なぜ芝生なのか。


小学生の時に抱いた疑問
私は小学生5年生のときに、地元のスポーツ少年団に入りサッカーを始めました。 勿論グラウンドは土で、それが当たり前でその事に何の疑問も持っていませんでした。 サッカーを始めると同時に私は専門誌である「サッカーマガジン(ベースボールマガジン社)」 を買うようになり、そのサッカーマガジンには勿論、海外のサッカー情報が多く載っていま した。そこには海外の選手が緑鮮やかな芝生の上でプレーする写真がいつも載っていました。 子供ながらに、自分達のプレーするのは土のグラウンドで、海外のサッカーの写真になると なぜ芝生なのだろうと思ったものです。しかし、当時はその疑問はそれ以上にはならず、 「憧れ」の域を出る事はありませんでしたが、その「憧れ」の気持ちは私が芝生に対して 初めて持った意識でした。

時は流れて、Jリーグの誕生が意識を変える
その後、中学生、高校生になってもそのような意識のレベルを超えることは無く時は過ぎ てゆきました。しかし、1993年のJリーグの誕生が自分の芝生に対する意識を大きく する大きなキッカケとなります。それは、それまでのサッカーの日本リーグ(JSL)が 土と見紛うような枯芝のグラウンドでゲームを行っていたのが、Jリーグになって、常緑 の芝生のグラウンドでゲームが行われるようになったことと、Jリーグが「日本のサッカ ーの強化・普及」だけでなく、「誰もがいつでも気軽に、自由にやりたいスポーツを自分 の目的に合ったレベル・環境で行える地域に根差したスポーツクラブ作り」をJリーグの 設立理念に掲げていたことで、そのモデルとなったヨーロッパのスポーツクラブ(特にド イツの)がサッカー関連メディアや他のメディアでも紹介されるようになり、そこで紹介 されていたヨーロッパのスポーツクラブの"風景"に大きな衝撃を受けたからです。

誰もが芝生の上で
私が衝撃を受けたのは、トッププロだけではなく、普通の市民の誰もがクラブの芝生のグ ラウンドの上でスポーツを楽しみ、プレーしているその"風景"でした。4,5歳くらいの 子供達が芝生の上で、ちゃんとしたコーチの元でやんちゃに楽しくボールを蹴っている風 景。仕事が終わった後、40〜50代のシニアの男性達がクラブの芝生のグラウンドで楽 しくサッカーをプレーしている風景(ここではサッカーしか取り上げていませんが、勿論 サッカーだけではありません)。そんな"風景"は私にはこれ以上にないに"豊か"な風景に 見えました。そこには常に緑豊かな芝生があったのです。

芝生の効果を考える@ スポーツがもっと楽しくなる
そのような風景を「豊かだ」と感じたのには、芝生の様々な効果というものが、その風景 を織り成す「プレーの動作」、「人の表情」、「自然としての美しさ」から直感的に感じ られたからではないかと私は思いました。まず、芝生なら転んでも痛くなく、土の上でよ り思いっきりプレーすることが出来ます。私自身の経験から言っても、土のグラウンドで は転ぶことを躊躇するために思い切ったプレーが出来なかったり、それが変な動作につな がる事もありました。それはケガを誘発する要因にもなります。大学の頃、入っていたサ ッカーサークルで試合をしたとき、まるでコンクリートのような硬さの土のグラウンドだ ったこともありました。思いっきりプレー出来ることは「楽しさ」に直結します。「スポ −ツ」は本来「楽しい」ものです。そのスポーツの楽しさを最大限に引き出してくれるの が「芝生」だと私は思います。また芝生のグラウンドは、そこで遊ぶ前から心を沸き立た せてくれるとは思いませんか?考えてみてください。緑いっぱいの柔らかく、広い芝生の グラウンドの上で遊ぶことを。それだけで楽しくなり、芝生の上で遊びたい欲求が心の底 から沸いてきませんか?

芝生の効果を考えるA 憩いの空間として
人間はやはり自然の中に身を置くと心が安らぐし、穏やかな気持ちになることができます。 今、特に都会では緑は非常に少なく、身近に自然と触れ合える場所というのはなかなか存在 していません。芝生のグラウンドはそんな都会においては貴重な緑の空間になることができ ます。緑は目に優しく、そして心に安寧を与えてくれる存在です。芝生の緑はきっと人間の 情操を豊かにしてくれると思います。そういう「憩い」の意味においても、芝生の存在とい うのは大きな意味があると思います。

芝生の効果を考えるB 地域を繋ぐものとして
ここまでは芝生の良い側面ばかり書いてきましたが、芝生の養生、維持、管理は労力がかか ります。それは「芝生」が最も「酷使」される植物であることを考えれば当然のことです。 常に踏まれたり、めくれたりで傷つくからです。だからこそ手をかけて芝生を守ってやるこ とが必要です。もし、小学校や中学校の校庭や、地域の公園が芝生になるとしたら、その校 庭や公園の芝生を誰が維持・管理するのかと言う問題はまず真っ先に出てくると思います。 行政や業者に全てを頼る事はコストや人的なことを考えると無理があるでしょう。そうなれ ば、やはりそれはそこに住む地域住民自らが維持・管理に携わる必要があると思います。こ こで皆さんは「面倒なこと」、「やりたくないこと」だとお思いになるでしょうか?確かに そういう意見は実際多いと思います。ここでは勿論、学校の校庭や地域の公園を芝生化する ことに地域住民の方の賛同を得ているという前提で書いていますが、現実はそうでない場合 の方が多いかもしれません。しかし、上に書いたように「芝生」には素晴らしい効果がある と思います。そんな「芝生」を地域の人々が協力して維持・管理し守ってゆくことは、上に 書いたような芝生の素晴らしい効果を子供から、大人、お年寄りまでに提供することが出来 ることと共に、地域の人々同士を繋ぎ、地域の連帯を強めることも出来ると思います。現代 は「ただ近くに住んでいるだけ」ではもはや共同体意識や連帯感を持ち得ない社会になりつ つあります。しかし、やっぱり人間は一人で生きて行くことは出来ません。お互いに助け合 うことは絶対に必要なことです。そういう意味においても「芝生のグラウンド」を作り、そ れを地域の人々で守って行くことは地域に自然な求心力を生み出し、再び地域の人々の繋が りを強めてくれる、そんな可能性もあるのではと私は考えています。

原点は「スポーツをもっと楽しみたい!」
いろいろと書いてきましたが、結局、全ての原点は「自分が芝生の上でもっともっとスポー ツを楽しみたい!」という個人的欲求に帰結します。でもこの個人的欲求は上にも書いたよ うに他の人々のためにもなる欲求であるという確信があります。いつの日かこの日本のいた るところで、子供から、大人、お年寄りまで誰もが芝生の上で楽しく豊かな日常を送れる、 そんな日が来ることを願い、自分自身もこれから努力していきます。いろいろ書きましたが 、自分自身もまだ芝生の養生・維持・管理などに関しては殆ど実際の経験はありません。口 で言うだけでなく、言ったことを実行することが最も重要なことです。またこれから自分が どういう事を実際に行ったかなど、このHPでもお知らせしていこうと思っています。また 、それを読まれたりして、「もっとこうやった方がいいんじゃないか」とか「それは違う」 などという意見がありましたらどんどんいただきたいと思っています。このページを読まれ 方が少しでも「芝生のある風景」を想像していただけたら拙文も意味があったのではないか と思います。『芝生で、もっと、幸せな国へ』。



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