8月のにっき(1)

男たちは皆、結婚してるか、でなきゃゲイ。
ゲイでなければ、世界一素晴らしい女を最近失ったか、
私にそっくりの悪女とやっと別れたという人ばかりなの。

「再会の時 THE BIG CHILL (83・米)」

8月10日(火) ラジオ体操第4への道
8月09日(月) モリクミ式
8月08日() モリタカ式
8月07日() 奉納落語
8月06日(金) 雛の花
8月05日(木) 間違い電話
8月04日(水) LUCKY TO BE ALIVE!


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8月10日(火)「ラジオ体操第4への道」

何人かのひとから,「懐妊おめでとう」とお祝いのメッセージをいただいた。
皆さん,お心遣い,痛み入ります。

さて,ラジオ体操第3の件だが,検索エンジンで「新しい体操」の名称募集を探り当てた処へ,某ルートから同じURLのタレコミがあった。
ひょっとして,西手新九郎殿がお越しなのか。
これによると,高齢者層を対象とした国民健康体操だそうであり(何しろ高齢者・身障者でも体操が可能なように立位に加えて座位の2パターンが準備されている),ラジオ体操第1・第2につぐ,とは云え,必ずしもラジオ体操第3を名乗るものではないらしい(何しろ新名称を広く公募している。〆切は8月25日Eメール送信ぶんまで有効)。
ヒーリングミュージックを基調としているらしいメロディの作曲者は佐橋俊彦。クラシック畑出身のようだが,寡聞にして「ガイア」やってるひと,くらいの認識しかなかったので,試しに検索エンジンにかけてみたらこれがサナダムシのように出てくる。「ゲンジ通信あげだま」「赤ずきんチャチャ」「キューティー・ハニーF」といったアニメ作品,「小市民ケーン」といったTVドラマ,そして「お受験」「39 刑法第三十九条」といった映画音楽まで,まさに現役で疾走するめちゃめちゃ守備範囲の広いひとだった。コレオグラファーは,此処を読む限りでは不明である。個人ではないのかもしれない。

余談乍ら,もうとっくに絶版になっているオラ・セラルwithカンコンキン・シアター&関根勤+サイケデリックス「PSYCHEDELIC SOUND PARADISE」(91.10.10発売)という関根さんの企画アルバムに収められている「ラジオ体操第4」。もし何かの間違いで聴く機会があったら,臨終の床を這い出しても聴いていただきたい名曲である。御大斎藤地蔵先生作曲,って誰だよ,そりゃ。
以下,超抜粋。

「かかとを舐めてベロの運動から行きましょう。はい,唾液を出して」
「さあ,大腸を使って縄跳びだ。はい,キミは十二指腸使っちゃ駄目だよ,短かすぎるよ」
「さあ,内くるぶしを噛み乍ら,外くるぶしをねぶろう」
「肩甲骨を横隔膜の中に入れて人間アルマジロォ」
「さあ,うなじにヒヤシンスを埋めて栽培しよう。水を時々入れ替えようね。リンパ液でもいいよォ」
「胆汁を全部搾り出して親指と人差し指のあいだに塗りたくろう」
「さあ,もみあげをかかとまで伸ばして自慢しよう。エヘヘン,エヘヘン」
「はい,ぼんのくぼ何処だか探しましょう。難しいぞ,其処は足の三輪だ。其処は水月」

これが全部実行できるひとはラジオ体操なんか必要ない。もしくはしても仕方がないかのどちらかだ。


愛ちゃんから初めてのメールが飛んでくる。
奥さんがかなり指南したらしく感謝のコトバに満ちている。さあ,お楽しみはこれからさっ。



8月9日(月)「モリクミ式」

社外研修の帰りに黒崎で奥さんを拾って,社宅に比較的近いレディスクリニックへ付き添う。
待合室は壁もソファも看護婦さんのコスチュームも皆んな真ピンク。予想された事だが,患者さんも受け付けも皆さんの方ばかり。仕方ないので,三谷・談志・糸井対談目当てだけで買った「婦人公論」を読むなどして過ごす。いや,オトコには本当に居場所がないのよ。

奥さんの話によると,ウチの子供は何週目かも予定日も特定できないくらいちっこかったのだそうだ。実際にエコーを見せてもらったそうだが(折角だから,オレも呼んでよ),9mmの卵胞がかろうじて確認出来るくらい。子供は更にその中に収まっている訳だから,今ん処,ウチの子は鼻くそほどしかないという事だ(ごめん,他に旨い比喩が見つからなかった)。
先生に伺った処,やはり新幹線はおすすめできないそうだ。まだ飛行機の方がましらしい。犬山里帰りの線はこれで完全に断たれた。車も1時間毎に休憩をとりなさい,あと2週間して子供のサイズが予定日が分かる程度に大きくなったら,また改めて相談しましょうと云われたとの事。さしあたってこのお盆の身の振り方を模索しなければならないな。

朝方の胃痛・むかむかは,やはりつわりによるものらしい。胃の中が空っぽだと,嘔きやすくなるのだそうだ。対処法としては,枕許にお茶・おにぎりを用意しておくとか,起き抜けは横になったままクッキーを食べとくといいらしい。つまみぐい・間食はどんどん奨励すべきで,ごはんを食べたくなければ,アイスクリームで全然構わなくって,疲れたら即刻横になってごろごろしてろなど,「つわりをのりきるために」と題したリーフレットにはダイエット中のひとが聞いたら目を剥くような事ばかりが書いてあった。自堕落な食生活を送っていいとあって,奥さんはたいそう喜んでいるが,この対処法に到る苦しみの方までは頭が回らないらしい。まあ,食えるうちに食っとけって事だな。

という訳で,夕食は奥さんの希望を叶えて「マダム李」へ。
前回行った時はマダムに,店を閉めたいんだけど「閉めないで」の声が多くて日延べしてると伺ったが,確かに久々に訪ねてみるとメニューが大幅にカットされている。若松カルビも無ければ,鍋類もキムチチゲとユッケジャンチゲのふたつのみ。第一,大のお気に入りのトーフチゲが無い。「すかいらーく」の「ガスト」化と考えれば分かりいいか。水ギョウザと(材料の都合で)野菜チゲ,そして石焼きビビンパをいただく。厨房にはマダムの娘さん(次女)とバイトの女の子のふたりだけ。珍しく,お客は僕らだけだった。

帰ってからやっさんに電話して,松平さんの熱き意向と我が家のおめでたを報告する。
結局,昨日の同窓会では「転失気」を演ったんだそうだ。


バートン・L・マック/秦剛平・訳「失われた福音書 〜Q資料と新しいイエス像」(青土社)読了。結局読み終えるのに,一年以上かかった。
ベテランの新約学者による,聖書原理主義ならずとも世のキリスト教的常識に一石を投ず,キリスト教起源についての実に面白い書物なのだが,ついでに書くには余りにも勿体無いネタなので,これはまた日を改めて書く。



8月8日()「モリタカ式」

実を云えば,此処数日奥さんの体調は最悪だった。
吐き気,さしこみにも似た腹痛,そして微熱。昨夜,宇佐から帰る車の中といい,蒲団の上でも時折苦しそうに喘いでいた。
丁度,新婚旅行のマサイマラの夜があんな感じでずいぶんハラハラさせられたものだが,その時のエピソードはまた別の機会に譲る。
だから今朝,時間外受付で病院に連れていった。いつもは医者嫌いの彼女も流石に云うことを聞いた。
診察してもらったら「おめでた」だった。まさに森高千里が懐妊を知ったのと同んなじケースである。
ひとまず手持ちのPHSで,双方の実家に手短に報告だけ済ます。

ウチの親父は「家に帰るまでが運動会です」と閉会式の挨拶をする校長先生みたいな口調で兎に角身体には気をつけてやれと云った。
いちばん絵に描いたように喜んだのは次妹だった。きゃつは未だ眠っていたのだが「おめでた」の一言で一気に目が醒めたらしく,心の底からの「おめでとう」を連呼してくれた。そんなに待ってたんかい。じんわり喜んでくれた長妹とは好対照である。ウチの双子はキャラがはっきり分かれているからなあ。

それにしても犬山のおかあさんから夕方いただいた留守電は最高傑作だった。
「おとうさんから話聞きました。お盆はもう帰って来なくていいから,すぐに取りやめてください」
たったこれだけである。

いや,一見ぶっきらぼうに聞こえるこの台詞こそ,娘を生む時にさんざん苦労したおかあさん故の愛情の発露なのだが,そもそもメッセージの何処にも「おめでとう」の一言が無かったと,奥さんはふてるのであった(これはおかあさん失敗しましたね・笑)。大体,此処の母娘はたまにする電話も手旗信号の簡潔さで話を済ませてしまうので,脇で聞いていてかなり愉しいのだが,今度のもひどくおかあさんらしいやと妙に得心してしまった。夜,電話で説得してみたが,おかあさんはびくともしなかったので,奥さんにはまずきちんと産婦人科に行って旅行の相談をするよう因果を含めたが,いずれにしても,おかあさんは本気で心配している。おかあさんが首を縦に振らない以上,お盆の犬山行きは中止せざるを得まい。

そのあと,キャッチで入ってきて祝いを述べたウチのハハも「そりゃ犬山のおかあさんが正しいわよ。宇佐に帰ってくるのも暫くは控えた方がいいんじゃない。5ヶ月目くらいから安定期に入るからさ」と奥さんが悲鳴をあげるような追い討ちをかける。ウチのハハも重篤なつわりに悩まされ,僕のお産の時には妊娠中毒にさえかかってしまったひとだから,こりゃ双方共に相手が悪い。云われているうちに「そうだな」といつのまにか僕も母親勢に加担していたりして。

かくて,誠におめでたい筈なのに,皆んなに「出歩くな」と釘を刺され,奥さんはブルー入っている。「だってお盆,遊びたいもん」
…ま,それはそれとしてだな,待望のおめでたなんだからまずは喜ぼうよ,奥さん。
そう,今日はおめでたい日なのだ。喜んであげなくちゃ,息吹いたばかりのおなかの子供が気の毒だ。

という訳で,まだ実感は湧かないのだけれど。
おめでとう奥さん,おめでとうオレ。



8月7日()「奉納落語」

朝9時半。そぼ降る雨の中,とんくんに携帯で先導してもらって宇佐神宮は参集殿駐車場へ。
今日も懐かしき同窓生の面々が集まった。今回は新たに高原くんとまさよっさんも来ている。高原くんは高校時代の学祭で落研メンバーとして,やっさん直伝で「つる」を演った。ふたりとも高校時代のまんまで何だか嬉しくなる。

10時には,院内町長がおひとりでいらっしゃった。バカ話をしている脇で,不意に柏手を打っていらっしゃるので,どぎまぎしちゃったじゃないか。先の披露パーティーでも感じた事だが,誠に気取りの無い方である。
続けて10時半には,南治師匠の浴衣に身を包んだ,湯治帰りみたいないでたちで正真正銘の真打ち,やっさん登場。おとうさんとおかあさんも一緒である。
山内さんの手配で集まったマスコミ関係は,新聞社が朝日,読売,毎日,西日本,そしてテレビがOBS(大分放送)。OBSの屈強なカメラマンのおじさんがブルドーザー並みにフル稼動で準備を進めていく。

11時,雨はいよいよ本降りになるが,御払いのあと,本殿にて奉納落語。ネタは三遊亭円朝作「死神」
奉納落語の詳細は,追って臨時増刊「真打への道」でレポートするので,そちらを参照のこと。
此処では,奉納落語が終わった後のお話に比重を置かせてもらう。

それにしても印象深かったのは,取材を終えたOBSのカメラマンがやっさんに握手を求めた時のこと。
大きな身体を前かがみにして「汗かいてますけど」と申し訳なさそうに右手を差し出したら,やっさんは「いっぱいばい菌ついてますけど」と切り返して力強いグリップを返した。皆は聞き漏らしたらしく僕だけが大ウケしてた。何だか得した感じ。
それから,観光客の間隙を縫って,本殿前で同級生だけの記念写真と,山門に続く急な石段で「平さん」のトップページ用の写真撮影。やっさん,ノリにノっておどけてくれるが,こんな「踊る平治」を表紙にしたら,またクレームが来るかなあ。えーい,どうせ夏季限定の予定だし,構うものか。

それから夜の宴席にもなるらしい法境寺脇のホテルリバーサイドで昼食をとる。
折りからの雨で駅館川もかなり増水していた。「今日此処のビヤガーデン使ったら捜索隊が出るね」とやっさん。
座敷のテーブルを繋いで10人が揃う。山内さんはいるけど,殆ど即席の同窓会である。メニューを見てふと思ったのだが,僕ややっさんや平尾くんが食べるステーキ丼が600円なのに,とんくんが頼んだかつ丼が1000円なのはどうしてなのだろう。そんなに玉子が違うのか。衣をつけて揚げるのが面倒だからか。ちなみにステーキ丼は僕好みの味であった事を付記しておく。

夕方の七夕祭りの凱旋興行のプロモーションまでは各自,自由行動ということで,皆,三々五々に解散する。
ついでだし,色々と話もしたかったので,やっさんを院内の実家まで送り届ける。
途中,明日の同窓会用の出囃子(「いやとび」)をCDでしか用意していないという事なので,院内最寄りの「百貨店」でカセットテープを探す。田舎らしくカラオケ練習用の5分テープしかなかったが,丁度お誂え向きであった。奥さんがファンタを買ってくる間,路肩に駐めた車からふと目に止まった夾竹桃の濃い桃色と鮮やかな白。統廃合されて,駐車場の傍らに記念で門だけが残った小学校の名残の脇で咲いていた。

2年振りのやっさん宅。玄関の三和土で,虫かごの中から鈴虫が一斉に鳴いて迎えてくれる。
やっさんは帰ってくるなり,浴衣を脱いでさるまた一丁になると,横になって孫の手のゴム球の方で背中をポコポコ叩き乍ら暫く冗談を云っていたが,すぐに爆睡モードに入った。鼾ひとつたてないノンレム睡眠である。
車の中では「いや,ちっとも疲れてないよ」と笑っていたが,やっぱり折角実家に帰れたからには,無防備に正体無く寝ちゃいたいですよねえ。実家ってどっこいしょってただ寝る為だけに来るみたいな処がありますから。僕がそう云うとおかあさんは笑っていた。
ひとまず,おかあさんにお願いしてカセットデッキを探してもらうが,CD搭載のものは無く,やはりこれはウチでダビングする他あるまいという事になる。ただ実家のCDデッキも大概年代ものなのは買った僕自身がよーく承知しているので,念のために長妹に電話で確認すると「デッキの機嫌が良ければ」と予想通りの答えが返ってくる。

眠っているやっさんに出囃子の曲目だけ再確認してから,ひとまずやっさん宅をおいとまして実家へ戻る。
15時ジャスト。やっさんは「のんびりでいいよお」と半分寝たまま答えたが,社宅の夏祭の関係上今夜中に北九州に戻らねばならない身としては余りのんびりともしていられない。
家のデッキは早々に見切りをつけて(こやつは演奏時間を表示するだけで,そもそもCD演奏をしてくれなかった),妹の親友のフラメンコダンサーの寝込みを襲うことにする。
電話した処,フラメンコダンサーは快諾してくれたので,ハウステンボスのお土産を携えて(勿論,妹が買ったのである),間髪を入れずにダンサー宅へ。頭出しの部分で太鼓の音が入らないというアクシデントはあったものの,何とか滞りなくダビング終了。話し足りなさそうなフラメンコダンサーの顔色を察して,お礼代わりに妹を置いて退去,再びやっさん宅へ取って帰す。着いたのが16時半,予定通りといった処である。

やっさんは,僕らが出掛けた時と同じ体勢で身じろぎひとつせず眠っていた。
隣の居間では,おとうさんが同じ恰好,同じポーズでごろ寝されていたのが,何とも微笑ましかった。おとうさんは僕ら夫婦に気付いてすぐ起きられたけれど。
折角気持ち良さそうに眠っているので,やっさんは起こさずに,おとうさんやおかあさんと色んなお話をする。
役場のひとがたまにウチのページの「全仕事」を持ってきてくださっているらしい。予定表を見ては,今日は何処其処の学校寄席,今日は何処其処で寄席だ,などと息子のスケジュールを気にかけておられる様子を見て,自分たちの仕事が意外な処で役に立てているのを知る。
おかあさんには,やっさんが上京する際に文治師匠の本名と連絡先を書いた兄弟子(たぶん,ふっくんこと蝠丸さんか小文治さんじゃないか)からの葉書も見せていただいたし,おとうさんには,ホームページに使うのなら,ついでの時に持ってきてくれればいいからと貴重な楽屋ショットを含む数々の真打興行の写真もお貸しいただけたし,文治師匠以下,こちらの落語会に来た噺家の皆さんが,部屋中に蒲団を敷き詰めて雑魚寝をしたお話も伺えた。実際,10月の凱旋公演でも文治師匠は「平治の家に泊まる」と仰言っているらしいので,肩肘張らずに過ごせる此処の実家が気に入っているのだと思う。ましてや,いずれも桂平治の「親」同士,積もる話もあるのに相違無い。
結局,やっさんは起こさずに失礼する。散歩に行くような素振りで,おとうさんが外まで見送ってくれた。

17時37分。OBSニュースで奉納落語の模様が映る。
残念乍ら(笑)僕ら夫婦は何処にも映っていなかった。案の定,早和子ちゃんの花束贈呈もカットされていた。
全部で1分とあったろうか。

夕食のあと,七夕まつりを冷やかしたいという妹を乗せて家を出る。
かあさんは昨日までのハウステンボス疲れで家に残るとのこと。今日出来上がってきた写真見ても楽しそうだもん。さぞかしくたびれた事だろう。
人波を掻き分けて,やっさんが挨拶する予定の中央会場まで出向くが,舞台ではバトントワラーズが「ドラえもんのうた」を踊っていた。もはや,皆,リバーサイドホテルに移動したあとだったらしい。妹に約束してたクレープだけ買ってやって(え,こんなのが400円もするの?)宇佐をあとにする。でも,昔はこのおまつりがひどく楽しみだったんだよなあ。


22時,北九州着。
帰ってすぐに,松平さんのお宅へやっさんの代役の件でお電話を差し上げる。
松平さんはスケジュールが不明なら10月まで待ちますと仰言ってくださった。それで平治さんのスケジュールが空かないのであれば,コンサートであるとか他の催しを考えますから,代役のことはお考えにならないでくださいと。
「よろしいのですか」とお伺いすると,「勿論,落語は好きです。でも私はあの元気なお声の平治さんの落語を聞かせたいのです。平治さんが無理なら,違う催しを考えますし,また別の機会に平治さんの落語会を開かせてください」と涙が出るくらい嬉しいことを仰言っていただく。

松平さんは僕ら夫婦の披露宴で,ちょっと彼の小噺を聞いたに過ぎないのに,表面的でない彼の面白さをきちんと見抜いていらっしゃる。ただただありがたいと同時に,巡り合わせというか,そう云った縁(えにし)を大切にされる方なのだと改めて,その涼しくも凛とした瞳を思った。

…今日の日記はちょいとばかし長かったね。



8月6日(金)「雛の花」

Aさんに借りたものの途中まで読んでついぞそのままになっていた浅田次郎「霞町物語」(講談社)を10ヶ月たってようよう完読。
本作は霞町−青山,麻布,六本木の台地に囲まれた谷間を舞台にした,浅田次郎本人と写真館を営む家族の自伝的回想連作集なのだが,これはお買い得な一冊ですよ,奥さん(この「奥さん」は僕個人の「奥さん」ではなく不特定多数への呼びかけの「奥さん」である)。中でも彼のおばあちゃんの最晩年のエピソードを描いた「雛の花」はまさに「出逢ってしまった」と書くに相応しい傑作短編である。僕が生涯を賭けてお気に入りになりそうな一作とまで云い切っておく。

かつて売れっ子の深町の芸者だった祖母を,一介の写真屋だった祖父が死に物狂いで水揚げした夫婦。祖母には其処に辿り着く前にやんごとなき名士との道ならぬ恋があり,ほんの小学生で恋の何ものも知らぬ孫は無理にねだって連れて行ってもらった歌舞伎見物で,理解できないまでも祖母の大人の恋の顛末を,そのけじめのつけ方を,鉄面皮からうっかり垣間見せた脆さを目にする事になる。

いかん,要らぬ解説を書こうとすればするほど,物語を貶めてしまう。いいから,兎に角騙されたと思って読むべし。夫たるおじいちゃんに舌打ちをさせる程,格好つけしィで突っ張らかってて,また事実粋でいなせで最高に格好よい彼女の自身の人生の幕引きは強いて云えば,そう山岡久乃さんに通ずるものがある。何でもかんでも,そう死に水すら自分で取るかのような,身内にすら,いや身内にだからこそ醜態を見せようとしない,それはまごうかたなきダンディズムだ。
直接の後日談である「遺影」も確かにウェルメイドな一篇だが,個人的には後日談なんか要らなかった。孫の「大成駒」の一声で全て閉じてくれてよかった。
真に恐るべきは,浅田次郎である。最高にクールな死に様と,最高にクールな抱きしめかたを僕に見せつけてくれた。

奥さんの勧めで,ウチのスパシオをディーラーへ半年車検に出す。
いえ,くだんのディーラーが旨いことに社外研修のセミナー会場のお向かいだったもので。
終講と同時にディーラーへ。ここんとこ,ずっと後ろのドア2つが開ける度に「絶叫屋敷にいらっしゃい」系の嫌な蝶番の軋みを立てていたので,もしやいつかの接触事故時の板金の後遺症ではと怯えていたのだが,さにあらず,ただの油切れですよという診断だったので胸を撫で下ろす。しかし,2年やそこらで油をささなきゃいけなくなるというのもなあ。

今日は「1999年・長崎から」。今年もまた客席の最前列には山口さんの赤い勇姿が見られる筈だ。


夜は明日のやっさんの奉納落語に備えて宇佐へ帰る。
本当は社宅の夏祭りがあるとかで,奥さんには心ならずも留守番をしてもらう予定だったのだが,台風8号の行幸で急遽夏祭りが延期になり,一転,嬉々とする彼女も同行した。時期を同じくしてウチの母親の方も長妹とハウステンボスに夏の小旅行に行っており,今夜帰宅。次妹だけがする事もなく,暇にまかせてマドレーヌをこさえていた。

処で,この10月にもラジオ体操第3が発表されるという話を小耳に挟んだのだけれど,誰か詳しい人いる?
この秋は「テレビ体操」から目が離せないぞ(て,思いっきりガセだったりして)。



8月5日(木)「間違い電話」

今日,会社にかかってきた間違い電話。

「東京フジテレビの「奇跡体験!アンビリーバボー」という番組の者ですが,××さんはおいででしょうか」

おいでじゃない。「どちらにおかけですか?」と訊ねると,先方はウチの親会社である某鉄鋼メーカーの広報課の名を告げた。
「念の為に番号を確認させてください」というので,番号を答えるとなるほど1桁だけ違っていたらしく得心したようだった。丁寧な詫びがあって,電話は切れた。
…よりによって「アンビリーバボー」からとは,果たして某鉄鋼メーカーにいかなる奇跡があったのか(笑)。刮目してオンエアを待て。

夜,愛ちゃんから電話。
奥さんに最後のレクチャーを受け,今日が記念すべきインターネット事始初日。
幾度かの操作確認の電話のあと,早速この日記を読みに来たらしい。今後ともよろしく。
奥さんが僕と話すかと訊ねた処「際限なく話し込んじゃうから」と僕との電話を拒んだそうである(僕はその頃昨日の日記を書いていた)。
喜べばいいんだか,どうだか。
さあ愛ちゃん,此処を遡って「カナダからの手紙」まで辿り着く気力があるかな(ぢゃリンク張ってやれっての)。

処で,10月からテレ東で「快獣ブースカ」がリメイクされると聞いた。
何でもおかあさん役は渡辺典子だとか。確かブースカの約束では地球に帰ってくると云ったのは…遅刻するにもホドがある。
それにしても高橋和枝さんが間に合わなかったのが惜しまれてならない。



8月4日(水)「LUCKY TO BE ALIVE!」

宮本輝「ひとたびはポプラに臥す(3)」(講談社)読了。いやあ,社外研修の昼休みは暇だから,読書が進むよね。
宮本父子,不穏の巻。そりゃシルクロードで極限の長旅だもん,殺気立ってもくるよね。僕らのアフリカ旅行も後半はそうだった(回想)。

輝さんが星野道夫から聞いた話。彼がオーロラ撮影の為に氷点下50℃のノースポールで一ヶ月間のテント暮らしをした時,日本の食べ物に焦がれて気分を紛らしたという。おでん,すき焼き,水炊き,うな丼,あげたての天麩羅と幻影は浮かんでは消え,生きて帰れたらあれを食べよう,これを食べようと明日の希望に繋いだ。ほとんどマッチ売りの少女である。星野さんは同じくテント暮らしを続けるアメリカの友人に帰国したらまず最初に何を食べたいかと尋ねた。
彼は躊躇なく答えた。「チーズバーガー」…当然と云えば当然なのだが,これはもう絶句するしかない。
星野さんは彼らの食文化の貧しさ加減(笑)に仰天し,そしてこれこそがヤンキーの強さかと感心したそうだが,生きて帰ってまず食べたいのがチーズバーガーとはね。後に続くのはドミノピザにミートパイ,ハーシィのチョコレートってか。身体に悪いようなものばっかりであるが,それが美味しいんだから仕方ない。アメリカの平均的家庭の食生活は,かの地に住む日系の親戚の処にホームステイしていた奥さんにさんざん聞かされているから承知しているが,あれが故郷の味なのだから仕方ない。「ライトスタッフ」でだって,宇宙に飛び立つ前に欲しくなるのはビーマンのチューイングガムなのだ。西部開拓民やってた人たちには適わないっつーか,ジャンクフードが染み付いた国民性なのだわ。

ぢゃ奥さん,次は(4)買っといて。

夕ご飯を早めに済ませ,中間でレイトショウ「アイズ・ワイド・シャット(99・米)」。このテの映画は苦手な筈の奥さんが珍しくついてくる。
パンフレットが配給元の手違いで7日以降しか届かないというので三十ヅラ下げて拗ねてみるが,あまり可愛くもないのでさっさと場内へ。
2館でやっている割には僕らを含めて3,4カップルしかいないので拍子抜けしていると,上映までには席の8割方が埋まる。皆んな,そんなにトム・クルーズとニコール・キッドマンのえっちが観たいのか(観たいんだろーなー)。客の多い会場,とりわけレイトショウは客全体のモラルが低下していて,着メロが飛び交うので僕は大っ嫌いなのだ。奥さんがpinguのおべんとバッグを当てたばかりのミスドのドーナツを食べて上映までの時間を埋める。
映画後半戦の1時間程は,腹痛に襲われ七転八倒する。
ビルが秘密パーティーの悪夢に喘いでいる間中,僕は「L.A.コンフィデンシャル」時の悪夢に,喘いでいた。帰ってすぐに呑んだ牛乳がいけなかったらしい。
行きがかり上,以下,少しばかりネタバレになるが,アリスが仮面と一緒に眠っているのを見つけたビルが耐え切れず「わかった,全部話すよ」と投げ出したあたりで映画の方も投げ出していただきたかった。アリスのラスト・シークエンスの一言「ファッキン」までの,長いこと長いこと。意外性もなければ,無くても困らない蛇足的エピソード,とゆーか。齢とると表現がくどくなるのかねえ。全くもってファッキンだった。アリス,あーたは正しい。エンドロールのあたりで奥さんに字幕翻訳者の確認を耳打ちしてはばかりへ急ぐ。会場出てすぐの男子トイレが遠いったらありゃしない。
でも,この映画のオレ的評価は意外と高かったりする。

結局,風呂に入る事が出来たのは1時過ぎてから。
風呂が沸いたので,奥さんを揺り起こすと「おいしそうな夢を見た」とのたまう。
花より団子のたとえもあるが,このひとはニコール・キッドマンの見た夢から300万光年程遠い処にいる。
こないだなんか巨大なぽたぽた焼きを他人が持っていて羨んだ夢を見たらしい。



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