四国スケッチ漫遊記_8 
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332)愛媛県松山市 伊佐繭波八幡楼門 |
| 道後温泉のすぐ近くにあるこの神社は、江戸時代に建てられたもので、本殿・楼門などが重文に指定されています。11月09日ですので七五三のお祓いで大盛況でした。その合間を縫って宮司さんがスケッチを覗きにきました。 |
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331)愛媛県松山市 石手寺 三重塔 |
| 境内の右手に重量感のある三重塔があります。鎌倉時代のものでやはり重文に指定されています。曇りから雨がポツリポツリの天候で、軒裏は暗くてよく見えません。ちょうど菊花展が境内で行われていました。スケッチ右に半分見えるのは重文の鐘楼です。 |
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330)愛媛県松山市 石手寺本堂 |
| 石手寺本堂は境内から少し石段を登ったところに、大きな木々に囲まれて鎮座しています。鎌倉時代の重文です。ここもカラフルな暖簾みたいなものが掛かっていました。ここは朝早くから参拝者が多く、道後温泉の観光客も多く賑わってました。 |
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329)愛媛県松山市 石手寺仁王門 |
| 四国霊場No.51石手寺の国宝仁王門です。ここの門の中には狭い境内を囲んで、本堂・三重塔・鐘楼・護摩堂など5つの重文建造物があり、歴史建物が松山市で一番集中しているところです。この仁王門は重々しい感じをカラフルな暖簾が和らげていますが、バランスがイマイチでした。武蔵丸のフラダンスの腰ミノみたいですね。 |
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328)愛媛県松山市 繁多寺 |
| 四国霊場No.50の繁多寺は、五間四面の本堂の前に参拝者用の拝殿がくっついて建っています。瓦屋根の上に丸い飾りが見えますが、これは後ろの本堂の屋根の頂上のものです。柿や桜の葉が赤や黄色や橙に色付いていました。左側には石の鳥居があり、神仏混合の境内でした。なお、繁多はハンタと読むようです。 |
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327)愛媛県松山市 浄土寺本堂 |
| 四国霊場No.49の浄土寺の本堂は室町時代の建立で重文に指定されています。中央に8枚の扉がある大きい五間四面の堂で、脇と後ろは白壁になってました。紺の暖簾?が掛かって色取りを出しています。庇が短いのか少し奥行きが感じられず、どっしりした・もっこりした印象です。 |
2003.11.09
曇りのち晴、そして9日は雨の週末でした。先週泊まったホテルは予約MAILを送ったのですが満員とのことで、今週は繁多寺PAで車中泊となりました。11月なのに暖かく、8日の21:00で20℃、9日07:00で18℃あり助かりました。松山は無料駐車場を探すのに苦労します。松山への途中の田圃は稲刈りが終わって、また緑色になっています。ご老公は農作業は疎いので何故だか判りません。

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326)愛媛県松山市 県教育会館 |
| 昭和12年に建設された愛媛県教育会館です。前日に下見に来て、道路の反対側に大きな庇があったのを思い出してスケッチ場所に選びました。設計は浅香了輔というひとで、昔の官庁は結構センスが良いですね。追記:2003年に登録文化財になってます。 |
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325)愛媛県松山市 聖アンデレ教会内部 |
| 若い牧師さんの話では「アンデレ教会はイギリス国教会系」だそうです。青い十字架は珍しいですね。レンガの壁の上に2×4のような厚板を30cm間隔で山型に架けていました。質素な、落ち着いた雰囲気の中でスケッチできました。 |
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324)愛媛県松山市 聖アンデレ教会 |
| 大正に建てられたレンガ造の小さな教会です。スケッチを覗きにきた、向かいの黒光さんが教会に連絡して駐車させてもらいました。ついでに鍵も開けてもらいました。左側は昭和3年建設の松山測候所です。土砂降りの中のスケッチで靴下がぬれて冷たいです。 |
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323)愛媛県松山市 豊島邸遠景 |
| 主屋・表門・長屋門・蔵が重要文化財に指定されている江戸時代の庄屋屋敷です。門はそれ程でもなく、塀に囲まれて主屋は見えないので、刈り取りの済んだ北側の田圃からスケッチしました。歩測によると一辺は約50mで、渡部邸と同じです。庄屋の敷地の大きさは決まりがあったのかもしれません? |
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322)愛媛県松山市 西林寺 |
| 四国霊場No.48の西林寺です。しっかりした仁王門を入ると、今春、高知県梼原で知り合った内村さんがペン画を描いてました。しばらくよもやま話をして、雨が止んだところでスケッチしました。四国は小さな島ですが、それでも100万人以上は住んでいる筈ですし、これからも何処で誰に会うか楽しみです。出来れば仁王さんのような人でないほうが...注:内村さんは仁王さんが笑ったような風貌です。 |
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321)愛媛県松山市 渡部邸長屋門 |
| 主屋・長屋門・蔵が重文に指定されている江戸時代の庄屋屋敷です。案内看板では日曜公開なのですが、ちょうど今日は渡部さん一家がディズニーランドか何処かへ出掛けており?中に入れないでした。この長屋門も格調がある門ですし、漆喰の蔵も落ち着いた感じでした。 |
2003.11.03
今週は松山市に入って2回目の漫遊です。高松の画廊で話をした若い女性が愛媛出身で、松山の安い宿泊場所を教えてもらいました。名前も知らないのですが、目の表情がかわいくて艶っぽい女の子でした。そんな訳で、久しぶりにホテルに泊まりました。気象予報では晴曇りで降水確率は30パーセントだったのに、2日共に雨・雨・雨でした。もう11月になりました。今月は年賀状の準備などもあり、あまり漫遊に出掛けられないかもしれません。

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320)愛媛県松山市 文殊院 |
| 別格霊場20のNo.9の小さなお寺です。四国巡礼88ヶ所を創った人の菩提寺だそうです。名前は忘れましたが、その人は四国で歴代2番目に経済的才能がある人ですね。21世紀の四国の最大の産業は四国巡礼ですから、これを定着させたのですから大した者です。 |
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319)愛媛県松山市 八坂寺 |
| 四国霊場No.47の八坂寺です。向拝のてっぺんには赤い大きな飾りがあり、どうも「亀」が真ん中に居るようです。そう言えば、道路近くの看板にも亀がありました。高知県でも亀の石像があるお寺が2ヶ所ありましたね。この本堂の隣には大きなコンクリートのカラフルな新本堂が出来ています。でも参拝者は誰もそちらには行きません。 |
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318)愛媛県松山市 浄瑠璃寺 |
| 四国霊場No.46の浄瑠璃寺です。小さな参道は大きな杉や松に囲まれており、足元には仏足跡やご利益のある石のベンチなどがあちこちにあり、にぎやかな雰囲気でした。この本堂前にはステンレスのロウソク棟が無く、すっきりしてますね。こういうお堂の場合、絵を描く場所で迷うことは無いですね。 |
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317)愛媛県美川村 旧山中邸 |
| 江戸初期の重文茅葺農家です。朝7時にスケッチを始めたのですが、気温は5℃でお尻が寒くてたまりませんでした。この農家は土間がありませんでした。隣の小父さんに尋ねたところ「納屋棟と便所・コヤシ棟があったはずだ。この家だけでは農家にならない」との回答でした。 |
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316)愛媛県大洲市 田処小学校 |
| 昭和11年に造られた木造の小学校校舎で、まだ現役です。隣にコンクリートの校舎もありましたが、子供の情操教育には最悪のものでした。卒業生の記憶にはこの木造校舎が残ることでしょう。近くの人の話では1学年数名との説明でした。「きいろい流れ星」情報でたどり着けました。もしかしたら猿も入学しているのかも... |
2003.10.26
この週末は西南愛媛の明治大正の見過ごした施設を廻る漫遊に出かけました。「きいろい流れ星」情報を参考として、まず大洲の山奥に出向き、八幡浜に向かいました。八幡浜には大正・昭和初期の商店が数多くあるのですが、道が狭くご老公の4輪の籠を置く場所に苦労してしまい、この次に回しました。
26日の朝の気温は4℃で寒いでした。日中は23℃ぐらいでしたから温度差20℃です。最近絵日記の作成が遅くなっているみたいです。目が老眼のため筆の先が良く見えません。

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315)愛媛県長浜町 長浜大橋 |
| この可動橋は昭和10年に建設され、登録文化財に指定されています。毎週日曜の13時にしか動かないので、時間を狙って再度訪れました。廻りの彩色をして待っていると動き始めました。頂点でしばらく止まっているのかと思ったら、1分ぐらいで下がり始めます。急いで鉛筆下書きをして彩色です。カメラが無いと苦労します。 |
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314)愛媛県長浜町 白滝公園の雌滝 |
| JR白滝駅のすぐ前にあるこの公園は、少し早かったのですが紅葉の名所だそうです。約20分の登りで10ヶ所ほどの滝がありました。この雌滝は一番高さが高く、約60mです。でも水量が少なくチョロチョロだったので、いくらかでも水分が増えるように上流で協力してきました。「瑠璃姫」がこの滝壷に身を投げたとの言い伝えがあるのですが、今は滝壷はありません。多分、昔も無かったのでしょう。 |
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313)愛媛県大洲市 大洲城苧綿櫓 |
| 大洲城の櫓は幾つか廻りましたが、この櫓が肱川の川岸にあり周囲の雰囲気が良かったです。色々な色の石を集めて築かれた石垣の上に、小さな櫓がそっと乗っているようで、とても戦の施設には見えませんでした。苧綿は「オワタ」と読みます。重文に指定されています。朝は大洲特有の朝霧で周りの山は何も見えません。 |
2003.10.19
先週は江戸屋敷で小用があり、家族サービスなどで忙しいでした。江戸では杉並区で一番雰囲気のある建物が壊されていました。門のところで「装苑」や「主婦の友」などの和服の撮影が度々されていたオランダ風の屋敷でした。http://koumon-web.hp.infoseek.co.jp/ の杉並区の街並み(1)の最初の住宅です。
今日は見落とした西南愛媛を漫遊してきました。いつものように車中泊ですが、朝は10℃くらいになります。10月末まで西南愛媛を廻り、11月から松山市内の霊場や名所に向かう予定です。

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312)愛媛県宇和町 山田薬師 |
| 四国で一番の薬師如来が祭られている宇和町山田の善福寺です。88ヶ所の霊場でないお寺はひっそりとしています。薬師さんは田圃の広い平野から少し山に登ったところに座っており、農作業を見守っているのかもしれません。雲はすっかり秋の風情になっていました。 |
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311)愛媛県宇和町 用藤の秋桜 |
| 宇和町で彼岸花や秋桜の見所を教えてもらい、秋桜の一面に咲いている景色を描きました。広場の真ん中で日差しが強く、Tシャツ一枚になっても汗をかくほどです。周りの田圃は刈り取りが進んでいます。この秋桜の広場は休耕田だと思います。鼻歌を口ずさみながらスケッチをしました。無論、歌は山口百恵の秋桜です。 |
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310)愛媛県吉田町 白浦の漁船 |
| 白浦はリアス式海岸の宇和海の奥にあり、真珠の養殖と近海漁業の漁港です。また山の斜面はみかん畑となっており、ホイストが動いてました。もうすぐ取り入れとなるみかんの手入れをしているのでしょう。この船は「いりこ」漁の漁船でだいぶくたびれているようですね。スケッチをしながら船主のおじさんと話しをしました。「最近、真珠の値段が下がり気味で、女性がもっと首に掛けてくれないと、こちらの首が回らなくなる」との話でした。 |
2003.10.05
宇和を出たのが15:00で途中で食事とコーヒーをして、高松屋敷にたどり着いたのが20:30でした。5時間の運転はさすがに疲れますね。彼岸花はもう萎れています。最近の季節の動きは早いですね。
高松屋敷のデスクトップPCはやっと復旧したのですが、ノートPCを認識しません。LAN接続がおかしいようです。WINDOWS_XPのノートPCが原因だと思いますが、XPのLAN設定はWINDOWS_95や98とだいぶ違いますね。

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309)愛媛県美川村 岩屋寺 |
| 大寶寺から一山越すと四国霊場No.45の岩屋寺です。ここは駐車場から山道を25分ほど登ったのですが、久しぶりの山道はご老公にはきついでした。途中には小さな石仏が数多く置かれており、涼しい風も流れています。本堂の右側は垂直の絶壁です。寺事務所は岩山を削って建てられていました。 |
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308)愛媛県久万町 大寶寺 |
| 駐車場から10分ほど参道を歩くと、石段の上に赤茶色の雰囲気の本堂があります。四国霊場No.44です。この大寶寺で丁度半分ですね。巡礼者もホットするのでしょうか? それとも気を引き締めるのでしょうか?参道は大きな杉の木立の間を行くのですが、この杉がご老公の花粉症の原因と思うと... |
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307)愛媛県小田町 都築酒店 |
| 明治20年に建てられた村一番の酒店です(多分当時は)。スケッチは朝7時ころで、90分ほど座っているとかなり冷えますね。右側が住宅のようで、主人が青い袴と裃姿で出てきました。柱や窓の桟などのバランスが近代的で、登録文化財に指定されています。坂道なので少しゆがんでしまったようですね。 |
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306)愛媛県城川村 蔭之地の茶堂 |
| 役場で茶堂MAPを貰い、保存の良い・見栄えの良い茶堂を探して幾つか回り、少し山に入った場所にひっそりと建っているこの茶堂を見つけました。大まかな地図なので検討を付けて走ったらばピッタシでした。珍しくご老公の土地勘が当たりました。屋根の天辺が少しずつ違っていますね。 |
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305)愛媛県日吉村 兵頭呉服店 |
| 日吉村の民家を集めた場所に出かけたのですが、雨戸が閉まっており生きた感じがしませんでした。移築は難しいですね。管理する人の心が出てきますね。がっかりして街中を回ったときに、この呉服店に心を引かれスケッチしました。昔は東京の商店もこんな佇まいでしたね。 |
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304)愛媛県城川村 本村の茶堂 |
| 城川村または町は農作業の休憩場の茶堂が50ヶ所程残っており、現在も使われています。茶堂の1面は簡単な仏壇となっており、弘法大師が祭られています。あとの3面は開放されています。この本村茶堂は国道際にあり、彼岸花や秋桜に囲まれていました。 |
2003.09.28
22日は石鎚山行きを愛媛の霊場遍路に変更したプーさんと高松で落ち合い、色々と話をしました。ご老公も石鎚山には登りたいのですが、はたして体力が持つかどうか?愛媛は広く深く、山も・海も・旧跡も・生活の場も見所が沢山あります。この週末は愛媛南部の見落とした名所を回りました。現在、高松屋敷のデスクPCは動かないので、仮設利用のノートPCでこのHPを作っています。マウスがないと不便ですね。早くデスクPCを復旧しないと...

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303)愛媛県五十崎町 栗田邸 |
| 明治時代に建てられた五十崎(イカザキ)の庄屋屋敷です。かなり大きな、そして重厚な屋敷でした。前に田圃は黄色く光っており、後ろの竹林も光ってました。日向は暑いですが、ジリジリと焼かれる日差しではなくなっていますね。このスケッチは構図決めから出来上がりまでで70分でした。 |
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302)愛媛県五十崎町 泉谷の棚田 |
| 5月に高知県梼原の棚田を見てきましたが、あの時は雨の中でした。この泉谷の棚田は稲が実って来週に刈り取りだそうです。穂が黄色く輝いてました。近くの小学校の総勢(校長先生も)40人で稲刈りをするそうです。風が強く、もうTシャツ+短パンは寒くてだめですね。 |
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301)愛媛県内子町 大瀬中学校 |
| 内子で唯一のモダンな施設です。1992年に建てられた中学校兼地域のコミュニティ施設で、設計は原
広司というひとです。ちょうど運動会の準備中で、中も見て廻りました。内部は光のコントラストに特徴のありました。全体は淋しく暗い印象を得ました。子供がいなくなって廃墟になったときに素晴らしい遺跡になり、生きた人間が使うための施設ではなさそうです。 |
2003.09.21
台風15号がそれたので、20日の夕方から内子に向かいました。台風の後、朝晩は急に涼しくなっています。車の網窓は3回使っておしまいです。江戸の助さん連絡の「愛媛県南予街並博」のHPを覗いたらスケッチコンテストが行われていました。今日、これに応募しました。入賞すると、何か貰えるので期待しています。南予の温泉の宿泊券か、ミス愛媛の1日モデル利用権なんかだと良いのですが...

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300)愛媛県内子町 石畳の宿 |
| 電話で問い合わせをした町営の宿です。民家を移築して宿泊施設として再利用しており、なかなかの人気のようです。瓦は現在の市販されている瓦を綺麗に使っているので、イマイチ味が出てません。 |
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299)愛媛県内子町 弓削神社の屋根付き橋 |
| 内子の街中から車で山を登って30分、町境の近くに神社があります。松山のUさんに「参道の橋が屋根付き橋の神社」を教えてもらった場所です。池に映る簡素な橋は綺麗でしたが、映り込みを表現するのは難しいですね。 |
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298)愛媛県内子町 田丸橋 |
| 昭和19年に建設された屋根付き橋です。屋根は軽い杉皮葺きです。デザイン的にもバランスよく、周囲の景観にも溶け込んでいました。朝の6時40分に下書きを始めたのですが、畦道の草の朝露で足はびっしょりになりました。 |
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297)愛媛県内子町 八日市街並み |
| 八日市の商家には縁台が付いており、商品の陳列や行き交う人の休憩に使われてます。この縁台は折りたたみ式で、夕方になるとたたまれ、軒先に吊るしてある板戸を下げると窓を塞ぐようになってます。 |
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296)愛媛県内子町 大村邸前からの街並み |
| 大村邸前から北側を見た八日市の街並みです。この辺は明治時代に隆盛を誇ったのですが、その後国鉄の駅も離れて建設され、町の中心は移動したようです。現在も電気も電話もなく、八日市の人は蝋燭と行灯で明かりを取っています。そのため、この町には電柱・電線がありません? 注:これは嘘です。 |
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295)愛媛県内子町 本芳我邸 |
| 生産方法を工夫して白色の木蝋を造り、明治時代に財を成した商家です。黄色い漆喰と大きな鬼瓦で重厚な調子の建物です。重文に指定されています。それにしても金を掛けた邸宅ですね。ここでは正面から出なく、少し斜のアングルを選びましたが、前面が5mくらいの道なので、少し横を圧縮してしまったようです。 |
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294)愛媛県内子町 八日市街並み保存センター |
| 内子町八日市は街並み保存地区に指定されており、このセンターは一番北側の入り口にあります。藤岡邸という江戸時代の商家を転用して、展示と事務所に使っています。スケッチしていたら「正面の絵が多いですね」と言われました。 |
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293)愛媛県内子町 高昌寺三門 |
| 内子1番の名刹です。手前左側に日本一大きな釈迦涅槃像が平成に造られてます。三門の両側には桜の古木が枝をのばしており、春は見事な景色になりそうです。 |
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292)愛媛県内子町 大村邸 |
| 江戸時代の商家で重文に指定されています。1階の軒先が低く、ご老公が飛び上がれば届きます。昔の人は背が低かったのですね。鉛筆下書きが出来たのが17時45分で、彩色が出来上がって18時30分頃に、空を塗ろうとしたら夕焼けになっていました。右側は本芳我邸です。 |
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291)愛媛県内子町 旧旭館 |
| 大正14年に街の有志が資金を出して造られた活動写真館です。現在はガラスもあちこち割れて半分廃墟になっています。昭和9年建設の徳島県脇町のオデオン座より10年古いこの建物は歴史的価値があると思いますが。 |
2003.09.15
台風14号も日本海へ通り過ぎ、台風一過の爽やかな秋晴れを期待したのですが、高松・愛媛は35℃近い猛暑が復活しました。洗濯・掃除をしてから愛媛に向かい、ゆっくりと内子の街の雰囲気を味わいました。宿屋にTELしたのですが、どこも満員で2日連続の車中泊となりました。15日の朝は18℃で、Tシャツと短パンのご老公は寒さで目が覚めました。内子への途中では稲刈りが始まっていました。その割には稲穂が重く垂れていません。
