12月のにっき(1)

音楽家として生まれてきたと思うから、
楽しい音をつくって生きる。
世の中カンタンですね。

種ともこ(1991)

12月10日(金) 脳外科医・桂前治の謎を追う《解決篇》
12月09日(木) 年賀状が出来た
12月08日(水) 脳外科医・桂前治の謎を追う
12月07日(火) 銀幕の中の文治師匠
12月06日(月) 収穫の時
12月05日() 魔の山へ飛べ
12月04日() 天国へのドア
12月03日(金) 激務投了


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12月10日(金)「脳外科医・桂前治の謎を追う《解決篇》」

今,巷(福岡。全国規模かどうかは知らない)では「嘔吐下痢病」というのが子供らを中心に流行っているそうだ。
風邪の一種なのだが,読んで字の如く,嘔吐と下痢が止まらなくなって,脱水症状に陥ってしまう。
上司のAさんちでも兄妹が交代でこれに罹ったらしく,娘さんが全快したと思ったら,今度はゆうべからおにいちゃんの具合が悪いらしい。
皆さん,風邪にはくれぐれもご用心のほどを。

処で,桂前治さんの件で質問した処,早速,小文さんより丁寧な解説をいただいた。
折角なので,解決篇として以下,此処に全文引用させていただく。
桂前治さん,まごうかたなき文治一門の噺家さんだったのね。
でも,どちらかと云うと立川流Bコース所属という「アノ」感覚がいちばん正鵠を得ている気もする。

桂前治さんは、うちの師匠から前治という名前をもらいました。
ですから、落語芸術協会の会員ではありませんが、一門です。年始にはいらしています。
前治は全治のしゃれだそうで、前は前橋の前です。前橋の中央群馬脳神経外科の病院長、中島英雄先生です。
中島先生のホームページをまだ見たことがないので、どのぐらいまでご存じかわからないのですが、うちの師匠とは小学生のときからの付き合いで、先生は噺家になりたかったのですが、お父様のたっての希望で医者の道を選ばれたそうです。
この経緯については、何回かテレビで放映され、うちの師匠も出演しています。
ご本人は、名刺に「医者もできる噺家」と書いていらっしゃいます。

前治命名は、確か昭和61年で、平治兄さんと私の間ということになるのですが、やはり、前治さんであり、中島先生です。この前治さん、噺家としての仕事が、並みの二つ目より多いようで、中島先生たいしたものです。
今年の平治兄さんのパーティーにはみえていました。
毎月、病院寄席を開催しています。患者さんと近所の方が対象です。
そうそう、日本で初めて脳ドックを始めた先生です。

これをいただいたのが,昨日の話。
で,日記への引用をお願いして,先程いただいたばかりの「追伸」が以下の一文。

前治さんこと中島先生を前治先生とお呼びしていることを付け加えます。
両方をとっていて、しかもしっくりとあっていますね。


晩飯を「長ちゃん」でとって(暫く行っていなかったのだが,久しぶりに行ったら「しっぽく料理」である豚の角煮があって驚いた)高須でガソリンを入れた後,高須サンリブの脇にケーキ屋を発見する。「ベルジュ(VERJUS)」。カウンター席でOLらしいふたりが紅茶を呑んでいる。
お試しに紅茶ババロアとマロンスフレを買ってみる。人の好さそうなヒゲのひと(決してハムのひとではない)が出て来る。
察するに此処のオーナーっぽかったのだが,パティシエにヒゲのひとが多いのは何故だろう。

「あのー,このお店って前からありましたっけ?」

無邪気な質問にもホドがある。ウチの奥さんはどうしてこうも天井知らずにシツレイなんだろうか。そりゃヒゲのおにいさんだって,笑うしかない。
値段(250〜350円程度)・味共に及第。今度,明るいうちにお茶呑みに行こう。

夜,本当に久しぶりに中間でレイト。「アナライズ・ミー(99・米)」
デ・ニーロとビリー・クリスタルの役者の巧さが勝負のコメディ。チャズ・パルミンテリの出番が少なすぎて,彼の持ち味が出せず。
ポールの右腕で苦労人のジェリー役だったジョー・ヴィテレッリ(パルミンテリとは「ブロードウェイと銃弾」でも共演してた)がめちゃめちゃ儲け役だった。
このひとの「味」を観に行くだけでも,この映画には相応の価値がある。



12月9日(木)「年賀状が出来た」

最近,AMC中間参りが疎かになっているが,此処はレイトショウ行きを返上して,年賀状作業の仕上げ。金八もあったし。
奥さんの努力の甲斐もあって,日曜に描いた下絵の,最終形態がこの図案。
2000年初春にはこいつがあなたの(但し,我が家から賀状を受け取る心当たりのある方に限る)お手許に届きます。



正月映画として歯牙にもかけていなかった「こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE」だが,悪役シナトラとマーチン(よくよく考えると凄いネーミングである。サミーはいないのか)を演じるゲストが伊東四郎&小松政夫の両御大と聞いて,俄然オレ的好感度&優先度がアップ。これは行かねば。



12月8日(水)「脳外科医・桂前治の謎を追う」

昨日に引き続き,文治一門のお話。

文治師匠のファンがこさえている十代目 桂 文治のページというのが,ファンならではのピンポイント・ディープなサイトで,文治師匠の情報源としてもなかなか参考になる。尤も作成者の愛情の発露が少々韜晦気味な処があって(エンターテイメントと書き換えてもいい)「桂文治生存確認隊」といったネーミングセンスや文章表現はさすがに「平さん」のリンク集には加えがたい。サイト全体から溢れんばかりに感じる師匠への愛情はホンモノなので,個人的にはスキなページなのだが。

で,このページにも一門の紹介コーナーがあって,コメント的には「平さん」よりうんと充実しているのだが,此処にひとり聞き慣れない名前を見つけた。「桂前治(ぜんじ)」である。しかも,現役の脳外科医であるらしい。この前治さん自身の個人サイトもあるのだが,メールアドレスが無いので怖くてリンクできない,とあったが,一見した処,そう怖そうでもなかったので此処に紹介しておく。
「中島英雄 院長ページ」というのがそれである。

さて,この前治さん,「落語もできる医者」ではなく「医者もできる噺家」と名乗っておられるが,本ページはしっかり,この中野さんが院長を務める「中央群馬脳神経外科病院」のホームページの1コンテンツであり,まごうかたなきバリバリの脳外科医の先生のようである。
一応,略歴も細かに書いてあるが,初めて入門したのが,小学3年生の時だったのが引っかかる。ちなみに前座名はなく,その後,高校,大学とそれぞれ落研の名前しか持たず,昭和61年に文治師匠から初代「桂前治」の芸名をいただくとあるものの,別に芸協に所属している訳でもなく(10年程前に御自分で「群馬県落語芸術協会」を創設している),自分の病院で定期的に病院寄席を行なっているらしい,という事しか分からない。
とは云え,FMにレギュラーも持っているし,中野さん名義で「笑いの処方箋 〜医者もできる噺家桂前治の愉快な診療室」(法研出版)という立派な本も出していらっしゃる。尤も,医者と噺家の二束のわらじを履いているという特異なポジションが大きな強みになっているのは間違いがない。
文治一門における,桂前治の位置付け。…うーむ,素人には見当もつかないぞ。

仕方ない。こーなったら,小文さんに教えを乞おう。


処で,来年の4月に白井さんが「遊◎機械スペシャルプレゼンツ」として「S 〜エス〜(仮題)」という芝居をやるそうだ。
青山円形劇場にて,全席指定の4500円(これはァ安い!)。
これは出演がスゴい。萩原聖人,西田尚美,白井晃のお3人。まんまCX「世界で一番パパが好き」つながりの弁護士トリオである。戸田さんは「オケピ!」で共演するからいいとして,津川さんは「僕も出たい」とダダをこねなかったのだろうか。これでさんま・ヒロスエの花はほぼ決定である。
…ううう,行きたいよお(絶対無理)。



12月7日(火)「銀幕の中の文治師匠」

近頃,小文さんのサイトを立ち上げる関係もあって,桂文治一門関係を色々とあたっているのだが,中でも文治師匠の銀幕出演についてはチェックした事がなかったので(そりゃしないわなァ),この際ネット検索してみた。とりあえず「桂伸治」名義で2本ほど見つける。

1本は大映映画「与太郎戦記 女は幾万ありとても(70・日)」
公開は昭和45年というから,ちょうど大阪万博の年ですね。
柳昇師匠の新作落語が原作(新作落語が原作というと,僕などは三枝さんの「ゴルフ夜明け前(87・日)」を思い出す。三枝さん扮する近藤勇が刀を使ってこっそり座敷でゴルフのスイングの練習をするのだが,つい熱が入り過ぎて畳をぼろぼろにしてしまうアレだ。ちなみに社長シリーズの松林宗恵さんの数少ない80年代の監督作でもある…て,本当にオレは道草が長い),フランキー堺主演の「与太郎戦記」シリーズもので4作撮られているうちの,これは最終作。キャスティングを一瞥しただけで浅草の香りがぷうんとしてくる,誠に分かり易いオールキャストであるが,これはビデオレンタルでも入手が難しそうなブツである。

もう1本は何と「寅さん」である。「男はつらいよ 柴又慕情(9作目)」
ん…でも俺,これ観てるよなァ,と思って「映画のタマシイ」を手繰ってみると,やはり96年の夏に「渥美清追悼企画」でしかと観ていた。寅さんが女の子たち相手に,御前様直伝の「バター」で写真撮影に臨むヤツである。キャスト表には「桂文治」で表記してある。この頃はまだ直接お会いしていないが,やっさんの師匠ということで妙に胸がときめいたのを憶えている。役名は「不動産屋(B)の係員」,典型的なカメオ出演である。

残念乍ら,桂文治名義の出演作は見つける事が出来なかった。たぶん,実際に出ておられないのだろうと思う。
噺家ではなく「役者・桂文治」で僕ら若い世代が思い出すのは,やはりいつぞやの「十六茶」のCMでの,将棋を差す大工(でェく)の棟梁であろう。
これはやっさんに訊いたのだが,CM撮影中に師匠がスタンバっている楽屋をCM制作のスタッフが訪ねてきて「小林聡美さんの処へ挨拶に行ってください」とやらかした事があったらしい。スタッフとしてはCMの主役である聡美さんに気を利かしたつもりだったのだろうが,よりによって文治師匠にそんな事を云ってしまうか,というヤツである。ものの云い方もすこぶるまずかったらしく「それは立場が逆でしょう」と師匠が激昂したのは云うまでもない。僕が残念なのは,その一件で師匠が聡美さんに余りいい思い出を持っていないことにある。お双方とも極上の素晴らしきひとたちなんだけどなあ。

さて,僕の個人的な備忘までに上記の映画データを記しておく(尤も,寅さんは「映画のタマシイ」に収蔵済ではある)。

「与太郎戦記 女は幾万ありとても」
(1970.4.18公開)
8巻/2,304m/カラー・ワイド
監督弓削太郎
原作春風亭柳昇
脚本舟橋和郎
出演フランキー堺/長門勇/玉川良一/長谷川待子/梅津栄/都家かつ江/柳亭痴楽/桂米丸/春風亭柳昇/桂伸治

74.男はつらいよ 柴又慕情 (第9作)
(1972.8.5公開)
108min
監督山田洋次
脚本山田洋次/朝間義隆
出演渥美清/倍賞千恵子/吉永小百合/松村達雄/前田吟/中村はやと/太宰久雄/佐藤蛾次郎/笠智衆/三崎千恵子/宮口精二/青空一夜/高橋基子/津坂匡章/佐山俊二/吉田義夫/宮口精二/桂伸治



スキャットマン・ジョン氏,死去。53歳で世に出たというのに享年57歳は余りにも若過ぎる。
今でこそ「ウォレスとグルミット」が隆盛を奮うグリコの「プッチンプリン」もほんの数年前はスキャットマンの天下であった。OL時代にグリコが仕事先のひとつだった奥さんによると,かの会社は決算期に余った広告費を一気に放出するらしく,プッチンプリンのCMはいつもその恩恵を受けていたようだ。スキャットマンの起用もそのひとつなんじゃないかって。何はともあれ,合掌。



12月6日(月)「収穫の時」

昼過ぎ,ものすごい音をたてて霰が降った。いや,寒い筈である。


さて,てっきり「404 Not Found」行きかと思っていたアイリーンのホームページが見事おごそかなるクリスマス仕様で復活を遂げていた。
このサイトの紹介自体は7月7日の日記で書いてあるので,そちらを参照のこと。
何だか大掛かりな改装がしてあって期待と不安がないまぜになることこのうえない。
何より,ボク的にはあの1999年7月7日に起きる事になっていた瞬間ポールシフトこと「水のバプテスマ」を如何に云い逃れるか,もとい,どう立ち直るかに彼女の才覚,そして勇気とタフネスとに物申すつもりだったが(何しろ半年もの間,更新が完全にストップしていたという事は,身辺だとか彼女自身の心だとかに整理が必要だったと慮るのである),新装版においては「やはり」やんごとなき軌道修正がなされていた(こんなことならテキスト全文を何処かに保存しておくべきであった。尤もあくまでマイナーチェンジなので,そのぶん新しい発見がなくて退屈ではある)。
まず,前回「予言」の要とも云うべき7月7日についての弁明はまるでなし,と「最初は」思っていたのだが,虱潰しに読んでいくと(笑)アイリーン・レークスの自己紹介中に,かろうじて彼女の誠意(と云ってよいものやら)が汲み取れる箇所を発見した。

(前略)1999年7月の太陽系の惑星配列グランドクロスによる極移動の時に引き起こされる「水のバプテスマ」(大洪水)に備えて、避難準備をするように、提唱しました。しかし、1999年7月の太陽系の惑星配列グランドクロスによって、極移動が引き起こされなかったため、現在は、人工的に極移動が引き起こされる可能性があるとして、「水のバプテスマ」(大洪水)に備えて、避難準備をするように、提唱しています。

人工的ったって,このひとの今までの話から総合するに,グランドクロス自体,宇宙人(創造主)の作為だったんじゃなかったのかね。
「水のバプテスマ」自体,彼らの行なう浄化作業なんでしょ?
などといった無粋なツッコミはさておき。

この度のニューヴァージョンでは「収穫の時の極移動による『水のバプテスマ』」とある。
ほほお,「収穫の時」ですか。…彼女の詩人としてのコトバ選びのセンスは茨木のり子並みなのでは,などと結構感心したりして。しかも「収穫の時」がいつであるかの具体的な明示がないあたりが心ニクい。創造主が人工的に行なうものの,これまでのような天体的な「しるし」というか「トリガー」はないようで,これなら当分,アイリーンメッセージも安泰である。
などと思っていたが,マイナーチェンジには校正漏れが常である(ISOで構成管理に苦労してみるとよく分かる)。
4.収穫の時、「水のバプテスマ」(大洪水)で人類が浄められる!!中に

従って、この新しい南極圏になる地方に住んでいる人たちは、1999年7月6日までに、他の比較的安全な地域へ避難していなければ、絶対に、助かる見込みはない(朱色部分は僕の手による。因みに前回の日記でも同じような個所を引用してるんだな,これが)

同パラグラフの冒頭には「さて、近い将来起こる『水のバプテスマ』の時の極移動によって」とあるので,きっと第三者チェックを怠ったんだな。ちなみにこのサイトはプロパガンダの基本なのか,やたら同じ記述を繰り返しているのだが,上記校正漏れの模範解答例を,5.大洪水に備えた簡略な避難方法に見つけたので,参考までに付記しておく。

従って、この新しい南極圏になる地方に住んでいる人たちは、他の比較的安全な地域へ避難していなければ、絶対に、助かる見込みはありません。

ま,「1999年7月6日までに」が抜け落ちているだけなんだけどね。
サイトが完全版(笑)に更新される前に,好事家は各自確認を怠らぬよう固く命ずる。

結論。アイリーン女史はやっぱりタフだった。
ちなみにトンデモ本大賞から惜しくも漏れた事のあるアイリーン・レークス「未来人アリオンのユートピア」(たま出版)は相変わらず絶賛発売中である。



12月5日()「魔の山へ飛べ」

朝食の支度をし乍ら,奥さんが藪から棒に「ごはんのあと,ペンと紙は此処に置けばいいのね?」と訊ねた。付け加えておくと食事中もだ。
年賀状に載せるイラストを「さあ描け」「はよ描け」「きりきり描け」と口にこそしないもののきっぱりと態度で現してくださる。昨日からずっとこの調子である。
篤実なる郵政省の申し子である奥さんは幼少の砌から,12月20日までに年賀状を投函しない輩は士農工商イヌサルキジ以下のヒコクミン(決して抗生物質の名前ではない)だと固く信じている。其処に何らかの反論を差し挟むなど,葉書一枚ぶんの余地も無い。
先週からずっとこの日曜には「描くよ」と約束してあったのだから,放っておいても描くってゆーのに,この信用の無さは何なんだ,とぶつぶつ愚痴ってはみるが所詮は蟷螂の斧,何か力強く云い返せない自分がひどく悲しい。

実を云えば,2000年の年賀状は「宇宙竜ナース」で行くつもりであった(子供のエコーはどーなった?)。
念の為に説明しておくと,ウルトラセブンに出てきた怪獣である。後の円盤生物((C)ウルトラマンレオ)の走りとでも云おうか,黄金色に輝くメタリックな竜でとぐろを捲くとそのまま円盤に形態を変えるすぐれものである。とりわけその顔など,デザイナー・成田亨の前衛振りが遺憾無く発揮された通好みのフォルムであり,今も損なわれぬ「新しさ」に白羽を立てた。でも,もはや(笑)手許に資料が無かったんだよね。ネットで検索したけれど,めぼしい画像は見当たらず,今週は忙しかったので本屋にも行けず,昨日は天神に出たもののうっかり忘れていた。もはや持ち時間も余り無い。

という訳で中間ショッピングモールへナースの写真を探しに行く。
最初から幼児用絵本狙いでいく。あの,ボール紙の20ページとないような怪獣図鑑系である。
円谷プロはそっち方面にはぬかりがないので,どーにか見つかるであろうという勝算はあった。4,5歳の男の子と並んで絵本をめくる。

処がだ。帯に短し,吉岡たすくはテレビ寺子屋である。
成程,ナースそのものの写真は何点か見つかったのだが(流石は円谷!),肝腎の僕の欲しい「絵」が出て来ない。
僕が欲しいのは,竜フォルムのナースが飛んでいる「絵」なのだが,セブンの身体に捲きついているシーンと円盤フォルムのものしかない。セブンと格闘している写真はナースの顔のアップこそ拾えるが,戦闘用に顔のフォルムが更に変形しており,僕の欲しい「顔」じゃない。唯一あった「飛ぶ竜」の絵はソフビの人形でシーンを再現したものであった(最近このテのソフビをフィーチャーした絵本が増えましたね)。ソフビじゃ顔のディテールが全然見えないからバツ。

いた仕方ない,ナースは没にしてこーなったらコンセプトから変えようと,帰りかけたのだが,ふとワゴンセールで積まれていた京都書院アーツコレクション3「ぽち袋」に目が留まる。荒俣宏的面白さと云えば,理解していただけるだろうか。全ページカラーの図版蒐集カタログもので,定価1000円が一律380円に値崩れしていた。おくつけを見ると,たかだか平成10年が初版だというのに豪気なことである。
その中の京都書院アーツコレクション83「ミニアチュール・マッチの世界」に紹介されていたアンティークマッチの図版に龍をテーマにした佳い出物があったので,即決してレジに向かう。昔,横浜に遊びに行った時に,友人への土産ものとしてアンティークマッチのレプリカを沢山買い込んだものだが,どれもこれもけしきが良かった。此処に収蔵された「藤井友樹コレクション」も当世流行のレトロ感と妙なジャンク感が絶妙に配合され,異彩を放っている。
「ともにくろうが志てみたい」なんて文字だけの図版などけだし絶品である。
当初考えていたウルトラ路線とはだいぶ赴きが異なるが,マニアックな友人以外に出す賀状としてはこちらの方がウケがいいに相違ない。

という訳で図案「宇宙竜ナース」は平成24年までお預けとなった(をいをい)。

夕刻,下絵を仕上げ,彩色工程は奥さんに下駄を預ける(去年迄に比べると随分作業がラクになった)。
彼女は夜半まで「塗り絵」に熱中して,お腹が張ったようだった。妊婦に夜更かしは大敵である。
でも,お蔭でいい具合に仕上がってきたし,これでどうにか年賀状のメドがつく。



12月4日()「天国へのドア」

午前中,博多駅で「月曜日のユカ(65・日)」を観てから,久し振りに親父の処へ。
此頃は鑑賞重視で福岡に行くと,親兄弟親戚の家には絶対に顔を出さない。よく当の親兄弟親戚からは薄情なオトコだと云われるが,いつでも行けると思うといつでも行かないのは,好事家の常であるから悪く思わないでいただきたい。いつか,自分の子供に同んなじ仕打ちを受けるのだろうが,それはまた先の話。

親父宅でだらだらしていると,何故か(というのもひどい云い方だが)長妹が現れる。
先月末,心境の変化か長い髪をばっさり切ったらしくひどくアヤナミな頭になっていた(尤も彼女自身はそーいった方面にはとんと無関心な為「エヴァ」など観た事さえない)。そんなのは二十余年生きてきて初めての事ではないのか。彼女はクリスマス近辺にソウルへ初の海外旅行を果たすらしく,心なしかうきうきしているようであった。もののついでに,生まれて来る子供に「景虎(かげとら)」という候補名をつけた話をしたら,たいそう気に入ったらしく「自分は『赤鯱(あかしゃち)』がいい」などと莫迦なことを云っていた。それじゃ「北斗の拳」だよ。たぶん,今日の彼女の日記のタイトルは「景虎(かげとら)」である。

暫くして親父宅を退出してから,妹とふたりで天神へ。
「ターザン」が観たいなどと,公開もまだな映画を観たがる彼女をかき口説いて,1周年フェアをやっているKBCシネマへ(今日明日と全作品1000円で鑑賞出来た)。邦画は絶対に観たくないと良いがるので「白痴」は諦めて,「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア(97・独)」
公開初日と1000円効果とが連動して,なかなかの大盛況であった。
で,またこれが滅法面白かったのだが,それもまた別の話。

妹が何故か「気まぐれオレンジロード」回顧中らしく,最終18巻を買うために「りーぶる天神」へ。
処が,平積みになったと学会「トンデモ本 女の世界」(メディアワークス)をつい見つけてしまい,泣く泣く購入。村上春樹の新刊アイルランド紀行本はまたこの次の機会にする。予定にない本を買ってしまったので,レイトショウで観る予定だった「メビウス(97・米)」鑑賞計画はお流れ(今週1週間こっきりの興行だったのだ)。さようなら,アリソン・エリオット。その後,タワレコにて,これははなから予定していた種ともこ「ヘテロ」

妹が今まで一度も行った事がないというので「ふきや」へ。
話を聞くと,隣の甘味処にはよく顔を出すそうで,彼女は「ふきや」の店構えから此処をうどん屋か何かだと思っていたらしい。味覚の嗜好がきわめて近い妹のこと,ヤキソバもチーズ玉もたいそう気に入ってくれたが,此処のマヨネーズがマイルドだという意見は初めて聞いた。
途中,妹に留守電を録れていた大学時代の親友に電話をかけるが,妹が彼女に内緒の恋人と一緒にいると疑われてしまい,何故か僕が電話に出て「イヤ,兄なんです」などとつまらぬ弁明をするハメになる。この娘は僕の小説を読んで感動してくれた娘なのだが,直接話すのは初めてだったので,なかなか信じてもらえず往生する。いっそ「恋人です」って云っちゃった方がイロイロやきもきさせられて面白かったんじゃないのか。



12月3日(金)「激務投了」

日記が長いこと滞った。ISO内部監査の準備で,ずっと午前様が続いたせいである。
今日の午後,晴れて監査が終了したので(軽指摘3,祝・是正処置無し),どうにか復活する。
更新もしないサイトに懲りもせず顔を出してくださっていた皆さまには感謝のコトバもございません。
尤も,仕事だってY2Kを始め,遅延ぶんを取り戻さなくちゃならないし,映画鑑賞計画の取りこぼしぶんとか,小文さんのサイト建設とか,やっさんのサイトの原稿書きとか,年賀状とか,同人用のイラスト描きとか何だかんだとあるのだが,ひとまず通常モードに戻れる,これが嬉しい。

今週の主な出来事と云えば,社宅のアンテナが謀反を起こして,日曜から木曜までVHF(1〜12ch)の垂直同期が壊れちゃったことと,社宅サービスセンターの動きが遅かったことくらいなんだが,まともに観られるのがテレ東と日テレだけというのはかなりしんどかった(帰宅は午前様だったくせに)。此頃,テレビを観なくなったと嘯いていたが,やはり,テレビがポシャると手も足も出ない事を痛感しました。
あとは,微熱があったくせに日曜の深夜に通読した野尻抱介「私と月につきあって」(富士見ファンタジア文庫)がウワサにたがわぬ傑作だったことくらいか(何故だか是非ともN山くんに読んでいただきたい)。あー,その日は小倉の四川飯店も久し振りにランチも食べたっけなァ。

…などと遡れば幾らでも思い出せそうだが,何だか指先が痺れているので(軽い貧血なんだと思う)今日はここまで。
明日から頑張るもんねと此処に約束する(大ウソつき)。



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