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アナケンさんの「Dream&Smile」にウチのサイトのお返しリンクが張ってあるのを発見。ありがたいナリ。
以前,いっときアクセスカウンタがえらい上がった事があるのだが,原因の大半は此処のBBSに書いたURLから飛んでくるひとにあったのだった。TSB関連サイト(僕などは阿南さんと云えば,まずTSBが先に来てしまうのだが,そういうひとは少なくない筈であるし,ご自身もTSBにいらしたのは大きな糧だったようだ)の威力を思い知った次第である。あ,勿論TSBというのは,東京サンシャインボーイズの略称である。
お返しリンクのお返しという訳でもないが,今日は僕のTSB初体験の思い出を書いてみる。
これは即ち,三谷さんご本人を直接見た最初の思い出でもある。こないだ「温水夫妻」を観たのは千秋楽の一日前だった。
千秋楽のアンコールでは三谷さんも顔を出して挨拶をされたそうだが,それを云っても詮無いことである。
僕は幸運にもTSBの本公演に間に合うことが出来た。
福岡・天神のIMSホールで上演された「ラヂオの時間」がそれである。話は,93年9月4日(土)に遡る。
「十二人の優しい日本人」は中原俊の映画で観た(但し,比較的早いうちに)。映画に出ている梶善さんや相島さんがTSBのメンバーだと云われても「へえ,そうですか」としか思えなかった。梶善さんに到っては,何か潰しの利かなさそうなひとだなあ,と失礼な感想を持った程だ。林海象の濱マイクの1作目を,映画の舞台と同じ横浜の黄金町で観た時も,TSB(そう云えば,阿南さんも出演されていますね)に特別な感慨は無かった。
所詮は地方在住者,「猫」や「子供ほしいね」といった深夜ドラマでようやく三谷さんを捕まえたクチなので,「ラヂオの時間」の福岡公演も「三谷さんが書いてる芝居なんだ,観たいな」というのが純粋動機である。また,チラシの裏に書かれた三谷さんの御託「ワツィはいかにしてこの芝居の構想を練ったか」が異常に可笑しかったのも,それに拍車をかけた。昔のチラシは芝居の惹句ひとつとっても,ひとつの上等なスタンダップコメディの台本のような密度の高さだった(当時のチラシは残してあるので,いつか日記上で公開してみたいと思う)。
芝居とはとんと縁などなさそうな会社の先輩Jさんと後輩Iくんを「絶対面白いから。損はさせないから」と掻き口説いて,野郎ふたりを従えていそいそとIMSに向かった。開場してすぐ,ロビィでたむろっている三谷さんを見かけた時にはオーバーではなく天にも昇る心地だった。勿論,JさんもIくんも僕の興奮の原因がよく解らないので「良かったね」と笑ってくれ乍らも,目は困惑していた筈である。此処で「猫」の脚本家や「たほいや」のプレイヤーなのだなどと知名度を力説したくらいでは皆びくともしてくれなかったのだ。
僕は勇気を出して,三谷さんに歩み寄った。JさんとIくんは遠巻きに眺めるだけである。
「すみません,握手をしてもらえませんか」
「え,ボクとですか」
三谷さんは少し驚いた顔をしたが,右手をスボンでゴシゴシと擦ってから「どうぞ」と差し出してくれた。
その無骨に律儀にゴシゴシ擦るさまに,三谷さんの誠実さと愛らしさが滲み出ていた。
「いつも『たほいや』楽しみにしています」
「あ。ゴメンナサイ」と三谷さん。何故か謝ってしまうだな,この方は。
思えば,劇作家である三谷さんに対して他にもっと云いようがなかったのかという気もするが,その時は余りにも舞い上がっていて,それだけ云うのがやっとだった。どうして,あの時写真も撮っておかなかったんだろう。て,そりゃカメラを持って行かなかったからなんだが。三谷さんと写真におさまるチャンスなんてもう二度と来ないかもしれないのに,その点は未だに忸怩たる思いである。
客席に着いてからも,ロビィとホールを行ったり来たりうろうろする三谷さんに熱い視線を送る僕に,同行のふたりはさぞかし気味の悪い思いをしたことだろう。ちなみに本編上演中にも,一度だけ舞台に顔を出して(ドラマを録っているブースに一回だけ「文字通り」顔だけ出した)ファンサービスしてくれた(て,あれで当時の福岡の人間がどれだけ喜んでくれたのかは謎だが)。
舞台は映画を観られた方なら説明を不要だと思うが,このまま笑い死にしちゃうんじゃないかと危惧するくらい爆笑の舞台だった(確かに映画化するにあたって三谷さんご本人による大幅なリライトが行なわれているが,基本的なストーリー,特に後半のドナルドが帰ってくるあのクライマックスに変更はなかった。これは阿南さんのBBSにも書いた事だが,彼が演じたマルチン神父の最後のシャウトは,映画版の小野さん以上に劇的で効果的だった。あれこそが儲け役ってものです)。後に三谷さんがエッセイの中であの作品に満足していないと書いてあるのを読んで愕然としたものだ。ま,そんな事書き乍ら,後には映画化してしまうのだけれど。
ちなみに映画で並樹史朗さんが演じた保坂アナ,舞台では相島さんが演じていたが,舞台版でのフルネーム,実は保坂任三郎であった。勿論「古畑」がオンエアされる遥か以前,まだ「振り向けば…」の頃である。この保坂任三郎,どういう経緯でだか,BS2の深夜にオンエアされていたエンタテインメント・ニュースのキャスターとしても,相島さん本人が扮して出演されていた。だから,僕にとっての相島さんは今でも保坂任三郎そのひとなのだ,実は。
あの芝居はTSBメンバー・フル出演(当時既に役者業を引退していた「泪目銀座」の福島三郎さんこそ出ていなかったが(当時,演出補),後の「ショウ・マスト・ゴー・オン」地方公演では東京公演でのB作さんが抜けた穴を補充すべく,老俳優の付き人として舞台に立つのを観ることが出来たのも貴重な観劇と云える,かな)だったので,振り返るべき思い出に不自由はしないが,まずは此処までにする。
あれだけ昔に観た芝居なのに,今も尚,舞台の息遣いを鮮明に思い出せる。
それは自慢であると同時に僕にとってよほど幸福な出逢いだったのだ。
そして,今がある。
**奥さんのネット懸賞日記**本日の戦果
一、図書券500円 日本リサーチセンタ
一、図書券3,000円 JMRB
ここんとこ図書券づいてる。いいカンジ!レコード商品券の懸賞もあればいいのに。
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