11月のにっき(1)

言論とは、墨を塗るだけのものである。
文字は紙の上のシミに過ぎないからである。
それと同時に、それに生命を賭ける人がある。
他人の無責任な言論のために、生命を奪われた人すらある。
そういうことに、「解決」など、あるわけがない。

養老孟司

11月08日(月) これもまた別の話
11月07日() 王様のソース
11月05日(金) タイムトラベラー讃
11月04日(木) 遥かなる旭日電影
11月03日() 女体河童艶姿
11月02日(火) 日−WINGS
11月01日(月) 安静の大獄


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11月8日(月)「これもまた別の話」

木曜日に紹介した「旭日電影」だが,当の瀬戸口くんから丁寧なフォローをしてもらった。曰く,


「旭日電影」サイトのあるBekkoameとは、契約更新しなかったので、まもなくアカウントごとサイトは消失予定です。それと、個人的に過去の遺物「旭日電影」は、ここ(「電網天動説」)と映研サイトに発展的に解消された、と考えてますので、消失したら、そのまま復活なし、と考えておりまする。

と,返す返すも残念なお話。そんな訳なので,興味のあるひとはお早めに。
あ,でも近々「電網天動説」の方で「山形ドキュメンタリー映画祭」と「東京国際映画祭」「ファンタスティック映画祭」のレポートを上げるそうなので,こちらの方もお楽しみに。

会社帰り,我慢できずに和田誠・三谷幸喜「これもまた別の話」(キネマ旬報社)を購入。
奥さんに「あと少し我慢すれば図書券が届くのにィ」と呆れられたが,そういうもんではない。目の前でこう本が僕を呼ぶのだ。あんた,まさか見す見す指をくわえて通り過ぎるつもりじゃないよね。まさか,ね。
これは前作「それはまた別の話」の続編。和田さん・三谷さんが毎回ある一本の映画について掘り下げていく対談本。前回は文藝春秋から出ていたが,元々キネ旬で連載されていたのだから本来あるべきすがたとも云える。とは云え続編らしく,サイズ,装丁,レイアウトとその他悉く「それはまた別の話」を踏襲しているのは喜ばしい限り。2冊のインターバルには三谷幸喜監督「ラヂオの時間」が入ったため,三谷さんの視点に,脚本家に加えて監督としてのそれも追加されているあたりが読み処か。
ちなみに本連載終了后,今度は和田さんが「久々に」映画「真夜中まで」を撮った。劇中,役者・三谷幸喜がカメオ出演しているのもご愛嬌。
処で東京国際映画祭上映后のティーチインで和田さんが語った処によると,「真夜中まで」の脚本は当初,大沢在昌さんに頼んだものの多忙故になかなか上がってこず,並行して三谷さんにもあたったものの(笑)これまた音沙汰無くて,などという笑うに笑えない経緯があったらしい。…でも,そりゃ頼んだ相手が悪い。何しろ,あのひとには伊丹さんの「マルタイの女」という立派な前科がある。

夜,やっさんから電話。桂文治一門プロファイルの直し。
やはり,伸乃介師匠の写真は無理とのこと。当座はにゅー・おいらんずでしのぐしかあるまい。
快治さんのデータに処々抜けがあるものの,修正后「とりあえず版」として一旦公開するつもり。
このあとやっさんの一門の皆さんへの一口コメントや挿話を増やしたり,いずれは一門の皆さんから直接データやコメントを賜ったりして,充実させていければいいかなと画策中である。近々の狙い処は小文さんと小文治師匠かな。宇佐での写真を送るついでにアンケートを送らせていただこう。
さて,それはそれとして,まだ先月の宇佐興行のレポート書きが半分以上手付かずで残っている。ふう。



11月7日()「王様のソース」

朝は冷風機をしまって(まだ出してたんかい)昨夜バンドールで受け取ってきたビデオの設置と部屋の掃除。
こないだ買ったばかりだというのに,ミニコンポの収納スペースがかつかつ過ぎて,CDを2時間もかけると熱暴走のせいか演奏途中で止まってしまっていた。なので今回,ついでに2段あった棚を1段にレイアウト変更して,上段にあったコンポにまるまる棚の場所をあてて,下段にあったレーザーディスクをビデオデッキ棚の下段へ移した。これで熱暴走なんかしやがったら,それはパイオニアが悪いのだ。
折角だから,引っ越してからベランダにずっと転がって野ざらしになったままのBSアンテナも何とかしようと「一旦は」考えたが留め具が無いのでまた次回に繰り越し。不精もここまで来ると自讃するより他ない。

昼は久々に折尾の「ポルタ・ロマーナ」でスパゲティ・ランチをいただく。
客は多少の入れ替わりはあるものの,僕らを含めて常に3組程度。この適度なスカスカ具合がいい。
冬の陽射しがいっぱい入る窓辺の席でゆったりと過ごさせてもらった。
具だくさんの羹(スープ)で胃の腑を満たしてから,奥さんは牛肉とキノコのクリームソース,僕はボローニャソースのパスタと格闘する。
此処のボローニャソースは挽肉が此処を先途と投入された上に,濃厚なソースとクリームが親の仇のように使われており,僕などは「王様のソース」と呼んでいる。脇にフィンガーボールを置いて欲しいくらいだ(勿論,ウソである)。とにかく旨い。さすがに病みあがりのひとにだけはお奨めしないが,これにほうれん草を練り込んだ手打ちのタリアテッレでもついた日には,明日の朝までごはんが要らないくらいだ(要るけど)。
デザートのケーキにはティラミスと季節なので栗のタルトを選ぶ(奥さんはチェリー・パイとシュウを選んだ。シュウはベルギーワッフルのような生地を何層にもクリームで挟んだミルフィーユ状のケーキであった)。美味しいものさえ食べていられたら何とか頑張れる,と云ったのは何処の誰だっけ。

帰宅後,ずっと懸案だった(そんなのばっかりである)桂文治一門プロファイルサイトの作成。
東京會館の真打披露パーティーでうっかりして伸乃介師匠にコメントを取り損ねた為にバストショットの写真データが無いのが手痛い。やっさんに相談してみるつもりだが,最悪はにゅー・おいらんずとしてピアノを弾いてる遠景を張っとくしかないか(少なくとも噺家さんの近影には相応しくない)。
出囃子や紋など一門の皆さんの不明データについては,ひとまずやっさんにファックスで問い合わせておく。

夜は,前のビデオデッキで録画したテープの画像チェックをする。
先代のデッキは再生ヘッドが録画コレクターには壊滅的状況で,ホワイトノイズが雲霞の如く画面を東奔西走していた。古畑の新シリーズの再生画像なんて(ただ観るぶんには支障は無いものの)保存版としては観るに堪えない画だった。ヘッドクリーナーくらいではびくともしない劣画である。再生ヘッドがまずいのは,昔のテープ再生で実証済みだったのだが,では,さて録画ヘッドは…という部分で実は一縷の望みをつないでいた。今回ビデオデッキを買い直した事であの古畑シリーズの画も不死鳥の如く蘇るのではないか。それには先代の録画ヘッドの無傷が前提条件であった。
で,おそるおそる「若旦那の犯罪」を再生してみたのだが,天は我らに味方したね。
何てクリアな画面なの。再生ヘッドが変わるだけで(勿論,グレードアップさせたんだけど)此処まで効果があがるとは。
いきおいに乗って,そのまま「古畑,風邪をひく」まで3話も観てしまう。…おい,2時だよ。



11月5日(金)「タイムトラベラー讃」

千秋実が亡くなってみて,初めて俳優の佐々木勝彦が彼の実子だった事を知る。何たる不覚。
そう聞かされると改めて,本多猪四郎監督作品の後期「ゴジラ」群(一連の「メカゴジラ」シリーズなんかがそうですね)に,デビュー間も無い佐々木さんががんがん主演してたりするってェのは,「東宝」つながりの「黒澤組」つながりの「千秋実」つながりだったかァなどと思い当たったりして(千秋さん自身は「ゴジラの逆襲」に出ていますね。あれは小田基義監督作だけど)。それにしても顔,似てないよね。
尤も佐々木さん,大森ゴジラになってからも,渋く脇を固めたりしているんだが,それはまた別のお話。


夜は奥さんと「梟の城」を観に行く約束にしていたが,彼女の体調不良で延期にする(彼女は「行きたい行きたい」と駄々をこねたが,その後のストラグルを見る限り連れていかなくて正解であった)。
代替案として急遽,今日迄の公開だった「タイムトラベラー 昨日から来た恋人」を観たのだが,これが大当たり。
評価は映画のタマシイに書いたので繰り返しの愚を犯さないようにするが,いい意味で「良き時代のアメリカ」賛美には終わっていない。あらゆる世代に向けられた毒こそがこの映画の本領と云えよう。
以下,思い切りネタばれになってしまうがご容赦の程を。
ソ連による核攻撃は無く,それどころかソ連としての国家崩壊という正史を知らされたクリストファー・ウォーケン父は安堵するどころか「そうか。アカはそんな風に教えているのだな」と,急速に疑心暗鬼に沈んでいく。ウォーケン父には,目の前に広がる牧歌的な地所さえもウソ臭く映ってしまい,ついには息子が手に入れた豪邸の広い庭に埋めるべく新しい核シェルターのスケールを自分の歩幅で実測する処で映画は終わる。「古き良き時代のアメリカ」はまた「米ソ冷戦という背景で成長してきたアメリカ」とも置き換えられる。ウォーケン父のマッド・サイエンティストの面目躍如たるカリカチュア演技は本当は笑ってる場合じゃないのだ(可っ笑しいけど)。かの国に多く潜在する共産主義を仮想敵視している世代を体現しているのが,ウォーケン父なのである。

かと云って老いた世代を道化にしてばかりはいられない。
同じく,両親を地上の豪邸に連れて行って真実を明かすシーンで,アダムの妻になった若い世代を代表するイヴことアリシア・シルヴァーストーンのナレーションが入る。「アダムは子供は親を大切にするものだって云う。それは間違っているけれど私は黙っている。だってそれは凄く夢のあることのように思えるから」
子の世代はもはや「親子の情愛」を神話か伝説か何かのように思っているというのなら,これは見事なアイロニーだ。
さりげなく通り過ぎてしまいそうな彼女の独白こそが,実は最も病理が深かったりする。
それをまた「クルーレス」のアリシア・シルヴァーストーンに演らせるあたりが心ニクいよね。
物語の矛先はどの世代をも激しく突いている。さりとて,激しい自己主張やメッセージに彩られている訳ではない,そこがまた佳い。

「アンダーグラウンド」を撮ったエミール・クストリッツアがこの映画を観たら何て云うんだろう。



11月4日(木)「遥かなる旭日電影」

処で,「旭日電影」という2年ほど尾羽打ち枯らしたまま野ざらしのサイトがある。
理由は簡単で,このサイトをこさえた瀬戸口くんが,熊大SF研(悲しいことに最近益々廃墟と化している)や映研OBサイト運営の方に,そのスタンスをスライドしたからなのだが,此処が中々捨て置くには惜しいサイトなのである。
瀬戸口くんは年間400本もの映画を観る映画豪傑のひとりである。勿論,彼を語るにはそれだけでは不充分なのだが,少なくとも「映画だけでも」彼には語るべきコンテンツと背景が山のようにあり,且つそれを電網芸人として,他人を愉しませるべくテキストのかたちにアウトプットする力にも秀でている(勿論,彼の表現力はテキストのみに留まらないのだが,電網芸人としての彼を裏打ちするものは総じてテキスト自体の吸引力にあると断言する)。それが端的にあらわれているのが「旭日電影」に上げられた数少ないコーナー「隙刊★セトロ通信」なのだ。
これは瀬戸口くんの個人サイト開設の源とも云えるテキストで,元々は彼が個人的に知己に向けて配信していたメールマガジンのアーカイヴである(尤も此処にはほーんの一部しか掲載されておらず,殆どの通信が未整理なのが残念でならない)。コンテンツは主にコンピューターネタと映画ネタ,たまに時事ネタ。読んでもらえれば分かるが,内容の濃度と書き手のテンションは娯楽探究を志し,常に高位置をキープしている。こんなのが2,3日置きに届いていたと思ってもらえば,彼の凄さが分かる。おそらく当人は書き散らしたものと謙遜するだろうが(いや,実際,書き散らしている部分はある筈だが)仕事が忙しくって,そのうえで映画だって観なきゃならないし(第一尋常な数じゃない),そりゃほんの少しは寝なきゃさすがに死んじゃうし,さまざまなヲタク事だってこなしつつの発信であった事を考えると,友人としてその偉大さを一回くらいは称えとく必要がある。Web日記を書いていると,当時彼がやっていた事の凄さと無謀さを十二分に思い知らされる。莫迦じゃ出来ないし,莫迦じゃなきゃ出来なかった。
「隙刊★セトロ通信」はその後「電網天動説」会議室の一発言へと移行し,ゆるやかな終息を迎える。
それは一方的な発信から双方向の対話を目指した瀬戸口くんなりのシフトではあったのだろうが,ふと此処に遺されたセトロ通信のありし時の一部を読み返す時,また僕らの手許にあの孤高なる電網芸人の至芸が届くことをふと願ってみたりもするのである。

期間限定でもいい,考えてみてはもらえませんか。「帰ってきたセトロ通信」


【材料】
 南瓜 500g
 グラニュ糖40g+ブラウンシュガー20g(もしくはグラニュ糖60g)
 ラム酒 大さじ1
 シナモンパウダー
 コーンスターチ 小さじ1/2
 卵 1個
 卵黄 3個
 生クリーム 1/4カップ
 牛乳 1カップ

【作り方】
 南瓜はチンしてフープロでガーする
 (1)砂糖を入、ゴムべらで混ぜる
 (2)ラム酒入
 (3)シナモンパウダー入
 (4)コーンスターチ入
 (5)(卵+卵黄)を溶きほぐし、3回に分けて入
 (6)生クリーム入
 (7)牛乳入
  ↓
 万能こし器で漉しながら型へ流し入れる
 160度に温めたオーブンで40-50分
(竹串で刺して水気が出てこなければOK)
 冷ましてから冷蔵庫に入れ、半日〜一晩冷やす
「金八先生」第4話「僕のエッチな過去」を観て,奥さんが深刻な顔で「お腹の子供が6才を過ぎたら離れ小島に引っ越そうよ」と云う。「南極がいい」ってオレがヤだよ。
3Bの黒幕・兼末を演じる風間俊介(この酷薄そうな顔は何処かで観たぞと思ったら,何だ,オザケンにクリソツなのだ)の愈々エスカレートしていく大奸物振りに恐れをなした発言である。こんな空恐ろしい生徒が暗躍する魔窟に我が子を送り込みたくないらしい(でも,中学に入学するのは,あんた,2013年だよ)。意外に思うひともいるかもしれないが,このひとはこういう番組の意図によく乗せられるので,モニタとしては最適なんじゃないか(笑)。

奥さんがハロウィンにつくると公約してそのままになっていたカボチャのお菓子を今日こさえてくれた。元々パンプキン・プリンをつくってくれる約束だったのだが,彼女が手帳にメモしておいたものが果たしてプリンなのかムースなのか,はたまたババロアなのか本人も分かっていないらしい。元々は「NON・NO」から持ってきたレシピらしいが,いー加減な名前しかついていなかったので当時はレシピしかメモらなかったのだそうだ。

くだんのレシピを公開しておく(原文ママ)。
心当たりのある方はご一報されたし。

ともあれ,昨日Z−SIDEで買ってきたキリマンジャロを挽いて食後の珈琲にする。勿論,「カボチャの何とか」は素材が活きていて美味しかったですとも。



11月3日()「女体河童艶姿」

文化の日。
こないだから引き続いて「市川雷蔵映画祭」へ。
ちょっと心配ではあったが奥さんも同行。久々に天神ショッピングを楽しみたいと云うので。

時間の関係でモーニングショウの「手討(63・日)」は今回は見送り。これは「番町皿屋敷」の翻案メロドラマ。
「初春狸御殿(59・日)」は奥さんと。文化の日に見るのに大層相応しい映画ではないか(笑)。
これは開いた口が塞がらない,罪無き穢れ無き新春顔見世興行的な大時代劇ミュージカル(一応「大時代な」とかけてみました)。
まったりとしたテンポもそうだけれど,セット・筋・演出共に「NHK紅白歌合戦」の中盤戦で,丁度ダレたあたりに出てくる幕間の寸劇的歌舞音曲(花柳社中ほか地方の伝統芸能保存団体が多数出演するヤツ)を観るが如きうわっつらの金メッキな処も1959年という時代のなせるわざなのだろうか。同んなじ金メッキ仕立てでも印度のマサラ・ムービーとはまた違った仇花を咲かせているようだ(雷蔵の歌唱が吹替なあたりはこのテの歌謡映画の伝統と云えます)。

「時代」を云うならまた一方で,勝新扮する「薬売りの栗助」に纏わりつく河童ギャルたちの露出度もかなり無茶である。そもそもこれって,家族揃って観られるような全世代に宛てた新春歌謡映画なんだよね? 良い子の皆んなも観て良かったんだよね? 何しろ小島功のお色気マンガを彷彿とさせる(て,実際モデルだったんじゃなかろうかと邪推する)そのコスチュームはもはや驚嘆,いや驚愕に値する。
「一糸纏わぬ」とはよく云うが,所詮「一糸纏った」エロスには歯が立たない。お皿のついたスパーキーヘアのウィッグ(ラメの入ったグリーン)は胸元まで伸び,おそろしい事に乳房にはニップレスのみ。ウィッグと同じ材質の腰蓑の下はズロースはおろかビキニパンツも見えない(かなり小さめの下着と思われる)。あとは甲羅を背負っているだけで,甲羅を身体に縛り付けている紐が,おへその上あたりをローストビーフのように寸断しているのが却ってボンデージな効果をあげている。ありていに申せば,カストリ流れの伝説のエロ雑誌「100万人のよる」(季節風書店という出版社名がまたステキであった)のグラビアに絶対出てきそうなモデルさん及びいでたちだったりする(ねえ,伴田さん)。前者とは「時代」が別ベクトルに作用している。娯楽映画に配されたおじさんたちへのサービス・ショットがあそこまで許されるくらいには時代は大らかだったのかもしれない。いずれにしてもほのぼのだったのね。

当時の感覚から行くとオトコたちにとって女体は豊満に限るらしく,ふたりの踊り子さんたち(ええ,まるでストリッパーでした)も見事に肉感的である。あとでもうひとり同じいでたちの踊り子さんが出てきて後ろで踊っていたが,こちらはもっとスリムで,僕らの感覚では彼女のほうが佳いスタイルなのだが,扱われ方からするとトランジスタグラマ至上主義の当時においては二番手三番手に過ぎなかったのだろう。奥女中狸の一匹である水谷良重【現・八重子】も法被姿で見事な脚と見事な歌を披露していたが,つまりはそういう価値観だったのである(因みにくだんの河童ギャルたちも胸の谷間を強調した法被姿でうまうまと出演していた)。

蛇足だが,泥衛門役の菅井一郎の円熟味ある立居振舞に,ふと文治師匠と同じフラを見る。

奥さんは小林カツ代の息子との逢瀬に,僕は引き続き「大菩薩峠(60・日)」
さんざん伏線を張り巡らせて,さあいよいよという処でで「第一部・完」などとエンドマークが出て騒然とする客席。当時の「引き」としては完璧なのだろうが,今回の映画祭で「続き」作品はラインナップに入ってるんですか? 少なくとも僕が行ける日にはない(笑)。「炎上」でも感じたことだが,若き日の本郷功次郎は本当に大根である。「初春狸御殿」の若尾文子を観ると,なるほど沢口靖子はお姫様女優の正統なる後継者なのだなと得心いくあたりなど,今回の映画祭は色々と実りが大きい。
思い切って追加で5作品券を買ってから劇場を後にする。…本当に大丈夫なのか > オレ。
それにしても,今回はとりわけ高齢のお婆さんが多い。客層に頷けるものがあるなあ。

奥さんご用命の「ふきや」のあとで「りーぶる天神」にて藤子・F・不二雄「ドラえもんカラー作品集(2)」(小学館)山本正之「銀河熱風オンセンガー」(ソニーマガジンズ文庫AXシリーズ)を購入する。30を過ぎてこんなラインナップを抜け抜けとカウンターに持っていけるようになったらもうおしまいである。今後は僕のことを「おしまいの男」と呼んでください。

帰りにたまには秋の味覚でも満喫しようと「サントノーレ」に立ち寄るがお休み。
ひーん,たとい休日でも水曜日は定休日だったのねん。



11月2日(火)「日−WINGS」

会社の帰りにBEST電器戸畑店で,中島みゆき「日−WINGS」を1枚購入。
え,「月−WINGS」はどーしたかって? 一遍に買うと折角のアルバムの個々の印象が薄れてしまうのでまずは1枚にしたのだ。
尤も,財布の中身もずいぶん淋しいんだけどさ。みゆきさんのアルバムなんてしょっちゅう出るもんじゃないんだから,もう一寸勿体ぶらなきゃ。

あと,奥さんのおつかいで「クロノ・クロス」「ドラクエVII」を予約してくる。
彼女はゲーム白痴の僕が先行発売するプレステ版「クロノ・トリガー」を間違えて押さえてくるんじゃないかと,多少気が気ではなかったようだが,新作の方なことくらいオレだって分かるもん。て,「はじめてのおつかい」か,オレは。



11月1日(月)「安静の大獄」

千秋実が亡くなってしまった。享年82歳。一旦は死の淵から帰還した役者バカも寄る年波には勝てなかった。
最后に元気な姿を見たのは,去年黒澤監督が鬼籍に入った折にテレ朝のスーパーモーニングで長々と昔話をしていた処かな。


今日奥さんから会社に届いたメールを一部加筆訂正の上,以下に引用する。

あんまり背中や身体のあちこちが痛いのでおかしいなと思って,行きつけのレディスクリニックに行ったら、そのまま近所の整形外科に廻されて「神経痛」と診断されました。

あかちゃんがおおきくなるとドミノ効果で周囲のいろいろな部位まで圧迫されてそのうちの何かが神経に触って痛いのじゃないかとのことです。ほんとはレントゲン撮って骨とか神経の具合で詳細を見るのだけどレントゲンが撮れないし痛み止めも服めないので,しばらくは貼り薬でしのいで,もし今よりも悪くなったら「安静」なんだそうです。
「安静」はイヤなので,はやく痛くなくなってほしいです。

彼女は元来が(好事家ではない方の…いや,そのう好事家でもあるのだが)凝り性のひとで,OL時代も足繁く鍼灸に通っていたような処があるから,そういう意味では一般の妊婦より「分が悪い」。尤も,それは頭痛がすると横になって唸っていても肩や背中をマッサージすることである程度の痛みは緩和出来る事も意味するのだが,とにかく毎晩ひーひー云っているのは確かなので,それを見るのは夫としても辛い(但し,B型なので妻の前で辛そうな顔は殆どしてあげない)。

で,帰ると本当にうんうん唸って寝込んでいるのだな。
ただ立っていたり,横になっているぶんにはまだ楽らしいのだが,姿勢を大きく変える度に世界の終わりが来るらしい。
殆ど「ぎっくり腰」のそれである。

今年の「大盤振舞(四川飯店)」は麻婆豆腐が復活してるぞ。今週来週で行くんだろ。
元気ならば愉しいことは幾らもあるぞ。ほーら,色々と愉快だぞ。
という訳で,一刻も早い快方を望む(て,これじゃただのプレッシャーだな)。

高原くんに電話して,こないだの羅漢寺行の写真の焼き増しの手筈を整える。



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