暗い想い(前編)ゴサクのお話
喋犬
ゴサクは、とある酒場で酒を飲んでいる。ゴサクは、ここで、人を待っていた。店内は、薄暗く、人でごった返している。ゴサクは、鳥のもも肉を食い、この店特製の酒を飲む。それ程強い酒ではない。
約束の時間を過ぎても、男は現れなかった。ゴサクは、何度となく、柱時計を見る。その柱時計の下では、客が、酒場女の胸元に手を入れようとしているのが見えた。ゴサクは、ショウが行われている舞台の方へ目をやる。民俗衣装を着た女、三人が、時に激しく、時に緩やかに踊っている。ゴサクが、最後のもも肉を口にしかけたとき、その男は現れた。小柄の男で、外套を着、フードを被っている。男は、ゴサクの対面に座った。
「よう。」
男は、ゴサクにそう言うと、女の給仕に酒と食い物を頼んだ。男は、酒を飲み、食い物を口にした。側に酒場女が一人座る。男が、肌に手をはわせると、女は適度に嬌声を上げる。男は、ゴサクにその骨つき肉を進めた。ゴサクは、それを受け取り食った。男は、食い物をたいらげると、ゴサクのほうを見た。
「でるかい。」
「ああ。」
男は、女に幾ばくかの金を渡す。女は、少し枯れた声で礼を言い、二人を店外まで見送る。二人は、ゴサクを先頭にして、路地を歩きはじめた。酒場は、大通りから少し外れたところにあった。もうあたりは暗く、家から洩れる明かりが街路を照らしている。
「久しぶりだな。キチベエ。」
「ああ。」
「白馬山の、例の地図は持ってきたか。」
「いいや。代わりに俺が案内するよ。その代わり、代金は倍欲しい。
」
ゴサクは立ち止まり、キチベエを振り返った。それは、意外な答えだった。キチベエは、ゴサクと目を合わせなかった。
「どうしたんだ。」
ゴサクは、再び、歩きはじめた。
「別に。俺がいたほうが、お前も安全だろう。」
キチベエの口元に、少し笑みが洩れる。ゴサクは、詮索するのを止めた。それは、大して意味のないことに思われた。俺は盗賊家業だ。俺が、魔道士であるキチベエをいったいどの程度理解できる。
この世界の深奥を理解しようとする魔道士どもを。所詮、ゴサクとは人間が違う。
「しかし、倍は払えない。」
代金は、その後の交渉で、落ち着くところに落ち着いた。キチベエの要求が、かなり通った形となった。
ゴサクは思った。確かに、キチベエに案内してもらったほうが都合がいい。土台、地図というのは不確かなものだし、どうせ、ガイドを一人連れていこうと思っていたところだ。少し高くつくが、狙っている宝石が手に入れば、それも大したことではない。
「宿は取ってあるのか。」
「いいや。」
「俺の止まっている宿に来ないか。その方が都合がいい。」
俺たちは、場末の安宿に向かった。そこは、繁華街から少し、離れたところにある。そのため、俺たちは、暗い路地を進んで行かなければならなかった。弱い月明りが、石畳を照らすなか、俺たちは黙ってあるいた。街娼が、声を掛ける。ここら辺の街娼は、たちの悪さで有名で、身ぐるみ剥がされるのが落ちだ。俺たちが、もう少しで宿というところで、三人の男が前方に立ちふさがった。その路地は、狭く人一人通るのがやっとだ。俺たちは、後ろを振り返った。
どうやら、退路も塞がれたようで、二人の男が立っている。
「俺たちは、銀弧団のものだ。通行料を貰うぜ。一人、二百だ。」
前方の一人が言った。暗くて、顔は良く分からない。ただ、手に持つ刃物が、角度を変えるごとに光るのが見える。ゴサクは迷ったが、金を出すことにした。ここで問題、しかも、地元の連中と起こすのはまずい。ゴサクは、ズボンのポケットから四枚の紙幣を取り出し渡した。先頭のものが、用心深くそれを受け取る。
「足りないな。」
男は、数えて言った。
「一人、二百だといったろう。」
ゴサクが言うと、
「さあてね。一人、四百だ。」
その男は、紙幣を月明かりにかざして、数えながら言った。その時、ふいに、その紙幣が炎に包まれた。
「何が足りないって。」
キチベエは笑っていた。
「あちち。」
男は、紙幣を取り落とした。その燃えさかる炎が照らしだした男の顔には、大きな刀傷があった。紙幣が風に揺られて、地面に落ちるより早く、ゴサクはその男の首を刎ねた。鮮血が飛び散る。続けざま、その後方にいて、壁に寄り掛かっていた男たちに切り付ける。
二人目は、剣を抜く間も与えず切り捨て、三人目の男には、剣で受け止められた。剣のぶつかり合う火花が飛び散る。ここは狭い。押すか、引くかのどちらしかない。ゴサクはそのまま押し込んでいった。相手がつまずいて、転んだところを切り殺した。ゴサクが後ろを振り向くと、二人の男が、叫び声を上げて、炎に包まれていた。
彼らは、まるで、火の妖精と踊っているように見えた。が、それは実際そうだったのだ。キチベエが呼び出した、火魔は、二人にまとわりつき、接吻をしたのだった。やがて、その二人は崩れ落ち、黒い煤と化した。ゴサクは、死者たちを見渡した。汗が、全身から吹き出すのを感じた。
「あの宿に止まるのはよそう。」
そこは、あまりに近すぎた。ゴサクは、血糊を死んだ男の服でぬぐい、金目のものを漁った。大したものは、持っていない。先ほど渡した金を取り返す。ゴサクは、返り血を浴びた外套を近くのどぶに捨てた。二人は、別々に宿を取ることにした。おそらく、銀弧団は、犯人探しに繰り出すだろう。よそ者目当ての強盗が、殺されたからには、よそ者を中心に探すはずだ。この殺害現場の近くから。
今夜を何とかしのぐことだ。明日には、俺たちは、もうこの町にはいない。それに、夜は街道への門は閉ざされてしまう。まあ、町を囲む城壁の崩れたところから、無理に抜け出すことも不可能ではない。が、警備の兵士との揉め事が起こるのは、避けられそうにない。
とにかく、今夜は町に留まることにした。
ゴサクは、前の宿とは、なるべく離れたある宿に入った。そこは、少し料金が高かったが、その方が安全と思えたのだ。店の親父は、金にはこすからいが、その他は特に注意すべき点は見当たらなかった。ゴサクは、鍵を貰って、二階の部屋へ上がっていこうとした。
「旦那。女はどうです。これで。」
親父は、下世話な笑い声を上げ、指の本数で値段を示して言った。
「ああ。後で部屋に来さしてくれ。」
ゴサクは、そう言うと、階段を上がりはじめた。
「金は、女に渡してくだせえ。」
親父は、付け足した。ゴサクは、あまり造りの良くない階段をギイギイ鳴らして、二階に上がった。部屋は六つある。ゴサクは、鍵の番号を見て、その部屋に入ると寝台に腰を落ち着けた。窓越しに月が見え、雲が風に乗って流れている。ゴサクは疲れているのを感じた。明日の旅のことを考えてみる。白馬山。ここからは、深い森を抜けなくてはならない。多少の不安を感じる。何にしても、キチベエがついてくることはありがたかった。コンコン。扉を叩く音が聞こえる。
「入っていいですか。」
女の声がする。
「ああ。」
ゴサクは扉の鍵を開けた。細身の女が座っていた。ゴサクは、用心のために、片手に剣を持ちながら、女に寝台に座るように手振りで示した。ゴサクは、再び扉の鍵を閉めた。女は赤い服を着ている。
首には、安物らしい首飾りを付けている。ゴサクは、女に服を脱ぐように言った。女が服を脱ぐと、ゴサクは隣に腰を下ろし、そして抱いた。女はその柔らかさで、ゴサクの気分と体の高ぶりを静めてくれた。
「旅の途中。」
「ああ。」
「商人には見えないけど。」
「そうか。余計なことは聞かないほうがいい。そろそろ帰る頃合いだ。」
ゴサクは、金を女に手渡そうとした。
「私の名前は、トヨ。途中迄でいいから連れていって欲しいの。」
女は、そう言って、髪をかきあげた。色仕掛けで落とせると思っているらしい。
「駄目だよ。そういう面倒事は御免なんだ。」
俺は、窓際に立ち、窓を開けた。外が何か騒がしい。コンコン。
扉が叩かれた。そちらに行きかけたとき、窓の外からキチベエの声がした。早く降りてこいという手振りをして、何か叫んでいる。
「おい。いないのか。」
扉の向こうで男の声がする。叩く音は大きくなる。
「銀弧団のものだ。開けろ。」
扉を壊す気か。俺は、革袋を肩に担いで、ロープをそこから取り出し、手頃な柱にくくり付け、窓から出ようとする。女がゴサクの手をつかむ。
「待って。どうしたの。追われているのね。逃げるんなら、私も連れてって。私、逃げ道知ってるわ。ここら辺は、庭のようなものだから。」
ゴサクは、女の腰に手を廻し、脇に抱え、ロープづたいに下に降りる。キャッ。女が地面に降りた瞬間に悲鳴を上げる。それは、手荒な降り方だった。上の方では、扉が壊される音がしている。キチベエが止まった宿で火の手が上がっている。
「その女は何だ。まあいい。早く逃げるぞ。」
キチベエは周囲に目を配りながら早口に言う。
「いや。彼女に案内させよう。闇雲に逃げるのは、返ってまずい。」
ゴサクはトヨに案内するよう促した。宿から、少し離れた裏道へと案内する。三人の逃亡者は街路を抜けていく。背後の騒ぎは一段と大きくなったようだ。トヨはある古ぼけた民家の前で止まり、扉をたたく。それは、ある規則的なリズムでなされた。合図らしい。
扉が開かれ、痩せた老女が顔を出す。
「誰だい。」
目線で、ゴサク達の方を示しながらトヨに聞く。
「旅の人達よ。」
トヨは、答えにならないことを言った。
「何者だい。あんたら。」
ゴサクとキチベエは目を見合わせる。何者だいと聞かれて、二人は、はたと困った。簡単に言えば、ゴサクは盗賊稼業、キチベエは流れ者魔道士と言うところだが、そんなことを言った日には入れてもらえそうもない。
「この人たち。追われているんだ。早く入れてよ。」
トヨがせがむ。
「答えられないのかい。」
老女は町の騒ぎのほうに目をやる。
「あれは、あんたらの仕業かい。」
キチベエが点けた火は、まだ消えること無く、夜空の一部を赤く染めている。
「まあいい。しかし。客としてだ。それ以上のかかわり合いは御免だからね。まったく。この娘は。つまらないものばかり拾ってきて。
」
後半は、トヨに言ったものらしかった。何はともあれ、ゴサクたちは隠れ家を見つけた。ここで、夜が明けるのを待って、出ていくのが正解だろう。
「すまないね。おばさん。」
トヨはそう言う。老女はここら辺で信仰されている神の名を口にした。
「さあ。二階に案内しておやり。」
トヨは、二人を二階に導いた。老女はやれやれといった顔で、それを見ている。二人は、狭い階段を上って、二室あるうちの一室に入った。
「お茶を入れてくるわ。ゆっくりしてよ。」 トヨは、階下に降りていく。ゴサクとキチベエは、部屋の隅にある寝台に腰掛けた。寝台は一つしかない。どちらかは、床で寝ることになるが、それも仕方あるまい。
「どうして、奴らが。つけられたのか。」
ゴサクが、キチベエに聞く。
「いや。奴らの中に魔道を使うものがいるらしい。面倒なことにな。
恐らく、死者の記憶から、俺たちを割り出したのだろう。俺が寝ようとしていたら、闇のなかに一つ目が浮かんでいたよ。血走った、抜けきらない憎悪を持ってね。」
「それでは、ここも危ないのか。」
「いや。追手をくらますために、使い魔を何人か離しておいた。奴らの妖気が俺たちを隠してくれるだろう。絶対、安全とはいかないがね。」
コンコン。扉が叩かれ、
「入るよ。」
その声は、若々しいトヨのものではなく、先の老女のものだった。
「さあ。これを飲みな。」
ゴサクとキチベエは、湯飲みを取った。二人は、今になって、喉の渇きを覚えた。そして、それが、熱い飲み物で癒されるのを感じた。それは、この地方の住人が良く飲んでいる茶だった。
「あんたら。銀弧団に追われているんだって。」
ゴサクとキチベエは、ビクッとして身構える。
「まあ、まあ、落ち着きなよ。この老人を殺すのに剣を使うこともないだろう。それに、私は、あんた達の敵ではないよ。」
老女は、ゴサクの右手に視線を落として言った。ゴサクが、右手を剣から離すと、老女は、寝台の横にある椅子に腰掛けた。キチベエは、立ち上がり窓際に移る。外を確認するが人影はない。
「用心深いんだね。あんたらは。」
老女は、煙管を取り出し、薬草を込めて火を点ける。沈黙が部屋を制している。老女は、白い煙を一息吐き出すと、話しはじめた。
「あんたらが、銀弧団の敵なら、私は、あんたの味方さ。あんたら、金猫団って聞いたことあるかい。」
「ああ。確か、昔、この町に根を張っていた。聞いた事あるよ。」
キチベエが、外を見たまま答える。放った使い魔達は、役目を果たしているのだろう。一つ目の魔道士の探索する妖気が、幾度と無く、素通りするのを感じる。
「そう。昔、このあたりを仕切っていた。私とトヨはその金猫団の生き残りでね。と言っても、トヨはまだ、その頃、子供だったからね。四つか、五つだったろう。トヨ自身は、よくは、覚えてないと思うんだがね。トヨは金猫団の首領の孫の一人でね。それも、唯一生き残ったね。あのリスケの奴が裏切ったばかりにね。あのよそ者の魔道士と組んでね。」
老女の目には、いつの間にか、涙が浮かんでいる。彼女は、自分の感情の高ぶりを抑えるためか、ゴサク達に理解する時間を与えるためか、ゆっくりと煙管をすい、震える手を顔に当てた。
「その魔道士というのは、一つ目かい。」
キチベエが聞く。
「ああ。それも、ぞっとする目をしたね。まるで、この世に生を受けたことを恨んでいるような。」
「魔道士なんてそんなものさ。」
キチベエはいささか、自嘲気味に言った。その声は枯れていた。
「あんたも、魔道士かい。」
老女はキチベエを見る。
「ああ。」
「それでは、銀弧団というのは、そのリスケとかいう男とその魔道士が。」
ゴサクが口をはさむ。
「そうだよ。金猫団を潰してね。あれは、そう、今夜のように風のない夜だったよ。私の情夫、フクスケと言うんだがね。あの人は、副首領だったんだよ。リスケもね。それで、首領は、その頃病気がちだったからね。早めに次の首領を決めておきたかったんだろう。
事件の起こる一月ほど前、フクスケとリスケを呼んでね。フクスケを首領にすると言い渡したのさ。フクスケの方が人望があったからね。これは、私が情夫だったから言うんじゃないよ。確かに、裏の世界だからね。人がいいなんてことはないけど。まだ、信じられる部分があったんだよ。それに対して、リスケはね。頭は良いのだが、残酷なのだよ。こう。表向きは、優しいんだがね。リスケの悪い噂は、随分聞いたよ。その残酷なね。しかし、尻尾は出さなかったね。
組織に対する裏切りをしているというそうしたものはね。まあ、自分が、首領になるつもりだったろうから、裏切るつもりは、あの事件までは無かったかもしれないがね。」
「リスケと魔道士は、何処で知り合ったんだい。」
ゴサクが聞く。彼は、既に寝台に寝ころがっている。随分と厄介なものに見込まれたなと感じながら。
「おそらく、リスケが持っていた酒場だろうね。ここは、街道筋の町だから、随分といろんな人間が入ってきてね。まあ。ある種の人間は、ある種の場所に集まるというね。そんな磁力があるんだろうね。その酒場は、どちらかというとそうした人間の集まる場所だったからね。
これは、噂なんだが、その魔道士は白馬山の邪教教団から追われていたみたいだよ。それで、リスケが代償を払って追手を返したらしい。それで、その代償というのが、人間の子供と言うんだよ。十人ばかりのね。まだ、物心付く前の子供たちだよ。」
「そうかい。」
キチベエは答えた。外の火事は、ようやく静まったようだ。また、月の光だけが、この町を照らすようになった。魔道士は、この月夜に何を見るのか。一人は探索し、一人は潜む。この宿場町で。
「実は、俺も、白馬山にいたんだよ。」
キチベエはそう言い、窓際から離れ、トヨの向かいの椅子に腰掛けた。
「俺も、子供のころ、あすこに連れてこられたんだ。年に、二、三十人は連れてこられていたからな。奴隷にされたり、生贄にされたりしたんだ。俺は、そこにいた魔道士の一人に気に入られてね。仕込まれたって分けだ。」
キチベエの顔を室内の暗い蝋燭の火が照らす。それは、老女の顔も、そして、ゴサクの横顔も照らしていた。
「その魔道士というのが、昔、俺に似た弟がいたそうで、それで、俺にかまったんだよ。まあ。そこで、俺は、他に頼るものなんかいないしね。そいつの元で魔道に励んだんだ。それしか、生き残る道は無かったんだよ。選択の余地なんて物は、あすこには無かったんだよ。」
老女は驚いたようだ。おそらく、魔道士には憎しみしか、抱いていなかっただろう。ひたすら邪悪なものと。少なくとも彼女にとっては。しかし、眼前にいるキチベエは、人間らしい、これも、彼女にとっての人間らしさであるが、そうした心の動きが感じられた。
「俺は、そこに、十二、三年ほどいたが、ある日、仲間、二人と一緒に脱走したのだ。それは、丁度、年に一度の儀式が行われている最中で、その時は、監視も緩くなる。もっとも、俺は修行に励んでいたから、その頃には、もう、それなりに信頼されていたがね。ただ、通路の要所や出入口には、通常見張りがいるんだが、それが大分減る。その辺を普段ぶらぶらしている連中もいなくなる。逆に言えば、それ程、重要な儀式なんだ。俺も、翌年からは、その儀式に加わるべき段階に達していたから、その年が脱走の最後の機会だったんだ。」
「それでは、一つ目の魔道士というのは、知っているのかい。」
トヨはお茶を飲んで、少し間を置いてから聞いた。
「いや、知らない。俺が、他の魔道士とよく会うようになるのは、ずっと大きくなってからだからね。それまでは、師匠とその親しい魔道士くらいだよ。会っていたのは。魔道の段階が上がってくるとそれについて、いろいろ、他の魔道士と話したりするのさ。でも、その時期になっても、会ったことのない奴のほうが多かったよ。まあ、あすこも、随分色々とゴタゴタはあったみたいだよ。魔道士同士の勢力争いというやつでね。彼らの中にも、そうしたことに大きな興味を持つものはいてね。人間世界と一緒さ。そうしたことに、興味を示さず、只々、魔道の研鑽に励む者も多かったがね。俺を育てた者も、そんな人間だったよ。」
「だが、そうすると、その一つ目の魔道士というのは、キチベエと因縁浅からぬ仲だというわけかい。」
ゴサクは、口をはさんだ。キチベエは、いつになく饒舌だった。
キチベエは、ゴサクを見た。
「どちらにしても、厄介な奴と出くわしたものだな。」
ゴサクは、事の成り行きが気に入らなかった。この宿場町でのいざこざ等、彼にはどうでもよいことだった。どこに行ったって、そんな話はごろごろしている。人の欲望のあるところ、裏切りありだ。
ゴサクは、キチベエほど複雑な精神は持ち合わせていない。彼の目標は、白馬山にある宝石を手に入れること。そのために、なすべきことは分かっている。キチベエが逃げだしたという儀式の日、彼らの洞窟にもぐり込み奪うまでだ。
ゴサクにとって、キチベエは諸刃の剣である。彼の魔道士としての力は卓越している。それは、ゴサクにとって大きな力となってくれるであろう。しかし、憂うべきは、キチベエの精神的な不安定さだ。ここで、お婆さんに同情し、面と向かって、自らの身の上話をしているキチベエを見て、ゴサクはそう思った。もっとも、そうした、精神的な不安定さと魔道の力というのは、恐らく裏表の関係にあるのだろう。
「お入りよ。」
ゴサクが考え事をしているあいだに、老女がトヨを呼んだ。トヨは、扉の外で立ち聞きしていたのだ。もちろん、それには、ゴサクもキチベエも気付いていた。トヨはおずおずと入ってきた。
「あんたも、もう知っていても、おかしくない年だよ。あるいは、噂とかで、ある程度、知っているかもしれないがね。リスケと、あの魔道士。何といったかね。フミ。そうたしか、フミキチとか言ったね。」
「名前を言うな。」
老女の最後の言葉は、キチベエの声にかき消された。
「来てるぞ。」
キチベエは、天井近くの壁を見た。そこは、蝋燭の火もあまり届かず薄暗い。ゴサクも、トヨも、そして、キチベエに制せられて、あわてて話を止めた老女もそちらを見た。そこは、闇が増し、徐々に暗くなっていくようだ。ゴサクは、寝台から起き上がり、老女とトヨに下がるように言うと、剣を抜いて身構える。キチベエは、椅子に腰掛けたまま、そちらを身続けている。
「見つかったな。」
ゴサクが言う。漆黒が増す。ゴサクは、寒けを感じた。まるで、永遠に氷に閉ざされた所に場所を移したかのような、それは、唐突な寒さだった。室内に風が吹きはじめた。その闇より、風は寒さを伴い吹きつける。蝋燭の火は消され、室内は闇に包まれる。ゴサクとキチベエは窓際による。トヨと老女は部屋の隅で震えている。それは、寒さのためか、恐怖のためか、彼ら自身にも分からない。彼らが注視している闇に一つの線が引かれた。それは、ゆっくりと開いた。その開かれた二つの線は、眼の外枠となった。部屋の片隅に現れたその巨大な眼は、室内の一人、一人を見た。瞳孔は、赤みがかった白目の中に浮いている。
「こいつ。」
老女が叫んで、近くにあるものを投げつけた。しかし、それは、眼を素通りして壁にあたり砕けた。
「やめろ。ここにはいない。」
キチベエが言った。そして、その眼は、老女とキチベエを見、そして、開かれたのと同じ静けさをもって、また閉じられた。風も止む。
「行ったぞ。」
キチベエが言った。ゴサクは、キチベエの方を見た。そして、トヨと老女のほうを見た。キチベエは、顔の汗を拭いている。トヨは震えている。老女は、震えるトヨを抱いて、トヨにブツブツ話しかけている。
「どうする。逃げたほうがいい。恐らく、追手を差し向けるだろう。
」
ゴサクは、剣は抜いたまま、キチベエに問いかけた。
「ああ、そうだな。しつこい奴だ。甘く見ていたかもしれない。とにかく、ここでは、奴の力が強すぎる。この町を出よう。」
ゴサクとキチベエは、革袋を肩に担いだ。
「待ってくれ。この子も連れていってくれ。実は、この地下に街の外に通じる地下道がある。そこを通れば、追手より速く逃げられる。
」
老女は、キチベエの手を取って哀願した。
「敵は、地下道を知っているのか。」
「いや、これは、フクスケの一族しか知らないものなんだよ。昔、リスケが裏切ったとき、私がトヨを連れて逃げた道なんだよ。とにかく、トヨを連れていってくれ。」
トヨは、老女の後ろで、まだ震えている。
「あんたはどうする。逃げないのか。」
「私かい。私が、後、何年生きると思うんだい。さあ。トヨ。身支度を済ませるんだよ。この人達が連れていってくれるそうだ。」
老女は、それをもう、独り決めしてしまっていた。ゴサクとキチベエは、顔を見合わせる。老女は、階下に降りた。ゴサクとキチベエも後に続く。トヨは、老女の前を泣きながら降りた。老女は、革袋に荷物を詰めた。トヨは旅支度に着替える。彼らは、梯子を伝って、地下倉庫に降りた。老女の持つ提灯が当たりを照らす。周囲は、石壁となっている。ひんやりと黴臭い匂いがする。米や干し肉、酒類などが保管してある。老女は、隅のほうに行き、壁に浮き彫りしてある魚の眼に指を入れた。ガンと音がして、石床の一部分が傾いた。
「これを、立てておくれ。」
ゴサクが、歩み出で石を立てる。ゴサクが、中を覗き込む。暗くて、良く見えない。老女が提灯を手渡す。ゴサクは、それを穴のなかへ入れた。地面が見える。それ程深くない。ゴサクは、飛び降りた。
「さあ、お前たちも行きな。」
老女は、トヨとキチベエに言った。
「おばさん。」
トヨは、涙で、顔をくしゃくしゃにしながらも、ゴサクに抱えられて下に降りた。宿屋でゴサクに言った家出願望は、もう無くなっているらしい。それは、退屈が生み出した夢のようなものだ。現実がまとう諸々の苦痛を喪失した、それでも、時には、人の転機となるものだが。
「元気に生きるんだよ。トヨ。」
次に、キチベエが穴に入る。彼は、入る前に老女に丸薬のようなものを手渡した。
「もう、駄目だと思ったら、これを飲みなよ。駄目だと思ったらだ。
」
「お前たち、トヨを頼むよ。トヨ。これを 持っていきな。私のところに母から娘へと代々伝わるものだ。お前は、もう、私の娘も同然だからね。」
老女は、そう言って、トヨに指輪を外して渡し、キチベエとゴサクに早く行くように手振りで示した。ゴサクは、トヨの手を取って歩きはじめた。老女は、提灯の影が照らしだす、彼らの影が見えなくなるまで見送っていた。それから、石板を元に戻した。ゴサクにとっては、簡単だった作業も、老女には、骨が折れるものだった。
「あの人に、何を渡したんだ。」
ゴサクがキチベエに聞く。彼らは、提灯を頼りに暗い地下道を進んでいる。ゴサクが先頭、トヨを挟んで、キチベエがしんがりだ。
「ろくなものではないよ。ただ、拷問にあわなくて済むさ。」
周囲の地面は、所々濡れている。木枠で支えられた地下道は、ほぼ、真っ直ぐ進んでいる。時々、小さい生き物が、足元を通過する。
トヨは、その度に小さい悲鳴を上げる。
「ゴサク。トヨをおぶってやれないか。火魔を一人出して、そいつを先に行かせるから。」
トヨのおぼつかない足取りを見て、キチベエが言った。急がなければ。とにかく、この町を出ることだ。この町では、あの魔道士の力が強すぎる。ゴサクがトヨを背負う。ゴサクの半分程度しかないトヨは、まるで、子供のようにおぶさっている。ゴサクの頑健な肉体であれば、トヨを背負っても、それ程負担にはなるまい。キチベエは、手をすり合わせ、火魔を、炎にかたどられた生き物を出した。
それは、赤、燈、黄とが、交互に表面に表れ、人、あるいは、動物のような形相に移り変わりながら、宙に浮かんでいる。火魔は彼らの先頭に立った。彼らは先を急いだ。
「火魔を出して、あいつに見つからないか。」
ゴサクは、先程のこともあって、あいつとしか言わない。彼らを追っている者の名。それは、この町では、口にすべきではないのだ。
それを口にするだけで、あの一つ目の魔道士に付け入る隙を与えてしまう。
「心配ない。あいつの魔力は発散しない。その代わり弱いがな。道案内くらいはできるさ。」
「そうか。」
火魔は、はしゃいでるように見える。彼は、一際明るく地下道を照らす。
ドンドン。扉が叩かれる。老女は、ゴサクたちを送りだしてから、一階に戻り、椅子に座ってお茶を飲んでいた。これが、最後のお茶になるんだろうね。お前さん。私も、やっとそっちに行くことができるようだよ。
扉を叩く音は、何かが打ちつけられる音に変わる。それは、室内にこだました。これは、何だろうね。あの坊やがくれたもの。老女は、それを手に取って見てみる。
ドスン。何かが突き破られる音。ドカドカという足音。老女がいる部屋の扉がいきおい良く開けられた。銀弧団の追手だ。老女からは、二、三人の手に剣や斧を持った男たちが見えた。老女は、キチベエから貰ったものを、お茶と共に飲み干した。
「女が一人だ。」
先頭のものが叫んだ。そいつは、ずかずかと老女に近づいてくる。
「他の者は、何処だ。」
男が、老女の襟首をつかみあげる。老女は、男に唾を吐きかけた。
「こいつ。」
男が殴ろうとする。
「待て。」
それを後ろにいた頭目らしい男が制する。
「久しぶりだな。タメさん。」
「リスケ。お前。」
「他のものは、どうした。」
「知らないね。」
リスケは前の者を押しのけて、歩み出た。手に短刀を持っている。
「言ったほうがいいぞ。今迄、殺さずに見逃してやったんだ。」
短刀をタメの顔の前でちらつかせる。
「私が、言うと思うかい。男たちを皆殺しにされて。」
タメは、リスケの顔から目をそらさずに言った。リスケは、タメの手に切りつけた。
「俺の性格を知っているだろう。それに、俺たちは、皆殺しにしたわけではない。俺たちに鞍替えするものは、許したはずだぜ。愚かな忠誠を誓うものだけが、死を迎えたのさ。さあ。言え。」
タメの腕に赤い一本の傷が現れ、血が滴り落ちる。ポツ。ポツと。
二滴。三滴目が床に落ちたとき、血が発火した。火は、血から傷口へ、そして、全身へと広がった。タメは、その火に包まれたまま、リスケに抱きついた。ウワァー。リスケが悲鳴を上げる。短剣は、手元から落ちた。肉の焼け焦げる匂いが室内に充満する。リスケとタメは、抱き合ったまま火に包まれて室内を転げ回る。リスケは離れようとして、タメは離すまいとして。
不思議だね。こんなに炎に包まれているのに私は熱くないよ。あの坊やも、随分面白いものをくれたんだね。さあ。リスケ。お前も、もう随分生きたから、現世に未練はないだろう。一緒に地獄に行こうよ。この世のことは、もう終わりにしてね。昔みたいに皆で、酒でも飲もうよ。あの頃は、楽しかったね。ねえ。リスケ。
「離せ。熱い。ウワァー。熱い。」
リスケは、ひとしきり暴れていたが、やがて、おとなしくなった。
死んだのだ。そこには、二つの焼死体が転がっていた。他のものは、呆気に取られて見ていたが、やがて、恐怖が魂を占領し、我先にと室外へ飛び出した。火は、既に室内に飛び火しており、やがて、天井まで燃え広がった。火は、全てを浄化する。そうした勢いで、タメの想いも、リスケの想いも、そして、タメが数十年暮らしたここをも、その熱い舌先で愛撫し、その支配下に置いた。火は、パチパチとはぜり、屋根は崩れ落ちた。その一部始終を宙に浮かぶ一つ目が見ていた。暗い想いを乗せて。
ゴサクのお話2
暗い想い(後編)
ゴサクたちは、一時間ほどで、町の北側に隣接する森の中に出た。
出口は、横穴になっており、石と木々で、巧妙に隠してあり外からは分からなくなっている。三人は、外に出て新鮮な外気を吸った。
もう、夜明けが近く、東の空が白みかけている。ゴサクは、町のほうを見ようとしたが、木々が邪魔して見えない。彼らは、気のまばらな場所を見つけて、食事を取った。トヨは、もう泣き止んでいた。
トヨが持ってきた干し肉を皆で分け合って食べる。
「この子は、どうする。連れていくのか。」
「ああ。安全なところまでな。」
ゴサクの問いにキチベエは短く答える。ゴサクは、腹ごしらえをして、水筒の水を飲んだ。ゴサクは、問う前から、キチベエの答えは分かっていた。確かに、こんなところに置いていけば、死ねというものだ。だが、連れていっても、危険なのは目に見えてる。おそらく、ゴサク一人であれば、彼女は置いていっただろう。最も、ゴサク一人であれば、トヨと連れ立って逃げるということもない。人間は、いずれ死ぬ。それは、ゴサクとて同じだ。それをなるだけ先に延ばすことが、重要だということも分からないことではない。しかし、ゴサクにとっては、自分のことだけで精一杯だった。こう思うのは、彼が剣を武器としているからかもしれない。自分が魔道士だったら。一本の剣で何程のことができるか、それをゴサクはわきまえていた。確かに、彼は、人並みはずれた力と技巧を持っていた。
普通の相手であれば、まず、遅れを取ることはない。普通の相手であれば。
「一眠りしよう。さっきの火魔を見張りに立たせる。」
そう言って、キチベエは外套にくるまり、トヨにも寝るように言った。奴が追ってくるかどうかは分からない。いずれにしろ、休息を取ることだ。キチベエは思った。
トヨは疲れたのか、しばらくして寝息を立てはじめた。キチベエとゴサクも、やがて、眠りについた。一人、火魔だけが、小動物を驚かしたりしながら森の中を徘徊している。
宿場町の、とあるそれほど目立たない家で、一つ目の魔道士は、沐浴を済まし、正装に整えていた。ここには、彼の他には、彼の身の回りの世話をする若い弟子しかいない。彼が、直接他人に会うことは、滅多になく、普段は弟子を介して外との接触が行われる。もっとも、銀弧団の中でも、彼を恐れるものは多く、会いたがる者等は、ほとんどいなかったが。その彼が直接会う人間の一人、リスケの死を彼はどう思ったか。彼が命を助けてもらい、長年、相棒として付き合ってきた男。果して、彼が悲しんでいるのかどうか、はた目からは分からなかった。どちらにしろ、それは、彼にとって痛手であった。彼は、直接、銀弧団を指揮しているわけではない。彼とリスケはお互いに依存しつつ、リスケは表の頭目として、一つ目の魔道士の力をちらつかせることにより、リスケの反対勢力を押さえ込んできたし、魔道士は、その見返りとして、最上の待遇を得てきた。おそらく、リスケの後を継ぐのは、銀弧団の幹部のなかの誰かであろう。リスケの子供が最も有力であるが。しかし、その後継者が彼に協力を頼みにくるとは考えにくい。彼らには、魔道士と付き合っていくだけの才覚も度量もない。彼らは、魔道士などは、邪悪な存在と思っており、恐怖しか感じないだろう。下手をすると、彼らは、追手を差し向けるかもしれない。魔道士を捕らえ、残虐な刑に処するために。通常の人間がいかに残虐な者であるか。特に相手が、何かしら外れた者である場合。彼らが恐れる魔道士の処刑。それは、最も簡単に力を誇示する方法である。現に、この屋敷の回りにも手下の者共が集まってきている。
彼は、額の中央にある、その一つ目を閉じて、考えに沈んでいた。
その一つ目により、彼は、まことしやかに、伝説の一つ目巨人が、人間の女に生ませた者の血を引いていると語られた。
とにかく、リスケのけりだけは着けておこう。あの火魔使い。あいつらが、あの家にいないことは分かっていた。だからこそ、リスケに任せたのだ。一つの町に、二人の魔道士がいると災いが起こるという言い伝えがある。災いか。この俺にとって、災いなどあるのか。彼の皺の寄った指には、いくつもの指輪がはめてある。魔力を持った指輪が。彼は、弟子を呼ぶと夕刻、出掛ける皆を告げた。用意をしておくようにと。あいつは、連れていくべきか。どちらにしろ、私はこの町を出る気だ。あいつは身寄りはなかったな。良い魔道士になる素養も十分だ。
「ハンゾウ。私はこの町を出るが、お前はどうする。」
彼は、唐突に弟子に尋ねた。
「私も、お供します。」
弟子は、師の前にかしづき、躊躇せず言った。
「そうか。」
師は弟子の肩に手を置き、言った。
「支度をしろ。」
「はい。」
弟子は、喜びいさんで、自らの旅の用意に取りかかった。彼が、この町を出るのは、初めてだった。
彼は、産まれたばかりのとき、ある民家の前に捨てられたのだった。それが、きしくも、リスケの部下の女の所だった。その女は、年が行って、情夫が余り寄りつかなくなった寂しさをまぎらわすために、その孤児を育てたのだった。彼は、女の祖父と同じ名であるハンゾウと名付けられた。
彼が十の年、女はこの町を襲った疫病にやられて、死んでしまった。その疫病の猛威は凄まじく、この町の四分の一の人間が、帰らぬ人となった。ハンゾウも病気にかかったが、やがて、銀弧団から薬が配られた。それは、一つ目の魔道士が作った物だった。リスケは、その薬を売りさばくことで、巨利を得た。が、その薬のおかげで、疫病の被害は、それ以上に広がらずに済んだ。
巷では、疫病そのものも、魔道士が起こしたというものがいたが、銀弧団からもかなりの犠牲者が出ている以上、それは、邪推の域を出なかった。しかし、かの魔道士の怪異な容貌はそのような邪推をも可能としたのだ。あいつは、人ではないよ。化け物だよ。全く。
そのような陰口を叩くものは、至る所にいた。結果的に、命を助けてもらった者たちでも、彼に感謝したものは、皆無だったといってもよい。まあ、リスケに足元を見られ、高い金をふんだくられたのでは、無理もないかもしれない。
しかし、それは、銀弧団の中でも同様だった。その唯一の例外とも言えるのが、ハンゾウだった。
彼は、快癒したのち、その薬を作った人の名を聞き出し尋ねてきたのだった。もちろん、彼は多くの制止の言葉を聞いた。が、それは、彼を止める理由とはならなかった。彼は、魔道士の元へ直接尋ねていき、そんなことをする者はほとんどいなかったが、そして、彼の弟子にしてくれという願いは聞き届けられる。ハンゾウと魔道士のあいだに、その時、どのような会話がなされたのか、誰も知らない。ハンゾウも、口外しなかったし、魔道士に至ってはハンゾウを弟子にしたことすら、周りのものに説明しなかった。師弟の誓約をわざわざ他人に言う魔道士はいない。それは、ただの口約束ではない。彼らが使う呪文のようにある効力を持ったものなのだ。弟子は、忠誠を誓う代わりに、恐るべき魔道の力を手に入れる。一度、それに手を染めたものは、そう簡単に捨て去ることは出来ない魔道の世界。とにかく、ハンゾウは弟子入りを申し込み、受け入れられた。疫病の薬の開発という、魔道士にとっては唯一と言ってもいい善行を通じて、二人の運命は交じり合った。それからというもの、魔道士の雑用は全てハンゾウがするようになる。師弟は、夕刻屋敷を出た。
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