|
『 肩 書 き 。』 〜第23章〜
肩書きには、いろんな種類がある。例えば女性なら、親にとったら子供であり、子供にとったら母であり、妻であり、主婦、嫁、姑、一歩外に出たら○○ちゃんのお母さん、仕事なら先輩、部下、上司---etc
でもそれは続柄だの形式だのを表すただの記号のようなもの。
その記号から、あなたの、私の、何が分かるというのだろう。
私自身、アンケートやIDカードに記載する際「会社代表(取締役)」にチェックを入れたりするが、私が営業もすれば受付もするし、集金も行けば買い出しもする。だから肩書きなど、私にとってはあまり意味がない。
だからといって全てをとっぱらってしまえというわけではない。肩書きがあることで相手の事がよく理解出来る場合もあるし、その肩書き欲しさに向上心を燃やし、努力することだってある。『交渉をする際は、相手の肩書きに留意して目線を配る事』と、経営ノウハウ書には書かれていたりもする。
肩書きで判断される事は、社会では多い。ならいっその事、肩書きを自分で作ってみたらいいんじゃないかと私は思う。それも課長とか専務とか具体的なモノではなく、新人アイドルが覚え易いようにつける自分のキャッチフレーズのような、抽象的なモノを。名刺に印刷出来なくても手書きで十分、相手に自分の意志は伝わると思う。
よって名刺を持たない方々にもお勧めしたい。自分が目標とすることでもいいだろう。こうなりたいと思っているコトをあらかじめ自分の肩書きにして、「何が何でも」的に追い込むのもいい。
ただ、どんな肩書きを持っていたとしても、またはどんな肩書きの人と出逢ったとしても、私はいつも「心」に判断を委ねる事に、決めている。
肩書きだけで人間力は、測れない。それよりも、心のあり方(清らかなのか汚れているのか)や、生き様(狡さがないか感謝出来るか)で判断したいと思っている。そして私もそういうことで、判断されたい。だからこそ私は私の人間力を磨く事をやめないし、研摩途中で見切りをつけられたとしても、「まだまだこれから!」と言い続けていたいと思う。(泣きながらでもね)
残念ながら、私にまだ人を見る目が万全とは言えない。失敗もたくさんしてきたし、これからもまだすると思う。時には、肩書きに頼らなければならない部分もあるだろう。でも、どんな人だって肩書きを取ればただの「個(弧
)」同士。引き寄せられるかそうでないか、心の目で確認することが出来たら、きっと失敗したって悔いはないんだろう。
ただいつも、心の目を研ぎすませ、肩書きだけに頼らないよう生きてみたいと思うのだ。
肩書きナシで、他人を 引き寄せることの出来る人間に、なりたいと思うのだ。
midori,a
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
<たとえば私なら、ね---> 
|