四国スケッチ漫遊記_4 

165)徳島県鳴門市 大麻比古神社
 徳島県で一番良く知られた神社で、徳島市・鳴門市の人が年始のお参りに行く神社です。四国霊場No.01の霊山寺の隣にあり、ご老公は2002年初めに行ったのですが、HPへの掲載を忘れていたので追加します。銅版葺きの屋根の緑青がちょうど良い色合いになってます。
164)香川県引田町松の下 かめびし屋
 香川県の東端にある引田町は、江戸時代の海賊の根拠地・醸造業・運輸業の中心として栄えたようで、古い商家などが残っています。このスケッチは一番派手な商家で、醤油醸造販売の現役の商家です。
163)徳島県鳴門市大谷 宇志比古神社本殿
 2001年に文部省のHPでチェックしたときはなかったのですが、今月にチェックしたら重要文化財に登録されていました。江戸初期に建てられた流造の神社で、なかなかまとまってました。これで徳島県の重要文化財は全て観て回りました。
162)徳島県木沢村沢谷 大釜の滝
 この滝も国道193沿いにあり、落差20mの水量の大きな滝です。やはり日本の滝100選に選ばれており、滝壺の青緑の水が印象的でした。少し綺麗にまとまりすぎて箱庭のような印象です。
161)徳島県木沢村沢谷 大轟の滝
 国道193沿いにあるこの滝は堂々としていました。滝の後ろの方は日差しが当たって黄色く紅葉し始めており、青白い石と茶色の石、日影の濃い緑、色彩も豊かです。滝壷は綺麗な青色だったそうですが、今夏の大雨で砂が流れ込んで埋まってしまったそうです。
160)徳島県海南町 轟ノ滝
 海岸からまっすぐ北上して山の中に入ったところにこの滝があります。周りに細い滝が数十あり、この滝が一番大きい滝で、日本の滝100選に選ばれてます。岩に囲まれており、隙間から覗いたのですが、しぶきが籠もって舞っています。びしょびしょになってしまうので、10分でレイアウトをして10分で彩色しました。
159)徳島県海南町鯖瀬 鯖大師本坊
 ここは徳島県の最南端にある別格霊場No.4です。でも88ヶ所の巡礼寺ではないからプーさんは寄ってないかもしれません。境内には赤・灰色・白の幟が立てられて風に揺らいでました。この周りの海岸は砂浜と小島と絶壁がちりばめられてとても綺麗です。

2002.10.14
 四国では13・14日の連休は快晴で、徳島の最南端から北進して幾つかの滝を観て回りました。内2つは日本の滝100選に選ばれている滝で、もう一つもなかなか見事なものでした。
 14日は東に進んで、徳島に1つ残った重要文化財の宇志比古神社と、香川の東端の引田町の古い街並みをウロウロしてみました。引田町はまだたくさん見所がありそうです。
 このHPも今回の更新で容量一杯のようです。次回はご老公の四国漫遊記_5を立ち上げないといけません。

158)徳島県池田町西山 川人家長屋門
 吉野川から急坂を400m程登ると民家が斜面に点在している部落があります。この山上の家の殆どは「川人」姓で、このスケッチは江戸時代の庄屋の門です。茅葺きの堂々とした長屋門でした。門の前は白い蕎麦の花が満開で、屋敷の後ろでは竹林が風に揺れていました。
157)徳島県井川町辻 うだつの街並
 9月に貞光町でうだつの街並みを描いていた時「井川町にもうだつの家があるよ」と教えてもらい、今日は井川町のうだつをスケッチしました。真ん中の黄色い壁は、漆喰が落ちて内壁が見えているのです。一番左の家の老人が「一軒に老人一人ずつ住んでいて、若者は居ないので手入れがなかなか出来ない」との話でした。狭い道路ですが、ここが井川町のメインストリートです。殆ど人が歩いてなく、いまにも雨が降りそうで淋しい雰囲気でした。

2002.10.06
 この日曜は雨の予報ですし、少し風邪気味なので、慎重にゆっくり走って約1時間半で吉野川沿いの近場に出掛けました。池田町西山の川人家へは探し探し登ったのですが、集落にきても殆ど人が居ないので道も尋ねられません。やっと人を見つけて、車を止めてよく見ると狸だったり案山子だったりします。池田町では人より狸の方が多いようです。

156)徳島県徳島市東船場町 高橋ビル
 どうにも場所が判らなく、徳島警察で教えてもらいました。黄色いタイルと石粉モルタルのレリーフのビルで、後ろに大きなビルが増築されていました。1階は洋品店が入っており、通路を通ると反対側の河辺に抜けられます。徳島は黄色いタイルが好きなようで、県庁も県警も、そして近所のマンションも同じ色でした。
155)徳島県徳島市福島町 勢玉酒蔵
 この木造の建物は、明治末に造られた醸造工場の事務所で、国の登録文化財に指定されています。日曜の朝のためシャッターが閉まったままでした。周囲には勢玉酒蔵の工場・軽食喫茶などがあり、商売繁盛のようでした。

2002.09.29
 昨日に掃除・洗濯をしており、9月最後の日曜日も高松屋敷に居てもすることもなく、雲っていたのですが徳島に出掛けました。今日で徳島県内の登録文化財も全て見て廻りました。もう一ヶ所原田家住宅というのが登録文化財なのですが、道が狭く駐車できません。デザインも平凡でパスしました。そろそろこのHPもデータ容量が心配になってきました(niftyは10MBまでなので)。また対策を考えないといけないようです。

154)徳島県上勝町 慈眼寺
 灌頂の滝から車で10分ぐらい登ると別格霊場NO.3の慈眼寺があります。名前の通りここは眼の神様で、坊さんにたのむと頭上に見える岩山の麓の洞窟(昔の修行場)を案内してくれます。白装束を貸してくれるのです。約90分との話でしたが、スケッチ優先なので割愛しました。ここでは数珠玉を買いました。
153)徳島県上勝町 灌頂の滝
 弘法大師が修行をした滝だそうです。かなり高い滝です。でも落ちてくる水はみんな霧になってしまいありません。だから滝壷もありません。どんな修行をしたのでしょう? 滝の真下から見るのはご老公も初めてです。水しぶきが風に散って崖の右や左にたなびいていました。
152)徳島県上勝町 彼岸花
 田中邸は山の中腹にあり、周りは棚田や畑となってます。畦道はコスモスやケイトウや彼岸花が満開でした。今日はちょうど彼岸の中日ですので彼岸花(別名:マンジュシャゲ)をスケッチしました。稲刈りはこの辺はまだのようです。やはり山地で遅いのでしょう。
151)徳島県上勝町 田中邸
 木村邸と同様に山の中腹にある江戸時代の民家で、重要文化財に指定されています。スケッチしてると主人が「昔は部落の共同の茅畑があったが、杉が高い時に杉を植林し、いまは茅が手に入らない。部落は年寄りばかりとなり、人手も集まらなくなった」と話しかけてきました。そして缶コーヒーを貰いました。この家はトイレが離れにありました。田中邸で徳島県内の重文建造物は全て廻りました。
150)徳島県東祖谷山村 旧小采邸
 木村邸と同様に重要文化財に指定されています。間取りは2室で、木村邸と同じく南側にトイレがあり、北・東・西には開口はなく、寒さのためなのか壁は土壁です。夕方の日没ギリギリでのスケッチで、色彩ははっきりしませんでした。
149)徳島県東祖谷山村 奥かずら橋
 西祖谷山村のかずら橋は観光客が一杯で橋を渡るのは一方通行で500円です。お土産屋は多いですがスケッチする場所はありません。この奥かずら橋は更に車で1時間登ったところにあり、のんびりとスケッチできました。
 徳島では昔は谷筋は狭く農地も取れないので人々は山の中腹に住んでいたようです。そのため、谷をまたぐ橋を考案したのでは。
148)徳島県東祖谷山村 木村邸
 山を登った中腹にある江戸時代の民家で、重要文化財に指定されています。南側にトイレがある不思議な間取りです。南風は爽やかな匂いを部屋中に振りまくと思います。北・東・西には開口はなく、壁は土壁で表面はヒシャギ竹の半割りで覆っています。竹仕上げの建物は始めて見ました。

2002.09.23
 この日月の連休は徳島県の西側の山奥から東の海岸まで山道を走破しました。西祖谷山村の大歩危・小歩危を見、東祖谷山村の重文民家を回り、かずら橋を渡って、剣山の山頂下で野宿をしようとしたのですが、雨が降り出し気温も13℃となったので、山道を東側に下りました。途中、鹿の親子が道路横断するのを待ち、狸がバス停に居るのを見ました。カーブで危うく鹿にぶつかるところでした。これで徳島県の重文建造物は全て廻ったのですが、香川県内には船に乗らないと行けないのが残ってしまいました。どうしようか?......

147)香川県高松市 北浜アリー
 古い倉庫郡の再利用です。快晴の岸壁でスケッチしました。外はボロボロのままですが、内部は古い梁を残して木で仕上げていました。このスケッチの建物は1階が美容院?で、2階が軽食になっています。下屋の右側は屋根が壊れていますが、そのままです。海との間に道路があるのが惜しいですね。

2002.09.21
 土曜は午前中は仕事です。今日は昼過ぎに、最新の日経アーキに掲載されていた高松の北浜アリーに出掛けました。高松港の古いトタンの倉庫を商業施設に再生しています。もう少し面的なつながりがあれば、シアトルやサン・フランシスコのフィッシャーマンズ・ワーフのように、街のポイントになるのかも知れません。

146)徳島県日和佐町 薬王寺
 海亀の上陸で有名な日和佐町にある薬王寺No.23は徳島県最後の霊場です。このお寺は丘の上に変な塔が建っており、町のランドマークとなってます。もう一度来てこの塔をスケッチする予定ですが、何はともあれ昨年9月から始めた霊場めぐりも香川県・徳島県を廻り切りました。10月からは高知県に進む予定です。
145)徳島県阿南市 平等寺
 田園のはずれに南向きの丘を背にして小さな平等寺No.22がありました。周囲に増築したような屋根に切れ目があるおかしい形でした。天気は快晴となり、日影のない境内でスケッチしてると、首筋がヒリヒリしています。
144)徳島県阿南市 太龍寺 本堂
 山頂駅から見た本堂のスケッチです。本当は木が生い茂ってもっと暗いのですが、気分が明るかった理由か、全体に軽やかに仕上がってしまいました。麓からの標高差は約500mあり、歩いて来る巡礼者も次第に増えてきました。若い人が「昨日鶴林寺でスケッチしていましたね」と話しかけて来ました。残念ながら女性ではありませんでした。
143)徳島県阿南市 太龍寺 吊灯篭 
 朝方に雨も止み、7時の始発のロープウェイで太龍寺No.21に向かいました。山頂駅から少し階段を登ると本堂があり、まだ薄暗い中で吊灯篭が印象的なのでスケッチしました。「プーさんもこの吊灯篭を見たのかな」と考えました。灯篭の後ろは軒裏でもっと暗いのですが・・・まあ良いでしょう。
142)徳島県勝浦町 鶴林寺 三重塔
 狭い山道を登った標高570mの頂上にある鶴林寺No.20はコンクリートの舗装や擁壁で整備されている寺でした。多くの参拝者は本堂や大師堂に向かいますが、その隣にある三重塔は見向きもしません。でもこの塔は県の指定文化財で、結構バランスが良いデザインでした。ご老公はTシャツ・短パンのいでたちでしたが、スケッチしてると小雨が降り始め、素早くまとめて車に戻りました。車に戻って気温を見ると20℃でした。
141)徳島県小松島市 立江寺
 恩山寺から10分のところに立江寺No.19があります。廻りは住宅街で、そのためかここでは駐車代300円を支払いました。本堂・観音堂・大師堂などは室町時代に長曽我部によって焼かれ、現在は2階建てRC造で造られています。もしかしたら昭和49年の失火の後の再建と、ご老公はこんがらかっているかも知れません。多宝塔と門が焼け残ったようで、多宝塔は廻りが狭くスケッチできませんでした。
140)徳島県小松島市 恩山寺
 徳島市のすぐ南の小松島市に入って直ぐのところに恩山寺No.18があります。にぎやかな街の裏山の小じんまりとしたお寺で、小さな本堂への階段の脇に紅い旗が飾っていたのが印象的でした。お堂は小さく質素なものでもアプローチの雰囲気がご老公に受けてます。

2002.09.16
 15・16日の敬老連休は徳島県南部の巡礼寺を巡りました。15日は朝早く出発したのですが、かなり点在しているため3箇所しか廻れませんでした。鷲敷町の道の駅で仮眠したのですが、肩が凝って首が痛いです。16日は朝1番のロープウェイで標高600mの太龍寺に登りました。山頂からは東の方に太平洋が光っていました。日和佐町の薬王寺が徳島県内の最後の巡礼寺です。徳島県南にはもう少し見たいものがあったのですが、時間切れで次回とし、高松へ飛ばしました。

139)徳島県神山町 粟飯原邸
 木屋平村から峠を越えて鮎食川を下った盆地に重文の粟飯原邸があります。江戸時代の豪農の屋敷で、現在も粟飯原さんが生活しています。道が判らなくなり、農作業をしているおばさんに聞いたところ、そのおばさんが粟飯原さんでした。
138)徳島県木屋平村 三木邸
 剣山へのルートから脇にそれ、車が1台やっと通れる山道を1里ほど登った、海抜552mのところに重文の三木邸があります。三木氏の歴史は古く、飛鳥時代に神事を行っている忌部氏まで遡れ、鎌倉時代からは山岳武将の長として活動しています。この屋敷は江戸初期のもので、一種の砦のような建物です。

2002.09.08
 今日は徳島県の山奥にある重文民家を観に出掛けました。法定速度を守って行くと3時間ほど掛かるので、車の少ないところでは少し(50%ほど)オーバーして走っていました。何ヶ所かで迷って農作業の人に道を教えてもらい、たどり着きました。

137)徳島市 丈六寺経蔵
 座禅をする禅堂だったのを、奥行きを1間小さくして後ろに移動して経蔵となっているこの建物は、少し日本離れしたデザインでした。丈六寺にはプロポーションの良い建物と、アンバランスな建物が共存しています。数少ない禅堂の名残を残す建物として国の重文に指定されています。
136)徳島市 丈六寺観音堂
 この堂に安置されている観音坐像が丈六寺のもともとの本像です。この観音様は人間の救済を考えて考えて、頭が大きくなったと伝えられています。その訳か、このお堂も頭でっかちで少しバランスがおかしいです。2階建てに見えますが平屋です。観音像と観音堂は国の重文に指定されています。この廻りは蜂須賀の家老の墓が取り巻いていました。
135)徳島市 丈六寺本堂
 三門正面にある本堂は江戸時代に建てられたもので、国の重文に指定されています。元々は禅宗の坊さんが修行を行う方丈で、前庭が真四角でなく、石畳も少し斜めに配置されており、堅苦しくない(お寺らしくない)雰囲気で素晴らしいでした。左手に百日紅がピンクの花を咲かせていました。
134)徳島市 丈六寺三門
 室町末期に造られた瓦葺きの2階建てのこの門は、国の重文に指定されています。三間共に通行できる開放的なデザインで気に入りました。そしてちゃんと袖壁が両側にあり、構造的にもバランスを取っているので益々気に入りました。この廻りは桜と楓の大きな木が多く、春の花吹雪・秋の紅葉は見事だとの地元の人の話でした。

2002.08.25
 今日は徳島で一番格式の有る、丈六寺に出掛けました。丈六寺は蜂須賀家の庇護を受け、県内で文化財が一番残っている場所です。高松から徳島市の南にある丈六寺までは約2時間のドライブで、途中の鳴門で見える海はモヤが掛かっていました。帰りは炎天下でのスケッチのせいか、頭の中にモヤが掛かってきたので、途中のスーパーで一服しました。

133)徳島市富田浜 三河邸
 徳島西警察署で道を教えてもらい、たどり着いた三河邸は昭和3年に建てられたコンクリート3階の重苦しい住宅でした。これも登録文化財に指定されています。木内豊次郎設計の邸宅で、大きさはご老公の江戸屋敷と同じくらい(約150u)でした。屋敷の左側はJRの線路で、近くに徳島駅があり、昔は騒がしかったでしょう。
132)徳島市南矢三町 高橋邸
 江戸時代の主屋・納屋・倉・表門・練塀が登録文化財に指定されています。屋敷の前の稲が実って、ちょうど日が差すと黄色い雲のようでした。
131)徳島市佐古6番町 徳島市佐古配水所
 大正15年に建ったレンガ造りの給水ポンプ場で登録文化財に指定されています。今も現役で敷地は立入禁止となってます。高松市のポンプ場は大正7年に建っており、この頃が地方都市における上水整備の始まりのようです。それにしても、どうしてポンプ場がこれ程素晴らしいデザインなんでしょう。

2002.08.18
 17日に江戸屋敷での休養を終えて高松屋敷に戻りました。ANAのジェット駕籠から降りると高松は凄い日差しでした。18日は「部屋を1週間締め切っていたので掃除をしようかな」と考えたのですが、掃除をしなくて死んだ人間は居ないと思い、徳島の街並みを観に出掛けました。台風の影響で風が強く、曇ったり晴れたりの忙しい天気でした。それでも日に焼けたようです。

130)徳島県藍住町 奥村家屋敷東寝床
 藍の館として展示されている奥村家屋敷は江戸時代の藍商人の豪邸です。ここは住宅と事務所と接待場と藍工場が一体となった屋敷で、数奇屋造りの屋敷も見ごたえありますが、藍工場の東寝床をスケッチしています。ここでは藍の製作工程の説明や道具が展示してあり、ハンカチなどでの藍染めの体験も出来ます。
129)徳島市国府町 井戸寺日限大師井戸 
 国府町の4番目のお寺は井戸寺No.17です。景気のよいお寺のようで、本堂は改修工事中で、多くの建物がコンクリートで出来ていました。昔、弘法大師が水不足に困っている農民のため1日で井戸を掘り、この井戸を祭っているのがスケッチした日限大師堂です。これだけが木造で絵になる場所でした。
128)徳島市国府町 観音寺山門 
 国分寺の直ぐ近くにある観音寺No.16は街中の小さなお寺でした。本堂は軒先に日除けがぶら下がっており、また狭い敷地に無理に押し込んだためかバランスの悪い造りでした。国府町は先週の常楽寺を含んで巡礼寺が密集した寺町で、この辺が昔の徳島の中心だったのかもしれません。
127)徳島市国府町 国分寺 
 昔々、聖武天皇の命令によって建設された阿波の国分寺No.15です。現在は境内も狭く、本堂は江戸時代のものですが結構バランスよい造りでした。寺のいわれによると七重塔が建っていたそうです。現在はトイレの神様としてお参りする人が多いそうで、そのため夜にお参りするので昼間は人が少なかったのかもしれません。

2002.08.04
 高松に来てちょうど1年が経過しました。昨年の8月も暑かったのですが、今年の高松・そして徳島の蒸し暑さは大変なものです。日向でスケッチするのも大変なのですが、車に戻ると、車内はサウナのようになっています。昼間だけでなくこの1週間の夜は、冷房を掛けているのに31℃より下がらず、熟睡できずしばしば事務所で居眠りをしてしまいました。

126)徳島市 常楽寺前庭
 黒い砂岩の丘の上に常楽寺No.14はあります。つまり岩盤の上に建っているのです。本堂の前は岩肌が斜めに走り、枯山水のような雰囲気です。本堂の前の植栽が鬱陶しいのでお寺は背景として、大銀杏と岩肌を描きました。もう少し遠くや近くはピントをボケさせれば良かったと考えています。
125)徳島市 一宮神社拝殿
 大日寺と道を挟んで南側にある一宮神社は、明治の神仏分離で大日寺と分かれています。アフガニスタンではタリバーンが仏教遺跡を宗教上の理由から爆破しましたが、日本でも神仏分離の時、狂信的な神道崇拝者はかなりの仏像を破壊しています。第二次世界大戦の時もです。まだ文化人になって100年ですね。拝殿の後ろにある本殿は重要文化財に指定されていますが、光線が逆光でした。
124)徳島市 大日寺本堂
 徳島市の西のはずれは神社仏閣が集まっており、古くからの宗教的な場所になっています。この大日寺No.13は本堂・大師堂・納経所が小さな前庭を囲むように並んでいるお寺です。本堂の前が広くなっているのはスッキリしていて良い雰囲気でした。
123)徳島県貞光町 永井家庄屋屋敷
 貞光町の江戸時代から続く庄屋の屋敷です。明治の始めに建設されたようで、現在は町の記念館として維持されており、NHKのドラマの舞台として使われたそうです。奥の方の4室は天井がありますが、他の部屋は屋根裏が見えます。客間だけが天井が2,500ぐらいで高く、あとの部屋は2,200くらいでした。
122)徳島県美馬町 青木家主屋
 吉野川の中流、先週の卯建つの貞光町の対岸の美馬町にあるこの主屋は100坪以上の大きな屋敷です。黒漆喰の壁が重厚な雰囲気です。敷地には土蔵や納屋も建ち並んでおり、これらが紅い土に黒い石の土塀に囲まれています。住人は居ないようで、手入れはされてなく少し荒れていましたが、「当主は横浜に移転したと」通りかかったおじさんが教えてくれました。登録文化財に指定されています。

2002.07.28
 徳島のスケッチ漫遊記も40枚近くなり、新しいファイルとしました。先週に引続いて吉野川中流の町を漫遊しています。27日は快晴で、青木家主屋は雑草の茂った庭からでしたので、太陽にあぶられながらのスケッチでした。頭に手拭を載せ、その上から帽子を被って描いたのですが、かなり厳しいでした。

2002.03.24までの「ご老公の四国満遊記_1」へ