的キャリアが「まあだだよ」だけとは決して云わせない,なあんてね。

    武田鉄矢「母に捧げるラストバラード」(集英社)読了。
    ご本人があとがきで詫びている通り,本当に観念的で「読者を選ぶ」敷居の高い随筆集になっている。
    セールスよりも,今しか書けない,今だから書いておきたいという,内なる声を優先した本づくりが見てとれる。
    ただ本文とは趣きを異にする冒頭のイクさんの死の記録にある饒舌さは,筆者にとって母の帰泉が自身の存在をも揺るがす危機であった事を読み手自身の傷として追体験させる。武田さんの慟哭は圧倒的なまでに生々しく,頁を手繰る僕らはそれを迎え撃つ術を持たない。
    その深い悲しみは図らずも,近頃,芸能という場で『縁の下の力持ち』へのシフトを開始した武田さんの内なる猛りの焔を証明するかたちになった。
    エネルギーのひとは未だ健在である。
    もしかしてこの随想録は,人間・武田鉄矢が挑む後半戦の「転換」を促すモノリスを探る里程標になるのかもしれない。


     
    4月5日(月)「Fujiko・F・Fujio World」

    「日経エンタテインメント5月号」の古畑特集が群を抜いて凄いと聞いて,勇んで書店に駆け込んだら,まだ発売されていなかった。
    こういう点,九州はまったく不利である。明日じゃもう本編が始まっちゃうじゃないか。

    処で,先日藤子プロの公式サイトで注文しておいた「Fujiko・F・Fujio World」が届いた。
    これは去年,F先生のお膝元である高岡ともう一箇所何処かの都市でのみ開催された「藤子・F・不二雄展」の公式パンフレットである。一般の書店では販売を行っていないというシロモノなので,とりあえず通販が終了する前に手を打っておかねばと小学館パルショップ経由で予約に走ったのだ。本体価格1285円(税抜き)。消費税と送料やらをぶちこんで1600円。これに更に郵便振込の手数料が加わる。
    藤子プロが完全協力と聞いて,実は資料的価値のみを求めて買ったのだが,その狙いはどんぴしゃであった。
    その収穫は枚挙にいとまがないが,とっておきはアイデアノートを始めとする舞台裏を彷彿させる藤子プロお蔵出しの数々であろう。
    たとえば,晩年スタッフに宛てた「作家からの提言(苦言)」の鉛筆手書きのメモは,探求の徒であったF先生の一端を窺わせる貴重な証言である。
    其処からはスタッフにも分け隔てない腰の低さと,作家として自らとスタッフ達に課したハードルの高さに,思わずつんとしたものがこみあげそうになる。

    「感謝しながらこんな事を言うのは申し訳ないのですが,慾が出たと言いますか…。この機会に徹底的に僕の理想像を聞いてほしいと思うのです。」
    「総集編,単行本化。二度の機会に,できる範囲で改訂して下さい。」
    「自戒の意味もこめて言うのですが,漫画は一作一作,初心にかえって苦しんだり悩んだりしながら書くものです。お互いガンバりましょう。」

    嗚呼,今にも朴訥な富山弁で噛み締めるように訓え諭す先生の声が聞こえてきそうである。
    尚,先生は普段放任主義で,スタッフに対してあーしろこーしろと煩く指示するひとではなかったらしい。
    その後,具体例として原稿のコピーに絵とメモをぎっしりと書きこんだ「のび太の部屋に体温を与える徹底研究」,更にはスタッフへの宿題をも盛り込んだ詳細設定としての「しずちゃんの部屋徹底研究」がサブテキストとして続く。お見せできないのが残念だが,たとえばしずちゃんの部屋だと「チンパンジー(のぬいぐるみ)は絶対必要です(例示されたチンパンジーのイラストが秀逸)」みたいなこだわり,或いは「机,イスはこれまでのデザインを止め,新しく家具の本など買って女の子らしい物に決めてください」とマンネリ仕事を拒絶し,更に高いハードルを要求する作家としてのF先生が此処には居る。



    「藤子プロ作品は,藤子本人が書かなくなってからグッと質が上った(原文ママ)」と言われたら嬉しいのですが



    特にメモの末尾に添えられたこの一節,これは勿論「ドラえもんズ」その他,田中道明らスタッフが描いている藤子プロの作品に対して喝を入れたものだろうが,既に体調の思わしくなかったF先生が,自分が逝ったあと,彼らスタッフの行末まで心配した上での「遺言」とも受け取れる。
    そのひかえめな小言が,実にあたたかく,故に切ない。

    そー云えば,奥さんが遂にアルテマウェポンを倒したと凱歌をあげている。
    余程の大偉業なのであろう。

    **奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果

    一、缶コーヒー「Black」30本  サントリー
    この懸賞は事業所向けだったので、私のバイト先をイケニエにして応募したら当たっちゃいました。従業員9人しかいないからひとりノルマ3本。


     
    4月4日()「しあわせなエヴァ・アフター」

    子供の頃からお世話になっている『本屋のおいちゃん』のお見舞いに行く。
    尤も,おいちゃんが『本屋のおいちゃん』だったのは,僕が小学校から高校にかけての話で,とうに隠居をされている今ではもはや『本屋さん』でも『おいちゃん』でもないのだが,僕にとっては一生『本屋のおいちゃん』である。会ってきちんとお話をするのは,かれこれ10年振りくらいではないか。不義理も此処に極まれり,である。
    道中,昨日から期待していた宇佐神宮の桜並木をくぐり抜けるが,三部咲程度の咲き具合で,どーも花見のピークは来週末になりそうである。「赤毛のアン」のOPを期待していた僕が浅はかだった。こーなったら,来年に持ち越しである。

    エレベーターで4階に上がると,おいちゃんは丁度外の空気を吸いに行く処だった。
    肺の一部が化膿して精密検査を,と聞かされていたから,てっきり横になっているとばかり思っていたが,呆れる程お元気だった。82歳になったというが,その矍鑠たるさまといい,理性的な受け答えといい,全く60代の人生現役のひとのそれだ。見た目こそ少し白髪が増えたが,立ち居振舞は耄碌とは無縁の,僕が小学生の頃に抱いていた印象とまるで変わらない。何しろ,僕が小学生の時には既に教師を定年退職していたひとなのである。あれから四半世紀が過ぎた事を考えると,驚異的ですらある。何と云うか,おいちゃんはすごい。
    それに比べて,何と我が身の覚束ないことかと,妹とふたり肩を落とす。

    病院を退出した後,いきおいでそのままおいちゃんの奥様である『本屋のおばちゃん』に会いに行く。
    そー云えば,まだウチの奥さんの紹介もまだすんでいなかったので。
    尤も,ウチの両親と(元)本屋さん夫婦はこの30年来,変わらぬ仲の良さなので,不義理をしているのは息子の僕だけなのである(それにしてもウチの母とおばちゃんの会話のキャッチボールは桂子・好江師匠の絶頂期にも匹敵する間合いの良さだと思う)。
    おばちゃんもいつのまにか76歳になっていたが,物腰もその気さくさも昔のままだった。
    駄菓子屋や煙草屋のおばさんというものは,生活環境保存の為に実は改造手術を受けていてエイジングの波を逃れ,150年間の生存を義務付けられているという,まことしやかな都市伝説があるが(ウソつけ),どうやらこれはおばちゃんにも適用して良さそうだ。何だか幸福な老後のひとつのかたちがこんな風に此処に在る。「すっかり歳とっちゃったわよ」とおばちゃんは謙遜するが(それはおばちゃん自身の実感なのかもしれないが),僕ァ思わず「何処がァ?」と訊き返してしまいそうになったね。それにしてもおばちゃんが余り楽しそうに小学生時代のやつがれの逸話を披露するので,たいそう恥ずかしかったであります。

    「おばちゃんに会うとタイムトリップしたようだよ」と僕が云うと,おばちゃんは「私にそんな英語を使っても駄目だよ」と笑った。

    夕刻には,北九州に帰りつく。「一の市」だというので,黒崎で奥さんの買い物に付き合う。
    「黒崎QUEST」武田鉄矢「母に捧げるラストバラード」(集英社)を衝動購入。
    武田さんが語り下ろしではなく,きちんと書き下ろしたエッセイ集というのは随分久し振りな気がする。
    序章の母・イクさん死去の顛末は,僕にとってはかなりショッキングな内容。
    これについてはまた読了後,改めて此処で触れたい。


     
    4月3日()「デコポン村行」

    午前中は,ANAとJASのサイトで再来週の上京のためのチケット予約。
    土曜の朝に出て一泊,披露パーティーに出て日曜の夕刻羽田を発つ予定。まあ,まずまずの席が取れたんじゃないかな。

    昼から実家(宇佐)へ,春物のスーツを見立てに帰る(もう1年以上スーツを作ってないの)。
    北九州も八幡東はほぼ満開の桜並木も,小倉を出て国道10号線に乗って,中津に向かうとこれがさっぱりの3〜4部咲きだったりする。
    宇佐神宮の桜並木を期待していたのだが,どーも雲行きが怪しくなってきた。
    実家にて,問屋から取り寄せた4着のスーツを試着する。帰る度,僕のウエストを嘆く母(ほっといてくれ)。
    本当は2着つくりたかったが,気に入ったのが1着しかなかった(あっただけ良かった)。次は芦屋の叔母んち(此処も洋服屋さん)でイージー・オーダーの売り出しやる時に,そちらに顔を出しなさいと厳命される。「好きな生地でこしらえられていいわよ」そりゃそーかもしれんが…。しかしデブにはなるもんじゃない。

    武田鉄矢の映像物件をサルベージ。「NHKスピーチショー」や東芝日曜劇場初主演作品「ボクの父ちゃん」(伊崎充則が若い!)といったレアなテープを掘り出して,母と奥さんに半ば呆れられ乍ら鑑賞した後,尚もサルベージを続ける僕に母は云った。「ちょっと買い物に連れてって」
    美味しい「デコポン」があるから,買って食べさせてあげると云う。僕にはそもそも「デコポン」が何だか分からない。
    どーも蜜柑の一種らしい。奥さんは「ほら,N山さんにひとついただいたじゃない」と云うけど,ちーとも覚えてない。いや,もらい甲斐の無いオトコですまん。
    てっきり近く(歩いて5分もかからない)の「フルーツランド(くだもの屋さん。何を隠そう,やっさんの妹さん夫婦がやっている)」かと思ったら,そーではなく,小菊の方(ローカル過ぎるな,この話題)なので,連れてってもらわないととても自転車じゃいけない距離なのよ,と云う。だいたい彼女(というか母方の親戚はおしなべて)は蜜柑,いや柑橘系全般に目が無い。父方の祖母は隠居するまではバリバリの蜜柑農家だったので,その昔,冬を迎えて親父の実家から送られてくる「文字通り」蜜柑箱を母も母の姉妹も皆黄色い爪で手薬煉引いて待っていたものだ。子供である僕らはそこまで蜜柑中毒ではなかった。
    という訳で一旦,店を閉めて車を出す。
    旧国道を抜け,四日市の手狭な繁華街をやり過ごし(全くローカルだ),どんどん山に分け入っていく。処々に立つ「デコポン村・谷崎勢一」の立て看板を頼りに脇の細い道に折れ,桜を愛でるうちに農道に入りこみ,それでも確かに「デコポン」の立て看板が続くので,ぶどう園を抜け,梨園を過ぎ,茶畑を仰ぎ乍ら,いつしか収穫の終わった蜜柑山の農道をキャラバンするスパシオ。谷崎勢一ブランドのデコポンを目指して,牧歌的風景をひた走る。
    ほどなく,農道の先に昔ながらの広い庭のある民家が見えてくる。なるほど,軽自動車が駐まって,家の軒先で箱詰めしたデコポンを買っているようだ。
    デコポン村の村長・谷崎勢一さんのこしらえたリーフレットにデコポンの説明がしてあるので,以下適当に引用する。

    まず,デコポンに目口と手足のついた,マスコットが描いてあって,彼の自己紹介のかたちで「ボクはポンカンを父として清見(蜜柑の品種か?)を母として瀬戸内で育ちました」とある。ついで,

    ● おでこの出ているもの,出ていないものもありますが,味は同じです。
    ● 甘く,ほとんど種子もなく,袋ごと食べられます。
    ● ビタミン・食物繊維の宝庫です。
    ● 発ガン抑制物質(βグリプトキサンチン)がたっぷり含まれていて,発ガン予防になります。
    ● 果皮(表面)が他の果実に比べてしなやかになる性質をもっていますが,果実本来の味・品質は失っていません。

    どうぞと勧められて,試食用の一房を戴いたが,確かに瑞々しくて美味しい。種をとる面倒の無いポンカンといった処か。
    味はポンカンよりもう少し水っぽい感じ(あ,悪い意味じゃあない)。母,自分んちと息子んちと犬山の実家に送るのと3箱購入。ご馳走さまです。
    村長自ら,荷台に箱積みしてくれる。谷崎勢一さん,たいへんひとの好さそうな方である。
    食べ頃は4月10日くらいまでが盛りだそうだ。結構美味薄命なのだな。

    夜,親父と長妹も福岡から帰ってくる。
    花見は金曜にすませてきたとのこと。相変わらず冷たいひとである。


     
    4月1日(木)「高木ブー伝説」

    朝から不愉快なメールを読んで,一日中ブルーが入る。
    こういう場合,つい余計な妄想サブルーチンが稼動して,無為な堂々巡りに支配されてしまう。
    つくづく,オレってネット生活者に向いてない。

    今日は先月のぶんの振休消化。バカっ晴れの休暇日和である。昼から福岡へ。
    折りしも映画の日。週末の雪辱戦にソラリアシネマ3にて「バジル(97・米)」
    。 いや,傑作。堅実な演出と緻密な絵作り。最初にクリスチャン・スレイターが纏っていた人間的魅力を,ただ後をついてよちよち歩くだけのバジルが,謎説き後半からぐんぐん彼を追い抜いて,遂には魅力的人間に変貌を遂げていく快感的作劇は鑑賞者冥利に尽きる(そういった意味でも,後半のお髭は不可欠だったのね)。物語を通して横たわる傲岸不遜(に見えた)な父との因縁を,ラストですっかり老いた父親の告白によって「力技で」許すあたりもカタルシス刹那主義の僕的には全然セーフである。嗚呼,返す返すも自己満モーホー映画「愛の悪魔」などに先週の貴重な天神滞在時間を割いた自分が口惜しい。そろそろあのテの作品は鑑賞計画キラーファイル行きにする必要がある。

    空き時間に「Z-SIDE」の「リブロ」にて高見浩訳「勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪−ヘミングウェイ全短編2−」(新潮文庫)を衝動買いする。書架で見かけて,どうしても「キリマンジャロの雪」が読みたくなった。本当なら,実際に夕映えに輝くキリマンジャロの山頂を見る前に読了して,かの山への憧れを高めておけばよかったのかもしれないが,久し振りにアンボセリの青い空を思い起こしながら振り仰ぐように掌篇を手繰るのも悪くない。

    「Z-SIDE」インフォメーションの処で野坂医師と落ち合う。
    昨夜の電話では,開演時間である20時到着も危ういですゥ,と脅かした割りに18時半には姿を現す。
    今夜オフィスの方で急遽,歓送迎を兼ねた花見が決定したらしく,それならと「デブ専」と罵られ乍らも,高木ブーを選びましたと胸を張る。

    花見客で賑わう那珂川河岸の七部咲きの桜を臨み乍ら,19時オークラ劇場前。
    ポルノ映画のポスターの前を横切るようにして,劇場の周りをぐるりとひしめく老若男女。開場待ちの列が果てしなく続いている。やばい,此処の座席数は70しかないのだ。ブーちゃんを舐め過ぎた。いや,確かに僕も平日に会社休んでまで,彼と絶頂期の彼らの映画を観に来たのではあるが,ほら,僕は好事家(自分で書くな)だから,一般人の価値基準に照合させにくいじゃない。
    「でも,あたしの最近の嗜好ってミーハー寄りになってますから,あたしが行きたかったって事は人も集まる可能性大なんです」などと野坂医師。
    をい,誰が何と云おうと,キミだけは立派な好事家だぞ。
    呆れた事に最後尾に僕らがついた後もどんどん尻尾が伸びてゆく。

    入場以降の「公開記念スペシャルゲストご挨拶」については映画のタマシイ「【号外】高木ブー伝説」に詳しく書くので,そちらを参照のこと。
    高木ブーさんはブラウン管そのままのいいひとであった。それは信じてもらっていい。

    映画館を出ると,既に遅い時間だというのに少しも寒くない。
    川べりに咲く夜桜の白に,中洲のネオンが映えて,何とも美しい。後ろを大音量で「ズンドコ節」が過ぎていく。分かり易いドライバーだなァ。
    小腹が空いたので「MINISTOP」でカルピスウォーターとかりかりまん「四川風海老チリ」を買ってから,野坂医師を家迄送ったのが23時ちょっと前。東京プリンの「合コン哀歌」でノリノリのうち(莫迦)に帰宅したのが24時半前。
    奥さんがこさえたカレーを二杯いただいてから爆睡する。



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