*私の夢

   それは“良い音のヴァイオリンを作るための条件を見つける”ことです。
これは多くのヴァイオリン作りの夢でもありますが、この実現は非常に難しいことです。不可能なことかもしれません。その理由は、今までに多くの科学者やヴァイオリン製作者が、ストラディヴァリ等の名器の音の解明をしてきましたが、誰もその原因を究明した人はいないからです。
したがって、私にそれが簡単にできるとは思いませんが、かといって方策が無いわけではありません。今までのアプローチとは違った方法で、夢を実現したいと考えています。


 @今までに行われた研究の問題点とその原因

  1)実験方法の問題
今まで多くの科学者やヴァイオリン製作家が、ストラディヴァリ等の名器の音の解明をしてきました。その中では、ハッチンスの研究が有名ですが、問題点は、結果の再現性が少ないということです。つまり、いつも良い結果を生むとはかぎらないということである。
 サイエンスによると研究のためにハッチンス自身もヴァイオリン作りを習い、1960年までにヴァイオリンとビオラの製作工程中で、約200のテストを行ったと書いています。しかし、その結果は上述のような曖昧な結果となっています。彼女はこのあとさらに研究を続け,合計160台余りのヴァイオリン族の楽器を組み立て,テストを行っています。このように多くのヴァイオリンをテストに使っているのですが、結果の再現性が少なく、これは実験方法に問題があったと考えられます。
  2)ヴァイオリンの音色評価上の問題点とその原因
    音が良いとか悪いとかの判断はかなり曖昧である
ある本によるとアメリカのフランクリン学会において演奏実験が行われ、ロシニョウールという1717年のストラディバリウスとアメリカとドイツの新作のヴァイオリンを弾き比べて、178人の聴衆に聴き分けさせたところ、3分の一が正しい答えを出し、3分の一が誤った答えをだし、残りの3分の一がが聴き分けられなかったとの答えを出したそうです。

もう一つの問題?
それは、”良い音とは何か?”というの定義が難しいことです。これは、かなり人によって違います。また演奏者と聴き手とによってもその評価が違います。つまり、感覚によるところが多く、人の違いによるところが多いからだと思います。測定器によって良い音の条件が定義できればいいのですが、まだ、最新の測定器でもそこまではできず、人の感覚に頼っているのです。
だから、実験をして音の良し悪しを判断する場合、人の違いによるバラツキ(要素)を加味して解析する必要がある。直行表による実験の解析では、この人による影響もみることが出来ます。例えば、@演奏者の中でも、良い音の判定が違うのか?A演奏者と聴き手では良い音の評価がどういうところで違うのか?などです。

 A直交表による実験の必要性

  上述の問題点を解決するためには次のことを考慮して実験をしなければならない。

1)再現性のある実験結果

結果に再現性を持たせる必要がある。つまり、あるときは良いがあるときはうまくいかなかったというのは再現性がないことになる。
 2)評価者のバラツキを考慮した実験結果の解析

上述のように音色の評価は非常に人によるところがあり難しい。したがって解析にあたっては評価者のバラツキも考慮して解析する必要がある。

以上のことから直交表による実験が有効と考える。また再現性のある結果を得るためには統計的な手法を使って解析する必要がある。

 B直交表による実験について
田口玄一教授(現東京工業大学教授)が開発した実験計画の手法で日本では主要な企業が採用しており、その成果をアメリカの企業も注目し1980年代にはアメリカのGE,XEROXなど多くの企業でで採用され始めた。

1)直交表とは(田口/横山著[実験計画テキスト](財)日本規格協会より)

表1.は直交表L8(27)とよばれているものである。bヘ、実験番号または割付番号と呼ばれ、1から8まである。一方、縦の列は直交表の列と呼ばれ、どの列も、1と2という数字が4個ずつから構成されている。したがって、ある列と別の列の数字の組み合わせは、1と2の組み合わせがだから4通りということになる。2つの列がいずれも1と2という数字を含んでいて、4とおりの組み合わせ(1,1)、(1,2)、(2,1)、(2,2)が同じ回数で現れている場合、その2列はバランスしているとか、直交しているとよばれる。上の直交表L8の7列の中から任意の2列をとっても(1,1)、(1,2)、(2,1)、(2,2)の組み合わせ数を数えてみれば、いずれも直交していることがわかる。

なお、直交表の種類には2水準と3水準とがある。2水準はL8より小さい組み合わせとしてL4(23)、それにL16(215)、L32(231)などがある。

1.直交表L(27)

  列番    

3水準にはL()L27 (13)などがある。L()の例を表2.に示す。

  表2.L()

  列番

2)直交表による実験の目的(田口/横山著[実験計画テキスト](財)日本規格協会より)

何故、直交表による実験が再現性が高いのか?以下にその理由を記す。
A,B,・・・・・、Gの7因子の要因効果を実験によって推定するのに,必ずしも上に示したような直交表L8によらなくても良い。
たとえば,つぎの表3.の方法は、昔から良くやられている方法である。

表3.組み合わせ法による割付の例

  列番
 a@

その方法は、例えば某添加物の量を1%にした場合と5%にした場合を比較するのに、B、C、…、Gの因子に着いては、一定の条件、例えばB1,C1,D1,E1,F1,G1に固定しておいて調べるという方法である。そのような方法を組み合わせ法という。

表3.のようにすれば、毎回の実験において水準を変えるのは、一つの因子で済み、前に示した直交表L8の場合に比べて実験がずっとやりやすくなる。それにもかかわらず直交表による割付をする理由は以下の考えに基づいている。昔の実験のやりかたでは、A1とA2の2つの水準を比較するのに、他のB、C、D、E、F、Gの因子を特定の水準、たとえば、いずれも第1水準に固定してA1,A2を比較するという方法を採用してきた。そのような実験をやれば、一般的にいって、A1とA2との差は非常に精度良く求まるのが普通である。ところが、直交表の実験のようにA1とA2との比較をするのに、他の因子の水準をいろいろ変えた条件の下でA1、A2の平均の効果(いわゆる主効果)を出すような割付の下では、毎回いろいろな因子の条件を変えるので実験の手間がかかるのみでなく、一回一回の実験のデータのバラツキも大きくなるのが普通である。その代わり、A1とA2の2つの水準の効果の差を求めるには、A1の条件でやったbP、bQ、bR、bSの4回の実験データの平均と、A2の条件でやったbT、bU、bV、bWの4回の実験の平均で比較することになる。
 一回一回の精度は悪くなるが、4つずつのデータの平均で比較するのだから、A1とA2の比較としては、精度が必ずしも悪くなるというわけではない。しかし、比較の精度が良くなるという保証はどこにもない。それならば、何故面倒な直交表による実験をそれほどまにやるのだろうか。
 その理由は、実は再現性の高い要因効果に重点をおくかおかないかにあるのである。すなわち、直交表の実験では,A1とA2という2つの水準による差を調べるのに、他の因子の条件をいろいろ変えた下での平均の効果を求めることになる。
 したがってA1とA2による実験値への影響が、他の因子の条件が変わっても一貫して成立する場合には、その効果は大きく出てくるが、A1とA2の差が、他の因子の条件につれて、逆転したり大きく変化したりするような場合には、その効果は小さくでてくることになる。
 言いかえれば、直交表による実験をやる場合には、他の因子の条件が異なっても、一貫した効果を持つもののみが、大きな効果のあるものとして推定されることになるから、条件が少しぐらい変わっても、その効果は、とくに水準の優劣の順序が変わらない因子に重点がおかれることになる。すなわち、信頼できる要因効果のみが求められるから、要因効果の信頼度が評価されるのである。
 一方、組み合せ法では、A1、A2の差は他の因子の条件を一定にして、実験したデータから推定するのだから、その効果がどのように精度良く推定され、きれいな効果曲線のグラフが書けたとしても、その効果は他の因子条件が変わっても、その効果が一貫して存在するかどうかについても保証はまったくないことになる。
 したがって、実験をやる人が変わったり、材料が変わると、今までの組み合わせ法による実験データから求めた結果が成立するかどうかあやしいことになる。

 C直行表による実験計画の例

私は富士ゼロックス(株)に勤めていましたが、生産技術部に所属していたときがあり、マイコン(CPU)やメモリーなどの電子部品が搭載されたプリント基板の品質改善と信頼性向上の業務に従事したことがあります。工場の製造ラインは多くの工程があり、作業条件もいろいろあります。それらの全ての条件を組み合わせて実験することは不可能です。そこで効率が良く再現性の高い結果を得るために使った手法が直交表による実験です。
ヴァイオリン製作も同じことがいえます。多くの作業があり、また材料は一つとして同じものがありません。どの作業条件が音に影響するのか?また、木のどういう特性が音に影響するのか?それらが複雑に絡み合っており、単純な実験で見つけることはできません。これまでのヴァイオリンの研究では直交表による実験の実施例はありません。楽器を分解して音の良い条件を見つけようとした単純な実験はありますが、再現性がなく、結論がはっきりでていません。そこで、私は一人の楽器製作者として、ヴァイオリン製作の世界にもこの手法を使いヴァイオリンの音色の解明をしたいと考えています。

以下は、クレモナのヴァイオリン製作学校の卒業論文の抜粋です。これは日本語版ですが、イタリア語版については通っていた学校では誰も相談できる先生がいませんでした。そこで、インターネットで検索した結果、偶然にも、ミラノ工科大学のクレモナ校で実験計画法の講義があり、その先生に連絡をしてチェックをお願いしました。一回目は彼の勤務先で、二回目はクレモナ校で友人の数学教授と一緒でしたが、見知らぬ日本人に対して親切にチェックをしてくれました。合計5時間くらいでしたが感謝で一杯でした。

 タイトル:直交表によるヴァイオリンの音色解明の実験計画(卒業論文の抜粋)
1.実験計画の作成
1)要因の選定

 a) 表板と裏板の共振周波数
 ハッチンスは原則として「表板と裏板の振動数が半音から全音違っていると音がよい」といっている。しかし、「以上の原則的なことに加えて、私たちは次ぎのようなことにもでくわした。それは、この原則よりも実際の振動数がかなりずれていても良い場合があり、また、裏板のタップトーンが裏板よりも高くても、逆に低くても、それを組み上げたとき良い音を出す場合もあることである。」といっている。そこでそのような組み合わせも考慮して次ぎのように共振周波数を決めた。AとBの組み合わせは基本的には裏板の周波数が表板よりも高いが、A4-B1の組み合わせでは裏板の周波数が表板のそれよりも低い組み合わせとなっている。共振周波数はmode5におけるものである。
A:表板の共振周波数
     A1:330±5Hz(Mi)   A2,A3:350±5Hz(Fa)  A4:370±5Hz(Fa♯)
B:裏板の共振周波数
     B1:350±5Hz(Fa)   B2,B3:370±Hz(Fa♯)  B4:390±5Hz (Sol)

b)木の物理的性質(注:具体的数値については記入していません)

木の物理的な性質も音に影響があると考えられる。一般的には、ヤング率、木材内部の音の速度、密度等が関係するといわれている。
   (1)ヤング率(Y)と木材内部の音の速度(V)について
ヤング率Yは速度の二乗に比例する。したがってヤング率と速度と密度についてはどれか二つの要因をあげれば、あとの一つは求めることができる。
なお、ヤング率と速度については、木目に平行な方向と木目に垂直な方向の二つを考える必要があり、その比が重要である。そこで木目に水平方向と垂直方向の速度を求める。


C:表板のYL/YR    C1:  、C2:   

D:裏板の
YL/YR   D1:  、D2:   
(2)密度について
密度ρは表板のABETEは300〜600kg/m3である。そこで

    E:表板の密度(kg/m3) E1: 、E2:

また裏板の場合は560〜750kg/m3である。そこで

F:裏板の密度(kg/m3) F1 : 、F2:

各要因の水準については2水準を基準とするのでL16の直交表を用いることにした。

表4.に上記要因を割り付けた例を示す。

表4.要因の割り付け

A:
表板の共振(Hz)
A1:330(mi)
A2:350(fa)
A3:350(fa)
A4:370 (fa♯)

B
裏板の共振(Hz)
B1:350(fa)
B2:370(fa♯)
B3:370(fa♯)
B4:390 (sol)


表板の弾性係数比
(YL/YR)
C1:
C2:


裏板の弾性係数比(YL/YR)
D1:
D2:

E:
表板の密度

E1:
E2:

F:
裏板の密度
F1:
F2:

1

1

1

1

1

1

1

2

2

2

2

3

2

1

2

2

4

2

2

1

1

2

1

2

1

2

2

2

1

1

2

1

2

3

2

2

2

1

2

4

2

1

1

2

3

1

2

2

2

1

10

3

2

2

1

1

2

11

3

3

2

1

2

12

3

4

1

2

1

13

4

1

1

2

2

14

4

2

1

2

1

1

15

4

3

2

1

1

1

16

4

4

2

2

2

2


2.実験の実施
・実験順序のランダム化
直交表の列の若い方は、たとえば1列や2列などは1が連続している。今回の割付では、表10.のように要因Aは水準1が4回連続しており、これらをばらばらにするために実験をするときには乱数などを使って実験順序を決める。ただし、要因によってはいちいち水準を変えてやると非常に時間が掛かる場合があり、その場合は直交表の順番に実験をするが、結果の解析が少し異なってくるがここでは省略する。
・実験データの取り方
評価は演奏者と聴き手が行う。
評価項目は以下の3項目とする。3)については演奏者のみによる評価とする。

1)音色の美しさ
  一番難しい評価項目である。
  上、中、下の評価する。

2)音の浸透性、音量
  大、中、小で評価する。

3)レスポンス
 これは演奏者の意思通り早くて容易に音が出るかどうかということである。
  速い、やや速い、遅いで評価する。

3.今後の予定
以上、直交表による実験計画の例を述べたが、実際の実験においては、水準のレベルを変えることが必要になるかもしれない。また、音の評価については、今後の課題としてもう少し良い評価項目を選定したい。

  以上が卒業論文の抜粋です。

 Dこれからの予定

 上で述べた実験を実施するためには準備すべきことがたくさんあります。測定器を作るのが最初の仕事ですが、これはイタリアでは秋葉原のようなところは無く、日本で部品を購入して作るしかありません。ただ木はこちらにたくさんあるのでイタリアに居る間に測定器を作って選別をしようかと思っていますがまだ何時になるかは全然見通しが立っていません。
 なお、この実験は多くの方の協力が必要になります。興味のある方がいましたらご連絡下さい。