四国スケッチ漫遊記_10 
決意
ご老公は日清製粉の商品は買わないことを決意しました。その理由は、坂出市にある日本最高の木造建築である日清製粉倉庫が2004年4月から解体されることに大いに不満を覚えたからです。この倉庫は大正7年に建てられた木造5階のもので、実に日本最高の木造建築であり国宝クラスのものです。ご老公は2002.03.31にNo.88として、2004.01.18にNo.361として絵日記に描きとめ掲載しています。近代建築同好会、木造建築同好会、建築木構造技術者、建築史研究者、建築学会なども各自判断して対応してください。 2004.01.18

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419)香川県長尾町 旧114銀行長尾支店 |
| 昭和8年に建てられた114銀行の支店です。小さな構えですが堂々とした風格がありました。平屋なのに隣の2階建てより背が高いのですから。外壁は石粉モルタルのコンクリート造でした。窓のピンク色の鉄格子が少し斜めになっているのは何故でしょう? |
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418)香川県琴平町 参道 |
| 右手前はこんぴらうどん参道店で、お姉さんが参拝客の呼び込みをしています。ここのうどんはあっさりしていて(汁がさっぱりしているから)結構いけます。突き当たりの「かまど」の看板のところから金毘羅宮の階段登りが始まります。この木造の建物の前身は櫻屋旅館で、2003年秋に登録文化財に指定されました。 |
2004.04.29
29日の朝は寒いですが快晴です。今朝は寝坊したので近場を漫遊しました。幾つか目星を着けていたのですが、大正末の綾南の変電所は廃墟になっており、明治の由佐郵便局・大正に建てられた十河小学校は建替えられていました。予定を早めて30日に江戸に向かう事となりました。

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417)徳島県脇町 大瀧寺 |
| 香川徳島県境の大瀧山頂(海抜946m)にある番外20霊場No.20です。ここでは桜がまだ咲いています。途中の山道は藤の花があちこちに咲いています。ここの本尊は西照大権現という神様です。これで番外霊場は全て絵日記に描きとめました。 |
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416)香川県満濃町 神野寺 |
| 神野寺は番外20霊場No.17で、弘法大師が日照り対策として築いた満濃池のほとりに建っている鎮護のお寺です。住宅風の本堂で近づきやすい感じがしました。真紅のつつじが日を浴びて鮮やかでした。すぐ傍に鎮護の神野神社もありました。 |
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415)愛媛県高松市 香西寺 |
| 高松市の海岸沿いの街中にある番外20霊場No.19の香西寺です。何回か火災となり、江戸時代に高松藩によって復旧されたそうです。このお寺はボケ治療のご利益があるそうで、しっかりお参りしてきました。女性歌手の香西さんは、この辺の出身でしょうか? |
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414)香川県観音寺市 神恵院 |
| 四国霊場No.68で2001年秋に出掛けたのですが、隣の朱塗りの観音寺金堂をスケッチし、神恵院は忘れていました。コンクリートの新しい本堂が完成して、古い本堂は解体中でした。この絵日記は屋根の天辺にあった宝珠です。これで四国霊場88ヶ所は全て絵日記に描きとめました。 |
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413)香川県大野原町 萩原寺 |
| 萩の名所として有名で、9月頃に小さな花がたくさん咲きます。番外20霊場のNo.16です。朱色の柱・梁で明るい感じがしました。弁財天が女性の神様として祭られていますが、江ノ島と違って服を着ているそうです。 PS:暖簾の黄色を塗り忘れていました。 |
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412)徳島県池田町 箸蔵寺 |
| 金毘羅宮の奥の院で、番外20霊場のNo.15の箸蔵寺です。香川徳島県境の箸蔵山の中腹にあります。神社の奥の院がお寺なのは神仏混交の名残ですね。ご本尊は金毘羅大権現で本堂の両側には狛犬がおり、扉には天狗の面がありました。箸の供養が知られています。ヨーロッパにはフォーク・スプーン供養をする教会があるのでしょうか? |
2004.04.25
枝垂桜・藤・菖蒲・石楠花が咲いたとのニュースが入ってきており、四国ではもう初夏の匂いがします。今回の漫遊で四国霊場88ヶ所と番外霊場20ヶ所、計
108寺の全てを廻り、絵日記に描きとめました。その幾つかは巡礼者の心を癒す雰囲気がなく、ご老公の心に訴えるものがなかったので、苦し紛れに境内の木々や門柱を絵日記としているのもあります。四国漫遊スケッチも400枚を超え、粘り強かったなと自分に感心し、ホットしているところです。車で4日で廻る人もいるそうですが、一寺で少なくとも2時間は過ごしており、ご利益があることを信じています。

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411)愛媛県川之江市 椿堂(常福寺) |
| 椿堂は番外20霊場No14で病気治癒のご利益のあるお寺です。境内は狭く、本堂を正面から見れません。この絵日記のアングルでも手前に樹木がありますので、久しぶりにご老公の超能力で透明にして描きました。これで愛媛県の四国霊場は全て廻りました。香川県と徳島県に参拝忘れが少し残ってます。 |
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410)愛媛県新宮村 仙龍寺 |
| 山の中の狭い道を登ってたどり着いたのは、番外20霊場No.13の仙龍寺です。ここは三角寺の奥の院でもあります。境内が狭く、地下2階地上2階となっており、江戸時代中期の木造です。地下は巡礼者の宿泊などになっています。珍しいことに弘法大師が本尊です。 |
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409)愛媛県川之江市 三角寺大師堂 |
| ここも安産のご利益がある四国霊場No.65の三角寺です。でも急な階段を登るのはいけなかったはずなのに。春の巡礼シーズンで数多くの参拝者が来ていました。東北や関東からも来ていました。 注:参拝者の多くは超高齢出産間違いなしの人でした。だからお参りに来ているのでしょうか? |
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408)愛媛県土居町 延命寺 |
| JR土居駅の西800mにある小さな境内のお寺は、番外20霊場No.12の延命寺です。ここは万病の治癒のご利益があるそうです。でも金欠病には利かないみたいです。東向きのお堂で朝の日差しがちょうど良かったです。 |
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407)愛媛県西条市 前神寺 |
| 天武天皇の頃に山岳修行の寺として建てられた四国霊場No.64の前神寺です。明治元年に廃仏毀釈の流に飲み込まれ、敷地を没収され再建されたそうです。元の敷地には石鎚神社が建てられています。アフガニスタンなどの宗教指導者が石窟仏を爆破しましたが、日本でもほんの110年前に、今から見れば理不尽な事が行われているのですね。 |
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406)愛媛県西条市 吉祥寺 |
| 毘沙門天と吉祥天の夫婦が祭られており、名前は奥方の名前となっている四国霊場No.63の吉祥寺です(マスオさん現象ですかね?)。巡礼者を迎える向拝の間口が広く、一般のお寺と少しプロポーションが変わっていました。 |
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405)愛媛県小松町 宝寿寺旧本堂 |
| ここも安産のご利益がある四国霊場No.62の宝寿寺です。三門を入ると右側に大師堂と本堂が並んでおり、正面にもお堂がありました。寺の人に尋ねたところ「本堂は雨漏りがひどくて、新しい本堂を建てた。古い本堂は今年中に解体する」との話でした。 |
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404)愛媛県小松町 香園寺の八重桜 |
| 本堂と大師堂が2階建てのコンクリートの大聖堂となっている四国霊場No.61の香園寺です。大聖堂を背景として、咲き残っていた八重桜の絵日記を描きました。この寺は安産のご利益があるそうです。昔の出産は危険が多かったので、お参りすることも多かったのでしょう。四国霊場でも安産の守り神は数多くありますね。 |
2004.04.18
17日の日中は25℃を超えて汗ばむほどです。でも夕方になると結構冷えてきて、股引とホカロンがないと車中泊は出来ません。今回の漫遊で愛媛県の霊場廻りを完了しました。

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403)愛媛県小松町 横峰寺 |
| 海抜1981mの石鎚山の中腹にある、四国霊場No.60の横峰寺です。石鎚神社の西の別当寺でもあり、本堂の両側には狛犬がありました。林道使用料1,800円を支払ってたどり着きました。歩き遍路の人には辛い登り道ですね。標高は約700mで吉野桜は丁度満開でした。 |
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402)愛媛県丹原町 生木地蔵(正善寺) |
| 弘法大師が楠の巨木を一日で彫った地蔵さまが本尊の、番外20霊場のNo.11です。住職の説明では耳の治療にご利益があるそうです。もう少し上の髪の毛のご利益を訊ねたところ、ダメだそうです。自転車で番外20霊場を廻っている茨城県八郷の松下さんと会いました。PS:「イキキジゾウ」と読むそうです。 |
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401)愛媛県丹原町 興隆寺本堂 |
| 紅葉の名所でもある興隆寺は番外20霊場のNo.10です。PAから山道を喘ぎながら登りました。本堂は重厚な印象でした。室町時代のもので重文に指定されています。吉野桜が咲き残っていました。三重塔もありました。 |
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400)愛媛県今治市 国分寺 |
| 途中、川沿いの見事な桜並木に見とれて迷ってしまいました。四国霊場No.59の国分寺です。飛鳥時代は愛媛の中心は松山でなく今治だったのですね。安っぽい屋根瓦の改修で品がなくなってます。強い日差しの中でスケッチしたためか大変疲れました。 |
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399)愛媛県玉川町 仙遊寺 |
| 海岸近くの見晴しの良い作礼山頂にある、四国霊場No.58の仙遊寺です。仙人がここに住んでいて、養老2年(718年)に雲に乗って遊びに行ってしまい、空家をお寺にしたそうです。でも、本堂はどっしりした風格のある佇まいでした。桜と石楠花が咲いています。 |
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398)愛媛県玉川町 栄福寺 |
| 山門・大師堂本堂が一段ずつ丘を登ったレイアウトになっている栄福寺です。足・腰の治癒にご利益がある四国霊場No.57のお寺です。右側の。庇は大師堂で、ここは渡り廊下で繋がってました。濃紺の暖簾は陽に焼けて渋い色になってます。 |
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397)愛媛県今治市 泰山寺 |
| 四国霊場No.56の泰山寺です。巡礼を迎える下屋の屋根が直線的ですっきりしたデザインですね。右手の大師堂とは廊下で繋がっており、坊さんは雨に濡れずに回れるようになってます。後ろの丘には桜が咲いていました |
2004.04.11
高松の桜の最盛期は4月5〜7日でした。花の盛りは短いですね。これからは桜吹雪と、枝垂れ桜などの遅咲きが見ごろを迎えます。ご老公は海に散る桜の花びらを捜したのですが。この週末は24℃くらいになり汗ばむ程です。瀬戸内海は水平線がありませんでした。チョッと事情があって四国霊場の漫遊を優先しています。

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396)愛媛県今治市 南光坊大師堂 |
| 航海安全の神様の大山砥神社の別当寺で、四国霊場No.55の南光坊大師堂です。今治市の中心街にあり、狭い境内は駐車場にもなっており、スケッチ途中でバスが止まってしまい苦労しました。左手に少し桜が咲いていました。 |
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395)愛媛県今治市 延命寺 |
| 四国霊場No.54の延命寺本堂です。木々の葉は力強く光っていました。左手の売店のおばあさんからお茶の接待を受けました。山門の周りは桜が満開でしたが、残念ながら境内には一本もありませんでした。 |
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394)愛媛県松山市 湯築城跡の夜桜 |
| 松山では松山城と湯築城跡が桜の名所のようです。ご老公は湯築城跡の夜桜を見に出掛けました。枝が垂れて堀の水面に触れそうになっていました。周りは宴会で賑わっていました。新入社員が背中やお腹にマジックでいたずら描きをされていました。暗い所でのスケッチは難しいですね。 |
2004.04.04
4月となって杉花粉も収まり、ご老公には影響のない桧花粉の季節となっており、4輪籠の窓を開けて走っています。3日は午後から秋の展示会の準備で松山に出掛けました。ご老公はこのところ体調がイマイチで、特に感情が不安定になっています。しかし桜は満開で、その他の花も競って咲いており、心を和ぐませてくれます。

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393)香川県多度津町 海岸寺 |
| 番外20霊場のNo.18です。名前の通り、瀬戸内海の海岸に面しており、すぐ後ろは海水浴場です。本堂の左側の大師堂とは渡り廊下でつながっており、両方ともお参りしてきました。右側には巡礼者用の宿泊施設が接しており、境内はギュウギュウでした。 PS:大師堂は約1q離れた丘の上で、左側は僧坊でした。 |
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392)香川県坂出市 旧港務所 |
| 港に入ってくる外国船の事務を行っていた港務所です。コンクリート3階の上に白いドームがあるのですが、結構ポイントになりますね。快晴ですが空の下の方は黄色でした。多分、黄砂ですね。 |
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391)香川県坂出市 旧八幡湯 |
| 現在は大石邸となっていますが、元は大正頃に建設された風呂屋です。後ろに煙突が見えました。外壁は10cmくらいの玉石が貼ってあり、大変珍しいですね。徳島では茅の外装の民家があり、高知では竹の仕上げの民家がありました。四国では色んな材料を使っていたのですね。 |
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390)香川県宇多津町 郷照寺大師堂 |
| 2001年10月に漫遊した時は境内からの瀬戸内海と橋に目を奪われ、絵日記にしたのですが、この大師堂を見上げるアングルも決まってますね。厄除けのお寺として近隣の信仰を集めています。最近、ご老公にはひっきりなしに災難が押し寄せるので、10円を賽銭箱に入れてきました。 |
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389)香川県坂出市 川原公民館 |
| 堂々としたこの施設の前身は何処かの役所の出張所だったそうです。多分木造です。石粉入りモルタルで重厚にして、板壁や漆喰の民家との違いを出していたのでしょう。2階の窓の上には半円形の煉瓦がポイントで、太い眉毛のような印象でした。 |
2004.03.28
この週末は近場の香川県坂出周辺を漫遊しました。桜もちらほら咲き始めています。四国漫遊のスケッチは遂に400枚を突破しました。現在ご老公は気が弱ってしまい、28日は快晴なのに3枚しか描けませんでした。

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388)愛媛県砥部町 梅山窯(梅野製陶所) |
| 愛媛に来るとあちこちに「とべ焼」の看板があり、ご老公はお好み焼の一種だと思ってました。どうも陶器の間違いだったようです。砥部町の焼物集落の一番山手に、傾斜を利用した登り窯が残っていました。もう使われてはいません。窯の中の耐火煉瓦は表面がガラス化していました。坂を描くのは難しいですね。 |
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387)愛媛県砥部町 武道館 |
| この武道館の前身は、昭和11年に建てられた尋常高等小学校の木造の講堂です。スケッチを覗きに来たおばさんの話では「戦後の校舎不足の時は、講堂のなかでも授業が行われた」そうです。お土産にいかの干物を頂きました。 |
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386)愛媛県松山市 浪六旅館 |
| 道後温泉本館の後ろにある、大正に建てられた木造2階の商人宿です。廻りは豪華なホテルになっている中で、浪六旅館だけが古いままなのはかえって目立ちますね。ご老公の背中側は夜の繁華街になっており、この坂はネオン坂と呼ばれています。マー・関係ないですね。 |
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385)愛媛県大西町 安野農具製作所 |
| ここは昭和6年に建設された「唐箕」工場です。唐箕は玄米と藁屑を風で選別する農具で、ご老公が幼少の頃に農家に行った時、どこの農家の納屋にも置いてありました。細かな間隔(約4m毎)の鋸屋根で内部は明るいのでしょう。とても印象的な産業施設で、もっと大きく描きたかったです。 |
2004.03.21
今週末も用事があり松山へ漫遊しました。土曜は海岸沿いを走って明治・大正・昭和初期の施設を廻ってみました。梅・桜・はなみずき・コブシなどが咲いています。ご老公は運転しながらなのでどれがどれだか判りません。来週には桜も満開になるでしょう。

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384)愛媛県川内町 三島神社本殿 |
| 町役場で場所を訊いてたどり着いたのは、高松・松山を結ぶ国道脇でした。小さな神社ですが愛媛県では一番古く、室町時代に建立された流造りの立派なものでした。屋根が桧皮葺なら更に美しいのですが、桧皮は手入れが大変なので仕方ありませんね。重要文化財に指定されています。 |
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383)愛媛県砥部町川登 宮ノ瀬窯水車 |
| 松山の隣町の砥部は江戸時代からの陶芸の町です。土は川登で取れる石を砕いていました。この絵日記は明治中期に建てられた石を砕く水車小屋で、登録文化財に指定されています。直径5mくらいの大きな水車がありました。タイコと呼ばれているそうです。今日は目が痒く・くしゃみがひどいので、スケッチに専念できません。多分、今年一番の花粉の日です。 |
2004.03.14
昨日(13日)は坂出美術館で歴史的建造物展を見に行きました。どの作品も一生懸命に上手く描こうとしているのが見えます。黄色い壁を青くしたり空をギラギラにしたりして、絵としての効果を上げることをがんばってました。そのまま松山に向かったのですが、空が黄色いです。石鎚山は春霞と黄砂の中で見えませんでした。

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382)徳島県脇町 旅館たおか |
| 脇町図書館で道を訊くと「隣です」との答え。北側の路地の向かいに、2003年12月に登録文化財に指定された「旅館・割烹たおか」が在りました。雪が再び降り始め、絵具が滲んでいます。オーバーズボンを忘れたため、腰が冷えて大事な部分が縮んでしまいました。元に戻るかなあ? |
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381)徳島県穴吹町 JR穴吹駅 |
| 途中の峠は凍結しており、ご老公の4輪駕篭は尻を振って走っています。この絵日記は大正3年に建てられた駅舎です。昨夜の雪で屋根は真っ白でした。7日は予報では晴だったのですが雪が降り始め、指がかじかんでいます。彩色を終えて駅売店のストーブにあたりました。 |
2004.03.07
昨日(6日)は午後から打合せで新居浜に出かけました。帰りは青白い満月と横殴りの雪でした。今朝(7日)は快晴で、新たに登録文化財となったのを見に、久しぶりに徳島に出掛けました。啓蟄は過ぎたのですが、蛙ももう一度穴に戻る気温ですね。

2004.03.04
2月末に若くて美しいYさんから連絡があり、3月に坂出の風情のある施設の写真展が美術館で開かれるそうです。この発端は日清製粉の建物が壊されるのがきっかけだそうです。ご老公のもとには美術館から連絡がないので出展はしていませんが、3月13日に出掛けてみます。

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380)愛媛県伊予市下三谷 宮内邸 |
| やはり早苗さん情報で迷い迷いしてたどり着いた宮内邸です。主屋は最近、茅葺屋根が鉄板で覆われたのですが、門がどっしりしていたので絵日記にまとめました。少し傾いていました。手前の畑では何かの種が蒔いてあり、畦には紫色の小さな花が咲いていました。春が近いのですね。 |
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379)愛媛県伊予市湊町 藤井医院 |
| 司馬 遼太郎の「花神」にでてくる藤井道一が初代の藤井医院です。現在は5代目で、この医院は昭和元年に建てられています。後数年で道路拡幅で取り壊されるそうです。若い奥さんに内部を見せてもらいました。内部は純和風でした。 |
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378)愛媛県伊予市湊町 旧五色浜灯台 |
| 29日の朝方は大雨です。早苗さんからの伊予市の施設情報で出掛けた旧五色浜灯台です。明治2年に伊予港の整備が行われ、この石造の灯台が建設されました。当初は油を燃やしていたそうです。絵日記の左手の赤い灯台が現役です。本当はもっと暗いのですが、気分が良かったため明るくなってしまいました。 |
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377)愛媛県五十崎町 山竹家小屋 |
| 養蚕室の隣にあった土蔵です。屋根の棟が一段高くなっていて、変わったデザインが気になりました。現在は塞がれていますが、ここが開いていると煙草の葉の乾燥小屋だったのかもしれません。16:30頃から黒い雲が広がり、夕方から雨になりました。 |
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376)愛媛県五十崎町 山竹家養蚕室 |
| 愛媛県五十崎は大正時代は養蚕業が盛んで、西日本で一番だったそうです。この養蚕室は大正15年に建てられたもので、1階は桑の葉の倉庫、2・3階は蚕と作業人の宿舎だったそうです。蚕の部屋は風通しのためすべて窓になっています。 |
2004.02.29
2月28日は大洲に出掛けました。そして五十崎の木造3階の養蚕農家を見てきました。今日(29日)はめまぐるしく天気が変化する一日でした。
