10月のにっき(2)

監督脚本撮影編集など塚本さんの受持つパートが多過ぎます。
せめて記録はプロの人を頼んで下さい。

映画「双生児」より
藤村志保「塚本晋也監督について、印象、言いたいこと」

10月20日(水) 忙しかった
10月18日(月) ちんちろまい
10月17日() 木村大作さん,てば
10月16日() 狂わせたいの
10月15日(金) いっこく堂について
10月13日(水) 明るくなるまでこの恋を
10月12日(火) 買(被)ってはいけない
10月11日() よく寝る


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10月20日(水)「忙しかった」

今日のやぎ座の運勢は「めざましテレビ」の「今日の占いカウントダウン」では1位,ポケベルの星占いでもだったが,忙しいばかりでちいともなんかじゃなかった。ま,去年からやってるプロジェクト(小規模開発の部類ではある)の最終リリース日ということを考えれば,平和な方だったのかもしれないが,やぎ座の強運は何処へ行った?
どーにか一段落ついて,さわやかな気分で帰宅途中,無情にも胸ポケットのポケベルがぶるぶるしたので,泣きながら会社に引き返す。
結局,帰りついたのは午前様だった。バター。

2回目にして「TEAM」を見そびれてしまった。
そしてフォローは明日も続く。



10月18日(月)「ちんちろまい」

もう先週の話になるが,この15日に福岡市内のホテルで映画「ちんちろまい」の製作発表があったそうな。
「福岡県出身タレント総出演」「全編博多弁の博多ムービー」が売りの地域密着型というか,地方発信の映画(クランクインは2000年3月下旬,公開は2000年秋以降らしい)…って,たとえば福岡だけに焦点をあててみても,石井聰亙「水の中の八月」があるでしょ(あれは一応,アジアフォーカスが噛んでる),といちいち突っ込むのは野暮な試み? あ,そう。
企画・製作は,去年出来たばかりの「マルチメディア・アライアンス福岡」(MAF)。映画製作のノウハウから人材育成を狙う。福岡県も事務局に職員を派遣して協力する。石井監督は昔からずっと県にだって働きかけていたんだが…これもようやく時代が追いついて来たという事か。いや,まだまだか。いずれにしても僕的ポイントは記者会見にも顔を出した武田鉄矢主演の部分。
物語の方は,16日付の西日本新聞の記事をそっくり引用してみる。

「ストーリーは、武田さんふんする平凡な福岡県職員が家族と仕事のトラブルに巻き込まれ、博多弁の『ちんちろまい』(てんてこ舞い)状態になるという内容。武田さんのほか、福岡県出身の俳優やミュージシャンらに麻生知事名で出演を要請し、同県内からも十六―二十二歳の男女一人ずつを一般公募する。」

ま,お祭り騒ぎなのはいいが,めんたいこフェスタに留まらない作品になって欲しい。
役者全員が福岡出身(九州出身ではない)…人材は豊富なので,皆が快諾すればやれない話ではないけど。
本筋からは全く外れるが,福岡映画の先達「水の中の八月」の出演陣では天本英世,楢崎弥之助(このひとは役者と云っていいものやら),草刈正雄,中村有志が福岡出身であった(主演の小嶺麗奈は熊本だったんだよ)。
大体,武田さん自体,九州人の役者を掻き集めて映画を作ってる処がある。
たとえば「プロゴルファー織部金次郎」。あれは東京の下町が舞台だが,その実,レギュラー出演者の出身地を紐解けば,財前直見(大分)を筆頭に,コロッケ(熊本)に下川辰平(福岡),浦田賢一(福岡),光石研(福岡),「2」のゲストだった萩尾みどり(福岡)とこれがもう大サザンマン大会であった。

福岡出身か…さて,誰が出るんだろうと考えあぐねれば,高倉健,富田靖子,牧瀬里穂,小松政夫,中尾ミエ,細川俊之…などとこんな事をやっていては無駄に日記が長くなるので(なに,いつもの事だが)これ以上ハマらない事にするが(どーしても気になる好事家のアナタには福岡県出身の有名人・芸能人などというサイトをオススメする),個人的に田中麗奈(久留米)にだけは無理を承知で出ていただきたい。全然,カメオでもOKですから。

処で,この週末にも福岡ドームへ日本シリーズ観戦に来るわ,先週末はいつのまにか福岡で映画製作発表記者会見やってるわ,「金八」の撮りがそんなにラクだとも思えないが,まさに「武田さん西へ」の図である。尤も,収録スケジュール的に云うと,もはや古稀に手の届く小山内さんだけに脚本の準備期間が長かったろう事は想像に難くないので,撮影にある程度余裕があるのかもしれない。でも,武田さんだって火事場掻い潜って来福してるに相違ない。


京極夏彦「文庫版 魍魎の匣」(講談社文庫)購入。相変わらず,煉瓦のような厚みである。
はっきり云って「姑獲鳥の夏」は気に入った。人智を超えた力が跋扈し,おどろおどろしい舞台設定に「憑き物落とし」とお膳立てを揃えつつ,むしろあくまで論理的に(読者に或る前提を強要しはするが,それは全然セーフである)パズルを解いてくれる。明快だし,カタルシスもある。何より娯楽至上のドラマツルギーがなされていて,云う事がない。だから問題なのは次回作の「狂骨の夢」が文庫に降りるまで(たぶん来年だ)果たして僕が大人しく待っていられるかだ。
途中から講談社ノベルズで集めるのは,甚だしく蒐集美学から反するのだが…。表紙の荒井良さん製作の妖怪オブジェ,結構気に入ってるしィ。



10月17日()「木村大作さん,てば」

それにしても,いきなり日中から寒い。思わずどてらを着込んでしまった。だから,夕食はすき焼きだった(久々の鍋奉行である)。
秋晴れなので,奥さんの具合がたいそういいのは喜ばしい事だが,突然秋なんだもんなあ。

金曜日にいっこく堂のネタを振ったら,早速今日の「笑点」に出ていた。
手始めに人形を使わない腹話術という事で,色んなカーナビを演っていた。こないだの「いろもん」でさわりだけ振っていたヤツだ。
元々はライヴ・ネタだと思うが,もう解禁にしたのか。確かに新ネタは見たいが,あっという間に潰されないようネタは小出しで頼みます。

それよりも「笑う犬の冒険 旅立ちへの道SP」という11月から始まる新番に先行した特番に木村大作が出ていて,思わず目が点になった。
役者や映画監督ではなくて,撮影監督という云わばスタッフの立場にあるひとがバラエティに大きく出たというのは前代未聞ではないか。
内容は,南原扮する,職人気質で気に入った作品じゃなければカメラに向かわないこだわりの撮影監督・ムラ南作(勿論,木村大作のパロディだろう)が,「ラストシーン」という映画企画で,ある人(今回は鶴瓶)の死にざまを撮ろうというもの。
木村さんは本人役で,南原のサポートを務めていた。勿論,レギュラーとの丁々発止も,飄々とこなしている。

いや,驚いた。
そりゃね,今回の特番が11月からの番組の方針を決めるパイロットフィルム的意味合いが強かった事と,ぶっつけのハプニングから生まれる笑いを狙ったものではなく作り込んだコント番組にしようとしている事,加えてウンナンが大の映画好きである事,木村さんが「鉄道員(ぽっぽや)」という旬の仕事をした事など,木村さん出演に到る要因はいくつか考えられる。番組の最后にご本人も冗談っぽく云っていたが「今,仕事ないからね」てのも一因だろう。
「僕には怖い怖いってイメージがあるから,こういう番組に出てイメージを払拭しようと思ったのにィ」出来たフィルム(勿論VTR)は目茶目茶カネがかかっていて,ウッチャンをして「これまだ番組始まってないんですよ」と苦笑させる,こだわりの絵づくりとなってしまった。僕ら的には期待通りというべきか。

映画人はカネないからね,こんな処から一般への知名度が上がったカリスマ・スタッフが出てきて映画界の活性化に貢献するのも悪くない。
コントも僕らにとってマニアックな楽屋落ちに行けるし。そのうち,木村大作 VS 仙元誠三で撮影バトル・ショウをやったりして。南とめさんがお元気な頃だったら,ネガ編集コントだって行けたかも(ってそりゃどんなコントだよ)。



10月16日()「狂わせたいの」

お昼前に福岡は百道へ。
今にも泣き出しそうな空模様だったが,近頃,頭痛具合で一日の天気をぴたりとあてる人間ラジオゾンテの奥さんが「雨は降らないよ」と断言したので傘は持っていかなかった。案の定雨は降らなかった。此処暫くは100発100中であると云っていい。カエルだってこうまでは予知出来まい。
世界平和(この場合は地域平和か)のために有効利用出来ないのが,実にもどかしい。

英ちゃんと落ち合ってシネサロン・パヴェリアにて「黄昏に瞳やさしく(90・伊仏)」
いや,此処んとこ還暦過ぎたマストロヤンニだけは押さえておきたくって。まずまずの一本。
一個気になったのが,チラシやポスターの原題表記「VERSO SERA」について。
何が云いたいかというと,こんなタイトルじゃなかったのだ,本編では。何だか女性接頭語がついた3,4語のタイトルだったんだが,正確な処を思い出せない。後ほどネット検索してみたが,何処でも「VERSO SERA」としか書かれておらず,しかも公式サイトがない。
以前,ジャン・レノ主演の「ロザンナのために」というスラップスティックコメディがあったのだが,本当の原題は「ROSEANNA'S GRAVE(ロザンナの墓)」だったにも拘らず,日本の観客に文芸大作路線と惑わせようとしたか(そう云えばポスターも作品の空気を全く伝えないロマンティックな絵を使ってあった),邦題直訳の「FOR ROSEANNA」になっていて,これまた何処を検索しても「ロザンナの墓」が出て来なくって往生した経験がある(これも僕自身は本編を観ていて気付いたのである)。という事で,「黄昏に瞳やさしく」の正確な原題を知っている方がいらしたら,僕までメールください(800円もしなければパンフ買っても良かったんだが…おのれ,岩波ホールめ)。

このあと,中洲まで行って「ダリ展」観賞を目論んでいたのだが,英ちゃんが映画観たいようと目で訴えるので,急遽シネラの「ラブストーリーを君に」特集に切り替える。シネラもこの企画のためにわざわざ真ピンクのオリジナル・ポスターこさえたりして力を入れているのが分かる。シネラが偉いのは,どうせ自分とこの所蔵作品を使うだけにしてもプログラムの妙で,客に「いいかも」と思わせる処だ。
移動距離も最短ですませられるし,ま,いっか,とついつい横着したのをふたりとも後で悔いる事になる。
作品は「馬鹿たちの行進(75・韓)」,誰が聞いても恋愛映画のタイトルじゃない。
青春映画だったので,恋愛が出てこなくもないのだが,どう考えても主題じゃない。テーマはやはり「馬鹿たち」の青春なのである。
あとで調べたら,案外評価が高いので驚いた(当時の軍事政権下の閉塞した社会状況が描かれているのが「吉」と出ているらしい…)が,僕らには「さっぱりおもろない」映画であった。我慢出来ずに最后の5分間ほどうとうとしてしまって,場内が明るくなってから意識が戻る。英ちゃんに聞いた処では,主人公の青年が人生に絶望して自転車で海に飛び込むわ,主人公が徴兵される日に別れた彼女が見送りにきて初めてのキスを交わすわ,波乱に富んだラストだったらしいが,それまでの文脈を考えるにさほどぐっとは来ないだろうと思う(少なくとも英ちゃんは来なかった)。良くも悪くも70年代につくられた凡百の平均点映画という印象。先の社会状況云々という話も前半の「桃尻娘」な青春戯画に,木で竹を接いだ感じで今ひとつ乗り切れない。
悪いけど,500円の入場料も決してお得に感じられなかった。
それよりもむしろ,福岡市総合図書館のビデオライブラリーの(特に60年代以前の)邦画の豊富さに目を見張った。
此処には毎週入り浸る価値がある,それが英ちゃんとの一致した見解。

17時頃,パヴェリアに戻って,カレーバイキングで不必要な満腹感を得た後,19時までだらだら過ごす。
映画を堪能するというよりは,英ちゃんを堪能した一日(笑)。

紆余曲折あって天神へ移動。
其処から更に中洲へ。本日のメインイヴェント「狂わせたいの(97・日)」。石橋監督とミルクマン斉藤さんとのトークショウこみだ。
コトの仔細は映画のタマシイ「【号外】お話したいの」を参照あれ。監督のキャラが立っていて,トークも爆笑の連続だった。
映画はね,ソフィスケートされた「90年代の石井輝男」って感じかな(いや,石井監督はまだ現役だけど。もうすぐ「地獄」が…)。全くのエログロナンセンス。
「ゲンセンカン夫人」よりも「ねじ式」よりもうんとヴィジュアル系でうんとスマートでうんとバタ臭い。
後半,刑務所に入ってからもたつき始めるのはご愛嬌。

映画が終わったのが23時ちょい前。
百道を出る時は,車1台で出て,あとで百道まで拾いに行こうなどと云っていたのだが,やらぬが花だった。百道の駐車場の門限は23時半である。
天神の駐車場に戻ったのは23時をとうに廻っていた。

帰りは帰りで,何故か到るところ道路工事で速度制限や車線が減っていて往生する。
3号線のトンネルが通行止めになっていて,否応無しに岡垣市内越えをさせられた時はどうなる事かと思った。
車中,おそらく10数年振りに大橋照子さん構成作家・鶴間さんの漫才を聴く。
声,ぜっんぜん変わってない。照子さんて幾つだよ?



10月15日(金)「いっこく堂について」

谷村さんの公式サイトタニムラ・コムが開設したので(150アクセス目だった),早速書き込んでくる(10発言目だった)。
心配なのはネット・ストーカーの気がある盗作被害妄想の100%真実の告発おぢさんだが…一応,管理人さんにメールしといた方がいいのかな。
万人に開かれたBBSはそういう意味で不安な部分がある。実際,さださんの公式サイトにあったBBSは色々あって封鎖されてしまった。


いきなり古びた話だが,先週の「いろもん」のゲストはいっこく堂だったので万難を排して観た(今週のヒロミはうっかり寝てもた)。
鶴瓶が語った奈良岡朋子さま発言「あら,彼のことは昔から知ってるわよ」から,かつては彼が劇団民藝所属の俳優だった事を知る。このひとのキャリア・パスは只者ではないかもしれない…。今までテレビ欄に「いっこく堂」の名前を見つけると欠かさずチェックするようにはしていたのだが,此処らできちんと「いっこく堂」をさらっておく必要を感じたので(オレは感じたんだよ)ちょっとネットで検索してみる。

何だ,結構あるじゃない。
中でも押さえておきたいのは,殆ど公認に近そうな,いっこく堂ファンネットなるファンサイト。
それから(まだ)数少ないレギュラー番組みくおねえさんとワイワイキッズ内のいっこく堂キャラクター紹介(いかにも子供番組向けなのがまたいい)。
あくまで個人的な備忘のために,データの一部を此処に採録しておく。

【本名】
 玉城一石(たまきいっこく)

【誕生日】
 1963年5月27日

 …げげ,36歳なのお(と,じっと我が腹を見てはらはらと泣く)。
【腹話術を始めたきっかけ】
 役者になろうと沖縄から上京,所属劇団「民藝」の宴会で披露した物まねが受けて,いつしか演芸の世界を目指す。
【CDデビュー】
「虹の向こうに」作詩・作曲:坂田おさむ(玉城一石ソロ)
 c/w「公園へ行きましょう」作詩・作曲:坂田おさむ(一座各キャラ)

 1999年8月11日ポリスターより発売中。


 坂田おさむという作家の人選がまたナーイス(以前,なぎら健壱が「歌のおにいさんなんて云ってますけど,齢まで含めて僕らの仲間ですからね」とタレ込んでいたが,あの「おかあさんといっしょ」的おめめハイライトうるうるに騙されてはならないらしい)。いずれにしても,これはレアものになる可能性大である。僕のような好事家のひとりとしては…え,買うべきなの?

あと「ハイビジョンときめきワイド」の9月放送ぶんにもゲスト出演していた。菅山さんのお笑いへの審美眼はやはり確かだ。
司会者のコメント「唇上下つけずにハッキリしゃべっちゃうんです。これは腹話術師でも至難の技だそうです。これをするには、舌と前歯がポイントなんですって」
其処のあーた。これを読んで,思わず試してみたのは僕だけではあるまい。

9体いる各人形のプロフィールが秀逸である(詳細はいっこく堂ファンネットをご笑覧あれ)。
しかしサトルくんの本名が「サトル・シアトル・トンデール」なのはともかくも,まさかジョージくんの本名が「吉助氏(きちじょうじ)」だとは思わなかったなァ。



10月13日(水)「明るくなるまでこの恋を」

最近,FMでかかってて気になる歌。ポルノグラフィティ「アポロ」
れぼれぼみたいなノリノリの曲調で,僕らが生まれるずうっと前ェからァ,アポロ11号は月に行ってたんだねェ…みたいな曲。
そっかァ,ずうっと前なんだァ…(尤も,僕だって物心つく前の話ではある)。


おそらく去年今年(こぞことし)と「日本沈没1999」の脚本やらロケハンやらに奔走した挙句,「無期延期」という名の製作中止に追い込まれた大森一樹の心中は察するに余りある。春先から「中止」「中止」と囁かれ乍ら「松竹が一旦は社運を賭けた以上」9月になってもまだくだんの予告編はかけられていた訳で(松竹の公式サイトもあった。今はリンク切れてるけど),カエルの生殺し状態は長かった。いつかその呪詛をエッセイにあらわしていただきたい。

尤も,個人的に最近の大森的大作映画(というか大作に限らず「ゴジラ対キングギドラ」以降全作と云ってもいい)はいちいち悪ふざけが度を越しているので,余り好きではない。「継承盃」を観て分かったのだが,このひとの演出はどうしても大作が大作に見えないんだなァ。断っておくが,皆勤とは云わぬまでも僕はなるべく大森映画は映画館で観るようにしている。…色々云ってはいるが,彼の世界が好きなのだ。
でも,頭抱えた「ドリーム・スタジアム」(但し,八名信夫扮するバット職人の挿話は良かった。八名さんは元々プロ野球選手,なかなか粋なキャスティングでもあった),まあそれなりの「ジューンブライド」…と毎回,肩を落として映画館を出る事が多いのは否めない。期待していた「緊急呼出し(エマージェンシー・コール)」は観損ねたので,ひょっとするとあれは傑作だったのかもしれないが,少なくとも瀬戸口くんの評判は芳しくなかったなァ。
近作では「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」がなかなか良かった。それは認める。ただ,あれもアニメと賢治の合成シーンは余計である。監督の性格上,やりたいのは分かるがやるべきではなかった。堅実な演出力を持ち乍ら,誘惑に負けてすぐ「おイタ」な絵づくりをしてしまうあたりは大林監督も同好の士であると云える(でもたまァにそれが吉と出ることもあったりして,それが彼らを増長させてもいるのだが)。

そんな「日本沈没1999」の痛手冷めやらぬ大森さんが,製作費わずか100万円の映画を手がけるという。
「明るくなるまでこの恋を」。30分程度の短編になるそうだ。
脚本は勿論,監督の書き下ろし。機材は専門学校からの借り物。俳優のギャラは日当1万円。
閉館する映画館に集まった観客たちの“最後の一夜”の悲喜こもごもからなる物語。
カネがないということで,実はかなり今度の作品には期待していたりする。
と書くと何だか逆説めいているが,ポイントは監督がカネをかけた悪ふざけが出来ない,これに尽きる。
このひとは徹底して絵を作り込むタイプなのだが,悪ふざけに抑制が効いていれば,却ってインディーズ風味が出て,いいものになるんではないか。
中途半端にこのひとに予算を持たせてはいけない。持たせるんであれば,いっそハリウッド大作並みに持たせてあげたい。それが偽らざる僕の願いである。
100万円という甚だしいロー・バジェットのハードルが彼に佳い発条を与えればいい。

でも,一般公開はまずない。
かなり観たいのだが,これは手痛い。



10月12日(火)「買(被)ってはいけない」

「買ってはいけない」について,ちょっとだけ書く。

「買ってはいけない」という本が厄介なのは,100%がクロではない処にある。
まさしく「買ってはいけない」というテーマの「ため」に作る「うそぶき」本なので,編集コンセプトとしても昨今のエコおたくが喜びそうな「怖い話」を満載したかった(に相違無い)。それが結果的にライターの能力が届かず,調査の裏付け・科学的理解の弱さ(出典がほとんど記載されてない,なんてのは初歩的怠慢である)や果ては煽るための事実誤認・歪曲を満載してしまうのだが(色んな処からトンデモ本のそしりを受ける道理である),それでも決して「人心を惑わす」目的で編集された訳ではないため,消費者自身がまともな知識と見識を持つべきだという理などは,僕でも得心のいく正論だったりもする。
「『買ってはいけない』は買ってはいけない」がダメダメなのは,「買ってはいけない」同様「『買ってはいけない』は買ってはいけない」というコンセプトの「ため」ならば味噌も糞もいっしょくたにして「買ってはいけない」を断罪しようという志の低さにある(勿論,僕は「買ってはいけない」も同じ穴の貉なのだと云いたいのである)。たとえば擬似科学批判をしようとする肝腎な時に大槻教授が出てきてしまったみたいな「いなたいさ」というか。声高になればなるほど「あらあら,また何か云ってるよ」みたいに返されてしまう。ちょいとばかり拙速を尊びすぎたんじゃない?

処で「実名にも関わらずメーカーから反論がないのは,書いてあることが真実だからだ」などと「週刊金曜日」的木で鼻を括った論理展開に乗せられてしまう市井のひとびとがいると聞いたが,「週刊金曜日」の各企業への対応だってさほど褒められたものでもない。
たとえば「正露丸」の販売元・大幸薬品は決して黙ってはいなかった。
『買ってはいけない』には事実誤認があります。には「週刊金曜日」に送ったアンケート回答とそれに対する編集部からの回答が掲載されているが,此処を読むと「恐るべき漢方薬 正露丸」の記事がタブロイド誌的言論の暴力であることは明らかで,編集部による事実確認のチェック機構が甘々なのも,抗議されて一部開き直る処もペンの上に胡座をかいているのが見え隠れして生理的に受け付けない。

「買ってはいけない」という本の害悪は,まさに上で示した100%がクロでない処にある。
個々の製品について,いちいちその真偽にグレーゾーンがある。クロもある代わりにシロもあるのだ。一気に全部をひっくり返そうとすると結局はグレーゾーンのままで終わってしまう。それぞれの真偽について正誤の腑分けをしてこそ,正確な「買ってはいけない」批判が出来るのだが,せいぜいこの本の信用出来ない記述を多数例示して,「買ってはいけない」のグレー性を露呈させるくらいが今出来る精一杯かもしれないですね。
どうして同じコンセプトで,たとえ迫力には欠けるとしても,もっと綿密な調査と専門家の裏づけを取るなどして,本当に自信を持って公開できる項目だけに絞り込んだ丁寧な本づくりをしなかったのかねえ。ライターのペンが走り過ぎているのは僕のような素人が一読しただけでもすぐに見て取れるのに。

「買ってはいけない」のコンセプト自体を貶めているのは,他ならぬ「買ってはいけない」自身である。


モダン・ビブラホンの神様,ミルト・ジャクソンが肝臓癌のために亡くなった。享年76歳。
この報を聞いて驚いたのは僕よりもむしろ奥さんであった。
奥さんは8年程前,ミルト・ジャクソンの名前もよく知らないまま彼の生演奏を聴いた事があるのだそうだ。そんな話,初めて聞いた。
大学3年生の頃,オレゴンで暮らす大伯母さんに会いに渡米した彼女は,ある夜,従兄弟だか又従兄弟だかに連れられて,彼の友人の知り合いがやっているというサンフランシスコの小さなホールに行った。その時にたまたまミルト・ジャクソンが彼のバンドを率いて演奏していたらしい。
ステージでプレイするミルト・ジャクソンからも,オーディエンスの中に居たジャパニーズのちっちゃな女の子はひどく目を惹いたようで,ライヴ終了後,彼女を自分の処に招き寄せて,一言二言声をかけた。奥さんも「アナタの『A列車で行こう』はたいそう良かった」とか何とか返したらしいが,この時点で彼女はミルト・ジャクソンのネーム・ヴァリューを知らない。帰国してひとに聞いて初めて自分が凄いプレイヤーの演奏を聴いてきたのだと知ったらしい。
「いいおじいちゃんだったよ」って,そんなコルトレーンなんかとセッションしてたような神様を捕まえて,あんた。
…いや,きっといいおじいちゃんだったと思うが。

ちなみに彼女はそのあとポートランドで当時はまだフルメンバーだったレディー・スミス・ブラック・マンバゾの歌声も堪能している。
うー,オレだって生で聴いてみてェよお。



10月11日()「よく寝る」

ははは,何てタイトルだ。
連休3日目は,勿体無くもひねもすのたりのたりと過ごす。
なんかずーっと寝てた感じ。しまいにはまぶたが腫れて痛くなった。
やらなきゃいけない事は山とあるが,やらなくたって明日は来ちゃうと来たもんだ。

奥さんを買い物に連れていったついでに,京極夏彦「文庫版 姑獲鳥の夏」(講談社文庫)を購入。
今更と云うなかれ。京極さんは今まで何度か手にとっては文字の詰まり具合とその熱狂的ファンの多さから腰が引けていた作家。「嗤う伊右衛門」が出た時など一旦はレジまで持って行ったくらいだ(じゃあ,何故戻す)。きっかけなど他愛無いもので,こないだCちゃんから

「京極堂、いいです。私、あまり映画に出てる人のファンになったり、特定の歌手のファンになったりすることはあまりないのですが、
 中禅寺秋彦はとってもいいと思います」


なる手放しのメールを読んだのが頭にあってついふらふらと買ってしまう。文庫だしィ(て,それでも600ページを遥かに超えているのだが)。
森博嗣みたいに積んどかずに読むぞ。すぐ読むぞ。

買い物帰りに「いしむら」でみたらしだんごを買ってお茶にする。
最近,休日ってェと,このパターン多くない?

帰って「さあ読むぞ」と京極堂を開くが,気付くと夕方の6時を回ってた。間の記憶が飛んでいる。
夕食はビーフストロガノフ。いつのまにか出来上がってた。だから,寝過ぎなんだってば > オレ。
夜,今度こそ「姑獲鳥の夏」を100頁程読む。
今日読んだ処は京極堂による脳と心と意識の関係の講義に終始するが,これがこの作品を読み進める上での基本前提なようなので不満は無い。内容がインターネットニュースで燻り続けている「擬似科学批判問題」と何気にリンクしている部分もあるので,さほど論旨としては目新しくは無いものの切り口とか色々と勉強になる。
本筋の事件に入っていくのは明日以降だな。

「ダスキン」のさださんが岡っ引きをやってるCMに斉藤由貴がゲスト出演してるのを観る。
相当,前の撮りなのか。もうすぐ由貴ちゃんもおかあさんである。



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