中学校にサッカー部が無かったこと
『なぜ芝生なのか。』でも書いたように、私は小学校5年生のときにサッカーを始め、そして大好きになり ました。勿論、中学校に進学してもサッカーを続けたいと思っていました(サッカースポーツ少年団は小学 生だけが対象)。そしてあともう少しで中学生になろうとする6年生も押し迫ったとき、地元の中学校(公 立)全てに「サッカー部」が無いということを知ることになります。それは大変ショックな事実でした。私 が入っていたサッカースポーツ少年団でも中学校にサッカー部を作ってほしいということで署名なども集め たりもしましたが、結局、サッカー部が私の進んだ中学校で作られることはありませんでした(注:私が中 学校に進学した年に、私の進んだ中学校ではありませんが、地元の公立中学校の中では初めてサッカー部が 作られた中学校がありました。その中学校に進む多くの生徒の出身校となる小学校にあった少年サッカーチ ームが当時近畿でもかなり強いチームだったこともあり、そのチームの選手の保護者などの強い要望で作ら れることになったと聞いています。その中学校でのサッカー部の誕生を皮切りに、私が高校生のころには地 元の公立中学校の殆どにサッカー部が作られました。)。そのときは自分がこの町に生れたことを随分と恨 んだものです。同じサッカースポーツ少年団に入っていた仲間の中にはサッカーを続けるために隣の市の中 学校に進んだ者もいました。しかし、そのときの悔しさというものは「自分の中学校にサッカー部が無かっ た」ということのみに対してしか向けられていませんでした。
問題の本質は別にある
中学校にサッカー部が無いと知ってからは勿論自分の住んでる地域で中学校以外でサッカーを教えてくれる 環境がないか探しました。しかし当時そういったものは見付かりませんでした。市の社会人のチームにお願 いしたりしたら、もしかしたら入れたのかもしれません。しかしそんな環境ではしっかりとした指導を受け ることは出来ません。また、もし中学校以外に中学生がサッカーの指導を受けられるチームやクラブなどが 存在していれば、当時のサッカースポーツ少年団のコーチたちが真っ先に教えてくれたでしょう。そういう ことも無かったことを考えたら、やはり「中学校以外に中学生がサッカーの指導を受けられるチームやクラ ブ」などは無かったのです。また、当時の自分も「中学校のサッカー部以外で中学生年代にサッカーを教え てくれる環境が住んでいる地域にあるのか?」という意識は「中学校にサッカー部が無い」という事実を知 るまで全く持っていませんでした。しかしこの「中学校以外で中学生にサッカーを教えてくれる環境」とい うものを自分の住んでいる地域で探すという作業は、「なぜ中学校以外で中学生にサッカーを教えてくれる ところが無いんだろう?」という疑問を私に与えてくれました。当時は、自分の中ではこれは「疑問」の域 を超えることはなく、先程書いたように「怒り」と「悔しい」気持ちは「中学校にサッカー部が無いこと」 のみに対して向けられていたのですが、この「疑問」に出会ったことが今から振り返れば、今現在の自分の 目標の原点となる体験だったのです。そう、問題の本質は別にあったのです。問題の本質は「中学校にサッ カー部が無かったこと」ではなく「中学校以外で中学生にサッカーを教えてくれるところが無い」ことだっ たのです。このことは私にとっては中学校にもサッカー部は無かったのですから、「どこにも教えてくれる ところが無い」ということだったのです。
問題の輪郭が見えてきた
そういう問題の「本質」と出会いながらも当時はそれが問題の本質であるとは明確には気付いてはいません でした。そして高校に上がり、高校にはサッカー部がありました。当然私は入部しましたが、足の慢性的な 病気により1年間で辞めてしまうことになります。高校2年の後半にはその病気は完治したのですが、まだ 思いっきりプレーすることには不安があったのでサッカー部に復帰するということはありませんでした。こ のような個人的理由で高校時代もサッカーをすることが出来ず、理由は異なれど中学・高校時代を通じて満 足にサッカーが出来なかったことに当時の私は非常に失望感を感じていました。高校のときは病気が理由だ ったわけですが、その足の病気が完治した後、私は高校のサッカー部ではなく、楽しみ(余暇)としてのサ ッカー(勿論ちゃんとした指導者がいるのが前提)を学校という場以外でやりたいと強く思っていました。 高校のサッカー部に復帰することは体力的にも、そして人間関係的にも非常に難しかったからです("スポー ツを楽しむ"という点において)。 しかし、ここでも中学生のときと同様、学校以外にそのような環境はありませんでした。結局、自分が持った失望 というものは学校以外の場所にサッカー(スポーツ)の指導をちゃんと受けられ、楽しめる環境があったな ら持ち得なかったものだったのです。高校時代にサッカーが満足に出来なかった失望の最も大きな理由は病気 ではありません。最も大きな理由は、学校以外に中学生・高校生年代の者がスポーツの指導を受けたり、スポーツを楽 しんだりするきちんとした環境が無いということでした(私の住んでいた地域において)。私にはそのことは 「仕方のないこと」には思えませんでした。このような高校時代においての上記のような個人的体験が中学に入学すると きに出会った「問題の本質」を再び見つめるキーになり、明確に問題を認識し始め、そして考えるようにな ってゆきました。それまでは、「自分だけ(或いは、自分の住んでる地域の者だけ)が不幸なんだ」という 思いに囚われていましたが、少し眼を広げて問題を考えてみれば、例えば人口の少ない小さな村の中学校と かだったら、2つくらいしか運動部の種類がなかったりすることがあります。それを考えれば、まさに自分 と同じ状況になる者が居るということだし、そのことに気付けば、自分がやりたいスポーツ部が学校に無く、 また地域にも無いということは私自身の例に限らず多くの人にある問題なんじゃないのかということによう やく考えを巡らすことが出来るようになりました。中学・高校時代のこの体験は、ことサッカーに関しては 個人的につらい思い出で、かなり失望感を持ちましたが、今となってみればこの体験が無ければ今の目標に は出会わなかったわけで、そう思うと人生は分からないものだと強く思います。
Jリーグ誕生がくれた希望
そのように、問題の本質を少し明確に意識し始めたのが高校2年生のときでした(しかし、当時の意識は今 から考えるとほんと僅かなものでしたが)。そしてその翌年の1993年、私が高校3年生のときにJリー グが誕生しました。このタイミングでJリーグが誕生したことは本当に素晴らしいタイミングでした。『な ぜ芝生なのか。』でも書きましたが、Jリーグはその設立理念の一つに「誰もが気軽に自由に自分のやりた いスポーツを自分の目的にあったレベル・環境で楽しむことのできる地域に根差したスポーツクラブづくり」 という事を明確に掲げました。私は当時、Jリーグ開幕と時を同じくして出版された「Jリーグからの風( 玉木正之責任編集・集英社文庫)」という本を読んだのがきっかけで、そのJリーグの設立理念を詳しく知 りました。この理念は先に書いた私の失望を生んだ原因のまさに解決法だという意味で自分の意識と深くシ ンクロし、私に希望を生み出してくれたのと同時に、社会的に非常に大きな組織がその理念をもとに、豊か なスポーツ環境づくり、豊かな社会づくりを実行していくという事が現実にスタートしているという事実が 本当に大きな希望を私に与えてくれました。私がJリーグを支持する最もかつ、最大の理由はこの「地域に 根差したスポーツクラブづくり」という理念があるからです。勿論、他の2つの「日本サッカーの強化・普及 」、「国際交流・親善への貢献」ともリンクしているものなので、それぞれを切り離して捉えるものではない のですが、私はこの理念があるからこそJリーグは大きな大きな存在価値があると思っています。私はサッカ ー関係の雑誌等を愛読していたこともあり、Jリーグの設立理念、というより「Jリーグとは?」という点に おいて早く理解しましたが、他の多くの人々にこのJリーグの理念、特に「地域に根差したスポーツクラブ づくり」という点がどれだけ浸透しているかという点においては、「どれくらいだろう?」という素直な疑問 と「まだまだだろうな」という思いを持っています。なぜならJリーグ設立当初おいても現在においてもプロ サッカーという側面からの報道は多くても、この「地域に根差したスポーツクラブづくり」という側面の報道 は少ないのが現状だからです。だからこそ、このHPを通じて、この理念をまだ知らなかった方にも知っても らい、そして少しでもその意味を考えてもらえることが出来ればと思っています。新聞のスポーツ欄やTVの スポーツニュースでJリーグの試合結果をちらっと見られたその瞬間に、また実際にスタジアムに試合を見に 行かれた時に、1つ1つのJリーグのクラブが、プロサッカーだけでなく「地域に根差したスポーツクラブづ くり」を行っているということを頭の片隅に意識してもらえたらと思います。そして私は今、Jリーグに頼る だけでなく一個人、一市民として、そういったスポーツクラブの実現に向けて積極的に動きたいと思っていま す。中編に続く・・・
![]()