ピエール・エルメが創り出す作品に出会う度、私は言葉を失う。彼の作品は究極の芸術作品だと思う。感動する味にであうと人間は「おいしい」という言葉以外何もみつからないのかもしれない。私は彼の作品を口にすると、至福の中でそう感じずにはおれない。
彼の作品を構成する素材はいたってシンプル。シンプルで上質だからこそ、それを芸術の域まで達するには神のような感性と才能が要求される。彼の作品は緻密に計算され、また大胆な発想と繊細な作業によって最終的に全てが完璧に組み立てられている。彼のその成熟した力強い感性の片隅には、天使のように純粋で天真爛漫な子どもの心も内在している。そこが彼の魅力である。
自然の恵みを感謝していただくこと、最上級のおいしさとは自然そのものをいただくことだと彼のケーキを食べる度に私はそう思う。彼のケーキは生きている。とびきり新鮮で上質な素材は生命にあふれている。素材の命が食べる者の身体中の五感を目覚めさせてしまう。自然はこんなにも優しく、印象深く、身体中にとけていくことを、驚きとともに思い出さずにはおれない。そして同時に小さな頃の夢や勇気、希望、冒険心まで思い起こされてしまう。それがピエールエルメの世界なのだ。
主に最近のものだが、私が実際に食べておいしかったものを少しづつ紹介できたらと思っている。

ピエールエルメのマカロンのファンは多い。はじめて食べたときの衝撃は忘れられない。コクのあるカリッとした上品な砂糖衣の感触と歯にあたるねちっとした感覚。定番のものとシーズンごとにヴァリエーションにとんだ数種類のマカロンが登場する。ピエール・エルメのマカロンは見事に1つ1つ味わいが全く違う。さまざまなフィリングのおいしさ、香りの違いや味わいの深さがじっくり楽しめる。マカロン好きの私にとってはお菓子は全部マカロンでいいと言っても過言ではないかもしれない(汗)。
マカロンの主原料は主に砂糖とアーモンドの粉と卵の白身だが、ピエールはマカロンに白身を使うときも割って3、4日寝かせたものしか使わない。とびきり新鮮な卵を割ってわざわざ冷蔵庫の中で充分寝かせ、卵白の腰を折る。そうして泡立てに最高の状態にしてからマカロンやビスキュイ(スポンジケーキ)など、お菓子を作る。そのマカロンの中でも私が一番好きな薔薇の香りのマカロンにたっぷりのフランボワーズをあしらった“イスパハン”。中央のライチもみずみずしい印象を与えてくれる。
最近特に私が気に入っているケーキ。“シュルプリーズ”。グレープフルーツを半分に割ったぐらいの大きさのケーキで、オレンジ色のセロファンでキャンディのように包まれている。包み紙を開いてみると中から純白の雪のようなケーキが顔を出すのだけれど、この段階ではどういうものなのかよくわからない。ただの大きなメレンゲの塊がド−ンと横たわっている。お世辞にもエレガントとはいえず、「これは一体なんなのだろう?」と妙な気分になってしまう。
ナイフで割ってみると、驚いた。カラフルな色彩に彩られた色の層があらわれるからだ。その層にナイフをいれるときでさえ、白い外側の雪のようなメレンゲはふわふわ、さくさく、ホロホロと崩れるようだし、ピンクでふわふわしているもの、オレンジでねっとりしているもの、キャラメル色でカチカチ、ザクザクしているものと様々なものが組み合わされているのが分かる。まず質感の違いを身体が感じてわくわくしてしまう。口に運ぶとまたまたびっくりする。層の素材の違いが口の中で弾けるように再現されてしまうのだから。一旦混乱したためかその後のおいしさは期待を遥かに超えてしまった。ピエールのケーキの斬新さにそうとう慣れてしまった私にも、かなり刺激的だった。
なんといっても目を見張るのは、オレンジの層。口の中でさまざまなフルーツの味が再現される。何かの味が弾けるたびに、過去の記憶が蘇る。これはいつ食べた味だろう?ああ、たしかに知っている。これはマンゴーだ。バナナだ!まるで魔法みたいだ。言葉とともになつかしい思い出が蘇る。
ピエールエルメのモンブランは普段私たち日本人が食べ慣れているものとは全く違う。彼の柔軟な世界観ではモンブランも他とは全く違う解釈がされている、と私は感じている。彼はモンブランはこうあらねばならないなどという既製概念などいとも簡単に超越し、天性の勘で従来の素材をバラバラに分解し、再構築しているんだろう。などと、やたら知ったかぶりのえらそうなことを書いてしまって恥ずかしいのだけれど、天才的なピエールには、きっとごくごく自然なことだったにすぎないようにも感じる。自分の美意識と感性の声に耳をすませて彼が栗の味をイメージすると一番合わせたいと思った素材が酸味のあるフルーツや香り高いコンポートだった。それだけだったのかもしれない。
ピュアで上質な栗が、みずみずしい酸味をもつ、かぐわしい香りのコンポートと見事に調和したものがピエールエルメのモンブラン。薔薇のジャムも数々あれど、花びらをあつめて煮詰めただけのものは知っていても、彼のように惜し気もなく薔薇のつぼみだけを集めてコンポートにするなどととてつもないことを思いつく感性に私は驚きをかくせない。これが彼の美学であり創造物に対する彼の哲学なのだが、これも彼の才能のほんの一端に過ぎない。
7つの層で出来ているチョコレートケーキ“プレジ−ル・シュクレ”。層も7つだけれど、味も食感も全て違えているというこだわりがピエールらしく人気を呼んでいる。パリパリとした薄い板チョコレートが特に印象的でコクのあるダッコワーズも文句なしにおいしい。イメージはチョコレートとヘ−ゼルナッツで統一されている。チョコレートのガナッシュの種類やプラリネの細かい部分は複雑すぎてよくわからなかった。あまりにも繊細に構成されているので私にはとても分析できない。とにかくおいしいので、チョコレート好きでなくても一度は試してみてほしいケーキだと思う。
●Emotion Exalte “ときめき”●
今年の春夏のコレクションで発表されたピエールの新作のデザート。3点を紹介したいと思う。赤、緑、黄色をテーマカラーにした美しいパフェ。それぞれに“ときめき”“戸惑い”“驚き”という名前が付けられている。風味・光・透明感がテーマだけあって、発表された当時はポイントに使った透明な飴細工が目に大変新しかった。
パフェのてっぺんにちょんと乗っている半透明の薄い赤いものは何だろうと思っていたらトマトの皮を乾燥させたものだそうだ。職人の遊び心にかかるとトマトの皮でさえ、一流の食材になってしまう。
ホワイトチョコレートの入ったクリームのおいしいこと。このクリームは最近デザート界で流行っているが、本当においしい。オリーブオイルとトマト、レモンやイチゴを合わせるところが特に興味深い。そういえば十数年前にイタリアンの巨匠、山田宏巳さんが完熟トマトにオレンジの果汁をかければイチゴのような香りになり、それを味の方程式と名付けたと言っておられたことを思い出した。すぐれた料理人はまるで科学者のようにその抜きん出た直感と経験の中から、自然界の中に眠っている可能性や法則を見抜いて方程式を組み立てていくものなのだと感じ入ってしまった。
次に紹介する抹茶と小豆のデザートなども同様で、このデザートは全ての層を一度に食べることによって全く新しい未知の味を体験することができる。
●Emotion Depayse “戸惑い”●
小豆の甘煮や抹茶のクリームの味は日本人ならだれでも想像できるだろう。その今までの馴染みの味や感覚が覆えされるのがこのデザート。一番上の層は抹茶入りのおいしいクリーム。ほろ苦くあっさりしている。次の層ははちみつ入りのグレープフルーツのゼリー。はちみつのきつい香りで癖が強い。甘味も強烈だ。でも小豆と合わさるとみつ豆のような感覚も受ける。次に最後の層は小豆。小豆は食べ慣れた味だが、ライムの絞り汁が入っているので未だかって味わったことのない異質で奇妙な感じを受ける。あんまり食べたくないなあという気持がわいてくる。
では、一緒に食べてみたらどうだろう?全てを一緒にスプーンの先ですくって口に入れてみた。まず一番先に感じたのは抹茶の香りのさわやかさ、さわやかな香りは出口を探し鼻腔からサーッと抜けてしまう。と同時に舌の上でふわっとクリームがとける。次にくるのは酸っぱさ。そして爽やかさ。ビスキュイのざらざらした食感。駄菓子のような素朴な味が追ってくる。次にグレープフルーツのザクザク感、そして最後に小豆のぶつぶつとした食感が残るのだった。驚くことに甘くないのだ。あの強烈な甘味やくどさはどこにいってしまうのだろう。あとくちにほのかな甘さの余韻が広がっている。不思議だ。全ての香りが合わさって全く新しい香りが生まれる。さまざまな味が口の中で変化しながら次々に流れてスーッと消えてゆくのだから。
●Emotion Etonne “驚き”●
私はまだ最後のデザートは食べたことがない。食べたこともないのに紹介するのは気が引けるが、やはり3つを一緒に紹介しなければ魅力が半減してしまうので許していただきたい。トロピカルなフルーツをふんだんに使ったこのパフェ。特にココナッツとホワイトチョコのクリームが人気のようだ。私もぜひ実際に試してみたいと思っている。
あまりにも斬新な部分ばかり強調しているとピエール・エルメのお菓子は奇抜なものばかりだと誤解されそうだが、そうではない。基本を叩き込み、伝統を重んじ、経験を積み重ね熟練した彼だからこそ、奇跡のような味覚の世界を生み出すことが出来るのだ。
美を完成させるためには気づかないような細部にまでていねいに手を入れ、膨大な手間をかけて彼の究極の真実を追求している姿勢に私は魅了されてやまない。
2002年7月8日(月)